Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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森のくまさんとチョコレート

 

 

 

 最後にしたのがいつだったかを思い出すのも難しいほど、かなりひさしぶりとなる単独行動。

 防衛部隊の門番にも珍しいですねと言われたので、周りから見ても俺が1人で小舟の里を出るのには違和感があるらしい。

 

 門番のお兄さんに会釈し、振り返って俺のしつこい、じゃなかった。熱心な誘いを断ったジンさんに2本指で敬礼を飛ばす。

 犬でも追い払うように手を振るなと言いたいが、今日の俺はアーマード軍用戦闘服にイエロー・フライトヘルメットまで装備しているので声は届かないだろう。

 

 ペダルを蹴ってギアをローに入れ、クラッチを繋いでアクセルを回した。

 

「いい加速だ。ネイキッドモデルでも、さすがはスポーツタイプ」

 

 門の目の前の東海道ではなく、海沿いに出て陸軍検問所から中田島砂丘と新掛塚橋を経由して磐田の旧市街へ。磐田の街へは寄らず、そのまま森町までのルート。

 

 出発からわずか2時間。

 午前8時に森町へ到着して、放送室のあるスーパーマーケット跡地の前にネイキッドを停めた。

 

 この感じなら新制帝国軍や浜松の街の山師や行商人に見つかる事など気にせず最短ルートを突っ切れば、1時間半。もしかするともう少し早く到着できるのかもしれない。

 

「三輪バイクがある。なら、ジローはまだここにいるんかな」

 

 ここから先イエロー・フライトヘルメットはもう必要ないだろうとピップボーイに入れて、バイクを降りる。

 

「アニキっ!」

 

 訪いを入れるまでもなく、スーパーマーケットのドアが開いてジローが顔を出す。

 無線機を使っている様子はないが、屋上に見張りの姿があったので、俺とバイクを見てすぐに報告が行ったのだろう。

 

「よう」

「どうしたんだよいきなりっ。昨日も訪ねてくれたってのに会えなかったから残念がってたら、こんな朝っぱらからまさかのご本人が登場って」

「放送室、いや放送所か? まあなんでもいいが、その使い勝手は平気かなってよ」

「バッチリだよ。あれを管理させる予定の3人は磐田の街に今朝早く向かわせたし、チョコもあの囲いはそのままでいいって言ってる」

「チョコ?」

「ああ、そうだっ。アニキには紹介してなかったよな。ちょっと待っててくれ」

 

 ジローが宿舎であるスーパーマーケットの中に消える。

 ただ待っているのもヒマだし、立ち話がいつまでも続きそうな気配なので、スーパーマーケットの玄関の正面、駐車場ギリギリにサンテーブルとセットになっている椅子を4つ出してそこに腰かけた。

 

 このサンテーブルのセットはジローの部隊が使えばいいし、いらないのなら女性用の宿舎にでも運んで茶飲み話の時に使えばいい。

 

「ほら、早く来いって」

 

 そんな声がしたのでスーパーマーケットの玄関に目をやると、ジローだけでなく1人の女の子が出てくるところだった。

 

 若い。

 ジローと同じくらいの年齢だ。

 しかもボサボサの髪に、酷い猫背で、身長がとても小さい。顔立ちそのものは文句なしにかわいらしいので、余計に髪の乱れと姿勢の悪さが目立つ。

 ジローと並ぶと、まるっきり大人と子供だ。

 

「アニキ、これがチョコだ」

「やっぱ人の名前だったんだな。はじめまして、チヨコちゃん。ジローには、だいぶ苦労させられてるみてえだな」

「さすが先生の旦那さん。わかってくれますか」

「先生?」

「はい。僕はカナタ先生の書店で学問を習ってたんです」

「へえ。それがなんでジローの部隊に?」

「俺はバカだからな。チョコの力を借りなきゃ指揮官なんてやってらんねえ。だから隊を預けられた時、拝み倒して副官になってもらったんだ」

「押し倒して、の間違いだろう。バカ熊」

「い、いあやあれは、その。な?」

「義理の弟でも、強姦魔は去勢するべきだよなあ。よし、ちょん切ってやるから脱げ。ジロー」

「ま、待った待った。その禍々しい西洋剣はなんだよ!?」

 

 『クレンヴの歯』だ。

 そう言っても意味など通じるはずがない。

 

「これは太古より伝わりし断罪の刃。神は言った。合法ロリはセーフだが、性犯罪者のナニは切り落として深き者共のエサにすべしと」

「違うから! 合意の上だから!」

 

 本当か?

 

 そう視線で問うと、ニヤリと笑う、まるでカナタのような笑みを見せながらチヨコちゃんが頷いた。

 

 まあ、合意の上なら問題ないだろう。

 たとえ目の前の小熊が何の躊躇いもなく酒場で女に声をかけ、そのまま一夜を共にしたのを知っていたとしても。

 

 俺からすると『よくもそんな恐ろしい事ができるな』としか言えないが、きっと普通の男は恋人や嫁さんに『浮気したらVATSで殴り殺すから』とか『死にたいなら介錯は任せろ』、『浮気したら一生おんぶ。もう離れない』、『別にいいわよ? そんなに女が好きなら、アキラくんを女の子にしちゃうんだから』なんて言われていないのだろう。

 

「それで先生の旦那さん」

「アキラでいいぞ」

「わかりました。ではアキラさん。こうして来訪してくださった理由は、天竜の集落との顔繫ぎにこの熊が必要、という事でいいんでしょうか?」

「そっちの都合次第だな。俺としちゃ頼みてえが、いきなり来て戦闘部隊の隊長を半日も貸せなんて言えるはずがない」

「こっちは平気ですよ。この辺りの獣面鬼はほぼ狩り尽くしましたし、そうなれば戦闘でしか役に立たない隊長なんて案山子以下の存在です」

「ヒデエなおい!」

「なら半日だけ借りるかな」

「どうぞどうぞ」

「んじゃ準備をしてくれ、案山子熊」

 

 俺の意見は……

 

 そう呟きながらも、ジローはスーパーマーケットの中に消えてゆく。

 

「チヨコちゃん、この森町に今一番必要な物は?」

 

 斬り込む。

 カナタを先生と呼ぶだけあって頭の回転が速そうだから、こんな程度の問いかけでいいはずだ。

 その証拠に、チヨコちゃんはまたニヤリと笑う。

 

「親熊にも言ってませんが、この森町は試験場なんです」

「ほう」

「ですから今は、このバランスを崩したくはありませんね」

「……カナタの考えそうな事だ」

「先生の弟子は3人。それぞれがそれぞれのやり方で磐田の街の、遠州の未来を模索しています」

「了解だ。ほんじゃ、今日のはこっちの借りにしとくよ」

 

 マジメな表情でチヨコちゃんが頷く。

 

 試験場。

 

 まず頭に浮かぶのは、農作物や生活環境の事だ。

 だがカナタなら、こんな入植地があればまず人の性質を見極めようとするんじゃないだろうか。

 

 高給取りになれるが防壁もない集落でキツイ農作業に従事して、親兄弟と離れて暮らす。

 若いうちに金を貯めて結婚でもしてからは磐田の街でいい暮らしをしようという人間もいれば、冒険心を満足させつつやりがいのある仕事をしたいという人間もいるだろう。

 

 そして、磐田の街という安全ではあるが平和とは言い切れない街を出て、自分達の力で平和な街を作りたいと思っている人間もいくらかはいるはずだ。

 

「開拓には、夢が必要なんですよ。お金も大事ですけど、それがなければ絶対に途中で投げ出してしまいます」

「仕事も生活もキツイんだろうしな。さっき、民家の庭先でドラム缶に入れた水を煮詰めてる連中を見た。生きるために必要な水を得るだけでそれじゃあ、他の作業も簡単じゃねえんだろうって想像できる」

「はい」

「4つの街が互いに取引を始める」

「小舟の里の様子は、あの熊から聞きました。最初はいいでしょうが、半年もすれば不満が出ると思いますよ」

「俺達の予想と同じか……」

「ええ」

 

 どこの街でも喉から手が出るほどに欲しい『きれいな水』。

 だが小舟の里は、それを金にするつもりがない。

 取引のついでに無料で渡すだけだ。

 

「マイアラークよりジャガイモよりチーズより、汚染されていない水を運んで来い。そう言われた時、小舟の里はどうすべきなんだろうなあ」

「切り捨てるのが最上でしょう。言い出しそうなのは、今のところ1つですから」

 

 市長さんは無料の水の運搬量を増やせなんて、口が裂けても言わないと思う。

 だが、イチロウさんはどうか。

 

 父が市長として上に立っているのなら言わないかもしれないが、その座を継いで磐田の街の利益を一番に考えた時、まず浮かぶ考えは水を蒸留してRADを抜く人手と費用を減らそうという事じゃないのか。

 

「俺はそんなのが嫌で、バケモノ扱いをされても汚染されていない水を磐田の街と森町に提供する事にしたよ」

「それは?」

「そのうちわかるさ」

「熊が預かってきた先生からの手紙で、アキラさんが普通の人間じゃない事は知っています。ですが人を信じすぎると、向けられた期待の何倍もの憎悪を浴びせられる事になりかねませんよ?」

「わかってる。でも、そうしないと俺はずうっと卑怯者のまんまだ」

 

 別に救世主を気取るつもりなんてない。

 たかがウォーターポンプを設置して回るだけだ。

 

 だがそれを心の底から感謝されて、もしその感謝の源である汚染されていない水が涸れ果てた時、その感謝はどういった感情に変わって誰に向けられるのか。

 

 考えただけで恐ろしくなる。

 

 だから俺は、強くならないと。

 100人だって、1000人だって殺し尽くして、あいつらだけは逃がせるようにならなければ。

 

「お待たせ、アニキ! って、なんだなんだ。2人して難しそうな顔してよ」

「あんでもねえよ。んで、俺のバイクでいいか?」

「俺は自分ので行くって。森町までアニキに送らせたら帰りが遅くなるし」

「助かるけど、いいのかよ?」

 

 ジローではなく、チヨコちゃんに向かって訊ねる。

 

「大丈夫ですよ。どうせこの熊は森町にいても単独で狩りに出てばかりなので」

「なるほどね。じゃあ、半日ほど彼氏さんを借りてくよ」

「どうぞどうぞ。それと彼氏じゃありません」

「マジ?」

「……チョコはやらしてはくれんだけど、付き合ってくれとか結婚してくれって言うとナイフで刺されそうになる」

「うわあ」

 

 よくわからんが、人の恋愛に首を突っ込む趣味はない。

 バイクに跨ってエンジンをかけ、ジローもそうするのを待った。

 

「じゃあチョコ、ちょっくら行ってくる」

「あ、そうだ。放送室にも置いといたが、このテーブルにも置いとくな」

「ラジオ、ですか。それも2つ」

「ああ。ジャズが流れてる方が小舟の里の周波数。無音の方が磐田の街のラジオの周波数に合わせてある」

「正直、助かります。テーブルと椅子ごとお借りしていいんですか?」

「プレゼントさ。こんくれえならいいだろ」

「ではありがたく。熊はどうでもいいですが、アキラさんはお気をつけて」

「サンキュ」

 

 ヒデエと呟いてからエンジンをかけ、ジローが走り出す。

 それに追従しながら、チラリと空を見上げた。

 

 天気は快晴。

 もしかしたらこのまま梅雨が明けてくれるかもしれないと、昨夜シズクが言っていた。

 

 進路は西。

 まず天竜川を目指して、その川沿いの道を北上する事になるのだろう。

 いつだったかウルフギャングが『初めての街を訪れる時はワクワクする』というような事を言っていた。

 俺はまだ不安の方が大きいが、そんな気持ちがない事もない。

 

 


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