私、異世界で聖女(アイドル)やっちゃいます!   作:もにゃこう

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その3

 

「……ところで。こがれちゃんは、家事は得意な方だったりする?」

 

「え? えーっと、その、マメな方じゃありませんけど人並みくらいにはできると思いますよ」

 

「あらあらまぁまぁ、若いのに立派だわぁ。私、そっちの方はてんで苦手で……」

 

──そうじゃないかと思ってました。

 

 コロコロと乙女の様に笑うアディリスを見て、こがれはそんな言葉をグッと飲み込むと、苦笑いを浮かべでアディリスの笑い声に追従する

 そんなカミングアウトなくたって、この家の部屋のひとつひとつを見て行けば、最後までまわるまでもなくその答えに辿り着けるだろう。

 それくらいこの家は片付いてない。

 

 部屋へと案内される道すがらの事である。

 

「ついでに家の中も一通り見せておくわね」と言うアディリスの提案により、彼女の家の中を案内してもらったこがれ。

 そんな彼女を待っていたのはカオスの極致であった。

 とにかくもう、何もかもが出しっぱなしのどっ散らかしでゴチャゴチャなのだ。部屋には『応接間』だとか『寝室』だとか、その役割ごとに名前があるものだが、ここでは全てが等しく『物置き』という名前で呼べてしまう。『寝室』を例にとって言えば、そこは『物置きの様な寝室』ではなく『寝室の様な物置き』なのだ。

 ここが異世界だとして、もしかしてこの世界には『物を出したら元の場所に戻す』って言う概念は存在しないのか? と、普段はわりと物を出しっぱなしにしちゃうこがれですら奇妙な戦慄を覚えた程である。

 しかし、アディリスの反応を見るに異世界においてもこの状態は正常なものとは言えない様で、彼女もそれについては自覚があるらしい。もっとも『恥じらい』とか『反省』とか、そう言った自戒の段階は通り越してすでに『開き直り』の域に達しているようだったが。見た目がパーフェクト美人さんなアディリスだけに、このギャップの衝撃にはこがれでなくてもクラリと眩暈を感じておかしくない。

 

──これを片付けるとなると、何日必要になることか。

 

 もしくは『何週間』と言い換えてもいい。なんにしても気が遠くなることだけは確かだと、こがれは眉間に皺を寄せてぽりぽりと額をかく。

……別に『家に置く代わりに家事をしろ』と強制する様な事をアディリスは一言も口にしてないのだが、なんだかんだですでにヤル気になってる辺りはおっちょこちょいとお人好しのこがれらしいと言えば彼女らしい。

 しかし。こがれの笑顔を苦くしている要因については、部屋の惨状だけではない。

 

「それはそうとして。アレ……なんとかなりませんか?」

 

「アレ? ……あぁ」

 

 こがれは半眼になると、自分の後ろの方を指さしてアディリスへと訴える。こがれの指さす先……不思議そうな顔でそちらを見やったアディリスは、得心したと答える代わりに小さな嘆息を漏らす。

 

 こがれの指さす先。

 そこにあったのは不自然に開かれた部屋の扉と、その陰からピョロンと飛び出している緋色の髪と獣の様な耳。

 二人が見つめる中、その髪と耳の持ち主は扉の陰からこそりと顔を半分だけ覗かせた。

 

「…………………」

 

 無言のまま。

 燃える様に煌めく翠玉の瞳が、こがれをじっと見つめる。

──ラルカ・メルカ。

 こがれにとっては何かと強烈なインパクトと共に記憶に刻まれている女の子だ。インパクトってのは言う間でもなく、槍とか槍とか槍とかもしくは槍の事だ。

 

 こっそりと尾行でもしていたつもりだったのだろうか。

 こがれとアディリスの二人が自分に気づいている事を知ると、ハッとした様に目を丸くして。扉の陰から、今度は廊下に設えられた窓のカーテンにサッとくるまって身を隠す。……隠すと言っても『上半身隠して足隠さず』状態ではあったけれど。

 

「さっきからずっとあーやって後ろを付いてきてたみたいで……視線がビームみたいにこの辺りに当たりっぱなしで、何かもうムズムズしちゃって」

 

 そう言いながら、こがれは頭の後ろを手でさする。

 これでも元アイドルだった女の子、他人から向けられる視線には敏感だ。

 いつからあーしていたか定かではないが、少なくともアディリスと一緒に応接間を出た時くらいにはこがれもラルカの存在に気づいていた。

 気づいていたけどアディリスになかなか言い出せなかったのは、ラルカの視線から感じる圧力がかなりのモノだったからだ。漬物石でものっけられたかのようなそのプレッシャーは、おいそれと振り返るのもためらわれるほどだった。

 

「まぁ。ラルカも悪気があるわけじゃないんだけど、お客さんが来るとどうしても……ね? とはいえ、これからしばらくこがれちゃんと一緒に暮らすわけだし、ずっとアレでも困るのは確かね。──ラルカ・メルカ!」

 

 そう言って困った様な笑みを見せていたアディリスだったが、すぐに表情を引き締めて。

 カーテンにくるまってミノムシになっているラルカへと向けて声を上げる。

 その声に、カーテン・ミノムシがびくりと身を震わせた。

 

「しばらくここに泊まってもらう事になったこがれちゃんよ。出てきてご挨拶なさい!」

 

……いつもはどこかほわほわとしたお姉さんと言った風情のあるアディリスも、ラルカへと声をかける時はまるで彼女の母親の様な印象を纏う。

 アディリスの言葉にカーテンの隙間がゆっくりと開き、中からラルカの顔が覗く。

 ラルカのエメラルドの瞳は、まずアディリスの顔色を窺うように彼女の顔を上目づかいに

見上げた後、ゆるゆるとこがれへと移っていく。

 

「よろしくね、ラルカちゃん」

 

「!!」

 

 自分へと向けられる視線。こがれはラルカを怖がらせないように、努めて明るい笑顔を浮かべて挨拶を投げてみる。

 だが、それが彼女に受け止められる事はなかった。

 最初に出会った時のデジャヴュの様に。

 大きく身を震わせたラルカは廊下の窓を開け放つと、まるで解き放たれた矢の様に外へと飛び出していってしまう。

 

「あ……」

 

 そんなラルカを呼び止める暇も無く。こがれの投げた言葉だけが虚しく廊下に落ちて転がる。

 その一連の光景に、一際大きくアディリスが嘆息を吐いた。

 

「やれやれ……ごめんなさいね、こがれちゃん。もう少し時間が必要みたい」

 

「いえ、私は別に大丈夫なんですけど。ラルカちゃん、本当に大丈夫なんですか?」

 

 イモムシ事件の時にアディリスは「気にしなくていい」なんて事を言っていたが、こがれとしてはやはり気になるところだ。

 

「大丈夫……だと思うけど、今回はちょっと様子が違うみたいね。もちろん、こがれちゃんの事が嫌いだとかそういうことじゃないと思うの。私以上に熱心にあなたの事を看病してたのはラルカだったし……まぁ、夕飯までには帰ってくるでしょうし、その頃にはあの子も少しは落ち着いているでしょう」

 

「そうだといいんですけど……」

 

 微笑むアディリスに、苦笑を返しながら。

 こがれとしても理由も分からないまま嫌われるってのはかなりへこむ話だし、保護者のアディリスから嫌われてるわけじゃないと保証してもらっただけでも多少はホッとした気持ちになる。

 ただ、かといって全く気にならなくなるかと言えば、もちろんそんなことはない。

 すこし寂しげなこがれの表情に気付いたのか。

 気分を切り替えるように、明るい声を上げてアディリスがこがれの背を押すようにして歩き始める。

 

「……さて! ちょっと時間をとらせちゃったけど、もう部屋に案内しちゃうわね。こがれちゃんも夕飯までゆっくり休んでおいて?」

 

 

◇◇◇◇

 結局、こがれが案内されたのは最初に彼女が目を覚ました部屋だった。

 

 もともとここは客室として使われていた部屋で、こがれの看病の為にひさしぶりに開けたものの、それまでの数年は閉めっぱなしだった場所らしい。

 

──すこし埃っぽいかもしれないけど、ごめんなさいね。

 

 それは去り際に残していったアディリスの言葉だったが、散々っぱらこの家の『物置き』巡りをした後では少し埃っぽいくらいなんて事ないと思えてしまうから不思議だ。

 

「ぶはぁぁぁ……つかれたぁぁ」

 

 アディリスが去った後。

 こがれはベッドの上へとうつ伏せに倒れ込む。ふかふかのベッドに包み込まれる感触がとても心地よい。

 その状態でしばらくもぞもぞとベッドの上でうごめくこがれだったが、ごろりと体勢を変えて、部屋の窓の外に見える光景へと目を移す。

 

 そこに見えるのは、大きな森と蒼い空。

 

「ここって本当に異世界……なのかな?」

 

 自分がマレビトだとアディリスは言う。

 だがそれもあくまで彼女だけの言葉であり、こがれにとっては確証と呼べるものではない。

 そう……現状を含めて、全てがあやふやなのだ。

 このままでは『自分』というモノまで輪郭がぼやけて有耶無耶になってしまいそうな、そんな漠然とした恐ろしさがこがれの心の中にはあった。

 

「はあああああぁぁぁぁぁ……どうしよ」

 

 自分の中で渦巻いている不安を吐き出そうとするように大きなため息を吐き出しながら、枕へと顔を埋める。

……コトリ、と。

 窓の外から物音がしたのはそんな時だった。

 

「……?」

 

 緩慢な動きで少しだけ顔を動かし、目の端っこで窓の外を見やるこがれ。

 

「…………」

 

 緋色の髪と獣耳が、窓の外でぴょこぴょこと動いているのが見えた。

──なにしてるんだろう?

 そう思うこがれだったが、声をかけるのは控えておく。またびっくりさせて逃げ出されてもアレだし、なによりそのぴょこぴょこ動く姿がなんだか愛らしくてしばらく眺めておきたかったってのもある。

 

 こがれが気づいていることを知らないのか。

 窓枠の下からラルカの小さな手が伸びてくると、その窓縁に何かを並べている様子だった。

 ラルカのその作業は、時間にすればそう長いものではない。

 やがて何かを並べ終えた様子で、ラルカの緋色の髪と獣耳がぴょこぴょこと移動して見えなくなっていく。

 

「ラルカちゃん、なにを並べてたんだろ?」

 

 ベッドを降りると、こがれは窓の方へと歩いていく。

 そして、窓縁に並べられたものに目を丸くした。

 

「わぁ……」

 

 そこに並べられていたのは綺麗な白い花だった。

 つい今しがた摘んできたばかりなのだろう。どれもまだ瑞々しい姿を保っていた。

 

「もしかして、私の為に摘んできてくれたのかな?」

 

 こがれは窓を開けるとその花を一輪手に取って、ラルカの姿を探して外を見回す。

 すでに彼女の姿はそこになかったが、こがれの心の中にはじんわりとしたあたたかさが湧き出てくる。

 

「……うん。やっぱりお礼はちゃんと言わなきゃね」

 

 この部屋で目覚めてから今まで、初めて見せるこがれらしい明るい笑顔。

 そう思い立った次の瞬間には、一輪の白い花を手に、こがれは外へと向かう為に部屋を出ていた。




お気に入りが増える事に一喜一憂したり、評価していただく度に小躍りしたり、なかなか楽しい毎日を送らせていただいております今日この頃です。

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