私、異世界で聖女(アイドル)やっちゃいます!   作:もにゃこう

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その5

 その時、世界は逆転した。

 

 自分の視界に映る光景を前にしてこがれの脳裏にそんな考えが浮かび、また、目の前のビジョンと共に瞬く間に流れ過ぎていく。

 

 だが、もちろん現実にそんな事態が起こるはずは無く。

 

 あくまで突然の出来事に混乱した彼女の現状の誤認識に過ぎないわけであり……この場合、逆転しているのは『世界』の方ではなく『こがれ』自身の方だったりする。

 

──どっすん。

 

 宙にあったこがれの体が、鈍い音を立てて地面へと落着した。

 強かに背中を打ち付けたせいだろう。

 体の中がぎゅっと収縮する様な感覚と共に、こがれは息を吸う事も吐く事も出来なくなってしまう。人体の構造上、こういった強い衝撃を胴体に受けた際、横隔膜が麻痺してしまうせいである。

 だが、そんな呼吸の不能もほとんどは一時的なものだ。

 

「──~~~~~~ったぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

 呼吸が出来るようになると同時に。

 こがれは肺の中に溜まりに溜まった空気を悲鳴と共に吐き出して、痛む背中を手で押さえながらプルプルと身を震わせた。

 

 あの巨大なムカデ達が現れてから、こがれがプルプルする今に至るまで、ほんの刹那の出来事である。

 

 あまりにも突然の出来事で、こがれにも状況はよく把握できていないのだが。

 巨大なムカデが三匹、いきなり地面から突き出てきて、これ以上ないってくらいに大絶叫していた次の瞬間には、こがれの体はラルカによって巴投げの様にして宙へと放られていた。

 それは、実に見事な『投げ』だったと言ってもいいだろう。しかも、投げたのがこがれよりもずっと小さな女の子だって言うんだからなおさらだ。ここに投げ技を査定する審判員達がいたら、綺麗な放物線を描いて飛んでいくこがれの姿に感嘆のどよめきを起こし、全員が全員『10.0』の点数札を挙げたに違いない。

……もっとも、投げられたこがれにしてみれば、そんな事はどーだっていい事この上ない話である。『10.0』の点数札が二十枚あったって、背中の痛みが無かったことになるわけではないのだ。

 

「ちょ、ちょっと! いきなりヒドい──」

 

 震えながら俯いていた顔をガバッと挙げて。背中をおさえてない方の手をグーにして振りかざすこがれは、ラルカに対して非難の声を上げようとして──すぐにピタリと口をつぐんだ。

 無理もないだろう。

 つい先程までこがれ達がいた地面を、巨大ムカデがその大きな顎で勢い良く抉り取っていくその光景。そんなモノを目の当たりにすれば、飛び出した言葉だって血相変えて口の中に逃げ込んでくるのに違いない。

 例えそこが川辺ゆえの柔らかい土だったとしても、地面は地面である。そこを、まるでショートケーキのクリームを指先でなぞる様な調子で抉り取っていく大ムカデの凶悪な顎にかかれば、こがれの如き乙女の体など果たしてどうなっていたことか。あのままあそこにいたら、クリームの上にぶちまけられたラズベリーソースと化していたに違いない。

 

──ラルカちゃんに、助けてもらった?

 

 そこまで考えて、こがれはハッとする。

……一体、そのラルカはどこにいってしまったのか?

 頭の中にラズベリーソース塗れの残酷な想像がちらつく中、慌てて辺りを見回すこがれ。

 

 そんな彼女の視線の先。

 ラルカの姿は、宙高くにあった。

 

「…………」

 

 風に乱れた緋色の髪は、正に踊る炎の様である。そんな炎の奥から垣間見える、爛と燃える翠玉の瞳──いつの間に手にしたのか、宙空にてあの槍を鋭く構えるラルカの目からは、人ならざる乱入者達を睥睨する凍える様な冷たい眼差しが放たれている。

 その瞳の光の中に、今までの日常で感じた事の無い類の感情──もしくは『意思』と言うべきか──を感じて、こがれはラルカに対して少しだけゾッとして身を竦める。

 分からないと言えば、ラルカの今の状況もそうである。

 果たして、ラルカはどうやってあの高さまで飛んだのだろうか? こがれの目から見ても、ラルカのいる位置は優に3メートル以上の高さはありそうである。

 投げ上げる者もない以上、自力で跳躍するかしないといけないわけだが……。

 

「いやいやいやいや! どこのバトル系少年マンガよ──って、うわわわわわっ?!!」

 

 自前の想像に対して律儀に自前でツッコミを入れるこがれだったが、そんな彼女を余所に、目の前の光景は動き続ける。

 重力に従い自由落下しているラルカに対して、地面を這っていたムカデ達の一匹が体をもたげて襲い掛かったのである。

 振るわれた鞭の様な勢いを持ってラルカの直下から伸び上がる大ムカデ。

 瞬く間に、その禍々しい大顎がラルカの細い体に深々と食い込み、彼女の体をAパーツとBパーツに分けちゃって、ラズベリソースがどばっと地面に──そこまで瞬時に想像を巡らせるこがれ。アイドルなんてやってた人一倍夢見がちな女の子だけに、想像力だって変なところで人一倍逞しいのだ。

 

……だが。

 ラルカの見せた姿は、こがれの想像を遥かに凌駕していた。

 

 迫りくる大顎にも怯まず──一閃。

 巨大ムカデを見据えて構えていた槍の穂先を、ラルカは躊躇う事無く、その口腔へと撃ち込む。

 重力落下と彼女の体重がかかった槍の一撃は、大ムカデの口腔に深々と突き立ち、さらにラルカが捻じ込む様に腕を捻る事によって、ブチブチブチと繊維質のものを引き裂く様な音を伴いながら、槍の柄の半ばまでが飲み込まれて見えなくなってしまう。

 

「たぁぁぁっ!!」

 

 すかさず。

 突き立った槍を動きの起点にして放つ、ラルカの回し蹴り。ムカデの胴へと食い込む蹴り足が、その体を大きく揺るがせる。

 足場という支えが無く踏ん張りが効かない状態であることを考慮すると、この事象はほぼラルカの純粋な脚力がもたらした結果となるわけで、とんでもない事が起こっているわけなのだが……もちろん、その一連の光景をあんぐりと大口開けてポカーンとしているこがれは知る由もない。

 ともかく。

 その勢いを利用して槍を一気に引き抜いたラルカは、緑色の体液を間欠泉の様に吹きだしている大ムカデを蹴って再び宙に舞うと、さながら高所から飛び降りた子猫の様に身を捻りながらこがれの前へと軽やかに着地する。その後を追う様に、槍を突き刺された大ムカデの体も地面に大きな音を立てて倒れ伏す。

 

「……10.0!」

 

「なに言ってるんだ、こがれ?」

 

「ううん、ナンデモナイ……」

 

 地面に這いつくばったまま、ラルカの体操選手もかくやという見事な着地に思わず見えない点数札を掲げるこがれだったが、ラルカからきょとんとした様な表情を向けられると、ネタがすべった様な恥ずかしさに顔を赤くして。半眼になりながら、ついっとラルカから顔を逸らす。

 

「って、そんな事はどーでもよくって! な、なな、なんなのあのでっかいの!?」

 

 そこでハッと、そんな事をやってる状況じゃあないって事を思い出して、こがれは目の前に立つラルカへと言葉を投げる。さっきラルカが槍で刺した一匹こそ地面に仰向けに横たわっているものの、まだ残りは2匹もいて無数の脚をワサワサしてるのだ。キモい事この上ない光景である。

 

「……鎧ムカデだ。いつもは森の奥にいて、他の動物とかを襲って食べてる。バキバキ食べてる」

 

「え、なにそれこわい」

 

 隙なく槍を構えて、あの鋭い視線をムカデ達に向けながら、ラルカはこがれのクエスチョンに端的に答える。その不穏な言葉を受けて、こがれはあらためてムカデ達へと目を向けた。

──鎧ムカデ。

 なるほど、名は体を表すと言うが、これほど的確なネーミングもないだろう。その長い体はまさに鎧とも言うべき黒い甲殻に覆われていて、甲殻同士が触れ合うのか、動く度にガチャガチャと威圧的な音を発している。

 そんな怪物達とそんな怪物を槍一本で相手してる女の子を前にして……こがれはここが異世界だってことをあらためて痛感し、アディリスが外出許可を渋った事を理解した。そりゃあこんなモンスターが跋扈している様な森に入ろうもんなら、こがれなんてアッと言う間に彼らのオヤツになってることだろう。

 そこまで考えて、こがれは「ん?」と眉をひそめる。

 

「そ、そう言えば……アディリスさんの家の周りって危なくない様に獣除けの結界があるんじゃなかったの!? なんか思いっきり除けきれてないんですけど! ムカデは『獣』じゃないから対象外ってこと?!」

 

「そんな事ないぞ。 結界なら、ちゃんと動いてる……ほら」

 

 そんな言葉遊びはご免こうむるんですけど!──頭を抱えて分かりやすく狼狽えるこがれ。

 しかし、ラルカは至って冷静に鎧ムカデ達を指さした。

 ラルカの指さす先を見やって──こがれは鎧ムカデ達の体から幾筋も白煙が立ち昇っている事に気づいた。それから何かが焼けてる様な音にも。

 

「アレ、結界に焼かれてるんだ。アディリスが教えてくれた。結界の中に入った獣はビリビリって痺れて、それにびっくりして逃げちゃうんだけど……それは最初の内だけで、そのビリビリを我慢してずっと結界の中に居座ってると、ビリビリがどんどん強くなっていって、最後は体が焼けていくんだって」

 

「……うわ」

 

 餌を探すにしても何にしても、普通、森の『獣』達はリスクを嫌う。出来ることなら楽に、そして安全に獲物を狩りたいと思考するものだとラルカは言葉を続ける。

 森の中にもまだまだ他の獲物は沢山いる。つまり結界の中でダメージを負いながらも、わざわざこがれ達を襲うこのムカデ達は『普通』じゃないという事だ。

 

──では一体、何が理由でこんな行動をとっているのだろう?

 

 虫の考えている事などこがれには分かる由もないが、彼らには彼らなりの動機があるはずだ。もっともそれが分かったところで現状の危機がどうにかできるわけでもな──

 

「──にぎゃっ!」

 

 湧きあがった疑問を推理していたこがれだったが、その体がいきなり地面に引き倒される。いや、引き倒されたばかりかそのまま、ズザザーッと弧を描く様にして地面の上を引きずられる有様だ。

 ラルカの槍の石突が、こがれの服の襟首を捩じり巻き込んでいた。ムカデ達へと槍を向けたまま、そうやってこがれの服を引っ張る事で、ムリヤリに回避運動を取らせたのである。

 

 間一髪。

 

 再び、こがれが先程まで這いつくばっていた地面を鎧ムカデの大顎が抉り取っていく。

 そして、それが戦闘再開の合図だったかの様に。鎧ムカデ達はうねる波の様に、間断なく襲い掛かってくる。

 

「……っ!」

 

 ラルカの善戦には目を見張るものがあった。

 鎧ムカデ達の猛攻を槍でいなし立ち回りながら、それと同時に、後方ではこがれの体を槍の石突でコントロールして回避運動を取らせている。

 

「あだだだだだ!!」

 

……しかし、鎧ムカデの攻撃は見事に回避させられているこがれだったが、ダメージが皆無ってわけじゃない。その引き換えに、槍で無理やり回避させられている事による手や足の擦り傷は着実に増えていってる。むろん、体がAパーツとBパーツに分かれちゃう様なダメージと比べれば些細な犠牲と言っていいレベルだ。顔だけはきっちりガードしている辺りはさすがと言うべきだろうか。

 

 だが、そんなラルカの善戦も何時まで続くかは時間の問題である。

 相手をいなしながら的確に槍での攻撃を繰り出しているラルカだが、ムカデの硬い甲殻に阻まれて致命傷を与え切れてないというのが現状だ。さらにこがれと言う存在はラルカにとって、戦闘中においてはハッキリ言って単なるデッドウエイト以外の何物でもない。

 蓄積する疲労が、ラルカの呼吸を少しずつ荒げさせる。

 しかし、それでもなお。

 こがれの前に雄々しく立ち、鎧ムカデ達へと槍を構えるラルカ。

 

「ラルカちゃん……」

 

 そんな彼女の後ろ姿に感動を覚えると同時に、こがれは己の不甲斐なさを痛い程に感じていた。

──あんな小さな女の子ですら戦っていると言うのに、自分はただ守られる事しかできないのか。

 自分がラルカのお荷物になっている事くらいは、こがれにも分かっていた。

 せめて自分がいなければ、ラルカも思いっきり戦えるのではないだろうか。最初の一匹を鮮やかに倒してのけた様に──そこまで考えると、こがれは何かを決意した様な表情で、傍らに落ちていた小石を握りしめた。

 

「くっ! ──あれ?」

 

 何度目かになる、鎧ムカデ達の攻撃。

 それをかわしながら、ラルカはこがれを動かす為に槍を振るう──と、その石突が空を切った様に手応えがない。思わず頓狂な声を上げるラルカだったが、次の瞬間、視界の端を何者かが駆け出すのが見えた。黒髪の変わった服を着た女の子……それは間違いようも無く、こがれの姿だった。

 

「くぅおのぅぅぅーーー!!」

 

 立ち上がり駆け出したこがれは、持っていた石ころをムカデ達へと向かって投げつける。わりと全力で投げつけたつもりだったが、石ころは鎧ムカデの一匹に当たって『コンッ』と間抜けな音を立てて地面へと落っこちた。どう贔屓目に見ても、その攻撃は敵の注意をこがれに惹きつけただけで、そのHPに1のダメージも与えたか怪しいところだった。

 

 だが、それでいい。

 

 もともとダメージを与えようとか、そういう気はこがれにはさらさらないのだ。

 ムカデ達の注意がこっちに逸れてくれれば、こがれの目的は果たされる。

 

「ラルカちゃん、今のうちに!」

 

「こがれ!?」

 

 鎧ムカデ達の、あの凶悪な顎がこちらへと向けられているのを見ると、こがれはラルカに向かって声を上げる。

 果たして。今のうちに、ムカデを倒してほしかったのか。それとも今のうちに、逃げてほしかったのか。声を上げた当のこがれにもどっちだったのかは分からない。分からないが、少なくともラルカが助かればいいと思ったのは確かだ。

 こがれの作戦は見事に的中した。

 注意を惹かれたムカデ達の内の一匹が、まるでバネが収縮する様にギュッと縮こまり、次の瞬間には弾かれた様にこがれの方へと襲い掛かる。

 

「──はやっ!?」

 

 そのムカデの動きを見て、もしかしたら逃げ切れるかもなんて考えていた自身の考えの甘さをこがれは思い知る。

 これでは瞬く間にズタズタのボロ雑巾だ。いったい何パーツに分割されるか分かったもんじゃない。

 恐怖に目を閉じる暇も無く、相手の動きを見つめるこがれ。

──しかし。

 彼女まであと数メートルの位置まで近づいたムカデの巨体が、突如として虚空から吹き出した爆炎によって、小川の中まで吹っ飛ばされる。

 

「あらあらぁ。絶対絶命だったわね、こがれちゃん?」

 

……こがれやラルカだけでなく、ムカデ達までも。

 その場にいた全員が呆気に取られた様に動きを止めるなか。

 その人物は、場違いな程におっとりとした調子で現れた。

 

「可愛いウチの子達を虐めるワルい子は誰かしらぁ? ……そんな子には、お姉さんが『メッ!』しちゃうわね」

 

 そう言って、ほわほわとした笑顔を浮かべる人物──アディリスの姿を認めて、こがれは僅かばかりホッとした様な安堵の吐息を零す。

 だが、同時にこう思わざるをも得なかった。

 

 

──この中で、なんか一番アディリスさんが怖いんですけど……って。




ラルカも凄いけど、なんだかんだで折れない槍も相当だと思った(小並感

次回で第2話が終了となりますー。
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