おうと返して六間通りに戻り、少し先に見えている交差点へ足を向ける。
交差点の真ん中で錆びて傾く信号機の下には掠れた、『文化芸大前』という文字が見える標識。
昨日飲みながら地図で見たのだが、その大学の裏手には小学校もあったので、獲物には困らないはず。
ここまでの道にフェラル・グールとゲッコーまでいたし、食堂の店内も手を付けられていなかったのだから、その大学はまだ山師連中に荒らされてはいないのだろう。
「漁り甲斐があるだろうなあ」
文化芸術大学だから専門的な設備には期待できないが、一般的な機械類や、いくらでもあると思われる書籍なんかはセイちゃんやカナタにとっては宝の山だ。
いつか漁ってやろうと心に決め、交差点から右を覗き込む。
「ビンゴ」
六間通りにフェラル・グールが見えなかったので予想した通り、右折したすぐ先に大学の入り口があった。
その前には、6匹ほどのフェラル・グール。
振り返って右を指差し、指で6と伝える仕草をタイチ達に見せる。
OK。
それと頷き。
その仕草を見て、右手にぶら下げたままのデリバラーを持ち上げた。
VATSは使わず、先頭にいるフェラル・グールの右腕を狙う。
銃声。
銃を使う事にも慣れたのか、1発でその腕が千切れ飛ぶ。
「よっし。着いて来な、教材」
後ろを振り返りながら、小走りで来た道を戻る。
「射撃準備」
はいっ! という声が3つ重なったので、走る足を速めた。
アスファルトに置いたリュックの前に出て並んだヤマト達。
そしてそれを守るように立つタイチとクニオ。
その後方に駆け込み、後方と左右をVATSで索敵する。
「後方と左右はクリア。正面に集中してていいぞ」
「ありがとうっす。まずは、ハンティングライフルのミライ」
「はいっ!」
「……撃てっ」
「うおおおっ!」
銃声。
どうやら初撃は命中しなかったらしく、ミライの舌打ちが聞こえた。
それにボルトを操作する音と、排莢された薬莢がアスファルトを叩く小さな音が続く。
「狙撃手には、気合いの声も焦りもいらないっす。必要なのは、それと真逆の冷静さだけっすよ」
「っ、すいません」
「わかればいいっす。次、ノゾ。撃てっ」
「了解ッ!」
まだ指切り射撃、タップ撃ちを教えられていないのか、ノゾのサブマシンガンの銃声が途切れる事なく上がった。
当然、そんな撃ち方をすればマガジンはすぐに空になってしまう。
「た、弾がッ!」
「サブマシンガンはそういう武器っす。慌てずリロード。ミライ、ヤマト、撃てっ」
「はいっ!」
「ミライ、ぼくは右からっ!」
初射撃、初戦闘でテンパったがゆえの掃射だったようだが、それでもノゾのサブマシンガンは3匹のフェラル・グールを倒すのに成功していた。
残りは3匹。
2発。
重いのと軽いの、2つの銃声。
一番左のフェラル・グールがよろけるのと、一番右のフェラル・グールがアスファルトに膝を付いたのはほぼ同時だった。
「ミライは左にトドメを!」
「わかった!」
ミライのハンティングライフルはフェラル・グールの胴体に命中し、そのHPの半分以上を削っている。
次も当たりさえすれば、問題なく左は倒し切れるだろう。
「初撃ちの単発射撃で、フェラルの足を撃ち抜くかよ。とんでもねえな、ヤマトのセンスは」
タイチはこちらも見ずに頷いただけだが、クニオは振り返るようにしていい笑顔を俺に向ける。
弟分をちょっと褒められただけで満面の笑みとは。
この様子じゃ俺達と別れても、クニオはヤマト達とパーティーを組んだまま行動してくれそうだ。
ハンティングライフルの銃声。
一番左のフェラル・グールが吹っ飛ぶ。
ホクブ機関拳銃の銃声は、俺とクニオがそうしたように、タタタッと鳴った。
真ん中のフェラル・グールの胸からわずかばかりの血がしぶき、それを追うように干からびた身体がアスファルトに崩れ落ちてゆく。
やはり、いい腕だ。
とても初めて銃を撃つとは思えない。
それにタイチが説明したのだとは思うが、こうも冷静にセレクターのタとレ、フルオートとセミオートを
使い分けて見せるとは。
2匹のフェラル・グールが倒れたが、それでも一番右の、最後の1匹はアスファルトを這いながらこちらを目指す。
「ミライ、ぼくにやらせて」
「お、おう。珍しいな。ヤマトがそういう事を進んでやるのって」
「ぼくは、強くなりたいから」
「……そっか。ガンバレ」
「うん」
ヤマトがホクブ機関拳銃を持ち上げ、両手を伸ばしてフェラル・グールに銃口を向ける。
「さよなら。ぼく達のご先祖様だったかもしれない誰か。成仏、してください」
タンッ、タンッ、タンッ
そんな単発射撃の銃声が朝空に響くと、長く息を吐く音が3つ聞こえた。
「ミライ」
「は、はい」
「初弾こそ外したっすけど、その後はよく当てたっすね」
「あっ、ありがとうございます!」
「ノゾ」
「はいっ」
「焦り過ぎは褒められたもんじゃないっすけど、よくもあそこまで跳ね上がる銃口を押さえ込んで3匹も倒したっすね。さすがは力自慢っす」
「ありがとうございます!」
「そしてヤマト」
「はい」
タイチがヤマトに向き直る。
「戦う。戦って戦って、いつかは死んでゆくだけの人生。本当にそんなのを自分の生き方とするつもりがあるなら、オイラ達に着いて来るといいっす」
「おい、タイチ」
こんなガキに、そんな選択をさせるんじゃねえ。
そう俺が言う前に、ヤマトは力強く頷いた。
それを見たタイチがニヤリと笑う。
「ま、誰かさんは簡単に死なせてくれないっすけどね。それどころか、眩しすぎる夢をこっちが恥ずかしくなるような真顔で語って、もしそうなるんなら死にたくないなあって思わせてくれたりもするっす」
「……夢、ですか」
「そうっすよ。夢。誰もが笑ってムリに決まってると言い切るような、そんな途方もない夢っす」
語ってねえし。
「いつか。いつかミライが料理人になる修行を、ノゾが商人になる修行をする事になったら。そしたら、ぼくは」
「ヤマト……」
「お、俺は別に商人になんてなれなくってもいいぞ! 山師でもいいじゃんか、ヤマトとミライと3人でさ。ずうっと、今までみたいにっ!」
「まあ、そんな話は夜に梁山泊の部屋ででもしてくださいっす。まずはマガジンを交換。それから小休止して、また狩りっすよ」
3人の返事を聞きながら、人数分の弾とマガジンときれいな水のボトルを出して路上に並べてゆく。
タイチとクニオには、水のボトルに封を切っていないタバコの箱も付けて渡した。
3人がマガジンの交換や、コッキング、セーフティのかけ方なんかをちゃんとできているか確認しているタイチを見ながら、クニオとライターの火を分け合う。
「……夢、ねえ」
「あんま気にすんなって。愚弟の戯言だ」
「冗談を言ってるようには見えなかったけど?」
「知るか」
「今はまだいいけどさ、いつかくーちゃんにも話してよね」
返事はしない。
いや、できるはずがないのだ。
俺が思い描く、いつの間にかこの胸に抱いてしまった分不相応な夢なんて、まだ誰にも話していないのだから。
俺とクニオが引っ張り役をして、迎撃を終えたら小休止。
それをしばらく続けていると時刻は午前8時30分を過ぎ、とりあえず浜松の街に戻ろうという事になった。
行きにフェラル・グールを片付けてある道なので、気楽な道行き。
「そう思ってた時期が俺にもありましたー」
「アキラ、右からも来てるっすよ!」
「あーもーうざーい。がっつく男ってマジキモーい」
「男じゃなくってフェラルだがなあっ」
「タイチ先生!」
「3人は固まって待機。銃の使用は不許可。誤射が怖いっすからね」
どんな行動原理なのか、遠州病院というロケーションのある交差点に入ると、行きに倒した数の3倍以上のフェラル・グールがいきなり襲いかかってきた。
こんな程度のラッシュで死んでやるつもりなど欠片もないが、数が数だけに、VATSなしで倒すとなるとかなりめんどくさい。
「ふうっ。ようやく終わったねえ」
「どうなってんだよ、浜松の旧市街……」
「これが賢者さんの言ってた、クリーチャーの縄張り意識なんっすかねえ」
「俺も101のアイツのノートは読んだが、ここまでだとは想像もしてなかったぞ。なんでこんな短時間で、フェラル・グールが獲物の多い交差点が空いた事に気づくんだよ?」
「オイラに言われたって知らないっすよ。でも、だからこそ旧市街の探索は手つかずのままなんっすね。納得したっす」
「ひっでえ仕様だな。クソゲーじゃねえか」
そんなこんなで行きよりだいぶ苦労して戦前のビジネスホテルと、だだっ広い駐車場の跡地に粗末な民家や、ちょっとした商店が立ち並ぶ居住地区の間にある浜松の街の入り口に辿り着く。
そしてバリケードの外周である戦前の歩道を通って、小学校を右手に見ながら市役所の駐車場跡地にある商店街へ。
「あれれっ。みなさん早いねー。うちはちょうど今から開店だよっ」
「おはよー、コウメっち。スワコさんもう下りて来てるー?」
「うんっ。どうぞー」
あいかわらず腰に拳銃を装備しているコウメちゃんが開けてくれたドアを抜けると、カウンターで帳簿か何かを眺めていたスワコさんが咥えタバコでうんざりしたような顔を上げた。
それだけでなく、その隣には見知った、見慣れ過ぎた顔も見える。
「なんだ、ミサキもいたのかよ」
「う、うん」
「そっか。…………って、はぁっ!?」
「な、なんでミサキちゃんがいるんっすかあっ!?」
長い黒髪。
テレビでパンツを見せながら踊るアイドル顔負けの整った美貌。
ミニスカートのセーラー服の上から装備された、各種レジェンダリー防具。
ポストアポカリプス世界を描いたマンガのヒロインにしか見えない美少女が、申し訳なさそうに俺を見て整った眉をハの字にしている。
間違いない。
これはミサキだ。
「ええっとね」
「コウメ、とりあえず開店は後回しにするよ。入り口はどっちも施錠しちまいな」
「はーいっ」
「話は2階でしようじゃないか。ちょうど住み込みの女の子達が作業場で仕事を始めたから、食堂が空いてる」
「い、いや。それどころじゃなくってですね!? どうやってミサキがここに来たとか、他の連中はどうしたとか、今すぐに確認しねえとっ!」
「だから、そういう話は上でしろって言ってるんだよ。ほら、こっちだ」
「ううっ。なんかゴメンねえ、アキラ」
ゴメンと言われても。
とりあえずここはスワコさんの店で、そこに俺達が迷惑をかけたせいで開店時間まで遅らせようとしているらしい。
それなのにここでギャーギャーわめいていたらさらに迷惑をかけるだけなので、おとなしくスワコさんに続いて全員で木製の階段を上がった。
通されたのはそれほど広くはないが、20人ほどが並んで座って食事をするための食堂であるらしい。
「とりあえず座って、それからまずミサキが事情を説明しな」
「はぁい。ごめんね、スワコさん。初対面でいきなりこんな迷惑かけちゃって」
「いいって事さ。ミサキがカナタの妹なら、アタシの妹でもあるんだからね」
「ありがと」
全員が席に着くと、ミサキはまず自己紹介を始めた。
「4人もお嫁さんがいるとか。アキラっち種馬ー」
「そ、それより小舟の里の基地に特殊部隊って。アキラさんとタイチ先生は、まさかそこの……」
「オイラが隊長。アキラは基地を作った変態で特殊部隊の創設者で、最上級の武器で武装した18人の特殊部隊より強力な、小舟の里の最大戦力っすよ。いつかは打ち明けるつもりだったっすけど、まさかパーティーを組んだ初日に、それもこんな形で話す事になるとは思わなかったっす」
「タイチ君、ごめんって」
「いやいや。怒ってないっすから」
「いいからなんでミサキがここにいるか、どうやってここに来たかをまず話せ。話はそっからだろうがよ」
「わ、わかってるって。そんな怒んないでよぅ」
「んで?」
「えっとね、ファストトラベル? ってので来ちゃった。あはは」