私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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炎のゴブレット編始まります。

誤字脱字等ございましたらご報告して頂けると助かります。


十六夜咲夜と炎のゴブレット
新入りとか、ワールドカップとか、闇の印とか


 私が美鈴さんをつれて紅魔館の地下図書館の暖炉に煙突飛行する。

 視界が開けた瞬間に、いつもの図書館の光景が目の前に広がった。

 

「お帰りなさい。咲夜」

 

「ああ、帰ってきたんだね。咲夜」

 

「待っていたよ、十六夜君」

 

 皆が口々に私に声を掛けてくる。

 私は最後に聞こえた声に違和感を覚えた。

 紅魔館に私のことを苗字で呼ぶ者はいない筈だ。

 私は周囲をきょろきょろと見回す。

 するとパチュリー様の向かい側に一人の男性を見つけることが出来た。

 その男性は頭をスキンヘッドに剃りあげ、ローブを着ている。

 私はその人物に見覚えがあった。

 

「えっと……。何でクィレル先生が?」

 

 そう、1年生の頃賢者の石を手に入れようとホグワーツで暗躍し、最終的に偽物を掴まされたクィレル先生が何故かパチュリー様の前で魔導書を読んでいた。

 

「十六夜君、私はもう先生ではない。今はただのクィリナス・クィレルだ」

 

 クィレルは読んでいた本を閉じると椅子から立ち上がり私に向き直る。

 

「どうやらあの時手に入れた賢者の石はダンブルドアに掴まされた偽物だったようでね。そのせいで私はヴォルデモート卿から捨てられ、廃人同然の状態でイギリス中を彷徨い歩いた。だが、捨てる帝王あれば拾う女王あり。私はレミリアお嬢様に拾われたのだよ」

 

 そういうとクィレルは遠い目をする。

 

「受けた恩義は忘れはしない。それに、ここには仕えるべき主が2人もいる。それに十六夜君、君のような同志もいるのだ」

 

 仕えるべき主というのはお嬢様とリドルのことだろうか。

 私がリドルに視線を向けるとリドルは肩を竦めた。

 

「えっと、パチュリー様。つまりどういうことなのでしょう?」

 

 私はパチュリー様に助け舟を求める。

 パチュリー様は美鈴さんのほうをチラリと見ると説明を始めた。

 

「クィレルはヴォルデモートに捨てられ行く当てもなく放浪してたらユニコーンの呪いで死にそうになり最終的に紅魔館の門の前で力尽きたのよ。それを美鈴が食用にならないかと拾ってきたの。でもこの魔法使いをレミィが気に入ってしまってね。今ではリドルの助手のようなことをしているわ」

 

 私は美鈴さんの方を見る。

 美鈴さんは申し訳ねぇ……と言わんばかりに頭を掻いていた。

 

「まあ、そういうことならいいんじゃないかしら。パチュリー様、情報面では大丈夫ですか?」

 

 パチュリー様はここに姿を隠されている身の上だ。

 パチュリー様の居場所が外に漏れるようなことは避けなければならない。

 

「それに関しては大丈夫。リドルもクィレルも紅魔館の仲間よ。最近レミィから外出許可が下りたの」

 

「ではお嬢様がお2人をお認めになったと?」

 

「当たらずとも遠からずね。吸血鬼というものは忠義に敏感なのよ。相手が誰を慕っているか直感的に分かるんですって。それによれば、リドルは私に、クィレルはレミィに忠義を持っている」

 

 私はそんなパチュリー様の言葉にリドルを見る。

 リドルは何か言いたげな私に気が付いたのか私に言った。

 

「僕1人でどうにかなる相手でもないだろう? それに、先生を死喰い人側に引き込むよりも、先生のいる陣営に参加してしまったほうが手間がかからない」

 

 まあもっともな話ではある。

 そういえばクィレルは今ターバンをしていない。

 いつものニンニクの匂いもしなかった。

 私がそのことについてクィレルに聞くと、クィレルは訳を話してくれる。

 

「ターバンは頭の後ろに寄生させていたヴォルデモート卿を隠す為のものだよ。そして匂いもカモフラージュに過ぎない。私はアルバニアの森で吸血鬼に会ったのではない。ヴォルデモート卿に会ったのだ」

 

 クィレルが後頭部を摩る。

 多分そこに寄生していたのだろう。

 

「だが、ヴォルデモート卿が居なくなった今、それは必要ない。吸血鬼に仕える身でありながらニンニクの匂いを振りまくなんて滑稽もいいところだ」

 

「まあ嫌いなだけであって弱点ではないのだけれどね」

 

 声がした方向に顔を向けるとお嬢様が図書館に入ってきたところだった。

 

「ただいま戻りました。お嬢様」

 

「ええ、早速井戸端会議をしましょう! パチェ、黒板」

 

 井戸端会議? どういう意味だったか……。

 なんにしても何かの会議を行うようだ。

 パチュリー様が空いている空間に向けて手を振ると何処にでもありそうな黒板が現れ、ひとりでに文字を綴っていく。

 

「さて、まずは報告を聞こうかしら。咲夜、シリウス・ブラックはどうなった?」

 

「ブラックは殺人鬼ではありませんでした。真犯人はブラックに殺されたものと思われていたピーター・ペティグリューで、現在逃亡中です」

 

 私は先日起こった事件について話し始める。

 パチュリー様はその情報を黒板にまとめていく。

 

「このことを知っているのは誰と誰?」

 

「何人かの生徒とダンブルドア先生は信じています。ファッジ大臣などの耳にも入ったようですが、生徒のたわごとだと思っているでしょう」

 

 私の報告にパチュリー様はブラックと書かれたマグネットを作り出すと、黒板に書いた不死鳥の騎士団という円の中に貼り付けた。

 

「咲夜とブラックの関係は?」

 

 お嬢様が更に私に問う。

 

「良好なものだと自負しております。ダンブルドア先生と一時期敵対するような関係になりそうにはなりましたが、最終的には和解を」

 

「なるほどね……。クィレル、今現在ヴォルデモート卿が何処にいるかわかるかしら?」

 

「別れてから2年経っているので、何とも……。ですがヴォルデモート卿は自らにゆかりのある土地にいると思われます」

 

「それは何故?」

 

 お嬢様のその問いにクィレルに代わってリドルが答えた。

 

「ああ、僕ならそうするだろう。大人になりさらに誇り高くなった僕なら尚更だ」

 

 パチュリー様はこの言葉を聞き黒板に潜伏候補地をいくつか書き入れていく。

 

「ふむ……」

 

 そしてお嬢様は黒板を睨みつけるように見る。

 何かを考えているようだった。

 

「よし。咲夜はダンブルドアにつきなさい。クィレルはヴォルデモートね。パチェとリドルは引き続き紅魔館。美鈴は知らないわ」

 

「お~じょぅうさぁああまぁぁぁああ!!」

 

「冗談よ。貴方が居なくなると紅茶を淹れる使用人が居なくなるでしょ」

 

 お嬢様は話は終わったと言わんばかりに手を叩いた。

 

「クィレルはこれからヴォルデモート卿の追跡と元死喰い人への接触。咲夜は私の指示ではなく自分の意思でダンブルドア側についているという意思表示をしておきなさい。以上解散!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいお嬢様。話が飛躍しすぎていてついて行けません」

 

 私は図書館を出ていこうとするお嬢様の背中に声を掛けた。

 お嬢様は不思議な顔をしてこちらに振り向く。

 

「そうね、今まで通りハリー・ポッターやダンブルドアと仲良しこよししてればいいのよ。初めは3重スパイとして両陣営を駆けまわってもらう予定だったけど、クィレルが居ればその必要もないわ。クィレルが死喰い人に戻って向こうの情報をこっちに入れてくれるみたいだし」

 

 私はクィレル先生の方を見る。

 すでにお嬢様から話は聞いているのか、早速作業に取り掛かっていた。

 

「お嬢様は一体何をしようとしているのですか? それによって今後の私の判断も変わってくるものかと……」

 

「そうね、1つ言えることは魔力が必要なの。とてつもなく大きなね。後は生贄。これも大量にいるわ。あと行動しにくいなら助言をあげる」

 

 お嬢様は1歩私に近づく。

 

「こっちの利益や不利益を考えずに自由にやりなさい。基本的には死喰い人を敵だと判断してダンブルドアの味方をしていればいいわ。今重要なのは、ヴォルデモートを復活させることと、ダンブルドアとヴォルデモートとの陣営が衝突すること」

 

 魔力、生贄。

 お嬢様はこの2つが必要だと言った。

 つまりお嬢様は……。

 

「お嬢様は戦争を望まれている? ということでしょうか」

 

 私の言葉を聞き、お嬢様の口が三日月型に開かれる。

 

「結果が大事だけど、過程も楽しまなくちゃね。折角生きた駒でチェスできるのですもの」

 

 ケタケタと笑い図書館から去っていく。

 私はその後ろ姿をただ見つめるしかなかった。

 

「咲夜ちゃん咲夜ちゃん。ちょっとよろしいかな?」

 

 私は美鈴さんに呼びかけられてようやく我に返る。

 私が後ろを振り向くと美鈴さんが私の鞄を持って立っていた。

 

「取り敢えず荷物置いてきたらいいと思うよ。着替えもね。クィレルのこととかおぜうさまからの命令とか混乱すること多いと思うけど、指示がないということは自己判断でジャンジャンやっちゃっていいってことだからね。私からの助言はただ1つ。迷ったら面白そうな方を選べ。その方がおぜうさまも多分喜ぶ」

 

 美鈴さんが私の鞄を足元に置く。

 ズンという鈍い音が図書館内に響いた。

 

「咲夜ちゃんの鞄重すぎ。亀仙人にでもなるつもり?」

 

 私は鞄を持つと、指1本で支えた。

 

「私にとっては重たくないんですよ」

 

 色々と言われたが、取り敢えず荷物を置いてメイド服に着替えよう。

 そして自分の部屋で横になりながらゆっくり考えたらいい。

 私は時間を止めると図書館を後にした。

 

 

 

 

 私は自室に入ると鞄を置き、ホグワーツの制服を脱いでいつものメイド服に着替える。

 そしてそのまま自分のベッドにダイブした。

 クィレルの件もあるが、まず考えないといけないのはお嬢様から命令されたことだろう。

 お嬢様は魔法界に戦争を起こそうとしている。

 その時に放出される魔力と戦死した人間の魂を使って何かをしようとしているのだ。

 一番早く戦争を起こす方法、それはお嬢様自身が魔法界に戦争を仕掛けることだ。

 だがそれは余りにもリスクが高すぎる。

 火種があるならそれを利用した方がいいということだろう。

 そして戦争を激化させる為に両陣営に自分の配下を送り込み内部から操る。

 生贄がいるということは戦死者が多く出なければいけないということだろうか。

 なんにしても戦いを激化させればさせるほど、戦死者は増える。

 つまり私は不死鳥の騎士団に入り全滅しない程度に死喰い人を殺せばいいのだ。

 クィレルは死喰い人を使って一般市民や魔法省の魔法使いを殺す。

 どれぐらい殺せばいいのか、どれぐらいの魔力が必要なのかはわからない。

 だが目的がはっきりしたことによって動きやすくはなった。

 私はベッドから起き上がり時間停止を解除させる。

 自室を出て図書館に向かうとちょうどクィレルが廊下をこちらに向かって歩いてきていた。

 

「ほう、メイド服だとまた少し印象が違うな。ホグワーツはどうだ?」

 

「そこそこってところかしら。そういえばクィレル、貴方妹様の狂気は大丈夫なの?」

 

 図書館は妹様のいる地下室に近い。

 慣れていない人間が耐えられるとは思えないのだが。

 

「ヴォルデモート卿を1年以上も頭の後ろに匿っていた私だ。禍々しい気には慣れている。もっとも、地下の方から漂ってくるものはヴォルデモート卿のそれとは比べ物にならないほど強いが……私では近づけんよ」

 

「そう……たぶん貴方の方が大変な仕事になると思うけど、頑張って頂戴ね」

 

「ど、どどどどもりのクィ、クィレル先生のイメージが強いかも知れないが、私はこれでも優秀だと自負している。問題はない」

 

 そういえばクィレルはグリンゴッツに侵入して捕まらずに出てこれるほどの実力の持ち主だったか。

 

「なんにしても、お嬢様がお認めになったということは、そういうことなんでしょう。お互い頑張って潰し合いましょう?」

 

「勿論だ。偉大なる我が主の為に」

 

 私はクィレル先生とすれ違う。

 クィレル先生は仲間だが、同時に敵なのだ。

 何とも奇妙な関係だが、それをお嬢様が望むならそれでいい。

 私はそのまま図書館へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「紅茶が入りました。お嬢様」

 

 いつもの深夜のティータイムの時間。

 私はいつものようにお嬢様に紅茶をお出ししていた。

 お嬢様は先ほど送られてきた手紙を机に広げ読んでいる。

 

「咲夜、便箋」

 

 私は時間を止め便箋と万年筆を取ってくると机の上に並べる。

 そして時間停止を解除した。

 

「お持ちしました」

 

 お嬢様は当たり前の光景のように机の上に置かれた万年筆を手に取ると、手紙を書き始めた。

 

「マルフォイのところからプレゼントが届いたわ」

 

 お嬢様は何か紙切れのようなものを私に手渡す。

 私はそれを受け取りそれが何なのかを調べた。

 

「これは……クィディッチの試合のチケットですか?」

 

「そう、ブルガリア対アイルランドの。最上階貴賓席ですって。それも3枚」

 

 その席がどれ程凄いものなのか私にはピンとこない。

 だが3枚ということは、お嬢様、私、美鈴さんの分ということだろう。

 

「それともう一通、これは貴女宛ね」

 

 そう言ってお嬢様は一通の手紙を取り出した。

 

「失礼します」

 

 私は封蝋が既に破ってある便箋から手紙を取り出すと、中身を改める。どうやらロンからの手紙のようだった。

 

『やあ、咲夜。お屋敷での生活はどうだい? こっちはこっちでバタバタさ! ところで、今年のワールドカップのチケットが手に入ったんだ! 貴賓席だぜ! 仕事が忙しくなかったら咲夜も一緒にどうだ? ハリーとハーマイオニーも誘ってる。チケットにはまだ少し余りがあるから同封しておくよ。ロンより』

 

 相変わらず滅茶苦茶な文章だ。まあロンだしこんなものだろう。

 便箋には手紙と一緒に先程見たクィディッチのチケットが1枚同封されていた。

 

「これでチケットが4枚……ですか。どう思われますか?」

 

「そうね。せっかくの貰い物だし、行こうと思うんだけど、勿論ついてくるわよね」

 

「勿論です。お嬢様。もう1枚のチケットはいかがいたしましょう」

 

 この屋敷で公的に動けるのはお嬢様、私、美鈴さんの3人だけ。つまり一枚余ることになる

 

「クィレルに渡しなさい。有効活用すると思うわ」

 

 お嬢様は手紙を書く作業に戻る。

 ということは今お嬢様が書かれている手紙はドラコの家に出すものだろう。

 私はチケットを裏返し試合日を確認する。

 そこに書いてある日付からすると、あと3日でワールドカップが開催されるようだ。

 

「多分フクロウ便が相当混み合っているのね。封蝋の刻印は1週間も前だし」

 

 お嬢様は手紙を書き終えた後、ご自身の体の一部をコウモリへと変化させ、足に手紙を掴ませる。

 私が窓を開けるとコウモリは空へと飛び立っていった。

 

「近くのポスト何処だったかしら」

 

「あ、普通に郵便で送るんですね」

 

「美鈴みたいに捕まえて食べちゃう人がいるかも知れないでしょう? さて、試合は3日後ね。マルフォイのところとは会場で会うだろうし……ウィーズリーも貴賓席にいるようだし。さて、どうやって会場まで行きましょうか」

 

 お嬢様は紅茶を飲み干すとソーサーにティーカップを戻す。

 私はティーセットを片付けるとお嬢様に指輪を渡した。

 

「パチュリー様の魔法具なのですけど、これで姿現しが出来るみたいです」

 

「貴方、まだ姿現しできないのね」

 

 お嬢様に痛いところを突かれてしまった。

 そう、実は私はまだ姿現しが出来ないのだ。

 というよりかは、練習をしたことがないと言い換えた方が正しい。

 

「できれば、ホグワーツに行くまでには覚えておいた方がいいわ。あそこでは姿現し出来ないけど、便利ではあるからね」

 

「かしこまりました。それでは私は美鈴さんにクィディッチの試合の件をお伝えしてきますね」

 

 私はお嬢様に頭を下げると指輪をつけて門の前へと姿現しする。

 いきなり目の前に現れた私に驚くことなく美鈴さんは抱き着いてきた。

 

「さっくやちゃーん!」

 

 私は時間を止めて後ろへと回り込む。

 美鈴さんは空を掴むようにつんのめった。

 

「おっと。で、なにかようかな?」

 

 美鈴さんは片足で体勢を立て直すように前へと跳ぶと、改めて私のほうを向いた。

 

「ホグワーツの知人がスポーツの試合のチケットをくださいまして。4枚あるので美鈴さんも来いとのお嬢様からの命令です」

 

「ということは強制か。まあ娯楽っぽいからいいけどね。慰安旅行的な?」

 

「私たちはお嬢様のお付きとして行くんですよ?」

 

 美鈴さんはそんな私の言葉を聞いてケラケラと笑った。

 

「真面目過ぎよさくっちゃん。こういうのは適当でいいのよ適当で。上司に気を使いすぎて逆に煙たがれるパターン?」

 

「美鈴さんが適当すぎるんですよ」

 

「まあなんにしても試合は見に行くわよ。試合はいつ?」

 

「3日後です」

 

 3日、3日、と美鈴さんは繰り返す。

 

「じゃあ私はスーツでも用意して待ってるわ。出かけるときに呼んでね~」

 

「わかりました」

 

 私は軽く美鈴さんに頭を下げると館に戻る。

 そしてそのまま図書館へと向かった。

 

「クィレル、いるかしら?」

 

 図書館をぐるりと見回すが、クィレルがいる気配はない。

 かわりに本の山の陰からパチュリー様がぴょこっと顔をだした。

 

「クィレルは今出かけているわ。急ぎの用?」

 

 私はパチュリー様のもとまで行くと、事情を説明する。

 

「そう。なら私が預かっておくわ。機を見て渡しておく」

 

「お願い致します」

 

 パチュリー様はチケットの裏に何かを書き入れると、それをポケットにしまう。私はもう一度パチュリー様に頭を下げ、図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 3日後、私は自分の身支度を整えお嬢様の部屋に来ていた。

 私はお嬢様に外出用のドレスを着せ、身だしなみを整える。

 試合はどうやら日が暮れてからのようだ。

 一応日傘は持ってはいくが、必要になることはないだろう。

 

「準備が整いました。お嬢様。出発致しましょう」

 

 全ての準備が整うとお嬢様に声を掛ける。

 私は窓の外を確認するが、既に太陽は沈んでいた。

 

「ええ、まずはうちの門番を拾わないとね。咲夜」

 

 私は時間を止め、お嬢様の時間だけを動かす。

 お嬢様は時間が止まっていることを確かめると窓を開け門の方に飛び立っていった。

 私も窓から外に出て、魔法で窓の鍵を掛ける。

 そしてお嬢様に続き門の前へと降り立った。

 

「マヌケ面して固まっているわね。顔に落書きでもしてやろうかしら」

 

 お嬢様が門の前で待っていた美鈴さんの顔を覗き込みながら言う。

 美鈴さんはビシッとしたスーツを着込み、傍からみたらボディーガードのようだった。

 まあボディーガードというのもあながち間違いではないが。

 私はお嬢様に離れるように言うと、美鈴さんの時間停止を解除する。

 美鈴さんは急に時間が止まったことに少し驚いたような表情をしていたが、すぐに状況を理解したようだった。

 

「お、じゃあ行きますか。咲夜ちゃんはいつも通りのメイド服なんだね。おぜうさまは……ノーコメントで」

 

「なんでよ」

 

 美鈴さんとお嬢様はいつもの調子で軽口を飛ばしている。

 この2人の関係はどういったものなのか、私にもよくわからなかった。

 

「ではお嬢様、右手にお掴まりください。美鈴さんは左手に」

 

「やった! 咲夜ちゃんと手を繋いで歩けるなんて!」

 

「飛ぶのよ。空間を」

 

 お嬢様は私の右手を握る。

 美鈴さんは私の左腕に抱き着いた。

 私は指輪に魔力を籠めクィディッチの試合会場まで姿現しした。

 引っ張られるような感覚のあと、私の目の前に森が広がる。

 一瞬場所を間違えたかと思ったが、パチュリー様の魔法具なのでそれはあり得ない。

 私が後ろを振り向くと、立派な競技場がそこに建っていた。

 

「相当大きな競技場ね。何処から入るのかしら」

 

 お嬢様がきょろきょろと周囲を見回す。

 私も建物を観察してみたが、黄金の壁が何処までも続いていることしか分からなかった。

 

「上から入った方がわかりやすいですよ! 多分屋根はついていないタイプの競技場です」

 

 美鈴さんが一気に空へと飛び立つ。

 そして建物の上までいくと、腕で大きな円を作った。

 上から入れるということだろう。

 

「行くわよ咲夜」

 

 お嬢様が翼を羽ばたかせ空へと舞い上がった。

 私もその後を追って空を飛ぶ。

 

「おお……」

 

 競技場を覗き込んで、私はついそんな声を漏らしてしまった。

 競技場はホグワーツにあるものとは比べ物にならないほど大きいのだ。

 軽く見積もっても5万。

 いや、10万人は入れるだろう。

 

「思った以上にでかいっすね。で、私たちの席は何処です?」

 

 美鈴さんがチケットを裏返したりひっくり返したりしながら席を探している。

 最上階ということは上の方で、貴賓席ということは試合が見やすいところだろう。

 

「美鈴、咲夜。多分あそこよ。マルフォイ家を見つけたわ。」

 

 お嬢様が遠くの方をまっすぐと指さす。

 

「ああ、前に会った青白い魔法使いの親子ですね。今回チケットをくれたのはあの家族ですよね。マルフォイ家っていうんですか?」

 

「正確にはウィーズリーのところも1枚寄越したわ」

 

 私はお嬢様が指差している方向を見るが、人が米粒のようにしか見えない。

 人間の視力では限界があるということだろう。

 お嬢様がそちらの方向に飛んでいったので、私もその後に続く。

 近づくと、確かにドラコの姿を視認することが出来た。

 ドラコの家族だけかと思ったが、それだけではない。

 ウィーズリーの家族にハリーとハーマイオニーの姿もある。

 そしてイギリスの魔法省大臣であるファッジ大臣や、ブルガリアの魔法省大臣の姿もあった。

 その横にいるのはルード・バグマンだろうか。

 確か魔法省魔法ゲーム・スポーツ部の部長だったはずだ。

 お嬢様は空いている席にどっかりと座る。

 美鈴さんもその隣に座った。

 私はお嬢様を挟んで美鈴さんと反対側へと腰かける。

 

「え~、咲夜ちゃんそこは私の隣に座ろうよ……」

 

 美鈴さんが残念そうな声を上げる。

 お嬢様は呆れたように頭を抱えた。

 

「両端を固めるのは基本でしょうに。私を一番端にしてどうするのよ」

 

「時間停止を解除しますが、よろしいでしょうか?」

 

 私はお嬢様に了承を取る。

 

「ええ、大丈夫よ。試合はすぐに始まるんでしょう?」

 

「はい、あと数分で始まると思われます」

 

 私はお嬢様と美鈴さんが座っていることを確かめると、時間停止を解除する。

 次の瞬間、世界に音が戻ってきた。

 競技場のざわめきが一気に耳に入ってくる。

 まさに競技場は熱気に包まれていた。

 

「凄い盛り上がりね」

 

 お嬢様がぽつりと呟く。

 美鈴さんは楽しそうに周囲を見渡していた。

 いつの間にか現れた私たちに貴賓席の人間は驚いている。

 だがそこは大臣といったところだろうか。

 いち早くショックから立ち直ると私に話しかけてきた。

 

「やあやあ、十六夜君。しばらくぶりだね。ええっと……、お隣のレディーたちは何方かな?」

 

 ファッジ大臣はお嬢様のほうを見ながら私に聞いた。

 

「私がお仕えしているレミリア・スカーレットお嬢様です。そしてその隣にいるのが――」

 

「お初にお目に掛かります、コーネリウス・ファッジ閣下。わたくし、紅美鈴と申します。お嬢様に仕える使用人の1人です」

 

 美鈴さんが凄く丁寧に大臣に挨拶した。

 普段からこれぐらい真面目に出来ないのだろうか。

 

「いやはや硬くならなくて結構。私はコーネリウス・ファッジ。魔法省の大臣をしている」

 

 大臣がお嬢様と握手をする。

 美鈴さんに対してお嬢様は至っていつも通りだった。

 

「レミリア・スカーレットよ。娯楽の場なんだし、無礼講は基本よね」

 

「ああ、その通りだとも。今日は楽しんでいってくれ」

 

 大臣が席へと戻っていく。

 入れ替わるようにマルフォイ氏が近づいてきた。

 

「ルシウス、今日はチケットをありがとう。楽しませてもらうわ」

 

「なに、息子のドラコが学校でスカーレット嬢の使用人に世話になっていると聞いたもので。ほんの気持ちですよ」

 

「気前のいい男は好きよ。私」

 

 お嬢様はマルフォイ氏と握手をする。

 もうすっかり上下関係が出来ているようだった。

 

「ミス・十六夜。学校ではドラコが世話になっているな。よかったらこれからも良くしてやってくれ」

 

「はい、こちらこそよろしくお願い致します」

 

 マルフォイ氏は私に挨拶すると美鈴さんの方に振り返る。

 そういえば美鈴さんはマルフォイ氏と面識があるのだった。

 

「君は……あの時のチャイナ服のレディーだね。今日は雰囲気が違うな。それとも、これがいつもの君なのかな?」

 

「今日はお嬢様のお付きとして来ていますので。いつもはチャイナ服ですよ」

 

 美鈴さんはにこやかに笑った。

 マルフォイ氏は席へと戻っていく。

 私はそれを目で追っていたが、その視線にドラコが気が付いたのかこちらに手を振っていた。

 私はそれに軽く手を振って応える。

 マルフォイ氏と入れ替わるように、今度はハリーたちがロンの父親を率いてやってきた。

 

「お初にお目に掛かります。レミリア・スカーレット嬢。私はアーサー・ウィーズリー。魔法省マグル製品不正使用取締局の局長です」

 

 ロンの父親がお嬢様に挨拶をする。

 

「ご丁寧にどうも。レミリア・スカーレットよ。知ってるとは思うけど、こっちのが咲夜でこっちのが美鈴。よろしくね」

 

 お嬢様はロンの父親と握手をする。

 

「咲夜、久しぶり! 夏休みはどう?」

 

 ハリーが儀式は終わったと言わんばかりに私に話しかけてきた。

 一応挨拶が終わるまで自重していたようだ。

 

「ええ、充実しているわ。他のみんなは?」

 

 私が尋ねようとすると、お嬢様が私の肩に手を置いた。

 私は話を止めお嬢様に向き直る。

 

「ハリーたちの近くの席に行っていいわよ、咲夜。今日は美鈴もいるしね」

 

「ですがお嬢様……私は今日お嬢様のお付きとして――」

 

 私がお嬢様の提案を断ろうとすると、お嬢様が私の耳元で小さく呟く。

 

「不死鳥の騎士団。それに一応貴女はウィーズリーのところからも招待されているわ」

 

 私はそのお嬢様の言葉1つで何が言いたいかを理解した。

 要はハリーたち、そしてその家族と親交を深めろということだろう。

 

「わかりました。では私は向こうの席でハリーたちと観戦したいと思います」

 

「美鈴、マルフォイの近くの席に移動するわよ」

 

 美鈴さんにそういうとお嬢様はマルフォイ氏のほうへと近づいていく。

 私はその反対側のハリーたちがいる席へと向かった。

 

「「よう、元気してたか? グリフィンドールのデンジャラスクイーン」」

 

 双子のフレッドとジョージが示し合わせていたかのように私に言う。

 周囲の席にはハリー、ロン、ハーマイオニーの他に、ジニー、フレッド、ジョージ、パーシーの姿もある。

 それに先ほどのアーサー氏に、あちらの女性はロンのお母さんだろうか。

 多分ロンの上の兄と思われる人が2人、席に座っていた。

 そのことに気が付いたのかロンが私に言う。

 

「パパはさっき挨拶した通りで、こっちが僕のママのモリー。そっちが次男のチャールズ。チャーリーはルーマニアでドラゴンの研究をしているって話したことがあったよね。で、こっちが長男のウィリアム。ビルはグリンゴッツのエジプト支店で呪い破りをやってるんだ」

 

 紹介を受けてモリーさんはハグを、チャーリーとビルは握手を求めてきた。

 

「お初にお目にかかります。十六夜咲夜です。本日はお招き頂きありがとうございます」

 

 私はそれ1つ1つに丁寧に応える。

 

「貴方が咲夜ね! ロンから聞いてるわ。とても頭が切れてなんでもできる凄い同級生がいるって」

 

 モリーさんの熱烈なハグを私は甘んじて受ける。

 なんというか、しっかりもののお母さんといった感じの人だった。

 ……そのままか。

 

「買い被り過ぎですよ。モリーさん。上のお兄さん方は初めてですね」

 

「確かにロンから話は聞いてる。チャーリーと呼んでくれればいいよ」

 

 チャーリーは背丈はそんなにないが、筋骨隆々といった感じで実際よりも大きく見える。

 片腕に大きな火傷の痕があるが、ドラゴンに付けられたものだろうか。

 

「朝食の席ではハリーたちの次に名前が出てくるな。僕のこともビルでいい」

 

「そう。チャーリー、ビル、よろしくね。ところでロンは私のことをなんて言っているのかしら」

 

「正確無比のキリングマシーンだろう?」

 

 2人の代わりにフレッドが答える。

 私はフレッドの顔スレスレにナイフを投げる。

 私の投げたナイフはフレッドの髪の毛を少し掠り、フレッドの顔の横の壁に突き刺さった。

 

「ほ、ほらね」

 

 声を震わせながらもフレッドは私に軽口を飛ばす。

 その精神力だけは評価しよう。

 

「フレッド坊やをビビらせるとは噂通りの女の子だな」

 

 ビルが笑いながらそう答える。

 呪い破りという職業柄、野蛮なことには慣れているのだろう。

 

「そういえばパーシーはなんだか雰囲気が変わったわね」

 

 私はパーシーの方を見る。

 パーシーはいつにもまして真面目な顔をしていた。

 

「今年から魔法省に勤務することになったんだ」

 

 ビルがヒソヒソ声で教えてくれる。

 私はその説明で納得してしまった。

 ホグワーツにいた頃から責任感に溢れ滅茶苦茶真面目な青年だった彼だ。

 そんな彼が魔法省なんかに入ったら、どうなるかは目に見えている。

 きっと完全な仕事人間になっているに違いない。

 私はウィーズリー家に簡単に自己紹介を済ませるとハリーの隣の席へと腰かけた。

 

「遅かったから心配したわ! ホグワーツ特急ぶりね、咲夜」

 

 ハーマイオニーが私に抱き着いてくる。

 私も軽く抱き返した。

 

「ええ、久しぶり」

 

「君のお嬢様の横にいるスーツの女性って、あの時の人かい?」

 

 ロンが美鈴さんを指さしながら言った。

 

「ええ、キングズ・クロス駅で私を迎えにきてた人よ」

 

 確かに美鈴さんはスーツを着ると印象がガラリと変わる。

 スーツのスリムな感じが、彼女のスタイルの良さを引き立てるのだ。

 

「へえ、なんだかおかしな人だと思ったけど、少し印象変わったなぁ」

 

 ロンが感心したように言った。

 

「それに、僕たちと同じ赤毛だ。それだけで親近感がわくよ」

 

「ロンの髪はあそこまで見事な紅色じゃないでしょ?」

 

「それに、彼女人間じゃないしね」

 

 私のそんな言葉にハリーたち3人は目を丸くした。

 

「じゃあ彼女も吸血鬼?」

 

「それも違うわ。中国のほうから来た妖怪らしいんだけど……私もよく知らないのよね。そもそも東と西では妖怪の定義も名前も違ったりするし」

 

 3人は美鈴さんの方をじっと見る。

 美鈴さんはそんなハリーたちの視線に気が付いたのか楽しそうに手を振っていた。

 

「まあどれだけ真面目そうな恰好をしても中身はアレよ。お嬢様とも口喧嘩するほどなの」

 

「それは……よく解雇されないね」

 

 ハリーが心配そうに呟いた。

 

「何やかんやでお嬢様も美鈴さんのことが気に入っているみたいだしね」

 

 次の瞬間、先ほどまで何処かに行っていたバグマン氏が貴賓席に飛び込んできた。

 

「みなさん、よろしいですかな? 大臣、ご準備は?」

 

「ルード、君さえよければいつでもいい」

 

 バグマン氏の言葉に大臣が大きく頷いた。

 バグマン氏は杖を取り出すと自分の喉にそれを突き付け、「ソノーラス!」と呪文を唱えた。

 あれは拡声の魔法だ。

 どうやらワールドカップが始まるようである。

 

「レディース&ジェントルメン……ようこそ! 第422回クィディッチワールドカップ決勝戦に!」

 

 観衆がバグマン氏の挨拶に拍手喝采を送った。

 

「さて、前置きはこのぐらいにして。早速ご紹介しましょう! ブルガリア・ナショナルチームのマスコット――」

 

 私が競技場の方を見ると、ブルガリアのチームのマスコットキャラクターが競技場へと出てくる。

 それはヴィーラだった。

 ヴィーラというのは簡単に言えば、とてつもなく綺麗な女性の姿をしている魔法生物だ。

 髪はシルバーブロンドで、風もないのになびいている。

 そして肌は月のように輝いていた。

 ヴィーラが躍り出すと男性陣の目が変わる。

 まるで一瞬でひとめぼれしてしまったかのように、出来る限りヴィーラの目に付くようにと珍妙な行動を取り始めている。

 ハリーは椅子から立ち上がり、今にも貴賓席から飛び降りそうな勢いだ。

 ロンなど座席の上に立ち飛び込み台から飛び込まんばかりの体勢を取っている。

 他のウィーズリーの兄弟たちを見ても同じだった。

 私は遠目でドラコの方を見るが、ドラコもしきりに髪の毛を手で梳いていた。

 美鈴さんはヴィーラの踊りにやんややんやと手拍子を打ち楽しんでいる。

 お嬢様はこちらの方が面白いと貴賓席にいる男性陣を観察していた。

 しばらくするとヴィーラの踊りが終わり、競技場がブーイングに包まれる。

 どうやら男性の殆どがヴィーラの退場を望んでいないようだった。

 ヴィーラが退場すると今度はアイルランドのマスコットキャラクターが出てくる。

 レプラコーンだ。

 レプラコーンというのは言ってしまえば小人のようなもので、数時間で消滅する黄金を作ることが出来る。

 レプラコーンは金色か緑色のランプを持ち、競技場内をひとしきり飛行すると、空に大きなクローバーのマークを作る。

 そしてそのクローバーからガリオン金貨の雨を降らせた。

 私は金貨が降ってくる前に時間を止め、お嬢様のところへと移動する。

 そして日傘を差し、時間停止を解除した。

 次の瞬間大粒の黄金の雨が競技場へと降り注ぐ。

 

「あら、傘が壊れそうな勢いね」

 

 バシバシとガリオン金貨が傘に弾かれ周囲に落ちる。

 隣にいる美鈴さんは金貨を1つ掴み取ると匂いを嗅いだ。

 

「なんだ。チョコじゃないのか」

 

 どうやら金貨チョコが降ってきたと思ったらしい。

 まあ確かにこの量のガリオン金貨を降らせるのは現実的ではないので、そう思うのも無理はないだろう。

 10万人に10枚ずつ金貨が行き渡ると考えても100万ガリオン。

 競技場に落ちる分も考えればもっとか。

 観衆は少しでも多くの金貨を拾おうと椅子の下に潜り込み、押し合いへし合いしている。

 横を見るとロンが必死になって金貨を拾っていた。

 

「人間って愚かね。目先の欲に囚われて」

 

 お嬢様が最高のショーだと言わんばかりに笑みを浮かべている。

 少し考えればこの金貨が偽物であることぐらいは分かるだろうに。

 金貨が降り終わると私は傘を畳んでハリーの方に行く。

 ハリーたちは手に多くのガリオン金貨を抱えて喜んでいた。

 

「咲夜! 急に何処かに行っちゃったから驚いたよ」

 

 ハリーが冷静に私に話しかけてくる。

 そういえばハリーは親の遺産があるのでそこまでお金には困っていないんだったか。

 

「さて、レディース&ジェントルメン! どうぞ拍手を。選手たちの登場です!」

 

 ついに試合が始まるらしい。

 バグマン氏の掛け声とともに次々と選手たちが競技場に入ってくる。

 両チームともハリーが乗っている物と同じ箒、ファイアボルトに乗っていた。

 

「クラムだ、クラムだ!」

 

 ロンが双眼鏡のようなものを覗き込みながら叫ぶ。

 私がロンの視線の先を追うと、色黒で黒髪の痩せた選手が目に入った。

 ロンが応援しているチームとは別のチームの選手なので、ロンはクラムという選手自体が好きなのだろう。

 選手は次々とピッチ内に整列していく。

 そして両チームの中心に小柄で痩せた審判がやってきた。

 手には木箱と箒を持っている。

 審判は箒に跨り木箱を蹴って開けると中からクアッフルと2つのブラッジャー、そして金のスニッチが飛び出した。

 スニッチの速度が凄く速い気がする。

 学生が使うスニッチとは物が違うのかも知れない。

 

「それではぁ……、試あぁぁぁぁい! 開始!」

 

 全ての準備が整ったのかバグマン氏が叫んだ。

 次の瞬間全ての選手がスニッチを追っているシーカーと同じぐらいの速度で動き出す。

 クアッフルをパスする動きが早すぎてバグマン氏の解説が全然追いついていなかった。

 ブラッジャーも学生が行うクィディッチの動きではない、もっと凶悪な動きをしている。

 私はクィディッチには詳しくはないが、どうやらアイルランドが押しているようだ。

 みるみるうちにブルガリアと点差を広げていく。

 私はどちらかのチームを応援しているというわけではないので試合の全体を目で追う。

 途中クラムのフェイントに引っかかったアイルランドのシーカーが地面に激突したり、審判がヴィーラに夢中になってしまったりとアクシデントが相次いだが、最終的にはブルガリアに10点の差をつけてアイルランドが勝利した。

 だがスニッチを取ったのはブルガリアのクラムだ。

 ハリーの話ではこれ以上点差が広がる前に試合を終わらせたということらしい。

 確かにスニッチを取る前までは10対170で圧倒的にブルガリアのチームが負けていた。

 そこまで点差が広がるということは、確かにハリーの言う通り巻き返しは難しいだろう。

 

「まあ、ヴぁれヴぁれは勇敢に戦った」

 

 後ろの席でブルガリアの大臣が言った。

 その言葉に先ほどまでボディージェスチャーで物事を伝えていたファッジ大臣が顔を顰める。

 

「英語話せるんじゃないですか! それなのに、1日中私にパントマイムをやらせるなんて!」

 

「いやぁ、ヴぉんとうにおもしろかったです」

 

 ブルガリアの大臣は楽しそうに肩を竦める。

 

「さて、試合も終わったことだし。お嬢様のことだからもう帰ると思うわ」

 

 私は伸びをしながらハリーたちに言う。

 

「そうなのかい? これから表彰式もあるよ」

 

 ロンがそう言うが、お嬢様はもう既に席を立っている。

 

「それじゃあ、また学校で」

 

 ハリーが私に手を振った。

 私は3人とウィーズリー家に別れを言うとお嬢様の方に行く。

 お嬢様は私が来たことを確認すると、マルフォイ氏に簡単にお礼を言って貴賓席の出入り口へと歩いていく。

 私と美鈴さんもそれに続いた。

 

「咲夜」

 

「御意」

 

 私はお嬢様の言葉の意味を理解すると時間を止める。

 そしてお嬢様と美鈴さんの時間停止だけを解除した。

 

「いやあ、結構激しいスポーツなんですね」

 

 美鈴さんは時間の止まった世界でキョロキョロと周囲を観察する。

 

「と言ってもあの速度だけどね。そこまで速いというわけでもないでしょうに」

 

 お嬢様は私と比べるとこんなものよとでも言うかのように親指と人差し指で小さいモノをつまむように間を細めた。

 

「さて、マルフォイのところから面白い情報を仕入れたわ。咲夜、紅魔館に戻るわよ」

 

 お嬢様が私に向けて右手を差し出してくる。

 その様子を見て美鈴さんも私に右手を差し出した。

 私は2人の手を掴むと指輪に魔力を溜めていく。

 そして紅魔館のお嬢様の部屋に姿現しした。

 

「んー。やっぱ便利ですね。これ」

 

 美鈴さんが窓を開けて門の方へと飛び降りる。

 お嬢様は伸びをすると服を脱ぎ始めた。

 私はいつもお嬢様が着ている部屋着を用意し、お嬢様に着せていく。

 そして脱いだ服を畳み脇に置いた。

 

「今日はもう仕事に戻っていいわよ。館にまともに家事の指揮が執れる者がいなかったわけだし、仕事が溜まっているでしょう?」

 

 お嬢様は机に座ると事務仕事を始めた。

 暗に邪魔だから早く出ていけとおっしゃっているのだ。

 私はお嬢様に深く頭を下げるとお嬢様の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 次の日の紅茶の時間。

 私はお嬢様に紅茶をお出ししていた。

 お嬢様は机の上で魔法界の新聞を読んでいる。

 新聞の1面には『クィディッチ・ワールドカップでの恐怖』と書かれている。

 

「あのあと少し事件があったようね。ごたごたに巻き込まれる前に帰ってきて正解だったわ」

 

 お嬢様は私に新聞を渡してくる。

 私は渡された新聞に目を通した。

 どうやら、あの後闇の魔法使いがあのあたりの土地の管理者のマグルの家族をやりたい放題にいたぶり、最終的には殺したらしいのだ。

 それもこっそりとではなく、周囲の目を気にせず大々的にだ。

 

「死喰い人よ。でも闇の印が空に出た途端に逃げていったようね」

 

「闇の印……確かヴォルデモート卿の印でしたっけ」

 

 記事を読んでいくと殺されたマグルの家族の死因が載っている。

 どうやら磔の呪文で散々痛めつけられた挙句、死の呪文によって殺されたらしい。

 

「印を見て逃げていくということは信念を持って行動しているわけではないのですよね。なのにマグルの家族を殺したということは……」

 

 私は新聞をお嬢様にお返しする。

 お嬢様は私が淹れた紅茶を1口飲むと、満足そうに頷いた。

 

「クィレルを放った途端にこれ。本当に仕事が早いわ。多分マグルを殺したのはクィレルよ」

 

 お嬢様が確信しているかのように言った。

 

「そう言えばお嬢様は生贄がいると言ってましたが……どのぐらい戦死者が出れば良いのですか?」

 

「多ければ多いほどいいけど、量より質よ。取り敢えずダンブルドアとヴォルデモートには死んでもらうわ。……リドルをなんとかしないとヴォルデモートは死なないけどね」

 

 そうか、ヴォルデモートを殺すとなると、分霊箱であるリドルも殺さないとならないのだ。

 リドル自身そのことには気が付いているはずなので、パチュリー様と何かしら対策を考えているはずだ。

 

「そうだ、咲夜。これはマルフォイから聞いた話なんだけどね。約100年ぶりに三大魔法学校対抗試合が行われるそうよ。それもホグワーツで」

 

 お嬢様は紅茶を飲み干すとソーサーに逆さまに被せ人差し指で弾く。

 

「三大魔法学校対抗試合……とは一体どのようなイベントなのでしょうか」

 

 私がお嬢様に聞くと、お嬢様はティーカップの底を指でなぞりながら教えてくれた。

 

「ホグワーツの他に有名な魔法学校が2つあってね。ボーバトンとダームストラング。それぞれの学校から1人ずつ代表選手を出して競わせるのよ。目的としては若い魔法使いの国際交流の場を設ける為といったところかしら。でも競技が少々危険で夥しい数の死者が出たから最近は行っていなかったみたい」

 

 お嬢様は指でティーカップを弾き元の状態に戻すと、ティーカップを覗き込んだ。

 

「咲夜。私この試合の優勝トロフィーを部屋に飾りたいと思うのだけど。ちょっと取ってきてくれないかしら」

 

 お嬢様は私の方を向いた。

 私もお嬢様の顔を見る。

 

「かしこまりました。お嬢様。必ずや優勝トロフィーを持って帰ってきます」

 

 私はお嬢様に頭を下げる。

 

「ヴォルデモートもまだ復活していないわけだし、しばらくはこの試合に専念しなさい」

 

「御意」

 

 私はティーセットを片付けるともう一度お嬢様に頭を下げ部屋を後にした。




用語解説


クィレル
パチュリー製の命の水でユニコーンの呪いを克服しています。その恩とおぜうへの忠義もありすっかり紅魔勢に。

おぜうの目的
戦争を起こし、戦死者と魔力を引き出す。

クィレルは闇に咲夜は光に
咲夜は死喰い人と敵対し、できるだけ多くの戦死者が出るように立ちまわります。これは咲夜自身が死喰い人を殲滅するという話ではなく、両者が潰し合うようにバランスを取って行動していきます。

マルフォイからのプレゼント
クィディッチの試合のチケットをいただきました。

姿現し
夏の休暇に練習。魔法具無しでも飛べるようにはなったが長距離の移動はまだ無理。

スーツ姿の美鈴
ここの美鈴は長身なので普通にかっこいいです。

金貨チョコ
海賊金貨チョコとか懐かしいですよね。箱買いしても100枚で800円。

マグルの家族が死亡
原作では一人も怪我人が出ていません。この作品ではクィレルの活躍によってマグルの家族4人が殺害されています。

闇の印
出したと思われているのは原作通り屋敷しもべ妖精のウィンキー。咲夜さんとはまだ面識がありませんが……

トロフィーが欲しいおぜう
というよりかは咲夜を優勝させてダンブルドアに咲夜が優秀な戦士であることを示したいという目的。


追記
文章を修正しました。

2018-09-12 加筆修正

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