Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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小舟の里へ

 

 

 

「あ、そろそろ戦闘が終わるよっ。怪我をした人もいないみたい。良かったあ」

「夕陽が沈み切る前にカタがついて助かった。そんじゃ、行って話してみるな」

「万が一アキラが攻撃されたら、迷わずに助けに行くよ?」

「泣けるねえ。愛だな、それは」

「ちゃ、茶化さないでよっ!」

「ははっ。襲われたら威嚇射撃して、一目散に逃げて来るさ」

「ムリしないでね。絶対だよ?」

「ああ」

「……いってらっしゃい」

 

 何本目かのタバコを咥えたまま、マイアラークを解体し始めている人間達に向かって歩く。

 

 橋に足を踏み入れる辺りで雑兵の1人が俺を指差して何事かを叫んだが、日本刀を抜き身のまま担ぐようにしている女の一喝ですぐに解体作業へ戻った。

 女がかなり年下の少女だけを連れ、こちらに向かって歩き出す。

 

「銃も持ってねえのに、いい度胸だ。パイプピストルと38弾をくれてやったら、1回くれえやらしてくんねえかな」

 

 声が届きそうな距離で足を止める。

 

 それでも女はズカズカ歩を進め、俺から5メートルほどの位置まで来てようやく止まった。

 タバコの煙も届きそうな距離なので吐き捨て、ブーツの底で踏む。

 

「銃を持ち、戦闘用のアイボットまで連れているか。大正義団にも新制帝国軍にも見えんが、何者だ?」

「アイボットを知っているとは博識だな。旅人だよ、ただの」

「……そのような言葉を信じろと?」

「本当の事だからな。ところで、大正義団と新制帝国軍ってのの情報が欲しい。水か食料か武器をそれなりに提供するんで、話を聞かしちゃくれねえか?」

「大正義団と新制帝国軍を知らないとは、本当にこの辺りの人間じゃないようだな」

「旅人って言ったろ」

「荷物なんて持ってなさそうだが。ま、まさかその腕の機械はっ!?」

 

 ピップボーイを知っている、か。

 

 今がフォールアウトシリーズの歴史で何年なのかは知らないが、どうやらこの女はかなりの知識人であるらしい。

 

「そういう事さ。で、どうする?」

「……今、伝令を走らせる。少しだけ待ってくれ。私は小舟の里に雇われている、食料調達部隊の指揮官に過ぎないんだ」

「小舟の里、ね。いいさ。待つよ」

「ありがたい。夜になる前には里に案内して、話をする事が可能だと思う。セイ、長に見たまま聞いたままを伝えてくれ」

「ん。返答は放送する」

「助かるよ。タバコ、やるかい?」

「いただこう」

 

 橋の真ん中で夕陽に照らされながら、2人でライターの火を分け合う。

 俺は橋の向こうへと駆け去るジーンズのオーバーオールにTシャツの中学生くらいのショートカットの女の子を見ていたが、日本刀を担いだままの女はミサキ達の方へ視線をやっているようだ。

 

「かわいらしい連れだな。それに、ずいぶんと心配そうにこちらを窺っている。愛されているじゃないか」

「成り行きで保護者をやってる。あの子を守るためなら、街の1つくらい焼き尽くすぜ?」

「怖い兄貴もいたものだ」

 

 兄。

 そんな感情はなかったが、言われてみれば俺とミサキはそんな感じに見えるのかもしれない。

 

「小舟の里ってのは、どんな街なんだ?」

「東の浜松の街は、新制帝国軍の支配下にある。そこでは兵隊が幅を利かせてるから、それじゃ住み辛いと思った連中が集まって来る街さ。治安はいいよ。銃を持ってるのなんてたまに来る行商人とその護衛か、さらに珍しい君のような旅人だけだし。素行の悪い住人は、すぐに追い出してしまうんだ」

「新制帝国軍やら大正義団っての、それと悪党共によく略奪を受けねえな?」

「新制帝国軍と大正義団には、どちらにもプールで養殖した魚や家畜の乳から作った乳製品を安く売っている。戦争になればどちらかに接収されて最前線の基地になるだろうが、今のところそんな動きはないね。悪党は群れても30はまず超えないから、弓の斉射で追い払えるさ」

「大正義団ってのは、西に?」

「そうだよ」

「タバコ1本分の情報にしちゃ、かなり多すぎるな」

「渡し過ぎた分は、貸しにしておくさ」

「取り立てが怖いぜ」

「なんなら、そのカラダで払うかい?」

「ほんで俺は明日から、小舟の里の食料調達部隊の一員になるって訳か」

「ふふっ。それは退屈しないで済みそうだ」

 

 10分ほどそうして立ち話をしていると、不意にスピーカーのノイズが聞こえた。

 

 長の許可、出た。長の自宅に。

 

 そんな放送が聞こえるとミサキが俺達に駆け寄り、女がそれを見て微笑みながら踵を返しつつ日本刀を納刀する。

 どうやら今日の宿は、こちらで初めて見つけた街である小舟の里という所になりそうだ。

 

「では、行こうか」

「あいよ。俺はアキラ。女の子がミサキで犬がドッグミート、アイボットがEDーEだ。よろしくな」

「申し遅れた、私はシズクだ」

「お互いさまさ」

「アキラっ!」

 

 デスクローガントレットを装備したまま抱き着かれては死んでしまうと肝が冷えたが、走り寄って来たミサキは俺の直前で器用に急停止してくれた。

 

「おう、今日は小舟の里って街に泊まるぞ」

「安全なの、そこ?」

「話した感じじゃ、このシズクって姐さんは信用できそうだ。もし他の連中がなんかしてくるようなら、ヌカランチャーを街の真ん中に撃ち込んでやるさ」

「ふうん。会ったばかりなのに信用してるんだ」

「信じていい人間は、直感でわかるさ。まあ、それで痛い目を見る事もあるんだろうけどよ」

 

 食料調達部隊の連中は3匹のマイアラークから取れるだけの肉を取って汚い袋に詰め、数人で力を合わせ死体を川に投げ込んでいる。

 慣れた動きなので、いつもこうして狩りをしているのだろう。

 

「ふうん」

「唇なんか尖らせてどうした、ミサキ?」

「別に……」

「大丈夫だって。最初に見つけた街にしちゃ、小舟の里ってのはかなり上等な部類みてえだ。見ろよ。競艇場にはまだ少し距離があるのに、ここからバリケードで街を守ってやがる。人手に余裕がなきゃ、こうは出来ねえぞ」

「ふふっ。ミサキちゃんが言いたいのは、そういう事じゃないと思うぞ。さあ、こっちだ」

「ああ。行こうぜ、ミサキ」

「むーっ……」

 

 街に駆け戻った女の子の背を見送った時に気づいていたが、橋の向こうには道路を封鎖するバリケードがあった。

 

 その中央の錆びた金網が開いて、マイアラークの解体作業を終えた食料調達部隊と俺達を迎え入れる。

 

 橋から少し歩いた駅前のロータリーには暗くなり始めた空の下にテーブルと椅子がいくつも並べられ、槍や弓を持った男女が腰を下ろしていた。

 金網のフェンスを開けた連中とこいつらは、食料調達部隊ではなく街の防衛部隊なのだろう。

 

 小汚くはあるが俺達がいた日本でも若者が好みそうな派手な洋服を着て、戦国時代のように槍や弓を持っているので、違和感が凄まじい。

 

「若い連中が多いんだな」

「防衛部隊は、どうしてもな。でも指揮は、そこの爺様だよ」

「おかえり、シズク。客人とは珍しいなあ」

 

 椅子に座ってテーブルに足を乗せたまま言ったのは、頭髪がほとんど白くなっているオールバックの老人だ。

 なぜか黒いスーツをピシッと着込み、日本刀を抱くように持ってニヤついている。

 

「失礼のないようにしてくださいよ、ジン爺さん」

「娘っ子はめんこいが、おっぱいが残念だのう」

「ま、まだ成長期なんですっ!」

「男はそれなりに使えそうだが、ちいとばかし気負いが見える。青年よ、もっと肩の力を抜け。ここには兵隊も志士もおらん」

 

 兵隊が新制帝国軍とやらなら、志士というのは大正義団だろうか。

 こんな世界で世直しをしようなんて連中がマトモな思想を掲げているとは思えないが、軍の兵隊よりはマシなのかもしれない。

 

「酒場は朝までやっとるし、相手を求めて飲みに来る女達もそれなりにおる。商売女が少ないのが難点じゃが、いい店じゃ。しばらく滞在するなら、ワシが飲みに連れてってやるぞ」

「楽しみにしときますよ、ジンさん。では、失礼します」

「うむ」

 

 破顔して頷く老人には、何とも言えない愛嬌があった。

 なぜかミサキに背中を殴られたがHPが減るほどの力ではなかったので、気にしない事にして歩き出したシズクの背を追う。

 

「駅の中、それも歩道橋みたいな通路を通って里に入るのか」

「ああ。小舟の里は、島になっていてな。4つある橋で陸に繋がっている。駅から歩いて行くなら、ここが近道だ」

「へえ」

 

 ならその4か所さえ守れれば、敵は水から上がって来るマイアラークくらいか。

 

 それすらも島を金網フェンスか何かで囲んでしまえば、そう怖くはないだろう。

 やはり、人間はバカではない。

 いい場所に街を構えたものだ。

 

「地下道か」

「ああ。すまないな。臭うだろう?」

「少しばかりな」

 

 地下道には寝袋が並んでいたり、汚れた洋服がうずたかく積まれたりしているので酷く臭う。

 中学高校の部室棟を思い出して、少し笑えた。

 

 防衛部隊の仮眠所なのだろうが、女も多いようなのにもう少し清潔に出来ないのか。

 

「水は貴重なのか?」

「今はそうでもないよ。里には、風呂屋だってある。でも若い連中は、遊びに繰り出す前くらいにしか行かないんじゃないかな」

「なるほどね」

 

 地下道を抜けると橋があり、そこからは競艇場の中から漏れる明かりが見て取れた。

 

 風呂屋もあるというし、どうやらそれなりに人間的な生活をしているらしい。

 その辺りはフォールアウトシリーズの住民と違って、キレイ好きな日本人の末裔ならではといった感じか。

 

 駅の改札のようなゲートの先に、伝令に走った少女が立っていた。

 

 その子と合流するとシズクは食料調達部隊の連中に「後はいつも通りに。それとこれで1杯やってくれ」と言って何枚かの紙幣を握らせる。

 俺はそれを見て、背中に冷たい汗が噴き出すのを自覚した。

 

「わあっ。ここ、市場みたいになってるんだねえ。見て見て、アキラ。屋台がたくさんあるよっ」

「いや、それどころじゃねえんだが……」

「長の家はこっちだ。行こう」

「あ、ああ。それはいいんだがシズク、ここでの金銭ってのは……」

「円に決まってるじゃないか。おかしな事を聞くんだな」

「あっちゃあ……」

 

 フォールアウト4で買い物なんかに使う金、キャップなら腐るほどある。それこそ、10年は働かずとも暮らせるくらいに。

 

 だがそのキャップが、ここではただのゴミでしかないのか。

 

「あ。も、もしかして」

「正解。ちなみに俺が持ってる戦前の紙幣は、すべてドル」

「つまり……」

「俺とミサキは、一文無しって事だ」

「ううっ。あそこの屋台の串焼き、すっごく美味しそうなのにっ!」

「日銭くれえは、どうにでもなるさ。シズク、廃墟から持ち帰った戦前の物資は金になるよな?」

「当然だ。この里を訪れる山師は少ないから、それなりの値で買い取ってくれるぞ。まあ、店主も貧乏なんでそれほどは買えないだろうが」

「山師?」

「安全な街の外に出て、妖異を倒しながら廃墟を漁る連中だよ」

「スカベンジャーが山師で、クリーチャーが妖異か。いちいち和風で面白いな」

 

 


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