今日から、メガトン特殊部隊は丸3日の休暇に入る。
いつもそれに帯同して探索に出ていたミサキとシズクにも、いつもより強い語気でしっかり体を休めておけと言ったので、2人は基地の自室でダラダラ過ごす事に決めたらしい。
出来ればセイちゃんにも休暇を取ってもらいたかったのだが、今は休暇明けに特殊部隊の大部分を率いて向かう、磐田という街の往時の様子を少しでも調べておくべきだと押し切られた。
「まあ、部屋で本を読んでメモをするくらいならいいか」
そんな独り言を漏らした俺はというと、またウルフギャングの店のカウンターで地図とにらめっこだ。
欲しいのは何より車両。
それに冷蔵庫や冷凍庫、製氷機が続く。今回の探索では、武器や食料は二の次だ。
「まずは舞阪漁港、か」
「そうなるな。ほらよ、コーヒー」
「サンキュ」
淹れたてのコーヒーを啜り、タバコを咥える。
カウンターの中のウルフギャングがオイルライターの火を差し出してくれたので礼を言いながら火を点けると、そのままウルフギャングは俺が睨みつけるように眺めている、雑誌のような地図に目を落とした。
「……もしかして、まだ道中の廃墟も漁るかどうかで悩んでるのか?」
「ああ。浜松市街の探索は時期尚早で論外にしても、磐田まで進む東海道か海岸線のバイパス沿いをそれなりに見て回るべきなんじゃねえだろうかって思ってさ。ウルフギャングのいた関東と違って、ここらは建物への被害が少ない。もしかしたら磐田まで行かなくったって、動く車両の1つくらいってな」
「昨日までのメガトン特殊部隊の探索でも、修理可能な車両なんて発見できてないんだ。そんな奇跡に縋るのは後回しにして、まずは磐田を目指すべきだと思うぞ?」
「やっぱりか。でもトラックで移動しながらの探索に慣れるためにも、最初は特殊部隊の連中だけで廃墟の探索をさせてえんだよなあ」
「そんなのは、この舞阪漁港の冷蔵庫なんかを掻っ攫うまでに終わらせればいいさ」
「まあなあ」
となると、舞阪漁港を探索した後は磐田に一直線か。
「東海道を進むなら、この成子交差点までだ。そこから先は、新制帝国軍の巡回や探索に出た浜松の山師連中とかち合う。いらんイザコザも増えるだろう」
「ならやっぱり、使うべきは国道一号線か」
「そうなるな」
舞阪漁港を探索するには、小舟の里の防衛線である新居町駅から東海道を浜松方面に進むしかない。
だがその探索を終えれば海を目指し、国道一号線へ乗り入れるのは簡単だ。そうなると、医者の柏木先生と出会った図書館の辺りから国道一号線を進む事になる。
「となると、ルートはこんな感じだな」
「どれどれ……」
メモ帳に書いた大雑把な地図を、ウルフギャングが真剣な眼差しで眺め出す。
「早朝の出発で、東海道を東へ。3人1組になっての戦闘は舞阪漁港到着までに発見したクリーチャーや悪党で、探索は舞阪漁港のクリアリングで慣れてもらう」
「いいと思うぞ。それなら、午後には磐田に入れる。街にも寄るんだよな?」
「戦前のスタジアムを利用した、磐田の街か。工場の探索が終わってからかな」
地図は昨日も書いて、アイテムボックスに放り込んである。
それを出して道筋に間違いがないか確認しながら立ち寄るべき漁港や工場の場所を書き込んでいると、低いウルフギャングの笑う声がジャズの合間に聞こえた。
「んだよ?」
「いや、頼もしい用心深さだと思ってな」
「……こっちに来てから、失敗ばかりなんだ。嫌でも用心深くなるっての」
「いい事さ。ついでに、メガトン特殊部隊もアキラ達も遠出は初めてなんだから、長くても1泊程度での帰還にした方がいいぞ」
「うえ。そうなっと寄れるのは漁港に工場、磐田の街ぐれえじゃんか。……まーた地図を書き直しだよ」
「計画通りに進む遠征なんて稀だろうからな。出来るだけ計画は簡略に、さ」
「なるほどねえ……」
3日後の早朝、メガトン基地の門前には12人の特殊部隊の隊員達が完全武装で整列していた。
それを見送る、くじ引きで決めたらしい留守番の6人は少しばかり不満気だが、俺達の留守中に小舟の里が攻められるような事態になれば、パワーアーマーを装備したこの6人で俺達が駆け戻るまでの時間稼ぎをしてもらわなくてはならない。
そうなれば里を守った英雄達は、さぞかし飲み屋でモテるだろうなあ?
俺がそう言ったら笑顔で頷き合っていたので、まあ心配はいらないだろう。
「そんじゃ行こうか。指揮の腕の見せ所だぜ、タイチ?」
「了解っす。総員、トラックの荷台に乗車!」
「おうっ」
きびきびとした動きで、特殊部隊がトラックの荷台に乗り込んでゆく。
残ったウルフギャングとセイちゃんと一緒に運転席へ向かうと、最初から荷台の屋根にいるサクラさんが小さく手を振っているのが見えた。
「よし、今日もエンジンは絶好調だ。出すぞ、アキラ?」
「よろしく頼むよ」
「任せろ」
駅前橋の門を守る防衛隊の連中に見送られ、東海道を走り出したトラックはスピードを上げる。
「釣具屋はまた今度かあ、残念だ」
「そんなに釣りが好きだったのか、アキラ。意外だな」
「……ガキの頃はよく海に出かけたけど、ここ数年は竿すら持ち上げてねえよ」
「ふうん。じゃあ、なんでそんなに残念そうなんだよ?」
「メガトン基地の水面は、用水路や浜名湖に繋がってるらしくてさ。たまにボラかなんかが跳ねたりするんだ。釣り糸を垂らしながら考え事をすんのも悪かねえかなってさ」
「なるほどね」
やる事は、やれる事はいくらでもある。
だがそれをする事が、本当にこの世界の、小舟の里の人間のために良い事なのかどうか。それを考え始めると、時間なんていくらあっても足りないのだ。
弁天島に差し掛かると、小窓から吹き込む風の潮の香りが強くなってきた。
穏やかな浜名湖の湖面が朝の陽を照り返す景色も美しいのだが、そればかり眺めていられるはずもない。クリーチャーに悪党、進行方向の路面に地雷がないかにまでも気を配らなくてはならないからだ。
「製氷機と冷凍庫、無事だといいなあ」
「まあこの辺りの街並みを見た感じじゃ大丈夫だろ。なあ、セイちゃん?」
「ん。スーパーマーケットから運んだ製氷機は市場の屋台やゴハン屋さんに配るくらいの氷しか作れないから、どっちも修理可能であって欲しい」
「へえ。生鮮食品の持ち帰りなんかに使う氷の製氷機は、もう修理して稼働させてるのか」
「ん。なかなか好評」
「うちの飲み屋で出してる氷も、毎日市場の隅にある配給所から貰ってるんだぞ」
「なるほど。お、もう弁天島か」
「ああ。ここも小舟の里と似た立地条件の島だから、いつか農業や放牧はここを利用して大規模にやりたいもんだな」
「小舟の里は特別だよ。本によると公営ギャンブルはイカサマなんかを防止するため、結構な設備が整ってたらしい。競艇場なんかのセキュリティーには、特に気を使ってたそうだから」
「伝説のあの事件か。浜名湖から水中を潜ってレース直前にプロペラ曲げて、大穴を的中させたってやつ」
「……そんな事件があったんかよ。まるでギャングの手口だ、やっぱこっちの世界はおっかねえなあ。まあ、そのおかげで小舟の里の母屋である競艇場にはマイアラークが入り込めず、島の周囲もフェンスで囲ってもらえたんだからラッキーだよな」
「まったくだ。あと橋を2つで舞阪」
「あいよ」
ダッシュボードのラジオ。
それと、俺の左胸の辺りに装備した無線機がノイズを吐く。
止めて、アンタ。
サクラさんのその言葉で、ウルフギャングは迷わずにブレーキを踏んだ。
防弾板にある小窓から、注意深く周囲を見回す。
助手席から見える範囲に異常はなし。
荷台の屋根からは見えてここからは見えない異変なら、それなりに距離があるのだろう。
だが、何が起こってもいいように身構えてサクラさんの言葉を待つ。
「どうした、恋女房?」
フン、見え透いたお世辞ヲ。
進行方向左手に人影。そっちからは、まだ見えないでしょウ?
「アキラ?」
「ああ、視認できず」
システムが名前を読み取れる距離じゃないからまだわからないけど、金属バットや鉄板を叩いて成型した剣を持っているように見えるワ。
数は、見えているだけで3。
「どうする、アキラ?」
「決まってるさ。……タイチ」
「はいっす」
「3人組の班を2つ選べ」
荷台から身を乗り出して返事をしたタイチが、頷きの気配を残して荷台に戻る。
ピップボーイからデリバラーを出して、装填を確認。
「おいおい。アキラも出るつもりか?」
「とーぜん。タイチが誰を指名するにしても、俺も行かなきゃ相手が悪党かすらわかんねえだろって」
「……そうか。特殊部隊には、ピップボーイの視覚システムがないから名前が読み取れないもんな」
「そゆこと。じゃあ、行ってくるよ。初めは隠密行動だけど、緊急時には無線を使う」
「ああ。いつでも駆けつけられるようにしとくよ。音があるんでエンジンはいったん切るがな」
「ありがてえ。頼むよ」
心配そうに俺を見上げるセイちゃんの小さな頭を撫で、出来るだけ音が出ないように注意しながらドアを開けて外に出た。
また、人を殺す事になるかもしれない。
そう思いながらタバコを咥えたが、不思議と怖さは感じていないようだ。
「お待たせっす」
タバコを吸いながら隠密行動が出来るはずもないし、サクラさんから無線はないのでまだ距離はあるのだろうが、臭いや煙で敵に気取られる訳にはいかない。
火の点いていないタバコを咥えて振り向くと、9人の男女が視界に入った。
タイチに、2人ずつの隊員を連れたアネゴとカズさん。
それとミサキにシズク。
「ミサキとシズクの出番はねえ、荷台に戻ってろ」
「言うと思った」
「うちの旦那様は過保護だもんな。ま、それだけ愛されていると思えば気分はいいが」
「アホか」
憎まれ口を返しながらも、俺はある事実に気がついて苦笑いを抑える事が出来なかった。
ミサキとシズク。
この2人に人殺しをさせるくらいなら、俺が殺した方がずっといい。
……いや、それだけではないな。
もしこの2人やセイちゃんが涙を流す事になるのなら、その原因になるクソ野郎なんて殺してしまえばいい。
平和な日本でそんな戯言を漏らせばすぐに狂人と認識されてしまうだろうが、こんな世界でならこんな考えも許容されるだろう。
「やれやれ、ウェイストランドに染まり過ぎたか……」
「えっ、なに。なんて言ったの、アキラ?」
「なんでもねえよ。それより、これは特殊部隊の連中がトラックを使っての戦闘に慣れる、言わば訓練みてえなもんだ。荷台に戻ってなって」
「なあに。あたしとミサキは、アキラの護衛で万が一の場合の後詰だ。手出しどころか、タイチの指揮に口出しなんかしないさ」
「……俺が守られる側かよ。まあ、獲物を横取りしねえならいいか」