Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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ヤオ・グアイの襲撃

 

 

 

 休みなら、まあいいか。

 

 そんな気分で磐田方面の地図と、まだああだこうだと雑談で盛り上がる嫁さん達の揺れるミニスカートなんかを眺めながら、冷えたグインネットを飲み始め、1時間ほど経った時の事だった。

 

 ザッ、ザザッ

 

 セイちゃんが修理して俺が配線をしたスピーカーがノイズを吐く。

 

「ッ!」

 

 立ち上がりながらショートカットキーでデリバラーを装備。

 

 せ、正門のショウですっ!

 門の前に動く、えっと、小型車両が1台!

 アキラさんを呼べって言ってますっ!

 

「小熊ちゃんね。新婚家庭に朝っぱらから顔を出すなんて、無粋にもほどがあるわ」

「カナタの家の次男か。だが、それをこっちに連絡もせず通したのはジン爺さまだな。子供のようなイタズラを」

 

 リビングの壁際にある棚には、それぞれが使う無線機が乱雑に並んでいる。

 その棚に歩み寄り、レシーバーを手に取った。

 

「やれやれ。焦って損した。……あー、こちらアキラ。すぐに行くから、ヤオ・グアイは駐車場で待たせておいてくれ。それといい機会だから、ジローをタイチにも紹介してえ。相手は磐田の街とその入植地を守る戦闘部隊の隊長だ。タイチの都合は?」

 

 こちらタイチ。

 なら今日の探索の指揮はアネゴに任せて、正門で合流するっす。

 

「サンキュ。そういう事だ、ショウ。驚かせて悪いな」

 

 とんでもない。

 じゃあ待ってますね。

 

 ああと返してデリバラーを収納。

 ついでに俺用の通信機を腰のベルトに通し、レシーバーをホルスターに着けておく。

 それからすでに状況を飲み込めている嫁さん達に見送られ、家を出て正門へ向かった。

 

「こりゃあいいな。詰めれば荷台に5、6人は乗れるぞ」

「そうっすねえ。これは羨ましいっす」

「へへっ。アニキとそのちっこい嫁さんのおかげ、って噂をすれば。アニキ、おはよう!」

 

 正門の横の駐車場には、ジローとタイチだけでなくウルフギャングの姿もあった。

 どうやらジローの三輪バイクを見物していたらしい。

 

「おう。ウルフギャング、悪い。基地の放送で起こしちまったか」

「なあに。昨日は客の入りがそうでもなかったんで、早く店を閉めてな。普通に起き出してヒマしてたんだよ」

「そっか。タイチもわざわざありがとうな」

「いえいえっす。もう隊長、じゃなかった。シズクさんからお許しが出たんで、オイラとアネゴとカズ兄のローテーションで探索の指揮はどうにでもなるっすから」

「へえ。じゃあ、見習いから正規の隊長に昇進したって事か。今夜は、ウルフギャングの店で祝杯だな」

「なら、今から店に行くか。ジローはアキラとタイチだけじゃなく、俺とも話したいって事だし」

「いいのかよ? こっちはありがてえけど」

「もちろんだ。昨日の氷は、さすがにもう溶けてるだろうけどな」

 

 ならばともう閉じている正門ではなく通用口を使って店に向かいながら、無線で自宅に連絡を入れる。

 

 4人で足を踏み入れたウルフギャングの店は、夜の営業時間と違って閑散としているからか、いつもと同じ場所なのにまるで違う印象だった。

 俺の左右にタイチとジローという形でカウンターのスツールに腰を下ろすと、中へ回ったウルフギャングがそれぞれの前に灰皿を置く。

 

「とりあえず缶コーヒーでいいか?」

「はいっす」

「なんでだよ、アニキ。男が4人、これからの友情を誓おうってんだぜ? その席で酒を飲まねえでどうすんだよ」

「オマエは帰りの運転があるし」

「泊まってくから、へーきへーき。バイクの慣らしだから少なくても1泊、下手すりゃ2泊って言ってきたし。あ、あとこれ親父から預かった手紙な」

「マジか。でも、タイチは仕事中だし酒はなあ」

「そういう事なら喜んで。飲み過ぎないし、酔ったら酔ったで報告だけ受けて仕事はしないっすから」

「車両関係の事で相談したかったから、そうしてくれりゃ助かるが。ウルフギャングも飲んで平気か?」

「ああ。せっかくの出会いだからな」

「んじゃ、冷えたグインネットでいいか」

 

 朝っぱらからの酒盛り。

 こんな機会はあまりないだろうから、いろんな事を話し合っておくのもいいだろう。

 

 ジローとは森町の防護や天竜との顔繫ぎについてを。

 タイチとはバスとトラックと冷凍庫付きトラックの運用方法を。

 ウルフギャングには、それらのアドバイスを貰って。

 なら迷惑は承知で、ジンさんも呼ぶべきか?

 

 そう思っていると、店のドアが開いてそのジンさんが顔を出した。

 

「さすが、いいタイミングですね」

「ほ? 邪魔にならぬようなら、ワシも話を聞かせてもらおうと顔を出したんじゃが」

「それどころか、ジンさんを呼んでもいいのか悩んでたんですよ」

「ならテーブルに移るか、アキラ?」

「だな」

「やっぱりさっきのこの人が、そうなんだな。親父とタメを張れるほどの男。不世出の剣客。魔都の剣鬼……」

 

 まーた中二っぽい二つ名が出た。

 

 そう思いながらテーブル席に移動。

 全員に冷えたビールを渡すと、ジローがあの笑顔でビンを高く持ち上げる。

 

「アニキがくれた最高の出会いにっ!」

「乾杯っす」

「へいへい。それと、タイチの昇進にも乾杯だ」

 

 ジンさんとウルフギャング、大人2人ははしゃぐジローと、それに合わせてやっているタイチを見ながら微笑ましそうにビンを少しだけ上げる。

 灰皿はあるので、それぞれの間にタバコと葉巻とオイルライターも出しておいた。

 

「アニキに会いに来てよかったぁ。アニキだけじゃなく、剣鬼さん、俺達より腕がいいって話の特殊部隊の隊長さん、それに親父が知恵の塊とまで言うグールさんと飲めるなんてなあ。ああ、もう俺ここに住みてえわ」

「ここは基地で、動物園じゃねえんだよ。パワーアーマーの背中にアタッチメントで取り付けてんのか、スーパースレッジ」

 

 ジローが頷く。

 いつもの国産パワーアーマーの背中にスーパースレッジを取り付け、その肩口から少し飛び出している持ち手にヘルメットを引っかけている。

 気に入ってくれたようで何よりだ。

 

「これには、雷神って銘を付けた。バイクで駆け抜けざまにコイツでぶん殴ったら、屍鬼が腹から真っ二つになったぜ。威力も手応えも、ほんっとたまんねえんだ。もうぜってーに手放さねえよ」

「満足してんなら良かったよ。それよりまずは、そうだな。……森町の存在を新制帝国軍は知ってんのか?」

「バレてねえし、バレてても奪うまではしてこねえだろうって親父が言ってた。今のところはって感じらしいけど」

 

 なるほど。

 もしかすると、街に防壁がないのにはそういう理由もあるのか。

 

「いつか奪われるかもしれねえって前提で作ってる入植地か」

「あやつめ、さすがにやるのう」

「ならアキラがそこを要塞化するのは、まだ先になりそうだな」

「じゃのう」

「んじゃ天竜って集落は? 新制帝国軍と小競り合いがあったらしいが、ジローが援軍に出たりすんのか?」

「どうだろうなあ。俺としちゃ助けに行きてえけど、親父が許すかどうか」

「そもそも、なんで天竜は新制帝国軍とモメてるんっすか?」

 

 ジローが苦虫を嚙み潰したような表情で語った話によると、新制帝国軍はアタマがおかしいと表現するしかないような、そんな提案を天竜にしたらしい。

 

 毎月15頭のイノシシかシカ。

 それを納めるなら、天竜という取るに足らぬ集落を新制帝国軍が守ってやると。

 その温情に感謝して、まず最初に若い娘を10人浜松に送れと。

 

「イカレてんなあ、新制帝国軍」

「だろう? 守ってやるって言いながら、略奪してるようなもんだって」

「天竜とはかなり昔っから取引してるみてえだけど、市長さんはなんて言ってんだ?」

「最初の小競り合いの後、いつもより多く銃弾を都合してた。限界まで値引きしてさ。今はこれくらいしかできねえって」

 

 なら天竜の長次第、か。

 ちゃんと先を見据えて危機感を持っているなら、俺が介入する余地はあるはず。

 

「天竜の長ってのは、どんな?」

「え? それ、俺に聞くのか?」

「は?」

 

 どういう意味だと返す前に、右斜め前からオイルライターのヤスリが鳴る音が聞こえた。

 ジンさんだ。

 表情が、さっきのジローより酷い。

 しかめっ面なんて表現じゃとても追いつかないほどの顔に、太い葉巻の良い香りがする煙がかかる。

 

「うっわ、なんか因縁がありそうっすねえ」

「ま、まあその。ねえ、剣鬼さん?」

「あんのおしゃべり熊野郎め。次に会ったら、はらわたを引き摺り出して生きたまま犬のエサにしてくれるわ……」

「こえーですって。んで、天竜の長とはそんなに仲が悪いんですか?」

「……逆じゃ」

「ん?」

 

 仲が良いなら問題はないだろうに。

 それどころかジンさんと市長さんの名前を出しただけで会ってくれるなら、そこで俺が礼儀を欠かずに筋を通して、3つの街が手を取る利点を説明できたなら。

 

「えっとさ、アニキ」

「おう」

「うちの親父って、もんのスゲエ女好きじゃん?」

「みてえだなあ」

「んで剣鬼さんは、魔都で親父に誘われてこの遠州に来た訳よ」

「はあ」

「でしばらく磐田の街に滞在して、まだ市長になってなかった親父と山師をしてた。剣鬼さんも若かったからさ」

「ハッキリしねえ話だなあ、おい」

「だ、だーかーらー。天竜の長の若い頃って、すんげえ美人ですんげえ腕の良い山師だったんだって。その頃はよく磐田の街にも来ててさ」

「ほう?」

 

 まさかまさか。

 まさかの恋バナとは。

 

 今じゃマアサさん一筋のジンさんに、そんな艶っぽい過去があったのか。

 

「ええい。悪いか!?」

「ジンさんは顔もいいしすらっとしてるし、何より強い。そりゃモテますよねえ」

「ふんっ、世辞はいらん」

「……元カレを手土産にすりゃ、意外と簡単に」

「アキラ、それはさすがに鬼畜すぎるっす」

「冗談でもやめてくれ。それと、もしこの話をマアサにしたら。どうなるかわかっておろうな?」

「わかってるから柄に手をかけんでくださいって」

「け、剣鬼の殺気パネエ。アニキはよく平気でタバコなんて吸おうとできるな」

「ジンさんの事は、無条件で信用してっからな。嫁さん達と同じように」

「いいなあ。俺もそう言われてみてえ」

「ホントっすねえ」

「タイチも信用してるっての」

「……ふうん。まあ、だからあそこまで怒ってくれたんっすもんね」

「そうなる。悪かったな、あん時は」

「こちらこそっすよ。ああいうのは2人で、それこそ酒でも飲んでる時に話し合いながら言うべきだって反省してたっす」

「俺もそんな感じだ」

 

 わだかまり、とでもいうのだろうか。

 舞阪漁港を漁った時タイチに思わず掴みかかろうとしてから感じていた、微妙な感情が素直に謝る事で晴れた気がする。

 俺はこの同じ年の男を誰にでも自分の友人だと紹介できるが、こういった感情を悩むほどでななくとも気にしたり、それを素直になる事で解決したりして、友情というのは育まれてゆくものであるのかもしれない。

 

「若さが眩しいのう」

「ですね。俺にもこんな頃があったな」

「はいそこ、生暖かく見守ってんじゃねえ。んでジンさん、小舟の里は天竜と取引なんかをするつもりはあるんですか?」

「可能なら反対する者はおるまい。だがその伝手を得るためにアキラ1人で援軍に出るというなら、せめてワシくらいは連れてゆけとなるかの。腕は見せたし、否とは言うまい?」

「まあ、あれを見せられちゃね」

 

 あれとはなんだと、剣鬼の腕はそんなに凄いのかとジローがうるさいので、全員に口止めをしてから、悪党のコンテナ小屋に居ついた新制帝国軍の偽装部隊を始末した顛末を話す。

 

「っかーっ、パネエなっ!」

「まーたムチャをして。ミサキちゃんやシズクさんにバレたらどうするんっすか」

「呆れるより腹が立つなあ。そんな時は俺も連れてけよ、アキラ」

「オイラもっす。なーんで2人だけでやっちゃうんだか」

 

 


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