私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

4 / 51
原作を読み返すと「こんなシーンあったっけ?」って思うところが結構ありました。面倒な描写は省略していたりします。大体省略された部分は原作と同じだとお考えください。
誤字脱字などありましたらご報告して頂けると幸いです。


クィディッチとか、クリスマスとか、勉強とか

 十一月に入ると気温も下がり、途端に肌寒くなってきた。

 だが暖炉の前で丸くなっている暇などないと、ロンは私に力説する。

 

「クィディッチシーズンの到来だぞ、咲夜! 今日はハリーの初陣じゃないか!」

 

 私は暖炉の前に置かれたソファーに深く腰掛ける。

 そして暖炉の火に手をかざした。

 

「あったかい」

 

 その様子を見てロンは大きくため息をつく。

 いや、そもそもクィディッチが何だという話だ。

 自分が所属していないクラブ活動など私の知ったことではない。

 

「それに、当の本人はあまり乗り気じゃないみたいよ」

 

 私は男子寮の方を指し示す。

 男子寮から出てきたハリーは、今にも死にそうな顔をしていた。

 

「緊張しているだけさ。なぁハリー」

 

「そうだと信じたいわね」

 

 初めての飛行訓練の時、ハリーは授業中にマクゴナガル先生に連れて行かれた。

 もしかしたらハリーが退学になるんじゃないかと一時期話題になったが、どうやらその時ハリーはグリフィンドールのクィディッチチームに入れられたらしいのだ。

 ハリーのポジションはシーカー。

 クィディッチというスポーツは、シーカーがスニッチと呼ばれるボールをキャッチした時点で試合終了となる。

 スニッチキャッチの得点は百五十点。

 多少点差が付いていても、一発でひっくり返せるほどの加点だ。

 まさに、チームの命運を託されたポジションと言える……らしい。

 まあ、私自身ロンなどの男子生徒がマグル生まれの生徒たちに説明しているのを又聞きしただけだ。

 詳しいルールはわからないし、興味もない。

 

「おはよう。ロン、咲夜」

 

 私たちの近くまで歩いてきたハリーが弱々しく挨拶をする。

 

「しっかりしろハリー。君は神がかった才能を持っている。箒だって一級品だ」

 

 そんなハリーの背中をロンがバンバンと叩いた。

 お熱いことでと、私は暖炉へと向き直った。

 その後、ハーマイオニーが女子寮から下りてきてハリーを大広間に引っ張っていく。

 ハーマイオニーはすっかり二人のお節介焼きが板についてきたようだ。

 私はそんな微笑ましい光景を後ろから眺めると、後に続いて大広間に朝食を食べに向かった。

 

 

 

 十一時には学校中の生徒がクィディッチ競技場の観客席に詰め掛けた。

 どうやらクィディッチの試合の日はどの学年も授業がないらしい。

 決して広くはない観客席が多くの生徒や教員で埋まっていた。

 近くを見回すと、ロンが仲の良い友達と一緒に『ポッターを大統領に』と書かれた大きな旗を振っている。

 その下にはグリフィンドールのシンボルであるライオンが描かれており、その絵は様々な色に光っていた。

 細工をしたのはハーマイオニーだろう。

 私がハーマイオニーのほうを見ると逃げるように顔を伏せた。

 グラウンドを挟んで反対側の観客席では、スリザリンの象徴であるヘビをあしらった旗が振られている。

 今日はグリフィンドールとスリザリンの試合だ。

 普段仲の悪い寮との対決ということもあり、どちらのチームも応援に熱が入っている。

 私はグリフィンドールの応援席から立つと、競技場を回り込みスリザリンの応援席に向かう。

 そこには少し悔しそうな表情のマルフォイの姿があった。

 

「おはよう、ドラコ。いや、もうお昼だからこんにちはかしら?」

 

 私が声をかけるとマルフォイは少し慌てたように表情を取り繕い返事をする。

 

「や、やあ咲夜。何でこっちの席に? もしかして、スリザリンチームの応援に来たとか?」

 

「どちらも応援する気がおきないのよねぇ。私クィディッチにあまり興味がないもの」

 

 どっち付かずの返答ではあるが、これは勿論私の本心だ。

 

「そうなのかい? 僕としてはスリザリンを応援してくれると嬉しいんだけど……」

 

「だから言ってるでしょ。どっちの味方もしないわ。でも、まあ、もしあなたが試合に出ていたら、話は違ったかもしれないけど」

 

 それを聞き、マルフォイは少し複雑そうな表情を浮かべる。

 

「一年生はチームに入れない。そういう規則のはずなんだ。マクゴナガルの贔屓ババアめ。きっと規則を捻じ曲げて無理矢理ポッターを選手にしたに違いない」

 

「スネイプ先生に頼めなかったの?」

 

「許可できないって。まあ、規則違反は悪いことだからね。僕は真面目に二年生になってからチームに入るよ」

 

「貴方ならきっとチーム入り出来るわ。……っと、それじゃあ、私はこの辺で」

 

 私はマルフォイに微笑むと、その場を後にする。

 マルフォイは少しニヤけた顔で私の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 私はそのままグリフィンドールの応援席へと戻る。

 そして何事もなかったかのように私が席に座ると、ハーマイオニーが呆れたような顔をして話しかけてきた。

 

「よくやるわ。不思議なぐらいよ。なんでマルフォイは貴方と仲良くするのかしら。貴方とハリーが仲良くなったから、てっきりマルフォイのほうから貴方と距離を取ると思っていたのに」

 

「スリザリン生全員が私に敵意を持っていないわけじゃないと思うわ。別にグリフィンドールはスリザリンと戦争しているわけじゃないでしょう? 私としてはそこまでいがみ合う必要性は感じないわね」

 

「でもマルフォイは──」

 

「選手たちが出てきたぞ!」

 

 何処からともなく上がったそんな大声にハーマイオニーは意識を取られたらしくグラウンドの方に向き直る。

 大歓声の中、選手たちがグラウンドに並び始めていた。

 その中にはハリーの姿もある。

 ハリーはガチガチに緊張しているようで、観客席に手を振りかえす余裕もないと言った感じだ。

 

「彼、大丈夫かしら」

 

「まあ、試合が始まったら少しは余裕が出てくると思うよ。シーカーはある意味スタジアムの中で一番自由な存在だし」

 

 私の問いにロンが答える。

 グラウンドではフーチ先生が双方のキャプテンに最後の確認を行っている。

 そして試合の準備が整ったと判断したのか、ダンブルドアに軽く合図を送るとホイッスルを咥えた。

 フーチ先生のけたたましいホイッスルの音が競技場全体に鳴り響く。

 それと同時に選手たちが一斉に空へと飛び上がった。

 試合開始だ。

 選手たちはコート内を縦横無尽に飛び回り、クアッフルを取り合いブラッジャーを避け、ゴールを目指していく。

 飛行訓練の時の動きとは比べ物にならないほど高機動に飛ぶ箒に、私は純粋に感心した。

 自分で乗ってみて分かったが、箒は直線的な動きは得意でも急旋回は苦手だ。

 それをあそこまで巧みに制御しているのだ。

 純粋に凄いことだと思う。

 私はクアッフルの動きを追いながらハリーの姿を探す。

 ハリーは競技場の上空をぐるぐる旋回しながらスニッチを探していた。

 時折飛んでくるブラッジャーも器用に避けていく。

 あの様子なら大丈夫そうだ。

 そう思った次の瞬間、突如ハリーの箒が物凄い勢いで横に揺れた。

 突風でも拭いたのかと思ったが、それだけで終わらない。

 今度は上へ、次の瞬間には下へ。

 まるで誰かハリーを振り落とすために、箒の柄を掴んでやたらめったら振り回しているかのようだった。

 

「ハリーは何をしとるんだ?」

 

 いつの間にか後ろの席にいたハグリッドがブツブツと呟く。

 

「あれがハリーじゃなけりゃ箒のコントロールを失ったんじゃないかと思うわな。……しかしハリーに限ってそんなことはありえんだろう」

 

 箒の暴走は更に激しさを増し、ハリーは片手だけで箒にしがみついているような状態になってしまう。

 

「誰かの悪戯かなぁ?」

 

「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒には悪さは出来ん。スリザリンのチビどもじゃ競技用の箒に手出しは出来んはずだ」

 

 ハグリッドのその言葉を聞くや否やハーマイオニーはハグリッドの持っている双眼鏡をひったくり、ハリーではなく観客席の方を気が狂ったように見回し始めた。

 

「何をしているんだよ?」

 

 ロンが真っ青な顔でハーマイオニーに聞く。

 その問いにハーマイオニーは思った通りだわと言わんばかりにロンに双眼鏡を押し付けた。

 

「スネイプよ。見てみなさい。何かしてる。多分箒に呪いをかけているのだわ」

 

 ロンは顔を青くしながら頭を掻いた。

 

「僕たち、どうすりゃいいんだ?」

 

「私に任せて」

 

 そう言い残すとハーマイオニーは観客席を離れてどこかに消えて行ってしまう。

 私はロンから双眼鏡をひったくると先ほどまでハーマイオニーが見ていた方向を見る。

 確かにスネイプ先生はハリーの箒を凝視しながら何かをブツブツと呟いていた。

 魔法使いが呪いをかけるときの典型的な動作だ。

 ロンも似たり寄ったりな顔で私の顔を見ながらブツブツ言ったが、呪いではなさそうなので無視する。

 少し視線をずらすとハーマイオニーが物凄い速度でスネイプ先生の後方へ回り込むように走っていくのが見えた。

 その途中でクィレル先生を突き飛ばしたが、ハーマイオニーは気にも留めてない。

 その時、不穏な雰囲気を感じ取り私はそのままクィレル先生を観察する。

 クィレル先生はいつものオドオドした表情からは想像も出来ないほどの鋭い顔つきでハーマイオニーを睨みつけている。

 それはいつもスネイプがハリーに向けるような憎悪の表情ではなく、完全に殺意が籠った目つきだ。

 ぶつかられただけではあそこまで睨まない。

 まるで何か大事な用事を邪魔されたかのような、そんな表情だ。

 

「やった! ハリーが持ち直したぞ!」

 

 今度はロンが私から双眼鏡をひったくる。

 次の瞬間、ハリーが一気に急降下した。

 私は自分の時間だけを早くし、視覚的に疑似的なスローモーションを作り上げる。

 ハリーの手の十センチ先をスニッチが飛んでいる。

 どうやら一緒に急降下しているようだ。

 ハリーは一度手を振るうが取り逃す。

 そして体勢を崩した拍子に前のめりとなり、スニッチを飲み込んでしまった。

 そしてそのまま地面に軟着陸すると、スニッチを手の平に吐き出す。

 時間の流れを戻し、私はそのまま様子を見守った。

 

「スニッチを取ったぞ!!」

 

 ハリーが天高くスニッチを掲げる。

 その瞬間、物凄い大喝采が沸き起こった。

 グリフィンドールの、それもかの有名なハリー・ポッターがスニッチをキャッチしたのだ。

 

「ちょっと来て。早く。ついでにハグリッドも」

 

 私がパチパチ手を叩いていると、座席の裏側からハーマイオニーが顔を出す。

 何か話したいことがあるらしいが、先ほどのスネイプ先生の件だろうか。

 

「おぁ、ハーマイオニー、お前さんか。何かようか?」

 

「さっきの箒の話で話したいことがあるの。ハリーも引っ張ってくるわ」

 

「それじゃあ一段落したら俺の小屋に来るといい。紅茶とロックケーキぐらいしかないけどな」

 

 ハグリッドはそういうと、一足先に小屋の方に行ってしまう。

 私もまだ興奮気味のロンの肩を叩き、今後の予定を説明した。

 

「それじゃあハグリッドの小屋に行くんだね。ハリーは……もう少し掛かりそうだな」

 

 そういってロンは親指でコートを指した。

 ハリーは今胴上げされている最中だ。

 あれでは容易には連れ出せないだろう。

 そう思っていたがハーマイオニーがずかずかとコート内に入っていき、ハリーを引っ張っていく。

 その様子を見てロンも私も目を丸くした。

 

「前言撤回。今すぐ向かおう。全く、ハーマイオニーって結構無茶苦茶だよな」

 

 これも返さないといけないし、とロンは手に持っている双眼鏡を示す。

 すっかり忘れていたが、双眼鏡はハグリッドの物だ。

 私たちはハリーと合流すると、ひとしきり彼を褒めたたえながらハグリッドの小屋に向かった。

 

 

 

 

 

「スネイプだったんだよ」

 

 ハグリッドの部屋で濃い紅茶を飲みながら、ロンが口を開く。

 

「ハーマイオニーも僕も、そして咲夜も見たんだ。君の箒にブツブツと何か呪文を掛けていた。ずっと君から目を離さずにね」

 

 呪いかどうかは置いといて、スネイプ先生がハリーに何かしらの魔法を掛けていたのは事実だろう。

 

「バカな。なんでスネイプがそんなことをする必要があるんだ?」

 

 ハグリッドがもっともなことを言った。

 そうなのだ。

 スネイプ先生がいくらハリーを恨んでいたとしても、そこまではしないだろう。

 教師と生徒という立場もある。

 だが三人には思うところがあるようで、ハリーが意を決したように話し始めた。

 

「僕、スネイプについて知っていることがあるんだ。あいつ、ハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとして足を噛まれたんだよ。あの犬が守っているものをスネイプが盗ろうとしたんじゃないかと思うんだ」

 

 それを聞いて私がティーカップを、ハグリッドがティーポットを落とした。

 

「なんでフラッフィーを知っているんだ?」

 

「フラッフィー?」

 

「そう、あいつの名前だ。去年パブであったギリシャ人から買ったんだ。俺がダンブルドアに貸した。守るため――」

 

 そこまで話して、ハグリッドは拙いことを言ったという顔をして口を噤んだ。

 

「何を?」

 

 ハリーが身を乗り出す。

 

「もう、これ以上聞かんでくれ。重大な秘密なんだ、これは」

 

 ハグリッドは蚊でも払うかのようにぶっきらぼうに言った。

 

「だけど、スネイプが盗もうとしたんだよ?」

 

「スネイプ先生よ。ハリー。先生」

 

「スネイプはホグワーツの教師だろう。そんなことするわけなかろう」

 

 私の言葉は無視されてしまったようだ。

 ついでに私が落としたティーカップも無視してくれているようで助かる。

 

「ならどうしてハリーを殺そうとしたの? 私が邪魔しなかったらハリーは今頃……」

 

 ハーマイオニーが神妙な顔をして言葉を続ける。

 

「ハグリッド。私、呪いを掛けているかどうかぐらいは一目でわかるわ。沢山勉強したもの。じーと目を逸らさずに見続けるの。スネイプは瞬きひとつしてなかったわ。この目で見たんだから」

 

「きっと誤解だ。お前さんは間違っとる! 俺が断言するぞ」

 

 頑ななハーマイオニーと同様、ハグリッドも一歩も譲らなかった。

 

「俺はハリーの箒が何であんな動きをしたんかは分からん。だがスネイプは生徒を殺そうとしたりはせんぞ。四人ともよく聞け。お前さんたちは関係ないことに首を突っ込んどる。危険だ。あの犬のことも犬が守っている物も。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの――」

 

 ハグリッドが漏らした名前をハリーは聞き逃さなかった。

 

「ニコラス・フラメルって人が関係しているんだね?」

 

 ハグリッドは自分の頭にごつんと拳を当てる。

 どうやら口を滑らせた自分に猛烈に腹を立てているようだった。

 

「ところで、サクヤ、お前さんティーカップが粉々だがどうしたんだ?」

 

 ハグリッドに指摘され、私は慌てて取り繕う。

 その場はなんとか誤魔化し、事なきを得た。

 

 

 

 

 十二月も半ば、地下牢の中は氷点下まで冷え込み、吐く息を白い靄に変える。

 あの時出来心で手に入れた石がとてつもなく大切なものだとわかったあの日から、ハリーたちは隠されている物の正体を調べるためにニコラス・フラメルという人物を追っていた。

 結局私は三人に石のことを打ち明けられてない。

 元の場所に戻そうとも思ったが、何者かから盗まれるのを警戒して隠してあるのだとしたら別に私が持っていても構わないだろう。

 あの石は懐中時計の内部の空間を弄って仕込んである。

 この懐中時計だけは私は絶対に手放さない。

 そして空間を弄れる私ではないと物理的に取り出すことも出来ないようになっている。

 

「かわいそうに」

 

 魔法薬学の授業中、先ほどまで私の隣にいたマルフォイがいつの間にかハリーの近くにいた。

 

「家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね」

 

 マルフォイのその言葉で思い出した。

 そうだ、私もクリスマスは紅魔館に帰るのだ。

 先週、マクゴナガル先生がクリスマスに寮に残る生徒のリストを作っていた。

 ということは、クリスマスに実家へと帰る生徒の方が多いということだろう。

 ハリーは真っ先にその居残りリストに名前を書いていたが、その時の彼の態度を見る限り、死んでも帰るものかといった強い意志を感じる。

 相当叔父と叔母の家に帰りたくないようだ。

 私は大鍋の調合を一段落させると、ハリーとマルフォイの方に歩いていく。

 

「マルフォイ。その辺にしておきなさい。親がいないのは彼のせいではないわ」

 

 その言葉を聞いてマルフォイはバツの悪い顔をする。

 ハリーは思わぬ助け舟に少し驚いているようだった。

 

「そうだ、咲夜の家もご両親が居なかったね。ごめん。咲夜はクリスマスはどうするんだい? もしよかったら僕の家に……」

 

 マルフォイが私を気遣ってそのような提案をしてくれる。

 だが余計なお世話もいいところだ。

 無論、私はその誘いを断った。

 

「ごめんなさい。クリスマスは本業に戻らないといけないから」

 

「本業? 咲夜って何か仕事をしていたの?」

 

 今度はハリーが聞いてくる。

 そうか、ハリーにもマルフォイにも紅魔館のことは話したことがないのか。

 思い返してみればホグワーツで紅魔館の話をした記憶は全くなかった。

 これを機に少し話をしておこう。

 

「両親を知らないっていう話は入学当初にしたわよね。親戚もいないから私は大きな屋敷で住み込みのメイドとして働いているのよ。学校に入るということで今は一時的に休職しているってわけ」

 

 そうなんだ、とハリーとマルフォイが同時に呟いた。

 それなら尚更とマルフォイが口を開くが、私はその口に人差し指を立ててマルフォイの口に当て、閉じさせる。

 その行為にマルフォイも、そして何故かハリーも顔を赤く染めた。

 

「私はメイドの仕事が気に入っているのよ。クリスマスは何か送るわ」

 

 そう言い残して私は自分の鍋に戻る。

 そして最後の材料を加え魔法薬を完成させた。

 

「ほう、またマルフォイの調合した魔法薬は完璧だな。スリザリンに五点やろう」

 

 スネイプ先生がいつもの調子で私の調合した鍋を見て呟く。

 私は魔法薬を小瓶に入れて先生に提出すると、片付けを開始した。

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇当日。

 ロンドンへ帰るホグワーツ特急のコンパートメントの中で、私はハーマイオニーとニコラス・フラメルについて話し合っていた。

 もっとも、例の石のことをハーマイオニーは知らない。

 危険なものであるなら尚のこと、彼らを巻き込んではいけないと思えた。

 

「ハリーも言っていることなんだけど、私も絶対何処かでその名前を見たのよ。でも成果はゼロ。いろんな本を読み返したけど手がかりはなかったわ」

 

「ニコラス・フラメル……少なくとも私は聞き覚えがないわね」

 

「そもそも貴方そんなに本を読まないじゃない」

 

「それを言うならハリーも一緒よ」

 

 ハーマイオニーが思い出せないということは、魔法界においてメジャーな人物ではないのだろう。

 

「スネイプが狙ってるということは、それなりに価値のあるものが隠されているはずだし……まああのハグリッドの三頭犬に阻まれたみたいだけど」

 

「スネイプ先生が……ねぇ。でもハグリッドはあの犬を貸しているといった。ということは守らなければならない期間が明確ではなくてもある程度決まっているということよね。ということは残された時間はそう多くはないんじゃない?」

 

「そうなのよ。ハリーによれば今まではグリンゴッツに保管してあった物らしいし。ダンブルドア校長先生は何かを察知してその何かの所在をホグワーツに移した。そしてその予感が的中して何者かがグリンゴッツに侵入。まさにタッチの差ね」

 

 ハーマイオニーがまとめるようにそう言った。

 私はグリンゴッツという単語について確認を取る。

 

「グリンゴッツ、確か魔法界で一番大きな銀行だったかしら。私には縁がない話だわ」

 

 ハーマイオニーは軽く頷き、そのまま何かを考え込む。

 どうやらニコラス・フラメルの話はそこで終わりのようで、ハーマイオニーはふと思い出したかのように別の話題を振った。

 

「そう言えばこれはハリーから聞いた話なんだけど……貴方ホグワーツに来る前は住み込みのメイドさんだったのね。それで少し気になったのだけれど……少しやましい話でごめんなさい。学費はどうしているの?」

 

「そのへんは私も良くわからないわ。私はただお嬢様に「学校に通いなさい」とのご命令を受けただけだもの」

 

「お嬢様……」

 

 ハーマイオニーは聞きなれない言葉に少しときめいているようだ。

 

「全然想像がつかないわ。咲夜が人の指示で動いて、人の命令に従っているところなんて」

 

「私が人間の指示に従うわけないじゃない」

 

「え? でもお嬢様の命令で学校にきているんでしょ?」

 

「勿論、お嬢様の命令は絶対よ。命に代えてでも遂行するわ」

 

 ハーマイオニーはよくわからないといった感じで首を捻る。

 

「そういうハーマイオニーはどうなのよ? ご両親は歯医者だっけ?」

 

「ええ、厳しい両親だけど、私が魔法学校に通うことになったときには一緒になって喜んでくれたわ。自分で言うのもなんだけど、いいパパとママよ」

 

 私は車内販売で売られていたカエルチョコレートを一口食べると、中からカードを取り出す。

 そこには授業で習った偉人の写真と説明書きが書いてあった。

 

「こんなおまけ要素があったのね」

 

「というか、それが目当てで買い続けている人もいるぐらいよ。ロンとかね」

 

 二人でクスクス笑っていると列車がゆっくりと停車する。

 いつの間にかロンドンに戻ってきたらしい。

 

「さあ、ついたわよ。行きましょう」

 

 私はハーマイオニーの手を取ると、一緒に歩き出す。

 ハーマイオニーもホグワーツ入学当初の大荷物よりかは随分と小さいトランクを引きずっていた。

 まあ学用品全てを持って帰るほど間抜けではないということだろう。

 

 

 

 

 ホームに出ると、見慣れた赤色が目に映る。

 そして驚く暇もなく目の前が緑に包まれた。

 

「さぁーくぅううやぁちゃーんっ!! あれ? 少し背が伸びた? 制服姿も可愛いねぇ……寂しかった!? 私はもう毎日死にそうだったわよ……」

 

 数か月前までは毎日聞いていた声、美鈴さんの声と服だ。

 この軟らかい感覚は彼女の豊満な胸だろう。

 横目でハーマイオニーを見ると、呆れたような笑顔を浮かべている。

 

「あれ? ご学友さん?」

 

 美鈴さんはようやく私を解放し、ハーマイオニーの方を向く。

 彼女自身百七十センチほどある長身なので、真っすぐ立つと自然と背の低い私たちを見下ろす形になる。

 武人で姿勢がいいのも相まって、彼女は見た目以上に大きく見えた。

 ハーマイオニーはそんな美鈴さんに目を奪われている。

 

「は、初めまして! 私はハーマイオニー・グレンジャーです。えっと……、お嬢様?」

 

 ハーマイオニーは混乱しているように目を白黒させると、トンチンカンなことを言いだした。

 どうやら美鈴さんを私の主だと勘違いしているようだ。

 

「ハーマイオニー、彼女は紅美鈴。私と同じ館に仕えている従者よ」

 

「どうも! 紅美鈴です。紅魔館の補欠メイド長ってところかな?」

 

 美鈴さんは拳と掌を体の前で合わせて挨拶をした。

 ハーマイオニーは慌てて同じような動作で挨拶を返す。

 その様子に美鈴さんは満足したのか、笑顔で頷いた。

 

「なんというか、咲夜とは全く違うタイプの人ね」

 

 人じゃないんだけどね。

 という突っ込みは置いといて取り敢えず同意する。

 

「咲夜ちゃんは真面目だからねーまぁー私はこう適当なもんよ。今日も朝おぜうさまにしこたま……いや、この話はやめよう」

 

 美鈴さんは頭を掻き、言葉を濁した。

 

「まあなんにしても、咲夜ちゃんが帰ってきたことだし。紅魔館に帰りますか。早く帰って夜までに少し仮眠を取った方がいいわ。時差ボケ起こすといけないしね」

 

「時差ボケ? 咲夜の職場って海外なの?」

 

 美鈴さんがこれ以上何かを言う前にハーマイオニーと別れた方がいいだろう。

 私はハーマイオニーとクリスマスの約束を交わすと、美鈴さんの背中を押してレンガの壁を潜り抜けた。

 

 

 

 

 

 私は割り振られた自室のベッドの上で寝転がっていた。

 今日はクリスマスパーティーだったのだが、ホグワーツの生活で相当体が鈍ったと実感する。

 イギリスの貴族や大金持ちを大勢呼び込み盛大に行われたクリスマスパーティーを、実質一人で仕切り切ったのだ。

 朝になりようやくパーティーも終わり、私は今こうして自室でだらけきっている。

 そういえば、多くのプレゼントが届いていたと思い出し、私は机の上に積んである包みをひとつずつ確認した。

 まず目に付いたのはハーマイオニーのプレゼントだ。

 箱を開けてみると紅茶用の少し高い角砂糖だった。

 単純に高級品というわけではなく、ご当地品のようだ。

 その辺は気が利いていると言えばいいのか、なんというか。

 高級品では普段紅魔館に置いてある物に敵わないと思ったのだろう。

 だったらプレゼントの内容を変えればいいのにと、その不器用さにクスリと笑う。

 次の包みはハリーからだ。

 小さな包みの中には、銀製の髪留めが入っていた。

 彼らしい贈り物だ。

 ロンのプレゼントは小さなクィディッチ選手の人形で、私の手から飛び出すと部屋中をくるくると飛び回った。

 最後の包みはマルフォイからだった。

 少し大きい箱の包みを開けると、天球儀のようなものが入っている。

 使い方が分からなかった私は、取りあえずそれを机の上に取り出す。

 すると天球儀は光を放ち部屋中を星で満たした。

 中々洒落たプレゼントを贈るものだ。

 私は机の上にプレゼントを並べると、ベッドに身を沈める。

 今日は疲れた。

 クリスマスも終わったことだし明日の夜からはお嬢様とゆっくり会話したり、パチュリー様と話す機会もあるだろう。

 目を閉じるとすぐさま私の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

「それで、ホグワーツでの生活はどうなの? 咲夜」

 

 私がお嬢様の横で紅茶を用意していると、待ちきれないかのようにお嬢様が聞いてきた。

 お嬢様の前にはそんな様子を呆れたように見ているパチュリー様がいる。

 

「そこそこ楽しませてもらっております」

 

「友達は出来た?」

 

 お嬢様はからかうように聞いてきた。

 

「いえ、やはり人間の子とは少し合わないみたいで。そうだ、お嬢様方に見てもらいたいものが」

 

 私はお嬢様とパチュリー様にティーカップを置くと、懐中時計を取り出し裏蓋を開ける。

 そして空間を弄って例の石を取り出した。

 

「これなのですが……、ホグワーツの校長が城内で大切に守っていたものです。少し悪戯心が働いて持ってきてしまったのですが、危険なものでしょうか」

 

 お嬢様は私からその石を受け取ると透かすように眺める。

 

「年季は入っているようだけど……。パチェは何かわかる?」

 

 お嬢様はパチュリー様に向けて例の石を放り投げる。

 パチュリー様はその投げられた石をキャッチせずそのまま空中に留めさせると、手をかざして観察した。

 

「ふむ、これは賢者の石ね」

 

 そう言って興味がないかのように石の浮遊を解いてテーブルに転がした。

 

「あまり価値はないものですか?」

 

「いえ、そうではないわ。特に魔法界ではね。賢者の石は卑金属を黄金に変え、ただの水を命の水に変える。これ一つあれば巨万の富と永遠の命が手に入る」

 

 私はその石を見て目を見開いた。

 ぱっと見た限りでは、とてもそのような貴重な石だと思えないからだ。

 

「でも、この程度の魔法具を有り難がるなんて魔法界も地に落ちたものね」

 

 パチュリー様は無造作にポケットに手を入れると、カラフルな宝石をいくつか机の上に転がした。

 

「パチュリー様、これは?」

 

「全部賢者の石。私が調合したものよ。魔法界では魔法を生活を楽にするものとして使っている。それでは技術は大きく進歩しないわ。魔法使いとは知識を求める生き物なのよ。巨万の富や永遠の命は副産物でしかない。この程度で満足してそこで進化を止めてしまったら、一生本当の意味での魔法使いにはなれないわね」

 

 ということで、この石自体に価値などないとパチュリー様は言い切った。

 ようはその石を得るまでの工程や、その過程で見つかった新たな知識に価値があり、石自体に新たな知識を生み出す能力はないということだろう。

 

「パチェらしいわ。まあ、そういうことよ咲夜。石は自由にしなさい。パチェレベルでストイックになれとは言わないけど、魔法使いとは知識を求める種族よ。貴方、学業のほうはどうなの?」

 

 その言葉を聞いて私はギクリとする。

 適当に居眠りしながら聞いているとは言えない。

 

「咲夜、問題を出すわ。スペシアリス・レベリオとはどのような効果のある呪文? 時間を止めて教科書を取りに行くんじゃないわよ」

 

 私は記憶の引き出しを引っ掻き回す。

 だが、思い出すことは出来なかった。

 

「……。えーっと」

 

「やっぱり、時間を止めてズルをしながら授業を受けているのね。レミィ、少し咲夜を借りるわよ」

 

「いつまで借りる気? パチェ」

 

「クリスマス休暇が終わるまでかしら? 取り敢えず休みの間に詰め込めるだけ詰め込むわ」

 

 げぇっと私は内心顔をゆがめる。

 私はあまり勉強は好きではない。

 あとはお嬢様がその提案を否定するのを期待するしかなかった。

 

「ええ、私も自分の従者が馬鹿のままでは困るもの。限界まで詰め込みなさい。咲夜、授業や試験で時間を止めて成績を伸ばすことは別に禁止しないわ。自分の優位に働くと思ったら能力はどんどん使いなさい。そのほうが能力の練習にもなるしね。でも、それと勉強しないのは別問題よ」

 

 お嬢様はぐいっと紅茶を飲み干す。

 

「瀟洒なメイドたるもの全ての知識に通じている必要があるわ。折角魔法学校に通うことになったんですもの。学年主席を狙えるぐらいでなきゃ。取り敢えず、仕事は美鈴にでも任せてクリスマス休暇は勉強をしなさい。もっとも、学校に帰ってからもだけどね。これは命令よ」

 

「かしこまりました。お嬢様」

 

 私はお嬢様が飲み終わった紅茶を下げると深々とお辞儀をする。

 そしてティーセットを持ってその場を後にした。

 

 

 

「あ! パチェ!? 多分咲夜逃げたわよ! 追いなさい!」

 

「え!? そんなとこだけ幼稚なんだから! レミィ、場所の見当はつく?」

 

「地下には行かないと思うし多分屋上よ! 使い魔も貸すから徹底的に探しなさい!」

 

 数時間後、地下の大図書館に引きずられていく咲夜を見て、廊下を掃除していた美鈴が苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

「オリジナルを尊重し、そこにさらにオリジナリティを付加して残すのが我々魔法使いの誇りよ。その為にはまず基礎を固め、そこへさらに新たな物を加えなければならない」

 

 パチュリー様は宙に浮いている黒板に文字を浮かべていく。

 普段から見ている何気ない光景だったが、魔法を一から勉強して、改めてパチュリー様の技術に驚かされた。

 

「貴方にとってのオリジナル性とは何? そう、時間停止よ。既存の魔法に時間停止の要素を組み込み昇華させる。まあでも、その前に力の性質について理解する必要があるわね」

 

「力の性質? ホグワーツではそのようなことは……」

 

 ホグワーツでは理論と技術、そして知識を学ぶ。

 そのようなことは話に聞いたことすらない。

 

「ホグワーツではやらないわ。魔法界では力は一つしかないと考えられているもの。この魔法界で一般的に普及している力を『魔力』と定義するわ。でも貴方はこの力とは別にもう一つ力の源を持っている。時間停止や飛行を可能としているのはそちらの方の力。つまり貴方が元々扱っていたものね。これを『霊力』と定義するわ」

 

 魔力と霊力。

 パチュリー様の話では、同じような力ではあるらしい。

 

「基本的に、魔力より霊力のほうが単純な力は強いわ。でも、霊力のほうが疲労度も高い。ホグワーツで魔力の使い過ぎで倒れたという話は聞かないわよね? もっとも、魔力も霊力も使い過ぎなければ尽きることはない。でもだからと言って魔力が霊力に劣るというわけではないわ」

 

 そういってパチュリー様は黒板に二つのビーカーを書いた。

 一つに魔力、もう一つに霊力と上に書き加えた。

 

「霊力は咲夜もよく知っているように、その身一つで行使することが出来る。杖を媒介にする必要はないわ。でも、魔力は違う。杖を使わないと自らのビーカーから魔力を引き出すことが出来ないの。私の場合はこの指輪ね」

 

 パチュリー様が人差し指に付けている指輪を示した。

 あれは杖の代わりだったのか。

 私の視線に気がついたのか、パチュリー様は媒介が無くても使えなくはないと付け足した。

 

「まずはこの二つの力の扱い方と微妙な性質の違いを理解する必要がある。魔力と霊力は混ぜ合わせて使うことは出来ない」

 

「それなら、魔法に私の時間操作を加えることが出来ないのでは?」

 

「混ぜ合わせて使うことは出来ないけど、同時に使うことは出来る。組み合わせることは出来るわけ。例えば魔法薬学ね。魔法薬学で扱う原料の中では時間経過によってどんどん性質が変わるものがある。だから教科書とかには何回混ぜるとか記述してあるわけ。こういう場合貴方の時間操作は非常に有効的に使えるでしょう」

 

 パチュリーは人差し指を立てた。

 

「二つ目に、……そうね。私が今から魔法を行使するわ。その瞬間時間を止めなさい。そして、自らも魔法を使ってみなさい」

 

 パチュリー様は人差し指を立てたまま手をくるりと回す。

 次の瞬間指の先から光の玉が打ち出された。

 私はそれに合わせて時間を止める。

 その魔法の玉は空中で静止した。

 次に私は杖を取り出し光の玉を打ち上げる。

 その光の玉は通常通り空中を進むと、ふっと消え去った。

 私は時間停止を解除する。

 

「さて、どうなったかしら?」

 

「パチュリー様が打ち出した魔法は時間を止めるとともに停止しました。ですが私が行使した魔法は通常通り進んで、いつも通り消えました」

 

「そう、時間を止める以前に行使した魔法は止まり、止めた後に行使した魔法はそのまま動く。これは応用次第で便利に利用できるはずよ」

 

 これは知らなかった。

 というものホグワーツでは緊急時以外あまり時間の操作を行っていなかったからだ。

 パチュリー様が人差し指の他に中指も立てる。

 

「まあパッと思いつくのはこの二つね。自分の能力の弱点は自分が一番よく知っていると思うけど、それ自体も魔力を使えば解決できるはずよ」

 

 私の能力の弱点。

 その言葉を聞いて私は少しドキリとした。

 いや、能力自体の弱点ではない。

 能力の性質故仕方がないことだ。

 

「時間を止めるということはすなわち物体の動きを完全に静止させるということ。勿論全てを止めてしまったら身動きも取れず息も吸えず、光すら見えずに死んでいくことになるんだろうけど。でも咲夜が時間を止めてもその世界で自由に動けるし重力だってある。空気を吸うことも出来れば光を見ることも出来る」

 

 パチュリー様は復習するように私の能力の謎を話していった。

 

「多分無意識に生存に必要なそれらの要素の時間を動かしているんでしょうね。そして咲夜が止まった時間の中で物に触れるには、一時的にその物の時間を動かさないとならない」

 

「いえ、正確には時間停止を解除しなくても動かすことは出来ます」

 

「そうだったわね。でも、それをしない。出来ない。何故なら時間の止まっている物質は絶対零度。素手で触れれば自らの体が凍結してしまう。温度とはその物質を構成している原子の運動。全く動いていない原子はそれだけで生身の体には危険なものよね」

 

「はい、ですので止まった世界で物質に触れるにはその物質の時間だけ動かさないとならない。止まった時間で人間を移動させるには直接触らないようにしなければなりません」

 

 故に時間を止めた世界でその人間の時間を止めたままナイフを突き立てることは出来ない。

 刺そうとしても物理的に刺さらないのだ。

 止まった物質はダイヤモンドよりも強固で、どんな衝撃をもってしても砕けない。

 

「浮遊魔法なら、好きなように時間が止まった人間を移動させることが出来るわ」

 

 パチュリー様にそう言われて、私は目が覚める気持ちだった。

 まさにその手が有ったか! と言ったところである。

 

「大体理解出来たわね? それじゃあ学校の勉強に移るわよ。さっき教えた魔力と霊力、能力の性質を意識しながら何処にその要素を組み込めるかよく考えながら聞きなさい」

 

「パチュリー様、おひとつ質問よろしいでしょうか」

 

 私は学校のように手を挙げてパチュリー様に質問をする。

 

「お嬢様が扱う力は魔力ですか? 霊力ですか? 私の力とは違うと感じていたので多分魔力だと思うのですが……」

 

「レミィのは妖力よ。また別の力。美鈴のは気力ね。これもまた別の力。人間である貴方が使えるのは魔力と霊力だけ。まあ修行次第では気力も使えるかも知れないけど、武闘家になる気はないでしょう?」

 

 力と一言で言っても色々な種類があるようだ。

 

「まあ、あなたの場合もう少し自らの能力の定義を見直した方がいいんだけど、それに関してはまた今度にしましょう。今は霊力と魔力の性質の話から──」

 

 パチュリー様は話を切り替えると学校の授業のような形で色々な説明を始めた。

 私はそれを学校の授業の時とはまるで違う真剣な態度で聞いていた。

 

 

 

 パチュリー様の授業が学校のものより何倍も分かりやすく、何倍もスパルタだったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 楽しい紅魔館でのクリスマス休暇も終わり、私はキングズ・クロス駅の九と四分の三番線で美鈴さんから見送りを受けていた。

 美鈴さんは私に力いっぱいのハグをすると、そのまま動かない。

 しかもそのまま頭も撫で始める。

 

「ちょ、美鈴、美鈴さん! 恥ずかしいって!」

 

 私はそれがむず痒くジタバタと暴れるが、武の達人である彼女からの拘束からは逃げられない。

 

「寂しかったら、いや寂しくなくても手紙送ってね。この数か月おぜうさま含める紅魔館一同すっごく寂しかったんだから」

 

 私はそのまま美鈴さんのなすがまま揉みくちゃにされるしかなかった。

 

「えっと、咲夜。久しぶりだね。そこの人は……お屋敷の人?」

 

 誰かがこの恥ずかしい光景の中話しかけてきた。

 この声はマルフォイだ。

 それに気が付いたのか美鈴さんはようやくハグを止めてくれた。

 私は改めてマルフォイに向き直す。

 少し顔が火照っているのは決して恥ずかしさのためではないと自らに言い聞かせる。

 

「久しぶり、ドラコ。お隣にいるのは……ドラコのお父様かしら」

 

 マルフォイの隣にはマルフォイをそのまま凛々しく、大きく成長させたような人物が立っていた。

 

「さよう。私はルシウス・マルフォイ。ドラコの父だ」

 

「父上はホグワーツの理事の一人で――」

 

「ドラコよ、それはお前が自慢すべき事ではない」

 

 マルフォイのいつも通りの自慢を父親が制止する。

 息子と比べるとやはり人間は出来ているようだ。

 

「ミス・十六夜。ドラコから話は聞いている。息子をよくしてくれているらしいな。私からも感謝の意を捧げよう」

 

「ということはそっちの男の子は咲夜ちゃんのお友達ですね!」

 

 美鈴さんは手を叩いて喜んだ。

 

「それで、そちらのチャイナ服のレディは?」

 

 マルフォイの父親がそう聞いてくる。

 まあその疑問はもっともだろう。

 

「あ! 私は紅美鈴と言います。咲夜ちゃんの家族です」

 

「家族? 咲夜、君親戚はいないって……」

 

「あ、といっても血のつながりはなくてですね。というか種族も違うし。マフィアでいうところのファミリー的なニュアンス?」

 

「美鈴さん! 少し黙ってて貰えます?」

 

「これは愉快なお嬢さんだ。ドラコ、友人は大切にするといい。さあ、そろそろ列車が出る。行きなさい」

 

「そうですよ咲夜ちゃん! 乗り遅れたら大変ですよぉ?」

 

 美鈴さんが私とマルフォイの背中をぐいぐい押して列車に押し込む。

 そして親指を突き出した。

 

「行ってらっしゃい咲夜ちゃん。ドラコ君、咲夜ちゃんをよろしくね?」

 

 そして次の瞬間、列車は警笛を鳴らして進みだした。

 まあ取り敢えずカオスな空間からは解放されたということだろう。

 私はマルフォイと共に一緒のコンパートメントに入る。

 

「中々テンションの高い人だね。咲夜とは大違いだ。彼女は一体?」

 

「そうね、言ってしまえば私の同僚兼、昔の教育係かしら? 物心つく前から世話してもらっているし、家族のようなものと言えばその通りかも知れない」

 

「同僚。ということは彼女もメイドさん?」

 

「ええ、私が居ない間、代理のメイド長を務めてくださっているわ」

 

「ということは普段は君がメイド長なのかい? あ、いや僕の思っていた立場とは少し違ったからさ。驚いてしまっただけだよ」

 

 通路の方を見るとちょうどハーマイオニーが前を通りかかった。

 そしてハーマイオニーもこちらに気が付いたようだ。

 私が手招きしたのでハーマイオニーはコンパートメント内に入ろうとするが、私の目の前に座っているマルフォイを見つけると途端に顔をしかめた。

 入ってこないのだろうか。

 ハーマイオニーは意を決したかのように顔を引き締めると扉を開ける。

 

「おや? 誰かと思えば頭でっかちのマグル生まれじゃないか」

 

 入ってきたハーマイオニーにマルフォイがすぐさま毒を飛ばす。

 

「あら、そんなマグル生まれに勉強で全く敵わない貴方は一体なんなのかしらね?」

 

 それに対し自らの頭の良さを引き合いに出してハーマイオニーが言い返した。

 

「黙れグレンジャー」

 

「貴方が一番初めに喋ったのよマルフォイ。黙るのは貴方だわ」

 

「出っ歯」

 

「白イタチ!」

 

 途端に口喧嘩が始まる。

 

「こら、理由もないのに争わない。ハーマイオニー、貴方は自分の知識を相手へひけらかす為に使うのかしら? ドラコ、貴方はこんなつまらない口論に大事な時間を割くほど愚かではないはずでしょ?」

 

 私がなだめると、二人は幼稚な悪口の言い合いをぴたりとやめた。

 

「するならもう少し有意義な口論をしなさい。……そうね、例えば魔法界の純血主義に関してとか」

 

 そして新たな火種を投下する。

 ハーマイオニーとマルフォイは列車がホグワーツに到着するまで私を議長に据えて純血主義に対する自分たちの考えをぶつけ合った。

 仲が更に悪くなったのは言うまでもない。




用語解説という名の設定紹介


クィディッチ
咲夜はクィディッチのルールを完全には理解していない。スニッチを早く取ればいいぐらいの認識しかない。

ニコラス・フラメル
咲夜はこの時点ではニコラス・フラメルの正体を知らない。

美鈴の豊満な以下略
この作品の咲夜ちゃんはまだちっぱいです。まあ十一歳ですし。

クリスマスプレゼント
送られてきたプレゼントの中ではマルフォイのが一番気に入っている。
また咲夜からはいつもの三人とマルフォイに銀のカトラリーセット(食事に使うナイフやフォークなど)を送っています。

例の石
ここで咲夜は賢者の石のことを知ります。といってもパチュリーからしたらただの魔法具に過ぎないので、咲夜自身もそこまで重要な物という印象は抱いていないです。

魔法界も地に落ちた
パチュリーからしたら魔法界は魔法の使い方を間違えている。パチュリーの考えでは出来上がった魔法は副産物に過ぎず、重要なのはその過程で得られた知識の方。魔法使いとは知識を求める種族だ。

咲夜の能力
咲夜の能力を少し掘り下げて考察。もっとも、時間を戻すときの条件などまだ作中に出していない設定もあります。

ルシウス・マルフォイ
死喰い人というイメージが強すぎて理事の一人という印象が薄い可愛そうな人。結構大切な設定なんですが…私も調べて初めて知りました。

唐突に始まる純血主義議論
咲夜を議長に置いて白熱した論争が繰り広げられた。もっとも十一歳がする議論なので殆どが感情論で論理的な議論ではなかったみたいです。


Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。