「うー。おふぁよー……」
「やっぱ見事に二日酔いかよ、くーちゃん」
「ちょっとねえ」
「とっとと朝メシ食っちまえ。ヤマト達は食い終わって、もうタイチの授業を受けてんだぞ」
「あーい」
まだ夜も明けていないのに、梁山泊の酒場スペースには30人ほどの山師と思われる連中の姿がある。
この山師達は夜明けと同時に旧市街の外周へ散るようにして狩りへ出かけ、その獲物の肉や皮を売って生計を立てているのだそうだ。
俺達のように狩りより探索がメインで、収入源が戦前の物資を売った金になる山師は珍しく、そういう山師は一流と呼ばれるらしい。
普通の山師は、フェラル・グールのような倒しても実入りの少ないクリーチャーのいない道を選んで進む。
戦前の都市部ではそうしても悪党の根城に行く手を阻まれるらしいが、郊外に向かうのならばなんとか金になる獲物を探しながら狩りができるとの事だ。
この浜松の街の直近はことごとく、小さな民家までもが漁られ尽くしている。
探せば昨日のヤマト達が見つけたようなビルや民家もあるのだろうが、そんな手間をかけるのなら俺達は浜松の街から少し離れて、まるでクリーチャーが守っているような地区を漁る方が効率がいいだろう。
「アキラ」
「おう」
「まずショートハンティングライフルとノーマルサブマシンガン、それとなるべく軽いショットガンをくださいっす」
「あいよ」
まずパイプ系で銃に慣れさせるんじゃないかと思っていたが、タイチは最初から3人にそれなりの武器を使わせる事にしたらしい。
他のテーブル席からの視線を感じながら、見せつけるように3丁の銃を出す。
これくらいなら、レベルカンストを疑われはしないだろう。
まあ電脳少年のアイテムインベントリの仕様を知っている山師などそうはいないだろうが、もしそれが1人でもいて、俺達の実力がかなりのものだと吹聴してくれたらラッキーだ。
ピップボーイは隠さず、車両の運用とVATSとクラフトは封印。
それが出発前に男連中で話し合って決めた浜松の街でのスタンスだが、若干の方向修正は俺とタイチの裁量でさせてもらうと言ってある。
ヤマト達を利用するようで悪いが、ここは実利があるからガマンしてもらって、俺達が商人ギルドに一目置かれるために目立ってもらおう。
通常時はタイチが、休みの日はクニオが3人と行動を共にして護衛をするので、銃が目当ての山師達に絡まれたってどうにかなるはずだ。
「ごちそうさまでしたー。ふぁあぁ、まだ眠いようー」
「昨日まで気ままなソロ暮らしだったんだもんなあ。あんまりにもキツイなら、昼くれえから合流する形でもいいんだぞ?」
「へーき。そろそろソロに限界を感じてたし、ヤマトっち達の面倒は姉貴分のくーちゃんが見なくっちゃ」
「姉貴分、ねえ。まさかとは思うが昨夜、3人に手を出したりは……」
「しないって。くーちゃんは痴女じゃないんだからっ」
「そもそも女じゃねえからな」
「うっさい。いいから行くよっ!」
「へいへい」
梁山泊を出て、まずは高級アパートである戦前のビジネスホテルを目指す。
その手前にある出入り口を抜け、今日は六間通りという広い道を東にある川に向かって歩く予定だ。
市役所前の大きな通りの方が赤線地区へ向かう近道なのだが、やはりと言うべきかフェラル・グールが多すぎるので、まず川沿いでヤマト達の訓練となる。
「なんだ、9式。もしかしてパーティーを組んだのかよ?」
「まーね」
「へえっ。まさかロクヨンを袖にして新顔と組むとはなあ」
「お堅いパーティーは嫌いなのっ。まっ、アッチの方は硬くなきゃ困るけどねー」
夜も明け切っていないのにド下ネタ。
しかも、ライフルを担いだ見張り達はそれで爆笑してるし。
大丈夫か浜松の街。
「兄さん、俺達のアイドルと弟分を頼んだぜ」
「弟分?」
「俺も孤児だからなあ。体を売りたくねえ成人前の女の子達はスワコさんの店の2階の作業場で働かせてもらってるが、男の子達はキツイ農業や力仕事をするか山師になるしかねえ。たまにメシでも奢ってやるくらいしかできねえが、これでもこの3人をそれなりに気にかけてんだよ」
「なるほどね。……誓って見捨てたり、囮にして俺達だけ逃げたりはしねえ。それでいいかい?」
ライフルを担いだ男の視線が、俺を射抜く。
どうやらバカ話と雑談を装いながら、見るからに流れ者の俺とタイチの品定めをしていたらしい。
「もちろんだ。電脳少年持ちの山師なんて、ここいらじゃもう見かけねえからな。期待してるよ」
「ああ」
やはり、どこにでも優しさを持ち得ている連中はいるものだ。
どれだけ気にかけられていてもその優しさじゃ腹は満たされないが、いつか水やメシを好きなだけ腹に詰め込めるようになった時、こんな優しさがこの3人の、心ってやつを満たしてくれるのかもしれない。
そうだといいなと思いながら歩いていると夜が明け始め、右折すれば六間通りとなる交差点に到着。同時に、その四車線道路のだいぶ先までが見通せるくらいの明るさになっていた。
「どう? 適度に店やビルが少ないでしょ?」
「ホントだなあ」
昨夜あの個室でタイチと地図を眺めながら飲んでいるとクニオがやって来て、そういう事ならばこの道から川沿いに出てそれを下るのがいいとアドバイスを受けてこのルートを選んだ。
その判断は間違いではなかったらしい。
「アキラ、ストップっす」
「おう」
「順番にハンティングライフルのスコープで先を見るっす。ただ、間違ってもトリガーに指をかけちゃダメっすよ?」
はいという元気のよい返事が3つ重なる。
まずはタイチの授業のようなのでタバコを咥え、クニオとライターの火を分け合った。
「屍鬼が3匹ですね、タイチ先生」
「そうっす。でもフェラル・グール、屍鬼は車の残骸の下なんかに隠れてる事がよくあるっすからね。その点には注意しとくっすよ」
「はいっ」
「アキラ、あれだけはもらってもいいっすか?」
「いいぞ。好きにしろ」
「ありがたいっす。まずは、このショートハンティングライフルでも狙撃が充分に可能だって事を教えておきたいっすから」
「さすがだぜ、教官殿」
タイチが1歩だけ前に出たので、横に退いて周囲をVATSで索敵する。
「こんな離れた距離から……」
「銃は、そのためにこそあるんっすよ」
フェラル・グールまでの距離は、200メートルを切っているだろう。
それでも銃に馴染みのないヤマト達からすれば、驚きの射程距離であるのか。
銃声が夜の明け切っていない空に昇ってゆく。
2発、3発。
1匹くらいは残して誰かに止めを刺させるのかと思ったが、そうはしないようだ。
まだHPバーが見える距離ではないが、3匹のフェラル・グールは残らず即死しただろう。
「やるねえ、タイチっち」
「俺の弟ならこんくれえはな」
「はいはい。次は剝ぎ取りを教えるっすから、アキラは手を出しちゃダメっすよ」
「へーい」
映画やアニメでよく見るタイプのべちゃべちゃな腐肉ゾンビでこそないが、フェラル・グールだってクリーチャーで、しかもその体にはハンティングライフルで大きな傷口ができている。
普通の人間ならば、その死体のポケットなんて漁りたいとはまず思わないだろう。
それでもヤマト達は泣き言なんて漏らさず、全員が1匹ずつの剝ぎ取りを終えて見せた。
「OKっす。次は中距離戦闘を見せてあげてくださいっす」
「くーちゃんの出番だねっ♪」
「俺はよ?」
「アキラはその次に2丁拳銃を」
「はいよ」
どうせならリッパーかスタン効果を付けたセキュリティ・バトンとデリバラーの二刀流でも見せてやりたいが、俺は平和な世界の剣道すら授業で基本を教わった程度なのだから、恥を掻くのが嫌ならばデリバラー2丁でいいだろう。
「いたいた。タイチっち、中距離ってどんくらい?」
「できれば75から50メートルくらいでお願いっす」
「心得たー♪」
ズカズカと六間通りを歩くクニオは、2匹のフェラル・グールまで50メートルという距離でようやく足を止めた。
UZIに似ているが、それよりもガンダムで陸戦型のジムなんかが持っていそうな、特徴的なサブマシンガン。
「どっちか片方は連射で倒して欲しいっす」
「あいあい~♪」
タタタッ、タンッ
そんなリズムで銃声が鳴る。
指切りの3連射で倒し切れないのを見て、すかさず単発射撃。
セレクターを切り替えた様子はなかった。
そしてまた銃声。
攻撃を受けてこちらに駆け寄ろうとしたフェラル・グールの片脚が銃撃で千切れ、アスファルトに崩れ落ちた頭部に止めの連射が突き刺さる。
いい腕じゃないか。
「やるねえ」
「こんくらいはねー」
「リロードしていいぞ」
「ありがと」
クニオがリロードを終え、銃から抜いた方のマガジンにウェストバッグから出した銃弾を詰めても、タイチの授業はまだ続いていた。
この様子なら次の俺の番は、デリバラーでなく軽めのコンバットショットガンを見せた方がいいのかもしれない。
「お待たせっす」
サブマシンガンの有用性とそのデメリットを語り終えたタイチがそう言って歩き出す。
俺とクニオが並び、ヤマト達3人を挟むようにタイチが最後尾。
人数が少ないのもあって全員で会話できるほどの距離なので、ヤマト達の質問とそれに答えるタイチの授業はいいヒマ潰しだ。
クニオが倒したフェラル・グールがいたのは戦前の大病院の通用口だったらしく、その前を通り抜けると『遠州病院』というロケーションを発見したとピップボーイの視覚補助システムに文字が浮かぶ。
かなり大きなビルなので是非とも中を漁りたいが、素人同然のヤマト達を連れてそんな場所に踏み込むような真似はできない。
素直に諦めて六間通りを直進する。
次にクリーチャーの姿が見えたのは、目指す川の手前にある大学跡地のさらに手前。大きな食堂のような店の駐車場だった。
てくてくと歩き、立ち止まって周囲をキョロキョロと見回す、幼稚園児くらいの体躯をした両生類と爬虫類、どちらなのかわからないクリーチャー。
「おいおい、マジかよ……」
「やっぱこの辺りまで来ると、ゲコトカゲがかなりいるんだねえ。芸大の隣は公園と小学校で、土と緑が多い。しかもその先には馬込川だから、繁殖地になってるのかも」
ゲコトカゲ。
初めて聞く名前だが、遠目から見ても俺にはわかる。
あれはフォールアウトNVに登場したクリーチャー、『ゲッコー』だ。
つい先日磐田のトンネルでさんざん倒したアントと同じなら、火を吐く上位個体もいるのだろう。
「まさか日本にもいるとはなあ」
「川とか沼の近くには多いよ。海に近い街の名物がマイアラークなら、川が近い街じゃゲコトカゲって感じ。梁山泊でもトカゲステーキは人気メニューだし、肉は持てるだけ持って帰ろーね♪」
なるほど。
小舟の里がある浜名湖は海に繋がる汽水湖なのでマイアラークが多いが、普通の湖ならばゲッコーが多いのか。
もしかすると内陸部の湖なんかには、群れで暮らして遠距離攻撃までして来る厄介なクリーチャー、レイクルークなんかもいるのかもしれない。
ゲッコーの数は3。
見えているだけでだ。
「すばしっこいんだよなあ、あれ」
「オイラとくーちゃんも加勢するっすか?」
「冗談だろ。それより、ショットガンじゃなくハンドガンで倒していいのかよ?」
「はいっす。ショットガンは、スワコさんが使うのを何度か見てるそうなんで」
「あいよ。そんじゃ俺の腕もしっかり見とけ、駆け出し。兄より優れた弟など存在しねえんだ」
前に出る。
その足は止めなかった。
俺はAGIツリーのPerk、GUNSLINGERでハンドガンの射程が伸びているが、ヤマト達はそうではない。
どうせハンドガンの戦闘を教材にするなら、なるべく接近してから撃つべきだろう。