私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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空いた時間に適当に書いているので文章が支離滅裂かもしれません。ご容赦ください。誤字脱字等ありましたら報告お願いします。



組み分けとか、授業とか、箒とか

「イッチ年生! イッチ年生はこっち! さあついて来いよ」

 

 人間を縦に二倍、横に五倍ほど広げたような大男が右手にランタンを持ち、新入生の案内をしている。

 グレンジャーの話によると、彼の名前はハグリッドというらしい。

 ホグワーツの敷地内にある森の番人をしているそうだ。

 私たちはハグリッドの案内で四人ずつボートに乗りこみ、湖を渡ってホグワーツ城を目指す。

 グレンジャーとロングボトムは先に乗っていた男の子二人を含めた四人で先に出てしまったようで、すでに姿が見えない。

 私は適当にボートに一人乗って待っていると、マルフォイとクラッブ、ゴイルがボートへ乗り込んできた。

 

「みんな乗ったか? よーし、では、進めぇ!」

 

 ハグリッドの掛け声で一斉にボートが動き出す。

 私は自分の鞄の重さでボートが転覆しないよう少し位置を調整すると、マルフォイに話しかけた。

 

「さっきの女の子、マグル生まれなんですって。貴方の言っていたことが少し理解できた気がするわ」

 

「そうか、あのやかましいのはやっぱり穢れた血だったのか。やっぱり魔法使いは純血じゃないと」

 

 マルフォイは自分の持論が認められたのが嬉しいのか、しきりに頷く。

 私自身純血主義に傾倒するつもりはさらさらないが、家柄の判断材料にするぐらいには使えるだろう。

 話を聞く限りだと、マルフォイの家は相当のお金持ちらしい。

 

「ただ、ハリー・ポッターってのには少々がっかりさせられたな。あそこまで人の話に耳を傾けない性格だとは思わなかった。横にいるウィーズリー家の赤ネズミも生意気だ。純血にもああいうのがいるから、気を付けないとな」

 

 マルフォイは得意げに話すが、すぐさま私がその言葉を否定する。

 

「みんな自分の中に自分だけの価値観を持っているものよ。他人に何と言われようが、簡単に揺らぐものじゃない。それは貴方も同じでしょう?」

 

 マルフォイは私の言葉に少々驚いたような顔をしたが、すぐに言葉を返した。

 

「面白い考え方だね、咲夜。確かに他人の言葉なんかで僕の中の価値観は揺らがない。誇り高きマルフォイ家の長男として、僕は僕であり続けるさ」

 

 それは本気で言っているのか見栄を張っているだけなのかは分からないが、その歳でそんな傲慢なことを言ってもかっこよくはない。

 まあ、微笑ましいとは思うが。

 私たちを乗せたボートは蔦のカーテンをくぐり、その陰に隠れている崖の洞窟へと進んでいく。

 洞窟の奥へと進むうちに少々肌寒くなり、私はローブを手繰り寄せた。

 城の真下と思われる位置まで進むと、船着き場のような場所に到着する。

 私はローブに袖を通すと、鞄を右手に立ち上がった。

 

「さて、到着だ。咲夜、足元に気を付けて」

 

 一足先にボートから降りたマルフォイがいっちょまえにエスコートしてくれる。

 余計なお世話ではあるが、一応素直にその好意を受け取ることにした。

 

「ホイ! お前さん。これ、おまえのヒキガエルかい?」

 

「トレバー!」

 

 後ろでそのような声が聞こえてきた。

 どうやらロングボトムのカエルは無事に見つかったようだ。

 ハグリッドは一度ぐるりと周囲を見渡し、声を張り上げる。

 

「みんな、いるか? おまえさん、ちゃんとカエルは持っとるな?」

 

 ハグリッドはズカズカと船着場にある階段を上っていく。

 私たちがその後を追うと、城の裏手だと思われる場所に出た。

 ハグリッドは手に持ったランタンで城の壁を照らし、裏口と思われる扉の前で立ち止まる。

 そして大きなこぶしを振り上げ、城の扉を三回ノックした。

 すると扉がゆっくりと開き、中からエメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女が現れる。

 厳しそうな顔をしているが、ああいうのは身内には甘いということが多い。

 孫を溺愛するおばあちゃんみたいな、そんな雰囲気を纏っている女性だ。

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生のみなさんです」

 

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 ハグリッドは魔女のことをマクゴナガル教授と呼んだ。

 ということは手紙の送り主は彼女ということだろう。

 確か役職は副校長だったか。

 マクゴナガル先生はそのまま地下の扉を大きく開け、私たちをホグワーツ城に招き入れた。

 入った先は玄関ホールで、紅魔館の玄関ホールと同じぐらい大きく、歴史を感じる。

 ただやはり城そのものが大きいだけはあり、天井はどこまで続くか分からないほど高かった。

 マクゴナガル先生に引率され、私たち一年生は大広間横の小さな空き部屋に通される。

 狭い部屋に詰め込まれて不安なのか、生徒たちはしきりに辺りをきょろきょろと見回しながら互いに寄り添って立っていた。

 

「ホグワーツへの入学おめでとうございます。新入生歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組み分けはとても大事な儀式です」

 

 組み分けがあるのか。

 寮に入るとは聞いていたが、その寮を分けないといけないほど生徒数が多いとは思ってもいなかった。

 私のそんな様子に感づいたのか、マルフォイが我が物顔で説明をしてくれる。

 

「寮は四つあってね。スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ、グリフィンドール。スリザリンは純血や家柄のいい魔法使いが多い。レイブンクローは頭のいい魔法使いが多いらしい。その点ハッフルパフは馬鹿でドジなのが多いって聞くな。多分あのネビルってのはハッフルパフだ」

 

「その話を聞く限りじゃ、ハッフルパフには入りたくないわね。それで、グリフィンドールっていうのは何か特色があるの?」

 

「勇敢な魔法使いが多いっていう話だけど、父上の話では、正義感の強いウザい奴が多いらしいよ。君なら多分レイブンクローじゃないかな?」

 

「あら、おだてても何も出ないわよ。貴方は……スリザリンね」

 

「その通り、僕の家系は全員がスリザリンに入っている。僕もそうだろうね」

 

「クラッブやゴイルはハッフルパフに行きそうだけど……」

 

 私がそう言うと、マルフォイは少し困ったように表情を曇らせた。

 

「あー……。その可能性を否定できないのがつらいな。でもクラッブもゴイルも両親はスリザリンの出だ。多分スリザリンに入れるだろう。君もスリザリンだといいね」

 

「確かに、そうかもね」

 

 私は一旦マルフォイ達と別れてハーマイオニーの方に移動する。

 ハーマイオニーたちも先ほどまで私たちがしていたような会話をしていた。

 

「僕絶対ハッフルパフだよ……。ドジで、間抜けだし」

 

 ロングボトムが今にも気絶しそうな声で呟いている。

 

「あら、自覚があったのね」

 

 私が軽口を叩くと、ロングボトムが縋るような視線を向けてきた。

 グレンジャーはしきりに何かを呟いているが、心を落ち着かせる呪文か何かだろうか。

 私が近づいていくと、それに気が付いたのかグレンジャーは視線を上げる。

 

「あ、咲夜。咲夜は試験でどんな呪文が出ると思う?」

 

 ハーマイオニーの余りにも的外れな問いに私は少し頭が痛くなった。

 

「呪文は出ないと思うわよ。私みたいに一つも魔法が使えない子も多いと思うし。寮が性格で分かれるのだとしたら、その人の本質を問うような心理的な質問をされるとか、そんなところでしょうね」

 

「そ、それもそうよね。私ったら少し緊張して我を忘れてたみたい。咲夜は寮は何処に入りたいと思ってるの?」

 

「どこでもいいわ。大切なのは何処の寮に入るかじゃなくて、そこで何を学ぶかでしょう? マクゴナガル先生も言っていたけど、何処の寮にも輝かしい歴史があって、偉大な魔法使いが卒業したらしいじゃない」

 

 それはそうだけど……とグレンジャーは口籠る。

 やはり不安は拭い切れないようだ。

 私はグレンジャーの近くにいる赤色の髪の毛の男の子と眼鏡の少年に目を留める。

 マルフォイが赤ネズミと言っていたのは、あの少年のことだろうか。

 

「貴方がウィーズリー? ということは……そっちがポッターね」

 

 私の声を聞いて赤毛の男の子が驚いたように顔を上げる。

 いきなり、それも自分の名前から呼ばれたのがそんなにも驚くことだったようだ。

 ポッターだと思わしき男の子が口を開く。

 

「えっと、そういう君は?」

 

「別に私は誰でもないわ。ごめんなさいね。知人に貴方たちの特徴を聞いていたから、ちょっと確かめたくて」

 

 それを聞いて赤毛の子がほっと息をつく。

 

「そうなんだ。僕はロン。それでこっちがハリー。知人から聞いたって、まさかハーマイオニーじゃないよね?」

 

「いえ、マルフォイよ」

 

 ハーマイオニーと呟いた瞬間のウィーズリーはしかめっ面だったが、私がマルフォイの名前を出した瞬間、苦虫を噛み潰したような形相へと変わった。

 

「悪いことは言わないからさ、あいつとは付き合わない方がいいぜ? 差別主義者で、性格悪いし。何よりマルフォイ家のお坊ちゃんだ」

 

 差別主義者とはよく言えたものだ。

 

「ふふっ。貴方、言ってることがマルフォイと変わらないって自覚ある? あいつとは付き合わない方がいい。家で人を判断する。面白いわね。魔法族って」

 

 私がそういうと、ウィーズリーは顔を真っ赤にする。

 だが、言い返しては来なかった。

 反論が思いつかなかったのだろう。

 

「でも、ありがとう。大丈夫よ。付き合う人間は自分で判断できるわ」

 

 ここまで意識して無視してきたが、ポッターは不満そうな顔をしていた。

 やはり自分が特別だという意識があるのだろうか。

 自分が蚊帳の外なのが少々不満らしい。

 まあ、十一歳の男子なんてそんなものだろう。

 

「そ、それはともかく。君は試験はどんな感じだと思う? 僕の兄が凄い痛いって言ってたんだけど……多分冗談だよな」

 

「もしそうなら今頃もっと不満の声が聞こえてくるはずよ。悪い噂っていうのは伝達する速度が速いから」

 

「さあ、一列になって。ついてきてください」

 

 世間話をしているうちに、マクゴナガル先生が声を張り上げる。

 それに従い、私たちは一列で大広間に入っていった。

 大広間の中は大きなテーブルが縦に四つ並んでおり、既に上級生が座っている。

 私たちは机と垂直に、上級生の方を向くように並ばされた。

 私たちの後ろには教職員の机があり、そこに教員らしき人間が座っている。

 私もほかの生徒と同じようにキョロキョロと周囲を見渡していると、マクゴナガル先生が私たちの前に椅子を一つ置く。

 そして、続いてその上にボロボロで継ぎ接ぎだらけの汚らしい帽子が置かれた。

 一体何だと思ったが、次の瞬間帽子がいきなり歌いだした。

 

 

 

 

 

 歌の内容自体は至って平凡な物だった。

 要約すると各寮の紹介のようなものだ。

 その歌を聞く限り、マルフォイの言っていたことはあながち間違いではなかったらしい。

 グリフィンドールは勇気、ハッフルパフは優しく忠実、レイブンクローは賢く、スリザリンは狡猾で狡賢いが真の友を得る。

 この歌だけ聞くと、何処に入っても自分の寮に自信が持てるだろう。

 歌が終わると同時に、大広間にいたほぼ全員が拍手喝采した。

 その様子を見る限り、どうやらこの歌は毎年の恒例行事のようだ。

 

「僕たちはただ帽子を被ればいいんだ!」

 

 何処からかそんなひそひそ声が聞こえてくるが、果たして本当にそうだろうかと私は内心怪しむ。

 あの帽子、私たちの頭の中にある思想を読み取り、組み分けをしていくのだろう。

 精神に対する不法侵入もいいところだ。

 あまり気が進むものではない。

 そんな私の気持ちとは関係なく、マクゴナガル先生が説明を始める。

 

「名前を呼ばれたら帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」

 

 そしてラストネームが『A』の子から順番に名前が呼ばれ始めた。

 一番目の子はハンナ・アボットという少女だ。

 少々慌て気味に前に出て、目が隠れるほど帽子を深々と被り椅子に腰かける。

 一瞬の静寂のあと、帽子が大きな声でハッフルパフと叫んだ。

 そこから先は流れ作業のように組み分けが進んでいく。

 私は十六夜だから『I』、順番は真ん中辺りだろうか。

 

「イザヨイ・サクヤ」

 

 考えているうちに私の名前が呼ばれた。

 私は何も考えずに組み分け帽子を被り、椅子に座る。

 

「ふむ、また難しい子が入ってきたな……」

 

 組み分け帽子の声だろうか、何かを悩んでいるようだ。

 

「頭もいい。忠誠心も高い。そして、素質だけ見れば圧倒的にスリザリンじゃな」

 

「どこでもいいわ。さっさと決めて頂戴」

 

「ほう、どこでもよいのかね? ならばここはあえて……グリフィンドールッ!!」

 

 どういう判断基準なのだろうか。

 なんにしても私の寮はグリフィンドールに決まった。

 帽子を脱ぎ、私はグリフィンドールの机へと進んでいく。

 そして適当にグレンジャーの横に座った。

 昼に知り合った人間では、グレンジャー、ネビル、ポッター、ウィーズリーが私と同じくグリフィンドールで、マルフォイ、クラッブ、ゴイルは本人たちの予想通りスリザリンだった。

 マルフォイに関しては帽子が頭に触れるか触れないかというギリギリのところで既に帽子が寮名を叫んでいたぐらいだ。

 そのあと校長の適当な挨拶があり、すぐに宴会に移る。

 私は料理を楽しみつつも、周囲の状況を観察した。

 皆一心不乱に料理を食べている。

 まあ、確かに料理は美味しい。

 館で出す料理と遜色ないと言えるだろう。

 だが、そう考えているのもつかの間。

 グレンジャーが私に声を掛けてきた。

 

「咲夜もグリフィンドールなのね。ちょっと意外だわ。貴方は絶対レイブンクローだと思っていたのに」

 

「完全に性格だけで分けているわけじゃないと思うわよ。じゃないと寮に入る新入生の人数が偏ってしまうじゃない」

 

 そのような話をしていると、上級生でこの寮の監督生のパーシーが会話に入ってくる。

 

「確かに、完全に均等に割られるわけじゃないけど、大きく差が出ることもない。ああ、自己紹介がまだだったね。僕はパーシー。パーシー・ウィーズリーだ。この寮の監督生をしている」

 

「十六夜咲夜よ」

 

「ハーマイオニー・グレンジャーです。なんにしても私は授業が楽しみだわ。ほんとに、早く始まればいいのに……。勉強することがいっぱいあるんですもの。私、特に変身術に興味があるの。ほら、何かを他の物に変えるっていう術。勿論、凄く難しいって言われているけど……」

 

 グレンジャーの疑問に監督生が胸を張ってこたえる。

 

「始めは小さなものから試すんだよ。マッチを針に変えるとか、そこから段々と形や大きさを変えていくんだ」

 

「変身術……変化の術のようなものかしら? そこまで難しいとは思えないけど」

 

 私がそう言うと、監督生がとんでもないと言わんばかりに声を張り上げる。

 

「ところがどっこい。これが中々うまくいかないんだ。フクロウ試験でも、みんな苦労するんだよ」

 

 なるほど。それを聞いて私は一つの悪戯を思いつく。

 

「でも、ほら」

 

 私は食事用のナイフを手に取ると、それを近くの壁に向かって投げる。

 そのナイフは真っ直ぐ壁に向かって飛んでいき、刺さった瞬間ポスターサイズの額付きの絵画に変わった。

 その光景を見て、監督生とグレンジャーは目を丸くする。

 もっとも、これは変身術ではない。

 ナイフが刺さった瞬間に時間を止めナイフを抜き取り、ナイフが刺さっていた場所に遠くから移動させてきた絵画を掛けただけだ。

 でも傍から見たらナイフが絵画になったように見えるだろう。

 

「ね?」

 

 私はグレンジャーの方を見てニコリと微笑む。

 グレンジャーは何が起きたのか理解出来ないと言わんばかりに口をパクパクさせていた。

 

「凄いな。三年生……いや四年生レベルの変身術じゃないか?」

 

 監督生はベーコンの塊を齧りながら拍手を始める。

 私は少し得意げになりながら膝の上に隠したナイフを持ち直した。

 ただ、誤算だったのはその光景を見ていたのが二人だけじゃなかったということぐらいか。

 いきなり拍手喝采を受ける。

 どうやら近くにいた十数人に見られていたらしく、いきなり目立ってしまった。

 しかもその騒ぎを聞きつけてマクゴナガル先生まで登場する始末。

 私は食事の時間が終わるまで適当に誤魔化すしかなかった。

 

 

 監督生の指示でグリフィンドール生は談話室に入っていく。

 各寮の談話室の入り口はそれぞれ隠してあり、合言葉を知らないと中に入ることができないらしい。

 グリフィンドールの談話室は八階の廊下の突き当りにある太った婦人の肖像画の裏に入口があるようだ。

 談話室で一通りの寮内での注意事項を聞いた後、監督生の指示で男子女子に分かれてそれぞれの部屋に入っていく。

 部屋は五人部屋で、私はグレンジャーとその他数人の生徒と同じ部屋だった。

 みんなベッドの横に大荷物が積んであるが、私はベッドの上に鞄が一つ置いてあるだけだ。

 

「咲夜、貴方荷物それだけなの? もしかしてそれも魔法?」

 

「まあ、そんなところかしら。荷物の量で言えば貴方とそんなに変わらないわ」

 

 私は鞄から寝間着を取り出すと、時間を止めて着替える。

 そして着ていた制服をハンガーにかけ、鞄に仕舞い込むと時間停止を解いた。

 そこまでして、気が付く。

 恐る恐る横を見るとグレンジャーが口に手を当てて驚いていた。

 

「そ、それも変身術? 咲夜ってもう既に高度な魔法が使えるのね」

 

 パチュリー様に言われたことを思い出す。

 確かに、私が元から持っている術は、この世界では酷く目立つ物らしい。

 

「そんなことはないわ。貴方寝ぼけてない?」

 

 グレンジャーを適当に誤魔化し、鞄をポケットに仕舞うとベッドに潜り込む。

 

「お休み、ハーマイオニー。明日から貴方の楽しみにしている授業が始まるわけだし、早く寝た方がいいわよ」

 

 それで納得したのか、グレンジャーはそそくさと着替えてベッドに潜り込む。

 そういう素直なところは純粋に好意を持つことができる。

 私はひとまず安心して、まどろみに身を任せた。

 目を瞑って数分もしないうちに私は夢の中に吸い込まれていく。

 

 

 

 授業が始まって数日が経った。

 授業の内容は様々で、杖を振って呪文を唱えるだけという授業は思った以上に少ない。

 天文学や薬草学、魔法史などは杖を振らない代表的な授業と言えるだろう。

 逆に変身術や呪文学などは実際に杖を振るい呪文を唱えるのが主な授業のようだ。

 今日は初めての変身術の授業なのだが、楽しみと言っていただけあって、グレンジャーのテンションが朝から高い。

 

「今日はついに変身術の授業よ! 私昨日の夜よく眠れなかったもの!」

 

 と言ってはいるが、昨日の夜誰よりも早く寝ていたのはグレンジャーだと私は知っている。

 

「咲夜は変身術が得意なのでしょう!」

 

「それは誤解よ。あれはマジックのようなものだって説明したじゃない」

 

 もっとも、ナイフを絵画に化けさせることぐらいはパチュリー様の英才教育によってできなくはない。

 物の偽装はメイドの嗜みだ。

 授業が始まると同時にマクゴナガル先生が入ってくる。

 そして全員が着席するなりいきなり説教から授業を始めた。

 

「変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は教室を出て行ってもらいますし、二度とクラスには戻れないと思ってください。初めに警告しておきます」

 

 それから先生は机を豚に変え、また机に戻して見せた。

 その様子を見てグレンジャーはこの上なく興奮していたが、私からしたら大したことをしているようには見えなかったのでどう反応していいか少々迷ってしまう。

 パチュリー様なら、ホグワーツ城そのものを高層ビルに変身させるぐらいはやってのけるだろう。

 その後は変身術の基本的な原理と魔術的な仕組み、術の扱い方などをノートにまとめる時間になった。

 私は魔術的な仕組みを写しながら頭の中でその式を科学的な式に変換して、ノートに書き加えていく。

 使っている言葉が違うだけで、やっていることは魔法も科学も変わらないと予想を立ててはいたが、おおむね予想通りだった。

 例えば質量の違うものへ変身させる魔法では、魔力を別の空間に飛ばしたりどこかから持って来たりしなくてはならないらしいのだが、原子量の操作と次元間の物質移動と言い換えたら科学的に説明できる。

 大元にある原理が多少違ったりはするが、その辺は新しい記号や用語を足すことで補完することができた。

 ノートを取り終わった後は一人一人にマッチ棒が配られ、それを針に変える練習が始まる。

 私はマッチ棒を掌で覆い隠し、袖の下にある裁縫用の針と入れ替えた。

 だがこれではただのマジックだ。

 もう少し真面目にやるかと、私は懐から杖を取り出した。

 

「咲夜の杖って、綺麗ね。そんな色もあるんだ」

 

 グレンジャーが私の杖を見て言葉を漏らす。

 それには私も同感だ。

 この杖の色は深く、人を魅了する赤色だと思う。

 

「それはいいとして、ハーマイオニーは変化させることができた?」

 

「もう少しかかりそう。銀色にはなるんだけど、やっぱり形そのものを変えようとすると結構難しいみたい」

 

「そんなものなのねぇ」

 

 私は机の上に置いてある針に向かって杖を振るう。

 何も起こらない。

 当たり前だ、私は杖を振っただけ。

 これで何かが起こるはずがない。

 私は先ほどノートに書いた変形式や、物質の移動式も組み入れて頭の中でマッチが針に変形する理論を組み上げる。

 そして意識を集中させて杖を振った。

 ムクムクとマッチ棒が動き出し、細く鋭い針へと変わっていく。

 私は変化の終わった針を手に取りその手触りや針の尖り具合を確かめた。

 糸を通す穴が若干歪んでいる。

 手で触った感覚では、少し全体的に湾曲しているようだ。

 針の尖り具合は及第点といったところだろうか。

 私は針を机の上に放り投げ、グレンジャーに向けて肩をすくめた。

 

「まあ、この程度よ。お粗末なものでしょ?」

 

「それ、どうやったの? 私、色しか変わらないんだけど……」

 

 改めてグレンジャーの針をみる。

 いや、どちらかというと銀色のマッチ棒といったところか。

 

「さっき散々ノートに写したじゃない。理論は暗記だけじゃなく、理解しないといけないわよ。変形させるための魔法の原理をもう少し意識したほうがいいわ」

 

 それを聞いてグレンジャーは一度マッチの変身を解くと、再度杖を振るう。

 グレンジャーのマッチ棒はスルリと変化し、既製品と変わらないような見事な裁縫針になっていた。

 

「お見事。私より全然上手いじゃない」

 

「これ……本当に私が?」

 

 グレンジャーは自分が変化させた針を手に取り、本当に変化したのか確かめるように触っている。

 そして次の瞬間、満面の笑みに変わった。

 

「あら、変身術って自分の顔を変身させる魔術なのね」

 

 私が茶化すと、グレンジャーは恥ずかしそうに顔を伏せる。

 そしてもっと練習が必要ねと言わんばかりに何度も何度も変身の魔法を繰り返した。

 その直向きに頑張る姿勢に素直に感動しつつ、私は先ほどの反省を生かしながらマッチ棒に魔法をかける。

 先ほどは糸を通す穴の精度が悪く、また針全体の湾曲が起こっていた。

 空間を尺として変化させるとどうしても周りの重力に影響されて少し曲がってしまうようなのだ。

 今度はノートの上にマッチ棒を置き、魔法をかける。

 先ほど至らなかった箇所に意識を持っていき、詳しい造形を脳内で思い浮かべそれを魔力に変換させていく。

 すると今度は完璧な裁縫針へと姿を変えた。

 結局この授業のうちにマッチ棒を少しでも変化させられたのは私とグレンジャーだけだったようでマクゴナガル先生に思いのほか褒められてしまった。

 その後も闇の魔術に対する防衛術の授業が有ったりと様々な授業があったが、印象に残ったのは魔法薬学だろうか。

 魔法薬学の授業は地下牢で行われた。

 ここは城の中にある他の教室よりも肌寒く、いたるところにホルマリン漬けの動物のガラス瓶が置いてあったりする。

 紅魔館の地下も似たり寄ったりなところがあるが、学生が利用する分こっちのほうが幾分か健全だろう。

 魔法薬学の授業の教師はスネイプという比較的若い教師だった。

 だが、顔は老け顔で、あまり若いという印象はない。

 そしてどうもグリフィンドール生を目の敵にしているような態度を取り、スリザリンを多大に贔屓していた。

 

「ハリー・ポッター、我らが新しいスターだね」

 

 授業の初めは出席を取るところから入ったのだが、その時点から先生はポッターを弄っている。

 魔法薬学はスリザリンとの合同授業だったのだが、その様子を見てマルフォイたちはクスクスと笑っていた。

 こういう機会にしか話をする機会がないので、私はマルフォイの前の席に座っている。

 その様子をグレンジャーは呆れたように見ていたが、厄介な奴を抑えつけてくれるならまあいいかといった表情だった。

 

「スネイプ先生はスリザリンの寮監でね。ご贔屓にしてくれる」

 

 マルフォイがささやき声でそう教えてくれる。

 マルフォイ自身グリフィンドールの生徒を小馬鹿にする態度をよく取るのだが、不思議なことに私には殆どそのような態度を取らない。

 

「でも、それに甘えちゃ駄目よ。他人からの好意は素直に受けるものだけど、頼りすぎると自分を堕落させるわ」

 

「そ、そうだよね。ははは。気を付けるよ」

 

 そんな話をしているうちに出席の確認が終わり、魔法薬学の授業が始まった。

 

「このクラスでは魔法薬調剤の絶妙な科学と、美しき芸術性を学ぶ」

 

 私はスネイプ先生のその言葉を聞いて少し驚いていた。

 まさか魔法を教える教員の口から、科学という言葉が出てくるとは思わなかったからだ。

 

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。それが魔法なのかと思う者が多いかも知れないが、沸々と揺れる大釜、立ち上る湯気、人の中をめぐる液体の繊細な力は人の心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力となる。君たちがこの技術を真に理解することは期待していない。私が教えるのは名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、地獄の窯にさえ蓋をする方法である。もっとも、私がこれまでに教えてきたウスノロたちより君たちがマシだったらの話だが」

 

 スネイプ先生の大演説の後、クラスは一層静まり返った。

 胡散臭い見た目の先生だが、人の目を引き付ける才能はあるようだ。

 グレンジャーのほうに視線を向けると、今すぐにでも自分がウスノロじゃないと証明したいかのようにウズウズと身を乗り出すようにしている。

 

「ポッターッ!!」

 

 急にスネイプ先生が声を張り上げる。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 ポッターは完全に目を点にしていて、横にいるウィーズリーと顔を見合わせている。

 その様子を見てこれ見よがしにグレンジャーが天高くまっすぐと手を挙げた。

 

「わかりません」

 

 おずおずとハリーが答える。

 

「ハッ、有名なだけではどうにもならんらしいな」

 

 スネイプ先生はその答えをせせら笑うと同時に軽口を叩く。

 どうやらグレンジャーの天にも昇りそうな挙手は無視されたようだった。

 マルフォイたちはその様子を見てクツクツと笑いを堪えている。

 まあ、今先生はポッターに質問を飛ばしているのだ。

 いわばグレンジャーの挙手は勝手な行為と言える。

 無視されても文句は言えない。

 

「ポッター。もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、何処を探すかね」

 

 これは意地悪な問題だ。

 確かベゾアール石は石と名前がついてはいるがヤギの胃袋から取れるものだったと記憶している。

 グレンジャーが懲りずに、椅子に座ったまま挙げられる限界の高さまで手を伸ばす。

 あそこまで必死だと逆に尊敬できるというものだ。

 ついに堪えきれなくなったのか、マルフォイたちは体をよじって笑い始める。

 まあ、これは仕方がない。

 こんなのポッターやグレンジャーのことが嫌いじゃなくても笑えて来る状況だ。

 

「わかりません」

 

 ポッターは素直にそう答えた。

 

「クラスに来る前に教科書を開いてみようとは思わなかったわけだな、ポッター。え?」

 

 その言葉を聞いて、私は少しギクリとする。

 教科書など授業が始まるまで開いたことすらなかったからだ。

 

「では、マルフォイの横に座っている……、なんだったか、そう十六夜よ。モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何だね?」

 

 いきなりこちらに話を振られて、内心ドキリとする。

 後ろで笑っていたマルフォイの笑い声もぴたりと止んだ。

 そちらの方を見ると少々心配そうな顔をしてマルフォイがこちらを見ていた。

 正直に答えると、全く分からない。

 そもそもその二つがどのような物なのかすら見当がつかなかった。

 なので、少々チートを使うことにする。

 私は時間を止めて教科書を机の上に取り出す。

 そしてペラペラとページをめくり、その二つについて記述してある項目を探した。

 三十分程教科書を眺め、私はモンクスフードとウルフスベーンに関する記述を見つける。

 どうやらこの二つは同じ植物のようで、ようはトリカブトのことのようだ。

 私は教科書を先ほどあった場所にしまうと、時間を止めたときとミリ単位で同じ体勢をとり、服を整える。

 そして時間停止を解除した。

 

「モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で別名アコナイトとも言います。要はトリカブトのことです」

 

「トリカブトの毒性は?」

 

「主成分はジテルペン系アルカイドのアコニチンで、他にメサコニチン、アコニン、ヒバコニチンなども含まれます。全草に毒を含むのですが、特に根に強いですね。摂取すると嘔吐や呼吸困難、臓器不全を引き起こし最悪の場合死に至ることもあります。毒の強さは地域や収穫時期によってことなります」

 

「素晴らしい。グリフィンドールにも優秀な生徒はいるようだ」

 

 トリカブトのことだと分かれば後はこっちのものだ。

 私が使うナイフにも毒として塗ることがあるぐらい有名な毒草で、性質はよく知っている。

 

「少しでも教科書を読んでいればこれぐらいは答えれるだろうに。それとグレンジャー、座りなさい」

 

 スネイプがぴしゃりと言い放つ。

 私がマルフォイの方を見ると、安堵のような尊敬のような、よくわからない表情を浮かべていた。

 

「流石、と言っておこうか。やっぱり君は頭がいいな。グリフィンドールに置いておくには勿体ないぐらいだよ」

 

「教科書を読んだだけよ。買い被り過ぎ」

 

 私は少し照れを隠すようにマルフォイの広いおでこをぺちりと叩く。

 まあ本当に教科書を読んだだけだ。

 そのあと、スネイプ先生は先ほどポッターに出した問題の答えを説明していく。

 そして最後の「何故今のをノートに書きとらないのかね?」という一言で全員が一斉にノートを取り出し、先ほどの問題の答えを必死に思い出しながら書いていった。

 その後も魔法薬の授業は続き、スネイプ先生は生徒を二人ずつ組にしておできを治す簡単な薬を調合させた。

 私は調合の前に時間を止めて教科書を読み込む。

 先ほどあったスネイプ先生の簡単な説明と注意も参考しながら頭の中で化学式を構築していく。

 この魔法薬学は、魔法を使わない。

 ということは全て理屈立てて説明できるということだ。

 頭の中に作り方と反応式をたたき込み、時間停止を解除する。

 スネイプ先生の指示で私はマルフォイと組むことになった。

 慎重に干イラクサを計り、蛇の牙を砕いていく。

 角ナメクジの茹で方をマルフォイに指示し、自分は鍋をかき混ぜていった。

 マルフォイは知識は少ないが順応性は高いらしく、私の指示通り完璧に角ナメクジを茹で上げ、スネイプ先生にとても褒められていた。

 少々褒め方が大げさすぎる気もするが、みんなの話ではスネイプ先生はマルフォイを可愛がっているようなので、これぐらいで普通なのだろう。

 そんな師弟の微笑ましいやり取りを観察していると、地下牢全体に強烈な緑色の煙が上がり蒸気が沸き上がるような音が聞こえてきた。

 どうやらロングボトムがペアの男子生徒の大鍋を溶かしてよく分からない鉄塊にしてしまい、薬を溢してしまったようなのだ。

 たちまち他の人間たちは避難したが、ロングボトムだけは大鍋の中身をモロに被ってしまったようで、全身に真っ赤なおできを噴き出している。

 

「馬鹿者!」

 

 スネイプ先生が怒声を上げ、魔法の杖を一振りする。

 するとたちまちこぼれた薬は消え去った。

 

「大方、大鍋を火から降ろさないうちにヤマアラシの針を入れたんだな?」

 

 説教のせいか痛みのせいか、はたまたその両方か、ロングボトムは泣き出してしまっていた。

 

「この馬鹿を医務室に連れていけ」

 

 スネイプ先生は呆れたようにペアの男子生徒に言い放つと、怒りの矛先をロングボトムの隣で作業をしていたハリーとロンに向ける。

 

「ポッター、針を入れてはいけないと何故言わなかった? 彼が間違えば自分の方がよく見えると考えたな? 先ほどの無礼な態度と合わせてグリフィンドールは二点減点だ」

 

 先ほどのロングボトムの失敗の時もそうだが、マルフォイは腹が捩じ切れるほど笑っている。

 その気持ちも分からなくはないが、流石にハリーが可哀想なのと、自分の寮の点数をあまり減らしたくないので助け舟を出すことにした。

 

「スネイプ先生、ハリー達の大鍋を見てください。ネビルが失敗するしない以前に壊滅的な出来です。ネビルの失敗と比べても良くは見えないでしょう」

 

 その言葉を聞いてハリーがこちらを凄い形相で睨んでくる。

 マルフォイは息が出来ないと言わんばかりに机をバンバンと叩いていた。

 

「ふむ、十六夜の言うことももっともだ。減点を一点に減らしてやろう」

 

 私の考えを知ってか知らずか、スネイプ先生は嫌らしく笑うと私の思惑通りに減点数を減らしてくれた。

 スネイプ先生はようはハリーが惨めになればそれでいいのだ。

 減点以外の方法でハリーが惨めになれば、不必要に減点する必要もなくなる。

 助け舟も出し終えたので私は自分の鍋に専念する。

 マルフォイが茹でた角ナメクジを加え、一定回数混ぜた後、火から降ろす。

 その後、マルフォイに花を持たせる為、最後の仕上げをマルフォイに任せる。

 マルフォイは慎重に大鍋にヤマアラシの針を入れ、おできを治す薬を完成させた。

 

 

 

 

 

 結局魔法薬学の授業はスネイプ先生がマルフォイの調合した薬がいかに優れているかを力説し、スリザリンに五点を与えて終わった。

 マルフォイに適当に別れの挨拶をし、荷物を纏めて廊下に出るとグレンジャーが待ち伏せでもしていたかのように私に突っかかってくる。

 

「貴方、仮にもグリフィンドール生でしょう!? なんでマルフォイやスネイプ、スリザリンの味方をするのよ!!」

 

 グレンジャーは凄い形相で私に捲し立てた。

 

「あら、私が助け舟を出さなければ、グリフィンドールは一点多く減点されてたのよ? 感謝こそされど、恨まれる覚えはないわね。それと、スネイプ『先生』よ」

 

「それは結果論でしょ!? それに、スリザリンと合同授業の時は大体マルフォイの近くにいるし」

 

「逆に聞くわ。寮に拘りすぎてない? マルフォイとは合同授業の時ぐらいしか顔を合わせることもないのだし。逆に聞くけど、寮がスリザリンだからってそこまで敵意むき出しにする必要性はあるの?」

 

 もしその必要性があるというのなら、それは純血主義と言っていることは変わらない。

 

「それは……」

 

 やはり口籠る。

 

「さて、今日はもう授業がないわけだし。談話室に戻りましょう? それとも図書室に寄って行く?」

 

 私はグレンジャーの横に並ぶと、手を取って歩き出す。

 グレンジャーは私のそんな行為に頭を抱えた。

 

「貴方の場合、ドライなのかフレンドリーなのか、時々分からなくなるわ」

 

「まだ会って数日じゃない。数日で理解できるほど、私の世界は単純じゃないわ」

 

 その言葉に、グレンジャーは諦めたように私と共に歩き始めた。

 

 

 

 

 授業が始まって数週間ほど経った頃だろうか。

 ホグワーツの生活にも慣れ、大体の授業の勝手もわかってきた。

 どうやら私はそこそこ優秀なようだ。

 グレンジャーや一つ上のレイブンクローのチョウ・チャンと並んでホグワーツ低学年の三大才女と言われているらしい。

 確かにグレンジャーは頭がいい。

 いや、努力家というべきだろう。

 人一倍勉強に取り組み、人一倍真剣に授業を受けている。

 チョウ・チャンは分からないが、レイブンクロー生ということは頭はいいのだろう。

 私自身、自分が頭がいいという自覚はない。

 授業の半分は居眠りをしているし、談話室で必死になって勉強しているわけでもない。

 少々だらけ過ぎている気はするが。

 

「咲夜は勉強してないように見えて頭がいいからね。私、貴方が自主的に勉強しているところを見たことがないもの。なのに先生から受けた問題には的確で正確な答えを返すし。……教科書丸暗記でもしてるわけ?」

 

 談話室で必死になって本を読んでいるグレンジャーが愚痴るように私に聞く。

 私なんて必死に勉強しているのにと言わんばかりだ。

 

「それを言うなら貴方でしょ? 教科書どころか参考書も全部暗記してそうだし。今だって頑張っているわ。それは何の本?」

 

 私が聞くと、グレンジャーは呆れたように返事を返した。

 

「貴方、談話室の掲示板見てないの? 今日から飛行訓練の授業があるのよ。他の教科は事前に勉強しておけばどうとでもなるけど、箒での飛行だけはそうもいかないわ」

 

「空を飛ぶなんて簡単よ。移動範囲が上に広がるだけじゃない」

 

「理屈ではそうだけど……って、咲夜だって飛んだ事ないでしょうに」

 

「そうかもね」

 

 私は掲示板のほうをちらりと見る。

 予定表を見ると、どうやら次の時間が飛行訓練のようだ。

 確かに耳を澄ますと、色んな生徒が箒や飛行といった単語を用いて会話をしていた。

 

「案ずるより産むが易しよ」

 

「なにそれ?」

 

「日本のことわざ。あれこれ考えるよりやってみた方が分かりやすく簡単ってこと」

 

 私は座っていたソファーから立ち上がるとぐーと伸びをする。

 

「さて、行きましょう。空を飛ぶのって、気持ちがいいと思うわよ」

 

 

 

 

 

 グレンジャーを連れて校庭に出ると、外はよく晴れた絶好の飛行日和だった。

 本当ならば箒など使わず久しぶりにのんびりと空中散歩を楽しみたいところだが、悪目立ちするのも良くないだろう。

 集合場所に歩いて行くとマルフォイやスリザリン生たちの姿が見えた。

 そうか、合同授業なのか。

 今朝の朝食時、ポッターの機嫌が妙に悪かった原因は、合同授業のせいだろう。

 そして私は何故かポッターとウィーズリーに嫌われている。

 どうやら初回の魔法薬学の件以降、私はマルフォイの一味と思われているようなのだ。

 確かに魔法薬学の時はいつもマルフォイとペアを組まされている。

 だが私が自主的にマルフォイとペアになろうとしているわけじゃない。

 確かに近くには座るが、いつも私とマルフォイがペアになれと言うのはスネイプ先生だ。

 グレンジャー曰く、「咲夜と組ませれば、マルフォイを褒めやすいし、スリザリンにも点を入れやすいでしょ?」とのことだ。

 ようはマルフォイの成績を上げるために優秀らしい私と組ませて効率よくスリザリンに点を入れていると言いたいのだろう。

 確かに、私は魔法薬学の授業で点を貰ったことはない。

 どんなに上手に調合しても、褒められるのはマルフォイで、点が入るのはスリザリンだ。

 なるほど、ポッターに嫌われるのもわかる気がする。

 

「やあ咲夜、今日の魔法薬学ぶりだね」

 

 私の存在に気が付いたのか、マルフォイが私に話しかけてくる。

 それと同時に隣にいたグレンジャーがルームメイトであるパチルの方へ走っていった。

 意地でもマルフォイと顔を合わせたくないらしい。

 

「お久しぶりというほど時間が経ったわけじゃないでしょう? ドラコ。今朝の朝食の時は随分陽気にクィディッチについて語っていたけど、そんなに面白いスポーツなの?」

 

 私の問いに待ってましたと言わんばかりにマルフォイは胸を張った。

 

「勿論、魔法界で一番ホットなスポーツだよ。僕の一番得意なスポーツでもある。本当に一年生がチームに入れないのが残念だ」

 

「そう。飛行訓練が楽しみね。期待してていいかしら?」

 

「勿論だとも。それはそうと咲夜、君はいつも穢れた血と一緒にいるけど……あまりああいうのと関わらないほうがいい。友達は選ぶべきだ」

 

 マルフォイはそう言うが、別にアレは友達ではない。

 

「彼女は別に友達じゃないわ。ただ彼女私が居ないといつも一人なのだもの。あまりにも哀れだわ。慈しみの心を持つのも大切だと思うの。一応ルームメイトだしね」

 

 それを聞いてマルフォイの後ろにいるクラッブとゴイルが声を上げて笑う。

 まあ友達じゃないといえば目の前にいるマルフォイも変わらないのだが。

 吸血鬼の従者である私が、人間の子供と友達になれるはずはないのだ。

 

「何をボヤボヤしているんですか! みんな箒の傍に立って! さあ早く!!」

 

 私が感傷に浸っていると、後ろからそんな声が聞こえてくる。

 どうやらこの授業の講師であるマダム・フーチ先生が来たらしい。

 生徒たちは慌てて箒の横に走っていく。

 私もそれに続き、箒の横に立った。

 

「右手を箒の上に突き出して! そして、『上がれ』と言う」

 

 どうやら授業は箒を手に取るところから始めるらしい。

 随分初歩的だが、重要なことなのだろう。

 みんなが次々と上がれと唱え箒を手に収めようとする。

 私はしばらく他の生徒の様子を観察することにした。

 マルフォイは自信ありげに自慢していただけあって、一発で箒をキャッチしている。

 そして意外なことにポッターも一発で箒を上げ、キャッチしていた。

 グレンジャーは彼女の予想が的中した結果になったのか、ころりと転がっただけで上げるまでに時間を要しているようだった。

 半数以上が箒を手に収めたのを見届け、そろそろかと私も箒に手をかざす。

 すると何も言わないうちに箒は手の中に納まった。

 なるほど、自らの魔力で浮かすわけではないらしい。

 箒自体に相当な魔力が蓄積されているらしく、まるで意思があるような挙動だ。

 大多数が箒を浮かすことに成功すると、フーチ先生は次に箒の端から滑り落ちないように跨る方法を実演し、生徒たちの列の間を回って箒の握り方を指導していった。

 少々驚くことに、マルフォイはずっと間違った握り方をしていたらしい。

 マルフォイのミスが指摘されたのがとてつもなく嬉しかったのか、ポッターとウィーズリーは終始ニヤニヤしていた。

 私はというと、マルフォイやグレンジャー以上に握り方、跨り方について指導を受けた。

 どうやら予習をしていなかった分、私の跨り方は素人以下だったようだ。

 

「さあ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴るんですよ。箒はしっかり持って、数メートル浮上して、前かがみになってすぐ下りてきてください。笛を吹いたらですよ? 一、二の……」

 

 フーチ先生が笛を吹く直前、物凄い速度で浮上するロングボトムが私の視界の端に映った。

 どうやら焦って先に地面を蹴ってしまったらしい。

 

「こら! 戻ってきなさいッ!」

 

 先生の鋭い怒声をよそに、ロングボトムは暴れ馬にでも乗っているように天高く飛び上がると、箒から落ち地面に真っ逆さまに落下した。

 地面までの距離は軽く二十メートル以上。

 頭から落ちている為、そのまま地面に激突したら即死だろう。

 二十メートルの高さから地面に激突するまで約二秒。

 フーチ先生が杖を取りだそうとしているが、多分間に合わない。

 半分ほど落ちた。

 あと一秒経たずにロングボトムは死ぬ。

 

「面倒くさいわね」

 

 私は仕方がなしに時間を止めた。

 箒を投げ捨て体一つで宙に浮かび、落下途中で固まっているロングボトムの服をつまむ。

 そしてそのまま引きずるように地面に下した。

 投げ捨てた箒を取りに戻り、先ほどと全く同じ体勢を取る。

 全ての準備が整うと、私は時間停止を解除した。

 

「うわああああぁぁぁぁああぁ……ぁ、あ?」

 

 ロングボトムは絶叫するが、思ったほどの衝撃がないことを不思議がってキョロキョロと周囲を見渡す。

 フーチ先生も何が起こったか分からないといった顔をしていた。

 

「い、ぃいたい、痛い! 腕が折れてる……」

 

 どうやらロングボトムは箒から落ちた時に変な風に手首を捩じってしまっていたようで、手首を脱臼したようだ。

 フーチ先生はその声を聞いて慌ててロングボトムに駆け寄っていく。

 

「怪我は……、腕が折れているだけね。運がいいわ貴方。さあさあ、対した怪我ではないわネビル。大丈夫、立って」

 

 フーチ先生がネビルを抱き起す。

 そして他の生徒の方に向き直った。

 

「私がこの子を医務室に連れていきますから、その間誰も箒に乗るんじゃありませんよ。さもないとクィディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出て行ってもらいますからね」

 

 フーチ先生はそう言い残すとショックでぼんやりとしているロングボトムを連れて城の方に歩いて行った。

 二人が見えなくなった途端、マルフォイが大声で笑いだす。

 

「見たかあの間抜け面。死ななかったのが奇跡だよ」

 

 その言葉を聞いて他のスリザリン生もはやし立てる。

 

「やめなよマルフォイ」

 

 それを聞き、私のルームメイトであるパチルが咎めた。

 

「へぇ、ロングボトムの肩を持つの? パーバティったら、まさか貴方がチビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」

 

 パチルの忠告にマルフォイの取り巻きの一人であるパーキンソンが冷やかしを入れる。

 

「ご覧よ! ロングボトムのばあさんが送ってきた馬鹿玉だ」

 

 マルフォイが草むらの中から何かを拾い上げた。

 あれは何だろうか。

 マルフォイの話を聞く限り、ロングボトムの持ち物らしいが。

 そのガラス玉のようなものは太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。

 

「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」

 

 ポッターがマルフォイに対し声を上げる。

 その様子をみて、多くの生徒が二人に注目した。

 

「嫌だね、ロングボトム自身に見つけさせる」

 

 次の瞬間、マルフォイが颯爽と箒に跨り、ひらりと飛び上がった。

 なるほど、自慢していただけはあり、確かに手慣れた様子だ。

 

「ここまで取りに来いよポッター」

 

 マルフォイがチラリと私を見て、声高々にそう言う。

 その挑発に乗るつもりなのか、ポッターが箒を手に取った。

 

「ダメよ! フーチ先生が言ってたでしょ。動いちゃいけないわ。私たちみんなが迷惑するのよ!」

 

 グレンジャーが叫ぶ。

 だがポッターは忠告を無視して箒に跨り地面を強く蹴った。

 

「へえ」

 

 私は少し感心する。

 ポッター自身は初めて空を飛ぶはずなのだが、その様子は実に様になっていた。

 私は周囲で騒ぐ生徒を気にも留めずにその様子を見守る。

 

「こっちへ渡せよ。でないと箒から突き落としてやる!」

 

 マルフォイに向き合ったポッターが挑発を返す。

 マルフォイはその様子に少々呆然としていたが、すぐにいつもの調子を取り戻した。

 

「取れるものなら取ってみな」

 

 そう叫んでマルフォイはガラス玉を空中に放り投げる。

 驚いたことに、ポッターはそのガラス玉をキャッチするつもりらしい。

 一気に急降下してガラス玉を追いかける。

 私はまた時間を止める準備をした。

 だが私の予想に反してポッターは見事ガラス玉をキャッチし、地面に軟着陸する。

 グリフィンドール生が沸き立ち、拍手喝采でポッターを囲んだ。

 

「ハリー・ポッターァッ!!」

 

 だがその喝采はすぐに止むことになる。

 マクゴナガル先生が血相を変えて走ってきたのだ。

 

「まさか……こんなことはホグワーツで一度も……」

 

 マクゴナガル先生は言葉も出ないといった感じでポッターに歩み寄る。

 

「よくもまあ、こんなことを。首の骨を折っていたかもしれないのに……」

 

「先生、ハリーが悪いんじゃないんです」

 

「おだまりなさいミス・パチル」

 

「でも……、マルフォイが……」

 

「くどいですよ。ミスター・ウィーズリー。ポッター、さあ一緒にいらっしゃい」

 

 マクゴナガル先生は聞く耳持たずという態度で急ぎ足で城に向かって歩き出す。

 ポッターはまるで足に鉛でもつけているかのようにトボトボと先生の後をついていった。

 どうやら、退学になると思っているようである。

 マルフォイもポッターと同じことを思ったのか、勝ち誇ったようににやついていた。

 その後、フーチ先生が帰ってきて何事もなかったかのように授業が再開される。

 マルフォイとポッターが起こした珍事件のおかげで、ロングボトムが不自然に着地したことは目立たなかった。

 

「不幸な事故がありましたが私の指示にきちんと従って、手順を踏めばあのようなことにはなりません。おや、ポッターがいないようですが?」

 

 フーチ先生はきょろきょろと校庭を見渡し、首をかしげる。

 その様子をみてマルフォイが嫌味たっぷりに答えた。

 

「マクゴナガル先生に連れていかれました」

 

「副校長に? まあいいでしょう。さあ、授業を続けますよ」

 

 その後の授業は何の問題もなく進んでいった。

 先生の合図で飛び上がり、ゆっくりと降りる。

 そして慣れている生徒は先生の監視のもと、久しぶりの大空に羽を伸ばしていた。

 半ば自由時間のようになってしまっている状況下で、グレンジャーが駆け寄ってくる。

 予想はつくが、ポッターのことだろう。

 

「彼、大丈夫かしら? 退学になってしまうんじゃ……」

 

 まさか聡明なグレンジャーまでそのような心配をしているとは思わなかった。

 勘違いをしているグレンジャーに私の見解を伝える。

 

「まさか。マクゴナガル先生はフーチ先生の「空を飛ぶな」との指示は聞いてない筈よ。それに、空を勝手に飛んだぐらいで退学になるのだとしたら、ウィーズリーの双子なんてとっくの昔に退学になっているわ」

 

「そ、それもそうね。少し冷静さを欠いていたわ」

 

「まあ減点ぐらいはされるかもね」

 

 私は草むらに座り込み空を見上げる。

 箒で飛ぶのも悪くなかった。

 飛びやすくはないが、安定はしている。

 自由に飛んでいるマルフォイに軽く手を振ると、マルフォイは機嫌がよさそうに手を振り返してくれた。




用語解説


純血主義
マグル産まれやマグルとの混血の魔法使いより、魔法使い同士から生まれた魔法使いのほうが優れているという考え方。スリザリンに多い。

穢れた血
マグル産まれを差す言葉。魔法界では酷い差別用語。

ハッフルパフ
ハッフルパフをディスってはいけない。

咲夜のマジック
種も仕掛けもある普通のマジック。

マルフォイと仲のいい咲夜
咲夜がマルフォイと一緒にいる理由はもっぱら見ていて面白いから。

科学的な考え方
時間を理解する場合、魔術的な考え方よりも科学的な考え方のほうが進んでいると咲夜は感じたため。

時間停止
時間停止中、生きているモノに触れると、そのモノの時間は進みだしてしまう。

三大才女
ハーマイオニーは勤勉で頭がいいという評価。
チョウ・チャンは性格が良く頭のキレがいいという評価。
咲夜は勉強していなくても何故か成績がいいからという評価。

ガラス玉
思い出し玉のこと。

物語の流れとして、咲夜は結構適当にしか人の話を聞いていないので、校長の話を聞いていなかったり飛行訓練のことを意識してなかったり、思い出し玉のエピソードを知らなかったりと意外と抜けている。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます

2023/05/04 加筆修正

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