結論から言うと、ミサキの射撃の腕はどうしようもないほど壊滅的だった。
30メートルの距離から手持ちの未改造武器をすべて試したのだが、ブロック塀の上に並べたジュースの空きビンは1本も砕けず、それどころか5メートルまで距離を詰めても1発も命中しなかったのだ。
「……スゲエな。この距離からショットガンの散弾をぶっ放してビンを割れねえとか、ある意味とてつもねえ才能だぞ?」
「うっさい。普通に女子高生やってて、銃なんか上手いはずがないでしょ。それにこれ、弾がちっちゃいからダメなのよ。なんかこう、どかーんっって感じの武器はないの?」
「ドカーン? ミサイルランチャーやヌカランチャーならあるが」
「ミ、ミサイルはちょっと怖いわね。じゃあ、ヌカナントカってのを出してよ」
「本当にいいのか?」
「何がよ?」
「ヌカランチャーは、小型の核弾頭を生身で発射するための兵器だ。ミサイルの誤射でもHPがすっ飛ぶほど低レベルの俺達には、とても扱える武器じゃねえと思うんだが」
「そんなの使う訳ないでしょっ。ああもうっ、クリーチャーを殴り殺せるならそれが一番簡単なのにーっ!」
近接、それもナックル武器をお望みときたか。
アイドルのようにかわいらしい顔立ちをしているのに、どんな武闘派なんだか。
「殴るって、格闘技でもやってたのかよ?」
「パパが経営する会社の横に立てた道場で、空手を教えてたのよ。あたしも小さい頃から習ってたから有段者だし」
「社長令嬢のJKが、フォールアウトの世界でクリーチャーを殴り殺すのかよ。まるでマンガだな」
「銃が使えないんだから仕方ないでしょ。それであるの、殴るための武器っ!?」
「あるっちゃあるがなあ……」
近接戦闘は敵に肉薄して行うというのもあるが、それより怖いのはフレンドリーファイア。
つまりは俺の撃った銃弾がミサキのHPを削ってしまう事だ。
自分の銃弾が味方を傷つけないPerksがフォールアウト4にはあるが、コンパニオンが対象のそれがミサキにも適用されるかはわからないし、たしかそれを取得するにはCharismaの値がかなり高くなければいけなかったはず。
Luck以外が3しかない俺がそれを覚えるには、かなりのレベル上げが必要となる。
「ねえ、それを借りるのってダメなの?」
「俺は銃で戦うからなあ。戦闘中ミサキに俺の銃弾が命中したら、落ち込むなんてレベルじゃねえぞ」
「それなら平気よ。アキラが銃を構えたら、絶対に前には出ないようにするから。だからお願いっ」
「……条件がいくつかある」
「なんでも言って」
「戦闘中は、俺の指示に従う事」
「そんなの当たり前じゃない。あたしは、ゲームですら戦った事ないんだし」
「それとヒマがあれば、銃の練習もする事。Strengthが10もあるミサキなら、今の俺が使えないレジェンダリー武器だって扱えるはずなんだ」
「ううっ。あの音と火薬の臭いは嫌いだけど、アキラが言うなら練習する」
「そうかい。じゃあ近接武器、それもナックル系を出すから、気に入ったのを選べ」
「ありがとっ」
EDーEに周囲を警戒してもらいながら、地面に武器を並べてミサキに選ばせる。
「うーん」
「その2つで迷ってんのか?」
「そう。メカメカしいのと毒々しいの、どっちがいいかなあって」
「無改造だとパワーフィストはダメージ40、攻撃速度ミディアムで重さが4。デスクローガントレットは、50のミディアムの10だな。もちろんどっちも各種レジェンダリーを取り揃えてありやすぜ、お嬢様?」
「なら、少しでもダメージの高い方かなあ」
「デスクローガントレットか。手持ちのレジェンダリーは、それなりかな。とりあえずは機敏でいいか。ほら、構えてれば移動速度が上がるって効果の付いたデスクローガントレットだ」
「ありがとー。これがあれば百人力ねっ」
もう少し強く言い聞かせ、たとえ命中しなくても銃を持たせるべきではないのか?
そんな考えも浮かんだが、俺から少し離れて空手の型を披露したミサキがいい笑顔で頷いたので言葉にはしないでおいた。
舞うように体を動かしていたミサキを眺めながら火を点けたタバコを踏み消し、地面に並べた武器を収納して腰を上げる。
「そんじゃ、そろそろ行くか」
「ちょっとちょっと。ナントカって必殺技、まだ教わってないわよ!?」
「VATSかあ。あれは敵がいないと試せねえんだよなあ。まあいい。VATS、そう強くイメージしてみろ。そうすると俺やドッグミート、EDーEがターゲットされる。そしたら攻撃しようとイメージすれば視界の隅にあるアクションポイントを使って、それがなくなるまで連続で攻撃が出来る。フォールアウトNVの仕様なら俺のVATSとは違って時間を止めて攻撃できるから、かなり強力なはずだぞ」
ミサキが正拳突きを繰り出す構えを取り、静かに目を閉じた。
「……ふうっ。なんとなくだけど理解したわ。危なくアキラを2回も殴るとこだったけど」
「こわっ。お互いにフレンドリーファイア、誤射にだけは気をつけような。だからVATSを使う前はそう大声で叫んで、相手の返事を聞いてから使うんだ。俺の場合はマガジン交換をする時にも、リロードって叫ぶ」
「でも必殺技を使うのって、だいたいがピンチの時でしょ。そんな余裕、ある?」
「咄嗟に使うしかない時は、そうするしかねえさ。じゃなきゃ、死ぬ」
「……ゲームみたいに、生き返ったり出来るって保証はないんだもんね」
「そういう事。さあ、行くぞ」
「うん」
「ドッグミート、ミサキを頼むぞ。EDーEは索敵だ」
「わんっ」
「ぴーっ」
家々は小さめの木造が多いからか、道の両側はフォールアウト4の舞台であるボストンより荒れ果てている感じだ。
車の残骸がそんなにないのはここが田舎だからか、それとも当時の日本が貧しかったからだろうか。
クリーチャーを探しつつ廃墟の街を歩き回っていると、ミサキ達と出会った交差点の先にあった工場の敷地を抜けた辺りで広い水辺にぶつかった。
「これは、川か?」
「ううん。見て、右の方はもう海だよ」
「どうりで来た時から磯臭かった訳だ。なら、左に進むか」
「うん。建物はメチャクチャに壊れてるのが多いけど、道路なんかはしっかりしてるから線路も残ってるはず」
「だなあ。とりあえずはそこのベンチにでも座って、水分補給しとけ。もう2時間は歩いてる」
「うん」
見た目は美しい川の流れを眺めながら、きれいな水を飲んでタバコを吹かす。
ドッグミートにも皿に水を入れて飲ませたが、EDーEは俺が出したオイル缶をブザーを小さく鳴らして断った。やはり機械の体だからか、そう頻繁にオイルを補充する必要はないらしい。
どうせなら少し早いが、昼メシもここで食うか。
「ねえ、なんかいるよ。川の水を飲んでる、犬? こっちに向かって。わ、マーカーが赤になったっ!」
「どれどれ」
こちらに向かって走って来るのは体毛のない犬のような見た目の、ワイルド・モングレルというフォールアウト4に登場したクリーチャーだ。
犬のクリーチャーはNVや3にもいてまた違う名前なのだが、この世界の日本に出るのはアグレッシブなフェラル・グールのように、フォールアウト4で戦ったクリーチャーばかりなのかもしれない。
「ど、どうすんのっ?」
「言ったろ。レベルも上げながら住める街を探すって。殺るぞ」
「わ、わかった。あたしはどうすればいい?」
「元からザコだし、都合よく1匹しかいねえ。ミサキの教材になってもらおう」
「そんなに強くないんだ。なら、安心かな」
「群れてなきゃ、グールよりよっぽど楽な相手さ。あれの名前は見えてるか、ミサキ?」
「うん。ワイルド・モングレルだよね」
「そうだ。その名前の後ろにドクロマークがあったら、そりゃかなり格上のクリーチャーって事だからな。見つけても出来るだけ戦闘は避けろ」
「わかった」
「ぐるうっ……」
「ありゃミサキの獲物だぞ、ドッグミート。俺達は見学だ」
「あ、あたしだけで倒すのっ!?」
驚いて叫ぶように言ったミサキに笑顔を見せ、ワイルド・モングレルに向かって顎をしゃくる。
「当然だ。いいから、ワイルド・モングレルにVATS」
「うん。……ダ、ダメみたい。命中率が0で」
「だろうな。それが、敵との距離が遠すぎる場合だ。憶えとけ」
「な、なるほど」
「接近してきたぞ。攻撃できる回数分だけVATSでぶん殴って、それで倒せなきゃすぐに飛び退け。俺がこの拳銃で倒す」
「わ、わかった」
犬のクリーチャーだけあって、ワイルド・モングレルはなかなかに素早い。
俺達まで50メートルはあった距離が、見る間に10メートルほどにまで詰まった。
ミサキの整った眉が歪む。
「ま、まだ攻撃できないっ!」
「落ち着け。近接武器を使うって事は、そういうこった。だいたい、……お」
「はあっ、はあっ。た、倒したよ」
「殴りかかるのが、まるで見えなかった。やっぱミサキのVATSは、時間が止まってるらしいな。お疲れ。経験値はたったの8か、俺にも入ってるな」
「時間を止めるって、それってメチャクチャ強いんじゃないの?」
「かなりな。低レベルの俺なんか、ミサキなら瞬殺できるはずだ」
「ふうん」
「さて、初めてのVATS攻撃と初めてのクリーチャー殺しは無事に終わった。もうひとつ初めてを経験しとこうか、ミサキ?」
「なんか言い方がやらしいんですけど……」
「気のせいだろ。次は、初めての剥ぎ取りだ」
「まさか、ナイフかなんかでこのわんちゃんをっ!?」
俺達が経験しているのがタイムスリップなんかだったらそうなるだろうが、幸か不幸かここはフォールアウトシリーズの世界。
ゲームで敵を倒すたびにナイフで解体なんてしていたら、プレイヤーの大部分は面倒になってすぐにコントローラーをぶん投げてしまうだろう。
「ここはゲームの世界だからな。ワイルド・モングレルの死体を見ろ。名前の下にアイテムが表示されてねえか?」
「モングレル・ドッグの肉、って書いてある」
「それをピップボーイに収納するイメージだ」
「収納はこうだよね。あっ、モングレル・ドッグの肉って文字が消えたよ」
「それでピップボーイに入ってるはずだから、確認してみろ」
「……ホントだ」
「昨日は急いでたんでシカトしたが、フェラル・グールなんかを倒してもアイテムは取れる。やり方は簡単だから、もう覚えただろ?」
「うん。手も汚れないし、これなら大丈夫そう」
「なら行こう。海とは反対側に進んで、線路を探す」
「うん。今日中に見つかるといいねえ」
「だなあ。レベルを上げたいからクリーチャーも、もう少し出てくれればいいが」
「だねっ。意外と楽勝だし、すぐにレベルも上がるんじゃない?」
ワイルド・モングレルを倒して自信をつけたのか、ミサキがデスクローガントレットを振って血を飛ばしながら笑う。
相手がクリーチャーならな。
俺はそう言いかけたが、言葉にするのはやめておいた。
ここはゲームの世界ではあっても、日本。
フォールアウトシリーズの定番中の定番の敵、レイダーなんていうイカレた連中はいないかもしれないからだ。