私、異世界で聖女(アイドル)やっちゃいます! 作:もにゃこう
外に出るにしても、まずはアディリスに一言でも断りを入れておかなければ。
──そう考えたこがれは、彼女の姿を探して、また家の中にある『物置き』をひとつひとつ探訪する作業を開始する。
「……うーん、この家でかくれんぼしたらオニが泣き出すまで隠れてられそう」
初見ほどのインパクトこそないものの。
扉を開く度に目に飛び込んでくる光景に、こがれは半眼になるとボソリと呻く様に呟いた。実際、アディリスが何かの気まぐれで現在かくれんぼをしている状況だったら、探し出せる自信はこがれに無い。
「いやいや、それはどんな状況──……ん?」
あのにこにことした柔和な笑みを浮かべて一人でクローゼットに籠っているアディリス……そんな彼女の一人かくれんぼな姿を思い浮かべちゃった事にセルフでツッコミをいれるこがれ。あの匂いが、彼女の鼻先をくすぐったのはそんな時だ。
忘れもしない、ベリービターなかほり。
その匂いに、口の中で起きた大惨事の事を思い出して、こがれはきゅっと眉根をひそめる。だが、これほど手掛かりになる手掛かりもないだろう。
嫌々渋々。
その匂いを辿りながら家の中を歩いたこがれは、その先──『台所の様な物置き』でアディリスの姿を見つける事ができた。
エプロン姿に三角巾。分かりやすいくらいに『ザ・料理中』と言った格好をした彼女は、その格好を裏切る事なく料理中だったらしい。
◇◇◇◇
「──え? ラルカが花を?」
何かの生地の様な物を伸ばしていたアディリスが、のし棒を片手にこがれへと振り返る。
当然の様に鼻の先についた白い粉。それがお姉さんっぽい容姿の中にあって、見る者へのギャップとなってかなんだか可愛らしい。
……竈の上に置かれてくつくつと煮込まれてる鍋の中から、例の匂いが溢れ出してなければ──と、こがれには悔やまれてならない。
それはともかく。
そんな、鼻先白いアディリスへと向けて。
こがれは嬉しそうに、手に持っていた花を顔の辺りまでかかげて見せる。
「そうなんです。ほら、これ。多分、ラルカちゃんが私の為に摘んできてくれたのかなって」
「あらあらまぁまぁ。あのラルカがねぇ……これはいよいよもって珍しい事もあったものね」
本当に珍しいことなのだろう。
ちょっぴり目を丸くしながらも、アディリスはどこか嬉しそうに微笑みながら、しげしげとこがれの手にある花を色んな角度から見て回る。
「私、ちゃんとラルカちゃんにお礼が言いたくて……と、言うわけで。ちょっと外にラルカちゃんを探しに出かけてきても大丈夫ですか?」
「…………」
「あれ?」
急に微笑み顔のまま黙り込むアディリスに、こがれは思わず素っ頓狂な顔で声を上げる。てっきり間髪いれずに「あらあらまぁまぁ、行ってらっしゃ~い」と言うアディリスのほわほわリアクションがあるもんだと思っていただけに、この沈黙はこがれにもかなりの想定外だった。
そんな、きょとん顔でアディリスの顔を見つめ返すにこがれに、アディリスは微笑んだまま口を開いた。
「だーめ」
「え……ええっ!?」
アディリスから飛び出した言葉に、こがれは思わず目を丸くして後ずさりする。これこそ想定のアウトレンジ攻撃だ。
そんなこがれを尻目に。
アディリスは目の前に置かれた生地を、のし棒で伸ばす作業を再開する。
「ダメって言ったの。こがれちゃんの気持ちはラルカの保護者として嬉しいけど……外は危険なの。デンジャラスなの」
「危険って……そんな、家の周りをちょっと探してみるだけですから!」
普段はそれなりに聞き分けの良い事に定評のあるこがれだが、こればかりは納得いかないと言った表情でアディリスに食い下がった。
アディリスの言わんとすることはもちろん分かる。この家を遠巻きに囲むあの黒々とした森の中に入れば、何が出てくるか分かったもんじゃない。だけど、こがれだってそんなことは百も承知だ。この様子だと、ラルカはアディリスからきちんと外を出歩く許可をもらっているのだろう。という事は、あの小さな女の子はすくなくとも、こがれよりは危険に対処できる能力があるに違いない。そんな女の子と同じ調子で出歩けるとは思わなかった。
こがれは、こがれにできる範囲内で感謝の気持ちを表現したいだけなのだ。
そんなこがれの様子を横目で見ていたアディリスは、小さく嘆息を零すと、こがれへと向き直る。
「家の周りにある柵と、裏を流れてる小川の向こうには行かない事。そこまでが『獣除けの結界』の中なの……約束できる?」
「そこから先に行けば、誰かの美味しいディナーになっちゃうわよ?」──そんな有無を言わさぬアディリスの重たい警告。しかし、アディリスはすぐにほわりと笑みを浮かべなおし。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「は、はい!」
微笑みながら小さく手を振って見せるアディリスに、こがれはパッと顔を輝かせ。アイドル営業仕込みの深々としたお辞儀を置いて、外へと向かって早足で台所を後にしていく。
「忙しないわね……それに、見た目に似合わず意外とガンコなところもあるみたい」
こがれの後姿を見送りながら。
小さく肩を竦めるアディリスだったが、その表情はどこか嬉しそうにも見えるのだった。
◇◇◇◇
「うわぁ……まるっきり絵本の世界だね、これは」
外へと出たこがれは、辺りの風景に思わずそんな感想を零す。
大きな森の中にある、拓けた場所に建てられた一軒家。──森をバックにしたアディリスの家は、その古めかしい外観とも相まって、なるほど確かに『森に住む魔女の家』って感じだ。
「魔女……魔女かぁ。なんかこう、三角帽子にヨレヨレの服を着た、背中なんか直角に曲がっちゃった鷲鼻のおばあちゃんってイメージがあったんだけど」
かなりステレオな魔女のイメージであることはこがれも認めるが、それにしてもアディリスはそんなイメージとは程遠い。
──サクサクと。
草を踏めしめる度に聞こえる小気味よい音と、濃厚な緑の香りに思わず心が華やぐのを感じながら、こがれはラルカを探して家の周りを歩き始める。
「それにしても……アディリスさん、なんでこんな森の中に住んでるんだろう?」
こがれも、ここが確かに素敵な場所であることは認めるが。
あんな若い女の人が好き好んで住む場所にしては少し不便過ぎないだろうか。アディリスの言葉が本当なら、危ない獣だって少なくないに違いない。しかも、ラルカって言う小さな女の子までおまけにくっついている。ラルカの外見年齢からすると、アディリスの娘というわけでも無い様にこがれには思われた。それにアディリス自身、保護者とは名乗っても親だとは言わなかったし。だからこそ、二人の関係に対して大いなる疑問符がくっつくわけだけど……。
「ダメダメ! そーいう余計な事は考えない様にしなくちゃ。きっと色々と事情って言うのがあるんだろうし」
色々な憶測が脳裏に浮かんでくると、こがれはぶんぶんと頭を振って、それらを脳みそから追い出した。恩人のアディリスのプライベートに、自分の脳内での想像とは言え、ずかずかと踏み込む様な事は失礼だと、こがれは自分を戒める。
「~~♪」
「……ん?」
そうやって。
しばし脳内から失礼な想像達を追い出す作業に従事していたこがれだったが、どこかから聞こえてくる微かなメロディに気が付くと、辺りをぐるりと見回した。
歌声だろうか?
そのメロディは、アディリスの家の裏の方から聞こえてくる様だった。
「なんだろう、不思議な感じ……」
家の裏へと近づいていく毎にはっきりと聞こえてくるその歌声に、こがれは意識を集中させる。
その歌は、メロディも歌詞も、こがれの知っているどのジャンルにもなかなか当てはまらないものだった。強いて言うなら、ケルト音楽に近いものがあるだろうか。ただ、それも近いというだけであって似てるとまでは言いづらい。
初めて聞く歌。
しかし、聞いていると妙に嬉しい様な、懐かしい様な、切ない様な……なぜかそんな思い達がこがれの胸の中に去来する。
そんな不思議な感情に、どこか心地よいモノを感じながら。建物の裏へと周ったこがれの目に、これがアディリスの言っていたものだろう、豊かで美しい水の流れる小川の姿が見えてくる。
小川の畔──白い花が絨毯の様に咲いたその場所に、ラルカの姿はあった。
歌の主も彼女で間違いないらしい。こがれに気づいていない様子のラルカは、こがれが先ほどから辿ってきた歌を口にしながら辺りに咲いている白い花をその小さな手で手折っている様だった。こがれの部屋の前に並べていた花も、ここから取ってきたものなのだろう。
こがれは笑顔を浮かべると、自然体のままラルカの隣へと歩いていく。彼女の傍らには出会い頭に自分へと向けられた鋭い槍の姿があったが、今のこがれはもうそれすら気にする様子はない。
「……あ」
ラルカの歌が途切れる。
こがれが近づいてくるのに気づいたのだろう。やはり緊張した様子で身を固くはしている様だったが、今度はラルカも逃げ出してしまうような様子はない。
「よいしょ、っと」
ラルカの傍らに、こがれはポスンと腰を下ろす。地面との距離が近づいた分、花の甘い香りが濃くなる。
「……う、ウロウロ出歩いていいのか? アディリスに怒られるぞ? アディリスが怒るとすっごいこわいんだからな」
まずはどう声をかけようか。──そんな事を考えていたこがれだったが、意外にも先に口を開いたのはラルカの方だった。そちらを見やると、上目づかいにこがれを横目で見上げている。
「そっかー、すっごいコワいのかー。……でも大丈夫だよ。ちゃんとアディリスさんには許可をもらってきたからね」
ラルカにとってアディリスは、やはり母親の様に頭の上がらない存在なのだろうか。彼女の言葉にそんな雰囲気を感じ取って、こがれは微苦笑しながら頬をかく。
「ちゃんと自己紹介してなかったよね? 私、春町 こがれ。お花のお礼、ちゃんと言いたくてラルカちゃんを探してたの……ありがと」
ラルカの顔をまっすぐ見つめて。
こがれはやわらかな笑顔と共に、手に持っていた白い花を見せるとお礼の言葉を口にする。
その笑顔に、ラルカは顔を真っ赤にすると俯いてしまう。
「べ、別に……いっぱい取り過ぎたからちょっと分けてあげただけだ」
照れ隠しなんだろう。
モゴモゴと口ごもるように色々長々と弁明の言葉を口にするラルカを見つめながら、その愛らしさに思わず抱きしめたくなるのをグッと我慢して、こがれはその感情を別のモノに代えて贈る事にして、周りにある白い花を摘み取りはじめる。……幸いかどうかはともかく、ラルカの弁明は放っておけばしばらく続きそうな雰囲気があったし。
「──はい、ラルカちゃん。あらためて、これは私からのお礼だよ」
「え……わぁ」
こがれは出来上がったものを手に一度、その出来に満足げに頷いたあと。いまだ弁明を続けているラルカの頭の上にそれをそっとのせてあげる。
それは白い花で作った冠だ。こがれにしても子供の頃に作ったきりだったので、ちょっぴり出来は不格好ではある。
しかし、そんな些細な問題はラルカにはどうでもいいらしく、頭に乗せられた花輪を手に取るとまじまじと見つめ。
「……ありがとうだぞ、こがれ!」
ラルカは無邪気な笑顔でこがれにお礼の言葉を口にした。それはこがれが初めて見る、ラルカの笑顔だった。
「──あのな、こがれ。コレ、アディリスにも作って持って行ってあげたい」
しばし小川の水面を鏡代わりにして、自分の頭の上に乗っかった花輪の姿を確認していたラルカだったが、思いついた様子で笑顔でこがれの方へと振り返る。
なぜかは分からないがラルカからの警戒感が一気に取り払われたのを感じて、こがれはホッとすると同時に嬉しくなった。……鈍感なこがれには気づけるはずもないが、ラルカの警戒感の正体は『嫌われたくない』という一心から来るものだったのに違いない。嫌われたくないがゆえになかなか近づけない。こがれはそんなラルカの防衛線を無意識のうちにひょいっと飛び越えてしまったのだ。そして、ラルカも自分の内に入ってきたこがれが好ましい相手だったからこそ一気に打ち解ける事ができたのだろう。
言葉にすれば野暮な話だ。
とにもかくにも、自分が受け入れられた事にこがれは喜びながら、ドンとその胸を叩いて見せる。
「もちろん、教えてあげるよ。大丈夫、ぜんぜん難しいことなんてないから!」
──こうして二人は、しばらく取り留めのない事を話しながら和やかに時間を過ごす事になった。目的である花輪の出来は、いかんせん師匠であるこがれ自体がうろ覚えな事とラルカのぶきっちょぶりが際立って、お世辞にも素晴らしい出来の物が出来上がったとは言いにくいが。
「~~♪」
ラルカが花輪づくりに悪戦苦闘する中、こがれは小川を見つめながらおだやかな気持ちのままに、ふと先程までラルカが口にしていた歌を口ずさんでいた。
その歌声にラルカが目を丸くして、こがれへと振り返る。
こがれの口にするそれは、ラルカが歌っていたものからすると、彼女なりに少しアレンジが加えられている。と言うのも、ラルカはさほど歌が上手な方ではないのかメロディや音程に違和感のある部分が多い様に感じられたのだ。その部分を、こがれなりにしっくりくるように変えている。
「んー、いい歌だね──って、きゃっ!?」
──やがて歌い終わったこがれだったが、突然、花輪を放ったラルカに押し倒されて小さな悲鳴を上げる。
押し倒された勢いで、白い花びらが宙に舞う。
肩を掴んで覆いかぶさるようにして、こがれへとまたがるラルカ。その表情にはどこか真に迫るものがあり、こがれを大いにたじろかせた。
「メルカの歌……なんでこがれが知ってるんだ!?」
「え、いや知ってるって言うか。ラルカちゃんが歌ってたのを聞いて覚えただけd──」
何かまたやらかしちゃった?
そんな考えが脳裏を過り、あせあせと言葉を返そうとするこがれ──しかし、そんな彼女の言葉は突然の地鳴りに中断してしまう。
「……地震?」
そう呟いたものの。それにしては震え方が違うような気がする。気が付けばラルカもこの異変に対して、獣の様に耳をそばだたせているようだった。こがれもそれに倣って意識を集中してみる。これは地震というよりはもっと近いところから何かが地面の中を盛り上がってきている様な──そこまでこがれの考えが行き着いた刹那、地面を突き破って『何か』幾つもこがれ達の周りに屹立した。
バラバラと土塊を辺りにまき散らしながら。
現れた『それ』はどう見ても……こがれには巨大なムカデの姿にしか見えなかった。
「なっ、なんじゃこりゃああああああああああああ??!!」
こがれ、大絶叫。
なぜか急にUAが増えたりお気に入り登録が増えたりしてるんですが……一体なにが起きたんでしょうか?
いや、たくさんの人に見てもらえるのはうれしいんですけどね!(汗