私、異世界で聖女(アイドル)やっちゃいます!   作:もにゃこう

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その3

 夕暮れの展望台。

 そこへと至る階段を、こがれは駆け上っていく。

……そう書くといかにも颯爽としていそうだが、実際のところは──

 

 はひはひ、もたもた。

 

──すっかり顎も上がって、見事なくらいの苦悶の表情。お世辞にも運動が出来そうな者の動きじゃない。

 しかし、それでも根性で一気に階段を駆け抜けたこがれは、上りきったところで膝に手をつき大きく肩を上下させて荒い呼吸を繰り返す。

 

「や、やっぱり運動不足かな? なんか、前より体が重くなった気がする」

 

 汗で額に張り付いた前髪をかきあげながら、こがれは「むぅ」と小さく唸る。

 もしかして、ちょっぴり太った? ──そんな懸念がむくっと顔をもたげたが、こがれはそれを両手で突き飛ばして全力で目を逸らしておいた。

 

 息が整うのを待ってから。

 こがれは展望台の柵がある方へとゆっくり歩を進めていく。

 展望台、とは言っても実際は町を見下ろす小さな山の上に作られた公園みたいなものだ。

 空いてたスペースに何となく作ってみたテイストに溢れた場所で、しかもこのバリアフリー全盛の時代において、こがれも上ってきた『お年寄り殺し』の異名を持つ急階段をクリアーしないと辿り着くことすらできないときてる。

 そんなだから葦柄町に住む人々からの認知度は異様に低く、まさに知る人ぞ知るマイナースポットと化していた。

 

 そして、こがれは葦柄町でも超少数派にカテゴライズされるその『知る人』であり、ここがお気に入りの場所だと言う奇特な女の子だったのである。

 

「やー、絶景かな絶景かな」

 

 展望台の縁にずらりと並んだ転落防止用の柵のところまでやってきたこがれは、それに両手を置いて眼下の風景に小さな笑顔を浮かべる。

 夕暮れに染まる葦柄の町並み。

 思えば上京したこがれが初めてこの町にやって来た時も、ここからこうして町を眺めていた。

 

「あの時は、ふふ……展望台って言うから、もっと違うのを想像してたんだけど」

 

 駅員さんに聞いた道を辿ってここに着いた時、こがれは正直なとこ大いに拍子抜けした。いや「こんな寂しい場所なのか」と、がっかりしたと言ってもいい。

 

 でも、眼下の夕暮れに染まった町並みを眺めた時、そんな思いはいっぺんにどこかへ消え去ってしまったのである。

 故郷を離れて新しい町でひとりで生活していく事や、何よりもアイドルとして活動していく事への茫漠とした不安。

 

 そう言ったものが、すこしだけ和らいだ様な感じがした。

 

 それからというもの、ここはこがれにとってお気に入りの場所となったのだ。

 人がいないので歌や振り付けの練習なんかも気兼ねなくできたし、仕事で失敗した時はここでとことん盛大に落ち込んだりもした。

 

 そして、何よりも。

 

 ここから眼下の町へと向けて歌っていると、みんなが自分の歌を聞いてくれている様な気がして心が華やいだ。

 

 一生懸命に頑張っていれば、どうにかなるかもしれない。

 

 歌っている内に湧き上がってくるそんな根拠不明の明るい気持ちが、こがれにとっては先の見えない明日への慰めになったのである。

 

「……まぁ、結局のとこはどうにもならなかったわけだけど」

 

 自嘲気味なふにゃっとした笑みで、こがれは口の端っこを歪めた。

 アパートから掴んできたCDのジャケットを見下ろす。

 

 あの時、こがれの心の中に湧き上がってきたモノ。

 

 果たしてそれが哀しみだったのか苛立ちだったのか、もしくはその両方であったのか。

 それは彼女自身にも判別のつかない感情だった。

 だが、あのままじっとしていられなかった事だけは確かだった。

 

 アイドルだった自分。

 誰かの為に歌い続けてきた自分。

 

 だが、その結果はこうである。

 お前の歌は要らない──そう言われた様な気がした。

 

「……っ!」

 

 きゅっと眉根を寄せて、こがれはCDを持つ手を勢い良く振り上げる。

 このままアイドルだった自分とはきっぱり別れを告げて、普通の女の子に戻ればいい。

 どうせこのまま歌い続けても、自分の歌を聞いてくれる人なんてどこにもいないのだから。

 心の中でそう叫びながら……しかし、何時までも、その震える手がCDを放り投げる事はなかった。

 

「……たはは。自分の気持ちにウソはつけないよ……やっぱり」

 

 弱々しい笑みを零しながら、こがれは振り上げた手をゆっくりと下ろす。

 どんなに上から塗りつぶそうとしても覆い隠せない、胸の内で燃える想いが今にも溢れ出しそうだった。

 

 たとえ、今は聞いてくれる相手がいないとしても。

 

 こがれは柵から手を離すとその場に真っ直ぐ立ち、深く瞳を閉じて小さくリズムを取り始めた。

 

 そして、かすかな声で詞を紡ぎ始める。

 

 徐々に力強く、徐々にはっきりと。

 精彩を帯び始めた声はメロディーとなり、メロディーは詞に魂を吹き込み『歌』となる。

 

 それは、何百回と言わず歌ってきたこがれのデビュー曲。

 色々な人達と一緒に作りだした自分だけの歌。

 こがれにとっての『はじまりの歌』だ。

 そう、決してこれで終わりなわけじゃない。

 終わりにしてはいけない。

 

 そう強く自分に言い聞かせる様に、こがれは透き通る歌声を夕暮れの空へと向けて解き放つ。

 たとえ、今は聞いてくれる相手がいないとしても……だ。

 いつかどこかの誰かに自分の歌が届けばいい。

 

…………届いて欲しい。

 

 深く閉じられたこがれの瞼の端に浮かぶ、小さな滴。

 

──突然。

 まるでその涙の滴を拭い去る様に、ごうと唸る様な強い風がこがれの体を吹き抜けていく。

 

 いや……吹き始めたのだ。

 

「きゃっ!?」

 

 その風の強さにこがれは歌うのを止めさせられ、思わずその場にしゃがみこむ。

 しばしそのままの姿勢で風が止むのを待つが、いっこうにその気配がない。

 

 まるでいきなり台風の中に蹴り出されたかのようだった。

 気がつけば周囲もずいぶんと暗くなったような気がする。

 

「な、なんで。あんなに天気は良かったのに──」

 

 柵を掴んだまま顔を上げるこがれ。

 そこで彼女の目は、文字通り丸くなった。

 

「な、なんなの……アレ……」

 

 夕暮れ空は一体どこに消えてしまったのか。

 いつの間にか墨を溶かしたような分厚い黒雲が空を覆いつくしている。

 しかし、それよりも何よりも。

 こがれの度肝をぶち抜いたのは、彼女の眼前にあったモノだった。

 

 柵のある辺りから5メートルほど離れた宙に浮かぶ、大きな光の円。

 それは誇張でも比喩表現でも何でもなく、正真正銘、空間に直接刻みつけられたかのようにその姿を晒していたのである。

 

 円の内部は見た事もない文字と図形が微細で複雑な紋様を描き、それがこがれの目の前で蠢く様に次から次へ刻々と紋様の形を変化させていく。

 それを何かに例えるなら『魔法陣』と言うのが一番しっくりくるだろうか。

 雑誌の占いページに載っていたデザインをこがれは思い出していた。もっとも、それの数百倍くらいは目の前の魔法陣の方が複雑怪奇だったが。

 

『──……よ』

 

「へ?」

 

 そんな魔法陣の前で座り込んだままに呆けていたこがれだったが、誰かに呼ばれた様な気がして辺りを見回した。

 しかし、展望台には他に人影はない。

……と言うよりも、眼下の町並みからすら人の気配が失せてしまった様な気さえする。これだけ不可解な現象が起きているのだから、騒ぐ人々が出てきてもおかしくないだろうに。

 

 きょろきょろと不安げに首を動かすこがれ。

 そんな彼女を他所に、今度は確かにはっきりと重々しい声が響く。

 

『今、再び……』

 

 声は、目の前の魔法陣から響いてきているようだった。

 その声と一緒に、こがれは硝子が細かにひび割れていく様な音を耳にする。

 見れば魔法陣の表面を微細な亀裂が覆っていくところであった。

 ひびの隙間から、真っ白な光が溢れ出している。

 

『三千世界の果てより古き盟約に従い……我、御招聘を申し上げる』

 

「え? って……ちょ、やだっ!?」

 

 魔法陣の全てがひびに覆われ、まるで内側から押されている様に膨れ上がり──無数の光の欠片となって破裂。

 空間に大きな風穴を残し、風に乗ったその光の欠片がこがれに向かって飛んでくる。

 こがれは慌てて顔の前に手をかざす。だが、その破片が彼女を傷つける事はなかった。

 

 まるで時が止まったかのように。

 おそるおそるこがれが目を開いてみると、光の欠片は彼女の周囲でぴたりと静止しているようであった。

 

 そして、それが合図だったかのように、それまでとは風の向きが突然にして逆に変わる。

 向かい風は追い風に。

 魔法陣の跡に出来た穴へと吸い込まれていきながら、こがれの周囲の風は鳴動し大きく逆巻いた。

 

──ふわり。

 

 こがれの華奢な体が、光の欠片と共に舞い上がる。

 

「あ、うそ!? ちょ、ちょっと待って──」

 

 宙でじたばたもがくこがれの労苦も虚しく、その体は渦巻く風と共に穴の中へと吸い込まれていき──

 

『聖女よ、我々は貴女の帰還を歓迎する』

 

 その声だけが最後に残り。

 次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように葦柄町は普段の平穏な姿を取り戻していた。

 

◇◇◇◇

 暗転。

 しばしの浮遊感。

 そして──

 

「──ぃぃぃぃぃいいいいいいいやああああああああ!!!!」

 

 迸る悲鳴すらも置き去りにして。

 

 こがれの体は地上に向かって、解き放たれた弾丸の様にかっ飛んでいく。

 スカイダイビングって実際にやるとどんな感じなんだろう?

 そんな、こがれが抱いていたささやかな疑問はダイナミックに解消された。

 しかもこっちはNOパラシュートときてる。最悪だった。

 

──空に放り出された。

 

 その時のこがれが脳内に刹那的に抱いた印象はそんなものだった。

 魔法陣に吸い込まれ、闇の中を上も下もなくグルグルと漂うこと、しばし。目の前に光が見えてきた──と、思ったらコレである。

 こがれがパニックになるのは当然の事だった。

 

 想像してみてほしい、家から突然に目隠しで運び出され飛行機の上から問答無用で突き落とされる場面を。

 

 なんていうか、誰だってこうなるだろうって感じだ。

 むしろ気絶してないだけ立派なものだった。いや、この場合は気絶した方が怖い思いをしなくてすむ分、こがれとしては幸せだったかもしれないけど。

 

 それはともかく……もしその時のこがれに人間を遥かに凌駕する精神力とかがあったなら、その空の上から様々な異変に気づく事ができただろう。

 

 夕暮れ空だった筈なのに、彼女が落ちているのは雲ひとつない青空だった事。

 眼下に見える見渡す限りの緑が広がる大地は、明らかに関東のそれとは違っていた事。

……そして。

 彼女を中心にして、円を描く様に遠くを周る『翼の生えた大きなトカゲの様なモノ』の群れがあった事。

 

 無論『クイーン・オブ・普通娘』のこがれが、そんな人間を遥かに凌駕する精神力など持ち合わせているわけもない。

 それら一切合財に目をくれる余裕もなく、こがれは彼女の意思に全く関係なく地上へと向かっている。

 

「へるぷ……へるぷみーーーーーーー!」

 

 こがれの周囲にあった光の欠片がキラキラと、落ちていく彼女の軌跡を描く中。

 

 アイドル的にも女の子的にもちょっぴりアウトな顔をしたこがれの姿もその悲鳴も、すぐに大地の色に溶けるように消えてなくなっていくのだった。




【その3】投稿完了いたしました。
これにて第一話が終了となりますので、次回の第二話からこがれの異世界冒険譚が始まる……予定です。

あと警告タグの『ガールズラブ』を一旦外しました。
言うほどラブるのか判断に困りまして……ラブり加減が上がってきたら再度登録いたしたく。ご期待いただいた方がいましたら申し訳ないです。
そんなこんなですが、今後ともよろしくお願いします。
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