リアシートに跨ったまま見上げた看板には、『吉岡新聞店』の文字。
正直、この発想はなかった。
「いや、たしかに新聞配達っていやあ原付バイクですけど、店の前に1台もありませんよ?」
「そこの引き戸を開けた、作業場みたいな場所に置いてあるのよ。それも数台が、エンジンはかからないけどペダルを踏み込めば手応えのある状態でね」
「マジっすか……」
それは本当に期待できそうだ。
だが、期待し過ぎるのもあまりよろしくはないか。
特殊部隊とミサキ達の探索目標にはもちろん修理ができそうな車両も含まれているのだが、これまで何度か見つけたというさっき漁ったようなガレージでも、スーパーマーケットの駐車場でも、小舟の里の近くに1軒だけあったカー・ディーラー跡地でも、修理可能な車両なんて発見できていない。
新聞店が盲点だったのは事実だが、どうなる事やら。
俺がバイクを降りてタバコを咥えると、その隣に市長さんが並んだ。
「ではカナタ、ミキとここでバイクの見張り」
「嫌よ」
「じゃが店内で取り回しの悪い勝利の小銃は」
「そこはアキラくんがどうにでもしてくれるわよねえ?」
「はぁ。別に銃の1丁くらい貸しても差し上げても問題はないですけど、ホルスターはこれ1つしかないんですよ。ピップボーイに入れた方が楽だからあんま使ってねえけど、これは人から貰ったんで大事にしてえし」
「ボクが自分でホルスターの用意ができるまで、使わない時はアキラくんに預かってもらうからいいわ」
「ははっ、仕方ない。カナタさんくらいの美人にプレゼントするなら、ちょっといいのを差し上げましょうか。サイドアームにするなら好みは?」
Sっぽくも、ニヒルっぽくもない、いい笑顔を浮かべカナタさんが腕組みをする。
きっと、どんな銃にするべきか考えているのだろう。
知的美人が物思いにふける表情というのは良いものだ。
それに爆乳の化身であるシズクほどではないが、CかDはありそうなお胸が強調されて眼福眼福。
「できれば拳銃で、威力と頑丈さ重視かしらね」
「なるほど」
スナイパーのサイドアームにハンドガンという選択は悪くない。
個人的には、連射可能で取り回しの良い10mm辺りをオススメしたいが。
まあ本人にこだわりがあるならばそれを尊重した方がいいだろうと、とりあえず思いついた銃を出してみる事にした。
「かなりの業物じゃのう」
「見るからに強そうなのです」
「あとでミキにも好きな種類の武器か防具をプレゼントするから、どんなのがいいか考えといて」
「そんなっ。ミキはこれ以上お世話になんてなれないのです!」
「いいからいいから。市長さんとカナタさんにはプレゼントしてミキにしなかったら、ミサキ達に怒られそうだし」
「それよりアキラくん、その銃はいったい?」
口の端が自然と吊り上がる。
クールなこの人が、説明を聞いてどんな表情をするのか楽しみだ。
「高威力の大口径で、オートマチックよりも信頼性が高そうなリボルバー。名前は、ツーショット・ブルバレルアドバンス.44ピストルです」
「ツーショット?」
「はい。トリガーを引くと発射された弾が途中でもう1発出現して、倍のダメージを与えるんですよ」
「そんなの、まるで宝物級じゃないの……」
こちらではレジェンダリー武器を宝物級武器と呼ぶのか。
期待していたリアクションは、呆然としているだけなので面白くはない。
「気に入りません?」
「い、いや。そういう問題ではなくてね」
「やれやれ、見る目がないのう。カナタが相手なら宝物級の拳銃など贈り物にせずとも、立小便する後姿でも見せればむしゃぶりついてくるじゃろうに」
「睾丸でしか物事を考えられない熊さんは、ちょっと黙ってて下さる? でないとボク、どこぞの熊が嫁以外の穴にいつどこでどうやって精液の無駄撃ちをしたのか書き出して、実家のリビングに張り付けてしまいそうなの」
「わ、悪かった。もう茶化さんから、それだけはやめてくれ」
「それじゃどうぞ。あとこれ、弾です。シリンダーに6発入ってますけど、ポケットにでも入れといてください」
「ありがとう。ミキ、小銃を預かっておいて」
「了解なのです」
高校野球のポスターがベタベタ貼りつけられているせいで、新聞店の中は覗けない。
新聞を運び込んだり、盗難防止のためにかバイクを店の中に入れておくくらいだから出入り口はかなり大きかった。
俺がデリバラーを右手にぶら下げながらそこに歩み寄ると、それにカナタさんの足音が続く。
店内にマーカーはない。
「意外と簡単に開くな。施錠もされてねえ」
引き戸を薄く開け、VATSボタンを連打。
俺が握っているのはあの懐かしい手触りの純正コントローラーではないので本当にボタンを押している訳ではないが、店内に何者かがいればこれでVATSは起動してくれる。
「音もないわよ、アキラくん」
「みたいですね。踏み込みましょう」
店内は思っていたより、ずっと広い。
まずあったのは、大人が3人は並んで寝転べそうな大きな作業台だ。
壁には往時のポスターや標語なんかが貼られているのが見える。
そしてその作業台の左に、目的の物が少しだけ雑な感じで並べられていた。
「中はボクが見つけた時のままね。ま、この辺りの山師にこんな住宅街なんて漁る頭はないから当然かしら。どう、かなり状態が良さそうでしょ?」
「ええ。下手すりゃこのまま乗って帰れるんじゃねえかって感じです」
「それはムリなんだけどね。8台並んだバイクの、手前から2台目と4台目と5台目しか、キックペダルを蹴っ飛ばしても手応えがないの」
「まずは、カギ探しですね」
「そこの雑誌の下に隠しておいたわよ」
「さすがです。って、よりによってエロ本の下ですか」
バイクのそばに落ちている雑誌。
しゃがみ込んでそれに手を伸ばすと、和服の帯を外した状態でM字開脚をする女の表紙が目に入った。
けしからん雑誌だ。
こんなのは俺が責任を持って処分しなくては。
ピップボーイにエロ本を入れ、その下にまとめて置いてあるカギを拾い集める。
見ればカギには番号が振ってあるので大丈夫だろうと、それもピップボーイに収納した。
「ねぇ、アキラくん」
「はい?」
振り返る。
「見て。ひさしぶりに戦前の運動靴なんて履いたから、マメができちゃった」
「そ、そうっすか。スティムパック、使います?」
これは、ヤバイ。
カナタさんは大きな作業台に腰かけ、スニーカーを片方だけ脱いで足にできたというマメを確認している。
戦前のぴっちりした、ボディラインが浮かび上がる黒いスーツ。それも、きわどいミニスカートのやつでだ。
リアシートからサイドカーを見下ろしていた時は『なんでストッキングとガーターベルトもしねえかなあ』なんて思ってたが、今はそれに感謝。
ミニスカートで作業台に座って足のマメなんか確認してるから、しゃがみ込んだ俺からはその奥がバッチリ覗き込める。
赤、か。
眼鏡が似合う、女教師か社長秘書にしか見えない大人の女の下着が赤。
たまらんです!
「あら、ドコ見てるのかしら?」
「ど、どこも見てないっすよっ!?」
「ウソおっしゃい。ねえ、さっきご褒美をあげるって言ったわよね」
「で、ですね」
微笑みながらカナタさんが足を組む。
それで目に染みる赤色が視界から消えて助かったと思ったが、今度はほどよい肉付きの真っ白なふとももが目の毒だ。
これはこれでヤバイ……
「ほっぺにキスくらいにしておこうと思ったけど、足の痛みをどうにかしてくれたら、もっとイイ事してあげるわ」
「な、なにを言ってんすか。スティムパックなら差し上げますから、別にお礼なんて」
「うふふ、バカねえ」
「へ?」
「痛みは、アキラくんが舐めて癒すに決まってるじゃないの」
「ど、どんなプレイっすか……」
それに作業台はそれなりの高さがあるから、足の指なんて舐めたらまた赤いアレが。
そうなれば、絶対に理性が保たない。
いや、足なんて舐めねえけど。
舐めねえ、けど……
「カナタ姉さん、勝利の小銃を借りるのですっ!」
「敵は油虫が2匹だけじゃ、気にせんで続けててよいぞ」
そんな声がしたので視線を入口へと移せば、市長さんの大きな手がひらひらと振られてすぐに消えた。
「まったく。父娘で出歯亀なんて。はしたないわねぇ」
「こっちは、絶体絶命のピンチを救ってもらった気分ですけど」
「うふっ。やっぱりアキラくんは素質があるわ」
「はいはい。それより、油虫ってのは?」
「年寄りはこれだから。ゴキブリって言い方の方が一般的よね」
「……やっぱいるのか。ここまで出てねえから日本にゃいねえのかもって期待してたのに」
フォールアウトシリーズの敵、RPGなんかでいうモンスターは、放射能を浴びて凶暴になったり巨大化したりしたという設定のものが多かった。
犬や熊、アメリカだからかサソリなんかも敵として登場する。
そして個人的に最も厄介なのが、虫が巨大化したクリーチャーだ。
「手伝いなら必要ないわよ?」
カナタさんの声に銃声が重なる。
それが2度鳴ると、ミキを褒めてガハハと笑う市長さんの声も聞こえた。
「そうみたいですね。でも時間もないんで、急いでバイクなんかを回収しちゃいます」
「あら残念。続きはまた今度ね」
これは、マジで言ってるんだろうか。
もしそうなんだったら、俺が足を手に入れて探索ついでに磐田の街で1泊とかしたら……
どう考えても絶対にない事を考えながらバイクや作業台、何に使うのかわからない自販機大の機械なんかをピップボーイに収納。
カナタさんに向き直る前に、股間のふくらみを目で、鼻血が出ていないかを手で確認してから振り向く。
「お待たせしました」
「それじゃ、外で休憩しながら浮気熊の話を聞きましょうか。詳しくは訊かなかったけど、かなり期待できる場所らしいわ」
「了解です」