私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

11 / 51
授業回です。
誤字脱字等ございましたらご報告して頂けると幸いです。


死の予兆とか、ヒッポグリフとか、縮み薬とか

 ホグワーツの3年生になって初めての授業は占い学だった。

 占い学は北塔の一番上でやるらしい。

 城の中を通って北塔へと向かう。

 塔の中は螺旋階段になっており、最後まで登りきると小さな踊り場になっていた。

 私はそこで上を見上げる。

 天井に丸い撥ね扉が見える。

 そこには『シビル・トレローニー占い学教授』との文字があった。

 どうやら占い学の教室はこの上のようだ。

 しばらく踊り場で待っていると、次第に生徒が集まってくる。

 慌てるように息を切らしながらハリーたちも階段を上がってきた。

 ハリーたちは周囲に扉がないことを不思議に思ったのか辺りを見回している。

 しばらく見回しロンが気が付いたのかハリーを小突き天井を指さした。

 

「どうやってあそこに行くのかな?」

 

 ロンのそんな疑問に答えるように撥ね扉が空き、銀の梯子が降りてきた。

 生徒たちが順番にその梯子を上っていく。

 私は全員が上りきるのを確認すると、最後に梯子を上った。

 占い学の教室は怪しげなレストランのような場所だった。

 小さな丸テーブルがざっと20ほど所狭しと並んでいる。

 そして息苦しいほど蒸し暑い。

 暖炉の中には大きなヤカンが火に掛けられており、頭が痛くなるような香りが周囲に漂っていた。

 壁にある棚には水晶やティーカップなどが雑然と詰められている。

 私は適当な椅子に腰を掛ける。

 少しすると部屋の隅から如何にも胡散臭く、痩せた女性が現れた。

 彼女がシビル・トレローニー先生だろう。

 

「占い学へようこそ。あたくしがトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見たことがある生徒は少ないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、あたくしの心眼が曇ってしまいますの」

 

 トレローニー先生は大きな眼鏡越しに教室にいる生徒を見渡す。

 

「みなさまがお選びになった教科は……占い学。そう、魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。初めに、お断りしておきましょう。眼力の備わってない方には、あたくしがお教えできることは殆どありませんのよ。この学問では書物はあるところまでしか教えてくれませんの……」

 

 つまりは才能がなければどれだけ勉強しても無意味ということを言いたいのだろうか。

 そんな先生の言葉に私はハーマイオニーのほうをチラリと見る。

 やはり驚いたような顔をしていた。

 

「いかに優れた魔法使いや魔女たりとも、派手な音や匂いに優れ、雲隠れに長けていても、未来の神秘の帳を見透かすことはできません。限られたものだけに与えられる天分とも言えましょう。あなた、……そう、そこの男の子」

 

 先生は突然ネビルに話しかける。

 いきなり話しかけられた為か、ネビルは椅子から転げ落ちそうになっていた。

 

「あなたのおばあさまは元気?」

 

「元気だと思います」

 

「あたくしがあなたの立場だったら、そんなに自信ありげな言い方はできませんことよ」

 

 ネビルは十分不安げな表情で答えていたと思うが、トレローニー先生から言わせたらまだ足りないようだ。

 気絶して座席から落ちてヒクつきながら答えたらいいのだろうか。

 列車の時のハリーみたいに。

 

「1年間、占いの基本的な方法をお勉強いたしましょう。今学期はお茶の葉を読むことに専念いたします。来学期は手相学に進みましょう」

 

 先生は一通りの説明を終えると生徒に指示を出していく。

 2人ずつの組を作らせ、ティーカップを配り、そこに紅茶を注いでいった。

 私はハーマイオニーとペアを組み、先生に紅茶を注いでもらう。

 私はそれの匂いを嗅いで、途端に顔を顰めた。

 

「咲夜、ど、どうしたの?」

 

「これは……酷いわ。先生もみんなもよく普通の顔して飲めるわね」

 

 私のその言葉にそれを聞いていた生徒全員が一度飲むのをやめ紅茶の匂いを嗅ぐ。

 ハーマイオニーも恐る恐る口をつけていたが、特に何も感じなかったようだ。

 私は出来れば紅茶の中身を自分が淹れたものに交換したかったが、入れるときの手順に魔術的な要素がどうこうと言われることは分かっている。

 私は我慢して一気に紅茶を飲み干した。

 ハーマイオニーはその様子をハラハラしたような顔をして見ている。

 紅茶として美味しくない。

 それどころか茶葉を煮詰めたような味がした。

 私は飲み終わったティーカップをソーサーに逆さまにして置くと、底の部分を2回叩く。

 そして指で弾くようにひっくり返し表の状態に戻した。

 

「咲夜、貴方妙に手慣れてない?」

 

 ハーマイオニーが自らのティーカップの水気を切りながら私に聞いてくる。

 

「お嬢様が得意なのよ。紅茶占い」

 

 私は水気の切り終わったティーカップをハーマイオニーに渡した。

 ハーマイオニーは私のティーカップを手に取ると、おもちゃでも与えられたかのように嬉々としながら教科書を捲り始める。

 

「えっと、これは……狼、それか犬ね。狼だったら警告で、犬だったら良い友達。こっちには雲かしら。疑心暗鬼になる?」

 

 私はハーマイオニーのティーカップを手にとる。

 

「十字架に風車。ハーマイオニー、貴方そのうち過労死するわよ」

 

「えぇ!?」

 

 過労死という言葉を聞いてか、ハーマイオニーが悲鳴を上げる。

 その声を聞いてトレローニー先生がこちらに近づいてきた。

 

「おお……まさにこれは死の前兆。重労働による苦難が貴方を襲い近いうちに悲惨な未来が待ち受けていることでしょう」

 

 それだけ言って満足したのか、トレローニー先生は今度はハリーの方に近づいていった。

 

「えっと、冗談よね?」

 

 ハーマイオニーが心配そうにこちらを見るが、私は残念そうに首を振った。

 ハーマイオニーは過労死まではいかずともこれから大変な日々が待ち構えているだろう。

 何せ授業を取りすぎなのだ。

 トレローニー先生はハリーのカップを覗き込んでいる。

 そして驚くように言った。

 

「隼……まあ、あなたは恐ろしい敵をお持ちね」

 

「でも、誰でもそんなこと知ってるわ」

 

 先生のそんな言葉に反論したのはハーマイオニーだった。

 トレローニー先生がキッとハーマイオニーを睨みつける。

 

「だってそうでしょう? ハリーと例のあの人のことはみんなが知っていることよ」

 

 ハリーとロンはそんなハーマイオニーを驚きと賞賛が入り交じったような目で見た。

 私もハーマイオニーが先生に対し、このような口の利き方をするとは思わなかったので少し驚いている。

 先生はあえてハーマイオニーを無視し、ハリーのカップにもう一度視線を落とした。

 そして、今度はハリーにグリムが憑いていると予言する。

 グリム、死神犬のことだ。

 グリムを見た者は近いうちに死ぬという言い伝えがある。

 ハリーは心当たりがあるのか、顔を真っ青にしていた。

 みんながハリーの方を心配そうに見ていたが、ハーマイオニーだけは違った。

 ハリーのカップをまじまじと覗き込んでいる。

 

「グリムには見えないと思うわ」

 

 そう、先生の言葉を真っ向から否定したのだ。

 私はこれには普通に驚いた。

 あのハーマイオニーが先生の出した予言を否定してまで自分の意見を言ったのだ。

 これでハーマイオニーが占いについて先生よりも詳しいというならまだ話は分かる。

 でもハーマイオニーは占いに関しては教科書を読んだことがあるだけだろう。

 私もハリーのカップを覗き込む。

 馬に、鳥に、茶葉が2枚。

 まあ確かにこれをグリムというのは無理があるかも知れない。

 

「こんなこと言ってごめんあそばせ。あなたにはほとんど……資質というか、そう、オーラが感じられませんのよ。未来の響きへの感受性というものがほとんどございませんわ」

 

 先生はハーマイオニーに向かってぴしゃりと言った。

 まあその言葉は正鵠を射ているだろう。

 ハーマイオニーの考え方はいわばデジタルだ。

 魔法を数学や物理の延長のようにみている。

 まあそれは私も同じようなものだが。

 だが先生の言うように、占いという学問はそうではない。

 魔力や科学では説明しきれない、もっと神秘的で神聖な何かだ。

 教科書に載っていることが全てではない。

 逆に教科書でまとめられるものではないとでも言えるだろう。

 ハリーは先ほどから自分が死ぬか死なないかという議論を目の前でされていることに相当イラついているようだった。

 そんな珍事もあった為か、占い学の授業は少し早めに終わることになった。

 ハリーたちは逃げるように梯子を降りて北塔の奥へと消えていく。

 私は最後まで教室に残ると、カップの後片付けを手伝った。

 

「1年のうちに1人はあのような生徒がいますのよ……」

 

 先生はハーマイオニーのことを思い出したのか頭を抱えるようにして呟いた。

 

「私もハーマイオニーに占いは向いてないと思うわ。確証が得られる結果が伴わないとあの子発狂するんじゃないかしら」

 

 私は教室にある流し台で先生と共にティーカップを洗いながら話をする。

 

「それに比べると貴方は才能がおありよ。経験を積めば霧の向こうに隠れている未来を見通すことが出来るでしょう」

 

「お嬢様の影響なのでしょうか。私が仕えているお嬢様は吸血鬼なのですけど、運命を読み解き操る力を持っておられるらしく――」

 

 カチャンと隣でカップの割れる音が聞こえる。

 横を見るとトレローニー先生が驚いたような顔をしてこちらを見ていた。

 

「れ、レミリア・スカーレット氏のメイドさん……でしたの?」

 

「お嬢様をご存じなのですか?」

 

 先生は流し台に散らばったカップの破片を拾いながら答えた。

 

「スカーレット嬢といったらこの界隈では有名な予言者ですわ」

 

 トレローニー先生の眼鏡がキラリと光る。

 

「あたくしも何度かお会いしたことがありますが、彼女は素晴らしい予言者ですわよ。大体の占い師は未来を大きく、おおよそにしか捉えることができません。ですが彼女の予言は非常によく当たり、外れることが少ない。スカーレット嬢の講演会には毎回大勢の占い師が詰めかけますわ」

 

 お嬢様はたまに出かけることがあったが、あれは講演会をしていたということなのだろうか。

 お嬢様の意外な一面を知り、私は少し驚いていた。

 

「そういえばあなた、お名前は?」

 

 トレローニー先生がカップを直しながら聞いてくる。

 

「十六夜咲夜と申します。グリフィンドール生です」

 

 私は拭いていたカップを食器棚に戻すと懐中時計を取り出して時間を確認する。

 トレローニー先生も部屋の掛け時計を見て何かに気が付いたかのように私に言った。

 

「あら、あと1分で次の授業が始まりますわね」

 

「余裕で間に合いますわ。」

 

 私は一礼すると梯子を降り、時間を止める。

 北塔の窓から外に飛び出ると、そのまま空を飛んで変身術の教室まで向かった。

 

 

 

 

 私はトイレの個室に入り時間停止を解除する。

 そして何食わぬ顔で変身術の教室に入った。

 ハリーたちは教室の一番後ろの席に座っている。

 教室を見回すと、皆が先ほどの占い学の授業で言われた予言を気にするようにハリーをチラ見していた。

 まるでハリーが今にもばったりと死ぬんじゃないかといった表情だ。

 ハリーはそれが気に入らないらしく、不機嫌そうに視線を伏せている。

 私は授業の方に意識を移した。

 3年生初めの授業は『動物もどき』についてやるようだ。

 これは高度な呪文のようで、変身術のように好きな姿になれるというわけではないらしい。

 だが、動物もどきとして変身した動物はまさに動物そのもので、非常にバレにくいという性質を持っている。

 マクゴナガル先生も動物もどきの一人だ。

 先生はみんなの目の前でトラ猫に変身して見せる。

 それはまさに猫そのもので、動作がおかしかったり、匂いが変だったりもしない。

 まさしく完全な猫だった。

 だが、クラスでの受けは悪い。

 いや、どちらかというと、多くの生徒が先ほどの占い学の授業を引きずっているといったほうが正しいだろう。

 

「まったく、今日はみんなどうしたんですか?」

 

 先生が元の姿に戻るなり呆れたように生徒に聞いた。

 

「別に構いませんが、私の変身がクラスの拍手を浴びなかったのはこれが初めてです」

 

 褒められたいということなのだろうか。

 いや、それは違うだろう。

 単にいつもと生徒の様子が違うので先生自身も心配しているのだ。

 皆一斉にハリーの方に振り向くが、喋ろうとする生徒はいない。

 するとハーマイオニーが痺れを切らしたかのように手を挙げた。

 

「先生、私たち最初の占い学の授業を受けたばかりなんです。お茶の葉を読んで……」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 マクゴナガル先生はハーマイオニーの話を遮るように話し始める。

 マクゴナガル先生は合点がいったようだったが、少々顔を顰めて話を続けた。

 

「ミス・グレンジャー、それ以上言わなくて結構です。今年は一体誰が死ぬことになったのですか?」

 

 その言葉を聞いて皆が一斉に先生を見つめた。

 

「僕です」

 

 ハリーはマクゴナガル先生の問いに答える。

 

「わかりました。では教えておきましょう。シビル・トレローニーは本校に着任してからというもの、1年に1人、生徒の死を予言してきました。ですが、いまだに誰1人として死んではいません。死の前兆を予言するのは、新しいクラスを迎えるときのあの方のお気に入りの流儀です。私は同僚の先生の悪口は決して言いません。言いませんが……」

 

 先生はそこで一度言葉を切る。

 

「占い学というのは魔法の中でも一番不正確な分野の1つです。私があの分野に関しては忍耐強くないということを隠す気はありません。真の予言者は滅多にいません。そしてトレローニー先生は……」

 

 その先は言わずもがなといった表情だ。

 

「ポッター、私の見るところ貴方は健康そのものです。ですので今日の宿題を免除したりしませんからそのつもりで。ただし、もし貴方が死んだら提出しなくても結構です」

 

 その言葉を聞いてハーマイオニーが噴き出した。

 ハリーも安心したような顔をしている。

 だが、元々魔法界で生活していたロンからしたらグリムという存在は無視できるようなものではないらしく、他の生徒同様、まだ少し心配そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 変身術の授業が終わると私はハリーたちと共に大広間で昼食を取っていた。

 シチューを食べながらハリーたちの会話を聞く。

 

「ロン、元気出して。マクゴナガル先生のおっしゃったこと聞いていたでしょ?」

 

 ハーマイオニーがシチューの入った大皿をロンのほうに押しながら言った。

 ロンはシチューを小皿に取り分けフォークを握ったが、食べる気分ではないらしい。

 ロンは深刻そうにハリーに呼びかける。

 

「君、どこかで大きな黒い犬を見かけたりしなかったよね?」

 

「うん、見たよ。ダーズリーのところから逃げたあの夜に見た」

 

 それを聞いたロンはフォークを取り落とした。

 

「きっと野良犬か何かよ」

 

 ハーマイオニーは落ち着いた態度でそういうが、ロンはその言葉を聞いて分かってないと言わんばかりにハーマイオニーを見た。

 

「ハーマイオニー、ハリーがグリムを見たなら……よくない、それは良くないよ。僕んちのビリウスおじさんはあれを見てから丸1日で死んじゃった!」

 

「偶然よ」

 

 ハーマイオニーの返答は冷めきっている。

 だが魔法使いの感覚で言えばおかしいのはハーマイオニーのほうなのだ。

 銃を突き付けられながらも「撃たれるわけないわ」と言っているようなものである。

 

「グリムなら館でしばらく飼ってたわよ。お嬢様のお戯れで」

 

 私がそういうとロンが椅子からシチューの皿ごと下に落ちた。

 

「ほら見なさい! 咲夜はまだ生きているわ。それがいい証拠よ」

 

「だって咲夜の主人は人間じゃないだろ!」

 

 ロンが椅子の上に戻ってくる。

 

「吸血鬼だったらグリムぐらい飼うさ。僕としては信じられないけど……」

 

「でも妹様の狂気に中てられたみたいで、すぐ死んじゃったのよ」

 

「君の家にはグリムより恐ろしいものがいるのかい!?」

 

 ロンは今にも発狂しそうなほど声を荒げた。

 まるで安全ピンを抜いた手榴弾でキャッチボールをしているかのような表情だ。

 

「それに、占い学ってとってもいい加減だと思うわ。言わせていただくなら当てずっぽうが多すぎる」

 

「あのカップのグリムはいい加減じゃなかった!」

 

「貴方自信満々にハリーに向かって羊だって言ってたじゃない」

 

「トレローニー先生は君にまともなオーラが無いって言ってた! 君ったら自分が出来ないことがあるとすぐこれだ!」

 

 2人はついに口喧嘩を初めてしまう。

 この辺はマグルの環境で育ったのか魔法界の環境で育ったかの考え方の違いなので、仕方がないことだろう。

 ハーマイオニーは怒ったように机を叩く。

 

「占い学で優秀だってことがお茶の葉の塊に死の予兆を読み取るふりをすることなんだったら私、この学科といつまでお付き合いできるか自信がないわ! あの授業は数占いに比べたら、まったくのクズよ!」

 

 ハーマイオニーはカバンを手に取ると怒りながら大広間を出て行った。

 私はロンのほうに視線を向けるが、ロンは大げさに肩を竦めて言う。

 

「あいつ何言ってんだ? まだ1回も数占いの授業に出てないんだぜ?」

 

「でもハーマイオニーの時間割では、占い学と同じ時間に数占いが入っていたわね。でも同時に授業を見ているような感じはしなかったし……やっぱりあの時間割はおかしいわ」

 

「僕が死ぬという占いがされないんだったら数占いのほうがいいけどね」

 

 ハリーは苦々しげに笑った。

 

 

 

 

 

 午後にある魔法生物飼育学はスリザリンとの合同授業だ。

 私はきょろきょろとドラコの姿を探すが、探すまでもなくドラコのほうから私に近づいてくるのが見えた。

 

「やあ咲夜、昨日ぶりだね」

 

 ドラコが私に挨拶をする。

 昨日のハリーの気絶の件がよほど面白かったのか、いまだに引きずっているようだった。

 まあ確かに座席から落ちて床で痙攣するハリーの姿はマヌケそのものだったが。

 

「昨日はごめんなさいね」

 

「いいさ、昨日はポッターと一緒のコンパートメント内にいたほうが正解だった。そうだろう?」

 

 そう言ってドラコはハリーが気絶した時の真似をする。

 それを見て大勢のスリザリン生が爆笑した。

 もう完全に持ちネタの域だ。

 私もそれを見てクスリと笑う。

 

「本当にね。吸魂鬼っていうのは面白い生物だわ。お嬢様が飼いたいと言い出さないといいけど……」

 

 私はドラコたちとともにハグリッドの小屋に近づいていく。

 ハグリッドは生徒が小屋に近づくといつもと変わらず大きな声で話しかけた。

 

「さあ急げ、こっちだ。今日は皆にいいもんがあるぞ! すごい授業だ! みんな来たか? よーし、ついてこい」

 

 ハグリッドは生徒を引き連れて森の外周を歩いていく。

 5分程歩くと放牧場のようなところに出た。

 

「みんな、ここの柵の周りに集まれ。そーだ、ちゃんと見えるようにな。さーて、イッチ番最初にやるこたぁ、教科書を開くこったな」

 

 私は鞄から、よくわからない空間に押し込まれすっかり怯えきっている怪物本を取り出した。

 怪物の精神衛生上鞄に入れるのはよろしくないみたいだ。

 

「どうやって?」

 

「あぁ?」

 

 ドラコがハグリッドに冷たく気取った声で言った。

 

「どうやって教科書を開けばいいのです?」

 

 ドラコが紐でグルグル巻きに縛った教科書を取り出した。

 他の生徒も方法はさまざまだが皆同じように教科書が開かないようにベルトやクリップなどで押さえている。

 

「だ、だーれも教科書を開けなんだのか?」

 

 ハグリッドはガックリとした表情で生徒に聞くが、私以外の全員がこっくりと頷いた。

 そんなに暴れる本なのだろうか。

 私は手の中ですっかり怯えている怪物本の背表紙をゆったりと撫でる。

 すると少しは落ち着いたようだった。

 

「なんだ、わかっとる生徒もおるんだな。ああやって撫ぜりゃぁよかったんだ」

 

 ハグリッドはハーマイオニーの持っている怪物本を手に取ると、巻いてあるテープを剥がした。

 途端に本はハグリッドの手に噛みつこうとしたが、背表紙をひと撫でされるとぶるっと震えてハグリッドの大きな手の上で開いた。

 

「ああ、僕たちって、みんななんて馬鹿だったんだろ」

 

 皮肉混じりに、ドラコは鼻で笑うようにそう言った。

 まあ普通、本を撫でるという発想はないだろう。

 噛みつく本なら尚更だ。

 

「お、俺はこいつらが愉快なやつらだと思ったんだが」

 

 最初の自信はどこへやらといった表情でハグリッドはハーマイオニーに本を返す。

 

「ああ、恐ろしく愉快痛快ですよ。僕たちの手を噛み切ろうとする本を持たせるなんて、まったくもってユーモアに溢れるね!」

 

「黙れマルフォイ」

 

 ハリーがドラコに冷たく言った。

 そのあと私を見てきたが、あの表情はなんだろうか。

 近くにいるんだったら止めろよと言いたげな表情だ。

 私は相手にしなきゃいいでしょと表情で伝える。

 だがハリーはどうにかしてハグリッドの最初の授業を成功させてやりたいらしい。

 ハグリッドはその後少々ぐだつきながらも、魔法生物を連れてくる為に魔法の森の中に消えていく。

 

「まったく、この学校はどうなっているんだろうねぇ」

 

 ドラコが私の横で声を張り上げた。

 

「あのウドの大木が教えるなんて、父上に申し上げたら卒倒なさるだろうなぁ……」

 

「黙れマルフォイ」

 

 ハリーが繰り返すように言う。

 

「あら、言ったら駄目よドラコ。もし貴方のお父様が卒倒してしまったら貴方の持ちネタが使えなくなるわ」

 

「それは確かに困る。ポッターの真似は受けがいいんだ」

 

 ハリーが私を睨みつけてくる。

 一応フォローしたのだが、伝わらなかったようだ。

 しばらくするとハグリッドが十数頭のヒッポグリフを連れて森から出てくる。

 ハグリッドは十数頭のヒッポグリフの鎖を片手で握り、制御していた。

 一体どんな怪力なのだろうか。

 ハグリッドはヒッポグリフを柵へ繋ぐと大きな体をこちらに向けた。

 

「ヒッポグリフだ! 美しかろう、え?」

 

 ハグリッドの言うことも分からなくはない。

 鷲のような頭と鉤爪と翼に馬のような体。

 色も様々で灰色、赤銅色、褐色、漆黒などがいる。

 その姿には魔法界の生物特有の気持ち悪さはなく、物語の主人公の友達として小説などに出てきても違和感はない。

 

「そんじゃ、もうちっとこっちゃこいや」

 

 みんなその大きな嘴と鉤爪に警戒しているのか近づこうとしない。

 私が無造作に柵の方へと近づくとハリー、ロン、ハーマイオニーも恐る恐る柵へと近づいた。

 取り敢えず数名が近づいたからか、ハグリッドが説明を始める。

 

「まんず、イッチ番最初にヒッポグリフについて知らなきゃならんのは、こいつらは誇り高いというこった。ヒッポグリフは怒りっぽい。絶対、侮辱しちゃなんねぇぞ? そんなことしてみろ。それがお前さんたちの最後のしわざになるかもしんねぇから――」

 

 私は説明を続けるハグリッドをよそにヒッポグリフに近づいていく。

 私が嘴に触れようとするとヒッポグリフはその手に噛みついてきた。

 それを軽くいなし、頭を撫でる。

 ヒッポグリフは今度は私を追い払うように鉤爪を振りかざした。

 半身でそれを避け、胴体を撫で、また攻撃されそうになり、避け、受け流し、ヒッポグリフに触っていく。

 ヒッポグリフは覆いかぶさるように私にのしかかってきたが、私はヒッポグリフの首を支点にしてくるりと回り背中に飛び乗った。

 マウントをとってしまえばこっちのものだ。

 ヒッポグリフは必死に私を振り落とそうと暴れまわるが、私はその衝撃を器用にいなしていく。

 数秒後にはヒッポグリフも諦めたのか大人しくなった。

 私はゆっくりと目の前にある大きな頭を撫でる。

 するとそれが気に入ったのかヒッポグリフは気持ちよさそうに目を細めた。

 私はようやく周囲を見回す余裕ができたのでドラコたちがいる方を見る。

 全員が口をぽかんと開けてこっちを見ていた。

 唯一ハグリッドだけは私に気が付かずに、生徒が静かに説明を聞いているものだと思いしゃべり続けている。

 

「――ってもいいっちゅうこった。もし、お辞儀を返さなんだら、素早く離れるようにな。こいつの鉤爪はちと痛いからな。よーし、誰が一番乗りだ?」

 

 全員が黙って私のほうを指さした。

 ハグリッドはなんだ? といったような表情で私のほうに振り返る。

 そしてヒッポグリフに乗っている私の姿をとらえると、ただでさえ大きな目を更に大きくした。

 

「お、おまえさんなにやっとるんだ?」

 

「さっきから襲われてました」

 

 パチルが先ほどの私の様子を説明するように言った。

 

「いや、あれは上に乗ろうとしてたんだろ?」

 

「戦ってるようにしか見えなかったけど……」

 

「じゃれてただけよ!」

 

 生徒が口々に先ほどの私の行動について言い合っている。

 私は「なにやってるんだろうねー」といった表情でヒッポグリフと顔を見合わせていた。

 

「おい、おまえさん! 危ないからはよ降りて来い!」

 

 ハグリッドが慌てたように大声を出すがヒッポグリフは大人しいままだ。

 1回、2回と翼を動かし、まるで空を飛ぶ準備をしているようだった。

 

「連れて行ってくれるの?」

 

 私が声を掛けるとヒッポグリフは一気に大空へと飛翔した。

 一瞬加速について行けず落ちそうになるが、優しくヒッポグリフの首を抱き込みそのまま一緒に加速していく。

 そしてあっという間にハグリッドが小さくなるほど上空へとたどり着いた。

 私の脇で大きな翼が動いているのが分かる。

 自分で空を飛ぶのとは少し違う感覚に私は心が躍った。

 そういえば私はホグワーツの周りを飛んだことがない。

 ヒッポグリフは大きく禁じされた森の上を旋回し、私はしばらくその空中散歩を楽しんだ。

 しばらくするともう1頭ヒッポグリフが上空目指して飛んでくるのが見える。

 よく見ると背中にはハリーが必死にしがみつくように乗っていた。

 ハリーはヒッポグリフの背中の上で大声を上げる。

 いや、大声を上げないと聞こえないのだ。

 

「咲夜! しばらくしたら帰ってこいってさ。ハグリッド、呆れてたけど怒ってはないみたいだった」

 

「ハグリッドとしては生徒が魔法の生物に興味を持ってくれていることがうれしいんでしょうね」

 

「ちがいない!」

 

 ハリーは少し乗りにくそうにもぞもぞとしている。

 やはり箒で飛び慣れているハリーからしたら少々ヒッポグリフは乗りにくいのだろうか。

 私たちを乗せたヒッポグリフたちは放牧場付近をぐるりと1周すると、地上を目指して一気に降下した。

 着陸時に物凄い衝撃がくると身構えていたが、思ったよりも軽やかにヒッポグリフは着陸する。

 私が乗っているヒッポグリフの横にハリーを乗せたヒッポグリフも着陸した。

 

「よーくできた、ハリー。咲夜、おまえさんもな」

 

 ハグリッドは大声を出し、全員が歓声を上げた。

 

「よーしと。ほかにやってみたいモンはおるか?」

 

 私たちの成功に励まされたのか他の生徒も恐る恐るヒッポグリフに近づいていく。

 本来だと、お辞儀をし、お辞儀を返されたら触っていいという合図らしい。

 私の強引なやり方は間違っていたようだ。

 私はヒッポグリフとの格闘で少し疲れたので木陰で休むことにする。

 他の生徒がおずおずとヒッポグリフに頭を下げているのを見ながら、私はリドルの日記を取り出し開いた。

 

『貴方が退学にしたハグリッドが今教鞭をとっているわよ。時代の流れって怖いわね』

 

『あの偏屈な爺さんがやりそうなことだ。ハグリッドだと魔法生物飼育学ってところかい?』

 

『ええ、今ヒッポグリフの扱いについて生徒に実習させているわ』

 

『ああ、ヒッポグリフか。あれはいい』

 

『どうして?』

 

『敬意をもってお辞儀を返すからさ』

 

『どういう理由よ。それ』

 

 ドラコがハリーの乗っていたヒッポグリフに近づいていくのが見える。

 名前はバックビークというらしい。

 お辞儀をし、お辞儀を返され。

 ああ、リドルの言うことも分からなくはない。

 

『だが誇り高すぎるのが玉に瑕だ。少しでも機嫌を損ねるような態度を取るとすぐに襲い掛かってくる』

 

 ドラコがバックビークに襲われているのが見えた。

 

『なるほど、ああなるのね。今スリザリン生が1人襲われたわ』

 

『助けに行かなくていいのかい?』

 

『大した怪我じゃないわ。でも、そろそろ授業に戻らなくちゃ』

 

 私はリドルの日記を閉じるとドラコに近づく。

 腕には大きな傷があり、そこからどんどんと血が溢れ出てきていた。

 

「死んじゃう! 僕、死んじゃうよ! 見てよ! あいつが僕を殺した!」

 

「死なないわ」

 

「死にゃせん!」

 

 私とハグリッドが同時に言った。

 ハグリッドは軽々とドラコを抱きかかえると一直線に城の方へと走っていく。

 他の生徒たちもショックを受けたような表情でその後を追っていった。

 私は1人放牧場に取り残される。

 先ほど乗ったヒッポグリフが心配そうに頭を擦り付けてきた。

 

「大丈夫よ。貴方たちの大好きなハグリッドはクビになってもいなくはならないわ。森番ができるのなんてハグリッドのほかにいないもの」

 

 私は1頭ずつに首輪をつけ直し鎖で柵に固定する。

 ハグリッドはこれをせずに城の方へ走っていったが、ヒッポグリフが逃げて生徒を襲ったらどうする気だったのだろうか。

 私は最後にバックビークに首輪をつけて柵に鎖で固定すると、そのまま生徒たちの後を追って城の方へと歩いていった。

 

 

 

 

 木曜の昼近く、魔法薬学の授業でようやくドラコは医務室から帰ってきた。

 その様子はいつかの抗争の時に負傷して帰ってきた美鈴さんとよく似ていた。

 もっとも、怪我の程度は全然違うが。

 ドラコは包帯を巻いた右手を吊り、ふんぞり返って地下牢教室に入ってくる。

 

「ドラコ、腕はどんな感じ?」

 

 横に座ったドラコに私は聞いた。

 

「大丈夫だ。……とは、言えないかな」

 

 ドラコは酷く顔をしかめて言ったが、様子を見る限りでは殆ど塞がっているのだろう。

 私は授業のほうに意識を向ける。

 今日調合するのは縮み薬だ。

 この薬の調合はそれほど難しいものではない。

 でもドラコの腕では少しやりにくそうだ。

 

「先生」

 

 ドラコが唐突に口を開いた。

 

「先生、僕、雛菊の根を刻むのを手伝ってもらわないと、こんな腕なので……」

 

「十六夜、マルフォイの根を切ってやりたまえ」

 

 スネイプ先生はこっちを見ずにそういった。

 私はドラコから根を受け取ると机の上でダダダダダと切っていく。

 その様子を見てロンがニヤリと笑った。

 大方私がドラコの態度にイラついて根をメッタ切りにしたと思っているんだろう。

 だが私はそこまで器の小さな人間ではない。

 ドラコの根は寸分違わぬ大きさに切られ机の上に並んでいた。

 

「お見事」

 

 ドラコが勝ち誇ったような顔でロンのほうを見る。

 ロンは私をひと睨みすると自分の鍋に視線を戻した。

 ドラコは気を良くしたかのようにもう一度スネイプ先生に言う。

 

「先生、それから僕、この萎び無花果の皮を剥いてもらわないと」

 

「十六夜、マルフォイの無花果を剥いてあげたまえ」

 

「既に」

 

 ドラコの前には既に私が剥いた無花果が置いてあった。

 ドラコは一層気を良くしたようにニンマリした。

 私はその後も右手が動かない設定のドラコを手伝っていく。

 私の手伝いもあってかドラコの縮み薬は完璧に出来上がった。

 だが問題は数個先の鍋で起こっていた。

 ネビルの縮み薬が本来の色からかけ離れたものになっているのだ。

 縮み薬は本来明るい黄緑色の水薬だ。

 だがネビルのそれは蛍光オレンジになっていた。

 

「オレンジ色か、ロングボトム」

 

 スネイプ先生が柄杓で大鍋からネビルの薬を掬い上げる。

 

「オレンジ色。オレンジ……ふむ。私は言ったはずだぞロングボトム。ネズミの脾臓は1つでいいとな。聞こえてなかったのか? ヒルの汁はほんの少しでいいと、明確に申し上げたつもりだが? 君のほんの少しは茶さじ1杯分もあるのか? ロングボトム。いったい私はどうすれば君に理解していただけるのかな?」

 

 ネビルは今にも泣き出しそうに震えている。

 魔法薬学の授業では、ネビルはいつもの数倍はドジだった。

 

「先生、お願いです。先生、私に手伝わせてください。ネビルにちゃんと直させます」

 

「君にでしゃばるよう頼んだ覚えはないがね、ミス・グレンジャー」

 

 スネイプ先生は冷たくハーマイオニーに告げると言葉を続ける。

 

「ロングボトム、このクラスの最後にこの薬を君のヒキガエルに数滴飲ませて、どうなるか見てみることにする。そうすれば、君ももう少しまともにやろうという気になるだろう」

 

 そう告げるとスネイプ先生はネビルの所から去っていった。

 

「助けてよ……」

 

 ネビルがハーマイオニーに呻くように頼む。

 ハーマイオニーはその様子に困惑しているようだった。

 

「助けては駄目よ、ハーマイオニー」

 

 私はハーマイオニーに静かに言う。

 

「でも……」

 

 ハーマイオニーはネビルの必死そうな顔をみていた。

 

「スネイプ先生は貴方にでしゃばるなと言ったわ。それに、ここで手を貸してしまったら本当にネビルは甘えん坊になってしまうわよ」

 

 私はネビルのほうを向く。

 

「ネビル、1人で頑張ってみなさい。教科書を見て、先ほど先生が言っていた間違いを正すにはどうすればいいか考えなさい。じゃないと貴方の為にならないわ」

 

「でも、トレバーが……」

 

「そうね、そのカエルの為に頑張るのよ」

 

 私のその言葉を聞いてネビルは慌てたように教科書を捲り始めた。

 私の横ではドラコがナイスといった表情で左手の親指を突き上げている。

 私も一応同じポーズで返した。

 そして、授業も終わりの時間がやってきた。

 

「諸君、ここに集まりたまえ」

 

 スネイプ先生が暗い目をぎらつかせる。

 

「ロングボトムのヒキガエルがどうなるか、よく見たまえ。なんとか縮み薬が出来上がっていれば、カエルはおたまじゃくしになる。もし作り方を間違えていれば……ヒキガエルは毒にやられるはずだ」

 

 私はスネイプ先生に見えるように手を挙げた。

 

「先生。いいでしょうか?」

 

 スネイプ先生は鋭くこちらを見る。

 

「何がいいのかねミス・十六夜。カエルが可哀想とでも言うのか?」

 

「いえ」

 

 私はそこで一度言葉を切った。

 

「その薬、私が飲んでもいいでしょうか?」

 

 その言葉にクラスの全員が目を見開いた。

 さきほどまで私の横でニヤニヤしていたドラコでさえ、私の顔を見上げて口を開けている。

 スネイプ先生は一度考えるようにネビルの鍋をかき回すと、いやにあっさりと了承をくれた。

 私はネビルの作った縮み薬の色を見る。

 今は何故か紫色をしている。

 

「死んじゃうよ! 咲夜!」

 

 ネビルが悲惨な声を上げる。

 

「そう、じゃあ私が死んだらお葬式には出てね」

 

 私はそう軽口を言い、スネイプ先生から小さじを受け取ると慎重に掬って口の中に入れた。

 次の瞬間、ポンという軽い音と煙と共に私の視線が20cmほど低くなる。

 グリフィンドール生から喝采が沸き起こった。

 ネビルは安心したかのように床にペタンと尻もちをついてしまった。

 スネイプはやはり何かがおかしいといった表情でネビルの鍋をかき回している。

 それはそのはずだ。

 ネビルが作った縮み薬は劇毒なのだから。

 私はネビルの薬を口の中に入れた瞬間時間を止め、スプーンを口から取り出すと、自らが調合した縮み薬を飲んだのだ。

 スネイプからしたら私が劇毒を飲んだのに何故か縮んだように見えただろう。

 スネイプ先生は黙って私に解毒薬だと思われる小瓶を渡してくる。

 私がそれを飲むと身長が元通りに戻った。

 何故か落胆するような声が一部から上がる。

 スネイプ先生の苦しげな「授業終了」という声によって魔法薬学の授業は終わった。

 

「ネビルの縮み薬が上手くできてたからよかったものの、下手したら死んでたのよ? 分かってる? 咲夜」

 

 廊下を歩きながらハーマイオニーが怒るように私に言った。

 

「あら、もし死ぬような劇薬だったらスネイプ先生も私に飲ませたりはしないわよ。授業中に死傷者がでたらハグリッドの二の舞じゃない」

 

 その言葉を聞いてハリーとロンがこちらをギロリと睨んだ。

 どうやら相当ドラコやその他スリザリン生からそのことについて言われたようだ。

 私はハーマイオニーのほうを振り返るが既にそこにはいなかった。

 トイレだろうか?

 

「どこ行っちゃったんだ?」

 

 ロンがすっとんきょな声を上げる。

 するとハーマイオニーは今上っていた階段の下から顔を出した。

 息を切らせて、片手には大きな鞄を持っている。

 

「どうやったんだい?」

 

 ロンがハーマイオニーに聞いた。

 

「何を?」

 

「君、ついさっきは僕らと一緒にいたのに、つぎの瞬間階段の一番下に戻ってた」

 

「え?」

 

 ロンの問いにハーマイオニーは混乱するように声を上げた。

 

「ああ、私、忘れ物を取りに戻ったの。あ、あーあ……」

 

 次の瞬間ハーマイオニーが持っていた鞄の縫い目が破れた。

 それは当然だ。

 ハーマイオニーの鞄には10冊以上の本が押し込まれている。

 私はハーマイオニーが何をしているかおおよそだが察しがついた。

 逆転時計だ。

 この世界の時間操作系の魔法を調べていた時に見つけた貴重な魔法具の一種で、確か魔法省が厳重に管理しているものだ。

 ひっくり返すことによってひっくり返した分だけ過去に戻れる。

 過去に戻る。

 簡単に説明したが物凄いことなのだ。

 私の能力では逆転時計ほどの過去への干渉は出来ない。

 せいぜい動いたものを元あった場所に戻すことが精一杯だ。

 だが、逆転時計にも弱点がある。

 未来が改変されない程度にしか過去に干渉出来ないのだ。

 言ってしまえばそれは自分の行動が縛られるということである。

 考え方としては、ノヴィコフの首尾一貫の原則に似ているが、本には過去の自分を殺してしまった魔法使いもいると書かれていた。

 つまり決定論とは異なる仕組みのものなのだろう。

 ハーマイオニーはマクゴナガル先生と話し合って決めたと言っていた。

 マクゴナガル先生が一生徒の為に逆転時計の使用の許可を魔法省に取り付けたということだろうか。

 

「ハーマイオニー。あなた本当に過労死するかもね」

 

 私が占い学の授業の事を思い出すかのように言う。

 ハーマイオニーはそれに憤慨するように反論したが、鞄の裂け目から落ちた本が彼女の苦労を雄弁に語っていた。

 

「レパロ、直れ。ハーマイオニー、貴方は授業を詰め込む前に空間魔法を覚えるべきね」

 

「そうよ! 咲夜ってなんでもその鞄から取り出すけど、どうなってるの?」

 

 ハーマイオニーが羨ましそうに私の鞄を見ていた。

 まあ確かにパッと見非常に軽そうに見えるからだろう。

 だが軽いのは私が持っている場合だけだ。

 

「調べてみる?」

 

 私は自分の鞄をハーマイオニーに手渡した。

 次の瞬間ハーマイオニーの頭の高さがガクンと落ちた。

 鞄の重さを支えきれずに鞄と共に地面に落ちたのだ。

 

「なにこれ……、滅茶苦茶重い」

 

 それはそうだろう。

 いくら空間を広げても重量までもが何処かへ行くわけではない。

 かといって別に私が滅茶苦茶力持ちというわけでもないのだ。

 私が触ることによって鞄の重量は一時的に消える。

 これは無意識下で使っている術なので、私にもいまいち原理が分かっていない。

 予想を立てた中では、重力子の伝達を一時的にやめている為、重さが消えるのではないかというのが有力だ。

 もっとも、科学の分野で重力子は予想はされているが発見はされていない素粒子である。

 私としても仮説を立てるしかない。

 私の鞄をハーマイオニーは持ち上げようとするが、私の鞄は釘で打ち込まれたようにその場から動かなかった。

 私は鞄を握るとヒョイと持ち上げ指1本で支えて見せる。

 私が触ると鞄は羽のように軽くなるのだ。

 

「咲夜って実は滅茶苦茶力持ち?」

 

 ハーマイオニーが私の二の腕を見ながら言う。

 

「そんなわけないでしょう? ハーマイオニーもお腹空いてるみたいだし大広間に行きましょう」

 

 私は勝手にハーマイオニーのお腹の状態を決めつけると昼食を取るために3人を連れて大広間へと向かった。




用語解説


占い学
紅茶占いってなんかいいですよね。ミニゲームっぽくて。

過労死
炎のゴブレットからはハーマイオニーは通常の時間割に戻したので、割と本気で過労死寸前だったのかもしれません。

トレローニー先生とハーマイオニー
ハーマイオニーに占いはあってないと私も思います。努力しても点数が上がらないってハーマイオニーにとっては地獄のような科目。

後片付け
本当はあまり手伝う気はなかったが、いつもの癖で流し台に立ってしまった咲夜ちゃん。

占いで有名なレミリア
紅魔館の収入源の1つ。

あと1分で変身術の授業
普通に走っても間に合わない。

動物もどき
この時咲夜はシリウスが動物もどきだとは知らない。

マクゴナガル先生
拍手をもらいたかった様子。ハーマイオニーに甘かったり落としてから上げたり拍手が欲しかったりと意外と優しくいい先生。

占い学を酷評するハーマイオニー
まだ占い学の授業の関しての愚痴しか言ってないので大丈夫だが、占い自体を貶すと咲夜さんがアップを始める模様。

屋敷で飼ってたグリム
妹様の友達になれるのではないかと美鈴が連れてきたがなれなかった模様。なお紅魔館では常時妹様の狂気垂れ流し状態。パーティーなどを開くときは人間に影響を与えないようにパチュリーが結界を張る。

手榴弾でキャッチボール
私はやりたくありません。

ハリーの気絶ギャグ
マルフォイの爆笑一発ギャグの一つ。スリザリン生の集まっているところでやればどっかんどっかんに受ける。

怪物的な怪物の本
咲夜の鞄の中という常識では考えられない環境にいたためすっかり弱り切っている。

黙れマルフォイ
黙るフォイと書きそうになってしまったのはここだけの話。

ヒッポグリフとのじゃれ合い
ヒッポグリフ程度の攻撃ならいなせる咲夜ちゃん。お嬢様のペットは凶暴な物も多くなれている模様。

ハグリッドをアズカバン送りにしたリドル
ハグリッド自身も近くにリドルがいるとは夢にも思わないでしょうね。

敬意をもってお辞儀を返す
リドルをこの場面で出したのは、これが書きたかっただけです。

ヒッポグリフをそのまま放置して城のほうに向かってしまうハグリッド
普通に危険です。

腕を怪我したドラコ
ハリーの気絶のマネで演技力はあるのか、知らない人がみたら本当に痛そう。

雛菊の根を切る咲夜
原作ではロンが本当にめった切りにして、結局ロン自身がその根を使うことになり悪戦苦闘するという場面でしたね。

劇薬を飲むことを生徒に許可するスネイプ先生
咲夜の能力の謎に迫ろうとして、許可を出したようです。無論懐に解毒薬は忍ばせてあります。

ネビルの薬の色が紫色に
原作ではハーマイオニーの助けを借りて、ちゃんときく縮み薬を調合できています。色は緑。

20cm小さくなる咲夜
ぅゎょぅι゛ょっょぃ

何故か落胆するような声が一部から上がる
フォーイ…

逆転時計
色々制限がありそうですよね。咲夜は作中では興味は持っているが自分の能力には組み込めそうにないと思っています。

咲夜が持つと軽くなる鞄
完全なご都合設定です。作者自身グラビトンがどういうものなのかよくわかりません。まあ咲夜が持ったら軽いんだよ!ってことにしといてください。(なお、作者がこの設定を忘れると他のキャラが咲夜の鞄を持ってたりといった描写が生まれるかもしれませんが)


追記
文章を修正しました。

h30.8.12 加筆修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。