Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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少年少女

 

 

 

「あー。言っとくが、敵意はねえぞ?」

 

 その言葉がウソではないと証明するため、デリバラーをホルスターに戻す。

 タイチも束の間だけ迷いを見せたが、すぐに俺と同じように10mmピストルをホルスターに納めてくれた。

 

「あ、ありがとうございます。助かりました……」

「いいさ。フェラル・グール、屍鬼がもういねえなら中を漁るといい。俺達はもう行くぞ」

「ええっ!?」

 

 なぜ驚く?

 

 そう口に出す前に、隣からタイチの笑い声が聞こえてきた。

 

「またお人好しが出てるっすよ、アキラ」

「この程度でかよ?」

「当たり前っす。普通の山師ならあの子達に銃弾代を請求して、それから自分達であのビルを漁るはずっすからね」

「世も末だ。って、まんま世紀末だっけな。まあいい。おい、兄ちゃん達」

「えっと、はい」

「俺達はこんな事務所しかねえビルなんて漁る気はねえ。さっさと中を漁って、金目の物を根こそぎかっぱらっちまえ」

 

 3人の少年が顔を見合わせる。

 本当にいいのかな? と、そんな感じか。

 

「ええっと。どうして……」

「気まぐれだ。それに、こういう用事もあるんでな」

 

 ピップボーイからグレネードライフルを出す。

 それを片手で持ち上げて向けたのは、図書館の敷地と細い道路を隔てる、葉の硬そうな植え込みの向こうだ。

 

「敵っすか!?」

「まだわかんねえよ。……おい、植え込みの陰のオマエ。この武器は着弾地点から数メートル以内のもんを、1発で粉々にしてくれる便利なもんでよ。挽肉にされたくなかったら、両手を上げて立ち上がれ。ゆっくりとな? 妙な動きをすれば、すぐに殺す」

 

 タイチもすでに銃を抜いている。

 相手がグレネードライフルを知らなくても、今の説明で10mmピストルよりは怖い武器だとわかってくれただろう。

 

 もし立ち上がりざまに俺が撃たれても、タイチがすぐに10mmピストルでソイツを撃ち殺すだけ。

 俺のHPが敵の攻撃に、それも1発だけ耐えられれば、それでいい。

 

「もうっ。これだから電脳少年持ちは嫌いなのっ! はい、こーさん。こーさんっ!」

 

 言いながら植え込みの向こうで立ち上がったのは、こんな時代では珍しいヒラヒラがたくさん付いた、まるでドレスのような服とスカートを着た少女だった。

 こういうのを、ゴスロリと言うんだったか。

 

「わ、かわいいっすねえ」

「くーちゃんさんっ! ど、どうしてここにっ!?」

 

 少年の1人が叫ぶようにして問う。

 

「……くーちゃんか。くーちゃん、ねえ」

 

 少女がおどけた仕草で唇に人差し指を当てる。

 見えている武装は肩から下げているサブマシンガンに、左腰のナイフだけ。

 ベルトに2つほど通して固定してあるポーチには他の武器もあるのかもしれないが、この状況ならばそんなのは脅威にならないだろう。

 

「そんじゃまず、身を隠しながら接近してた理由を聞こうか。くーちゃん?」

「顔見知りがハンパじゃない腕の山師に助けられてたら、その後を心配して様子を見に来てとーぜんじゃん」

「へえ。そんで、その心配は解消されたんかよ?」

「半分だけは、ね」

「そりゃよかった」

「それより、か弱い女の子にいつまで手を上げさせてるつもり?」

「か弱い。それも女の子、ねえ……」

「異論があるなら、その辺の廃墟でじっくり話し合う必要がありそうだね。なんなら、2人同時でもいいけど? 隅から隅まで、じーっくり調べてもいいんだよ?」

 

 冗談じゃない。

 

「かわいいのに大胆っすねえ。そのギャップがまた……」

「おい、巨乳好き。あんなぺったんこもイケるクチだったんかよ?」

「いやあ。やっぱ毎日ずっと肉を食べてたら、たまには魚が食べたくなるのが人情ってもんっすよ。それにめっちゃかわいいし」

「……バッカじゃねえの」

「ねー、それよりもう手を下ろしていーのー?」

「どれだけ不意を衝かれても殺される気はしねえ。別にいいぞ。それと兄ちゃん達は、さっさとビルを漁ってこい」

 

 3人のリーダー格であるらしいヤマトという少年は少女を気にしてかすぐには返事をせず、それどころか動きもしなかったが、そのくーちゃん本人が笑顔で頷くと、俺達に頭を下げてから2人を連れてビルの入り口に向かう。

 

「あ、そだ。ヤマトっち、わかってるよねえ?」

「はい。あまりに多く戦前の物資を持ち帰れば、タチの悪い山師に目を付けられます。なのでなるべく嵩張らず、リュックに隠してスワコさんの店に持ち込める。それもなるべく高値で買い取ってくれそうな物だけを選びます」

「さーすが。じゃ、行っといで」

「はいっ」

 

 銃すら持っていない、成人前にも見える3人の少年山師。

 その面倒を見ている先輩というのが、この『くーちゃん』と名乗る山師の立ち位置なのだろうか。

 

 そんな事を考えながらグレネードライフルを下ろすと、くーちゃんはニコリと笑ってから植え込みを身軽に跳び越えた。

 

「うっは、純白が眩しいっすねえ」

「オマエほんっと…… ま、いいか。タイチ、フェラル・グールの死体を植え込みの向こうにぶん投げとこうぜ。手伝え」

「なんでっすか?」

「あのガキ共が戦前の物資を根こそぎ掻っ攫えねえなら、数回に分けて浜松の街に持ち込むはずだ。フェラル・グールの死体がビルの前にあったら、他の山師がここは安全だなって中を漁るかもしんねえ。だから、少しでも隠しとこうぜ」

「意地は悪いのに優しいね、お兄さん。くーちゃん、好きになっちゃいそう」

「俺はアキラ、こっちが弟のタイチだ。いいからオマエも手伝えよ、くーちゃん?」

 

 もちろんと笑顔で言われたので、3人でフェラル・グールの死体を植え込みの陰に移す。

 

 天竜の長であるリンコさんのように電脳少年を持っている山師がいないとは限らないので、偽名を使う案は早々に却下されていた。

 だがこの世界のピップボーイに死体を収納する機能があるのかはわからないし、容量が多すぎると判断されると、今度はレベルカンストを疑われるだろう。

 なのでフェラル・グールの死体をピップボーイには入れず、植え込みの向こうへ隠すだけにしておく。

 

「……ふうっ。こんなもんっすね」

「だな。タバコやるか、くーちゃん?」

「ありがと」

「ほれ」

「火を点けたのを咥えさせる甲斐性もないの、アキラっち?」

「ねえな。つか、欠片でもあってたまるか」

 

 3人で紫煙を吐きながら、くーちゃんに浜松の街の様子をそれとなく訊ねてみる。

 

「へえ。やっぱ浜松の街は初めて来たんだ」

「そうなるなあ。戦前の物資を持ち込む店と、飲み食いと寝泊りにオススメの店を教えてくれよ」

 

 言ってからタバコの箱を放る事で、情報料はこれだと伝えた。

 それをキャッチしたくーちゃんは笑顔で頷くと、浜松の街の様子から話し出す。

 

 戦前の浜松城公園のすべてと、その巨大駐車場なんかはもちろん、周囲の学校や市役所までをバリケードで囲った街。

 その広さは相当なもので、敷地内には今は使われていないが複数のプールまであるらしい。

 

「この道の突き当りを右に行くと浜松の旧市役所で、今は商人ギルドの本部。そこは、大口の取引所って感じだね。単独で動くような行商人じゃなくって、護衛を引き連れた商人が浜松の商人ギルドと直接物を売り買いするんだよ」

「しょ、商人ギルドなんてあんのかよ!?」

 

 まさかとは思うが、俺達のようにあっちの日本から来たヤツがその組織を作ったんじゃないだろうか。

 

 そう思ってしまうほど、この世界の街にある組織に商人ギルドなんて呼称は似合っていない。あっても商工会議所とか、商工会とか、その辺の呼称を使うべきだろう。

 商人ギルドなんてのは不自然に過ぎる。

 

「あるある。しかも商人ギルドは市役所だけじゃなく隣の小学校と、広い駐車場跡地の長屋街、その向こうにある戦前のビジネスホテル。その3区域で商いをするすべての人間を、バカでクズな兵隊から守る存在だからね。利口な山師はその区域以外に足を踏み入れないよ」

「なるほどなあ……」

 

 新制帝国軍の横暴があまりに酷いなら、どうして浜松の街に商人や山師が集まるのだろうか?

 

 浜松の街の様子が書かれた101のアイツのノートを読んだ時からあったそんな疑問に答えが出たのはいいが、その理由が商人ギルドなんてものがあるからだとは。

 意外過ぎて笑ってしまう。

 

 くーちゃんが語るところによると商人ギルドは浜松の街の東側、戦前の市役所、小学校、浜松城公園の駐車場、通りの向こうにある大きなホテルのある区画を300年かけて新制帝国軍から買い取り、今ではそこを自由裁量で治める、自治領のような存在になっているそうだ。

 

「んで戦前の物資を売るなら、その商人ギルドの議員もやってるスワコさんの店がオススメだね。磐田の街の市長の娘だからって訳じゃないだろうけど、買取品を値切ったりしないし」

「なるほど。その店は市役所に?」

「その真ん前の駐車場だね。市役所に一番近くって、しかも一番大きい店だからすぐにわかるよっ」

「ありがてえ。んで、山師が寝泊りすんのは戦前のホテル跡か?」

「そっちは宿じゃなくって、金持ちが住むアパートって感じ。だから、普通の宿屋は戦前の小学校の中だね」

「へえ。まるで部活の合宿か宿泊学習だなあ」

「ゴハンとお酒は市場、小学校のグランドにいくらでもある露店。でも腕利きの山師と情報交換なんかがしたいなら、小学校の体育館を丸ごと使ってる『梁山泊』って飲み屋兼宿屋がいいかな。そこの店主も商人ギルドの議員で、腕を認めた山師には報酬のいい依頼なんかも回してくれるから」

 

 商人ギルドの議員が、冒険者ギルドの真似事までしてるのか。

 ますますご同輩の大先輩の存在を疑ってしまう話だ。

 

「助かったよ。タバコ1箱の情報にしちゃ多すぎるくれえだ」

「なら、多すぎた分はカラダで払っちゃう?」

「うちの弟ならそうするかもな」

「やった。タイチっち、今夜はサービスしちゃうからねっ? くーちゃんも梁山泊に泊まってるから、真ん中の酒場スペースでお酒を飲んで。その後は、ね?」

「い、いやいやそんな。でも、そういう事ならオイラがサービスするのが筋っすよねえ……」

 

 鼻の下を伸ばしやがって。

 でも面白そうだから、宿屋の部屋に2人でシケ込む直前まで黙っておこうか。

 

 言っとくがくーちゃんの本名、クニオだぞ?

 

 俺がそう告げた時、タイチはどんな表情をして、どんな決断を下すのだろうか。

 もし万が一にでもソッチの道に足を踏み入れたなら、帰ったらすぐにでもカヨちゃんに報告し、新しい恋人を探した方がいいと勧めよう。

 

「あの、ありがとうございました。おかげで数日分の食費を確保できました。本当にありがとうございます」

 

 ビルから出てきた3人の少年が、一斉に頭を下げる。

 

「いいさ。それとこの小さなビルの事は口外せず、玄関もちゃんと締めとけ。出入りの時は人に見られてねえか、何より中で待ち伏せされてねえか充分に確認してからな」

「……屍鬼の死体が見えないからもしかしてとは思ったんですけど、そういう事ですか」

「よかったね、ヤマトっち。アキラっちとタイチっちに感謝感謝♪」

「はい。アキラさんとタイチさん、ですか。この御恩は忘れません」

 

 いってても15歳、下手をすればそれより1つか2つ下だろうに、このヤマトという少年は頭の回転が速い。

 それだけでなく礼儀もしっかりとしているのだから、将来が有望な山師じゃないか。

 だからこそくーちゃん、女装癖がある変態山師のクニオもこうして面倒を見てやっているのだろう。

 

 便所にでも行くフリをして、廊下の突き当りにでもカギを開けた状態の金庫と中にパイプ銃と銃弾を。

 

 そう考えていると、渋い顔をしたタイチに左足を軽く蹴られた。

 

「いって。なにすんだ愚弟」

「別になんでもないっす。で、まだ時間的には朝だけど、今からどうするんっすか?」

「そうだなあ……」

 

 


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