私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

28 / 51
ルーナは書いていて非常に楽しいです。出番が原作よりも増えるかも。
誤字脱字等ありましたらご報告して頂けると助かります。


尋問とか、監督生とか、雑誌とか

 8月12日、早朝。

 私は1日の仕事を終わらせて自分の部屋で仮眠を取っていた。

 不死鳥の騎士団とメイド長との二重生活は正直少し疲れる。

 夜は紅魔館で使用人としての仕事をこなし、昼は不死鳥の騎士団員として仕事をこなす。

 私はベッドから起き上がると一度大きく伸びをした。

 そして寝間着からピシッとしたスーツへと着替える。

 今日はハリーの懲戒尋問の日だ。

 私も証人として呼ばれるかもしれない。

 化粧台の前に座り薄く化粧をする。

 全ての準備が整うと地下の大図書館へと向かった。

 この紅魔館で外と繋がっている暖炉は図書館の物しかない。

 というよりかは、暖炉の管理ができるのがパチュリー様しかいないだけだが。

 

「あら、今日は一段とおしゃれなのね」

 

 パチュリー様が私の服装を見て言う。

 スーツはおしゃれ……なのだろうか。

 

「今日はハリーの懲戒尋問ですので」

 

「そう、……あ、そうだ。ハリーの裁判は法廷10号で行われるわ。エレベーターで降りれるところまで降りて、更に階段を下った先よ」

 

「変更になったのですか?」

 

 私が聞いていた場所と時間とは随分と異なる。

 

「そうよ。あと10分で変更になるの。あと、魔法省なら煙突飛行より姿現しの方がいいわ」

 

「わかりました。では、行ってまいります」

 

 私はパチュリー様に頭を下げると図書館から姿をくらませる。

 そして魔法省の玄関ホールへと姿を現した。

 魔法省には一度来たことがある。

 と言ってもムーディの付き添いで、多少顔を出したという程度なのでここに用事でくることは初めてだ。

 私は慌ただしく動き回る役人たちの間を縫うように進み受付へと向かう。

 そして無精髭の魔法使いに声を掛けた。

 

「外来です。杖の登録をしたいのですが」

 

「杖」

 

 係員は片手をつまらなそうに突き出す。

 私が自分の杖を差し出すと皿が1つしかない秤のような魔法具に杖を置く。

 すると台のところにある切れ目から細長い羊皮紙がスルスルと出てきた。

 係員はそれを破り取り、読み上げる。

 

「25センチ、吸血馬のたてがみ、使用年数4年。間違いないか?」

 

「ええ」

 

「これは保管する。これはそっちに返す」

 

 係員は羊皮紙を真鍮の釘に刺すと、杖を私の方へと手渡した。

 

「どうも」

 

 私はそのままゲートをくぐり、その向こう側の小ホールへと出る。

 そこには20機以上のエレベーターが並んでいた。

 確かパチュリー様はエレベーターで降りれるところまで降りろと言っていたか。

 私は1つのエレベーターの前に出来ている列へと加わる。

 そう長い時間を掛けずにエレベーターは目の前に降りてきた。

 私は待っていた他の魔法省の役人と共にエレベーターに乗り込む。

 そして地下9階のボタンを押した。

 本来なら地下2階で行われるはずなのだが、パチュリー様の仕入れた情報に限って間違いはないだろう。

 子供の冗談ならまだしも、お嬢様やパチュリー様の言葉は信じて従わないとこちらが死ぬような場合もある。

 疑う余裕などないのだ。

 エレベーターは途中で何度も停止しながら下へ下へと降りていく。

 私は懐中時計で時間を確認した。

 午前7時30分。

 まだ全然余裕があるはずだ。

 もっとも、本来ならば開廷1時間前にはその場にいないといけないのかも知れない。

 だが流石にそこまで時間を潤沢に使っている余裕はないのだ。

 私は地下9階でエレベーターを降り、異様な雰囲気の廊下を進んでいく。

 廊下の壁は剥き出しで、廊下の突き当たりにある真っ黒な扉以外は何もない。

 いや、更に下に下りる階段はあるようだ。

 私は左の方へと向かい階段を下りる。

 階層でいうと地下10階になるのだろうか?

 階段を下りきると石壁に松明という何とも胡散臭い廊下が広がっている。

 ホグワーツの地下牢教室に行く廊下に似ているかも知れない。

 廊下にはところどころ重厚な扉となっており、私は横に掛かっている表札を見ながら法廷10号を探す。

 そして数分も歩かないうちに私は法廷10号を見つけることができた。

 

「時間は……7時50分。ギリギリセーフ……よね」

 

 私は確証なく頷く。

 そして魔法でこじんまりとした丸椅子を取り出すと扉の横に置き腰を掛けた。

 多分ハリーは既に法廷内だろう。

 被告人がこんな時間まで何処か違う場所をほっつき歩いていたら印象を下げるどころではない。

 ダンブルドア先生からは法廷の外で待つようにとの連絡を受けている。

 証言が必要な時に呼び出されるということだろう。

 私は椅子の上で背筋を伸ばすと法廷内の会話を聞こうと耳を澄ます。

 だが特殊な魔法が掛かっている為か、会話どころか人の気配さえしなかった。

 もしかして場所を間違えたか?

 私は一度立ち上がり法廷の表札を確認し直す。

 法廷10号、確かにここのはずだ。

 パチュリー様が間違っていることなどまずありえない。

 清掃員が表札を間違えてつけ直してしまったと言う方がまだ信じられるというものだ。

 私は懐中時計をもう一度取り出し時間を確認する。

 8時ジャスト。

 懲戒尋問が始まった。

 私は柄にもなく緊張しているようで、少し手の平に汗を掻いている。

 多分これが自分の裁判だったらこのような心境になることはないのだろうなと、そんなよくわからないことを考えていると、廊下の端の方から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。

 私はそちらに視線を向ける。

 

「は?」

 

 なんとこちらに走ってきているのは被告人であるはずのハリーと、案内をしている手筈のアーサーだった。

 時計で時間を確認するが現在の時刻は8時10分。

 あまりにも大きな遅刻だ。

 

「なんで貴方がそこにいるのよ。ハリー」

 

 私が呆れたような声を出すがアーサーは取り敢えずハリーを法廷の中へと押し込める。

 そして額に浮いた汗を拭い喘ぎ喘ぎに言った。

 

「逆になんで君が間に合っているんだ。咲夜。君の方には時間の変更の知らせが届いていたのか?」

 

「あー……まあね。それじゃあ本部には届かなかった?」

 

「まあ、少し違うがそんなところだ。この遅刻でハリーが不利にならなければいいが……」

 

 アーサーは杖を一振りし私と同じような丸椅子を取り出し膝を笑わせながら腰かける。

 私は鞄から一杯の水を取り出すとアーサーに渡した。

 

「ああ、ありがとう。ダンブルドアも知らせを受け取っているといいが……」

 

「ダンブルドア先生ですもの。大丈夫よ」

 

「ああ、ダンブルドアだからな。例え受け取っていなくても時間通りについているだろう」

 

 私とアーサーの間に妙な安心感が生まれる。

 ダンブルドアなら何とかしている。

 確証はないが、確信できるような人物なのだ。

 

「アーサーはここにいてもいいの?」

 

 私はアーサーの顔を見て聞く。

 

「咲夜らしくもない。今日は土曜日だ」

 

「休日には1日早いと思うのだけれど……」

 

「魔法省は週休2日だ。ホワイトだろう? ……まあ忙しい時はこの限りではないが」

 

 アーサーは少し表情を曇らせる。

 

「ファッジがあまり私に仕事を回さなくなった。まあ理由は分かっているし、自由な時間が増えるというのはいい。それだけ騎士団の仕事に従事できるからね」

 

「たまには家族とゆっくり話をした方がいいわよ。私が言えたことじゃないかも知れないけど」

 

「うちほど仲のいい家族もそうそう居ないさ」

 

「パーシー」

 

「あの子は例外だ」

 

 アーサーはぴしゃりと言い切った。

 そう、パーシーは夏休みに入ってすぐぐらいの頃に大臣付下級補佐官に昇進したのだ。

 ホグワーツを卒業して1年目にしては凄くいい役職と言えるだろう。

 だが、仕事があのファッジ大臣の補佐なのだ。

 あることないこと色々と吹き込まれたらしく、アーサーと大喧嘩をしたらしい。

 それもあってパーシーは今ウィーズリー家からは少し疎遠になっているのだ。

 

「そういう咲夜はどうなんだ? 館の仕事もしているんだろう?」

 

「お嬢様は夜型だしね。この時間は眠っていらっしゃるわ」

 

「そうじゃない。君はいつ寝ているんだ。あまり無理をすると体調を崩すぞ。そうだ、私がダンブルドアに掛け合って少し君の仕事を――」

 

「ハーマイオニーと同じこと言ってるわよ? 大丈夫。ちゃんと寝てるし食事だって取ってるわ。寝不足は肌に悪いもの」

 

 私はそう言って人差し指で自分の頬を軽く突く。

 その様子を見てアーサーは少し微笑んだ。

 

「こうやって何もない時に話すと君は普通の女の子だ。ジニーやハーマイオニーのようにね」

 

「普段は普通じゃないと?」

 

 アーサーは私から目線を逸らす。

 

「あー、……仕事中の君は少し怖い。私としては――これはほんの提案なのだが、もう少し柔らかい物言いをしてもいいとは思うよ」

 

「嫌よ。騎士団の活動中は全員がムーディのように振る舞うべきだと私は思うわ。誰かが死んでしまってからじゃ遅いもの」

 

「その通りだ。だから私もそういう意識を持っているムーディや君を信頼しているし、頼ってもいる。騎士団員には少し危機感に欠ける者が多い……」

 

 マンダンガスやブラックなどがいい例だろう。

 逆に言えばモリーさんなどは危機感を持ちすぎて少し心配になるぐらいだ。

 私が口を開こうとした次の瞬間、法廷のドアが静かに開いた。

 

「証人が外で待っているという話だったが?」

 

 中から出てきたのはパーシーだった。

 アーサーはパーシーの姿を目で捉えるとギロリと睨む。

 パーシーも負けじと睨み返した。

 

「私よ」

 

「来い」

 

 パーシーはアーサーから視線を私へと移すと短く言った。

 そしてそのまま法廷の中へと戻っていく。

 私はパーシーに続いて法廷内へと足を踏み入れた。

 中には赤紫色のローブを着た魔法使いたちが50人ほど居て、その全員が私を見ている。

 その魔法使いたちの最前列の真ん中に魔法大臣であるコーネリウス・ファッジが座っていた。

 パーシーは最前列の一番端へと座り直し、大臣の言葉を待つ。

 私は視線を横にずらしハリーの方を見る。

 証人と言われダドリーが出てくるとでも思っていたのだろうか、安堵のため息をついていた。

 

「ここに座りなさい」

 

 ハリーの横にはダンブルドア先生がおり、私に椅子を譲っている。

 年寄りから椅子を奪う趣味はないのだがと思っていたらダンブルドア先生はもう1つ椅子を取り出し座り直す。

 私はその様子を見て遠慮なく空けてもらった席に腰かけた。

 

「姓名は?」

 

 私が座った途端にファッジ大臣が大声を上げる。

 

「咲夜・十六夜と申します」

 

「それでは証言しろ」

 

 大臣は何の説明も無しに話を進めていく。

 それも作戦の1つなのだろう。

 私はどんなことを証言すればいいかよくわかっていたので静かに椅子から立ち上がり証言を始めた。

 

「8月2日、夜の9時頃だったと思います。私はマグノリア・クレセント通りとウィステリア・ウォークの間の路地で男の悲鳴を聞きました。何かあったのだろうと思い路地の入口に行ってみると、そこでハリーとハリーのいとこのダドリーが吸魂鬼に襲われていたのです」

 

「それで?」

 

 ファッジ大臣が高飛車な態度で先を促す。

 

「吸魂鬼は2人いました。1人はダドリーにキスを施そうとしており、1人はハリーに襲い掛かっていました。ハリーの守護霊が間に合わなかったら2人とも、もしかしたら私も魂を吸い取られていたことでしょう」

 

「君は何故そんな場所をそんな時間にうろついていたんだい?」

 

 魔法使いの1人が私に質問を投げかけた。

 

「フィッグおばさんのところに遊びに行っていたのです。フィッグおばさんというのはリトル・ウィンジングに住んでいるスクイブの――」

 

「その話はもうよい。話はそれだけか」

 

「いえ、まだあ――」

 

「ん、ん!」

 

 突然何故か音が大きい咳払いのようなものが聞こえて全員がそちらに注目する。

 そこには青白いアマガエルのような魔女が立っており、肩の高さで手を上げていた。

 

「ドローレス・ジェーン・アンブリッジ上級次官に発言を許す」

 

 どうやらその魔女のような生物はアンブリッジというらしかった。

 アンブリッジは少女のような甲高い声でニタニタと笑いながら言葉を紡ぎ始める。

 

「残念ですが貴方の証言には、んー、証拠がない。こんな小さなお嬢さんの言葉なんて一体誰が信用すると? それにこの女の子は……有名人だわ。被告人と同じ部類のね」

 

「あら、今のは貶されたのかしら。褒められたのかしら」

 

 私が咄嗟に言い返すとアンブリッジはニタニタを強くする。

 だが笑っているのは口元だけで目は冷ややかだった。

 

「では貴方の言葉に1つでも証拠が提示できるものがあると?」

 

「逆に問うわ。吸魂鬼を追い払う目的以外で守護霊の呪文を使うものなのでしょうか? これがくらげ足呪文や簡単な浮遊魔法なら話は分かります。論理的に考えれば自ずと答えは見えてくるものだと思うのですけど」

 

 私は暗に「お前は馬鹿だ」とアンブリッジに言う。

 アンブリッジはその意味を十分に理解したようだ。

 顔を赤くし、口元が変に歪んだ。

 

「カッとなって悪戯系の呪文を使ってしまいましたならわかります。去年のハリーがそうでしたので。ですがなんの目的もなく守護霊の呪文を使いましたというのは筋が通りません。守護霊が紅茶でも淹れてくれるんですか? 熟練者となれば守護霊に伝言を託すこともできるでしょう。ですがハリーはふくろうを持っています。アンブリッジ上級次官、守護霊の呪文というのは邪悪なものを追い払うこと以外に使い道があるのですか?」

 

「で、伝言を託した――」

 

「それは先ほど私が言いました。他には? 吸魂鬼が現れたという状況以外にどんな時に使うのでしょうか。まさかここにいる魔法使いの中に口喧嘩になったら相手に対して守護霊を飛ばして悪口を伝えるような人はいませんよね?」

 

 私の発言が終わると法廷内がざわつく。

 半分が今私が提示した吸魂鬼がいないならば守護霊を出す必要がないという意見に対する議論だ。

 だがもう半分は「あのアンブリッジが少女に言い負かされたぞ」といった内容だった。

 その発言から私はあのアンブリッジという魔女がどのように出世してきたのか分かった気がした。

 

「証人。退出してよい」

 

 ファッジ大臣が苦し紛れに言った。

 どうやらこれ以上なにか喋る前にさっさと法廷から追い出すつもりらしい。

 ……少々逆らいたい気もするが、ここは大人しく退出するべきだろう。

 私はちらりと横目でダンブルドア先生を見る。

 ダンブルドア先生も目で「退出してもよい」と言っていた。

 

「では失礼します」

 

 私は一度頭を下げドアの方へと歩く。

 そしてそのまま法廷から退出した。

 

「どうだった? ハリーの様子は?」

 

 私が法廷から出ると、アーサーが心配したような顔で声を掛けてくる。

 私は先ほどまで座っていた椅子に座り直し、改めてアーサーの問いに答えた。

 

「そうね、死にそうな顔をしていたわ。ダンブルドア先生がいなかったら恐怖のあまり気絶してるんじゃないかしら」

 

 アーサーは私の答えに顔を真っ青にする。

 

「……冗談よ。でも辛そうだったのは本当。ダンブルドア先生が法廷にいるから退学にはならないと思うわ」

 

「そうだな。……ああそうだ」

 

 そこから先は会話もなく、2人ともじっと懲戒尋問が終わるのを待つ。

 10分、20分と時間が過ぎていき、不意に扉が開いた。

 

「おおアーサー。尋問は終わった。わしはこれから行くところがあるのでの。ハリーを頼む。咲夜、今日はわざわざご苦労じゃった。今日はもう自由にしてよろしい」

 

 ダンブルドア先生だ。

 ダンブルドア先生は口早にそう言うと薄暗い廊下を歩いていってしまう。

 私が法廷に視線を戻すと法廷内にいた魔法使いが次々と出てきた。

 

「ハリーは、どこだ? 懲戒尋問はどうなった!?」

 

 アーサーは人の流れに逆らうように法廷に入ろうとする。

 その瞬間に法廷から出てきたハリーと衝突しそうになっていた。

 

「ダンブルドアは何も言わな――」

 

「無罪だよ! 無罪放免!」

 

 ハリーはアーサーの言葉に口早にそう答える。

 アーサーは満面の笑みになってハリーの両肩を掴んだ。

 

「そうか、そりゃよかった! もちろん、君を有罪にできるはずがないんだ。証拠の上では」

 

 私は開け放たれた法廷を廊下から覗きこむ。

 ファッジ大臣が苦虫を噛み潰したような顔で羊皮紙の束を片付けていた。

 

「咲夜、今日はありがとう」

 

 ハリーはアーサーに肩を叩かれながらも私の方に振り向く。

 

「君の意見が多くの裁判官に疑問を与えたんだと思う。あの、えっと……」

 

 ハリーは中々言葉が出てこないようだった。

 

「もともとこっちのミスでもあるし、気にしないで。それよりも、この知らせを早くみんなに伝えてあげなくちゃね」

 

「ああ、そうだ。そうだとも。ハリー、急いで帰ろう。咲夜はどうする?」

 

「私は館に帰るわ。夕食と明日の朝食の仕込みもあるし。それに館は広いからお掃除も大変で」

 

 それを聞いてハリーは少しバツの悪い顔をする。

 

「なんだか、ごめん。忙しいのに、こんな」

 

 そして今気がついたかのようにハリーは私の服装を上から下まで見た。

 

「はは、今の咲夜。どこかの秘書みたいだ。美鈴さんはSPみたいだったけど」

 

「……そうね。美鈴さんは武人だし、言ってしまえばお嬢様のSPみたいなものね。まあお嬢様に護衛は必要ないけど。私たちなんて足手まといにしかならないもの」

 

 ハリーは随分と落ち着きを取り戻したようだった。

 これならもう安心だろう。

 

「じゃあ、私はもう行くわ。アーサー、ハリーを生きた状態で本部に連れ帰ってね?」

 

「はは、善処するよ。もっとも、そんな危険はないと言い切れないのが今の情勢の悲しいところだ」

 

 私は2人に手を振ると時間を止めて姿くらましする。

 そしてそのまま紅魔館の図書館へと姿現しした。

 

「おかえり、ハリーの懲戒尋問はどうだった?」

 

 私が現れた瞬間気配を感じ取ったのかパチュリー様が本から顔を上げた。

 

「はい、無罪放免です」

 

「そう。まあ予定通りね」

 

 パチュリー様はそう呟くと本に視線を戻す。

 私は図書館内を見回しリドルの姿を探した。

 図書館には棚が多く、その分死角も多い。

 パチュリー様ほどの魔法使いになると肉眼で本棚の裏を透視することができるらしいのだが、私には到底無理だ。

 私は図書館内を軽く歩きリドルの姿を探す。

 リドルは少し奥の本棚に本を戻しているところだった。

 

「勉強熱心とは感心ね」

 

「自分の生死に関わることだからね。……いや待てよ? ヴォルデモートの魂を殺したらそれは自殺ということになるのだろうか。だとしたら記憶を抜き出して魂だけ殺すというのは自分の存在を否定することになり記憶自体も――」

 

 どうやら分霊箱を壊した時に自分が死なない方法を考えているようだった。

 きっとお嬢様のことだからリドルには「死にたくなかったら自分で生き残る方法を見つけなさい」などと言ったのだろう。

 パチュリー様も手伝ってはいるみたいだが、まだいい方法は見つかっていないらしい。

 

「あ、そうだ。何か用だったか? と言っても僕自身こんな状況だからあまり時間の掛かることはよしてくれよ」

 

「そう言うんじゃないわ。少し貴方の顔を見たかっただけ」

 

「そうか、それなら数年後も僕の顔が見れることを願っていてくれ」

 

 リドルはそう言うと本棚から1冊の本を抜き出す。

 『魂と肉体 パチュリー・ノーレッジ著』

 本にはそう書かれていた。

 

「先生は優しいのか厳しいのか時々分からなくなるよ。こういうように研究のデータを本として残しておいてくれるのは非常にありがたいんだが、内容は全然易しくない」

 

 リドルは軽くその本を開いて私の方に見せてくる。

 そこには謎の数式や記号などが説明書きと共に書かれていた。

 

「……さっぱりね。まったく分からないわ」

 

 その言葉を聞いてリドルは肩を竦めた。

 書いてある内容は物凄く分かりやすい。

 分かりやすいし理解も出来るのだが、書いてある内容が全く分からないのだ。

 矛盾しているかも知れないが、そうとしか言いようがない。

 分かるのに分からない。

 理解できるのに理解できない。

 多分それがパチュリー様の仕込んだ研究成果の隠蔽方法なのだろう。

 

「先生の書かれた本は殆どがこんな感じだ。……まあそのうち何とかするさ」

 

 リドルは何冊か本を脇に抱えると図書館中央にあるテーブルへと向かっていく。

 ヴォルデモートを殺すということは、リドルを殺すことになるということだ。

 リドルには何としてでも生き残る方法を見つけてほしいと思う。

 私はリドルの後を追うようにテーブルへと向かい、リドルの横に腰かける。

 そして騎士団関係の書類の整理と制作を行い始めた。

 

「ほう、勉強熱心とは感心だな」

 

 突然真後ろから男性の声が聞こえる。

 この声はクィレルだ。

 

「私は仕事に近いけどね」

 

「魔法使いは勉強してなんぼよ。一生勉強」

 

「僕の場合はサバイバルに近いかも知れないけどね。クィレル、もう1人の僕はどんな感じだい?」

 

 クィレルは恭しく頭を下げて報告した。

 

「現在ヴォルデモートは予言を入手するために死喰い人を動かしています」

 

「予言……というとハリー・ポッターの?」

 

「はい、その通りです」

 

 リドルは予言というものがどんなものか知っているようだ。

 予言を手に入れる。

 少し言葉は変だが多分予言というのはそういう物なのだろう。

 

「騎士団の方はどうだ。十六夜君」

 

「そうだわ、聞き忘れてたけどハリーに吸魂鬼を送り付けたのは死喰い人よね?」

 

 クィレルの言葉に私は気になっていることを聞いた。

 

「他に誰がいるというんだ? 予言者新聞の熱烈なファンとかか?」

 

 クィレルが不思議そうな顔をする。

 まあ言われてしまえばその通りだ。

 他にハリーに対して吸魂鬼を送りつけるような人物も団体も思い浮かばない。

 

「騎士団は最近それの対処に追われていたわ。と言ってももう片付いたことだけどね」

 

 私は1枚の羊皮紙をクィレルに見せる。

 そこにはハリーが無罪放免になったということが書かれていた。

 

「ふくろうで遠方へと飛ばすものよ。まあ簡単な情報交換ね」

 

「ふむ、魔法省大臣は随分と優秀なようだ。ハリーを退学? こちらの仕事がやりやすくなるな。もっとも、無罪放免では意味がないが」

 

「そうか。死喰い人側からしたら、ファッジ大臣の無能さはむしろ有能ということになるのね。死喰い人も仕事がやりやすくなるし……実は死喰い人と繋がってたりするの?」

 

「いや、単に無能なだけだ。向こうから寝返ってきてもお断りするレベルでね。そんな積極的な無能はいらない」

 

 まあ、有能すぎてもそれはそれで困るが。

 大臣には今のまま程度の良い無能でいてもらおう。

 

「今日はゆっくりしていくの?」

 

「いや、少し顔を出しただけだ。しばらく死喰い人としての仕事に追われることになる」

 

 クィレルはそういうとバチンと音を立てて姿をくらませた。

 そう長いことヴォルデモートのそばを離れるのは危険ということなのだろう。

 私は騎士団関係の書類を纏めると鞄の中に詰め込む。

 そして静かに椅子から立ち上がった。

 

「料理の仕込みをしてくるわ。お勉強頑張ってね」

 

「ああ、そうだな。せいぜい頑張るさ」

 

 リドルはひらひらとこちらに手を振る。

 私はパチュリー様に一礼すると図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 9月1日、早朝。

 私はお嬢様が就寝したのを確認すると自室の鍵を締める。

 今日はホグワーツへと向かう日だ。

 もっとも、今日は1人でキングズ・クロス駅に向かうわけではない。

 ハリーの護衛も兼ねて、本部から皆と一緒に行くことになっている。

 私は館の中を一度見て回り、不備がないことを確認すると本部の中へと姿現しをした。

 次の瞬間ジニーが上から落ちてくる。

 私はジニーを抱きかかえるようにキャッチし、あとに続くように飛んできたトランクを足で止めた。

 

「まったく、何事なの? ジニー、大丈夫?」

 

 ジニーは何が起こったのか分からないと言った表情でポカンと私の顔を見ている。

 そして顔を真っ赤にして私の腕の中から脱出した。

 

「あ、ありがとう、咲夜さん。フレッド! ジョージ! トランクが飛んできたんだけど!!」

 

 ジニーはそのまま逃げるように階段を駆け上がっていった。

 避けられているのかと一瞬思ったが、あの様子は多分違う。

 私は宙に浮いているトランクを地面に下し、改めて屋敷中を見回した。

 全員がてんやわんやに準備を進めている。

 あちらこちらで怒声がし、慌ただしい足音が響く。

 全員そろって寝坊したのだろうか。

 モリーさんが私の方に駆けてくる。

 

「ああ、咲夜。咲夜は準備できているわね。みんなすぐに下りてきなさい!! 今すぐに!!」

 

 モリーさんは上の階に向けて声を張り上げた。

 次の瞬間子供たちがバタバタと部屋から飛び出し階段を下りてくる。

 

「トランクとふくろうは置いていきなさい。アラスターが面倒をみる筈よ。……ブラック、まさかついてくる気じゃないでしょうね?」

 

 私は黒い犬の恰好になっているブラックを見て冷ややかに言った。

 

「バウ!」

 

「バウじゃないわよ。……まあいいわ」

 

 私たちは本部から出るとキングズ・クロス駅まで歩いて向かう。

 ここからキングズ・クロス駅まではそう遠くない。

 20分も歩かないうちに駅に到着した。

 私たちは9と4分の3番線へと入り、そこでムーディと合流する。

 そしてトランクを汽車へと詰め込みようやく一息つくことができた。

 

「まさか私が時間に追われるなんて思わなかったわ」

 

 私は軽くため息をつくと駅のホームに設置されている時計を見た。

 10時58分、ギリギリもいいところだ。

 私はハリーたちと共にホグワーツ特急へと乗り込む。

 中は生徒で溢れかえり、コンパートメントは何処も一杯だった。

 

「……それじゃあ、コンパートメントを探そうか」

 

 ハリーが気だるそうに口を開く。

 その言葉を聞いてハーマイオニーは申し訳なさそうな顔をした。

 

「えーと……私たち、監督生の車両に行くことになってるの」

 

 そうか、この歳になると監督生に選ばれることがあるのか。

 ハーマイオニーの言葉からしてロンも監督生なのだろう。

 

「そう、おめでとう。それじゃあ私はハリーとコンパートメントを探しているわ」

 

「ごめんなさい。でもずっとそこにいなくてもいいと思う」

 

「いいよ。うん、また後で」

 

 ハリーはたどたどしくそう言った。

 私たちはロンとハーマイオニーと別れるとコンパートメント探しを始める。

 最後尾まで歩いてくると通路でネビルと鉢合わせた。

 

「やあ、ハリー。ジニーと咲夜も。……どこも一杯だ。僕、全然席が見つからなくて……」

 

 ネビルは暴れるヒキガエルを握りしめながらオドオドといった。

 私はちらりと近くのコンパートメントを確認する。

 そこにはジニーと同じぐらいの歳の女の子が1人いるだけだった。

 

「そこが空いているわ」

 

「ああ、ルーナ・ラブグッドじゃない。ここに入りましょう?」

 

 どうやらジニーはその女の子のことを知っているようだった。

 気が進まないといったネビルの小声を無視してジニーはコンパートの扉を開ける。

 

「こんにちはルーナ。ここに座ってもいい?」

 

 ジニーがトランクをコンパートメントの中に入れながらルーナに挨拶をする。

 ルーナは少し変わった少女だった。

 杖を左耳に挟みバタービールのコルクを繋ぎ合わせたネックレスをしている。

 そして何故か雑誌を逆さまにして読んでいた。

 ルーナは私たちを軽く見回すと、コクリと1回頷く。

 私はルーナの隣に、ハリーたちは私とは向かい側の席に3人並んで座った。

 ルーナは読んでいた雑誌から軽く顔を上げるとハリーの事をじっと見つめる。

 その様子はまるでルーナがハリーに対して開心術でもかけているかのようだった。

 

「ルーナ、いい休みだった?」

 

 ジニーがルーナに声を掛ける。

 

「うん、とっても楽しかったよ。あなたはハリー・ポッターだ」

 

「知ってるよ」

 

 ルーナのいきなりの言葉にハリーが肩を竦める。

 どうやらハリーはルーナの視線をあまり好ましくは思っていないらしい。

 ルーナはくるりと私の方を見る。

 

「あなたは十六夜咲夜」

 

「ええ、初めましてかしら?」

 

「だけどあなたが分からない」

 

 ルーナは最後にネビルの方へと向いた。

 

「僕、誰でもない」

 

「そう、誰でもないさんね」

 

 ネビルは慌てて言う。

 いや、誰でもないという答え方は少しおかしいと思うのだが。

 

「あなたはネビル・ロングボトムでしょう? 一体何をそんなに緊張しているのよ」

 

 私は鞄から1冊の本を取り出し読み始める。

 その様子を見てルーナも雑誌を逆さまに持ち直した。

 ネビルは少しやりにくそうに体を捩ったが、気を取り直してハリーやジニーと話し始めた。

 

「誕生日に何を貰ったと思う?」

 

「また思い出し玉?」

 

「違うよ。でも、それも必要かも。前に貰ったのはとっくに失くしちゃったし。これ見て……」

 

 私が今読んでいるのは哲学書だ。

 お嬢様は結構昔の哲学が好きなのだが、私はどちらかというと近代哲学に興味がある。

 論理的に見た人間のあり方や感じ方というのは面白いものだ。

 

「ミンビュラス・ミンブルトニア。これ、とっても貴重なんだ」

 

 スワンプマンや哲学的ゾンビの話は非常に興味が持てる。

 今の科学や魔術では解き明かすことのできない精神の仕組みなど……うん、いい。

 

「ホグワーツの温室にだってないかもしれない。僕、スプラウト先生に早く見せたくて。アルジー大叔父さんが、アッシリアから僕のために持ってきてくれたんだ。繁殖させられるかどうか、僕、やってみる」

 

 精神的な技術が進んでいる魔術の観点から見ても近代哲学というのはいいものだ。

 自分とは何か、存在とは、感覚とは。

 

「あの、これ役に立つの?」

 

「いっぱい! これびっくりするような防衛機能を持ってるんだ。ほら、ちょっとトレバーを持ってて」

 

「ちょっと待って?」

 

 私は座席から立ち上がるとジニーとルーナを連れてコンパートメントを出る。

 そしてぴしゃりと扉を閉じ、その扉にもたれ掛るようにして立って読書を再開した。

 

「どうして外に出たの? というか出したの?」

 

 ルーナが私に聞いた次の瞬間、コンパートメントの扉のガラスに暗緑色の液体がこびりついた。

 何が起こったか、簡単なことである。

 ネビルの持っていたミンビュラス・ミンブルトニアが臭液を噴出したのだ。

 私の予想通りにネビルは下手な刺激をミンビュラス・ミンブルトニアに与えたのだろう。

 私はコンパートメントの扉を開けると呪文を唱えコンパートメントの中を綺麗にし、先ほど座っていた場所へと座り直した。

 

「……咲夜、こうなるのが分かっていたんだったら教えてよ」

 

 ネビルが泣きそうな声を出す。

 ハリーも私に抗議の視線を送っていた。

 

「一度痛い目みないと学習しないじゃない」

 

 ルーナとジニーは私に軽くお礼を言うと座席に座り直した。

 

「できれば僕も一緒に連れ出して欲しかった」

 

「あら、貴方は男の子じゃない」

 

 ハリーの言葉をぴしゃりとはねのけ読書を再開する。

 ルーナも真似をするように雑誌を持ち上げた。

 しばらく本を読んでいるとコンパートメントの扉が開いてロンとハーマイオニーが入ってくる。

 どうやら監督生も楽ではないらしい。

 ロンはハリーからカエルチョコを引ったくると外装を剥ぎ取り食べ始める。

 ハーマイオニーは不機嫌そうに口を開いた。

 

「あのね、5年生は各寮に2人ずつ監督生がいるの。男女1人ずつね」

 

「男女1人ずつか。私てっきりロンじゃなくて咲夜さんが監督生になると思ってたわ。でもそれじゃあ女の子2人になっちゃうわけね」

 

 ジニーが感心したように頷いた。

 

「スリザリンの監督生は誰だったと思う?」

 

 ロンが疲れたと言わんばかりに目を閉じたまま言う。

 まあ、表情から察するとドラコあたりだろう。

 

「マルフォイ」

 

 ハリーが即答した。

 

「大当たり」

 

 ロンは手に持っていた残りのカエルチョコを口の中に詰め込む。

 

「それに、あのいかれた牝牛のパンジー・パーキンソンよ」

 

 私はその言葉を聞いて少し驚く。

 まさかあのハーマイオニーからそのような悪口が飛び出してくるとは思わなかった。

 

「脳震盪を起こしたトロールより馬鹿なのに、どうして監督生になれたのかしら」

 

「ある意味スリザリンらしいじゃない。ハッフルパフは誰なの?」

 

 私の質問にロンが答える。

 

「アーニーとハンナ」

 

「それからレイブンクローはアンソニーとパドマよ」

 

 ハーマイオニーがそう付け足した。

 

「あんた、ダンスパーティーの時にパドマ・パチルと行った」

 

 ルーナがなんの脈絡もなく言った。

 ルーナがいきなり言葉を発したからか、みな一斉にルーナの方を見る。

 ルーナは雑誌を少し下にずらしロンを見ている。

 ロンはその様子に口の中に詰まっていたカエルチョコを飲み込んだ。

 

「ああ、そうだけど?」

 

「あの子、あんまり楽しくなかったって。あなたがあの子とダンスをしなかったから、ちゃんと扱ってくれなかったと思っているんだと思う。私だったら気にしないけどなぁ」

 

 言うだけ言ってルーナはまた雑誌を読み始める。

 ロンはどうしていいか分からないといった表情でハリーと顔を見合わせていた。

 私は懐中時計を取り出し到着するまでの時間を確認する。

 それに釣られるようにロンも自分の腕時計を見た。

 

「一定時間ごとに通路を見回ることになっているんだ。それから、態度が悪いやつには罰則を与えることができる。クラッブとゴイルに難癖をつけてやるのが今から楽しみだ」

 

 その言葉を聞いてハリーは少しニヤリとしたが、ハーマイオニーは厳しく言った。

 

「ロン、権力を濫用するのは駄目よ」

 

「ああ、そうだな。マルフォイは絶対濫用しないだろうよ」

 

「あれと同じところに身を落とすわけ?」

 

「違うよ。こっちの仲間がやられるよりも先にやつの仲間をやっつけるだけさ」

 

「まったく。ロンあのね――」

 

 ハーマイオニーがロンの態度をたしなめようとするが、それを遮るようにロンは言葉を続けた。

 

「ゴイルには書き取りの罰則をやらせよう。あいつまず文字が書けるのか?」

 

 ロンはニヤニヤと笑ったあとゴイルのように声を低くし、顔を顰めて何かを書いているような真似をする。

 

「ぼ、僕が……罰則を……受けたのは……ヒヒの……尻に……似ているから」

 

 その場にいた殆どがロンのギャグに大笑いした。

 ハーマイオニーも呆れたように肩を竦めるだけだ。

 ギャグを言ったロン自身も相当笑っていたが、それでもルーナの笑い方には到底敵わなかった。

 ルーナは悲鳴のような奇声を上げ、膝を叩いて大笑いする。

 その拍子に持っていた雑誌が床に滑り落ち、ハーマイオニーの猫は荷物棚のところまで跳びあがった。

 

「それって、おっかしい!!」

 

 ルーナは目に涙が浮かぶまで笑い続ける。

 ロンは途方に暮れたように周りを見回した。

 ルーナの笑い方も面白いが、そのロンの表情も十分面白いものだと言えるだろう。

 

「君、からかってるの?」

 

「ヒヒの……尻!」

 

「ルーナ、あんまり笑うと死んじゃうわよ?」

 

 私は笑い転げているルーナの背中を摩ると先ほどまでルーナが読んでいた雑誌を拾い上げる。

 『ザ・クィブラー』と表紙に大きく書かれたそれは、ゴシップ誌のようだった。

 私は時間を止めてその雑誌をペラペラと捲る。

 何とも嘘か本当か分からないような記事が多いが、1つ納得したことがあった。

 雑誌の最後の方に小さく『編集 ゼノフィリウス・ラブグッド』と書かれている。

 これは予想でしかないが、編集長はルーナの父親か親族だろう。

 私は時間停止を解除するとまだ笑い転げているルーナの顔に雑誌を被せる。

 

「これ、少し読んでもいい?」

 

 ハリーがルーナの顔から雑誌を掴み取った。

 

「うん、いいよ」

 

 ルーナは少し落ち着いてきたのか、呼吸を整えている。

 私は鞄から冷たいかぼちゃジュースを取り出すとルーナに手渡した。

 

「ありがと」

 

 ルーナはそれを遠慮なしに受け取ると一気に煽る。

 うん、なんというか、どこまでも変わった少女だと言えるだろう。

 

「そういえば咲夜は吸血鬼に仕えているんだよね。吸血鬼って昼間は寝ているらしいけど、咲夜もそうなの?」

 

 ルーナは雑誌という暇つぶしを失くし少し手持ち無沙汰なのか私に話しかけてくる。

 

「ええ、私が勤めている館では昼夜が逆転しているわ。使用人は皆夜に起きて朝に寝るのよ」

 

「じゃあ朝ごはんが夜ご飯で夜ご飯が朝ごはんになるわけだ。お昼はどうしよう」

 

「私たちの間では夜食と呼んでいるわ」

 

 ルーナは楽しそうに笑う。

 

「本で読んだんだけど、吸血鬼って血しか吸わないって、ほんと?」

 

「そんなことないわ。普通の食材や動物、人間まで幅広くお出ししているわよ」

 

「じゃあ貴方は殺人鬼ね。ブラックとおんなじだ。でも今週の記事にはブラックは殺人鬼じゃないかも知れないと書いてあるし、同じだとしたら貴方も殺人鬼じゃないかも知れない」

 

 ほう、私はルーナの言葉に素直に感心してしまう。

 人間そう思っても中々面と向かって相手の事を殺人鬼などと言えたものではない。

 それをこの少女は私に向かってなんの臆面も無しに言い切った。

 ジニーがたしなめようと身を乗り出すが、私は敢えてそれを制す。

 

「貴方だって豚肉や牛肉を食べるでしょう? それと同じよ。貴方は肉屋を殺豚鬼というのかしら」

 

「人を殺したというのは否定しないのね」

 

「ええ、そうね。否定しないわ。肯定もしないけど」

 

 その言葉を聞いてジニーとハーマイオニーが青ざめる。

 ロンとネビルは話に夢中になっていてこちらの話を聞いていないようだった。

 

「お肉屋ってことは捌いたことがあるの?」

 

 話が少し飛躍するタイプの人間らしい。

 馬鹿なのかとも思ったが、レイブンクロー生という話だったので多分頭の回転が速すぎるだけだろう。

 

「どんな感じ? なにかコツとかあるの?」

 

「そうね、まず皮はまだ死骸が温かいうちに剥ぐのがコツよ。もっとも料理によっては皮を剥がさずに使うこともあるわ。しっかり血と内臓を抜いて、部位ごとに切り分けていくの。料理によって使う部位が違うからね」

 

「咲夜、君って本当に、その……人を……」

 

 ネビルが顔を真っ青にして呟いた。

 

「何を言ってるの? 動物の話よ?」

 

 私はその言葉をはぐらかす。

 堂々と人を殺して捌いてますなどと言えるわけがない。

 私が視線を前に戻すとハリーが雑誌を閉じていた。

 

「ハリー、何か面白い記事があったかい?」

 

 ロンがハリーに聞く。

 

「あるはずないわ」

 

 ハリーが口を開く前にハーマイオニーが辛辣に言った。

 私はハーマイオニーが次何を言うか容易に想像できたのでルーナを私の方にパタンと倒し膝枕の状態にする。

 そして太ももと手の平でルーナの両耳を塞いだ。

 

「ザ・クィブラーってクズよ。みんな知ってるわ」

 

 案の定ハーマイオニーはルーナが持っていた雑誌の悪口を言う。

 だが耳を塞いでいるのでその言葉はルーナには届かなかったことだろう。

 私はよくわからないといった顔をしているルーナの耳を引き続き塞ぎながらハーマイオニーに言葉を掛けた。

 

「ハーマイオニー、雑誌の裏の、編集者の名前をよく見なさい」

 

 ハーマイオニーは私の言葉にハリーから雑誌を奪い一番後ろのページを捲る。

 そしてバツの悪い顔をした。

 

「私、あの……咲夜、ありがと」

 

 私の考えを察したらしい。

 困り顔でこちらにお礼を言ってきた。

 

「あまり考え無しで批判するものじゃないわ。知らないにしろ、ルーナがそれを熱心に読んでるってことは少なからず気に入っているってことだろうし」

 

 私はルーナを解放する。

 ルーナは私とハーマイオニーの顔を交互に見ると、ハーマイオニーから雑誌を受け取り再び読み始めた。

 私も先ほどまで読んでいた本を再び取り出し読み始める。

 多分あと1時間もしないうちに列車はホグワーツにつくだろう。

 私は憂鬱な気分で列車に揺れていた。

 




用語解説


スーツ姿の咲夜
化粧もして大人っぽく見えるが、顔はまだ少し幼さを残しています。

アンブリッジ
咲夜に見事に言い負かされて言葉が出ないアンブリッジ。今作で一番不憫なお人になる予定です。

パーシー
クラウチさんからファッジ大臣に鞍替えしました。

女の子を贔屓する咲夜
女の子が臭くてドロッとした液体を掛けられるとか駄目です。

監督生になり損ねた咲夜
咲夜は成績がいいだけで優等生ではないので。

ルーナ
かわいい。

辛辣ハーマイオニー
ハーマイオニーって優しいですが、性格が良いわけではないと思っています。


追記
文章を修正しました。

2018-11-10 加筆修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。