歩道橋の中央部分には雨風を凌ぐためにか木の板が貼り付けるようにされ、悪党はそこに身を隠しながらこちらを窺っている。
知恵があるのかないのか、その板は天井部分にまで貼られているようで、そこには空きビンなんかも見えた。
ライフルを持っているのは1人だけで、あとは拳銃と鉄パイプのような鈍器。
スコープを覗き込み、その十字マークをライフル持ちの頭部に重ねた。
レティクルが揺れる。
だが慌てる必要はない。
ゲームでもそうしたように息を止め、チャンスを待つ。
右に、左に、上に、下に。
ブレまくっていた照準が収束してゆき、俺と同じく遮蔽物から顔だけ出している悪党の頭部だけをレティクルが行き来するようになる。
「まず1匹……」
囁くように言いながら、トリガーを引いた。
銃声。
逃がす事を意識するほどでもない反動。
ボルトを操作して、次弾を装填。
仲間を助けようとしたのか、それとも遠距離での撃ち合いに有用なライフルが欲しかったのか。
死んだ悪党に駆け寄って立ち上がった男の胸部をレティクルが捉えた瞬間に2発目を撃った。
血が噴き出す。
左胸だ。
そこに手を当て、止まらない鮮血を確認した悪党がゆっくりと倒れてゆく。
「3匹目が出てこないようなら、歩道橋の小屋ごとぶっ飛ばすか」
「へえ。アキラの事だから、走ってって撃ち殺すとか言うと思ったっす。成長したっすねえ」
「俺はクールな男だからな。判断はいつも冷静なんだよ」
「はいはい。双銃鬼サマはいつでも冷静っすよねえ。いやあ、さすがさすが」
「こんのガキ…… それはやめろって言ってんだろうがよ!」
聞きたくもない単語。
双銃鬼。
それは自分の番が来るまではヒマだからと特殊部隊の女性宿舎の飲み会へ顔を出したシズクが、掛川からの帰りに悪党と遭遇した時の戦闘を女性隊員達に聞かせてやったせいで生まれた言葉だ。
2丁の拳銃をぶら下げて悪党の群れに突っこみ、目にも止まらぬ速さで駆け回りながら単独でそのすべてを殲滅。
ただでさえ娯楽の少ないこんな世界であるから、それを聞いた女性隊員はシズクが帰ると同じように男性宿舎で飲んでいた男連中にそれを話して聞かせ、ウルフギャングの飲み屋でちょっといい顔がしたい男性隊員が店で客の全員にまたそれを話して聞かせる。
そんなのを繰り返すうちに剣鬼の娘婿は舅に勝るとも劣らないほど強く、2丁の拳銃を使わせれば獣面鬼の群れさえも単独で狩り尽くしてしまうという、根も葉もない噂が広まってしまったらしい。
その途中で名付けられたのが、『双銃鬼』という中二っぽい二つ名だった。
「くふふ。ほら、やっぱ最後の1匹は出てこないっすよ。どうするんっすか、小舟の里の英雄の双銃鬼さん?」
「……チッ。後で覚えとけよ」
歩道橋の中央部分、板で見えない小屋のような場所に最後の1匹が身を隠したのはしっかりと見ていた。
パーティースターターで小屋ごと吹っ飛ばすか。
いや、俺のSTRでは100メートルちょっと先の小屋をミサイルランチャーで狙撃なんてできやしないだろう。
最後の悪党はカメが首を引っ込めたようにして出てくる気配がないので、VATSは使えない。
それどころか男の赤マーカーすらピップボーイの視覚アシストシステムに表示されていないので、どちらにしてもここから動くべきだ。
「あれ。接近っすか?」
「とりあえず赤マーカーが表示される距離までな」
「そんで、そこからはどうするんっすか?」
「これを使う」
ハンティングライフルと入れ替えるように出したのは、フォールアウト4では存在しなかった武器。
「変な銃っすねえ」
「グレネードライフル。フォールアウト4にゃ存在しなかった武器だ。まあ、DLCやらCS版のMODが来てりゃ確実に使えたんだろうけどな」
右手にグレネードライフルなら、左はやっぱりこれだろう。
そんな事を考えながら、デリバラーを左手に装備。
「へえ。どんな武器なんっすか?」
「手榴弾を発射する感じかな。コツが要るが、けっこうな距離を飛んでくれるんだ」
「うへえ」
今は流れ者の服なので装備はしていないが、メガトン特殊部隊の隊長としてアーマード軍用戦闘服で指揮を執る時は、タイチも2つほど手榴弾を胸にマジックテープで止めて持ち歩いている。
なのでその威力は知っているし、それを投射する武器がどれほど有用かも瞬時に理解したらしい。
歩き出す。
グレネードライフルとデリバラーをぶら下げた俺が先で、ハンティングライフルをいつでも撃てる構えのタイチが斜め後方だ。
「天竜の長とその息子さんに、いつものように武器をプレゼントしてよ。そしたらリンコさん、長の方がお礼にってこれをくれた」
「ラッキーっすねえ」
「おう。弾もたんまり付けてくれたしな。ホントは宝物級のグレネードランチャーの方を持ってけって言われたんだが、さすがにそれはって遠慮させてもらったよ」
「どっちも気前がいいっすねえ」
軽口を叩きながらの前進ではあるが、俺もタイチもまったくと言い切れるほどに気は抜いていない。
天井の低い小屋の中で微動だにしない赤マーカーが見えても、俺は足を止めなかった。
「距離30。ここらでいいな」
「必死で息を殺して隠れてるところに、手榴弾を投げ込まれるなんて。運のない悪党っすねえ」
「俺もタイチも、いつか自分が殺される覚悟をして戦ってんだ。悪党もそうじゃなきゃ困るさ。殺るぞ」
右手を伸ばし、歩道橋の小屋のだいぶ上を狙う。
「勝手な言い分っすねえ。いつでもどうぞっす」
グレネードライフルの装弾数は1。
だが目的は小屋を吹っ飛ばして最後の1匹を視界に捉え、デリバラーのVATSでそれを倒す事だ。
今のクリティカル・メーターでは、1度もクリティカル攻撃を出せない。
ここはLUCK極振りの幸運を信じ、FOUR LEAF CLOVERの発動に期待させてもらおう。
VATSでの攻撃中にピップボーイの視覚補助システムの下部に四つ葉のクローバーが表示されたなら、その瞬間にクリティカル・メーターがクリティカル攻撃1回分だけ回復してくれる。
気の抜けた発射音。
ポンっと鳴ったそれを聞きながらグレネードライフルを収納し、今度は左手を上げた。
爆発。
「げえっ!」
「ど、どうしたんっすか?」
「……グレネードライフル1射で赤マーカーが消し飛んだ」
「あらら。でも、倒せたんなら良かったじゃないっすか」
「クリティカル・メーターを貯めたかったんだよ。くっそ。悪党までやわっこいのかよ、この辺りは。どうせなら熟練の悪党が出やがれっての」
「はいはい。あの感じじゃ小屋の中はぐちゃぐちゃになってるっすね。それでも漁るっすか?」
「ライフルとハンドガン、それとその銃弾だけはいただいていこうぜ」
「りょーかいっす」
俺達は山師の兄弟、それも兄がピップボーイ持ちのちょっと腕のいい山師として浜松の街に潜入する。
浜松の街で獲物を店に売らなければ不自然だ。
「見ろよ。いっつも見えてるでっけえビルが、あんな近くに」
「アクトビルっすね」
「悪党ビル?」
「違うっす、アクト。なんかいい感じの外来語なんじゃないかって賢者さんは言ってたっす」
「ふうん。そういや、アクト地区は狂ったプロテクトロンが多いって101のアイツのノートで見たな」
「駅前地区はフェラル・グールが数えるのもバカらしいくらいいるらしいっすね。んでポツポツ点在する安全地帯には、ほぼ間違いなく悪党がいるとか」
「赤線地区と酔いどれ地区もだろ。……ああっ!?」
「どうしたっすか?」
「タイチ」
「なんっすか」
「戦前のエロ本やエロマンガは、もちろん読んでるよな?」
「はぁ。今はそんなでもないっすけどね」
「あるぞ。特に赤線地区は絶対にあるはずだ」
「なにがっすか?」
「……大人の玩具的なアレを売ってた店が、だよ」
目が合う。
タイチは、今までにないような真剣な瞳をしていた。
「明日からの予定は決まりっすね!」
「おう。浜松の街の偵察。それよりも重要な目的ができたな」
「ぐふふ。そうっすねえ」
「俺は全員分を確保しとかねえとなあ。んで順番に、うへへ……」
そうと決まればと急いで回収を終え、歩道橋を下りてまた浜松城方面に歩き出す。
この道を少し行くと右側が酔いどれ地区という戦前の飲み屋の多い場所があり、大きな交差点を越えた右側が赤線地区になるはずだ。
今日はどちらにも寄る時間はないだろうが、明日からしばらく浜松の街で山師として滞在するのだから、下見くらいはしておきたい。
「アキラ、あれを見てくださいっす」
少し歩いただけでタイチが足を止める。
「うっわ。うじゃうじゃいやがるなあ、フェラル」
左前方のそれなりに大きなホテル。
その前だけでなく、少し先の右側にある大きな商業ビルの前にもフェラル・グールが群れている。
まるで、ゾンビ映画のワンシーンだ。それも冒頭で、いかにその世界にゾンビが溢れているのかを観客に認識させるためのあざといカット。
「迂回も考えた方がいいっすかねえ、これじゃ」
「まあ、それは最後の手段にしとこうぜ」
「ならどうするんっすか?」
「……道路の真ん中に高台を建てて殲滅、はダメか」
「そうっすねえ。タレットと車両だけじゃなく、クラフトも禁止って言われてるっすから」
「ったく、年寄り連中はケチで嫌んなるぜ」
「はいはい。それでどうするんっすか?」
「どうもこうも、殺るに決まってんだろ。俺はできるだけVATS、タイチは狙撃。あんまりにも多く釣れちまったら、さっきの歩道橋まで走ってそこで迎撃だ」
「了解っす」
左手でデリバラーを抜く。
右はピップボーイから出した、フルオートのほぼノーマル10mmピストルだ。
それらをぶら下げて、じりじりと前進。
もちろん、VATSボタンをカチカチ鳴らしながら。
「VATSの射程に入った。やるぞ」
「はいっす」
VATS起動。
ホテルの前のフェラル・グールは10と少し。
APはとりあえず使い切る。
頭部への命中率が60パーセントを超えている個体は1匹もいない。
なので胴撃ちを3連射ずつ、3体に攻撃を選択した。
今の俺では、デリバラーでもこれしかAPが保たない。
「途中でGRIM REAPER'S SPRINTが発動してくんなかったら、APが回復するのを待ちながら10mmピストルで攻撃だな。しっかし、クリティカル・ビルドのVATSと2丁拳銃の相性の良さったらねえぜ」
VATS発動。
左手が小さく2度跳ねて、最初のフェラル・グールがアスファルトにゆっくりと倒れてゆく。
その途中で、またデリバラーの特徴的な発射音が鳴った。
「ここいらのフェラルは胴撃ち2発な。覚えたぜっ!」
GRIM REAPER'S SPRINTの発動がない事に舌打ちしつつ、またVATSを起動。
それで2匹を倒しても視界の下に死神は出てこない。
「オイラも攻撃開始っす!」
「おう、やれやれ。俺はこうだ、……アーキーンボーッ! ヒャアッハー!」
「ぶはっ。戦闘中に笑わせないでくださいっす!」
「うっせ。これが2丁拳銃で撃ちまくる時の由緒正しき掛け声なんだって!」
「そんな由緒、悪党のケツの穴にでも棄ててくださいっす!」
「言うねえ。うちの弟くんは」
2射分のAPが貯まればVATS起動。
GRIM REAPER'S SPRINTの発動を待ちながら、それを繰り返す。
「……見えてる分はすべてやったっすね」
「クリティカル・メーターは2回分貯まってくれたが、結局GRIM REAPER'S SPRINTの発動はなしかよ。もうマーカーも見えねえし、とりあえずお疲れさんな」