私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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代表選手選出あたりまで。
誤字脱字等ございましたらご報告して頂けたら幸いです。


許されざる呪文とか、他校とか、ゴブレットとか

 木曜の昼。

 私は昼食を済ませると闇の魔術に対する防衛術の授業に向かった。

 授業が始まるまでにはまだ少し時間があるはずだが、既に多くのグリフィンドール生が着席している。

 私はハリーとロンの横が空いていたのでそこに腰かけた。

 少し遅れてハーマイオニーが教室に駆け込んでくる。

 ハーマイオニーは私の隣へと腰かけた。

 

「遅くなったわ、私さっきまで――」

 

「図書館にいたんでしょう?」

 

 私はハーマイオニーの言葉に被せるように言った。

 

「授業が始まるわよ。調べ物も程ほどにね」

 

「シッ、足音が聞こえる」

 

 誰かが小さな声で言った。

 その言葉にクラスにいる全員が押し黙り廊下のほうに意識を集中させる。

 確かに義足を引きずるような音が聞こえてくる。

 紛れもなくムーディ先生の足音だろう。

 足音は段々と近づき、ムーディ先生が教室の中に入ってきた。

 

「そんなものは仕舞ってしまえ」

 

 ムーディ先生が教卓に向かいながら唸るように言った。

 

「教科書だ。そんなものは必要ない」

 

 みんなが一斉に教科書を鞄へと仕舞った。

 ムーディ先生は生徒の出欠を確認し授業に入っていく。

 

「前任のルーピン先生から手紙を貰っている。お前たちは闇の怪物と対決するための基本をかなり満遍なく学んだようだ。だが、呪いの扱い方については著しく遅れている! そう、呪い、呪いだ。魔法省によればわしが教えるべきは反対呪文であり、そこまでで終わりらしい。違法とされている闇の呪文がどんなものか、6年生になるまでは生徒に見せてはいかんことになっとるようだ」

 

 ムーディ先生はギロリと教室内を見回した。

 

「しかしダンブルドア校長はお前たちの根性をもっと高く評価しておられる。わしもお前たちを甘やかすつもりなど一切ない! 魔法省が定めた教育方針など知ったことか! 闇の魔法使いは優しく礼儀正しく闇の呪文を掛けてくれたりはせん。お前たちのほうに備えがなければならんのだ」

 

 ムーディ先生はバンッと机を強く叩いた。

 その音に教室内にいた殆どの生徒が飛び上がる。

 

「さて……魔法法律により最も厳しく罰せられる呪文がなにか、知っている者はいるか?」

 

 その問いに何人かが手を上げた。

 私も一応手を上げる。

 

「小娘。お前4年生だったのか? 答えてみろ」

 

 ムーディ先生は今気が付いたかのように私の顔を見た。

 

「服従、磔、そして死の呪文です。『マッドアイ』先生」

 

「……その通りだ」

 

 ムーディ先生は黒板に私が答えた3つの呪文を書き殴っていく。

 そして机の引き出しを開けガラス瓶を取り出した。

 ガラス瓶の中には黒蜘蛛が数匹、中で這い回っている。

 ムーディ先生は中にいる蜘蛛を1匹捕まえると手の平に乗せて皆に見えるようにした。

 

「インペリオ! 服従せよ……」

 

 蜘蛛はムーディ先生の手の平の上で踊り出す。

 空中ブランコのように指の間を揺れたり、後ろ向きに宙返りをしたりした。

 しまいにはタップを踏み始める。

 クラスにいる生徒の殆どが笑った。

 私は鋭くムーディ先生を観察する。

 私も服従の呪文は使ったことがある。

 妖精メイドに完璧に仕事をさせたい時などに本人の同意を得てから使用するのだ。

 

「面白いと思うのか?」

 

 掛けたことがあるからわかるが、この呪文は精神力が強くなければ絶対に術者の命令に逆らうことが出来ない。

 

「わしがお前たちに同じことをしたら、喜ぶか?」

 

 ムーディ先生のその言葉に笑い声が一瞬にして消えた。

 

「完全な支配だ。わしはこいつを思いのままに出来る。窓から飛び降りさせることも、水に溺れさせることも、誰かの喉に飛び込ませることも……」

 

 ロンが思わず身を引いた。

 

「何年も前の話にはなるが、多くの魔法使いたちがこの服従の呪文に支配された。誰が無理に動かされているのか、誰が自らの意思で動いているのか、それを見分けるのは魔法省にとって重大かつ、困難極まりない仕事だった」

 

 蜘蛛は丸くなりムーディ先生の手の平の上を転がった。

 

「服従の呪文と戦うことは出来る。これからの授業でそれを教えていこう。しかしこれには精神力が必要で誰にでも出来るというわけではない。出来れば呪文を掛けられぬようにするのが一番良い。油断大敵ッ!!」

 

 ムーディ先生の大声に生徒が飛び上がった。

 

「次に磔の呪文だ。それがどんなものか分かりやすくするために少し大きくする必要があるな。エンゴージオ、肥大せよ」

 

 蜘蛛がムーディ先生の手の上で大きく膨れ上がる。

 タランチュラより一回り大きいかもしれない。

 

「クルーシオ、苦しめ!」

 

 ムーディ先生が呪文を唱えた途端に蜘蛛が身を捩りもがき始める。

 たとえ蜘蛛の足を千切ったにしてもここまでもがき苦しみはしないだろう。

 

「やめて!」

 

 ハーマイオニーが叫んだ。

 私はハーマイオニーの視線を追うと、ハーマイオニーは蜘蛛ではなくネビルの方をじっと見ていた。

 ネビルは拳を握りしめ、恐怖に満ちた目を大きく見開いている。

 ムーディ先生は蜘蛛を元の大きさに戻すと瓶に一度戻した。

 

「苦痛……。そう、磔の呪文が使えれば拷問を行うときに親指締めもナイフも必要ない。これもかつて盛んに使われた。そして最後だ」

 

 ムーディ先生が元気な蜘蛛を取り出す。

 

「最終最悪の呪文、『アバダ・ケダブラ』……死の呪いだ」

 

 ムーディ先生は蜘蛛を机に置くと逃げられないように魔法で固定する。

 私は咄嗟に身構えた。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 死の呪文が蜘蛛に当たる瞬間、私はその蜘蛛の時間を止める。

 これは実験のようなものだ。

 時間停止で死の呪文を克服できるかどうかの。

 結果から言うと、蜘蛛は死んだ。

 つまるところ時間が止まっていても死の呪文は問題なく効果を発揮するということがわかった。

 ムーディ先生は死んだ蜘蛛を机から払い落す。

 

「よくない。気持ちのよいものではない。しかも、反対呪文は存在しない。防ぎようがないのだ。これを受けて生き残った者はただ1人。その者はわしの目の前に座っている」

 

 クラス中の視線がハリーへと集まった。

 ハリーは何かを考えるように視線を伏せている。

 

「『アバダ・ケダブラ』の呪いの裏には、強力な魔力が必要だ。お前たちがこぞって杖を取り出しわしに向けてこの呪文を唱えたところで、わしに鼻血さえ出させることができるものか。しか――」

 

「試してみても?」

 

 私はムーディ先生の言葉を遮ってそう言った。

 ムーディ先生はそれきたかと言わんばかりに私を睨みつける。

 

「随分と自信に満ち溢れているな十六夜。まるで既に誰かに掛けたことがあるかのようじゃないか、ええ?」

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

「どうだかな。とにかく、この3つの呪文を同類である人に対して使っただけでアズカバンに生涯ぶち込まれることになる。冗談半分で呪文を行使した魔法使いが何人終身刑になったものか。お前たちが立ち向かうのはそういうものなのだ。そういうものに対する戦い方をわしはお前らに教えなければならない。備えが必要だ。武装が必要だ。しかし、なによりもまず、常に! 絶えず! 警戒する訓練が必要だ」

 

 私はナイフを1本ムーディ先生に無造作に投げた。

 ムーディ先生は何でもないことのようにそれをキャッチし机に突き刺す。

 

「このように、常に警戒していれば馬鹿な小娘が投げたナイフも簡単に掴み取ることが出来る。全員羽ペンを出せ、これを書きとるのだ……」

 

 ムーディ先生は黒板に許されざる呪文の詳細について書き殴っていく。

 私は肩を竦めるとその内容を羊皮紙に書きとった。

 闇の魔術に対する防衛術の授業が終わりムーディ先生が教室から出ていくと、みんな一斉におしゃべりを始める。

 殆どの生徒が呪文の話や私が不意打ち気味に投げたナイフを掴み取った話をしていた。

 私は教卓に刺さっているナイフを抜き取ると、刃こぼれがないか確認してから仕舞い込む。

 

「咲夜、流石に先生にナイフを投げるのはどうかと思うの」

 

 ハーマイオニーが恐々と話しかけてきた。

 

「あれだけ生徒の前で啖呵を切ったんですもの。あれぐらいやってもらった方が先生の評判もよくなるでしょう?」

 

「貴方の評判が悪くなるわ」

 

「今更よ」

 

 私は鞄を持ち、夕食を取るために大広間へと向かった。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 私が談話室で本を読んでいるとハーマイオニーが羊皮紙の束と箱を抱えて現れた。

 私の横ではハリーとロンが占い学の宿題をでっちあげている。

 

「こんばんは。ついにできたわ!」

 

 ハーマイオニーはなにやら嬉しそうだった。

 ロンも出来たと言わんばかりに羽ペンを机に放り投げる。

 

「なんというか、災難続きの1か月になりそうね」

 

 私はロンの占い学の宿題を覗き込む。

 賭けに負けたり溺れたり、仕舞いにはホグワーツの北塔から落ちて死んでいた。

 

「2回も溺れることになってるそうよ?」

 

 ハーマイオニーもロンの占いを見ながら指摘する。

 

「え? そうか? どっちかを変えた方がいいな。ヒッポグリフに踏み潰されるってことにしとこう」

 

「適当に書いたことが見え見えだって言ってるのよ」

 

 ハーマイオニーの言葉にロンがふざけたように憤慨する。

 

「なにをおっしゃる! 僕たちは屋敷しもべ妖精のごとく働いていたのですぞ!」

 

 ロンの言葉にハーマイオニーの眉がピクリと動いた。

 

「ほ、ほんの言葉のアヤだよ」

 

 ロンが慌てて言った。

 ハリーも書き終えたのか、静かに羽ペンを置くとハーマイオニーの持っている箱を指さす。

 いつもハーマイオニーの腕に納まっているのは箱ではなく本だからだ。

 

「中身は何?」

 

「あら、間がいいわね」

 

 ロンを軽く睨みつけながらハーマイオニーは箱の蓋を開いた。

 中身はピンバッジのようだった。

 その全てに『S・P・E・W』の文字が書かれている。

 

「スピュー? 何に使うの?」

 

 ハリーがバッジをしげしげと眺めながら言った。

 

「スピュー(反吐)じゃないわ。S・P・E・W。『Society for Promotion of Elfish Welfare』つまり屋敷しもべ妖精福祉振興協会よ」

 

 私はため息とともに頭を抱えた。

 

「聞いたことがないなぁ」

 

 ロンがそう呟くが無理はない。

 

「当然よ。私が始めたばかりですもの」

 

 ハーマイオニーが嫌に威勢よくそう言った。

 

「へぇ、メンバーは何人いるんだい?」

 

「そうね、貴方たち3人が入会すれば4人になるわ」

 

 その自信は何処からくるのだろう。

 少なくとも私は絶対にそんなものには入らないが……。

 

「それじゃあ僕たちが反吐なんて書いたバッジを着けて歩き回るとでも思ってるわけ?」

 

 ロンが驚いたように言う。

 私もロンの意見に同意する。

 

「エス! ピー! イー! ダブリュー!」

 

 ハーマイオニーがロンの冷やかしに熱くなった。

 

「私、図書館で徹底的に調べたわ。小人妖精の奴隷制度は何世紀も前から続いているの。これまで誰もこういった活動をしてこなかったなんて信じられないわ!」

 

 私は付き合ってられないと思い先ほどまで読んでいた本にもう一度視線を落とした。

 

「気でも狂ったか? ハーマイオニー。あいつらは奴隷が好き。奴隷でいるのが好きなんだよ!」

 

「私たちの短期的目標は、屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保することである。私たちの長期的目標は、以下の事項を含む。杖の使用禁止に関する法律改正。しもべ妖精代表を1人、魔法生物規制管理部に参加させること。なぜなら、彼らの代表権は愕然とするほど無視されているからである」

 

「それで、そんなに色々とどうやってやるの?」

 

「まず、メンバー集めからよ。入会費2シックルと考えたの。それでバッジを買う。その売上を資金にビラ撒きキャンペーンを展開するのよ。ロン、貴方財務担当ね。ハリー、貴方は書記よ。だから、私の今喋っていることを全部記録しておくといいわ。それと咲夜はビラの内容を――」

 

「これ以上私を愚弄すると本気で殺すわよ」

 

 私は冷めた目でハーマイオニーを睨みつける。

 ハーマイオニーは短い悲鳴を上げてバッジが入っている箱を取り落とした。

 反吐と書かれたバッジが談話室の床に散らばる。

 

「ハーマイオニー、もう一度言うわ。これ以上私を愚弄するようなことを言ったら殺す。貴方は使用人をなんだと思っているの? 仕事をしてその対価にお金を貰う、仕事なのだとしたらそれが普通よ。でもね……」

 

 私はハーマイオニーの肩を掴むと力任せに引き寄せた。

 

「主に仕えるというのは仕事じゃないの。対価を得たいから仕えているわけじゃないわ。主の役に立ちたいから仕えるのよ。それは私も、屋敷しもべ妖精も変わらないわ。入会費2シックル? 何故お嬢様との関係を愚弄するためにお嬢様からお預かりしているお金を使わないといけないの? 何故使用人としての生き方を穢す為に貴重な時間を浪費しないといけないの?」

 

 私はハーマイオニーの肩から手を放す。

 そして優しく微笑みかけた。

 

「で、ビラの内容がなんですって?」

 

 ハーマイオニーはその場で腰を抜かすようにへたり込む。

 そして震えた声で辛うじて言葉を紡いだ。

 

「な、なんでも……ないです……」

 

「そう、それじゃあ私は読書に戻るわね」

 

 私はソファーへと戻り本を開く。

 ハーマイオニーは床に散らばったバッジを震える手でかき集めていた。

 

「ハーマイオニー」

 

 私が声を掛けるとハーマイオニーの肩がビクンと震える。

 

「次にその反吐が出るようなバッジが私の目に映ったら、分かってるわよね?」

 

 私は右手でナイフを1本投げる。

 そのナイフは今まさにハーマイオニーが拾おうとしているバッジに突き刺さった。

 談話室にハーマイオニーがすすり泣く声が微かに響く。

 ハリーとロンはどうしていいか分からずその場で固まっていた。

 やがて全てのバッジを拾い終わったのか、ハーマイオニーがふらりと立ち上がる。

 そしてふらふらとした足取りで女子寮へと向かおうとした。

 

「ハーマイオニー」

 

 私はもう一度優しくハーマイオニーに声を掛ける。

 ハーマイオニーはぴたりと歩みを止めた。

 

「私の言葉に納得がいかなかったら、地下廊下の果物皿の絵に描かれている梨をくすぐりなさい。彼らは昼間そこにいるわ。殆どの屋敷しもべ妖精が、私と同じことを言うと思うわよ」

 

 ハーマイオニーはその言葉を聞くと、今度こそ女子寮へと入っていった。

 ハリーとロンはどうしていいか分からないと言った表情で顔を見合わせている。

 やがてロンが本を読んでいる私に言った。

 

「あー、咲夜? 怒ってる?」

 

「怒ってないわ。私はハーマイオニーの愚かな行動を止めただけよ」

 

「うん。僕の軽口なんかより絶対効果あるよ。咲夜の言葉は」

 

「そう。ハーマイオニーがいつまでも立ち直れないようだったら貴方たちが支えてあげてね」

 

 私は本を閉じ立ち上がる。

 

「おやすみ」

 

 そして2人を談話室に残し、私は女子寮へと向かった。

 

 

 

 

 

 新学期が始まって数週間、授業は少しずつ応用へと移っていった。

 流石に日が経つとハーマイオニーも回復したのか、私に少しずつ話しかけるようになってくる。

 私は怒っていないと言っているのだが、それでもハーマイオニーは恐る恐るといった様子だった。

 そんな中での闇の魔術に対する防衛術の授業で、ムーディ先生が学校の教師とは思えないことを言いだした。

 なんと先生自身が服従の呪文を生徒1人ひとりにかけて、呪文の力を示し、それに対抗できるかどうかを試すと発表したのだ。

 ムーディ先生は杖を一振りして、教室の中央に広いスペースを作る。

 その時、ハーマイオニーがどうしようかと迷いながら言った。

 

「でも、でも先生。それは違法だとおっしゃいました。同類である人にこれを使用することは……」

 

「ダンブルドアから許可は取っている。もっとも実際に誰かがお前にこの呪文をかけ、完全に支配したその時に学びたいというのであれば、授業を免除してもいい。ここから出ていくがよい」

 

 ハーマイオニーはもごもごと何かを言いながら椅子に座り直す。

 別に受けたくないといっているわけじゃないのにと言わんばかりの表情だ。

 ムーディ先生は生徒を呼び出して、服従の呪文を掛け始めた。

 呪いのせいで生徒たちは次々と奇怪な行動を取っていく。

 そしてムーディ先生が呪いを解いた時、初めて我に返るのだ。

 

「次だ。十六夜咲夜。……お前が十六夜咲夜か」

 

 ムーディ先生は私を静かに見つめる。

 私は手に何も持ってないことを示すように手の平をムーディ先生に向けた。

 そして私は開心術を防ぐときのように心の中の時間を止める。

 

「インペリオ、服従せよ」

 

「先生? 術を掛けないのです?」

 

 先生の呪文は私の意識の中に入り込むことすらままならず、効力を失う。

 私の軽口に先生は首を傾げた。

 

「インペリオ! 服従せよ!」

 

 先生はもう一度唸るように呪文を唱えた。

 だが私が身構えていれば、精神に影響を与える魔法は全く通用しない。

 

「先生? どうしたのです? 私がか弱い少女だから、遠慮しているんですか?」

 

 私はニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「信じられん。まるでタンスに服従の呪文を使っているようだ。お前には意識というものがないのか?」

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

 私は大げさに肩を竦める。

 先生は悔しそうに私を睨みつけた。

 結局この後の授業で服従の呪文に対抗できたのは私とハリーだけだった。

 

 

 

 

 

 

 10月30日。

 私たちは対抗試合で戦うことになるボーバトンとダームストラングの生徒を迎え入れる為に城の前へと集合していた。

 マクゴナガル先生がテキパキと生徒を整列させていっている。

 私の周囲にいるグリフィンドール生も他校の生徒がどうやってホグワーツまで来るのか楽しみで仕方がないようだった。

 そのとき、空を見ていたダンブルドア先生が叫ぶ。

 

「わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表選手が近づいてくるようじゃの」

 

 私はダンブルドア先生の視線の先を見る。

 どうやらボーバトンの生徒は馬車できたようだ。

 大きな天馬が12頭、大きな館ほどある馬車を引いて空を飛んでいる。

 そして地響きを立て城の横に着陸した。

 馬車の中からはハグリッドと同じぐらいの背丈の女性が出てくる。

 マダム・マクシーム。

 ボーバトンの校長だ。

 

「これはこれは、マダム・マクシーム。ようこそホグワーツへ」

 

 ダンブルドア先生が挨拶をした。

 

「ダンブリ・ドール、おかわりーあーりませんか?」

 

「おかげさまで上々じゃよ」

 

「わたーし、のせいとです」

 

 マダム・マクシームは大きな腕を後ろに回し、ひらひらと振った。

 すると馬車の中から十数人ほどの男女学生が姿を現す。

 全員が寒そうに震えていた。

 それもその筈だ。

 ボーバトンの生徒は誰一人としてマントなどの防寒着を着ていない。

 

「カルカロフはまーだきーませんか?」

 

 マダム・マクシームがダンブルドアに聞いた。

 

「もうすぐくるじゃろう。外でお待ちになってお出迎えなさるかな? それとも城に入られて、ちと暖を取られますかな?」

 

「あたたまりたーいです」

 

 マダム・マクシームは即答した。

 

「でもウーマは――」

 

「こちらの魔法生物飼育学の先生が喜んで世話をするじゃろう」

 

 天馬の心配をしているようだったが、ダンブルドア先生が責任をもって世話を請け負うと伝える。

 それを聞いて安心したのかマダム・マクシームは生徒を引き連れて城の中へと入っていく。

 私はそれを見届けると城の外へと意識を向けた。

 ダームストラングの生徒たちはどのように学校にくるのだろうか。

 皆が期待を持って空を見つめている。

 だが、皆の予想とは裏腹にダームストラングの生徒たちは湖の中からやってきた。

 大きな船が湖に浮上する。

 まるで引き上げられた難破船のように、少し古めかしい船だった。

 錨を下ろすと生徒達と思われる人影が船から降りてくる。

 全員が真冬に着るような分厚い毛皮のマントを羽織っていた。

 ボーバトンの生徒とは正反対だ。

 

「ダンブルドア! やあやあしばらく。元気かね?」

 

 生徒を率いていた男、カルカロフがダンブルドアに挨拶をした。

 イゴール・カルカロフ、元死喰い人で一度アズカバンに投獄されたことがある。

 その後魔法省と取引し、他の死喰い人を告発して今の地位を手に入れた人物だ。

 

「元気いっぱいじゃよ。カルカロフ校長」

 

 ダンブルドアは微笑みながら挨拶を返した。

 

「ああ、懐かしのホグワーツ城」

 

 カルカロフは城を見上げて微笑む。

 だが取り繕ったような表情で、目は全く笑ってはいなかった。

 何が苦々しい思い出があるのだろうか。

 

「ここに来れたのは実に嬉しい。ビクトール、こっちへ。暖かいところにくるといい」

 

 カルカロフは1人の生徒を手招いた。

 ビクトールと呼ばれた青年はカルカロフの方へと近づいていく。

 私はその顔に見覚えがあった。

 クィディッチワールドカップの時に見た、ブルガリアのシーカー、ビクトール・クラムその人だった。

 

「ハリー! クラムだ! クラムだぜ、ハリー! ビクトール・クラム!」

 

 私の横でロンが背伸びをしてクラムを見ている。

 カルカロフはダームストラングの生徒を率いて城の中に入っていった。

 ホグワーツの生徒もその後を追う。

 

「ロン、落ち着きなさい。たかがクィディッチの選手じゃない」

 

「たかが!?」

 

 ハーマイオニーのたしなめるような言葉に、ロンが興奮したように反論した。

 

「ハーマイオニー、クラムは世界最高のシーカーの1人だぜ! まだ学生だなんて、考えてもみなかった!」

 

 ダームストラングの生徒を追うように私たちは大広間へと入る。

 ロンはダームストラングの生徒を、いやクラムをグリフィンドールのテーブルに招きたかったようだが、ダームストラングの生徒はスリザリンのテーブルに座ってしまった。

 

「マーリンの髭! マルフォイの奴媚びを売ると思うけど、クラムはそんなのすぐお見通しだぞ……。きっといつもみんながじゃれついてくるんだから、そういうのの対処は上手い筈だ」

 

「貴方はクラムの何なのよ。親バカならぬファンバカ?」

 

 私はたまらずロンに言った。

 ロンはそんな私の言葉など聞いていないようにクラムの方を見ながらうっとりとしている。

 そんな中、ダンブルドア先生は大きく咳ばらいを1つすると椅子から立ち上がった。

 

「こんばんは、紳士、淑女、そしてゴーストのみなさん。そして今夜は特に客人の皆さん」

 

 ダンブルドア先生は他校の生徒にニッコリと微笑んだ。

 

「ホグワーツへの来校、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在が快適で楽しいものになることをわしは希望し、また確信しておる。三大魔法学校対抗試合は、この宴が終わるとともに正式に開始される予定じゃ」

 

 ダンブルドア先生はそこで一度言葉を切り大広間にいる全員を見た。

 

「さあ、それでは。大いに飲み、食らい、かつ寛いでくだされ!」

 

 次の瞬間いつものように目の前の皿が料理で満たされた。

 厨房の屋敷しもべ妖精が相当頑張ったらしく、これまで以上に様々な種類の料理がテーブルの上に所せましと並んでいる。

 その中にはイギリスの料理でないものも多くあった。

 ロンはそういった料理が珍しいのか、ハーマイオニーに料理の名前を聞いている。

 

「ブイヤベースよ」

 

「ハーマイオニー、いまくしゃみした?」

 

「フランス語よ! 一昨年の夏休み、フランスでこの料理を食べたわ。とっても美味しいわよ」

 

 ロンがハーマイオニーの答えに半信半疑になりながらもブイヤベースを少し自分の皿によそう。

 私はムール貝のマリネを食べながらその様子を見ていた。

 しばらくするとハグリッドが教職員テーブルの後ろのドアから大広間へと入ってくる。

 取り敢えず天馬の世話が一段落ついたということだろう。

 ハグリッドは私たちを見つけると包帯だらけの手をぶんぶんと振る。

 

「ハグリッド、スクリュートは大丈夫なの?」

 

 ハリーが心配そうに聞いた。

 

「ああ、ぐんぐん育っちょる」

 

 ハグリッドは手の怪我などまるで気にしていないかのようだった。

 ハグリッドはそのまま教職員テーブルに座り料理を食べ始める。

 ロンはハグリッドに聞こえないように小声で言った。

 

「そりゃ育つだろうよ。あいつら、ついに好みの食べ物を見つけたらしい。ほら、ハグリッドの指さ」

 

「あのでーすね。ブイヤベース食べなーいでーすか?」

 

 いきなり不慣れなフランス語訛りの英語が後ろから聞こえてくる。

 私を含めた4人が声のした方向に振り返ると、そこにはボーバトンの女子生徒がいた。

 ロンはその女子生徒に見とれているのか、顔を真っ赤にしている。

 

「ああ、どうぞ」

 

 ハリーはその女子生徒の方にブイヤベースの皿を押しやった。

 

「もう食べ終わりまーしたでーすか?」

 

 私はその何とも言えない英語にクスクスと笑ってしまう。

 するとそのボーバトンの女子生徒は少し不機嫌そうな顔をしてフランス語で言った。

 

『貴方たちに合わせて英語で喋っているのに笑うなんて失礼な生徒ね』

 

『あら、それは御免なさいね。でも貴方折角素敵な容姿なのに言葉遣いがそれを台無しにしているから。意味が通じなくてもフランス語で押し通すべきだと私は思うのよ。そもそもフランス人ってあんまり英語得意じゃないじゃない』

 

『あら、ホグワーツにフランス語が分かる生徒がいるとは思わなかったわ。それは私も思うけど、コミュニケーションって大事よ? 私はお飾りじゃないから』

 

 女子生徒はブイヤベースの皿を持ち上げると溢さないようにレイブンクローのテーブルへと運んでいった。

 ロンはこれまで女の子を見たことがないかのように、穴が開くほどその女子生徒を見つめ続けていた。

 

「あの人、ヴィーラだ!」

 

「そんなわけないでしょう?」

 

 ロンの掠れた声をハーマイオニーがぴしゃりと否定した。

 

「マヌケ顔でポカンと口を開けて見とれている人はロンの他には誰もいないわ」

 

 ハーマイオニーのその言葉は必ずしも当たっているわけではなかった。

 その女子生徒が大広間を横切る間、多くの男子生徒が振り向き、何人かはロンのように口を開けてポカンとしている。

 

「あれ、絶対普通じゃないよ。ホグワーツにはあんな子いない!」

 

 ロンが女子生徒をよく見ようと体を横に傾ける。

 

「あら、あんなの見てくれだけよ」

 

 今度は私がロンの言葉を否定した。

 

「それにホグワーツの女の子だって中々だよ」

 

 ハリーが私の意見に同調する。

 ハーマイオニーが軽く咳ばらいをした。

 

「たった今教員用のテーブルに誰かが来たみたいよ」

 

 私がハーマイオニーの言葉に釣られて教員用のテーブルを見ると、ルード・バグマン氏とバーテミウス・クラウチ・シニア氏の姿があった。

 

「いったい何しに来たのかな?」

 

「このタイミングで来たということは理由は1つさ」

 

 ハリーの問いにロンが自信があるように答えた。

 

「ええ、多分三大魔法学校対抗試合が始まるのを見たかったんだと思うわ。この対抗試合を企画した2人だもの」

 

 料理も一段落すると、テーブルに置かれた皿は元の金色を取り戻すかのように空になる。

 そしてダンブルドア先生がゆっくりと立ち上がった。

 

「時は来た。三大魔法学校対抗試合は、まさに始まろうとしておる。箱を持ってこさせる前に、二言三言説明しておこうかの」

 

 『箱』、それが代表選手の審査に使われるに違いない。

 私はダンブルドア先生の言葉を一語一句聞き逃さないように耳を澄ませた。

 ダンブルドア先生はまず来賓であるバグマン氏とクラウチ氏を紹介する。

 ハーマイオニーが言った通り、この2人を中心に三大魔法学校対抗試合の準備をしてきたらしい。

 そして代表選手の優劣を付ける審査員は、各校の校長とバグマン氏、クラウチ氏の計5人で行われるようだ。

 

「それでは、フィルチさん。箱をここへ」

 

 管理人のフィルチさんが宝石がちりばめられた木箱を掲げてダンブルドア先生のところへ持っていく。

 

「代表選手たちが今年取り組むべき課題の内容は既にクラウチ氏とバグマン氏が検討を終えておる。課題は3つあり、代表選手はあらゆる角度から試されるのじゃ」

 

 フィルチさんはダンブルドア先生の前へ恭しく木箱を置くと、役目は終えたと言わんばかりに足早に去っていった。

 

「みんなも知っての通り、試合を競うのは3人の代表選手じゃ。参加三校から各1人ずつ。選手は課題の一つひとつをどのように巧みにこなすかで採点され、3つの課題の総合点が最も高い者が、優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者……炎のゴブレットじゃ」

 

 ここでダンブルドア先生は杖で木箱を叩き、木箱の蓋を開ける。

 そして中から大きな粗削りの木のゴブレットを取り出した。

 ゴブレットの縁からは、溢れんばかりに青白い炎が躍っている。

 ダンブルドア先生はそのゴブレットを大広間にいる全員が良く見える位置に置き、再び口を開いた。

 

「代表選手に名乗りを上げる者は、羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと記載し、このゴブレットの中に入れなければならぬ。24時間以内じゃ。明日のハロウィーンの夜に、ゴブレットは各校を代表するに最もふさわしいと判断した3人の名前を返してよこすであろう。このゴブレットは玄関ホールに置かれる。年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることのないよう、その周囲にはわしが年齢線を引くことにする。17歳に満たない者は、何人たりともその線を越えることはできん。それと、これは例えばの話じゃが、この年齢線は自らの意思でそこに立ち入る者以外も入ることが出来ん仕掛けになっておる。寝ぼけて年齢線を越えてしまったり、他人に押し込まれたり、操られたりしても入ることは出来ないということじゃ」

 

 ダンブルドア先生はもう隠すこともせずに私を見た。

 私が服従の呪文でも使うと思っているのだろうか。

 

「最後に、この試合で競おうとする者にはっきりと言うておこう。軽々しく名乗りを上げぬことじゃ。炎のゴブレットがいったん代表選手と選んだ者には、最後まで試合を戦い抜く義務が生じる。ゴブレットに名前を入れるということは、魔法契約によって拘束されるということじゃ」

 

 私は目を瞑り、どうしたら確実に代表選手になれるかを考える。

 そして私は1つの方法を見つけた。

 

「じゃから、競技する覚悟があるものだけ、名前を入れるのじゃぞ。さて、もう寝る時間じゃ。皆、おやすみ」

 

 私は一番に大広間を飛び出ると玄関ホールの一部に陣取る。

 そして目くらまし術で簡易的な透明マントを作ると私はそれに隠れた。

 

 

 

 

 

 ハロウィーンの夜。

 私はハリーたちと共に大広間でハロウィーンのご馳走を食べていた。

 今現在炎のゴブレットは教員用テーブルのダンブルドア先生の席の前に置いてある。

 

「アンジェリーナだといいな」

 

 フレッドがそんな声を上げる。

 ハーマイオニーもそれに同意した。

 

「もうすぐはっきりするわ」

 

 私は静かにそう告げる。

 流石に2日連続での宴会のせいか、大広間にいる生徒は料理よりも誰が代表選手に選ばれるのかが楽しみで仕方がないようだった。

 金の皿の上の料理がきれいさっぱり無くなると、ダンブルドア先生がゆっくりと立ち上がる。

 その様子を見て大広間にいる生徒の話し声がぴたりと止んだ。

 

「ゴブレットは代表選手の選考を終えたようじゃ。さて、名前が呼ばれた生徒は、大広間の一番前に来るがよい。そして、教員用のテーブルに沿って進み、隣の部屋に入るのじゃ。そこで、最初の指示が与えられるであろう」

 

 ダンブルドア先生が杖を一振りすると、蝋燭の炎が消え大広間がゴブレットの光で照らされる。

 全ての生徒がゴブレットへ視線を注いでいた。

 次の瞬間ゴブレットが赤く燃え上がり焦げた羊皮紙を1枚吐き出す。

 その落ちてきた羊皮紙をダンブルドア先生が掴み取った。

 

「ダームストラングの代表は……ビクトール・クラム!」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 ロンが声を張り上げた。

 大広間中が拍手の嵐、歓声の渦に包まれる。

 クラムはスリザリンのテーブルから立ち上がるとダンブルドアの方に歩いていき、隣の部屋へと入っていった。

 歓声が止んだ数秒後に、ゴブレットはまた赤く燃え上がり羊皮紙を吐き出す。

 ダンブルドアはまた器用にそれを掴み取った。

 

「ボーバトン代表は……フラー・デラクール!」

 

 ボーバトンから選ばれたのはブイヤベースを取りに来たあの女子生徒だった。

 デラクールはシルバーブロンドの髪をなびかせるとレイブンクローとハッフルパフのテーブルの間を滑るように進んでいった。

 そして教員用のテーブルに沿って進み、隣の部屋に姿を消す。

 しばらくすると歓声も止み、また大広間が緊張感に包まれる。

 そしてゴブレットは再び赤く燃え上がると3枚目の羊皮紙を吐き出した。

 私はその羊皮紙を見て確信する。

 ダンブルドア先生が羊皮紙をキャッチすると同時に、私はグリフィンドールのテーブルから立ち上がった。

 

「…………」

 

 ダンブルドア先生はその羊皮紙を見て固まる。

 私の周囲では何故私が急に立ち上がったのか分からないといった様子でグリフィンドール生がひそひそと何かを話していた。

 

「ホグワーツの代表は……十六夜咲夜。君じゃよ」

 

 ダームストラングとボーバトンの生徒と一部のホグワーツ生から溢れんばかりの拍手が沸き起こる。

 私はその歓声に恭しく一礼すると、ダンブルドア先生の前まで進み、そのまま隣の部屋へと歩いていく。

 ホグワーツの生徒で私に拍手を送っているのは、私の存在を知らない新入生と馬鹿な上級生だけだった。

 ドアを開けるとそこには魔女や魔法使いの肖像画で溢れた小さな部屋があった。

 向かい側では暖炉が轟々と燃えている。

 クラムとデラクールは暖炉の周りにいた。

 私もその近くへと移動する。

 

「君がホグワーツの代表選手ですね。よろしくお願いします」

 

 クラムが少し扱いにくそうに英語を話す。

 私はそんなクラムにブルガリア語で話しかけた。

 

『よろしく、クラム。貴方の好敵手になれる様に努力はするつもりよ』

 

『君はブルガリア語が話せるのかい? 賢いお嬢さんだ。手心を加えそうになるよ』

 

『あら、そういう意味じゃないわ。私が貴方に手加減するのよ』

 

『手厳しいな』

 

 クラムと話していると、隣からデラクールがフランス語で割り込んでくる。

 

『随分仲が良さそうじゃない。なんの話をしていたの?』

 

『私がクラムに宣戦布告しただけよ。ついでに貴方にもしておこうかしらね』

 

『あら、生意気なお嬢さんは好きよ? 私』

 

 今度は反対側からブルガリア語が聞こえている。

 

『今のはフランス語かい? 一体何カ国語を話せるんだ?』

 

『主要な国は大体ね。それに、分からなかったらその都度勉強すればいいのよ』

 

 フランス語が聞こえてくる。

 

『なんだか悔しいわね。クラムに伝えなさい。有名なだけの男には負けないって』

 

「もう、英語で伝えればいいでしょう?」

 

「クラーム、わたーしはあなたには、まーけません」

 

「それはヴぉくも同じです。負ける、道理がありません」

 

「あ、これはこれで滑稽ね」

 

 そんな和気藹々とした会話をしているとハリーが部屋に入ってくる。

 ハリーは酷く混乱したような顔をした。

 

「ハリー、もしかして何語で話せばいいか迷ってるの? だったら普通に英語で大丈夫よ」

 

 私が軽口を飛ばすがハリーは反応しない。

 その様子を見て不審に思ったのかデラクールが口を開いた。

 

「どうしまーしたか? わたーしたちに、広間にもどりなさーいということでーすか?」

 

「何かヴぉくらに伝言なのですか?」

 

 ハリーが答える前にバグマン氏が部屋に入ってきた。

 バグマン氏はハリーの腕を掴むと私たちの前に引き出す。

 

「すごい! いや、まったくすごい! ご紹介しよう。信じがたいかもしれんが、4人目の代表選手だ」

 

「おう、とてーも、おもしろーいジョークです」

 

『ジョークって雰囲気でもなさそうだけどね』

 

『じゃあ本当に4人?』

 

 デラクールのジョークという言葉にバグマン氏はいやいやと首を振る。

 

「とんでもない! ハリーの名前がたった今炎のゴブレットから出てきたのだ!」

 

 デラクールもクラムも絶句している。

 バグマン氏の話からその言葉が本当だろうと察したのだ。

 

「でも、このひと、競技できませーん。このひとは若すぎまーす」

 

「さよう……驚くべきことだ」

 

 バグマン氏は髭のない顎を撫でながらハリーを見下ろしてニッコリした。

 

「しかし、知っての通り年齢制限は今年に限り特別安全措置として設けられたものだ。そして、ゴブレットからハリーの名前が出た。つまりはこの段階で逃げ隠れはできないだろう……これは規則であり、従う義務がある」

 

 つまりゴブレットから名前が出た時点で出場する権利が与えられると。

 私はその言葉にニヤリと口を歪ませた。

 バグマン氏が楽しそうに話していると、背後のドアが開きダンブルドア先生を先頭にクラウチ氏、カルカロフ、マダム・マクシーム、マクゴナガル先生、スネイプ先生が入ってきた。

 扉の向こう側からは、抗議にも聞こえるような声が聞こえてくる。

 

「マダム・マクシーム! この小さーい男の子も競技に出ると、みんないってまーす!」

 

 デラクールの抗議の言葉を聞いて、マダム・マクシームはダンブルドア先生の方を向いた。

 

「ダンブリドール。これは、どういうこーとですか?」

 

 そうとう威圧的な声だった。

 

「私も是非、知りたいものですな。ダンブルドア」

 

 その言葉に乗っかるようにカルカロフ校長も言う。

 

「ホグワーツの代表選手が2人? 開催校は2人の代表選手を出してもよいとは、初耳ですがね。私が規則を読み間違えたのですかな?」

 

 カルカロフは意地悪そうな笑い声をあげる。

 

『ありえないことですわ』

 

 マダム・マクシームもフランス語でそう言った。

 

「我々としては貴方の年齢線が年少の立候補者を締め出すだろうと思っていたわけですがね? ダンブルドア。そうでなければ当然ながら我が校からも、もっと多くの候補者を連れてきてもよかった」

 

「だれの咎でもない。ポッターと十六夜のせいだ。カルカロフ」

 

 突然スネイプ先生の低い声が部屋に響いた。

 その言葉にホグワーツの人間でない者全員が私を見た。

 

「スネイプ。ポッターは分かるが十六夜もとはどういうことだ?」

 

 カルカロフは不思議そうな顔で私を見る。

 そして気が付いたかのように目を見開いた。

 

「そうだ、カルカロフ。ホグワーツの代表選手として選ばれたこの十六夜咲夜は、まだ14歳だ」

 

 その言葉に部屋にいた他校の代表選手と校長が驚くように1歩たじろぐ。

 

「この2人が規則は破るものと決めてかかっているのを、ダンブルドアの責任にすることはない。この2人はホグワーツに来て以来、決められた線を越えてばかりいるのだ――」

 

「もうよい、セブルス」

 

 ダンブルドア先生がスネイプ先生の言葉を遮った。

 そして先生は私たちの方を見下ろし静かに聞く。

 

「君たちは炎のゴブレットに名前を入れたのかね?」

 

「「いいえ」」

 

「先生、私たちは先生の引いた年齢線を越えられませんわ」

 

 私はそういうが、ダンブルドア先生は私の言葉を無視するように続けた。

 

「上級生に頼んで、炎のゴブレットに名前を入れたのかね?」

 

「いいえ」

 

「はい」

 

 ハリーが激しい口調で否定し、私は静かにダンブルドア先生の言葉を肯定する。

 私のその返事に部屋にいた全員が私のほうを見た。

 

「誰に頼んだのじゃ……」

 

 ダンブルドア先生の目つきが厳しいものに変わる。

 私は正直に答えることにした。

 

「全員です。ダンブルドア先生」

 

 ダンブルドア先生の目が見開かれるのを見て、私はにっこりと微笑む。

 

「ホグワーツで代表選手に立候補した全ての上級生が、私の名前を入れてくださいましたわ」

 

 ダンブルドア先生が急いでマクゴナガル先生に目配せをすると、マクゴナガル先生は部屋の外へと走っていく。

 そして火の消えたゴブレットを持ってくると部屋の机の上にその中身をひっくり返した。

 先生たちは2つや4つに折られた羊皮紙を次々と開き名前を確認していく。

 ボーバトン、ダームストラングの生徒の名前は見つかるが、羊皮紙の半分近く、ホグワーツと書かれた羊皮紙全てに『十六夜咲夜』という文字がまるで呪いのように書かれていた。




次回少し時間が遡ります。


用語解説


許されざる呪文
咲夜は一応使うことが出来る。

ガチ切れ咲夜ちゃん
SPEWの活動は許されなかったようです。

服従の呪文が効かない咲夜ちゃん
開心術が効かないのと同じ理由。

ブイヤベース
私は食べたことがないです。

ホグワーツの代表選手咲夜ちゃん
以前言っていたセドリックが不憫なことになるというのはこのことです。
全世界のセドリック・ディゴリーファンの皆さま、本当に申し訳ありません。
これは『出番のないセドリック・ディゴリーを応援しよう』バッジを作らないといけないかも知れませんね。
代表選手という出番の代わりハリーの助っ人役として度々登場する物かと思います。


追記
文章を修正しました。

2018-09-28 加筆修正

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