Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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碧血のカナヤマと梁山泊の主

 

 

 

 梁山泊の酒場スペースには数十人の客がいて、山師と思われる連中はその半数以上を占めている。

 だがその武装は誰も彼も貧弱で、良くてハンドガンか木製ストックの国産ライフル。近接武器を腰に差したり背負っていたりだけなのが8割を超えているように見えた。

 

 そんな中、酔っぱらって寝てしまっているクニオと俺の対面に座った碧血のカナヤマという男だけが、サブマシンガンとアサルトライフルを持っている。

 顔見知りになるにも、飲みながら世間話をするにも、この男以上にそうなりたいと思う人間はいない。

 

 LUCKがまたいい仕事をしてくれた。

 

 そんな気分でまずタバコを勧め、2人で紫煙を燻らせる。

 

「旨いな。戦前の、それも舶来物か」

「ですね。俺はアキラ、カウンターに注文に行ったのが弟のタイチです」

「俺は『碧血の誓い』という山師パーティーを率いている、カナヤマという。よろしく頼む」

「こちらこそ」

 

 山師パーティーと来たか。

 そんなにギルドやらパーティーやらが好きなんだったら、山師を冒険者にしとけよ。

 ついでに妖異は、モンスターにしとけばいい。

 

 確定した訳じゃないが、俺やミサキと同じような境遇で商人ギルドの設立に関わったと思われるファンタジー小説、それもライトノベル好きだったであろう先人に心の中でそう毒づく。

 

「それで質問なんだが、この宴会はヤマト達の筆おろしを祝うだけじゃなく、パーティーの結成祝いでもあるのか?」

「別にそんな話は出てませんがね。でも、なんでそんなのを気にするんで?」

「くーちゃんは何度もパーティーに誘ってるんだが、いつもフラれっぱなしでね。そのくーちゃんがかわいがってる3人と、見るからに腕の良さそうな山師2人が一緒だから、もしやと思ってな。6人パーティーは山師の基本だ」

「お待たせしたっす。これ、どうぞ。マスターが、カナヤマさんはこれが好きだと言ってたんで」

「ありがたい。君らの次の1杯は俺が奢らせてもらうよ」

「いえいえ。でも、パーティーか」

 

 出会ったばかりだが、クニオは性癖と女装癖を気にしないなら面倒見のいい同年代か1つ2つ下の気のいい男で、短期間パーティーなんかを組むには悪くない。

 

 ヤマト達3人もそうだ。

 孤児だという話だがヤサグレた感じが微塵もなく、少し照れながらそれぞれが夢まで語る。

 大人としては、応援したくなって当然。

 

 ジンさんとウルフギャングも浜松の街で山師として動いてる間はピップボーイになんでもかんでも突っ込んで持ち帰るようなマネはするなと言っていたし、パーティーを組んでみるのも面白いかもしれない。

 

 そうするうちに4人を心から信用できるようなら、小舟の里に移住しないかと誘ってもいいし。

 

「興味がないって訳でもなさそうだな」

「まあそうですが、俺と弟は浜松の街に根を張るかどうかもまだわかりませんからね」

「なるほど。もしそちらが臨時にでもパーティーを組むのなら、お互い助け合えたりもするだろうと思ったんだがな」

「何か問題でも?」

「ここのマスターの依頼でね。街のすぐ近くにある、五社神社と教育文化会館を根城とする悪党の討伐が計画されているんだ」

「アキラ、それって」

「だなあ」

 

 午前中、死体がぶら下がっている鳥居の前にいた見張りを狙撃で倒した神社。

 それが五社神社だったはずだ。

 

「悪党の数は約30で、半数以上が銃で武装している。どうだ、乗らないか?」

「報酬と条件次第ですかね」

「弾薬代、弁当と水代、負傷して使った『医者いらず』は戻ったら現金で支給。報酬は1パーティー500円になる」

 

 医者いらずが国産のスティムパックだという知識はある。

 かなりいい条件ではありそうだ。

 

「悪党の銃や貯め込んでたお宝はどうなるんで?」

「2つのパーティーで山分けだな」

「タイチ」

「はいっす」

「この3人に銃の手ほどきをしてそれなりの後方支援が可能になるまで、万が一にもフレンドリーファイアなんてしねえってトコまで仕込むとしたら?」

「……難しいっすね。最低でも5回は銃を持たせて探索に出ないとっす。そうじゃなきゃ銃が使えるようになっても、何より大事な肝が練れないっすから」

「最低でも一週間かあ。申し訳ない、カナヤマさん。どうやらこっちの準備が間に合いそうもねえです」

 

 1人80円以上の報酬。

 それに悪党から剥ぎ取った銃とその弾をヤマト達が手に入れられるのなら是非とも受けたかったが、さすがに一週間は待ってくれないだろう。

 

「いや、期日は別にいいんだ。この討伐自体、去年の今頃から話が出ていても手を出せなかったんでね」

「なるほど」

「それにいざ討伐となれば、2つのパーティーは五所神社と教育文化会館から同時に攻撃を開始するのがいいと思う。そちらが大丈夫だと言うなら、ヤマト達の射撃の腕がどうこうなんて言う者はいないぞ」

「話はわかりましたが、この酔っ払いが起きてから相談してみないとなんとも言えませんね」

「だろうな。まったく、ソロでなら浜松最強とまで言われる山師のくせに。酔うといつもこれだ」

 

 それからしばらく世間話をして、もし討伐に手を貸してくれるのならいつでも声をかけてくれと言い、カナヤマさんは自分のパーティーメンバーの待つテーブル席に戻った。

 

 言葉通り次に運ばれてきた焼酎の水割りはカナヤマさんからのオゴリだとウェイトレスが言っていたので、少し離れたテーブルにいる本人にグラスを掲げるように見せてからそれを口に運ぶ。

 

 タイチやヤマト達も俺と同じようにしたが、酒を飲むよりも話し合いをするのに忙しいらしい。

 ぼくらなんて足手まといにしかならないと言うヤマトに、タイチが誰だって最初はそうなんだぞと言っているのが聞こえる。

 

「……アキラっちぃ」

「んだよ。もう起きてたんか、くーちゃん」

「タイチっちはぁ、なんであんなにヤマトっち達に親身になってんのぉ?」

「俺達も孤児だからな」

 

 申し訳ないと思いながら、そうとだけ言っておく。

 孤児だったのはタイチだけで、俺は平和な日本でただのうのうと年を重ねていた。

 

「ふぅん。ま、こんな世の中だもんねぇ」

「だなあ」

「でもさぁ。こんな世の中だからこそ、どうにかしなくちゃいけないって思うんだよねぇ」

「くーちゃんならできるさ。休みの日にわざわざヤマト達を尾行して、なんかありゃ助けてやろうとしてた優しいくーちゃんならな」

「バッカじゃないのぉ。できたら苦労しないじゃん」

「そうかな」

「ん、そうに決まってるのぉ」

「へいへい」

 

 そろそろ時間は正午。

 抑えた音量でピップボーイのラジオを点ける。

 

「……ふわぁ。いい音色だねぇ」

「ジャズってんだよ。どこの誰かはわからんが、こんな世の中でも、いや、こんな世の中だからこそかな。朝から晩まで曲を流してくれてるんだ」

「ふぅん。……んっ、んっ、んっ、ぷはあっ。味気ない焼酎の水割りも、こんなのを聞きながらだと進んじゃうねぇ」

「もうやめとけっての。弱いんだろ、酒」

「こんな世の中、酒も飲まずに渡れますかってぇ」

「へーへー」

 

 ウルフギャングのラジオは通常放送。

 生放送をしていないなら、小舟の里に問題は起きていない。

 

 ならばこちらもやるべき事をしておこうと、黙って腰を上げた。

 

「あれぇ。どこ行くのぉ?」

「カウンター。ちょっとした商談だ」

「ふぅん。いてらぁー」

 

 カウンターにいる髭面の大男。

 マスターが歩み寄る俺に視線を注ぐ。

 それからマスターはチラリとカウンターの棚に立てかけている木刀を見たが、それに手を伸ばそうとはしなかった。

 

 まあ、当たり前だ。

 俺はこんな場所で暴れる気はないし、どちらかといえばマスターとお近づきになりたくてカウンターに向かっているのだから。

 

「ちょっといいですか、マスター?」

「あ、ああ」

 

 カウンターのスツールに腰かけ、目の前にウイスキーのボトルとショットグラスを1つ出す。

 マスターはピップボーイや電脳少年の事を知っているようで別に驚かれはしなかったが、訝し気にその2つに視線をやってから俺に目を戻した。

 

 ショットグラスにウイスキーを満たし、それをマスターの方に押す。

 

「味を見てやってください。金はいりませんので」

「これを売りたいって事か?」

「どうしても、って訳じゃありませんね。さっき碧血のカナヤマさんとちょっと話したんですが、あの感じじゃこういう酒を仕入れるのにも苦労してるんじゃないかと邪推したんです」

「……わかった」

 

 ショットグラスを持ち上げ、マスターはまずその香りをゆっくりとたしかめた。

 それから舐めるようにほんの少しだけショットグラスを傾け、ほうっと溜め息を漏らす。

 

「どうです?」

「戦前の洋酒の中でも、間違いなく極上品だな」

「それはよかった」

「手持ちはどのくらいあるんだ?」

 

 100本でも200本でも。

 

 そんな事を言えば警戒されるだけなので、10本だけカウンターに出す。

 

「このくらいですね」

「封も切っていない完品か。相場は1本50円だが」

 

 げえっ!?

 

 思わずそう叫びかける。

 最上級の部屋が1泊20円、6人の宴会代が30円。

 なのに1本50円もするとは。

 

「相場でいいですよ。電脳少年に溜め込んでたって嵩張るだけですし」

「ありがたい。すぐに金を出すから少し待っててくれ」

「ええ」

「それと、戦前の酒類と食料品。特に調味料を手に入れたらウチに卸してくれないか? 決して損はさせない」

「了解です」

 

 満足気に頷いたマスターがカウンターの奥にある金庫にカギを差し込む。

 

 俺の前に置かれたのは、戦前の500円紙幣だ。

 貨幣の最小単位が『銭』であるこの世界に、見慣れた500円硬貨なんてあるはずもない。

 

 礼を言って札をピップボーイに入れて立ち上がる。

 

「おい。この味見用のは代金に入れてないぞ」

「差し上げますよ。マスターには、これからもお世話になりそうなんで」

「……ったく。世渡りの巧い山師もいたもんだ。商人にでもなった方がいいんじゃないか?」

「手足の1本でもなくなってからなら、考えてもいいかな。それじゃ」

「ああ。店に持ち込む品の良さは、山師の腕に直結する。これからも贔屓にしてくれ」

「もちろんです」

 

 よしよし。

 ほんのわずかばかりだろうが、商人ギルドの議員で、小規模ながら冒険者ギルドの真似事もしているマスターとこれで縁が結べたか。

 

「あいかわらずっすねえ、アキラは」

「ちょっとアキラっち。勝手にどっか行かないでくれるぅ? ジャズが聞こえないんですけどぉ」

「いってらって言ってたのはオマエだろうに」

 

 


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