俺達が暮らす小舟の里は、競艇場のあった島を丸ごと居住地にしてしまった街だ。しかもその昔にボートレースが行われていたプールが、丸ごと魚の養殖場になっている。
なので磐田の街を見ても、そう驚く事はないと思っていたのだが……
「うわー、すっごい!」
「壮観だなあ。さすが、浜松に次ぐ都会なだけはある」
「この景色から予想できる労働力は素直に羨ましい」
「にしたって、なんだこりゃ……」
外から見ただけでその広さは想像できていたが、まさか街の中、サッカーグランドと観客席がこうなっているとは。
こちらの世界の日本人も、やはり捨てたもんじゃない。
俺達が見下ろしているサッカーグランドの芝が剥され、すべて畑になっているのはまだいい。
ここに来るまでに見かけた土のある場所のすべてが畑になっていたのだから当然だ。
驚きなのは、観客席。
最前列に立っているので見渡せばほぼ360度にある観客席のすべてが、大小さまざまな木製の小屋で埋め尽くされている。
これでは小舟の里の倍、下手をすれば3倍にも達するほどの人間が、この磐田の街で暮らしているという事になってしまうだろう。
「ここから下に下りるのです」
そう言ってミキが向かったのは、観客席の手摺りを跨ぐ形で後付けされた、これまた木製の階段だ。
ダイアモンドシティのすぐそばにあるマス・パイク・トンネルの階段か!
思わず俺にしかわからないツッコミを入れたくなってしまうが、そうしたって誰もわかったはくれないだろう。
なので黙ってミキに着いて行くと、サッカーの試合で選手が入場してハーフタイムなんかに消えてゆくあの通路に辿り着いた。
「へぇ。あの通路の中ってこうなってんのか」
「観客席が一般住居で、それ以外の施設は屋内なのです」
「ふうん」
それからしばらく歩いてまず寄ったのは、100人ほどが入っても余裕がありそうな広い食堂だ。
元から食堂として使われていたのかはわからない。
自慢じゃないが俺はサッカーに興味などなかったし、もちろんサッカー観戦なんてリア充っぽい事をした経験もないからだ。
「そんじゃ、オイラ達はここで待ってればいいんっすよね?」
「そうなるな。顔合わせとちょっとした商談をしたら戻るから、班行動で休憩なり買い物なりしといてくれ。班ごとで動けば無線が繋がるから平気だろ」
「了解っす」
「揉め事だけは起こさせないようにな、タイチ」
「もちろんっす」
そうやってタイチ達と別れて次に向かったのがミキの実家なのだが、これがまた凄い。
「ひっろーい」
「デッケエ店だなあ」
「戦前の電化製品がたくさん。しかも、稼働品ばっかり。凄い」
「奥のカウンター前は武器が並んでるな。その品揃えも圧巻だぞ」
「兄さん、ただいまなのですっ」
ミキの声で、カウンターの中で読書をしていた男が顔を上げる。
年の頃は30代も半ばを過ぎていそうなガタイの良い男で、年齢だけ見れば彼がミキの父親でもおかしくはない。
「今日も無事に帰ってくれたか。おかえり、ミキ」
「さっき友達になったばかりのお客さんをお連れしたのですっ」
「友達っておまえ……」
読みかけの本をカウンターに伏せたミキの兄が言葉を詰まらせる。
そうもなるだろう。
ウルフギャングはこの辺りはグールが少ないからとエンクレイヴ・パワーアーマーを着込んでいるし、初めて訪れる街で愛する夫から離れるはずがないサクラさんはキュルキュルと駆動部を鳴らしながら店の売り物を見物中。
大小こそあれとんでもない美人が3人もいるかと思えば、男は俺というどう見ても冴えないのが1人だけ。
それに、西洋犬とアイボット。
どんな一行なんだよと混乱して当たり前だ。
「ウルフさんはグールなので、この街に気を使ってパワーアーマーを着てくれているのです」
「なるほど。ならウルフさん、まずはその心遣いに感謝を。それとみなさん、わがままな末娘ですが仲良くしてやってください。私はこの子の兄で、イチロウと申します」
「こちらこそ。それでイチロウさん。この店はずいぶんと品揃えがいいですが、パワーアーマーなんかは置いてないんで?」
俺の言葉で、イチロウさんが微笑みを浮かべる。
いい客だとでも思ったのだろうか。
俺の全財産なんて、カウンターの前の棚に置いてある傷の多い拳銃すら買えない程度なんだが。
「機械鎧、パワーアーマーなんかはこの奥の保管庫にありましてね。すぐに店番を誰かと交代してご案内するので、少々お待ちください」
「そりゃありがたい。ついでに、手持ちの買い取ってもらえそうな戦前の品も見て欲しいんですが」
「もちろん喜んで。ミキが友達と呼ぶ方々になら、最大限勉強させてもらいますよ」
「兄さん、ミキは父さんと話してくるのです」
「親父と? なんでまた?」
ミキは兄のその言葉に、どこか誇らしげにも見える笑みを浮かべた。
「タレット付きの装甲トラックに乗った、新制帝国軍に練度と武装で勝る20以上の軍勢。それを率いるのがこの方達なのです。磐田の街の市長なら、是非とも面識を得て歓迎すべきなのですっ!」
「はあっ!?」
「てかミキの親父さんって、磐田の市長なんかよ」
「ですです。じゃあ、行ってくるのです」
「お、おう。ありがとな」
まさかまさかの幸運に、苦笑いをするしかない。
浜松で目立つつもりがない俺からしてみればこの店は最上の取引相手で、その商家の家長が磐田の街の市長とは。
3人の電脳少年持ちに、見た事もない型のパワーアーマーと機械歩兵。そんな方々がトラックに乗った兵を……
その呟きは無意識だったらしく、ハッと顔を上げたイチロウさんが勢い良く頭を下げる。
「そんなのはやめてくださいって。俺達は少し離れた街で山師をやってる妹の友達って扱いで充分ですから」
「ありがたい」
言ってからイチロウさんがカウンター方向の壁にいくつかあるドアの1つをノックすると、すぐに30に届くか届かないかくらいの美人さんがそこから顔を出す。
「どうしました、あなた?」
「お客さんを保管庫にお通しするから店番を頼む。それと、人数分の茶を」
「わかりました。みなさま、ごゆっくりしてらしてくださいね」
「ありがとうございます」
それから俺達は全員でカウンターの真後ろにあるドアの向こうへ通されたのだが、なぜか途中でミサキに背中を殴られた。
まったく、小遣いなら商談が上手くいかないと渡せやしないだろうに。
「へぇ。パワーアーマーが、ひーふーみーよ……」
「わんっ」
「どした、ドッグミート?」
「わんわんっ」
「あっこら、ここのモンは売り物なんだからな!」
ドッグミートが駆け出す。
部屋は広い方ではあるが、すぐに壁際に達したドッグミートは鉛色のロッカーの前でこちらを見ながらまた吠える。
駆け出した瞬間に心配したように商品に触れたり舐めたりはしていないが、それでも肝が冷えてしまった。
「すんません、イチロウさん。バカ犬には無暗に動くなと言い聞かせますんで」
「いえいえ、何の問題もありませんよ。それどころか、腕利きの山師さんの飼い犬は目利きに長けているのかと驚いているくらいです」
「へぇ。んじゃ、あの中にはお宝が?」
「そうなりますな。売り物ではないのですが、勝利の小銃という希少な銃が入っております」
「勝利の小銃…… ま、まさかヴィクトリーライフルかよっ!?」
「知ってるの、アキラ?」
「フォールアウト3に、そういうスナイパーライフルがあってよ。イチロウさん、もしかしてその銃って撃った相手がすっ転んだりしません? 2秒だか3秒くらい」
「そ、その通りですが。どうしてそれを?」
やはりか。
模造品だとは思うが、フォールアウト3に出てきたユニーク武器とこんな所で出会えるとは。
「俺の故郷の、言い伝えというか昔話というか。そんなのに出てくる銃なんですよ。まさかこっちにもあるとは」
「それは興味深いですな。さて、まずは腰を落ち着けて楽にされてください。すぐに家内が茶を運んできますので」
「ありがたいです。おら、ドッグミート。オマエは俺の隣だ。あんま勝手に動き回るんじゃねえぞ?」
「わんっ」
保管庫には10ほどのパワーアーマーの他に、壁際に置かれたロッカーや金庫がたくさん並んでいる。
そして乗客との商談のためなのか、豪華そうなソファーセットもあった。
腰を下ろして全員の自己紹介が終わるとイチロウさんの奥さんが茶を出してくれたので、パワーアーマーを装備したままのウルフギャングには悪いがありがたく喉を潤す。
「うんまい日本茶だなあ。俺でもわかるくらい味が違う」
「新茶の季節ではありませんが、磐田の街の名物なのですよ。お茶は」
「なるほど。ところでそこのパワーアーマーって、いくつが売り物なんです?」
「最低でも1つはお売りできませんね」
「って事は、7つまでなら売ってもいいと……」
「そうなりますな。ですが、値はかなり張りますよ?」
金はない。
あるのは、有り余るほどの物資。
……だが磐田の街が浜松と、どういう関係にあるか。
まずそれを見極めなければ下手にカードは切れない。
俺に瞬間的な判断などできるはずもなく言葉に詰まると、意外な助け舟が出された。
ウルフギャングだ。
「ちょっといいだろうか、イチロウさん」
「もちろんですよ、ウルフギャング殿。それから私は若い時分に旅をしてグールの方とも面識がありますので、お気になさらず兜を取って茶を飲んでやってください」
「ほう、こんな世界で旅を。ならありがたくそうさせていただきましょう」
ヘルメットを取ったウルフギャングはまず湯気を上げる湯飲みに手を伸ばして茶を飲み、満面の笑みを浮かべてそれを褒めた。
そこから雑談を始めたのでどうしたものかと思ったが、その雑談が俺の知りたかった情報をピンポイントに、しかも笑いを交えながら引き出すものだったので驚きだ。
「はっはっは。いやあ、新制帝国軍にはお互い苦労しますな」
「まったくですよ。なので、あんな連中には絶対に武器なんて売ってやるものかとまで、父はいつも言っております」
轟音。
何事かと腰を浮かせながらデリバラーをピップボーイから出して音のした方へ向けると、そこにはミキと白髪白髭の大男が立っていた。
思わず跳び上がってしまうほどの轟音は開けた金属製のドアが壁を叩いた音で、それは初老にしてはガタイのいいジンさんよりも、さらに大柄なその男が上げたらしい。
「なにをやってるんですか、父さん。お客人の前ですよ!?」
「うるさいわマジメ息子。ふむ、そのグールがアキラじゃな」
「あ、いや。俺は」
「すんません、アキラは俺なんすけど」
「……だと思ったわい。目の光が違う。これまでに潜り抜けた死線の数が違うのじゃろ」
「いや、思いっきり間違えた人にそんな中二臭い褒め方をされても」
「うっさいわ。ところで剣鬼は、ジンのアホたれはまだくたばっとらんのか?」
うるさいのはアンタだと言ってやりたいが、これが磐田の街の市長に間違いはないだろうから黙って頷いておく。