私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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ふいー、セーフ。(アウトです)
取り敢えず不死鳥の騎士団の上巻はこれで終了です。
誤字脱字等ありましたらご報告して頂けると助かります。


防衛とか、王者とか、帰還とか

 会合の名前が無事決まり、本格的に防衛術の練習が始まろうとしていた。

 私はハーマイオニーに代わって皆の前に立つ。

 そして全員を見回した。

 

「じゃあ、取り敢えずみんな立ちなさい。杖は仕舞っておくように」

 

 私のその言葉にその場にいる殆どの生徒が呆れたように声を上げる。

 ハリーたちも意外そうな顔をしていた。

 

「取り敢えず教科書でも読めってか?」

 

 フレッドが茶化したように言う。

 私は自然な動作でフレッドに近づいていくと、顔スレスレに裏拳を叩き込んだ。

 その風圧でフレッドの前髪が揺れる。

 

「あら、避けなかったら死んでるわよ?」

 

 その言葉を聞いてフレッドはジョージと顔を見合わせ冷や汗を流す。

 皆今から何をやるか察しがついたようだった。

 

「防衛呪文というのは、それはそれは便利なものでしょうね。でも、武器を扱う為には杖だけじゃ駄目なの。例えば……そうね。ハリー、私に向かって失神呪文を掛けてみなさい」

 

「え? いいのかい?」

 

「本人がいいって言ってるんだからいいに決まっているでしょう?」

 

 私の言葉にハリーは少し戸惑っているようだったが、やがてそこそこの速度で杖を抜くと私に向けて失神呪文を撃った。

 私はそれを軽く体を捻りかわす。

 

「ね、当たらなければ呪文というものは意味を成さない。呪文が飛んでいく速度というのは意外と遅いものよ。こうやって呪文を避けることができれば、死の呪文だって怖くないわ」

 

 私は杖を一振りして床に置いてあるクッションを全て壁側に移動させた。

 

「全員部屋に散らばりなさいな。私が威力の全くない閃光を放つから、まずはそれを避ける練習。使える人は杖を使って防衛してもいいけど、そんなに早くないから避ける方が多分楽よ」

 

 私は部屋の端に移動する。

 そして杖を抜き放ちジョーダンに向けて閃光を放った。

 ジョーダンは頭を抱えるようにしてそれを避ける。

 

「その調子、じゃあどんどん行くわよ」

 

 私は狙いを定め次々と閃光を放っていく。

 こうやって部屋中を走らせてみるとわかることだが、魔法族というものはあまり体力を持っていない。

 10分もしないうちに全員が床に膝をついた。

 

「まあ準備体操はこんなものかしら。呪文を避ける練習はDAの時に毎回必ず入れていくわよ。これが完璧になれば例え1つも防衛呪文を知らなくても死喰い人から逃げることができるようになるわ」

 

 私は息を切らしてるメンバーたちに杖を出すように指示を出す。

 皆肩で息をしながら立ち上がり、杖を構えた。

 

「ハリー、まず何からやるべきかしらね。予定はあるの?」

 

「一番初めは武装解除がいいと思う。あれなら怪我も少ない」

 

 そしてこれは初めて知ったことだが、ハリーは呪文を避けることに関しては相当な技量を持っていた。

 1つも閃光に当たらなかったのはハリーだけだろう。

 

「はいじゃあ2人組つくってー」

 

 私は手をパンパンと叩きながら皆に言う。

 皆私の指示に従い次々と組を作っていった。

 

「ネビルはハリーと組みなさい。セドリックは私とやりましょう」

 

「リベンジのチャンスかな?」

 

 リベンジのチャンス?

 そう言えば2年生の時に決闘クラブで戦っているんだったか。

 

「あら怖い。月まで吹っ飛ばされそうね」

 

私は適当に茶化すと皆の方に向き直る。

 

「全員よく聞きなさい。杖を狙おうとしては駄目よ。相手の体の中心を狙いなさい。相手の手元なんて動いて素人には狙えたものじゃないわ」

 

 初めの頃は的が大きければ大きいほうがよい。

 ストッピングパワーよりもまずは命中率だ。

 

「じゃあ、各々自由に練習していいわよ。さて、セドリック。1戦交えたらみんなの指導をお願いするわ」

 

「ああ、そうだね」

 

 ディゴリーは油断なく杖を構える。

 私は西部劇に出てくるガンマンのように杖をローブの中に仕舞い、両手を空けていた。

 

「エクスペリアームス!」

 

 私はディゴリーから放たれた武装解除呪文を横に飛ぶようにしてかわすと杖を抜きディゴリーの鳩尾に閃光を放った。

 ディゴリーは当たった瞬間身構えたが、やがて痛みも何もないことが分かると不思議な顔をする。

 

「ん? あれ……?」

 

「意識が戻らないと大切な教師が1人減ってしまうもの。じゃあ指導に行きましょうか」

 

 私はポカンとしているディゴリーから離れ他の生徒の指導に回る。

 意外なことに、思った以上に皆が武装解除の呪文を使えないことが分かった。

 これは他の呪文も少し段階を踏んで教えていかなければならないかもしれない。

 

「たかが武装解除の呪文なんて例のあの人に使って効果があるのかな……」

 

 私が部屋中を歩いて指導をしていると、何かぶつくさ言いながら練習している人間を見つけた。

 ハッフルパフのザカリアス・スミスだ。

 私はスミスの肩にそっと手を置きこちらへと振り向かせた。

 

「効果あるのよ。エクスペリアームス!」

 

 私が放った武装解除の呪文はスミスの腹部に直撃する。

 スミスはその衝撃で反対側の壁まで飛ばされ、盛大に壁に体を打ち付けた。

 

「皆、今のを見たかしら? 武装解除の呪文というのはこのように相手を吹き飛ばすこともできる。技量次第でね」

 

 私は地面に転がり悶絶しているスミスを抱き起し、治癒の呪文を掛ける。

 途端にスミスに出来たアザや擦り傷が消え失せた。

 

「分かったかしら、たかが武装解除の呪文でも痛いのよ。それに、この呪文でハリーはあの人から生還したようなものだしね」

 

 私はハリーの方をチラリと見る。

 ハリーは丁度チャンに武装解除呪文を教えているところだった。

 

「生き残りたいなら励みなさい。自分の身ぐらい自分で守れるようになったほうがいいわよ?」

 

 スミスにそう言い残し、他の生徒の元へと行く。

 次の瞬間、ルーナが私に向けて武装解除の呪文を放った。

 私は軽くそれを避け、ルーナに声を掛ける。

 

「私の方に飛んできたわよ。よく狙いなさい」

 

「よく狙った結果ああなったのだとしたら?」

 

 ルーナはケロリとした表情でそう言い切る。

 ペアを組んでいたフレッチリーが必死に止めようとしていた。

 

「あら、挑戦的なことはいいことだわ。でもまだ少し技量が足りないわね」

 

 私はルーナに向けて真っすぐと手を伸ばす。

 そして左手の指を鳴らした。

 次の瞬間ルーナの杖が私の左手の中に収まっている。

 まあなんてことはない。

 ただ時間を停止させてルーナから杖を引き抜き、先ほどと同じ体勢を取っただけだ。

 フレッチリーはその光景を見てあたふたと周囲を見回している。

 ルーナは不思議そうに自分の手と私の手にある杖を交互に見ていた。

 

「いい武装解除呪文だったわ。練習次第では私にも当てれるようになるかもね」

 

 私はルーナに杖を返し、懐中時計を取り出す。

 現在の時刻は午後9時。

 そろそろタイムリミットか。

 私は会合の終わりをハリーに伝えようと周囲を見回す。

 その瞬間また武装解除の呪文がルーナの方から飛んできた。

 私は手に霊力を籠め、素手で魔法を受け流す。

 

「今のは惜しいけど、威力が足りないわね。ハリー、そろそろ時間よ」

 

 私はようやくハリーを見つけると声を掛けた。

 ハリーは腕時計を確認し、驚いたような顔をする。

 どうやら完全に気にしていなかったようだ。

 ハリーはどこで手に入れたのかホイッスルを吹き、皆の視線を集めた。

 

「そろそろ時間オーバーだ。今日はこの辺でやめておこう。来週、同じ時間に、同じ場所でいいかな?」

 

「もっと早く!」

 

 ハリーの言葉にトーマスが声を上げる。

 そしてその言葉に同意する声も、結構多かった。

 だが、グリフィンドールのクィディッチチームのキャプテンであるアンジェリーナがすかさず言う。

 

「クィディッチの試合が近い。こっちの練習も大事だ!」

 

「じゃあ水曜日ね。ハリー、忍びの地図で確認しなさい」

 

 私の言葉にハリーは忍びの地図を取り出し、8階に教師がいないことを確認した。

 そして皆を3、4人の組にして帰らせる。

 ハリーは皆が無事に談話室についたかどうかを緊張した面持ちで見守っていた。

 やがて必要の部屋に私とハリー、ロン、ハーマイオニー、ディゴリーの5人が残される。

 

「ハリー、今日は大成功だ。凄く良かった」

 

 ディゴリーが手を叩いてハリーを褒める。

 それにすかさずロンが続けた。

 

「ああ、本当だとも。最高にクールだった。咲夜もね。……咲夜はどこで防衛術を学んだんだ?」

 

「私のは防衛術ではないわ」

 

「確かに、どちらかというと殺人術だもんな」

 

 ロンの冷やかしにその場にいる全員が笑う。

 私も微笑んで言葉を返した。

 

「あら、よくわかったわね」

 

 私のその言葉にロンの表情が笑った状態のまま固まる。

 

「さて、私たちも帰りましょうか。セドリック、それじゃあまた水曜日に」

 

「あ、ああ。それじゃあまた」

 

 固まっているロンをよそにディゴリーが扉を開けて8階の廊下に消えていく。

 私は今一度忍びの地図を確認した。

 

「さてと……アンブリッジ先生は自室、1階の廊下にフィルチさんね。私たちも帰りましょうか。ロン、いつまで固まっているのよ」

 

「怖いこと言うなよ! 咲夜が言うと冗談に聞こえないんだ!」

 

「褒められているのか分からないわね」

 

 私は肩を竦めるとロンの背中を一度叩く。

 そして皆と共に部屋から出て、扉が消えるのを見届けると談話室へと帰った。

 

 

 

 

 

 それからの2週間ほど、毎日とまではいかないが、週に2回はDAの集会を行うことができた。

 勿論他の先生方やアンブリッジ先生にはふくろう同好会と言っているので、私はそちらの資料の作成もしなくてはいけない。

 万が一アンブリッジ先生が視察に来た時にいくらでも誤魔化せるようにだ。

 そしてこの2週間、毎日のようにアンブリッジ先生から昼食に誘われた。

 どうやらアンブリッジ先生は体を蹴られることがお嫌いらしい。

 まあ私が居ない間は結構な頻度で体中を蹴られているので当たり前と言ったら当たり前か。

 もう少しで完全に私に依存させることが出来るだろう。

 そうしたらこっちのものだ。

 DAの集会は、毎回違う曜日の違う時間に行われる。

 それは3つの寮のクィディッチチームの練習時間を考慮しての事だったが、隠匿性の面から見てもその方がいいだろう。

 だが、毎回時間を告知するのは少々骨が折れる。

 ハーマイオニーも同じことを考えていたのか、4回目の集会の時にガリオン金貨の入った箱を持ってきた。

 ハーマイオニーは集会が終わったあとに、皆にその金貨を配っていく。

 そして1枚を掲げ説明を始めた。

 

「金貨の縁に数字があるでしょう? 本物にはそれを鋳造したゴブリンの番号が打ってあるだけですが、この偽金貨の数字は次の集会の日付と時間に応じて変化します。数字が変わるごとに金貨が熱くなるからポケットにでも入れておけばいいわ。ハリーが次の日時を決めたら、ハリーの金貨の日付を変更します。私が全部の金貨に変幻自在術を掛けたから、ハリーの金貨が変化したら一斉にハリーの金貨を真似て変化を始めます」

 

 私は手探りでポケットの中に入っている不死鳥の騎士団の連絡用の懐中時計に触れる。

 ようはこれと原理は同じというわけだろう。

 ハーマイオニーが説明を終えても、皆しんとして何の反応もなかった。

 その様子にハーマイオニーは自信を無くしたように周囲を見回し、おろおろとし始める。

 

「えっと、いい考えだと思ったんだけど……これならアンブリッジがポケットの中身を見せなさいって言っても、大丈夫でしょう? 金貨ぐらい誰でも持っているわけだし……」

 

 ゴホゴホとロンがわざとらしく咳ばらいをする。

 ハーマイオニーはそれを無視した。

 

「その呪文っていもり試験レベルだぜ?」

 

 テリー・ブートが声を上げる。

 どうやら皆高度な魔法に驚いていただけだったようだ。

 賛成の声が上がり始め、ようやくハーマイオニーの顔に笑顔が戻った。

 

「便利よね、その魔法」

 

 私はほっとしているハーマイオニーに声を掛ける。

 

「ええ、ちょっと難しかったけど、何とかなったわ」

 

 そこで何とかなってしまうのがハーマイオニーらしい。

 ロンやハリーではこうも簡単にはいかなかっただろう。

 

「ハーマイオニー、僕これで何を思い出したと思う?」

 

 ハリーが金貨を観察しながらハーマイオニーに言った。

 ハーマイオニーは少し首を傾げる。

 

「わからないわ」

 

「死喰い人の印。ヴォルデモートはこれで仲間に集合命令を出すんだ」

 

 ハリーは自分の杖を手首に当てる。

 死喰い人の左手首には闇の印と呼ばれる刺青が彫ってあるのだ。

 

「……ええ、実はそこからヒントを得たの。でも、流石にみんなの皮膚に刻もうとは思わないわ」

 

 ハーマイオニーはそう言って肩を竦めた。

 

「ああ、君のやり方のほうが断然いい」

 

 ハリーは金貨をポケットに滑り込ませる。

 

「1つ危険なのは、うっかり使っちゃうかもしれないってことだな」

 

 その言葉にロンはポケットをひっくり返す。

 そこからは羊皮紙の切れ端しか出てこなかった。

 

「残念でした。……僕はまず本物を持ってない」

 

 ロンが少し悲しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 シーズン最初のクィディッチの試合、グリフィンドール対スリザリン戦が近づいてくるとDAの集会をする時間はなくなった。

 どこのチームも毎日のように練習を始めたからだ。

 まあ、この時期に忙しいのは仕方がないだろう。

 生徒だけではない、各寮の寮監までもが宿題を減らしたりなどして自分の寮の生徒を応援する始末である。

 だが、DAの活動に構わなくてよいというのは、私にとっても好都合だ。

 自分のことは時間を止めればいくらでもできるが、他のことはそうもいかない。

 まあでも、考慮する対象が減るというのはそれだけ気が楽になる。

 確か今日がその試合の日だったか。

 なんにしても私にはあまり関係のないことだ。

 私は大広間でゆっくりと朝食を取る。

 しばらくそうしているとハリーが顔を真っ青にしているロンを連れて大広間に入ってきた。

 

「あら、1年生の時とは真逆ね」

 

 ロンはその軽口さえ聞こえていないかのように何も言わずに椅子に座る。

 ハリーもその隣へと座った。

 

「大丈夫だ、ロン。君は選抜で選ばれたキーパーじゃないか」

 

「そしてチームの勝敗を分かつ大事な役職ね」

 

「……」

 

 私の言葉にロンは更に顔を青くする。

 ハリーが抗議の視線を私に送ってきた。

 私はその視線から逃げるようにスリザリンのテーブルを見る。

 グリフィンドールもそうだが、やはり今日試合のある寮は途轍もない活気に満ちている。

 スリザリンの生徒は胸に銀色のバッジを着けていた。

 王冠のような形をしているが、何というか本当にバッジが好きだなと思う。

 確か対抗試合の時にも作っていたはずだ。

 私は目を凝らしそこに書いてある文字を読み取った。

 

「ウィーズリーこそ我が王者。ね」

 

 なるほど、スリザリンは徹底的にロンを攻撃して、ゴール前をがら空きにするつもりらしい。

 

「僕、どうかしてた。クィディッチのチームに入るなんて……こんなことするなんて……本当にどうかしている」

 

「バカ言うな。君は大丈夫だ。神経質になるのは当たり前のことだよ」

 

 ハリーがロンを励ますが、あまり効果は無いようだった。

 

「僕、最低だ。出来っこないよ、下手くそなんだもん。一体何を考えてたんだろう……」

 

「しっかりしろよ!」

 

 ハリーがロンの背中を叩く。

 

「この間、足でゴールを守った時のことを考えて見ろ。フレッドとジョージでさえ凄いって言ってたじゃないか」

 

「偶然だったんだ。意図的にやったことじゃない。誰も見ていない時に箒から滑って……何とか元の位置に戻ろうとしたときにクアッフルを偶然蹴ったんだ」

 

 なんの話をしているか分からなかったが、取り敢えずロンは絶不調だった。

 その後もハリーはロンを励ますが、あまり効果はなかった。

 

「もう仕方がないわね」

 

 私はロンの頭を横から叩く。

 ロンは顔をオートミールに埋めた。

 

「ブクブク……ぶはっ! 何するんだ!!」

 

 ロンは怒りで真っ赤になって私に抗議してきた。

 私はロンに杖を向け、顔中についたオートミールを綺麗に拭う。

 

「沈んでいるよりかは怒っていたほうがまだいいわ。熱く冷静に。そうよね? ハリー」

 

「……ああ、そうだとも。ロン」

 

 ロンはしばらく私を睨んでいたが、やがて1回自分の両頬を叩き、気合を入れなおした。

 これで試合には出てくるだろう。

 私はもしゃもしゃと食べていたパンの最後のひとかけらを口の中に放り込むと椅子から立ち上がりスリザリンのテーブルの方へと向かう。

 そこでは今まさにロンをどうやって潰すかの最終確認をしているところだった。

 

「ああ、咲夜。ここはグリフィンドール生立ち入り禁止だよ」

 

 私の姿を見つけたのかドラコが人混みの中からひょっこり顔を出す。

 

「あら、それは残念ね。なにか楽しそうなことをしているから、なにかと思ったのだけれど」

 

「いいバッジだろう?」

 

 ドラコは胸を張って銀色のバッジをこちらに向けた。

 

「ええ、とっても愉快だわ。ロンったら幸せものね」

 

 ドラコはその言葉に含まれている蔑みの感情を器用に読み取ったのかニヤリと笑った。

 なんというか、ドラコはそういうことを考える脳みそをもう少し別の所で使えば成績が良くなるのではないかと思う。

 

「それじゃあ今日の試合は楽しみにしているわ」

 

 私はひらひらと手を振りドラコを別れると大広間を後にする。

 そして1人クィディッチの競技場へと向かった。

 そこには既に早起きして席を取っている生徒で埋まっている。

 普段起きられないのにこういうときだけ早起きするのは、どうなのだろうか。

 まあ、人間とは都合の良い生き物である。

 私はグリフィンドールの観戦席に向かい、既に席を取っていたハーマイオニーの横へと着席した。

 

「ロン、大丈夫かしら……」

 

 ハーマイオニーが心配そうに声を上げる。

 

「さあ、大丈夫ではなさそうだったけど。……今年はスリザリンの作戦勝ちかな?」

 

 私がそういうとハーマイオニーは怒ったようにこちらを睨んだ。

 

「ロンなら大丈夫よ!」

 

「なら心配する必要ないじゃない。ほら、選手が出てきたわよ」

 

 私はグラウンドを指さす。

 丁度グリフィンドールの選手が入場してくるところだった。

 ロンの顔色は大広間で少し良くなったものと思っていたが、いざ試合となるとそうもいかないらしい。

 先ほど以上に顔を青くし、絶望的な表情をしている。

 

「あー……咲夜に賛同するわ。あれは駄目な顔だわ」

 

 ハーマイオニーが呆れたような声を上げた。

 ロンのそれはクィディッチの試合を出来るようなものではない。

 今すぐ医務室に向かった方が良いレベルだ。

 

「箒に跨って!」

 

 マダム・フーチの声がグラウンド内に響く。

 そしてホイッスルの音で試合が開始された。

 ボールが放たれ、14人の選手が一斉に飛翔する。

 ロンもゴールポストの方へと一直線に飛び、ゴールの前で止まった。

 

「さあジョンソン選手、ジョンソンがクアッフルを手にスリザリンのゴールへと、向かいます。なんという飛びっぷり。僕は何年もそう言い続けているのに、彼女は僕とデートしてくれなくて——」

 

「ジョーダン!」

 

 リー・ジョーダンの実況をマクゴナガル先生が叱りつける。

 これもいつもの光景だった。

 

「——ほんの愛嬌ですよ先生。盛り上がってますから——おっとアンジェリーナ選手ワリントンをかわしモンタギューを抜き、まだ、まだ進む! いけるか? アイタッ、クラッブの打ったブラッジャーに後ろからやられました……モンタギューがクアッフルをキャッチ、だがウィーズリーの放ったブラッジャーがモンタギューの頭に当たりました。ご冥福をお祈りいたします」

 

「ジョーダン! 彼はまだ死んでいません!」

 

「先生それも酷くね。いやいやハイハイ実況を続けますはい。おっと……この歌は何でしょうか?」

 

 ジョーダンは一旦実況を止めて耳を澄ませる。

 私はスリザリンの観戦席の方を見た。

 

ウィーズリーは守れない 万に1つも守れない

だから歌うぞ スリザリン ウィーズリーこそ我が王者

 

ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクアッフルを見逃した

おかげで我らは大勝利 ウィーズリーこそ我が王者

 

 スリザリンの生徒の殆どがそのような大合唱をしていた。

 なんというか、やり方は非常にうまいと思う。

 キーパーを潰してしまえばゴールに得点し放題だ。

 逆にどれだけチームがへっぽこでも、キーパーさえしっかりしていれば負けることはない。

 精神攻撃は基本とよく言うが、スリザリンの狡猾さが良く表れている作戦だった。

 その歌にただでさえ悪い調子を崩されたのか、ロンはクアッフルを本当に見逃してしまう。

 スリザリンの先制点に、スリザリン生は更に歌声を大きくした。

 

ウィーズリーは守れない 万に1つも守れない

 

「咲夜、あれ何とかならないの!?」

 

 ハーマイオニーは私の裾を引っ張りながらスリザリンを指さす。

 私は首を横に振った。

 

「無理よ。だって別にロンに直接危害を加えているわけじゃないもの。それに皮肉だとしても王者っていうのは別に悪口でも何でもないしね」

 

「それはそうだけど……」

 

 ハーマイオニーは納得いかないと言った顔でロンを見つめる。

 歌のせいもあってか、今日のスリザリンは絶好調だった。

 もう既にスリザリンは4回もシュートを決めている。

 全てロンのポカミスによるものだった。

 

「実際スリザリンのやっている作戦は有効なものよ。ロンったらあんなに顔を真っ青にして、それで少し髪の赤を中和したら……駄目だわ。紫になる」

 

「何の話をしているのよ。あ! ハリーが動いたわ!」

 

 ハーマイオニーが双眼鏡のようなものを覗き込みながらピョンピョンと跳ねた。

 ハリーとドラコは並んでスニッチを追っている。

 ハリーとドラコの箒では性能に結構な差があるはずだが、ドラコは辛うじてハリーに食らいついていた。

 そして2人が同時にスニッチに手を伸ばす。

 最終的にはハリーがスニッチを見事捕まえた。

 

「危ない!!」

 

 私の隣でハーマイオニーが叫ぶ。

 次の瞬間ハリーの腰をブラッジャーが襲った。

 私はブラッジャーが飛んできた方向を見る。

 そこにはニタニタとした顔のクラッブが棍棒を得意げに振り回していた。

 ハリーは地面に軟着陸し、それをアンジェリーナが追う。

 どうやら、ハリーに酷い怪我は無いようだった。

 ハリーはスニッチを握りしめたままクラッブの方を睨んでいる。

 そのハリーの後ろにドラコが着陸した。

 そして何かを話している。

 いや、ドラコが何かを熱心にハリーに話していると言った感じか。

 ハリーはへの字に口を結び、鋭くドラコを睨んでいた。

 

「咲夜、ちょっといいかい?」

 

 いきなり後ろから声を掛けられ、私は咄嗟に気配を探る。

 そしてその声がディゴリーのものだと分かるとゆっくりと振り返った。

 

「どうしたの?」

 

「いや、少し話したいことがあって……――ッ!? ハリー!?」

 

 ディゴリーは言葉の続きを話そうとしていきなり口を紡ぐ。

 いや、何かに驚いたかのように目を見開くとハリーの名前を叫びグラウンドを指さした。

 

「は?」

 

 そこには信じされない光景が広がっていた。

 ハリーとジョージがドラコをタコ殴りにしているのだ。

 蹲るドラコにハリーは何度も何度も拳を振り下ろしていく。

 ジョージも当たることならどこでもいいと言わんばかりにドラコを蹴飛ばしていた。

 

「ドラコ!!」

 

 私は座席が壊れるのも構わずに座席を足場にし、グラウンドへと一気に飛び降りる。

 そしてハリーとジョージに蹴りを入れドラコから弾き飛ばすと、優しくドラコを抱き起した。

 

「大丈夫……じゃなさそうね。全身の骨折に内臓破裂、歯も数本折れてるわ」

 

 私は杖を取り出し応急処置を施そうとする。

 その瞬間にまたハリーとジョージがこちらに走ってきた。

 私は走ってくる2人を気にも留めずにドラコに応急処置を施していく。

 ハリーは再びドラコに傷を付けるために拳を振り上げた。

 

「いい加減にしなさいッ!!」

 

 私は渾身の力を籠めて2人に向けて叫んだ。

 ハリーはその声に怖気づいたのか、ガクンとその場に立ち止まる。

 ジョージはそれでもこちらに向けて足を振り上げたので、少しお灸を据えることにした。

 私は時間を止めて、ジョージの今現在加速させている右足の方向を弄る。

 そして時間停止を解除した。

 ジョージが振りぬいた右足は途中で軌道を変え、私の顔に向かって直進する。

 私はその蹴りを食らったふりをした。

 もっとも、防護呪文を掛けている為、本当に傷がつくわけではない。

 だがジョージも蹴り飛ばしたのが私の顔だと理解し、頭を冷やしたようだった。

 

「あ、ああのご、ごめん!」

 

 ジョージが咄嗟に私に謝る。

 私は時間を止め、顔に血のりと傷痕をかき込む。

 そして時間停止を解除し、傷だらけに見える顔でドラコの治療を再開した。

 

「一体何のまねです……!? これは……」

 

 どうやらようやく教員が到着したようだ。

 

「こんな……ああ酷い。——城に戻りなさい、2人ともです。まっすぐ寮監の部屋に行きなさい! さあ! 今すぐ!」

 

 ハリーとジョージはフラフラと競技場を出ていく。

 私は自分の顔に杖を振るうと血のりとペイントを消し去った。

 

「先生、酷い状態です。ある程度の骨と内臓は修復しましたが、今すぐマダム・ポンフリーに見せた方がいいでしょう」

 

「貴方は大丈夫なの? さっき凄い怪我をしているように見えたけど」

 

 どうやら駆けつけた先生はマダム・フーチ先生らしかった。

 

「ん? 私の何処にそんな傷が? ……なんにしてもドラコが優先です」

 

「そうね。みんなそこをどいて! 重傷患者が通るわ!」

 

 先生は魔法で担架を作り出すとその上にドラコを乗せる。

 そして城の方へと運んでいった。

 

「大丈夫!? 咲夜!!」

 

 すぐさまハーマイオニーとジニーがこちらに駆けてくる。

 私はケロリとした表情で2人に微笑みかけた。

 

「どうしたの? そんなに慌てて」

 

「いや、思いっきりジョージに顔を……」

 

 ハーマイオニーは言葉が出てこないようだった。

 私は蹴られたであろう場所を手で撫でる。

 

「簡単な盾の呪文よ。蹴られたふりをしただけ。そうでもしないと2人は止まらなさそうな雰囲気だったし」

 

 私は芝生の上から立ち上がった。

 そしてスカートについた芝生の草を軽く落とす。

 

「それよりも心配なのは――」

 

「ハリーたちよね。ええわかるわ。マルフォイにあんなことをしてアンブリッジが黙っているわけ……」

 

「違うわ。心配なのはドラコの方よ。いつ死んでもおかしくないような状態だったのだから」

 

 私はドラコの怪我の状態を思い出す。

 すぐに処置を始めないと、本当に命に関わってくるだろう。

 もしかしてハリーもジョージもまともに喧嘩をしたことがないのか?

 どこをどれだけ蹴飛ばしたり殴ったら死ぬなんてことは常識中の常識だと思うのだが……。

 まあでも確かにハーマイオニーが言った事も心配ではある。

 あの行為がいいように取られないのは明白だ。

 アンブリッジ先生の判断次第では、少し強引な手を使わざるを得なくなるだろう。

 

 

 

 

 

 その日の夜、談話室にて。

 

「禁止?」

 

 アンジェリーナが虚ろな目でハリーたちに聞き返した。

 

「禁止……シーカーもビーターもいない……いったいどうしろっての?」

 

 試合の勝ち負けどころではない。

 いまこの場でチームの大事なシーカーとビーターを失うということが、何を招くのかアンジェリーナは良く知っているのだ。

 アンジェリーナは虚ろな目で女子寮の階段を上がっていく。

 しばらくしてフレッドとジョージも男子寮へと消えていった。

 ことの顛末はこうだ。

 マクゴナガル先生がハリーとジョージに対し怒っているとそこにアンブリッジ先生が登場。

 そして新しい教育令を取り出し、ハリー、フレッド、ジョージが以後二度とクィディッチを出来ないようにしたのだ。

 もしかしたら私がアンブリッジ先生に圧力を掛けたらその処罰をひっくり返せるかも知れない。

 だが、これに関しては自業自得だと私は考えていた。

 ドラコの負け惜しみをハリーは真に受け、先に手を出した。

 口だけで戦っていたドラコを寄ってたかってタコ殴りにしたのだ。

 本来なら退学になってもおかしくはない。

 私は次の瞬間、ポケットの中に違和感を覚える。

 取り出してみるとそれは不死鳥の騎士団の連絡用の懐中時計だった。

 針は召集、そして場所は校長室になっている。

 私はこっそり喧噪の中に溶け込むと時間を止め校長室に姿現しした。

 そして時間停止を解除する。

 

「お呼びでしょうか……ハグリッド?」

 

 私は校長室にいたダンブルドア先生に一礼し、頭を軽く上げた段階でその巨体が目に留まる。

 ハグリッドは全身傷だらけで、何かと汚らしい。

 

「よかった。無事に帰ってこれたのね」

 

「おう、咲夜。元気にしてたか」

 

そういうとハグリッドは私の頭をポンポンと撫でる。

 声を聞く限りでは、ハグリッドはそこそこ元気そうだった。

 ダンブルドア先生はハグリッドと私の為の椅子を作り出すと、自分も椅子に座る。

 そしてハグリッドから任務の報告を聞き始めた。

 

「あんまり上手くいったとは、言えねえです。なにせこのありさまで……」

 

 ハグリッドはダンブルドア先生の使いとして巨人族の住処へと行っていたのだ。

 

「途中で死喰い人どもに邪魔されちまいました。交渉中にガークが変わっちまうし、もう散々でさぁ。ですが、ちゃんと伝言は伝えてきました。耳を傾ける巨人も何人かいましたです」

 

「そうか、そうか。ご苦労じゃった。しばし休んでいてもよろしい。では咲夜、今度はお主の報告を聞こうかの。アンブリッジ先生のほうはどうじゃ」

 

 どうやらこの会議の目的はハグリッドの帰還を祝う為のものではないらしい。

 私はゆっくり口を開いた。

 

「既に相当近づくことは出来ています。こちらの要求も少しずつですが飲むようになってきました。完全に調教が終わるまでにはそう時間は掛からないかと」

 

「ふむ、そうじゃの。ほどほどに、しとくのじゃよ。魔法省にバレたら拙いのでな」

 

 ふぉっほっほとダンブルドア先生は笑う。

 ハグリッドは全身が痛むのか、立ち上がる時に少し呻くと校長室から出て行った。

 

「あとそれと、耳には入っていると思いますが、ふくろう同好会のこと」

 

「勿論、耳に入っておるとも。そちらも程ほどにの。生徒を軍人にはしないように」

 

「心得ております」

 

 私はぺこりとダンブルドア先生に頭を下げ、時間を止める。

 そして談話室へと戻った。

 

「ごめん」

 

 丁度その時ロンが肖像画を抜けて談話室に入ってくる。

 どうやら騒動の事を全く知らないらしい。

 ハリーから出場禁止になったという話を聞いて目を丸くしていた。

 

「みんな、僕のせいだ……」

 

 ロンが更に表情を暗くする。

 

「君のせいじゃない!」

 

「でも僕が試合であんなに酷くなけりゃ……」

 

「それとは関係ないだろう?」

 

「あの歌で上がっちゃって……」

 

 ハーマイオニーはその喧噪から逃げるように窓際へと移動する。

 そして何かを発見したように目を輝かせた。

 

「ねえ、1つだけ、2人を元気づけれることがあるかもしれないわ」

 

「へーそうかい」

 

 ハリーは素っ気ない態度を取る。

 そんなものあるはずがないと思っているのだろう。

 

「ええ、そうよ」

 

 ハーマイオニーはわざと溜めた。

 だが笑顔を隠しきれていない。

 私はハーマイオニーが何を言おうとしているのか、大体の予想を付けることが出来た。

 

「ハグリッドが帰ってきたわ」

 

 それは3人にとってこれでもないほどの朗報に違いなかったことだろう。




用語解説


当たらなければどうということはない
死の呪文(笑)

挑戦者ルーナ
無謀とも取れるが、ルーナとしてはふざけているだけ。

ウィーズリーは我が王者
咲夜「お嬢様は我が女王」
美鈴「咲夜ちゃんのは褒め言葉にしかなってないわね。」

フルボッコにされるドラコ
色々とアウトです。

ガーク
巨人族の頭領のこと。


追記
文章を修正しました。

2018/11/27 加筆修正

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