「お、前方に和風レストランとホテル。海水浴場があるから、やっぱそういう店は多いんだろうなあ。漁りてえけど、今はガマンか……」
「そんなところに武器なんてないだろうに。冷蔵庫目当てか?」
「それもあるけど、味噌と醤油と米を備蓄しときたくてさ」
「備蓄?」
「小舟の里のやつら、毎日毎日これでもかってくらいに働いてんだよ。向こうの日本にいた俺が恥ずかしくなるくらいにさ。だからそんな連中には、盆と正月くれえ腹いっぱい美味いメシを食わせてやりてえじゃんか。忘れてた、いつか漁る予定の施設は地図にメモだ。えーっと、レストランにホテルっと」
「味噌や醤油は、戦前の物しかないからなあ」
「ああ。この世界の味付けって、塩のみだからな。昆布だしすらねえんだ。そんなのあんまりだぜ」
「やれやれ。小舟の里の軍事を一手に担うアキラが、住民のメシの心配とはな」
「俺はそんなたいそうな人間じゃねえよ」
「言ってろ。よし、あの道か。バイパスを右に下りるぞ」
「かなり道が狭いぞ、大丈夫かよ?」
「車の残骸で道が塞がれてたら、アキラの出番さ。降りる前に俺のエンクレイヴ・パワーアーマーを装備するんだぞ」
「へいへい。あーあ。国産品でいいから、フュージョン・コアのいらねえパワーアーマーを何とか手に入れてえなあ」
それさえあれば、ある程度の単独行動も可能になる。
それにこの遠征でバイクや車両を手に入れられたとしても、それを狙って襲撃を受けるような事態は充分に考えられるから、それこそ喉から手が出るほどにパワーアーマーが欲しい。
「悪い予感が的中だ。2車線しかない橋が車の残骸で塞がれてる」
「そんじゃ、行ってくるよ。最初からエンクレイヴ・パワーアーマーを借りてピップボーイに入れといて大正解だったな」
「だろう。くれぐれも気をつけてな」
「アキラ、またムチャしたらシズクとセイと3人でぶん殴るからね?」
「あいよっ」
助手席のドアを開けて跳び降り、エンクレイヴ・パワーアーマーを装備。
細い橋はゲームのように地面に穴が空いていたりはしないので、トラックで進んでも問題はなさそうだ。
もう感触も忘れかけている純正品のコントローラーを握り、VATSボタンをカチカチするイメージ。
ゲームにはなかった外部スピーカーの音量を少しだけ上げた。
「地雷、クリーチャー、共になし。車の残骸に接近する」
「おう。追従はハンドサインで合図をくれ」
「了解」
戦争時の交渉や勧告のためか、こういった遠征時にその土地の住民に敵意がない事を伝えるためか、何も言わずにセイちゃんが取り付けてくれていたというトラックのスピーカーから聞こえたウルフギャングにそう返事をして、ステルス状態で車の残骸へ歩を進める。
スクラップにする前に、車体の下を覗き込むのも忘れない。
右も左も浜名湖なので気楽なものだ。
「まずは1台目。クラフト素材はいくらあってもジャマにはならんからありがてえなあ」
橋といってもそう長い物ではない。撤去はすぐに終わった。
先に見える交差点まで問題なく進めそうなので、トラックにハンドサインで合図を送る。
近づいてくるトラックの荷台の屋根で、サクラさんが手を振っているのが見えた。
「お疲れさマ」
「楽なもんです。もう漁港が近いんで、俺も荷台の屋根に上がらせてもらいますね」
「振り落とされるんじゃないぞ、アキラ?」
「わあってるって。それより、こっからの指揮はタイチだって伝えてくれ。俺への指示は、サクラさんに無線を飛ばせばいい」
「了解だ」
タイチは緊張しているだろうか。
人の命を預かるなど、平和な世界で生まれ育った俺には経験のない事だ。常に胃が痛む。
「よいしょー!」
ジャンプ。
荷台の屋根には車内からも上がれるが、俺くらいの運動能力の人間が何にもジャマされず跳べばなんとか掴める絶妙な位置に手摺りが取り付けられていた。
そこを掴んで荷台の屋根に上がり、エンクレイヴ・パワーアーマーをピップボーイに収納してタバコを咥える。
「ふーっ」
「ミサキ達にバレたら怒られるわヨ」
「そりゃ、バレなきゃいいって事でしょう?」
「これだから男ってのハ……」
苦笑いを返しながら、咥えタバコで地図とペンもピップボーイから取り出した。
地図には施設名と敷地の形しか載っていないので、動き出したトラックの荷台の屋根から見える交差点の向こうにあるような病院は、どの程度の規模で診療科目はなんだったのかなどをメモしておく必要がある。
「右は養牡蠣組合か。小舟の里でも出来たらなあ」
「難しいでしょうねエ、今の人類にハ」
「ですね。でもいつか、それこそ俺達の子や孫の世代なら……」
「あらあら。まだ抱いてやってすらいないのに、もう孕ませる算段? やるわねエ」
「ちゃ、茶化さんでくださいよ」
「うふフ」
とても観光資源にはなりそうにない朽ちかけた木製の灯台か何かがある交差点を、トラックが右折。
すると橋を渡って市街地になっていた景色が不意にひらけ、また左右に海面が見えた。
「あれが舞阪漁港か」
「思ってたより小さいわネ。浮んでる漁船もどれも動きそうにないシ」
「ありふれた地方都市の一漁港ですからね。こんなもんでしょ」
「道が左にカーブしテ、まずあるのは駐車場ネ」
「俺ならそこに停車して部隊を展開、かな」
どうやら、タイチも考える事は同じだったらしい。
俺がスコープ付きのレーザーライフルを取り出すと同時に、トラックは駐車場に頭だけ突っ込む形で停車。
すると荷台のドアが開く音が聞こえ、そこから10人ほどの特殊部隊が飛び出してトラックの前方に布陣した。
「いい動きネ」
「ですねえ。お、ここでの指示からハンドサインか。エンジンも切ってねえのに用心深いな」
「3人1組が4ツ」
「そのうちの3班が散りましたね」
「タイチの指揮する班はトラックを護衛しながラ、何かあれば問題のあった班の元へ駆けつけるつもりみたいネ」
悪くないじゃないか。
そう思いながら特殊部隊の背中を見ていると、3人組の班は1人が車の下を覗き込み、その隊員がOKのハンドサインを出すと、班長らしき隊員がその車の上に跳び乗って銃を構えた。
そして残る2人が周囲の警戒と車の下の確認をして、また次の車の残骸へと向かう。
小さな漁港だからかそんなに車両が残っていないので、すぐに駐車場の安全は確保されたらしい。
「OK。ウルフギャングさん、前進を」
「了解。さすがの手並みだな」
「ドッグミートとED-Eは、タイチ?」
「今のところ、荷台でお留守番っすね。これはオイラ達の訓練でもあるっすから。それにどっさんとえっちゃんとの連携は、また別に訓練が必要っす」
「なるほどね」
「アキラは次にトラックが停車したら、駐車場の車をセイちゃんと見て回って使えない物はスクラップに」
「はいよ。アキラ三等兵、了解。任してください隊長」
俺の冗談には反応せず、タイチは部下を連れて前方へ移動を開始した。
トラックが停まったので俺とセイちゃんが駐車場に下りると、すぐにハンドサインであの車から見て回れと指示が来る。
「アキラ」
「ん?」
「見るだけムダ。修理可能な車両は1台もない」
「だろうねえ。なら、トラックに戻ってていいよ」
「ううん。この手際なら、最初の建物の安全確保はすぐに終わる。だから、建物に近いここで待つ」
「なら、タイチの少し後ろにでもいるといい」
「わかった」
振り返ってさきほどまでいた荷台の屋根を見ると、そこにはサクラさんだけでなくミサキとシズクの姿も見えた。
セイちゃんを頼みますという意味で小さく頭を下げると、3人が同時に頷く。
ミサキとシズクは、酷く真剣な表情だ。ミサキの銃はミニガンで、シズクのはコンバットショットガンなのに。
「なんだかなあ……」
20ほどの車の残骸を素材にしてピップボーイに収納して回り、セイちゃんを庇うようにして周囲を警戒しているタイチの班に近づく。
さすがにハンドサインで意思が疎通可能な距離ではないので、タイチは無線機を握りっぱなしのようだ。
「作戦終了までタバコは禁止っすよ、アキラ三等兵?」
振り返りもせず釘を刺されたので肩を竦め、無意識に取り出していたタバコの箱を戻す。
この用心深さじゃ出番はなさそうだとレーザーライフルを肩に担ぐように持ち直すと、タイチの胸に装備している無線機がノイズを吐いた。
GK-1、クリア。
GK-2へ向かう許可を。
「不許可。アルファとシエラの到着まで現状を維持。到着後、メガトン1がGK-2へ先行。偵察を開始せよ」
了解。
「堂に入った指揮っぷりだ。そんじゃ、俺達も行くよ」
「オイラ達の後から、っすね」
「……了解」
どうやらタイチは、俺とセイちゃんだけでは移動すらさせるつもりはないらしい。
セイちゃんの身の安全を考えればそれは本当にありがたいので、素直にタイチ達の後ろを歩き出した。
「1つ目の建物は屋根があるだけのだだっ広い作業場みたいなもので、機械もあるにはあるけど、とても使い物にはなりそうにないって話っす」
「漁港だからなあ。魚を選別したり、並べてセリにかける場所なんだろ。奥が事務所や冷蔵冷凍設備のある建物だろうから、そこに期待だよ」
「なるほど」
タイチの言葉通り最初の建物にも、それどころか2つ目と3つ目の建物にも使えそうな機械類はなかった。
そして本命の比較的立派な建物にメガトン1と呼ばれるアネゴの部隊が偵察に出てすぐ、発砲音が連続して聞こえ始める。
「メガトン1、状況を」
グール、数は約20。応戦中っ!
レーザーライフルをデリバラーに換える。
たった1人の援軍でも、VATSを使える俺なら役に立てるだろう。
「アキラはここで待機っす」
「はあっ!?」
なにを言ってんだ、コイツは。
「待機っす。そしてメガトン1が撤退を選択したら、そのままセイちゃんを護衛してトラックへ。敵はオイラ達が食い止めるっす」
「ふざけんな、もし犠牲が出たら!」
それにアネゴの班には、タイチの恋人で俺達の友人であるカヨちゃんもいるのだ。
もし彼女に何かあればタイチはもちろん、ミサキやセイちゃんの心にも大きな傷が残るだろう。
「舐めないでくださいっす、アキラ」
「あ?」
「大正義団はまだしも、新制帝国軍や浜松辺りの山師連中がどれだけ羨んでも手に入れられないほどの装備を、オイラ達メガトン特殊部隊は与えられているっす。たかが20のグールも倒せないなら、この部隊にいる資格なんかないんっすよ。死ぬなり不具になるなりして、とっとと消えてくれた方がみんなのためっす。そうすれば、もっと巧く戦える人間に武器を渡せますから」
「なんだとテメエッ!」