「わあっ。見て見て、観覧車のある遊園地の近くに砂浜もあるよっ!」
「ホントだな。全員で海水浴でもしたら、うちの旦那様は大喜びだ」
「アキラくんは水着でも燃えてくれるもの。きっと、すーぐ元気になっちゃうんでしょうね。うふふ」
「だからカナタ姉さん、そういう話をミキの前でしないでほしいのですっ!」
「悔しかったらミキも早く愛しの先生に押し倒してもらうのね」
「でもミキ、こないだの休みは先生とゴハン行ったんでしょ?」
「初デートか。ミキもやるじゃないか」
違うのですと慌てるミキを、シズクとカナタがからかう。
年頃の女の子達が集まればキャイキャイと恋バナに花を咲かせるのは、どこの世界でも同じようだ。
だがその全員がパワーアーマーをしっかりヘルメットまで装備して、軍用ボートに揺られている光景には違和感しか覚えない。
どう見ても軍用ボートで作戦行動中の、機械化特殊歩兵部隊とかにしか見えないのに。
さすがウェイストランドといった感じか。
「そろそろ着くぞ。おしゃべりはやめるか、せめて音量を下げてくれ」
「はーい」
機嫌のよさそうなミサキの返事が聞こえると、女連中はおしゃべりをやめて前方に見える河口と陸地を注意深く観察してくれているようだ。
明日はセイちゃん以外の全員で探索に出たいと言うとミサキは少しばかり機嫌を悪くしたようだったが、その後の俺のご機嫌取りはどうやら成功したらしい。
「アキラくん、どっちにするの?」
「予定じゃ船外機工場。右は上陸そのものには工場より向いてそうだが、拠点化するとなるとキツイかな」
俺達が見ているのは、浜名湖を突っ切って天竜の集落に向かうルートの上陸予定地点。
浜名湖に流れ込む川の河口付近だ。
その河口の左右に、小さな船溜まりとそれなりに大きなマリーナか何かが見えている。
地図で見るだけではわからなかったが、河口は座礁して船体を傾ける漁船か何かが塞いでいるので、そのどちらかから上陸して線路か道路に出るしかない。
軍用ボートならギリギリまで接近して俺のピップボーイでスクラップにして船をどかせそうではあるが、それでこちらまで座礁したり、最悪の場合は転覆なんて可能性を考えると、今はそこまでしたくはなかった。
それにこの川から船で浜名湖に漕ぎ出せるとなれば、小舟の里の湖岸の守りも固めなくてはならないだろう。
だから今は、川を塞ぐ大きな船に手をつけるつもりはない。
「左はかなり大きな工場みたいだねー」
「船外機工場だってよ。地図にも形だけ書かれてた小さな船着場は、製品テストかなんかのための船溜まりだろうってウルフギャングが言ってた」
「右は漁港じゃないようだが、結構な数の船が並んでるな」
「たぶんだけど、浜名湖で趣味的な釣りだのマリンスポーツをだのをする連中の船置き場なんだろ。事務所っぽいのは地図になかったし、海の月極駐車場って感じだと思うぞ」
「国道362と天竜浜名湖鉄道の線路は、工場の方が近いわね」
「アキラ、工場の先にも細い川があるぞ」
「さすがにあれは水深が足りねえって。少し入ったトコに土砂かなんかが溜まってんのが見えてんぞ」
「なら工場だね。突撃ー!」
「アホか。でもま、それが無難かねえ」
工場の施設である船溜まりに舳先を向け、ゆっくりとそこを目指す。
船溜まりに続く短い水路、高架になっている一般道の下を潜ると、俺とミサキ以外の全員がそれぞれの武器を持ち上げていつでも撃てる構えを取った。
「ううっ。ボートじゃラストスタンドが使えないよぅ……」
「だから他の銃も練習しろって言ってんだよ」
「ミキ、右を」
「はいですっ!」
銃声が2つ重なる。
「お見事」
「さすがだねえ。どっちもHPは0だよー」
軍用ボートは12人乗りだけあって、それなりに船体が大きくて長い。
それに船外機はボートの最後部にあるので、俺からはカナタとミキが何に発砲したのか見えなかった。
「テスト用の船は使えそうにないわね」
「いいさ。他に敵は?」
「今のところ、倒した2匹のフェラル・グールだけね。工場の中には、うじゃうじゃいるんでしょうけど」
「予定通りなら特殊部隊が掃除をしに、ウルフギャングと修理が終わったバスで向かってるはずだが。連中だけで大丈夫か?」
「平気でしょう。あれほどの装備と練度なら。ね、シズク?」
「ああ。ドッグミートとED-Eもいるし、サクラさんだっているんだ。フェラルの数十程度なら問題はない」
「ならいいがね。よし、接舷すっぞ。パワーアーマーの重さで、桟橋が崩れる可能性もある。気を抜くなよ?」
船外機のエンジンを切るのではなく、手前に折り畳んで引き上げるようにしてスクリューを水面から出し、ブレーキ代わりの制動をかける。
数秒後、鉄製の桟橋に軍用ボートの舳先が当たってコツンと音がした。
「任せて。ん、よいしょーっ!」
舳先に立ったミサキが桟橋を掴み、軍用ボートを力任せに接舷させる。
呆れた馬鹿力だから可能な荒業なのか、軍用ボートがそういう乗り物であるのかはわからない。
「よし。次はアタシだ」
軍用ボートから桟橋までは高さが1メートルちょっと。
それを苦もなく乗り越え、まずシズクが上陸した。
「クリアだ。ミキ、来い」
「はいですっ!」
ミキ、カナタという順番で桟橋に上がったのを見届け、俺を見ているミサキに仕草で先に行けと告げる。
そして国産パワーアーマーをショートカットキーで装備した俺が最後に桟橋に上がり、軍用ボートをピップボーイに入れた。
「狭い階段だな。俺の後にシズク、カナタとミキ、ミサキで上がるぞ」
短い返事を聞きながら前に出つつ、倒れているフェラル・グールが持っていた『使いかけのマッチ』をありがたくいただく。
工場の敷地へと上がる階段の手前に倒れている方は何も持っていなかったので、なんだか損をしたような気分だ。
「へえ。ここは、陸に上げた船を車両で運搬するための場所か」
みんなと探索に行きたいけど、でも優先すべきは磐田の街のトラックの修理と改造。
しょんぼりした表情でそう言ってメガトン基地に残ったセイちゃんに、いい土産ができそうだ。
ボロボロの船はどれも直せそうにないが、構造が単純なおかげか船を載せて運ぶ車輪付きのカートのような物はまだ使えそうに見える。
素早くピップボーイで直せそうにない船ごと回収。
ワゴン車を出し、戦前の国産パワーアーマーを装備解除した。
「いいぞ、乗れ」
「応っ」
爆発のコンバットショットガンを片手に後部のスライドドアを開けたシズクの前で、まずミキが戦前のパワーアーマーを装備解除する。
それをピップボーイに入れて預かるのは、もちろん俺の役目だ。
全員分のパワーアーマーを俺のピップボーイに入れて、それから出発となる。
「全員分の収納終了っと。タレットが反応しねえから、フェラルの数はそうでもねえのかな」
「かもね。アキラくん、運転はボクでいいかしら?」
「道が塞がってたら俺がスクラップにしながら進むからありがてえが、昨日1日講習を受けただけで大丈夫なんかよ?」
「元から知識はあったし、実際に運転してその確認をしたんだから平気よ」
「ならいいが、安全運転でな」
「もちろん」
少しでも荒っぽい運転をしたらすぐに交代しよう。
そんな俺の考えを読んだのか、エンストの気配すらも見せずに動き出したワゴン車は、徐行速度で工場の出入り口を目指す。
「お、いるなあ」
「うっわー。タレットが撃ち始めると、ちょっとうるさいねえ」
たしかに。
ワゴン車の天井と屋根は当然のように補強してタレットを設置してあるが、それでも弾を吐き出すと車内に音だけでなく、かなりの振動までが伝わってきている。
「いい目覚まし時計になるさ」
「門は閉まってないみたい。アキラくん、このまま国道に出ていいの?」
「それで頼む」
地図を広げながらタバコを咥え、箱とライターをダッシュボードに置く。
カナタも喫煙者だから、欲しくなれば勝手に吸うだろう。
「典型的な田舎道ね。車の残骸が少なそうでいいわ」
「この橋を、さっき渡ったんだろ? ってなると、今走ってるこれが国道362号線らしいな」
「片側一車線ずつの狭い道だから、そのうちワゴン車じゃ進めない場所も出てきそうね」
「だなあ。んで、先に見える高架が天竜浜名湖鉄道の線路みてえだ」
時刻は午前8時ちょっと前。
特に問題がなければこの道をこのまま進んで、天竜の集落までのルートの確認する。
今日の目的はあくまでもそれであるから、道々にある駅や状態の良さそうな店舗の探索はまた今度だ。
「やっぱりあったわ。アキラくん、お願い」
「あいよ」
核分裂バッテリーで動く自動車は、ガソリンエンジンで動くそれよりもだいぶ高価だったとウルフギャングが言っていた。
そのおかげで、この時代でも車の残骸だらけで道を進めないなんて事はあまりないのだが。
「ま、そんでも塞がれてる道はあって当然だよな」
マーカーはなし。
生身で驚異的な索敵能力をしているカナタも何も言っていないので、心配はいらないのだろう。
それでも助手席から降りた俺はショートカットキーで国産パワーアーマーを装備して、VATSをカチカチやりながら道を塞ぐ車の残骸を手早くピップボーイに入れた。
「ありがと」
「いいさ。だがこんなんがあんまりにも多いなら、俺がバイクで先行して道を作るぞ」
「そうね。ならその時は、アメリカン・バイクを使って。そして、リアシートにショットガンを持ったシズクを乗せておくといいわ」
「なるほど。それもありかもな」
中学校に郵便局、それからナントカ関所跡なんて観光施設を横目に進んでいると、前方に少し大きな店舗が見えてくる。
「わあっ。服屋さんだ!」
「工場を拠点化したら、いつだって来れるさ」
「楽しみっ」
「俺はもう見えるはずの駅の方が気になる、って無人駅かよ!? しかも駅舎すらねえとか……」
「工場の周囲には畑しかなかったし、戦前からかなりの田舎だったみたいね。それなら仕方ないわよ」
「電柱の看板、『ハンバーグレストラン・すずやか』だって。こっちに来てからアメリカ式のハンバーグしか食べてないから、たまにはテリヤキソースとかおろしポン酢のハンバーグが食べたいねー」
「右に折れて直進したとこにある店だから見えねえが、それなりに客が入ってたんならソースもたんまりあるだろ。そのうち漁ればいいさ」
ルーフのタレットがまた弾を吐き出したのは、それからすぐだった。
シャッターが開きっぱなしの、大きな建物。
その一階部分がすべてガレージになっているらしい暗がりから、フェラル・グールが駆け出してはタレットの銃弾を受けて駐車場に転がる。
これが戦前の消防署なら、使える車両はないだろうか?
そう思ったのはカナタも同じだったらしく、ワゴン車は消防署の駐車場に乗り入れて車庫の前を舐めるように進む。
「あるにはあるけれど、どれもダメそうねえ」
「消防車なら頑丈に設計されてるだろうし、ポンプ車にゃきれいな水をたっぷり入れられる。使えるなら、各街に小舟の里のきれいな水をいくらでも運べるって計算か?」
「ええ。ボクはアキラくんの計画にまだ賛成してないもの。というか、猛反対ね」
「……期限は次に磐田の街を訪れるまでだ。それまでに、答えを聞かせてくれ」
黙って頷いたカナタがアクセルを踏み、ワゴン車は国道362に戻る。
それから車の残骸を3度ほど俺がスクラップにして回収し、5度ほどフェラル・グールとモングレルドッグの群れをタレットが片づけるのを待って停車すると、ようやく長い橋が見えてきた。
「アキラくん」
「ああ。間違いねえよ。天竜川と、それに架かる橋だ」
「かなり早かったねえ」
「だな。タイチに感謝だ。さーて、どうすっか……」
ピップボーイの時計を見る。
「まだ1時間と10数分しか走ってないわよね。天竜の集落、寄っていく?」
「……いや。顔合わせは、ジローに出張ってもらった時にする。それにハッタリのためにも、準備をしてから天竜の集落の長に会いてえしな」
「例のアレね。そっちは別に反対しないけど、ホントに可能なのかしら」
「たぶんな。今のセイちゃんならどうにかできそうって話だし」
「天竜に寄らないなら、どうしましょうか。メガトン特殊部隊とウルフギャング夫妻も工場に着いてるだろうから、そっち?」
「それがいいかな。手助けがいらねえようなら、服屋だのハンバーグ屋だのを漁ってもいいし。とりあえず、タイチとウルフギャングと無線で話せる距離まで戻ってくれ」
「わかったわ」