私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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ペティグリューがらみの会話面倒くさくて相当省いてしまいました。詳しい事情が知りたい方は原作をお読みください。
誤字脱字等ございましたらご報告して頂けると幸いです。


試験とか、誤解とか、気絶とか

 男が1人、フラフラと獣道を歩いている。

 その足取りは弱々しく、今にも地面に倒れそうだ。

 男の服はもう何日も洗っていないような汚さで、男自身の汚れも酷い。

 その男は何を目指して歩いているのだろうか。

 目はうつろで、今にも死に絶えそうだった。

 やがて男は大きな屋敷を見つけると、もう限界だとばかりにその門の前に倒れた。

 

「今日の水やりはこれで終わり! さて今度は朝食の準備でも……あら?」

 

 その男を、庭の植物に水をやっていたメイドが見つける。

 メイドと言っても、いつものチャイナ服の上にエプロンをしているだけだ。

 彼女は紅美鈴。

 そう、男は紅魔館の前で力尽き、倒れ伏したのだった。

 

「人? が死んでる。いやまだ生きてる? なんにしてもご馳走ゲット……いや食うところないぐらい痩せてるなこの人」

 

 美鈴はその辺に落ちていた木の棒で男をツンツンと突いた。

 男は動かない、動けるような状態ではない。

 美鈴は何か悩むように考えると、何かを思いついたように手を叩いた。

 

「そうだ。太らせてから食べよう! そうと決まればお嬢様に許可を~♪」

 

 美鈴は男をその場に放置すると鼻歌交じりで紅魔館の中に入っていく。

 そして5分もしないうちに男の元へと戻ってきた。

 

「さて! お嬢様の許可が得られたところで、まずはこの人間を綺麗にしないとね。食べ物は清潔に。パチュリーにでも頼んだら一瞬かな?」

 

 美鈴は意識のない男を乱暴に肩に担ぎ紅魔館の中へと入っていく。

 それはごく普通の紅魔館の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 私の前にはアツアツのミディアムレアのビーフステーキが置いてある。

 そしてその向かい側にはブラックが涎を垂らしてステーキの前に座っていた。

 

「ホグワーツの屋敷しもべ妖精が腕によりをかけて焼いたステーキよ。食べたい?」

 

「食べたい!」

 

 ブラックが目をキラキラさせる。

 私はステーキをブラックの手の届かない位置まで引き寄せた。

 犬のしつけで大切なのは餌を与えるタイミングだ。

 

「じゃあ冷めないうちに昨日のことを話すことね。私が納得いく説明が得られたら食べていいわよ」

 

 私のその言葉にブラックは途端に表情を曇らせる。

 そしてやむなしとばかりに口を開いた。

 

「わかった、私が悪かった。軽率な行動だったと私も思う。だが仕方がなかった。クルックシャンクスが談話室の合言葉らしきものを持ってきたんだ。あいつをこの手で捕まえられると思うと居ても立っても居られなくなって……少し間違えば私はアズカバンに戻っていただろう」

 

「わかればよろしい。ほんと心臓に悪いからやめてよね。ハリーを心配するハーマイオニーの気持ちが分かってきたわ」

 

 私はステーキをブラックの方に押し付ける。

 ブラックは何処からともなくナイフとフォークを取り出すと満面の笑みでステーキに齧り付いた。

 

「アズカバンと言えば……今更な話にはなるが、君はどうやって私を助けたんだ? いきなり私の前に現れたが……」

 

 ブラックは口一杯にステーキをモキュモキュしながら私に聞いた。

 本当に今更な話だ。

 

「おいそれと話せるようなものではないわ。でも連れ出したのは姿現しのようなものと答えておくわね。魔法具ありきでの力だから今は使えないけど」

 

「そうか。君はいつも音も無く突然現れ、そして突然消えるから何か特殊な魔法を身に着けているものだと思っていたのだが……」

 

 ブラックのその言葉に私はギクリとする。

 図星だったからだ。

 私は表情を取り繕うと、そう特別な物ではないとブラックに告げた。

 

「まあ確かに普通とは少し違う力を持ってはいるけど、何でもないようなものよ」

 

 ブラックは取り敢えず納得したようだった。

 ナイフでステーキを切り、口の中に入れていく。

 肉の切り口から焼き加減が分かるが、屋敷しもべ妖精とは本当に料理が上手らしい。

 

「じゃあ、私は授業があるから学校に戻るわ。いい? 次なにかする時はもう少し慎重にやりなさい」

 

「分かっている。ああ、それと、ステーキありがとう」

 

 私は呆れたように肩を竦めると、ブラックのいる部屋から出て時間を止め、ホグワーツへと戻った。

 

 

 

 

 

 ブラックの2度目の侵入以降、ホグワーツの安全対策が更に厳しくなった。

 結局あの後カドガン卿はクビになり、太った婦人が談話室前に戻ってきた。

 そして婦人の要望なのか、肖像画の前にはよく躾けられたトロールが数匹警護についている。

 それ以外にも、フリットウィック先生は校内のあらゆるところにブラックの顔写真を貼り、生徒に人相を覚えさせ、フィルチさんは校内の穴という穴を板で塞いでいた。

 先生方もピリピリしており、日が暮れてから外に出るなどもってのほかといった表情だ。

 そんな中、私は呪文学の授業を終え、占い学の授業を受ける為に北塔に向かって歩いていた。

 階段を上り梯子を上り、私は占い学の教室へと入る。

 教室の小さなテーブル1つ1つに白い靄のようなものが詰まった水晶玉が置いてある。

 前回の授業で次の時間には水晶の授業を行うと先生が言っていたのを思い出す。

 私はハリーたちの姿を見つけ、その近くへと腰を下ろした。

 

「みなさま、こんにちは」

 

 トレローニー先生がいつものように薄暗がりの中からゆっくりと登場する。

 この授業のお決まりのパターンだ。

 

「あたくし、少し早めに水晶玉をお教えすることにしましたの。6月の試験は玉に関するものだと、運命があたくしに知らせましたのよ。それであたくし、みなさまに十分練習させてさしあげたくて」

 

 その先生の言葉にハーマイオニーがフンと鼻を鳴らした。

 

「あらまあ。『運命が知らせましたの』……どなたさまが試験をお出しになるの? あの人自身じゃない! なんて驚くべき予言でしょう!」

 

 ハーマイオニーは声を小さくするような配慮もせず先生に聞こえるような声で言った。

 トレローニー先生は聞こえているようだったが、いつものごとくハーマイオニーの言葉を無視する。

 

「水晶占いはとても高度な技術ですのよ。水晶玉の無限の深奥を初めて覗き込んだ時、みなさまが初めから何かを見ることは期待していませんわ。まずは意識をリラックスさせるところから始めましょう」

 

 そして皆が水晶を見る作業に取り掛かった。

 お嬢様も水晶を用いて運命を見ることがある。

 お嬢様曰く、ティーカップに見えるものよりも鮮明に運命を見ることが出来るらしい。

 私は机の上に置かれた水晶玉を覗き込む。

 何かが見えるような気もするが、よくは分からなかった。

 お嬢様は運命を見通す時、どのようにしていただろうか。

 確か水晶玉を鷲掴みにし、妖力のようなものを水晶に籠めていた記憶がある。

 そうすると水晶玉は煌々と紅く光り始めるのだ。

 私はお嬢様がやっていたのを思い出しながら水晶玉を手に取った。

 水晶はひやりと冷たく、そしてすぐ手に馴染む。

 あとは妖力だが……霊力で代用できないだろうか。

 私は水晶を胸の前まで持ち上げ、そのまま霊力を籠め始めた。

 すると水晶玉はゆっくりと光を持ち始める。

 お嬢様のような紅色ではない。

 透き通るような青い光だった。

 

「あまり一気にやると割れちゃうわね。慎重に……」

 

 私は水晶に籠める力を徐々に強めていく。

 それに応じて水晶玉の光は増していった。

 私は光り輝く水晶玉を覗き込む。

 何かが見えるだろうか。

 水晶の中の靄は形を変え、蠢く。

 だが、私はそれに意味を見出すことはできなかった。

 

「お嬢様のようには無理ね」

 

 私は水晶玉を机の上に戻し、霊力を籠めるのをやめる。

 そして視線を上げるとトレローニー先生の顔がとても近くにあった。

 

「先ほどのはまさしくスカーレット嬢の! 貴方も同じことができますの?」

 

 先生の眼鏡で拡大されている目がまん丸に見開かれ、更に大きく見える。

 

「光らせることは出来ましたが、私にはその中に何かを見出す力は無いようです」

 

 私はそういって肩を竦めた。

 横を見るとハリーたちもつまらなさそうに水晶玉を覗き込んでいる。

 どうやら先ほどの光は見えていないようだった。

 結構強く光っていたのだが、周囲を見渡してもこちらに視線を向けている生徒はいない。

 どうやら先ほどの光は先生と私にしか見えていないようだ。

 

「先生は何か見えますか?」

 

 私は水晶玉に指を触れさせ霊力を籠める。

 水晶玉は先ほどと同じように煌々と光り出した。

 

「そうですわね……あたくしには何か恐ろしく、そして強大なものが近づいているのが見えますわ。来年、気を付けあそばせ?」

 

 確か妹様も来年のことを言っていた。

 来年は何か特別な年なのだろうか。

 

「何か見えた?」

 

 ハリーがロンとハーマイオニーに対して退屈そうに呟くのが聞こえてくる。

 

「そうだな……このテーブルに焦げ跡がある。多分誰かが蝋燭を倒したんだ。僕の水晶玉にはそう出てるね」

 

「まったく時間の無駄よ。もっと役に立つことを練習できるといいのに……」

 

 ハーマイオニーが水晶玉を突きながらそう言った。

 

「まあ! 何事ですの!?」

 

 先生がハリーの座っているテーブルの水晶玉を覗き込み大声を張り上げた。

 ハリーはそれをうんざりしたような顔で見ている。

 

「ここに何かありますわ。何かが蠢いている。でも何が……」

 

 ハーマイオニーは先生のそんな様子をイライラしたような顔で睨んでいた。

 ハリーも絶対良いことは言われないだろうと言った表情をしている。

 

「まあ、貴方……ここにこれまでよりはっきりと……ほら、こっそりと貴方に忍び寄り、だんだんと大きくなるグリムの――」

 

「いい加減にしてよ!!」

 

 先生が何かを言う前に耐え切れないといった様子でハーマイオニーが怒鳴った。

 

「また、あのバカバカしいグリムじゃないでしょうね!」

 

 先生を含めたクラスの全員が目を丸くしてハーマイオニーを見ている。

 先生は初めは驚いたような顔をしていたが、ゆっくり立ち上がると紛れもなく怒りがこもった表情でハーマイオニーを睨んだ。

 

「まあ、また貴方。こんなことを申し上げるのは少々心苦しいのですけども、貴方がこの教室に初めて現れたときからはっきり分かっていたことでございますわ。貴方には占い学という高貴な技術に必要なものが備わっておりませんの。まったく、こんなに救いようのない『俗』な心を持った生徒にいまだかつてお目にかかったことがありませんわ」

 

「何が必要なものよ! 水晶の中にまがい物のグリムを見るのが占い学なのだとしたら、占いって本当にどうしようもない学問よ! 結構、私もうやめるわ!」

 

 ハーマイオニーはそういうと教科書を鞄に詰め込み始める。

 私はそんなハーマイオニーに努めて冷静に言った。

 

「ハーマイオニー、私のお嬢様は占いの権威なのだけれど……占い学が、なんですって?」

 

 途端に辺りが静まり返る。

 ハーマイオニーはカバンを持ったまま固まると、逃げるように梯子を降りて行った。

 

「咲夜。ハーマイオニーもカッカしてるだけだ。だから……その……ナイフ仕舞いなよ」

 

 ロンの言葉に、私は手元を見る。

 ロンの言う通り、そこには1本のナイフが握られていた。

 

「ちょっと自分の思い通りにならないからあんなこと言っただけだよ咲夜。だからハーマイオニーを殺さないでね」

 

 ハリーが慌てて付け足す。

 私も慌てたようにナイフを袖の裏に隠した。

 

「大丈夫、大丈夫よ。冷静、クールダウンよ私」

 

 私はゆっくりと椅子に座る。

 これではブラックのことを言えないかもしれない。

 私は苛立ちを隠すように水晶玉を掴むと、これでもかというほど霊力を籠める。

 そして次の瞬間爆発するように水晶玉が砕け散った。

 

「ふう」

 

 その衝撃と共に私の苛立ちも霧散したような気がする。

 先生はその様子を恐る恐ると言った表情で見守っていたが、すぐにいつもの調子を取り戻し授業を再開させた。

 

 

 

 

 

 

 その後、クィディッチの決勝戦が終わる頃までハーマイオニーが私に話しかけてくることはなかった。

 ハーマイオニーは私に殺されるとでも思っているのか、私の姿を見ると逃げていく。

 そしてスリザリンを破ってグリフィンドールが優勝杯を手に入れた時の談話室のパーティーで、ハーマイオニーはようやく恐る恐るだがこちらに近づいてきた。

 

「あの……はぁい、咲夜」

 

 ハーマイオニーの声色はまるで割れ物でも扱っているように慎重なものだった。

 ハーマイオニーは意を決したかのように口を開く。

 

「ごめんなさい。貴方の仕えているお嬢様が占い学をやっている人だとは知らなくて……私酷いこと言ったわ。許してもらえないとは思うけど……」

 

 ハーマイオニーは私に対し深く頭を下げた。

 

「あのさ……ハーマイオニーには私が殺人鬼か何かに見えているの? どうしてそこまで恐る恐るなのよ。赤の他人ならまだしもハーマイオニーを殺すわけないじゃない」

 

 私は優しい声で言う。

 その言葉にハーマイオニーは苦々し気に笑みを浮かべた。

 

「赤の他人なら殺すのね……でも、悪いと思っているのは本当なの」

 

「怒ってないわ。まあ最初の頃は確かに怒ってたけど。でもよく考えたら美鈴さんとかも「運命を操る能力(笑)」とか言ってお嬢様に殴られているしね。でも1つだけ覚えておいて。占い学というのは本当に素質がないとどれだけ勉強しても意味がないわ。そして、お嬢様の占いはまさしく『本物』よ」

 

「ええ、わかったわ」

 

 何か食べましょう? と私はハーマイオニーの手を取り料理が並んでいるテーブルの方に引っ張っていく。

 今思えば、ハーマイオニーと喧嘩のようなことをするのはこれが初めてかもしれなかった。

 

 

 

 

 クィディッチの決勝戦が終わって1週間もしないうちに学年末テストが始まった。

 みんながクィディッチに夢中になっている間勉強していた甲斐もあり、私は好調にテストをこなしていった。

 変身術ではティーポットを陸亀に変えるという課題が出た。

 私は真紅の杖を振るいティーポットを陸亀に変える。

 ハーマイオニーは自分の変化させた陸亀に納得がいかなかったのか、陸亀よりも海亀に見えたとぼやいていた。

 呪文学では『元気の出る呪文』が実技として出された。

 私はネビルに呪文を掛けたが、ネビルは元気になりすぎて部屋中を走り回った。

 魔法生物飼育学では、レタス食い虫の面倒を1時間見るという簡単なものがテストで出た。

 レタス食い虫は放っておくと最高に調子がいいのだ。

 ほぼ何もすることなくテストは終わり、殆どの生徒が満点だったことだろう。

 魔法薬学では『混乱薬』を調合するという実技が出た。

 私は魔法薬学は得意なほうだ。

 正確に分量を量り正確に調合したら失敗など起きるはずもない。

 その後も天文学、魔法史、薬草学とテストが行われていく。

 そして最後から2番目の闇の魔術に対する防衛術のテストは少々変わった形式のものだった。

 屋外での障害物競争のようなものだ。

 多分採点基準は突破した時間と対処の方法だろう。

 私は難なく障害を全て突破したが、殆どの生徒が最後のまね妖怪を突破するのに手間取った。

 理由は1番初めに行ったまね妖怪を使った授業にある。

 あの時に見た妹様をトラウマに思っている生徒が多かったらしく、試験中に殆どの生徒がまね妖怪を妹様に変身させてしまったのだ。

 そのせいでテスト中に気絶する生徒も出始め、マダム・ポンフリーがルーピン先生に対して怒っていた。

 そして最後に占い学のテストがあった。

 1人ずつ占い学の教室に入っていき、水晶に見えたものを答えるのだという。

 私は自分の名前が呼ばれると教室の中に入っていった。

 

「こんにちはミス・十六夜。貴方には期待していますわ。さぁさぁここに腰かけて。この水晶玉を覗き込むのです。ゆっくりでいいのよ。見えたものをあたしに教えてくださいな」

 

 トレローニー先生はそういうと私を水晶玉の前に座らせた。

 私は水晶玉を掴み霊力を籠める。

 この中に何かが見えなければ、この試験でいい点は取れないだろう。

 私は蠢く靄の意味を考えるのはやめ、光を見て頭の中に浮かぶ情景を口に出していった。

 

「これは……お嬢様かしら。美鈴さんも見えるわ。何かを話しているみたい」

 

「何を話していますの?」

 

 私は意識を集中させる。

 

「これは……夕食のメニューに関してですね。何故トーストとみそ汁を一緒に出すのかと美鈴さんがお嬢様に怒られています」

 

「それはそれは……なんともよくわからないですわね」

 

「あ、美鈴さんがお嬢様に叩かれました。先生、これは一体!」

 

 私とトレローニー先生は顔を見合わせる。

 先生は私の目をじっと見ると神妙に呟いた。

 

「正直、あたくしにもわかりませんわ」

 

 ……私にもよくわからなかった。

 

 

 

 

 テストが終わり談話室でのびのびとしているとハーマイオニーが神妙な顔をしてロンと何かを話していた。

 そこにハリーも加わり、やはり悲しそうに顔を伏せる。

 何かあったのだろうか。

 

「何かあったの? ……その手紙」

 

 ハリーたちは1つの手紙を持っている。

 その手紙には辛うじて読み取れるような字でドラコに怪我を負わせたヒッポグリフが処刑されるという内容が書かれていた。

 そういえばと、私は新学期ホグワーツに来るときにドラコに聞いた話を思い出す。

 

「最近何かと裁判の事を調べていると思ったら、これのことだったのね」

 

「咲夜、なんとかならないかな?」

 

 ロンが縋るように私に言う。

 私としても何とかしてあげたい気持ちもあるが、決まったことはどうしようもないだろう。

 

「それに、一応控訴したんでしょ? それで駄目ということは上から大きな権力が圧し掛かっているということよ。私にはどうしようもないわ」

 

 私のその答えに3人は唸るように顔を伏せた。

 話を聞く限りだと、この3人はクリスマスの時からどうにかバックビークが処刑にならないように色々と調べていたらしい。

 珍獣1匹の為にそこまで出来る3人の優しさに、私は驚きを隠せなかった。

 

「なんにしても、ハグリッドの元に行かなきゃ。ハグリッドが1人で死刑執行人を待つなんてそんなことさせられないよ」

 

 だがハグリッドからの手紙には処刑は日没だと書かれている。

 野外に出る許可は下りないだろう。

 ハリーは頭を抱えて考え込んだ。

 

「透明マントさえあればなぁ……」

 

「なくしたの? あんな貴重な物を?」

 

 私が聞くとハリーは前回のホグズミード村行きの時にスネイプ先生に見つかりそうになり、抜け道の入り口にマントを置いてきてしまったと明かした。

 私は呆れたようにため息をつく。

 そして鞄を開き、中からハリーの透明マントを取り出した。

 無論、初めから入っていたわけではない。

 鞄を開いた時に時間を止め、抜け道まで取りに行っただけだ。

 私は目を丸くしているハリーに透明マントを手渡す。

 

「お父さんの形見なのでしょう? 大切にしなさい」

 

「でも、どうして咲夜が?」

 

 ハリーが不思議そうに聞いた。

 

「マジックよ」

 

 私はハリーのもっともな疑問をその一言で誤魔化した。

 

 

 

 

 

 私はその後皆と一緒に大広間に向かい夕食を食べた。

 ハリーたちは凄い速度で夕食を掻き込んで飛び出していったが、大方ハグリッドを慰めにいったのだろう。

 私としてはヒッポグリフの生死など全く興味がないのでゆっくりと夕食を味わう。

 このローストビーフなど最高だ。

 もしかしたら料理の腕では少し屋敷しもべ妖精に負けているかもしれない。

 ……厨房を借りて練習など出来ないだろうか。

 そうしているうちにも日が沈んでいく。

 そういえばヒッポグリフは鳥のような馬のような姿をしているが、美味しいのだろうか。

 もしヒッポグリフの死骸を譲ってもらえるようだったら、調理してみるのもありかもしれない。

 いや、ハグリッドのことだから埋葬したいというか。

 私としても埋葬された死骸を掘り起こしてまで食べようとは思わない。

 私は時間を止めるとテーブルからローストビーフや野菜などを盛り合わせ鞄の中に入れる。

 そしていつものように叫びの屋敷を目指し城を飛び出した。

 道中ハリーたちの姿が見えないかと周囲を見渡したが、見つからない。

 よほど上手に透明マントで隠れているのだろう。

 私は叫びの屋敷に着くと時間停止を解除し中に入る。

 だがそこには誰もいなかった。

 

「おかしいわね。餌の時間にはいつもいるのに」

 

 完全に犬でも飼っているかのような感覚だったが、正直あまり変わらないだろう。

 毎日食事を与え、たまにクィディッチ観戦という名の散歩に連れていき、面倒を見る。

 成り行きで世話を始めたが、今では完全に日課になっていた。

 

「まあそのうちやってくるわね」

 

 私は当初と比べると見違えるほど綺麗になったベッドに腰かける。

 ゆっくりと日が沈んでいくのが見える。

 そして数分もしないうちに太陽はどっぷりと沈んだ。

 バックビークの処刑が終わった頃だろうか。

 私としては生物1つの生き死にの為にお金をかけて裁判をする理由が分からない。

 適当に殺してハイおしまいじゃダメなのだろうか。

 それとも大人の事情というやつだろうか。

 そんなアホなことを考えていると横穴のほうからドタバタと音が聞こえてくる。

 ブラックが帰ってきたのだろう。

 私はそう予想したが、そのドタバタ音と共に聞こえてきた聞き覚えのある悲鳴を聞いて認識を改める。

 

「やめろ! 放せッ! この! 犬めッ!!」

 

 それはロンの声だった。

 物音からして引きずられているようだ。

 何に?

 いや、この場合ブラック以外にはありえないだろう。

 その物音は徐々にこちらへと近づいてきており、最終的にはロンの足を咥え引きずっているブラックが私のいる部屋へと入ってきた。

 

「咲夜!? なんで君がここに!?」

 

 ロンがブラックに引きずられながらも私に聞いた。

 私はそれを黙って見下ろすことしかできない。

 ブラックは部屋の中央までロンを引きずると、そこで人間の姿に戻る。

 

「ああ、咲夜。ここにいたんだね。すまない、今日はどうも夕食の時間は取れなさそうだ」

 

 ロンは人間の姿に戻ったブラックを見て口をあんぐりと開けていた。

 まさに言葉が出ないと言った表情だ。

 

「あら、ロン。怪我してるじゃない。だめよブラック。いくら抵抗されたからってこんな強引に引きずっちゃ……」

 

 私はロンの横に屈みこみ、変な方向に折れ曲がったロンの足の治療を始めた。

 時間を止め、丁寧に治療の魔法を掛けていく。

 マダム・ポンフリーのように魔法1つでとはいかないが、重ね掛けすることによってロンの足は元通りに戻った。

 そして時間停止を解除し改めてブラックに向き直る。

 

「こうして連れてきたということは、スキャバーズはロンの手に戻ったのね」

 

「ああ、クルックシャンクスが教えてくれた。今しかないと思い咄嗟にな……」

 

「そ、そんな……まさか咲夜が……」

 

 ロンがまさに息も絶え絶えといった様子でこちらを見ている。

 大方私がブラックの仲間か何かだと思っているのだろう。

 

「ロン、貴方勘違いしているわ。私はただブラックに……」

 

「ロン! 大丈夫!? 犬は何処?」

 

 私がロンに向けて説明をしようとしたらクルックシャンクスとハリーとハーマイオニーがロンに駆け寄ってくる。

 ロンを追ってきたということだろう。

 

「犬じゃない」

 

 ロンが2人に向けて言った。

 

「あいつが犬なんだ。……あいつは動物もどきだったんだ!」

 

 ロンがそう言うが早いかブラックがハリーたちが入ってきた扉を閉めた。

 そして杖を持っている2人に向けてブラックは武装解除の呪文を掛ける。

 ハリーとハーマイオニーの持っていた杖は宙を舞うと、ブラックの手に収まった。

 

「君なら友を助けに来ると思った」

 

 ブラックがハリーを見てしみじみと語る。

 まるで息子を自慢しているかのような口ぶりだ。

 

「君の父も私の為にそうしたに違いない。君は勇敢だ。先生の助けすら求めなかった。まあ、その方が私としても都合が良いが」

 

 いやそれは自慢以外の何物でもないのであろう。

 ブラックはハリーと話が出来てとても幸せそうだ。

 ハリーは恨めしそうにブラックを見て、そしてその視線を私のほうにも向けた。

 

「咲夜! また君か! なんで君はいつもいつも事件の1番奥で待ち構えているんだ!?」

 

 ハリーが私に対して怒鳴る。

 ハーマイオニーはブラックを観察して気が付いたかのように声を上げた。

 

「嫌に綺麗だわ。逃亡中なのだとしたらもっと汚れていて痩せこけているはずなのに……。咲夜、貴方もしかして……」

 

 私が口を開く前にブラックがハーマイオニーの問いに答える。

 

「咲夜君にはお世話になった。毎日甲斐甲斐しく私に食事を運んできてくれた」

 

 ハーマイオニーがやっぱりと言った表情で手で顔を覆う。

 酷い誤解だ。

 いやブラックの言葉に嘘はないのだが、もう少し言い方というものがあるだろうに。

 毎回誤解を解くこっちの身にもなってほしい。

 もうなんというか、諦めてブラックの側についたほうがいいだろう。

 

「そうね。ここ1年間、私はブラックの世話をしてきたわ。食事を与え服を与え杖を与え。でもねハリー、それもこれも――」

 

「僕を殺す為か!?」

 

 私の言葉を遮るようにハリーが怒鳴った。

 

「咲夜は分かっていない! こいつは僕の父さんと母さんを殺したんだ!!」

 

 ハリーはブラック目掛けて杖もなしに跳びかかる。

 私はもうお手上げと言わんばかりに肩を竦めるしかなかった。

 ブラックはそんなハリーの様子に相当大きなショックを受けたのか、杖を上げそこなっている。

 ハリーはブラックの手首を掴み捻りあげ、ブラックの杖を奪うとそのままブラックの横顔を殴りつけた。

 ブラックは何が起こったか分からないと言った表情でハリーを見ている。

 このまま乱闘になるのも拙いと考えたので、流石に間に割って入る。

 だが怒ったハリーは私にも遠慮なく殴りかかってきた。

 私はそのハリーの拳を掴み、捻りあげると重心を移動させ、ハリーを地面に叩きつける。

 そしてハリーがブラックから奪った杖を今度は私が奪い返した。

 

「いい加減にしなさい。ハリー・ポッター。見苦しいわよ」

 

 私は右手でハリーに杖を突き付けながら左手でブラックを助け起こす。

 ハリーはなおもブラックに襲い掛かろうとしたが、流石に状況が状況なのでハーマイオニーが必死にしがみつきハリーを引き留めた。

 私はブラックに杖を渡し、再度ハリーたちに向き直る。

 ハリーたちは警戒するようにブラックと私を睨みつけていた。

 

「もう、貴方のせいよ。これじゃあ私が悪者じゃない」

 

 私はブラックを睨みつける。

 ブラックは申し訳なさそうにこちらに目を向けた。

 

「さて、ハリー。話を聞いてくれ。これは大事な話だ」

 

 ブラックが優しい声色でハリーに話しかける。

 だがハリーにはそれが死の宣告に聞こえているような様子だった。

 

「君は誤解をしている。いや、君だけじゃない。魔法界全体が私を誤解していると言った方がいいだろう」

 

 ブラックのそんな話などハリーの耳には入っていないようだった。

 だが杖を突き付けられている手前、動くことも出来ないだろう。

 その時、1階の方向から何か物音が聞こえてくる。

 ブラックはその音を聞き話を一度中断すると私のほうを向いた。

 

「見てきてくれ。私はこの子たちを見ている」

 

「ええ、わかったわ」

 

 私は杖を持ったままハリーたちの横を通りドアの方に向かう。

 その時ハリーに「裏切者!」と言われてしまったが無視した。

 私が階段を降りて1階に降りるとそこには杖を構えているルーピン先生が立っていた。

 ルーピン先生は警戒するように私に杖を向けたが、私だと分かると咄嗟に杖を下ろす。

 

「君は今上から降りてきたが、上はどうなっている?」

 

 ルーピン先生は声を潜めて私に聞いた。

 

「ブラックがハリーたちが怪我をしないよう見張っています。でも今にも乱闘を始めそうな勢いなので早いところ誤解を解かないと……」

 

「その様子だと、君はもしかして――」

 

「ええ、知っています。貴方とブラックの関係も、ペティグリューの居場所も」

 

 私がそう告げるとルーピン先生は驚いたように目を丸くした。

 やはり事情を知っている人は話が早くて助かる。

 

「実は今年1年ブラックの世話をしていたんです。ブラックから色々と聞きましたわ。ペティグリューのことや先生のことを。とにかく、今は急いで上の階に」

 

「ああ、わかった。すぐ向かおう」

 

 ルーピン先生は私の後に続いて階段を上っていく。

 そしてハリーたちのいる部屋に入っていった。

 私もそれに続く。

 

「シリウス、あいつはどこだ?」

 

 ルーピン先生はブラックの顔を見ると開口一番にそう尋ねた。

 ブラックはルーピン先生の顔を見ると静かにロンのローブを指さす。

 私もその指を目で追うが、ロンのローブはそこだけ妙に盛り上がっていた。

 多分あそこに入っているのはペティグリューが変身しているスキャバーズだろう。

 

「なるほど、あいつは君とあの時入れ替わりになったのか。だから地図にあいつが……」

 

「ルーピン先生?」

 

 ハリーが心配そうな声を出した。

 ハリーはきっとルーピン先生が自分たちを助けに来たものだと思ったのだろう。

 だがルーピン先生は全てを察したような顔をすると、シリウスを久しく会った兄弟のように強く抱きしめたのだ。

 ハリーはその光景を見て絶望的な顔をした。

 それはロンもハーマイオニーも同じだった。

 

「そんな……なんてことなの!? 先生まで!」

 

 先生までの『まで』とは私の事を指しているのだろうか。

 だとしたら当たりでもあるし外れでもあるだろう。

 ハーマイオニーはどうもルーピン先生もブラックの仲間だと思っているようだ。

 

「わ、私……先生の為に隠していたのに……」

 

「ハーマイオニー、話を聞いてくれ」

 

 ルーピンが事情を説明しようと優しくハーマイオニーに話しかける。

 だがその言葉はハーマイオニーを更に混乱させるだけだった。

 

「僕は先生を信じてた! 咲夜のこともだ! でも、2人ともずっとブラックの仲間だったんだ!」

 

 今度はハリーがいつもの癇癪を起したように怒鳴った。

 もうなんだか色々と面倒くさい。

 ここにいる全員を殺して今すぐ紅魔館に帰りたい気分だ。

 

「それは違う。この12年間私はシリウスの仲間ではなかった。しかし、今となっては大事な友だ。説明させてほしい」

 

 ルーピン先生は必死に語り掛ける。

 だがその言葉をハーマイオニーが遮った。

 

「ダメよ! ハリー、騙されないで……2人はブラックが城に入る手引きをしていたのよ。この人も貴方の死を願っているんだわ。この人、狼男なのよ!」

 

 ハリーたちは驚いたような顔でルーピン先生を見る。

 ルーピン先生はその事実を明かされて青ざめてはいたが、至って冷静だった。

 私は沈黙を破りハーマイオニーに話しかける。

 

「ハーマイオニー。貴方らしくないわ。残念だけど、ルーピン先生はブラックが城に入る手引きはしていない。それをしていたのは私よ。それに、多分だけどハリーの死を願ってはいないと思うわよ。そしてそれは私も、ここにいるブラックも同じだわ」

 

「ああ、そうだ。そして、私は自分が狼男であることを否定しない」

 

 私の言葉にルーピン先生がそう付け足した。

 

「やっぱりそうだ! 先生と咲夜がブラックの仲間だったんだ! この裏切り者!」

 

 そんなハリーの言葉に私とルーピン先生は肩を竦める。

 ブラックはそんなハリーの言葉がショックで仕方ないのか、今にも気絶しそうな顔を片手で覆い隠している。

 

「わけを話させてくれれば、きっと君たちは納得するだろう。咲夜」

 

 先生が私の持っている杖に目線を落とし私の名を呼んだ。

 多分ハリーたちに杖を返せと言っているのだろう。

 私は素直にその言葉に従いロンとハーマイオニー、そしてハリーに杖を返した。

 そして自分の杖はローブへと仕舞う。

 ルーピン先生もブラックも、私に習い、杖を仕舞った。

 

「ほーら。これで君たちには武器がある。私たちは丸腰だ。話を聞いてくれるかい?」

 

 私たちの行動に、ハリーたちはわけが分からないと言った表情をしている。

 ルーピン先生は分かりやすいよう1つずつ話をしていった。

 ルーピン先生がここに来れた理由。

 スキャバーズが動物もどきであるということ。

 その正体は死んだはずのピーター・ペティグリューで、ペティグリューは死んだふりをしただけだということ。

 ブラックとペティグリューが動物もどきである理由。

 叫びの屋敷の正体。

 ルーピン先生はそれらを1つずつ説明をしていく。

 その話は大体この1年間でブラックから聞いた話の通りだった。

 ルーピン先生は一通り説明を終えると、改めて私のほうに向きなおった。

 

「今度は君が話してくれ。正直、私も何故君がここにいて、ブラックの仲間になっていたかが分からない」

 

 これは困ったことになった。

 はっきり言って、よい言い訳が思いつかない。

 果たして何処まで話してよいものだろうか。

 だが私は話を始める前に先ほどから気になっていることを片付けることにした。

 

「ステューピファイ!」

 

 私はルーピン先生の横を通り抜けるように麻痺呪文を撃つ。

 その呪文は部屋にいる『透明な何者か』に当たると、その何者かを見事に気絶させた。

 ゴトリという物音がしてそのものが倒れる。

 私はその何かに近づくと、上に覆いかぶさっている物を取り払った。

 そこから現れたのはスネイプ先生だった。

 先ほどから透明マントに隠れて部屋の中にいたのだろう。

 私はマントを丸めてハリーに投げる。

 

「また置き去りにしたのね」

 

 私はハリーに対し呆れたようにため息をついた。

 

「ご、ごめん。ロンを助けるために無我夢中で……」

 

 まあ物より友ということだろう。

 私は気絶したスネイプ先生は放っておいて話を始めようとした。

 

「えっと、私の話ですよね。まず――」

 

「いやいやいや」

 

 ルーピン先生が私の話を遮る。

 

「何故ここにスネイプ先生が? それ以前によくわかったね」

 

 半笑いのルーピン先生は気絶したスネイプ先生の頬を突くと感心したように言った。

 

「人の気配を感じ取るのには慣れているんです。多分ルーピン先生の後を追ってきたのではないのですか? いつからこの部屋にいたかはわかりませんが……。さて、邪魔者もいなくなったところでスキャバーズがペティグリューである証拠を見せましょうか。ロン、ネズミを渡しなさい。今すぐに」

 

 スネイプ先生の突然の登場とあっけない退場に周囲が気を取られているのを利用して私は強引に話を進めていく。

 このまま私とブラックの関係を有耶無耶にしてしまおう。

 流石に堂々とアズカバンからブラックをここに連れ出したのは私だとは言えないからだ。

 

「冗談はやめてくれ。スキャバーズなんかに手を下す為にわざわざここまでしたのか?」

 

「ロン、渡しなさい」

 

「ネズミなんて何百万といるじゃないか! 何でスキャバーズだってわかるんだよ!」

 

「ロン?」

 

 私がギロリと睨むとロンは黙ってスキャバーズを私に渡した。

 スキャバーズは私の手の中でジタバタと暴れる。

 私はスキャバーズの時間を遅くし、動作をゆっくりなものへと変えた。

 

「ロンの疑問ももっともだ。シリウス、何故スキャバーズがペティグリューだと分かったんだ?」

 

「新聞だ」

 

 ルーピン先生の問いにブラックはポケットからくしゃくしゃになった新聞の切れ端を取り出した。

 そこには旅行中のロンの家族の姿と、ロンの肩の上に乗っているスキャバーズの写真があった。

 

「ロンドンで偶然拾ったものだ。私にはすぐにこのネズミがアイツだと分かった。こいつが変身するのを何度見たと思う?」

 

 ブラックは私の掌でゆっくりともがくペティグリューを指さした。

 

「なんにしても、こいつの変身を解けばわかることだ」

 

 ブラックはそういうとスキャバーズに向け杖を振るう。

 私が手を放すとスキャバーズは宙に浮かび、そこに静止した。

 その様子を見て何をするか分かったのかルーピン先生も杖を構える。

 そして掛け声と共にスキャバーズに同時に魔法を掛けた。

 途端にスキャバーズは地面に落ち、小太りの人間へと姿を変える。

 私は直接見たことはなかったが、多分この男がペティグリューなのだろう。

 人間に戻されたペティグリューはどうしていいか分からないように周囲を見回している。

 

「やあ、ピーター。しばらくだったね」

 

「シ、シリウス……それにリーマスも……」

 

 ペティグリューはまるで今2人の存在に気が付いたかのように2人の名前を呼ぶ。

 ブラックが杖を上げようとするがルーピン先生がその腕を押さえた。

 取り敢えず証拠は揃った。

 これでハリーたちもブラックの言葉に耳を貸すだろう。

 私は先ほど気絶させたスネイプ先生に近づく。

 何か違和感があるのだ。

 私は看病する旨をブラックに伝えるとそのままスネイプ先生を部屋の外まで引きずらないように運んでいく。

 そして隣の部屋のベッドに降ろそうとした瞬間、スネイプ先生は飛び起き私に杖を突き付けた。

 

「動くな。十六夜咲夜。あの時私には麻痺の呪文ではなくお得意のナイフを投げつけておくべきだったな」

 

 スネイプ先生はゆっくりとベッドから起き上がる。

 少しでも動けば死の呪文でもなんでも掛けるぞと言わんばかりの勢いだ。

 

「それだと先生を殺してしまいますわ。なんにしても……途中で気が付いてらしたのですか? それとも初めから全て演技か……」

 

 私は何も持ってないと主張するように手を体の前で組んでスネイプ先生と向き合う。

 部屋の隣では徐々にペティグリューが追い詰められていくような会話が聞こえてきていた。

 

「無論、学生の未熟な魔法など、防ぐのは容易い。答えろ、貴様は何をするためにブラックに加担した? 何故ブラックと接触した?」

 

「ブラックは無罪でペティグリューは生きて――」

 

「そうではない。それを知るにはまず初めにブラックに接触しなければならない筈だ」

 

 隙のない表情でスネイプ先生は私を睨みつける。

 このまま時間が過ぎれば誰かがこちらの部屋に来て、この状況を打開してくれるだろう。

 だが、それはスネイプ先生にも分かっていることだ。

 私は小さくため息をつくと、自分でもどうかと思うような歪で気味の悪い笑みを作った。

 

「何故私がブラックと接触したか、ですよね。それは先生も分かっていらっしゃるのでは?」

 

 スネイプ先生は何も言わない。

 黙って私に杖を突き付けている。

 私は時間を止めるとスネイプ先生の杖を手から抜き取り、先ほどと同じ体勢を取る。

 そして時間停止を解除した。

 

「――ッ!?」

 

 スネイプ先生の視線が自分の杖腕を睨み、横に滑るように私の手に持たれている杖に移る。

 どうやら杖を奪われたことを認識したようだ。

 私はスネイプ先生の杖を掲げるように構える。

 

「少し気絶していてください。『先生』」

 

 そして再度麻痺呪文を掛けた。

 次の瞬間、私の体は後ろへと吹き飛ばされた。

 何が起こったか分からない。

 確かに麻痺の呪文を唱えたはずなのだが、杖の先からは何もでなかった。

 いや、この感覚、これは……。

 

「その杖は魔法を使った術者自身に魔法を返すのだ。十六夜咲夜よ」

 

 スネイプ先生はローブから1本の杖を取り出す。

 その杖を見て私はようやくスネイプ先生の仕掛けた罠に掛かったのだと理解した。

 体から力が抜け、偽物の杖が落ちる。

 スネイプ先生が私に向かい何か呪文を掛けようとしているのが見えた。

 私は渾身の力を振り絞り魔法を掛けられるギリギリで時間を停止させる。

 そしてそのまま床に倒れ伏すと、私は意識を失った。

 




用語解説


食うことしか考えていない美鈴
純粋な妖怪のあるべき姿です。

ステーキモキュモキュ
刃牙のような効果音。こんな効果音がするぐらいの厚切りのステーキを食べてみたいです。

警備のトロール
野生のトロールのイメージが強いのでアレですが、躾ければ警備ぐらいできるんですね。

生徒に対して初めてキレそうになる咲夜
お嬢様のことになると簡単にプッツンしそうです。

クィディッチ決勝戦
アズカバンの囚人編が余りにも長くなりそうだったので省略。
これと次回含めても8本。流石に多いです。

学年末テスト
闇の魔術に対する防衛術のテストだけは戦々恐々だったようです。妹様ェ……。

占い学のテスト
「正直、あたくしにもわかりませんわ」
書いてる私にもわかりません。

バックビークの処刑
ここも華麗にスルーしてしまった描写。そのうち書きます。

勘違い、英語でいうと、アンジャッシュ(大嘘)
実は咲夜は結構苦しい状況。

咲夜の言葉を聞いて大体のことを悟ったルーピン
そしてシリウスにペティグリューのことを聞き、確信しました。

見えないスネイプ先生に麻痺呪文
実はこの時確証はなかった咲夜。誰かがいそう程度にしか考えてません。

決闘クラブでのことを参考に咲夜を策に嵌めるスネイプ
案外この作品内で初ダメージかもしれません。咲夜が使ったのが死の呪文とかだとこの時咲夜は死んでました。

追記
透明マントのくだりを少し追記しました。
文章を修正しました。

2018-09-09 加筆修正

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