誤字脱字等ございましたらご報告して頂けると助かります。
10時50分。
私はホグワーツ特急のコンパートメントの中にいた。
『無事にホグワーツ特急に乗れたわ。今年は忙しくなりそうね』
私はリドルの日記に文字を書き込んでいく。
日記にはすぐに文字が浮かび上がってきた。
『三大魔法学校対抗試合だったね。お嬢様から優勝するようにとの命令を下されたんだろう?』
『ええ。必ず紅魔館にトロフィーを持って帰るわ』
私はちらりと窓の外を見た。
外は今大雨だ。
豪雨が窓を打ち、外の様子は殆ど見えない。
『自分の能力がバレないように気を付けるようにね』
『分かってるわ。私の生命線ですもの』
今日の朝、私は自分の部屋で荷物を纏めると紅魔館を出てキングズ・クロス駅を目指した。
外は大雨で時間を止めて飛んでいくと全身びしょ濡れになることは目に見えていたので、今日は少し危ないが煙突飛行ネットワークを使って9と4分の3番線に出たのだ。
『そういえば約100年ぶりということはトムも三大魔法学校対抗試合のことは知らないのよね。学生に私が負ける道理はないけど、どんな競技があるのか少し楽しみよ』
そういえば今回は持ち物に正装用のドレスが指定されていた。
三大魔法学校対抗試合のパーティーか何かで着るのだろうか。
私は社交ダンス用のドレスを何着か持っている。
そのうちのベースが黒でそこに多少赤色が入ったドレスを今回は持ってきた。
『話には聞いたことがあるけどね。まあ開催されていたら僕以外に生き残る選手はいなかっただろう』
つまりは確実に参加できるし、他の参加者を血祭りにあげるということだろう。
何とも物騒な話だ。
『そろそろ汽車が出るみたい。またあとで』
私は日記を閉じる。
周囲に人の気配を感じ取ったからだ。
次の瞬間コンパートメントの扉がノックされた。
「やあ咲夜。ここいいかい?」
ドラコだ。
後ろにクラッブとゴイルの姿もある。
「ええ、いいわよ。私1人にはこのコンパートメントは広すぎるもの」
ドラコは私が了承を出すとコンパートメント内に入ってくる。
ドラコは私の向かい側、クラッブはドラコの横、ゴイルは私の横へと腰かけた。
「クィディッチの試合はどうだった? 楽しんでもらえたなら嬉しいけど」
ドラコは開口一番にクィディッチワールドカップの話題を出した。
そういえばドラコはスリザリンのクィディッチチームのシーカーだ。
1年生の頃の飛行訓練の時から話題に出してくるぐらいなので、本当にクィディッチが好きなのだろう。
「ええ。私は学生のやるクィディッチしか見たことがなかったから、凄く新鮮だったわ。やっぱりプロのチームは実力が違うわね」
そうだろう! とドラコは胸を張る。
まるで自分が主催した試合であったかのような態度だった。
「それに試合の後に面白い催し物もあったしな。マグルが4人も死んだ。穢れた血も少なからず被害を受けたらしい」
ドラコが嬉しそうにそう付け足す。
「私たちはすぐ帰ってしまったから現場は見ていないんだけど、その顔を見る限り随分と愉快な催し物だったみたいね」
「確かに最高だった」
「あのばばあの悲鳴聞いたか?」
クラッブとゴイルが手を叩いて爆笑した。
「分かるわ。人間のもがき苦しむ姿を観察するのは楽しいわよね」
「そうだ。君のお嬢様から話は聞いていると思うけど、今年はホグワーツでも面白い催し物がある」
「三大魔法学校対抗試合でしょ」
ドラコの問いに私が答えた。
「そうだ。ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラング校が代表選手を1人ずつ出し合って競わせるんだ。他校の生徒との交流を目的として行われるとは言っているけど、父上から言わせればそうではないらしい。ようは学校のランク付けの意味合いが強いんだ。だから各校の校長は意地でも自分の学校の代表選手を勝たせようとする」
「そうみたいね。私も詳しくはないんだけど。ドラコは参加するの?」
私が尋ねるとドラコは少し難しい顔をした。
「エントリーしたい気持ちはあるが、父上が難色を示してね。もしかしたら年齢制限のようなものがあるのかも知れない。咲夜は出るのかい?」
「ええ、必ず優勝するわ」
私の答えにドラコは少し引きつった笑みを浮かべる。
「へ、へぇ。凄い自信だね。もし代表選手に選ばれたら応援するよ。もっとも、僕が代表選手になるかも知れないけど」
「それはないわ。代表選手になるのは私よ。必ずね」
「そうなのかい? ……冗談のような話だけど、君が言うと冗談に聞こえないな……」
まあ冗談ではない。
どんな障害があっても無理やり代表選手になって優勝するつもりだ。
正々堂々なんて言葉はいらない。
「咲夜がホグワーツの代表選手になるのだとしたら、僕はダームストラングに入校したほうが良かったかな?」
「そういう問題なのかしら」
ドラコは少し悔しそうな顔をしてダームストラングの話を始める。
「父上は僕をホグワーツではなく、ダームストラングに入校させようとお考えだったんだ。父上はダームストラングの校長を良く知っているからね。ほら、父上がダンブルドアをどう評価しているか知っているだろう? あいつは穢れた血贔屓だ」
「穢れた血、ねえ。そういえばお嬢様も仰ってたわ。最近の若い吸血鬼は人間の血が混じりすぎて非常に弱体化してるって。純粋な吸血鬼の血を濃く引いていればいるほど成長が遅いらしいわよ」
「そう言う話が出てくるということはスカーレット家というのは吸血鬼の中での純血の家系なのかい?」
「純血かどうかは分からないけど、濃い吸血鬼の血を持っているのは確かよ。お嬢様は私よりお若く見えるけど、500年近く生きてらしているみたいだし」
ドラコはそれはいいことを聞いたと表情を明るくする。
「それは凄いな。流石咲夜の仕えているお嬢様だ」
「少し話がずれてしまったわね。ダンブルドアが穢れた血贔屓って話だったかしら。ダームストラングの校長は違うの?」
私が話を戻すとドラコはまた喜々として自分の話に戻っていった。
「ああ、ダームストラングじゃ穢れた血は入学させないらしい。父上は僕をダームストラングに行かせたかったらしいんだけど、母上が反対したんだ。遠くの学校に行かせるのは心配だって」
「ドラコとしてはどっちの学校に行きたかったの?」
ドラコはそれは勿論と言わんばかりに頷いた。
「ダームストラングじゃ闇の魔術に関して、ホグワーツよりずっと気の利いたやり方をしているんだ。生徒が実際に闇の魔術を習得するんだよ。僕たちがやっているようなケチな防衛術じゃない」
「より実戦向けというわけね。確かにホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の授業は生温いわ」
「君もそう思うかい?」
私はドラコの言葉に1本のナイフを取り出す。
「今のところ、授業で習った呪文より、こっちのほうが役に立つわ」
私は汽車の窓を開けると豪雨の中外に向かってナイフを投げる。
私の投げたナイフは近くを飛んでいた鳥に刺さり、見事その鳥を撃ち落とした。
雨が降りこんできたのでゴイルがぴしゃりと窓を閉める。
「お見事」
ドラコが私のナイフ投げを見て言った。
「そう言えば咲夜はそのナイフ投げを誰に習ったんだ?」
「お嬢様よ。多少私の独学も入っているけどね。簡単な体術も美鈴さんから習っているから近接戦闘も多少はできるわ」
ドラコはそれを聞いて少し驚いているようだった。
「そうか……僕も父上に魔術の指導をしてもらっているんだ」
「そうなの? 貴方のお父様ってお強い人なのね」
「ああ、僕の父上は凄いんだ」
ドラコはそう言って胸を張る。
クラッブとゴイルは車内販売に来た魔女からお菓子を買っていた。
私は懐中時計を確認する。
もう既に昼を回っていた。
クラッブとゴイルはお菓子を大量に抱えてこちらへと戻ってくる。
どうやらみんなで山分けしようということらしい。
私は鞄からダイアゴン横丁で買った宙に浮かぶ机とティーセットを取り出す。
この机は足場が不安定な場所でも安定して上に物が置ける便利なものだ。
特に列車の中のような机を置くスペースがない場所では重宝する。
私は4人分の紅茶を淹れると3人に振る舞った。
クラッブとゴイルに紅茶の味が分かるとは思えないが……。
だがこういったお菓子だけの食事でも、紅茶の有る無しで満足感が違ってくる。
ドラコもそれが分かっているのか嬉しそうに紅茶を受け取った。
その後はお菓子を食べながら三大魔法学校対抗試合の話やクィディッチワールドカップの話をドラコとした。
しばらくすると横のコンパートメントが騒がしくなっていく。
グリフィンドール生が入れ替わり立ち代わりで隣のコンパートメントに出入りしていくのだ。
ドラコもそれに気が付いたらしく、2杯目の紅茶を机に置き立ち上がった。
「多分ポッターと赤毛の馬鹿と穢れた血だ。少し挨拶をしてくるよ。クラッブ、ゴイル、行くぞ」
ドラコは2人を引き連れてニヤニヤとした顔でコンパートメントを出ていく。
私はコンパートメントの扉を少し開け、耳を澄ませた。
「それに僕たちクラムをすぐそばで見たんだぞ! 貴賓席だったんだ――」
ロンが自慢するような声が聞こえてくる。
どうやら向こうでもクィディッチワールドカップの話をしていたようだ。
「君の人生最初で最後のな、ウィーズリー」
ロンの自慢話を遮るようにドラコの声が聞こえてくる。
「マルフォイ、君を招いた覚えはないぞ」
今度はハリーの声だ。
ハリーはドラコに対して滅茶苦茶冷たいが、それはお互い様だろう。
「ウィーズリー、なんだいそいつは?」
ドラコがロンの何かを見つけたらしい。
少し争うような音が聞こえたが、どうやらドラコがその何かを取り上げたようだった。
「これ見ろよ! ウィーズリー、こんなお古を本当に着るつもりか? 言っておくが、これが流行ったのは1890年代だ」
着る、ということはドレスローブだろうか。
ロンの家はお金持ちではない。
多分お古の年代物を持たされたのだろう。
いつ使うものか分からないが、時期が合えば今年のロンへのクリスマスプレゼントは決まったなと思った。
「糞食らえ!」
ロンの怒鳴り声が聞こえてくる。
その様子にドラコは高笑いし、クラッブとゴイルは爆笑した。
「それで……エントリーするのか? ウィーズリー。頑張れば少しは家名を上げることができるかもな。賞金もかかっているしねぇ……勝てば少しはましなローブが買えるだろうよ」
「なにを言ってるんだ?」
「エントリーするのかい?」
話はどうやら三大魔法学校対抗試合の話題に移ったようだ。
だがどうやらハリーたちは対抗試合があることを知らないらしい。
そのことをドラコは対抗試合のことは明かさずに馬鹿にした。
「父親も兄貴も魔法省にいるのに、まるで知らないのか? 驚いたね。父上なんか真っ先に僕に教えてくれたのに……ファッジ大臣から聞いたんだ。まあ父上はいつも魔法省の高官と付き合っているしな。多分君の父親は、ウィーズリー、下っ端だから知らないのかもしれないな。……そうだ、おそらく君の父親の前では重要事項は話さないのだろう」
ドラコはもう一度高笑いするとコンパートメントに帰ってきた。
隣ではロンが力任せにコンパートメントのドアを閉めて窓ガラスが粉々に割れる音が聞こえた。
「面白い話が2つほど聞けたよ。ウィーズリーの奴、おばさんが着るようなドレスローブを持っていた。あれを着てパーティーで踊るのが見ものだね」
戻ってくるなりドラコはロンのドレスローブの話題を出す。
クラッブとゴイルはそのドレスローブを思い出したのか爆笑していた。
「そう。それは楽しみね。あれを着るのはいつ頃になるのかしら」
「確かクリスマスパーティーだ。他校の生徒と入り交じってダンスをするらしい」
ということはギリギリ間に合うか。
生地を仕入れておかないといけないだろう。
ホグズミードに上等な布が置いてある店はあっただろうか。
「そう言えば賞金がどうのと言っていたわね。学校行事だからそれほど高額ではないんでしょう?」
「学校行事だが魔法省が深く関わっているんだ。父上曰く100年ぶりに行う分安全対策や設備の用意とかも大掛かりになっているらしい。賞金も期待できると思う」
ドラコはお菓子にもう一度手を付け始める。
私もカエルチョコレートの外装を剥いで暴れるカエルの足を引き千切り、口の中に放り込んだ。
「ふーん。あんまり賞金には興味ないけど、もしそこそこ入るんだったらウィーズリーにでもあげようかしら」
「何故だい?」
ドラコが目を見開く。
それほど驚くようなことだっただろうか。
「14歳の少女から金貨を恵んでもらう魔法省の役人の家族って、相当惨めだとは思わない?」
それを聞いてようやく趣旨を理解したのかドラコは爆笑した。
まさにその手が有ったかと言わんばかりだ。
「そりゃ傑作だ! 末代まで笑いものにされるだろう。まああの卑しい一族だったら喜々として受け取りそうだけどね」
私はドラコの笑い声を聞きながら紅茶を飲む。
あと数時間もしないうちにホグワーツに到着するだろう。
歓迎会で新入生の組み分けが終わると、テーブルの上に料理が溢れる。
私はハリーたちの横に座り色々な料理を少しずつ皿に盛っていった。
ハリーたちは皿に溢れんばかりに料理を載せている。
「少しずつ食べればいいでしょうに。ハリーたちも列車の中でお菓子は食べたんでしょう?」
私が話しかけると口一杯にマッシュポテトを詰め込んだロンが返事をした。
「別腹だよ。そういえば咲夜は何処にいたんだ? 列車では見なかったけど」
「隣のコンパートメントにいたわ」
ロンは気が付かなかったようだが、ハーマイオニーがハッと声を上げた。
「隣ってことはマルフォイのところにいたってこと?」
「ええ。どちらかというと、私が座っていたコンパートメントにドラコが入ってきた形になるのだけれどね」
私が肯定するとロンがぴたりと動きを止める。
「咲夜……こっちにくればよかったじゃないか。わざわざマルフォイの所に留まらなくても」
「ロンだって逆をされたらいい気分ではないでしょう? そういうことよ」
ロンは納得できないと言った様子でステーキの塊を口の中に押し込む。
そのステーキが思った以上に美味しかったのかロンの表情が綻んだ。
「今夜はご馳走が出ただけでも運が良かったのですよ?」
私の背後で声がする。
くるりと振り返るとそこにはほとんど首無しニックが料理を恨めしそうに睨みながら浮かんでいた。
ほとんど首無しニックはグリフィンドールに憑いているゴーストだ。
「さきほど厨房で問題がおきましてね」
「問題? 何かあったの?」
ハリーが口一杯にステーキをモキュモキュしながらほとんど首無しニックに聞いた。
「ピーブズですよ。いつものことなのですが、ピーブズが宴会に参加したいと駄々をこねまして」
「参加させてあげればいいじゃない」
私がそういうとほとんど首無しニックは首をグラグラさせながら横に振った。
「到底無理な話です。あんな奴ですからね。行儀作法も知らず、食べ物の皿を見れば投げつけずにはいられないようなやつです。太った修道士はピーブズにチャンスを与えてはどうかと言ったのですが、血みどろ男爵が駄目だと言いまして。まあ私としてもそのほうが賢明だとは思いましたが」
「厨房で何をやったの?」
ハリーがほとんど首無しニックに聞いた。
「ああ、いつもの通りです。何もかもひっくり返しての大暴れ。鍋は投げるしフライパンは投げるし。厨房の床はスープの海のようでしたよ。屋敷しもべ妖精が喋れないほど怯えてしまって……」
その言葉を聞いた瞬間ハーマイオニーが手に持っていたゴブレットを落とした。
中に入っていたかぼちゃジュースがテーブルクロスを染めていくがハーマイオニーは気にも留めない。
「屋敷しもべ妖精がここにもいるっていうの?」
驚きのあまり声も出ないといった顔をしている。
「このホグワーツに?」
「さよう。イギリス中のどの屋敷よりも大勢いるでしょうな。100人以上は」
ほとんど首無しニックが告げた真実にハーマイオニーは悲鳴のような叫び声を上げた。
「私、1人も見たことがないわ!!」
「そうね、普段は厨房にいるもの。深夜みんなが寝静まった後に校内の掃除や暖炉の火の始末をしているのよ」
「本当にいい屋敷しもべ妖精たちです。優秀な屋敷しもべ妖精ほど姿を見られないようにする」
私は厨房の中にいた屋敷しもべ妖精たちを思い出すように言った。
ほとんど首無しニックも感心したように首をカックンカックンと縦に振っている。
ハーマイオニーは私がその存在を知っていたということにショックを隠せないようだった。
「も、勿論お給料はもらっているんでしょう? 休暇も取れるわよね? 療養休暇とか年金とか……」
「うふふ、何の冗談よ」
ほとんど首無しニックも私の含み笑いに同意する。
「療養休暇に、年金? 屋敷しもべ妖精は療養休暇や年金を望んでいません!」
「咲夜だったらわかるでしょう!? メイドの仕事をしてるなら彼らの奴隷労働の酷さを! お給料もお休みももらえないだなんてあんまりだわ!」
ハーマイオニーが同意を求めるように私に叫ぶ。
「お嬢様からお給料なんて貰ったことがないわ。休暇もね。ハーマイオニー、貴方大丈夫?」
ハーマイオニーは信じられないと言った顔で私を見ると、静かにナイフとフォークを机に置き、自分の皿を遠くに押しやった。
「ねえ、ハーマイオニー。君が絶食したって、屋敷しもべ妖精が療養休暇を取れるわけじゃないだろう?」
「奴隷労働よ! このご馳走を作ったのがそれなんだわ」
ロンが口の中のモノを飲み込んでハーマイオニーの説得に掛かるが、無駄だったようだ。
「咲夜も何か言ってやれよ! こいつ自覚がないみたいだけど咲夜のことも奴隷同然だって言ってるんだぜ?」
確かにロンの言葉ももっともだ。
それに気が付いたのかハーマイオニーは私のほうを見てあたふたと戸惑いだした。
「そ、そういう意味じゃないのよ咲夜……。私は屋敷しもべ妖精の労働環境がどれ程酷いかという話をね?」
「私からみたら幸せそうに働いていたけどねぇ。この前厨房にお邪魔した時は色々とご馳走になったし」
ハーマイオニーはむぐむぐと口を噤んだ。
料理に手を付ける様子はなかった。
「さて! みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう」
デザートも終わり皿の上が綺麗になるとダンブルドア先生が立ち上がり大きな声を出した。
大広間にいる生徒の殆どが話すのを止め先生の言葉に耳を傾ける。
「いくつか知らせておくことがある。よく聞いておくように」
ダンブルドア先生が全員の顔を見渡した。
「いつも通り、校庭内にある森は立ち入り禁止じゃ。ホグズミード村も、3年生になるまでは禁止じゃ。そしてこれを知らせるのはわしの辛い役目なのじゃが、寮対抗クィディッチ試合は今年は取りやめになる」
「エーッ!?」
テーブルのあちこちでそのような悲鳴にも聞こえる叫び声が聞こえてくる。
ハリーも絶句していた。
フレッド、ジョージの双子などダンブルドア先生のほうを見ながら口をパクパクとさせている。
そんな選手の反応を無視してダンブルドア先生は続けた。
「これは10月に始まり学年末まで続くイベントの為じゃ。先生方も殆どの時間と労力をこの行事の為に費やすことになる。クィディッチの試合が無くなるのは悲しいことではあるが、わしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びを持って発表しよう。今年ホグワーツで――」
ダンブルドア先生が三大魔法学校対抗試合のことを発表しようとしたその時、大広間の扉が雷鳴と共にバタンと開いた。
全員が何事かと戸口のほうに視線を向ける。
戸口には1人の男が立っていた。
私はその姿に見覚えがある。
傷だらけの顔に眼帯のような形で義眼をつけている。
歩き方はぎこちなく、情報通り左足が義足のようだ。
「マッドアイね。伝説的な強さを誇っていた闇祓いの英雄」
パチュリー様が集めた資料で読んだことがある。
アズカバンの半分を自らが捕まえた死喰い人で埋めたという逸話があるほどの闇払いだったはずだ。
ムーディはまっすぐダンブルドア先生に近づいていくと硬く握手をする。
簡単に挨拶を済ませるとムーディは空いている教員の席へと座った。
「闇の魔術に対する防衛術の新しい先生を紹介しよう」
ムーディが座るのを見届けるとダンブルドア先生が再び口を開いた。
「アラスター・ムーディ先生じゃ」
私は軽く拍手を送る。
だが他に拍手をしている人間はダンブルドア先生とハグリッド以外はいなかった。
3人の拍手が静寂の中でパラパラと虚しく鳴り響き、その拍手もすぐに止んだ。
「ムーディ?」
ハリーが小声でロンに話しかける。
私はロンの代わりにハリーに話しかけた。
「マッドアイって呼ばれてるわ。有名な元闇祓いよ」
ハリーはムーディ先生に魅入られたように見つめている。
ダンブルドア先生が話を切り替える為にゴホンと軽く咳ばらいをした。
「先ほど言いかけたことじゃが。これから数か月にわたり、ホグワーツは心躍るイベントを主催するという光栄に浴する。この催しはここ100年以上行われていない。今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う」
「ご冗談でしょう!」
フレッドが大声を上げた。
そのすっとんきょな叫び声に大広間にいた全員が笑いだし、ダンブルドア先生もその絶妙な掛け声を楽しむように言葉を返した。
「ミスター・ウィーズリー。わしは決して冗談など言っておらんよ」
ダンブルドア先生が三大魔法学校対抗試合の説明を始めた。
生徒の殆どがその説明に耳を傾けている。
三大魔法学校対抗試合の詳細についてはドラコから教えてもらった通りだった。
誰もが自分が代表選手になると息巻いている。
ダンブルドア先生は三大魔法学校対抗試合の説明のあとに少し残念そうに口を開いた。
「全ての諸君が優勝杯をホグワーツにもたらそうと熱意に満ちていると承知しておる。しかし3校の校長、ならびに魔法省としては今年の選手に年齢制限を設けることで合意した。ある一定の年齢に達した、つまり17歳以上の生徒だけが代表候補として名乗りをあげることを許される」
ダンブルドア先生は静かに私の顔を見た。
私が参加しようとしていることなどお見通しだと言わんばかりだ。
「年少の者がホグワーツの代表選手になろうとして、公明正大なる選考の審査員を出し抜いたりせぬよう、わし自ら目を光らせることとする。17歳に満たない者は、名前を審査員に提出したりして時間の無駄をせんようによく願っておこう」
どのように選考がなされるのだろうか。
最悪服従の呪文を使うことも視野に入れつつ私はダンブルドア先生の言葉を聞いていた。
「そりゃないぜ!」
フレッドとジョージが叫び声を上げる。
「俺たち4月には17歳だぜ? なんで参加できないんだ……」
「俺はエントリーするぞ。止められるもんなら止めてみろ」
どうやら私と同じく年齢制限をどうにかする方法を考えているようだ。
その後歓迎会も終わり私たちはグリフィンドールの談話室に戻る。
そこで私はハリーたちと分かれ、女子寮へと上がると自分に割り当てられたベッドに潜り込んだ。
新学期が始まるとすぐに授業が始まった。
薬草学では腫れ草の膿を搾るという授業が行われた。
腫れ草の膿は貴重で、ニキビなどに効果がある。
私はドラゴンの革の手袋をして瓶に膿を集めていく。
黄緑色のどろりとした膿は強烈な石油臭を発しており、何とも言えない気分になる。
授業が終わるころには数リットルの膿が採取できた。
薬草学の次は魔法生物飼育学だ。
去年と同じくスリザリンとの合同授業らしい。
私はハリーたちと共に禁じられた森のはずれに建っているハグリッドの小屋を目指した。
「おっはよー!」
ハグリッドはハリーたちにニッコリとする。
ハグリッドの足元には蓋のない木箱が数個置いてあった。
私は周囲を見回すが、まだスリザリン生はやってきていないらしい。
「スリザリンを待ったほうがええ。あいつらもこいつを見逃したくはねえだろうからな。ほれ、尻尾爆発スクリュートだ!」
私はハグリッドの足元に置いてある箱を覗き込んだ。
その中にいた生物を見てブラウンが悲鳴を上げる。
ハリーも苦々しげな顔をしていた。
尻尾爆発スクリュートは殻を剥かれたロブスターのような姿で、青白くヌメヌメした胴体からは勝手気ままな場所から足が突き出している。
頭は何処にあるか分からなかった。
そのような奇怪な生物が箱の中で100匹ほどウジャウジャと蠢いているのだ。
匂いも腐った魚のようだ。
そしてこれが名前の由来になっているのか、時折尻尾のようなところから火花が飛び、小さな爆発音とともに10センチほど前進している。
「今卵から孵ったばっかしだ。だからお前たちが自分で育てられるっちゅうわけだな。そいつを今年のプロジェクトにしようと思っちょる!」
私はそんなハグリッドの言葉に眉をひそめた。
ハリーたちも表情が固まっている。
これを1年間も育てないといけないのか? と言いたげな顔だった。
私が後ろを振り返ると既にスリザリン生が到着していた。
「それで、何故我々がそんなのを育てないといけないのでしょうねぇ?」
ドラコがハグリッドに向けて冷たく言い放った。
もっともな言い分だろう。
お嬢様のペットにはもっと奇怪な生物がいたが、だからと言ってこれを授業で1年間育てたいという気持ちにはならない。
「つまり、こいつらは何の役に立つんです? これを育ててなんの意味があるっていうんですかねぇ……」
ドラコの言葉にハグリッドが口をパクパクさせている。
必死で理由を考えているようだった。
「マルフォイ、そいつは次の授業だ。今日は皆でこいつに餌を与えよう。俺はこいつを飼ったことがねえんで、何を食うかよくわからん。アリの卵、カエルの肝、それと毒のねえヤマカガシをちいと用意した。全部ちーっとづつ試してみろや」
「ちょっと待ちなさいよハグリッド。飼ったことがない?」
私は敬語も忘れてハグリッドを問いただしていた。
「おお、その通り。だから生徒たちが全部1から世話が出来るっちゅうわけだ」
「それは……どうなのかしらね」
私はハリーの方を見る。
ハリーたちは恐る恐るスクリュートにカエルの肝を差し出していた。
私は肩を竦めるとスクリュートを1匹手で掴み持ち上げた。
なんというか、本当になんといえばいいか分からないような見た目をしている。
スクリュートは私の手の上でもぞもぞと動く。
私はカエルの肝を手の上に落とし食べるかどうか様子を見た。
「咲夜……よく触れるわね」
ハーマイオニーが私の手の上に乗っているスクリュートにびくびくとした視線を送っている。
「お嬢様が飼っていたペットにはもっとえげつないものも多かったしね」
もっともそういったペットは大体妹様の出す狂気に耐えられず死に絶えたが。
魔法生物飼育学の次は占い学の授業だ。
ハーマイオニーは占い学の受講をやめたので違う授業へと向かっていく。
私はハリーたちと共に北塔へ行き螺旋階段と梯子を上り、占い学の教室へと入った。
どうやら星を用いた占いを学習するようだ。
生徒たちは自分の生まれた時の惑星の位置を書き込む作業をしている。
困ったことになった。
私は自分の誕生日を知らないのだ。
「どうされたのかしら、咲夜。白紙ではありませんか……」
トレローニー先生が心配そうな声を上げる。
「すみません。私、自分の誕生日を知らないんです。小さい頃に拾われた身ですので……」
「それはそれは……、では宿題で出す予定の課題を始めていてよろしくてよ。これから1か月間の惑星の動きが自らの運命にどう影響を与えるか、詳しく分析なさいな」
私は教科書を広げ言われたことをやっていく。
宿題にすると言っていたが、授業の時間中に終わってしまった。
授業が終わると私はハリーたちと共に大広間へと向かう。
私たちが宿題の話をしながら夕食を取っていると、ドラコが新聞を持ってこちらへと歩いてきた。
「ウィーズリー! おい、ウィーズリー!」
何やら嬉しくてたまらないと言った顔をしている。
ドラコの後ろにはいつものごとくクラッブとゴイルが立っていた。
「君の父親が新聞に載っているぞ、ウィーズリー! 聞けよ」
ドラコが手に持っている日刊予言者新聞の記事を読み上げ始めた。
その記事の内容はアーサー氏の失敗とムーディ先生のゴタゴタを書いたものだった。
「写真まで載ってるぞ。君の両親が家の前で写ってる。もっともこれが家と言えるかどうか! 君の母親は少し減量したほうがいいんじゃないか?」
ドラコの言葉にロンが怒りで震えていた。
「失せろマルフォイ。ロン、行こう……」
ハリーが静かにロンに言う。
ロンが席を立つ前にドラコが続けた。
「そうだ、ポッター。君は夏休みにこの連中のところに泊まったんだろう? それじゃあ教えてくれ。穴倉住まいのウィーズリーの母親は本当にこんなにデブなのか? それとも単に写真写りかねぇ?」
「マルフォイ、君の母親はどうなんだ?」
ドラコの言葉にハリーがたまらず言い返した。
「あの顔つきは何だい? 鼻の下に糞でもぶら下げているみたいだ。いつもあんな顔をしているのか? それとも単に君がぶら下がっていたからなのかい?」
ドラコの青白い顔に少し赤みが差した。
「僕の母上を侮辱するな。ポッター」
「だったらその減らず口を閉じとけ」
ハリーはそう言ってドラコに背を向け夕食の続きを取ろうとした。
ドラコは杖を抜くと怒りに任せてハリーに呪いをかけようとする。
ドラコの放った呪いはハリーの頬を掠めテーブルに当たった。
次の瞬間後ろでその光景を見ていたムーディ先生が物凄い勢いで杖を抜き放ちドラコに魔法を掛ける。
ドラコはその速度に全く反応出来ずあっという間に白いケナガイタチへと姿を変えてしまった。
「若造! そんなことをするな!」
ムーディ先生の大声が大広間に響き渡る。
イタチに変えられたドラコは地面の上でブルブルと震えていた。
私はイタチの首根っこを摑まえると抱きかかえる。
「やられたかね?」
ムーディ先生がハリーに唸るように聞いた。
「いえ、掠っただけです」
「触るな!!」
いきなりムーディ先生が叫んだ。
その大声にハリーは面食らっているようだ。
ムーディ先生はドラコを抱きかかえている私のほうへと足を引きずりながら歩いてくる。
「そいつを引き渡せ。敵が後ろを見せた時に襲う奴は気に食わん!」
ムーディ先生は私のほうにグイと手を出した。
「って言ってるけど、ドラコ。渡していい?」
イタチは私の手の中で首を横に激しく振る。
どうやら死んでも引き渡されたくはないようだった。
「というわけです先生。お渡しすることは出来そうにないですわ」
私はムーディ先生にニッコリと微笑んだ。
「いい度胸だ小娘! わしと殺り合おうってのか? ええ!」
ムーディ先生は両方の目で私を睨みつけ大声を出す。
ハリーたちはそんな奴早く渡しちゃえよといった表情をしていた。
「それも楽しそうですね」
ムーディ先生はそれを宣戦布告と判断したのか私に向けて杖を振るう。
私は放たれた呪文にナイフを投げ、空中で相殺した。
「見事な腕だ。だが油断大敵!」
次の瞬間私が片手で抱えていたドラコがムーディ先生の方に引き寄せられるように飛んでいく。
呼び寄せ呪文だ。
私も自らの時間を操作し一瞬で杖を抜くとドラコに向けて呼び寄せ呪文を掛ける。
「アクシオ!」
ムーディ先生と私の呼び寄せ呪文が拮抗しているのか、ドラコは空中で引き裂かれんばかりにもがいている。
どちらも杖を下ろすことは出来ない。
今呼び寄せ呪文を解除すると相手のほうにドラコを渡してしまう結果になるからだ。
だが私の利き手は左手。
杖腕は右手。
私は空いている左手にナイフを持つと、ドラコを掠めるぐらいにギリギリにムーディ先生に投げ放った。
「むっ!!」
私の投げたナイフはまっすぐとムーディ先生の顔目掛けて飛んでいく。
ムーディ先生は迫るナイフを魔法の義眼で追うと、左手でナイフの柄の部分を掴み取った。
「見事な技術だ。だが投げナイフの欠点は敵に鹵獲されてしまうことだ!」
ムーディ先生はまっすぐ掴み取ったナイフを私に投げ返した。
そのナイフは再度ドラコを掠り私へと迫ってくる。
私は飛んでくるナイフを左手に構えたナイフで跳ね返し、更に3本のナイフを投げる。
4本全てが器用にドラコの体を掠り、ムーディ先生へと飛んでいった。
ムーディ先生は流石に全てを止めるのは無理だと判断したのだろう。
1本だけナイフを掴み取ると器用に後に続くナイフを弾き落とす。
弾かれたナイフは床や机に突き刺さった。
「呼び寄せ呪文を解け! このイタチが引き裂かれても知らんぞ!」
「そうなったら困るのはムーディ先生ですよね?」
「ムッ! そうかも知れんが今はそんなことはどうでもいい!」
私は時間を止める。
そして計50本程のナイフを投げ、空中で静止させた。
私が時間停止を解除すると空中に静止していたナイフは一斉にムーディ先生の元へと飛んでいく。
ムーディ先生はいきなり現れたナイフの弾幕に初めて驚いたように目を見開いた。
ナイフの弾幕はドラコのすぐそばを通り過ぎムーディ先生へと迫る。
この数のナイフを魔法以外でどうにかすることは出来ないだろう。
しかしナイフはムーディ先生の元へと到達する前に何かに弾かれるように勢いをなくし地面へと散らばる。
私がムーディ先生を警戒しながら横を見るとマクゴナガル先生が血相を変えてこちらに走ってきていた。
「ムーディ先生! それにミス・十六夜も! 一体何事ですか!?」
先ほどのはマクゴナガル先生の盾の呪文のようだ。
私とムーディ先生は呼び寄せ呪文をドラコに掛けながら顔を見合わせる。
「やあマクゴナガル先生。何って……そりゃ決闘だろうが。なあ?」
ムーディ先生が楽しそうに私に話しかけてくる。
「決闘……でいいんでしょうかこの場合。どちらかというと綱引き?」
「な、何をなさっていたんですか? その白イタチは?」
マクゴナガル先生が地面に散らばるナイフと空中で苦しそうにもがいているドラコを交互に見ながら言った。
「不意打ちをかけた生徒に教育を施そうとしたらこの小娘が邪魔をした。それだけだ」
「私はドラコが助けを求めてきたので助けただけですが、なにか?」
マクゴナガル先生が腕に抱えていた本が地面に零れ落ちた。
「教……え? その白イタチは生徒で、その生徒を挟んで先ほどからナイフを投げ合っていたのですか!?」
「さよう!」
「そうなんです先生」
「そんな!」
マクゴナガル先生が手に持っていた杖をドラコに向かって振るう。
するとバシッと大きな音を立ててドラコが人間の姿に戻った。
まだ呼び寄せ呪文は切れていないので空中で引き裂かれそうになっている。
「今すぐその呼び寄せ呪文を解きなさい!」
「だが……」
「今解くと負けたような気がするんです」
私たちは更に杖に籠める魔力を強める。
ドラコの腕や足が千切れんばかりに広がった。
「あー! 痛い痛い痛い! 千切れる! 咲夜、千切れるって!!」
ドラコの悲痛な叫び声が大広間に木霊する。
「ドラコ、もう少しの辛抱よ。今ムーディ先生をどうにかしてあげるから」
「小娘! そいつを助ける気が少しでもあるのなら今すぐ呼び寄せ呪文を解くんだな。中世では四肢をロープでくくり馬に引かせることによって4方向に体を引きちぎるという処刑があったらしい」
「もしそうなったら教師である貴方の責任になりそうですね。先生」
「いいからおやめなさい!」
マクゴナガル先生が叫び声を上げる。
だが実をいうと今魔法を解くわけにはいかないのだ。
「ですが先生。今魔法を解くとドラコはナイフの散らばった床に落ちることになるのですが」
「ひいいぃぃぃぃいいいい!!」
ドラコが地面を確認したのか情けない叫び声を上げる。
マクゴナガル先生が杖を振るうとナイフが宙に浮かび一か所に集まった。
そしてマクゴナガル先生はドラコに向けて杖を振るう。
「フィニート・インカンターテム 、呪文よ終われ」
私とムーディ先生の呪文の効力が消え、ドラコは地面に落下した。
「ムーディ、本校では懲罰に変身術を使うことは絶対ありません!」
マクゴナガル先生が困り果てたように言った。
「ダンブルドア先生がそうあなたにお話ししたはずですが?」
「そんな話は聞いて……聞いたかもしれん。フム。しかし、わしの考えでは一発厳しいショックで――」
「ムーディ! アレのどこが一発ですか!! 本校では居残り罰を与えるだけです! さもなければ規則破りの生徒が属する寮の寮監に話をします」
「わしは変身術を掛けただけだ。まだ体罰を行っておらん! 少しそこの小娘と取り合いはしたが――」
「その取り合いが問題なのです!」
「フン、そうかね?」
ムーディ先生はコツッ、コツッと木製の義足の鈍い音をホール中に響かせて地面の上でまだ蹲っているドラコに近づいた。
そして静かにドラコに向けて言う。
「いいか、わしはお前の親父を良く知っているぞ……親父に言っておけ。ムーディが息子から目を離さんぞ、とな。わしがそう言ったと伝えろ……さて、お前の寮監はスネイプだったな?」
「そ、そうです」
ドラコは震えながら言葉を絞り出した。
「やつも古い知り合いだ。懐かしのスネイプ殿と口をきくチャンスをずっと待っていた……来い」
ムーディは全身の痛みでまだ動けないドラコの腕を掴み地下牢の方へと引きずっていく。
マクゴナガル先生はそんな2人の後ろ姿を心配そうに見送っていたが、やがてゆっくりと私のほうを向いた。
私は先生が集めたナイフを袖の下に仕舞っていく。
「ミス・十六夜。一体何をやっていたのですか? 先生にナイフを投げるなど言語道断ですよ!」
「相手はあのマッド・アイです。生徒1人がどうこうしたところで怪我を負うような人間じゃないでしょう?」
私はすまし顔でマクゴナガル先生に言う。
「そういう問題ではありません。今回は不問にしますが次にこのような場面に出くわしたらどんな理由があろうと罰則を与えます。いいですね?」
「先生が私に許可を求める必要はないのでは?」
「そういう意味ではありません。私の言葉を理解したかと言っているのです」
私は今度はマクゴナガル先生と睨み合う。
流石に拙いと思ったのかハーマイオニーが私をテーブルの方へと引っ張った。
「先生、私たち早く夕食を食べて談話室に戻らないといけないので……咲夜には私からよく言い聞かせておきますから」
ハーマイオニーが早口で捲し立てる。
「そんなこと初耳――」
私が口を出そうとするとハーマイオニーは私の口にパンをねじ込んだ。
「ではミス・グレンジャー。この場は貴方に預けます」
マクゴナガル先生はそういうと落とした本を拾い去っていった。
私は口に突っ込まれたパンをモシャモシャと食べながらハーマイオニーに抗議の視線を送る。
「いやあ、咲夜。流石だよ。ムーディも。あの光景を永久に僕の頭の中に焼き付けておかないと」
ロンは目を閉じ瞑想に耽けるように言った。
「ドラコ・マルフォイ。驚異の引き伸ばされるケナガイタチ……」
周囲にいたグリフィンドール生が爆笑する。
「だけど、あれじゃ本当にマルフォイに怪我をさせていたかも知れないわ。マクゴナガル先生が止めてくださったからよかったのよ――」
「ハーマイオニー! 君ったら、僕の生涯で最良のときを台無しにしてるぜ!」
ハーマイオニーは呆れたように肩を竦めると凄い勢いで自分の皿を空にし何処かへと行ってしまった。
そしてハーマイオニーと入れ替わるようにフレッドが先ほどまでハーマイオニーのいた席に滑りこんだ。
「咲夜! さっきのナイフ投げいかしてたぜ。でもムーディのやつもクールさ」
「クールを超えてるぜ。普通飛んでくるナイフを掴み取るか?」
フレッドの向かい側に座ったジョージが言った。
「ああ、超クールだ」
ジョージの隣にクィディッチの実況でお馴染みのリー・ジョーダンが座る。
「午後にムーディの授業があったんだ」
ジョーダンが私たちに話しかけた。
「で、どうだったの?」
ハリーは授業の様子が聞きたくてたまらないようだった。
その言葉にフレッド、ジョージ、ジョーダンは示し合わせたかのように顔を見合わせる。
「あんな授業受けたことがないね」
「参った。分かってるぜ、あいつは」
フレッドとジョーダンがニヤニヤしながら言う。
「分かってるって、なにが?」
ロンが2人の方へと身を乗り出した。
「現実にやるってことがなんなのか、わかってるのさ」
ロンの問いにジョージがもったいぶって答える。
「やるって何を?」
今度はハリーだ。
「闇の魔術と戦うってことさ」
「ああ、あいつは全てを見てきたな」
「スッゲェぞ」
3人は口々にそういうと風のように去っていく。
ロンは鞄を覗き込み、何かを探しているようだった。
多分時間割だろう。
「闇の魔術に対する防衛術の授業は木曜日まで無いわよ」
私がそう伝えるとロンががっかりしたような顔をした。
用語解説
吸血鬼の血の濃さ
この辺はこの作品独自の設定です。血を吸われて吸血鬼になった者が一番身分的には低く、血が濃ければ濃いほど長生きします。
宙に浮かぶ机
再登場するかどうかは分かりません。
抱きかかえられるマルフォイ
なんとも羨ましい限りですが、その後咲夜とムーディの手によって引き裂きの刑に掛けられました。
ナイフを掴み取るムーディ
そのあとはナイフでキャッチボール。案外ムーディと咲夜は気が合うかもです。
ナイフによる弾幕
ピクシー妖精以来の本格的な弾幕。
追記
文章を修正しました。
2018-09-12 加筆修正