Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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「はい、レベル20キタコレ!」

「おめでと、アキラ。セイはまだ11」

「すぐに追いつくって。でも問題は、これだよねえ」

「ん。梅雨入りからだいぶ経つのに。一昨日も昨日も、当たり前みたいに今日も雨」

「濡れて帰ると殺されそうな勢いで怒鳴られっから、剥ぎ取りもできねえし。ほんっと早く夏んなれっての」

「けど、雨でも2人共クルマの中にいるならってレベル上げに出るのを許可してもらえただけマシ」

「まあねえ」

 

 雨の日は山師も、食料調達部隊時代からそうだったという特殊部隊も休み。

 なので屋内訓練場で体を鍛えるという仕事のある特殊部隊はまだしも、うちの嫁さん連中は毎日ヒマを持て余している。

 

 ヒマなら着いてくればいいのにと思ったし、間違いなくそうするだろうと思ったが、3人はセイちゃんの一言でこんな日のレベル上げに同行する事を諦めたようだ。

 

 あれだけ雨に濡れるなって言ったんだから、ちゃんとトイレもワゴン車の中でする?

 

 カナタとシズクならまだ平気だろうが、ミサキにそんな事ができるはずもない。

 これ以上雨の日が続けば、どちらかは着いて来そうだが。

 

 まあ、そうなったらそうなったで、楽しみが増えるだけだ。

 

「また見たいならここでする?」

「い、いやいや。つか、まーた声に出てたのか俺……」

「ん。ばっちり」

「もうこれ、呪いかなんかじゃねえかって疑うよなあ」

「でも困った」

「へ? なにが?」

「アキラがレベル20になったから、男だけで飲みながらしてる悪巧みが行動に移される」

「悪巧みって。浜松の偵察と、天竜の集落への顔出しだよ」

「だからそれが心配」

「そう言われてもね。やるしかないのはセイちゃんもわかってるでしょ?」

「ん」

 

 ここしばらく、俺は車両を最大限に活用してレベル上げに勤しんだ。

 あと10日もすれば7月になるというこの時期まで、常に誰かに監視されているからムチャができない状況だというのに。

 それが実ってレベル20になったのなら、ジンさんやタイチとウルフギャングの店のカウンターで飲みながら立てた計画を実行するのは当然だろう。

 

 まずはアレの試しをしてから、天竜の集落との接触。

 その結果がどうであれ、浜松の街の偵察に出る。

 大正義団は後回し。

 先にどうにかできそうなら、まずは浜松の新制帝国軍とケリをつける。

 

「アキラ」

「ほいほい。すぐに次のフェラル・グールかモングレルドッグを探すよ」

「ん。それもだけど、お願いだから死なないで」

「……当たり前でしょ。こんなかわいいお嫁さんを未亡人になんかする気はないって」

「ん。ならサービス」

「ちょ、そんなのいいって!」

「ほっぺにキス、いらない?」

 

 あ、そっちか。

 

「いりまーす」

「ん」

 

 頬に押しつけられた小さな、淡いはなびらのような唇が離れてから、ワイパーを強くしてサイドブレーキを下ろす。

 

「どっちに向かうかねえ」

 

 現在位置は浜松の街と天竜の集落の中間に位置する戦前の住宅地で、時刻は午前10時過ぎ。

 

「どこでもいい。もし敵が屋根のある場所にしかいなくても、パワーアーマーを着てクルマから出ればバレない。一昨日みたいに」

「いや、それがバレるんだよね。特にミサキには」

「なんで?」

「あーっと、なんつーかその、ニ」

「に?」

「……ニオイ、でバレるらしい」

「…………ミサキはペロペロ大好き臭フェチSTRゴリラ。そういえばそうだった」

「な、内緒だよ?」

「ミサキがアキラの体臭で興奮するのは、みんな知ってる」

「本人はバレてないと思ってるんだって」

「さすがゴリラ」

 

 ゲームをしている時は想像もしなかったが、パワーアーマーを装備して汗を掻くと、剣道を齧った経験のある人間なら思い出せる独特の体臭がするのだ。

 ミサキは空手をずっとやっていたし、父親の友人の道場で剣道を習っていた経験もあるので、すぐにわかるらしい。

 

「んじゃ適当に浜名湖の西側を通るルートで」

「ん。セイを膝に乗っけながら運転する?」

「危ないからいいって」

「ケチ」

「はいはい。そういうのは帰ってからね」

「さっきのは?」

「記憶にございません」

 

 浜名湖の西側の湖岸を船外機工場まで進む道は、ワゴン車どころか戦闘バスが楽に通れるように車の残骸なんかをある程度だけ片づけてある。

 なのでその道を走りながら見かけた狭い道や、いかにもフェラル・グールがいそうな施設の駐車場なんかにワゴン車を進ませ、敵を倒したら元の道に戻るのを繰り返して小舟の里を目指した。

 

「晴れた。なんで駅前橋を抜けた瞬間……」

「んだねえ。タイミング悪すぎ」

「アキラはウルフギャングの店?」

「かな。みんなに言っといて」

「ん。でも必要ない。あれ見て」

 

 セイちゃんが指差したのは、ウルフギャングの店の隣に俺が建てた、ミキの店舗兼倉庫兼ガレージ付き住居である建物の3階にあるベランダだ。

 

「のんきに手なんか振りやがって」

「ん。臭フェチゴリラなのに尻尾を振って喜んでる。まるで雌犬」

「……セイちゃんって、たまに怖いくらい辛辣だよね。セイちゃんもミキの家に寄る?」

「ん。寄る」

「りょーかい」

 

 セイちゃんをミキの家の前で降ろし、ワゴン車をピップボーイに入れてウルフギャングの店のドアを開ける。

 今日も小粋なジャズを聴きながらカウンターの中でグラスを磨いていたウルフギャングは、入ってきた1人目の客が俺だと知ると、咥えタバコのまま自分の前のスツールを顎で示した。

 

「いらっしゃいくらい言えっての」

「注文より持ち込みの多い誰かさんじゃなきゃそうするさ」

「仕方ねえだろって。探索で手に入れた物資の俺の取り分は、戦前のビールやタバコなんかが多いんだから」

「ま、それを注がれて飲み干す俺も同罪か」

「そうなるなあ」

 

 冷蔵庫で冷やしてからピップボーイに入れておいた戦前の国産ビールをカウンターに置くと、ウルフギャングが慣れた手つきで栓を抜く。

 互いのグラスにそれを注ぎ合って、まずは乾杯だ。

 

「その顔じゃ、間に合ったみたいだな?」

「ああ。タイムリミットまで10日を残してレベル20達成ってな」

「俺と並んだか。もう先輩面はできないな」

「んな訳ねえだろって」

 

 いつでも、これからだってウルフギャングは俺の兄みたいなもんだ。

 

 思っても口にはしないが、ウルフギャングも同じように考えていてくれてるのはわかる。

 ジンさんも、タイチもそんな感じだ。

 

「マスター、焼酎の水割り! あ、氷多めで!」

「俺は冷茶割りで」

「あっ。ならあたしもっ!」

「じゃ、じゃあ俺も俺もっ!」

 

 騒がしく入ってきたのは、どうやら仕事を終えた防衛部隊の連中であるらしい。

 今日は本館へ3度もマイアラークを運んだから冷茶割りで乾杯だ、なんて声がテーブル席から聞こえてきている。

 タレットが倒したマイアラークを運ぶと、給料の他に小遣いのような手間賃が貰えるのかもしれない。

 

「サクラ、これ頼む」

「はいヨ」

 

 小学生の時に写生大会なんかで使った感じで固定しているらしいお盆にウルフギャングがグラスを3つ載せ、サクラさんが慎重な動きでそれをテーブル席へと運ぶ。

 

 待ってましたという声の他に、ママさんありがとう、なんて言葉も聞こえた。

 この夫妻が小舟の里にすっかり馴染んだ証拠だろう。

 

「ミキが持ち込んだ磐田の街の緑茶、評判がいいんだな」

「そりゃあそうさ。ちょっとした贅沢品として、これからも需要は絶えないと思うぞ」

「ウルフギャング教官の自動車学校はどうよ?」

「新入生。磐田の街から派遣されてるジローの部下3人、それとタイチの嫁さんは文句のつけようのない優等生だな。7月1日の初取引も問題なさそうだ」

「タイチも大丈夫だろうって言ってたし、なんとかなりそうだなあ」

「ああ」

 

 特殊部隊の隊長であるタイチと、とある事情で運転を覚える事になったその嫁さん、副隊長であるカズハナバカップル。

 それで特殊部隊の運転手は4人になる。

 しばらくはその人員で取引を回せるだろう。

 

 それから2人、3人と客が増えたところで、ジンさんが顔を出して俺の右隣りのスツールに腰を下ろした。

 

「ふむ。どうやら届いたようじゃの」

「おかげさまで。ビールでいいですか?」

「そうさせてもらうかの」

 

 それから少しして、タイチも合流。

 

「お待たせっす」

「そうでもねえって。ほら、ビール」

「うわあ、ドヤ顔でお酌するって事は。なったんっすね、レベル20」

「おう」

「そんじゃ乾杯っすねえ」

 

 最後に飲み始めたタイチが冷えたビールで充分に喉を潤すと、まず口を開いたのはジンさんだった。

 見るからに不満そうな表情で、磐田の街との初取引にすら同行できない事を嘆く。

 

「俺だって初取引には同行しますけど、あとはずうっと留守番ですよ。アキラとタイチは、老人なんてすっこんでろと言いたいんですかねえ」

「まーたそうやって。それぞれ仕事があるからだろうがよ」

「しかもウルフギャングに、スリードッグの真似事をしろとはなあ。ったく、ロマンのわからん若造はこれだから」

 

 呆れたように言いながら、ウルフギャングがジャズのボリュームを上げる。

 この店に来るのは防衛部隊と特殊部隊の連中ばかりだが、スパイの心配はいらないにしても、雑談のついでに俺達の計画を漏らされたらたまったもんじゃない。

 

「くっちゃべるのが巧いんだから仕方ねえだろって」

「ウルフギャングさん、最初はどんな感じで放送するんっすか?」

「曲紹介してジャズを流すだけさ。あとは徐々に、だな」

 

 改造した募集無線ビーコンを使ってのラジオ放送。

 運用試験の結果次第ではあるが、俺はそれこそがこのウェイストランドを変えるための第一歩になると考えている。

 

「明日からとりあえず放送をするんっすよね?」

「ああ。もうその分はカナタちゃんのホロテープ・レコーダーに録音してある」

「んで俺は朝からその放送がどこまで届くかの確認。小舟の里から直で磐田の街まで電波が届かないなら、途中にセイちゃんが改造して作ってくれた無線中継器を設置。ほんでまた電波が届くかの確認だな」

 

 極端なほどの小声でのやり取りだが、全員が頷いているので大丈夫だろう。

 

「磐田の街へ放送が届くなら、用がある時は雑談に符丁を交ぜて生放送じゃったな」

「はい。そしてアキラとタイチが浜松の街を偵察した時にラジオの評判がいいなら、雑談ありの生放送を増やしていきます」

 

 浜松の街でウルフギャングのラジオが人気になれば、それが新制帝国軍の上層部の耳にも入って当然だろう。

 そうなれば新制帝国軍のクズさをこき下ろして煽るなり、ウソの情報、たとえば『俺は愛車のトラックで明日から3日ほど、弁天島の戦前のキャンプ場で優雅なバカンスと洒落込むぜ』なんてのを流して新制帝国軍をおびき出してもいい。

 

 戦争となれば情報の伝達に優れた軍が有利なのは当たり前だし、新制帝国軍をどうにかした後で小舟の里や磐田の街に人を呼び込むのにも、ラジオは役に立ってくれるはずだ。

 

「アキラの言ってた橋が使えるといいっすねえ」

「だなあ。それに6つの地点を線で結ぶ時、一番距離があるのが小舟の里とあそこだ。ダメなら中継地点を増やすしかねえが、浜松の街から天竜川までの地点にあの橋くらい守りやすい場所をめっけるのは面倒だからな」

 

 


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