Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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予期せぬ会談

 

 

 

「そうかそうか。それは残念じゃ」

 

 イチロウさんの奥に老人が、手前にミキが腰を下ろしたので、缶コーヒーを出してそれぞれの前に置く。

 

「気が利くのう。それに戦前の嗜好品を初対面のジジイにポンとくれてやるとは、豪儀な若造じゃ」

「いえいえ。市長さんとの面会すら許されないかと思っていたのに、わざわざ出向いていただいた。こんなのじゃ礼にもなりませんよ」

「なあに。ワシは先祖の成した財がなければ、ただの荒くれ者じゃと街中から嫌われておるようなジジイよ」

「ジンさんは日本刀を使いますが、市長さんの得物は?」

「振り回せるならなんでもいいからの。魔都でジンと初めて出会った時は、そこいらに落ちとった電柱で狂った機械人形共をぶん殴っておったかのう」

「電柱を武器にするって、どんな腕力してるんですか……」

「がはは。そこいらのヤツとは鍛え方が違うわい」

 

 って事は、重い武器がいいのか。

 なんかあったかなあとピップボーイのWEAPONS画面をスクロールさせる。

 

 あった。

 それもこの上なくピッタリな武器が。

 

「そんじゃ、こんなのはどうです?」

 

 言いながら立ち上がる。

 ソファーセットから少し離れて出したのは、フォールアウト4に登場するユニーク武器『グロックナックの斧』だ。

 重さと威力ならスーパースレッジだが、このユニーク武器には固有効果が付いている。

 

「西洋の両手斧か。かなりの業物じゃのう」

「さすが、博識ですね」

「父さんは、こんなでもかなりの読書家なのです」

「こんなとはなんじゃ、こんなとは」

「ははっ。んでこの斧なんですが、攻撃した相手を大きくよろめかせる特殊な効果があるんです」

「なんじゃと? それではまるで……」

「ええ。勝利の小銃、でしたっけ。なんで狙撃銃じゃないんだろ。ま、いいか。その勝利の小銃に似てますよね。これはついでに、……出血って言うと混乱するから、そうだなあ。継続ダメージでいいか。それを与える効果も付いてます」

「買ったっ!」

「ちょ、待ってくださいよ父さん。勝利の小銃と同じなら固有名称武器ですよ!? そんなのを値も聞かず買うなんて!」

「いえいえ、値段なんてとんでもない」

「むうっ。売る気はないのに見せびらかしただけとは」

「違いますって。使うなら差し上げますよ」

 

 ほえっ?

 なんっ!?

 むぅ……

 

 ミキ、イチロウさん、市長の声が重なる。

 仲の良い家族だなあと微笑ましくなるが、STRが3しかない俺ではグロックナックの斧をこうして支えているだけでもキツイってのに。

 早く受け取ってロッカーに入れるなりなんなりしてくれないだろうか。

 

「若造。いや、アキラ」

「はい?」

「目的はなんじゃ? 言うておくが、ミキは嫁になど出さぬぞ?」

「俺はお嫁さんに来てもらえるような人間じゃないんで。それより、早く受け取ってもらえませんか? これ、マジで重いんですけど……」

「ぬう、カシラを地につけて支えるだけでプルプルしおって。その掴んでいる柄を倒して、斧をテーブルに立てかけるようにすればよかろうに」

「それだっ。さすがジ、市長さんですね」

「そこまで言うたならジジイでいいわ、バカタレ」

「あはは。……ふう、重かった」

「もっと体を鍛えねばミキを嫁には出さんぞ」

「だから遠慮しますって。それでイチロウさん、他にも武器とか防具とかあるんで見てもらえます?」

「それはいいに決まってますが」

「んじゃ、そっちの広い場所に出しますね」

 

 市長さんは新制帝国軍に武器を売らないと言っている。

 ウルフギャングがそう聞き出してくれたが、イチロウさんも同意見なのかはわからない。

 それに商人であるならば、心意気よりも利益を優先するのが当たり前だろう。

 

 なのでソファーセットからだいぶ離れた場所に出すのは、伝説でもユニークでもない装備だけにしておく。

 ミサイルランチャーならギリギリセーフだろう。

 ヌカランチャーは、確実にアウトだ。

 

「こ、これは……」

「まずオススメなのがこの大きな銃です。ミニガン。パワーアーマーを商品として取り扱っているなら、セットで売るには最適かと」

「たしかに」

「んで磐田の街の政治形態は知りませんが、市長が世襲制ならさらにオススメですよ」

「なぜです?」

 

 イチロウさんは本気でわかっていないらしい。

 もしかしたら俺よりずっと体格のいいこの人は、戦うという行為があまり好きではないのか。

 

「こんな重くて大きな武器は市長さんみたいなバ、じゃなかった。剛力の持ち主じゃなきゃ使えませんよね」

「誰が馬鹿力じゃこら」

「ヤベ、聞こえてた。言葉の綾ですよ、綾」

「え、ええ。ですがこの街を守る防衛隊を率いる弟はパワーアーマーを使っているので、値段が折り合うようならば1つ欲しいと思ったんです。ですが、それ以外の使い道があると?」

「はい。この磐田の街の大部分は、木製や金属製の柵で覆われていました。だから相手が人でも妖異でも、襲撃があるとすれば門からになる可能性が高い」

「……なるほど。そこにこれを」

「取り外し可能な、固定銃座にしてもいいですしね。これの連射速度はかなりなんで、トラックや獣面鬼ならワンマガジンで事は済みますよ。こちらには、銃座を作るとびきり腕の良い職人もいます」

「買ったッ!」

「だから父さん、どうしてあなたは値段も聞かずに……」

 

 よしよし。

 この様子じゃあ怪力ジジイが実権を握っていて、その補佐をするのがイチロウさんであるらしい。

 トップが値段も確認せず即決するくらいなら大丈夫だろう。

 

「それじゃイチロウさん、値の交渉は私の担当なので」

 

 言いながら立ち上がってこちらに来たのはウルフギャングだ。

 

 任せていいのかよ?

 

 そんな思いで視線をやると、商売用であるらしい笑みを浮かべたまま頷かれる。

 ウルフギャングは300年もトラックでサクラさんと各地を巡りながら武器屋をしていた本職なので、ここは任せておくべきだろう。

 

 2人と入れ替わるようにソファーへ戻ってタバコを咥える。

 テーブルにはこんな世界ではおそらく高級品であるはずの、大きなガラスの灰皿が置かれているから吸ってもいいはずだ。

 

「市長さんもどうです?」

「いただこう。しかしとんでもないのう、ジンの秘蔵っ子は」

「そんなんじゃないですけどね」

「それでウルフギャングのしておった交易の話だがな、そちらの提案通り同税率で良いぞ。そちらがトラックを出すなら、こちらは人を出すしの」

「……は?」

 

 俺がちょっと離れてる間に、そこまでの話をしていただと?

 しかもこっちの提案通りって。

 

「うちの旦那、やる時はやるのヨ」

 

 顔がセントリーボットのそれでなければ、笑顔でウインクでもしそうな感じでサクラさんが言う。

 いや、人工音声でも語尾にハートマークが付いているのがわかる感じだ。

 

「みたいですねえ。ありがとうございます、市長さん」

「うむ。ジンの末娘の話では、養殖した魚を新鮮なままに運び込めるというからの。住民達もそうなれば、新しい楽しみができたと喜ぶ」

「問題は、2つの街のそんな動きに他の街のバカがイチャモンをつけるんじゃないかって事なんですが」

「ウルフギャングはそれをアキラと話し合えと言うておったぞ」

「なるほど。……シズク、ミサキとセイちゃんを連れてタイチ達と合流しとけ。ドッグミートとED-Eはその護衛だ。こっちは長くなりそうだから、買い物は明日か明後日でカンベンな?」

「わかった。政治、戦争、商売。アタシ達にはどれもわからん話だしな。磐田の街の見物でもしておこう」

「それがいいのう。ミキ、案内をしてやれ。少し手狭じゃろうが、宿はヌケサクのとこでよいじゃろ」

「わかったのです」

「すんません、何から何まで」

「なんのなんの」

 

 部屋に残ったのはウルフギャングとサクラさんと俺、それにイチロウさんと市長さんだけ。

 ウルフギャングは、離れた場所でイチロウさんに武器の説明をしながら商談中。

 サクラさんはウルフギャングをいつでも庇える位置にいて、どちらの会話にも入る気はなさそうだ。

 

「この街の戦力ってのを、お伺いしても?」

「うむ。専任は50ほどじゃ。武装は全員が小銃で、パワーアーマーを装備した次男が率いておる」

 

 答えてもらえないかなと思ったが、市長さんは鷹揚に頷いてそう言った。

 人数や武装を誤魔化されている可能性がない訳ではないが、ジンさんの友人であるらしいこの老人の言葉は信じてもいいような気がする。

 

「もしかして、狩りなんかをするのとは別にですか?」

「当然じゃの。まあ本格的な狩りではなく、浜松を含めた街や集落との取引時に護衛として帯同して、倒した獣や妖異の食える肉を持ち帰るんじゃ。それが30はおる」

 

 兵士をやれる人間の頭数は、小舟の里の倍以上。

 それでも友人であるジンさんの暮らす小舟の里と取引がないのは、単純に距離がありすぎるからか。

 

 なるほど、それなら……

 

「俺達が通った大きな門の両側、高所にミニガンの銃座を据え付ける」

「ふむ」

「それで門を閉じて内側から補強したとして、大軍の総攻撃にどれくらい耐えられます?」

「10日は余裕じゃ。さらにそこで背後からそれなりの軍勢が襲撃をしてくれれば、呼応して門を開いて胸糞の悪い連中を蹴散らすのも容易かろう」

 

 考える事は同じか。

 

 小舟の里と磐田の街の同盟。

 

 明日以降にミキの案内で、最低でもメガトン特殊部隊が迅速に2つの街を行き来できる車両を発見する事が前提になるが、そうなれば、そのうえで小舟の里と磐田の街がお互いを信頼し合って見捨てなければ。

 

「あー。自分から言っておいてなんですけど、ここまで踏み込んだ話をしてもいいんでしょうかねえ」

「よいに決まっとるわ」

「うーん……」

「のう、アキラよ」

「はい?」

 

 市長さんの視線が俺の目を射抜く。

 

 なぜか『腰抜けめ』とでも怒鳴られたような気分になって、思わずその目を睨み返した。

 

「良い目をするではないか」

「す、すんません。どうにも探索気分が抜けてなくて」

「あるとすれば、たった一度じゃ」

 

 主語はない。

 だが言わんとする事はわかりすぎるほどわかるし、それは俺の見立てと同じだ。

 

「……まあ、そうなんでしょうね」

「うむ。たった一度の大戦。それでどれだけの被害が出ようと、新制帝国軍を一度でも叩いてしまえば、この遠州の戦力不均衡は解消される」

「それはわかりますけど」

「兵士という身分を笠に着て嫌がる女を抱くクズ。アキラは、そんなのを許せる男ではあるまい」

「まあ、見かけたら銃を抜くくらいはするんでしょうね」

「街と街も同じよ。戦力を盾に不平等な取引を押しつけ、一方が嫌々ながらもそれを受け続けたらどうなる? 街は貧しくなる一方で、そこに住む子供達は這い上がる術さえ身に着けられぬのじゃ。それでいいのか?」

 

 わかる。

 それはわかるが、それを肯んじるのが社会、そしてそこに生きる大人という生き物だというのも、またわかるのだ。

 

 まだかろうじて火の点いているタバコで新しいタバコに火を点け、短い方を乱暴に灰皿で揉み消した。

 

 


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