私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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書けた! ってことで全部一気に投稿します。
誤字の編集がしにくいので流石に小分けにはしますが。
本当は1日1つというのも考えたのですが、私だったら1か月近く待たされて1日1本かよ! って激怒すると思うので。


十六夜咲夜と死の予言
魔法大臣とか、訪問とか、謝罪とか


 小悪魔は1人田舎道を歩いていた。

 その道はもう随分と人が通ってないのか、草は伸び放題になっている。

 だが小悪魔はそんなことには全く気にせず、1人夜道を進んでいく。

 そして10分も歩かないうちに古びた屋敷へとたどり着いた。

 

「私の予想ではここなんですけどね」

 

 ぽつりと独り言を呟きながら小悪魔はその屋敷に入っていく。

 その屋敷は何年も人が住んでいないのか、いたるところに蜘蛛の巣が張り、部屋の家具も全体的に埃っぽい。

 小悪魔はそんな屋敷の中心に立ち、静かに精神を集中させる。

 まるで何かを感じ取るように。

 

「キャビネット棚の中か」

 

 何かを感じ取ったのか小悪魔はゆっくりと屋敷の中を歩いていく。

 そして古びたキャビネット棚から指輪を1つ取り出した。

 金色のリングに、黒い菱形の石が嵌まっている。

 

「1つ目発見。流石私、考えることは同じか」

 

 小悪魔は納得したように頷くと無造作にその指輪をポケットに入れる。

 指輪のあったキャビネット棚には、1枚の羊皮紙を残した。

 そして次の目的地へと姿をくらます。

 

 

 

 

 小悪魔は1人入り組んだ線路の上を歩いていた。

 ここはロンドンの地下に広がるグリンゴッツ魔法銀行の金庫の通路だ。

 本来ならばトロッコで移動する道を小悪魔はゆっくり歩いていく。

 そして1つの金庫の前で立ち止まった。

 

「確かレストレンジの金庫はここですよね」

 

 小悪魔は金庫の扉に手を押し付ける。

 次の瞬間小悪魔は金庫の中へと吸い込まれた。

 これは一種の泥棒対策なのだ。

 ゴブリン以外が扉を開けようと手を触れるとそのものは永久に金庫の中に閉じ込められる。

 だが、裏を返せば金庫の中には容易に侵入できるということでもある。

 小悪魔は吸い込まれるままに金庫の中に入ると、中に入っている財宝の中から小さな金色のカップを手に取った。

 そのカップは触れられた瞬間から物凄い速度で分裂し、焼きゴテのように熱くなる。

 その熱で小悪魔の手の平は炭化していくが、小悪魔は気にしていないかのようにそのまま次の目的地へと姿をくらませた。

 

 

 

 

 

 小悪魔は暗い廊下に1人立っていた。

 廊下の窓からはうっすらと月明かりが射し、小悪魔の周囲を照らしている。

 小悪魔は廊下の窓から下を見下ろし、自分が今何階のどこにいるか確認すると石壁の前に歩み出る。

 そのまま何度か石壁の前を往復し、石壁に扉を出現させた。

 

「この部屋に入るのも久しぶりですね」

 

 小悪魔は扉を開け中に入っていく。

 そこには何千人という生徒たちが隠したのであろう品物が積み重なって部屋に鎮座していた。

 

「前回入った時より乱雑になっている。やはりここに隠すのは得策じゃなかったみたいですね」

 

 小悪魔は目を瞑り精神を集中させる。

 そして何かを感じ取ったのか迷いなく部屋の隙間を通っていき、古そうな黒ずんだティアラを手に取った。

 

「これも確かにそうです。ではあと1つ」

 

 小悪魔は次の目的地へと姿をくらませた。

 

 

 

 

 

 小悪魔は1人、大きな洞穴に続く階段を上がっていく。

 洞穴の真ん中は大きな空洞となっており、そこで行き止まりになっていた。

 小悪魔は迷うことなく壁に近づくと自分の手首を切りつける。

 そこから噴き出した血が壁に掛かるとアーチ型に壁が光り、通路ができあがった。

 

「まあなんというか、私の考えそうなことですね」

 

 小悪魔が軽く手首を捻ると次の瞬間手首の傷が癒える。

 そしてそのまま明かりも灯さずに通路の奥へと進んでいく。

 通路の奥には大きな空間と黒い湖が広がっていた。

 小悪魔は湖の縁をなぞる様に歩き、何かに気が付いたのか立ち止まる。

 

「なるほど、船が用意してありますね。それを利用してもいいんですが……」

 

 小悪魔はそのまま湖の中心にある小島へと姿現しした。

 

「それも癪です。さて、最後の分霊箱はっと」

 

 小悪魔は小島の中央に置かれている石の水盆に目を向ける。

 その水盆の中には光り輝くエメラルド色の液体が入っていた。

 小悪魔は躊躇うことなくその液体の中に手を入れようとするが、入らない。

 表面にガラスでも張ってあるかのように、その液体は守られていた。

 

「ふむ、消失呪文も効かないですし、ということは……飲めってことですかね」

 

 小悪魔が水盆の上で手を振るうとクリスタルのゴブレットが現れる。

 そのゴブレットであれば、問題なく水盆の中の液体を掬うことができた。

 

「いただきまーす」

 

 小悪魔はその毒々しい液体を喉を鳴らしながら飲んでいく。

 まるでビールでも煽るかのように軽快に、美味しそうに。

 そう、人間にとって毒であっても悪魔にとって毒だとは限らない。

 

「さて、最後の1つは……ん?」

 

 小悪魔は空になった水盆から古びたロケットを取り出す。

 だが、そのロケットが分霊箱であるとは思えなかった。

 

「それ以前にスリザリンのロケットですらなさそうですよね。お、中に羊皮紙が」

 

 小悪魔はロケットを開き中に入っていた羊皮紙を確認する。

 そして何者かによってロケットが既に取り換えられていたことを知った。

 

「ふむ、ということはここに分霊箱はない。そういうことですかね。ならまあそれでいいですが」

 

 小悪魔は一通りの用事を終え、大図書館へと姿をくらませた。

 

 

 

 

 

 

「今年も終わりがやってきた」

 

 ホグワーツの大広間にダンブルドアの朗々とした声が響き渡る。

 大広間にいる生徒や教師は、皆静まり返りダンブルドアの次の言葉を待った。

 

「まずはじめに、1人の立派な生徒を失ったことを悼もう。本来ならグリフィンドールのテーブルに座って、一緒に宴を楽しんでいるはずじゃった。さあ、皆立ち上がり、杯を上げよう。十六夜咲夜の為に」

 

 ダンブルドアの言葉に全員がそれに従った。

 皆ゴブレットを上げ、重たい表情をしている。

 

「十六夜咲夜。彼女はこの数十年間で一番と言ってもいいほどの魔法の使い手で、非常に優秀な魔女じゃった。決して模範的な生徒とは言えなんだが、皆から慕われておった」

 

 テーブルのあちこちですすり泣く声が上がる。

 

「それ故に、わしはその死がどのようにしてもたらされたかを、皆が正確に知る権利があると思う。十六夜咲夜は先日の魔法省での戦いで、死喰い人との死闘の末、命を落としたのじゃ。悲しいことに彼女の遺体は見つかっておらん。だが、彼女はもうこの世にはいない。あれを潜るということは、死の呪文よりも確実な死が訪れるということなのじゃ」

 

 その言葉に魔法省に出向いた面々が顔を伏せる。

 その中でもハリーは一番ショックを受けているようだった。

 

「魔法省はついにヴォルデモートが復活したことを認めた。そのうち大臣も替わるじゃろう。そして魔法省がその存在を認めることによって死喰い人たちの活動が活発になることは確かじゃ。故に、皆用心を怠らないように。ホグワーツからこれ以上死者を出さないためにも、重要なことじゃ」

 

 ダンブルドアがゴブレットを高く上げる。

 生徒もそれに倣った。

 

「十六夜咲夜に」

 

 全員がゴブレットの中身を飲み干す。

 中身と一緒に、別の何かも飲み込むように。

 

 

 

 

 

 

 夜中の12時。

 イギリスの首相は執務室に1人篭り、長ったらしい文章に目を通していた。

 だがその内容は頭に入っていないようで、違うことに頭を悩ましているのかガシガシと頭を掻く。

 そう、このところの数週間イギリスでは不可解な事件が次々と起こっているのだ。

 建ててから10年と経っていない橋が何の前触れもなく落ち多数の死傷者が出たりだとか、西部地方でハリケーンが発生したりだとか、不自然な殺人事件が何度も起こったりだとか。

 

「ゴホン」

 

 首相以外誰もいないはずの執務室に突如咳払いが1つ聞こえる。

 首相はいきなりのそれに内心驚きつつも声だけは気丈に聞き返した。

 

「誰かね?」

 

 すると次の瞬間、執務室に掛かっている絵画の1つから返事が聞こえる。

 首相が絵画を見ると、気だるげな表情の小男が絵画の中で喋っていた。

 

「マグルの首相閣下。ファッジ大臣がそちらに参ります。至急ご準備を」

 

「今すぐかね? ……うーむ。いいでしょう」

 

 首相は動揺しつつも絵画に返事をする。

 このようなことが起こったのは初めてではないのだろう。

 首相はネクタイを締めなおし椅子に座りなおす。

 そして平静を取り繕った途端に執務室の暖炉が薪もないのに緑色の炎を上げて燃えあがり、その炎の中から1人の男が這い出た。

 魔法大臣のコーネリウス・ファッジだ。

 

「おお、首相閣下」

 

 ファッジは手を軽く上げ首相に挨拶をする。

 

「またお目にかかれて嬉しいですな」

 

 ファッジはそう言って弱々しく笑う。

 首相が最後に見たときよりも、一段とファッジはやつれて見えた。

 髪はますます禿げ上がり、白髪も増えている。

 

「それで、何の御用ですか」

 

 首相がファッジに聞いた。

 イギリスがこんな状況の時に、いきなりの訪問だ。

 いい話ではないことは確かだろう。

 ファッジはやつれた顔で椅子に座ると魔法界で今起こっていることを1つずつ説明していく。

 例のあの人が復活したということ、そのせいでマグルの世界にも被害が及んでいるということ。

 さらに言えば自分が3日前に魔法大臣をクビになったということだった。

 首相は冷静にその言葉を聞いて、どんどん顔を青ざめさせていく。

 魔法界のことをこっちの世界に持ち込まないでほしい。

 首相の気持ちを代弁するとしたらまさにこれだろう。

 

「それで今夜は私の後任を紹介する役割で参りました。事故がなければそろそろつく頃だと思うのですが……」

 

 次の瞬間、執務室の扉がノックさせる。

 もしかしたら秘書が様子を見に来たのだろうかと、首相は内心焦りながら扉の向こうに声を掛けた。

 

「誰かね」

 

「コーネリウス・ファッジの後任のものです」

 

 その言葉に首相とファッジは顔を見合わせる。

 煙突飛行でこの部屋に来ると思っていたからだ。

 

「どうぞ」

 

 首相が返事をすると、執務室の扉がゆっくりと開かれる。

 そこには一見魔法使いには見えない男が立っていた。

 服装はスーツを着込んでおり、手には革のビジネスバッグを持っている。

 唯一目につくとしたら刈り上げた頭だろうか。

 だが顔が厳つくないせいか、自然と威圧感は感じない。

 その男は静かに扉を閉めると首相に向かって右手を差し出した。

 

「初めまして」

 

 男は首相と握手を交わすと首相の指示した椅子へと座る。

 首相は既にその男に好印象を持っていた。

 こいつは私たちの常識を知っている。

 それが首相を安心させたのだろう。

 

「では貴方が後任の?」

 

「はい。クィリナス・クィレルと申します。お目にかかれて光栄です。首相閣下」

 

「いやはや、貴方みたいな人を待っていた。実に話が合いそうだ」

 

 首相はそう言って安心したように微笑む。

 クィレルもそれに合わせて軽く微笑んだ。

 

「着任したばかりで私は実に忙しい。早速ですが本題に入らせていただこうと思います。まず、貴方の安全を確保するための話です」

 

「安全に関する話ですか? 私は現在ある安全対策で十分満足しております」

 

 首相は軽く顔を顰めるが、クィレルは気にした様子を見せない。

 

「首相、魔法使いの扱う魔法に服従の呪文というものがあることをご存知でしょうか。この呪文を掛けられると掛けられたものは術者の命令に従うしかない。絶対服従の身となってしまうのです。イギリスの首相である貴方がヴォルデモートに操られでもしたら、市民に危険が及ぶということをご理解ください」

 

 その説明を聞いて首相はギクリとする。

 

「そ、そのようなものをどのように防げばよいのかね。生憎私は魔法を防ぐ術を持っていない」

 

「ご安心ください。既に魔法省の人間を1人大臣の傍に就かせております」

 

「まさかあのキングズリー・シャックルボルトは……」

 

「ええ、彼は魔法使いです。それも飛び切り腕の立つ」

 

 首相はその事実を聞かされて椅子の上で小さくなる。

 最近採用した秘書官が魔法使いだなんて、夢にも思わなかったのだろう。

 

「あれはとてもできる男だ。ほかの人間の2倍は仕事をこなす。……それは彼が魔法使いだからということか」

 

「彼自身も優秀でありますが、概ねその通りです。首相。魔法省としても魔法界の問題は魔法界で完結させたい。一刻も早くけりをつけるつもりではあります。しばしご辛抱ください」

 

 では、とクィレルは立ち上がる。

 そして部屋で絶望的な顔をしている首相を置いて部屋の外へと出ていった。

 

 

 

 

 

『クィリナス・クィレル 魔法大臣就任 あの人に打ち勝った魔法使い』

 

『魔法省が例のあの人の復活を発表したことはまだ記憶に新しいと思う。コーネリウス・ファッジは当然のように大臣職を追われたのだが、その後任にクィリナス・クィレルが選ばれた。クィリナス・クィレルはマグル学の教授としてホグワーツに勤めていたという経歴を持っているが、魔法大臣に選ばれた理由はそこではない。クィレルはここ数年の間、例のあの人に体を乗っ取られていたのだ。1990年、修行の為1年間ホグワーツの教授職を休んでいた時、アルバニアの森で例のあの人に寄生されたとクィレルは語る。「そこから1年以上は全く記憶がなかった。あとから知ったことだが、その時例のあの人は私の後頭部に寄生していたらしいのです。しかしある時、例のあの人は私から離れ、肉体を持った。そこから数年は服従の呪いで操られる毎日でした。チャンスが訪れたのは今年に入ってからです。例のあの人が完全に体を取り戻し、徐々に力を取り戻していくのと比例して、私への呪いが弱くなっていきました。そしてついに私は例のあの人の服従の呪いを打ち破り、表の世界に帰ってくることができました」クィレルは服従の呪文が解けたと同時に逃げたのではなく、しばらくは呪いにかかったふりをしていたという。「内部の情報をできる限り集める為です。苦労の末、私は例のあの人を打倒するに十分の情報を掴んでいます。今後それらの情報を基にした政策を進めていこうと思っています」』

 

 

「選ばれし2人目の魔法使い……ねぇ。よく信用されたものね。魔法大臣さん」

 

 紅魔館地下にある大図書館。

 私は図書館中央の机で新聞を広げているクィレルに紅茶を出した。

 

「開心術士10人の前で向こうの用意した真実薬を飲んで証言したからな。魔法省としても疑いようがない。そして一度大臣職に就いてしまえばこっちのものだよ、ゴーストさん」

 

 クィレルはそう言って紅茶を受け取った。

 今年の初めからクィレルは徐々に魔法省の役人と接触し、自分を信用させていったのだという。

 そしてついに魔法大臣になったのだ。

 

「まあファッジが引きずり降ろされるのは時間の問題だったし、このご時世魔法大臣をやりたがる人もいないか。貴方じゃなかったら誰になっていたと思う?」

 

「大方、闇祓い局長のスクリムジョールだろうな。奴には人望がある」

 

「貴方と違ってね」

 

「これでも支持率は高いんだがね。私も」

 

 私が生き返ってからというもの、色々なことがあった。

 まず、一番驚いたことは私が完全に死んだことになっているということだろう。

 日刊予言者新聞は私が死んだことを記事にし魔法界中にばら撒いた。

 さらにはホグワーツで簡単な葬式まで行われてしまったというのだから驚きだ。

 私はお嬢様の命令でその扱いを甘んじて受けている。

 お嬢様としても、世間的に私が死んでいるほうが都合がいいらしい。

 そして生き返って1週間も経たないうちに、私はもう一度驚かさせられることになった。

 クィリナス・クィレルが魔法大臣に就任したという知らせだ。

 

「死喰い人は卒業ってわけ? 魔法大臣が闇の帝王と仲良しこよしってわけにはいかないでしょう?」

 

 私は一番気になっていることを聞く。

 死喰い人の中でのクィレルの扱いだ。

 

「いや、死喰い人もヴォルデモートも私が魔法大臣に就任することを了承している。言ってしまえば魔法省はヴォルデモートの手に落ちたと、死喰い人たちは思っていることだろう」

 

「つまりヴォルデモートは貴方をスパイとして魔法省に送り込んだということね」

 

「スパイと呼べるほど可愛らしい役職ではないがな。何せ魔法界のトップだ」

 

 そしてクィレルはお嬢様に忠誠を誓っている。

 つまり魔法界はお嬢様の手に落ちたということだろう。

 

「ヴォルデモートからは来るべき時まで有能な大臣を演じろと言われている。民の信用を勝ち取れとな。もっとも、それはお嬢様からも言われていることだ。しばらくは闇の陣営と戦う良き大臣を演じるよ」

 

 クィレルはそういうとこちらに新聞を差し出してくる。

 差し出してきた記事にはホグワーツから死者が出たと書いてあった。

 

「私は君の扱いのほうが気になるがね。あと1か月としないうちに学校が始まるだろう? もうホグワーツには通わないのか?」

 

「お嬢様次第よ。まあ私自身ここで仕事をしていたほうが楽しいし、そっちの方が本望だけどね」

 

 私は箒で床を掃く動作をする。

 それを見てクィレルが少し笑った。

 

「学校はどうでもいいけど、不死鳥の騎士団はどうするのですか?」

 

 急に後ろから声を掛けられた。

 この声は小悪魔だ。

 

「確かに向こうの情報がこっちに入ってこないというのは深刻よね。……小悪魔、私の代わりにホグワーツに——」

 

「通いませんよ? 私はもう卒業した身ですから」

 

「だったらパチュ——」

 

「論外よ」

 

 机の端にいたパチュリー様が小さな声で呟いた。

 

「冗談です」

 

 私は苦笑いを浮かべる。

 パチュリー様は一度つまらなさそうにため息をついたが、何かを感じ取ったように眉を上げた。

 

「何者かが私の仕掛けた罠に引っかかったわね。これで10回目よ」

 

「罠……ですか?」

 

 私が聞き返すとパチュリー様は頷く。

 

「そう、罠。ようは私があちこちに作ったダミーの隠れ家よ。私を追跡しようとするものはそれに引っかかるようになっているの。最近私の存在を躍起になって探している者が2人ほどいてね。ここにたどり着くことはないと思うけど」

 

 パチュリー様は落ち着き払った表情で本に視線を戻す。

 

「2人……ですか」

 

「そう、ダンブルドアとヴォルデモートね」

 

 パチュリー様が明かした2人の名前は、私が想像した2人と一致した。

 

「なんというか、パチュリー様本当に狙われているんですね」

 

 私がそういうとクィレルと小悪魔が呆れたようにため息をつく。

 2人ともまるで分っていないと言いたげな表情をしていた。

 

「咲夜、貴方も先生の技術と知識は知っているでしょう? 先生がどちらかの陣営に手を貸すだけでパワーバランスが崩れる」

 

「そうだぞ、十六夜君。彼女の技術がなかったら君を生き返らせることは到底不可能だった」

 

「そう、片方に手を貸したらパワーバランスが崩れるのよ」

 

 違う方向からいきなり声が聞こえて私は咄嗟に振り返る。

 いつの間にかお嬢様が私の反対側に座っていた。

 

「そういうわけだからパチェ。両方にバランスよく手を貸せばいいのよ」

 

 そんなお嬢様の言葉にパチュリー様は軽く頭を抱えた。

 

「んな面倒くさいことを……。とは言っても1年だけか。だったらべ——」

 

 パチュリー様が急に押し黙る。

 お嬢様も何かを感じ取ったように羽をピクつかせた。

 

「何かが結界を越えたわね。パチェと咲夜とクィレルは大図書館から動かないこと」

 

 何かが結界を越えた。

 そのようなことがあり得るのだろうか。

 

「紅魔館を覆う結界を越えることは可能よ。あれは物理的なものではないもの。紅魔館に自分や他人の利益の為に近づこうとする人間や妖怪を締め出すためのものよ。だからふくろうなどは入ってこれるし、クィレルがここに迷い込んだのは自分の意思が保てないぐらい精神的に不安定だったから。外の様子を映すわね」

 

 パチュリー様は机の上に紅魔館の門前の光景を映し出す。

 そこには驚いた顔の美鈴さんと、ハリー・ポッターがいた。

 

 

 

 

 

 

 ハリー・ポッターは後悔していた。

 ハリーは今年の6月に自分の名付け親を助けるために魔法省に向かったのだが、それは敵側が仕掛けた罠だったのだ。

 結果多くの怪我人と1人の死者を出した。

 死んだ者の名前は十六夜咲夜。

 ハリーがホグワーツに入学したときからの親友だ。

 ハリーはここ2か月ほど、自分の判断を悔いていた。

 魔法省からホグワーツに戻ったときに咲夜が死んだことを聞かされた。

 大広間での宴の時に、ダンブルドアから咲夜が死んだことを宣言された。

 ダーズリー家に配達された予言者新聞に咲夜が死んだことが掲載された。

 ダンブルドアの手でブラック邸に連れていかれた時、咲夜が死んだということを騎士団員の話から再確認させられた。

 そう、ハリーの判断ミスで、ハリーは1人の友人を失ったのだ。

 その事実がハリーを深く抑え込み、締め付ける。

 咲夜のことを思い出すだけで心臓を鎖で締め付けるような感覚が襲うのだ。

 その苦しみは日に日に強くなっていき、ハリーを苦しめる。

 ついに耐え切れなくなったハリーは、ブラック邸を後にしたのだ。

 マグルの交通機関を乗り継ぎ、あてもなくイギリスを彷徨い歩く。

 ただ一言彼女の関係者に直接謝りたい。

 その一心でハリーは何処にあるのか全く知らない紅魔館を目指す。

 手掛かりはただひたすらに紅いということ。

 そして放浪すること3日。

 既に何処を歩いているのかわからなくなってきた頃に、ついにハリーは紅魔館へとたどり着いたのだった。

 それはもう運命に誘い込まれたといったほうが正しいのかもしれない。

 ハリーは門の前に立つ美鈴と、その奥にそびえ立つ紅魔館を目にすると、一気に意識を覚醒させる。

 

「ありゃまあ」

 

 美鈴はそんな呆れ半分の声を出す。

 何故ハリーがここにいるのかというよりも、何故ここに人がいるのか不思議がっているような、そんな声だ。

 

「こんなところまでどうしたの? なんというか小汚いし……道に迷った? 知らないのなら教えてあげるけど、君って実は死喰い人に狙われてるんだよ?」

 

 ハリーはそんな能天気なことをいう美鈴に内心凄く驚いていた。

 会った瞬間殴られるか殺されると思っていたからだ。

 

「あ、あの、美鈴……さん。僕、実は……」

 

「まあまあ、あがりんしゃいあがりんしゃい。小汚いしマーリンの髭みたくなってるよ。はいはい1名様ごあんなーい!」

 

 美鈴は何かを喋ろうとするハリーの背中をバンバンと叩き黙らせるとハリーを腰に抱えて紅魔館へと運び入れる。

 ハリーはそんな美鈴の顔を困ったように見ていた。

 だが美鈴はハリーのそんな表情などお構いなしと言わんばかりにハリーを抱えながら館の中を歩いていく。

 そしてバスルームにハリーを放り込んだ。

 

「まずはしっかり体を洗ったほうがいいわ。そんな汚れと臭いじゃお嬢様には会わせられないし。浴槽にお湯を張っていいからゆっくり浸かりなさい。お風呂は命の洗濯よ」

 

 そう言って美鈴はバスルームの扉を閉めてしまう。

 ハリーは混乱したように立ち上がりバスルームを見回したが、やがて諦めたように服を脱ぎ体を洗った。

 この浴槽は特殊な魔法が掛けてあるようで、必要の部屋のようにハリーが必要だと思ったものが次々と出現した。

 石鹸が必要だと思ったら流しの上に現れ、剃刀が必要だと思ったら浴槽の縁に置かれている。

 ハリーは体を綺麗にすると、美鈴に言われた通りに浴槽にお湯を張り、その中に浸かった。

 体全体を温かなお湯が包み込む。

 ハリーは美鈴の言葉の意味を理解した。

 確かにこれはいい。

 全身がポカポカと温められ、非常に心地が良い。

 ここ2か月の間、心を締め付けていた何かが解れるような感覚がする。

 ハリーはここが吸血鬼の住まう館だということも忘れて10分ほどゆっくりと湯船に浸かる。

 そして不意に自分がどうしてここに来たのかを思い出し、急いで浴槽から出た。

 ハリーがバスルーム内を見回すと、都合よくふわふわとしたタオルが見つかる。

 それで体を拭き、何故か綺麗になっている服を着込む。

 ハリーは最後に眼鏡をかけ、鏡を見て自分の身だしなみをチェックした。

 そして不備がないことを確認するとバスルームの扉を開ける。

 そこには聖マンゴで見た赤い髪の少女が立っていた。

 その少女の頭と背中には蝙蝠のような羽が生えている。

 確か種族は悪魔だっただろうか。

 

「貴方は確か聖マンゴでお会いした……」

 

「小悪魔です。こっちの言葉に直すならリトルデビルってところですかね」

 

 ハリーに声を掛けられて小悪魔はにこりと微笑む。

 ハリーもその笑顔に釣られて軽く微笑んだ。

 

「小悪魔さん、実は——」

 

「食事の準備ができていますよ。さあ、こちらに」

 

 小悪魔はハリーの手を引いて歩き出す。

 それは美鈴ほど強引な方法ではなかったが、ハリーはその手を振りほどこうとは思えなかった。

 そのままハリーは客室へと通される。

 そこは広いとは言えない部屋だったが、ベッドがあり机があり棚がありと、生活に必要な家具が一通り揃っている部屋だった。

 その部屋の机の上には焼きたてのパンと温かなスープなどの簡単な料理が並んでいる。

 

「どうぞ召し上がりください。しばらく何も食べていないかのような顔をしていますよ」

 

 確かにハリーはこの3日間ロクに食事を取っていなかった。

 ハリーは勧められるままに机の上にある料理を口に運んでいく。

 そのどれもが今まで食べたことないぐらい美味しく、そして暖かかった。

 

「無茶をすると体に障ります。今日はもうすぐ朝ですので今日はもう寝て、明日ゆっくりお話しましょう」

 

 小悪魔が指を鳴らすと空になった皿がどこかへと消える。

 ハリーは小悪魔にベッドに誘導され、その上に寝かせられた。

 

「あの、僕——」

 

「大丈夫。だいじょうぶ」

 

 小悪魔は優しくハリーの頭を撫でると部屋を出ていく。

 ハリーはそんな小悪魔を呆然と見ていた。

 体も綺麗になりお腹も膨れると、ハリーはやっと冷静な思考を取り戻す。

 そしてよくわからない熱いものが、ハリーの両目から溢れ出た。

 それはここまでしてもらった感謝の涙なのか、それともこのような優しさに溢れる館から咲夜を奪ってしまったという自責の涙なのか。

 ハリーは心にあらゆる感情を抱きながら夢の中へと落ちていく。

 まるで睡眠を取ることが最後の仕上げだというように。

 

 

 

 

 

「何故ハリーがここに? それ以前になんで1人で出歩いているのよ」

 

 美鈴さんに抱えられて紅魔館に運び込まれていくハリーを見ながら咲夜がブスっと呟いた。

 クィレルもじっと机の上に映し出された光景を見ている。

 

「なんにしても、ハリーが何かの目的のためにここに来たのは事実よ。小悪魔、地下に結界は張り終わった?」

 

 パチュリー様が確認を取ると小悪魔が親指を立てる。

 そうか、ハリーには妹様の狂気は刺激が強すぎるのだ。

 紅魔館でパーティーを開くときのように、地下に一時的に結界を張り、狂気を漏らさないようにしたのだろう。

 美鈴さんとハリーを追うように机の上に映し出されている光景の視点が変わっていく。

 美鈴さんは薄汚れたハリーを来客用の小さなバスルームに押し込むと、こちらに視線を向けた。

 どうやら自分の行動が見られているという自覚があったらしい。

 私は一度時間を止めると、近くにいる者たちの時間停止を解いていく。

 そして最後に美鈴さんのところまで姿現しで飛んで、美鈴さんを連れて大図書館へと戻った。

 

「さて、ハリーの目的は何だと思う? 護衛も無しにここまで独りで来るなんて不自然よ」

 

 止まった時間の中で私たちは大図書館の机を囲んでいた。

 お嬢様は指で小さな丸を2つ作り目に当てる。

 どうやらハリーの真似らしい。

 

「咲夜、貴方ハリーにここの位置を教えたとか、そういったことはしていないのよね」

 

「当然です、お嬢様。紅い館であるという程度しか情報を与えておりません」

 

 私がそういうとお嬢様は考え込む。

 すると美鈴さんがポンと手を叩いた。

 

「そうか、謝罪に来たんだ」

 

「謝罪?」

 

 小悪魔が美鈴さんに聞き返すが、自分でも気が付いたように言葉を漏らした。

 

「ああ、なるほど。ハリーは咲夜が死んだのは自分のせいだと思っているわけですね。それでお嬢様に謝ろうとここまで来たと」

 

「「「なるほど~」」」

 

 私を含める全員がそれなりに納得した。

 そう、私自身死んでいないから感覚が薄いが、冷静に考えたら私はハリーのせいで死んだことになる。

 いや、死んでいないが。

 ハリーがあんな見え透いた罠に引っかからなかったら、私は死ななかったのだ。

 まあ、罠に掛かる様に仕込んだのは私だが。

 

「なるほど、謝罪することが目的なら結界を通り抜けられたのも納得できるわ」

 

 パチュリー様は自分の掛けた術に不備がないことを確認し、満足したように頷く。

 私はお嬢様の判断を仰いだ。

 

「……そうね。ハリーを正式な客人として迎え入れるわ。小悪魔はハリーと面識があったわね。ハリーが風呂から上がったら客室に案内しなさい。咲夜はハリーに見られないように客室と食事の準備、美鈴は外から不死鳥の騎士団や死喰い人が入ってこないか、警戒して。クィレルはそのうち魔法省に出社するから論外として、パチェはフランの管理を頼むわよ」

 

 お嬢様の指示で私たちはバタバタと動き出す。

 お嬢様は眠たそうに目をこするとお嬢様の自室のほうへと歩いていった。

 私は時間停止を解除すると厨房へと向かう。

 そこで簡単な料理を作り客室へと運び込んだ。

 それと同時に廊下から2つの足音が聞こえてくる。

 どうやら小悪魔がハリーを連れてきたらしい。

 私は一度時間を止めると大図書館へと姿をくらませる。

 机に映し出されている映像を見る限り、ハリーは私が作った料理を気に入ったようだった。

 

 

 

 

 

 ハリーは日が昇っている間ゆっくり眠り、日が沈むのと同時に目を覚ます。

 ハリー自身こんな時間に目覚めたのが初めてなのか、多少混乱していた。

 窓の外に見える夕焼けを朝焼けと勘違いし、段々と暗くなるのを見て時間が巻き戻っているのではないかと錯覚する。

 だがすぐに自分の見ているものが朝焼けではないと確認した。

 部屋に置かれた時計を確認すると、時刻は午後の8時前。

 ハリーは一瞬寝過ごしたと思ったが、すぐさまここが吸血鬼の館であることを思い出す。

 咲夜から聞いた話だが、確か夜型のお嬢様に合わせて昼夜逆転しているんだったか。

 だったらこの時間に起きるのが正しいはずだ。

 ハリーの考えは見事的中し、身支度を整えると同時に部屋の扉が叩かれた。

 

「ポッターさん。夕食の用意が出来ております」

 

「あ、はい」

 

 ハリーが生返事を返すと小悪魔がカートを引いて部屋の中に入ってきた。

 小悪魔はハリーを机へとつかせるとその前に食事を並べていく。

 夕食とは言っていたが、メニューは朝食のそれだった。

 

「随分と顔色が良くなりましたね。お風呂に食事に睡眠に。どれも健康的な生活を送る上では大切なことです」

 

 小悪魔は夕食を食べているハリーに話しかける。

 

「それで、本日はどのような御用で紅魔館にいらしたのでしょうか」

 

 ハリーはその言葉に体を震わせた。

 今の今までここに来た目的を忘れていたかのような反応だ。

 ハリーは静かにナイフとフォークを置くと小悪魔に向き直る。

 

「実は……話があって来たんです。レミリアさんに」

 

 ハリーは放浪中の3日間に何度も何度も繰り返し頭の中で考えていたことを口に出していく。

 

「そう言われると思っておりました。10時にここへお迎えに上がります。応接間へと案内しましょう。館の中は自由に歩き回っていいですが、大変複雑な造りになっていますので迷いたくなければここでじっとしているのが一番かと」

 

 小悪魔は手慣れた手つきで皿をカートに戻すと部屋を出ていく。

 ハリーは自分以外誰もいなくなった部屋の中をグルグルと歩きながら考えを巡らせていった。

 そしてしばらく歩き回ると、疲れたようにハリーはポスンとベッドに腰をおろす。

 この2か月ずっと同じことを考えてきたはずなのにハリーの頭の中は全く整理されておらず、壊れたプログラムのように同じことを何度も何度も考える。

 謝って許してもらえるのだろうか、謝ったら何かが変わるのだろうかと。

 だが、何もしなかったら何も変わらないことだけはハリーは確信していた。

 

 

 

 

 

「ポッターさん、お時間でございます」

 

 ドアを挟んで聞こえてくる小悪魔の声を聞いてハリーは我に返った。

 急いで身だしなみを整えドアを開ける。

 

「準備はよろしいでしょうか。ではご案内しますね」

 

 ハリーは小悪魔に続いて廊下を歩いていく。

 改めて歩いてみると紅魔館の構造はホグワーツとは比べ物にならない程複雑だ。

 1人で出歩いていたらハリーは一生元の場所に戻ってこられなかっただろう。

 小悪魔はそのまま10分程廊下を歩き、不意に立ち止まる。

 ハリーは目の前にある扉をまじまじと観察した。

 

「ここが応接間となっております」

 

 小悪魔がノックの後に扉を開ける。

 そこには去年見た姿から全く変わっていないレミリア・スカーレット嬢がソファーに座っていた。

 

「ポッターさんをお連れしました」

 

 小悪魔はレミリアに一礼するとハリーを応接間に残して何処かに消えてしまった。

 ハリーはレミリアのいる部屋に1人残されてどうしていいかわからないように部屋を見回してしまう。

 

「座りなさいな。立ち話もなんでしょう?」

 

 ハリーはレミリアに促されて向かい側のソファーに腰を下ろした。

 

「今日は何の用で私に会いに来たのかしら」

 

 レミリアが手を振るうと机の上に2人分の紅茶が現れる。

 レミリアはそれを手に取ると一口飲んだ。

 

「レミリアさん……実は、咲夜の件で——」

 

「十六夜咲夜、彼女は私の従者だわ。それで、彼女がどうかしたの?」

 

「……咲夜が死んだのは僕のせいなんです。僕が、魔法省に行くだなんて言わなかったら」

 

 ハリーは固く拳を握りしめる。

 レミリアはそんなハリーをまっすぐ見つめた。

 

「貴方のせいではないわ」

 

「ですが——」

 

「おこがましいとは思わないの? 人間の生き死にを人間が左右するなんて。咲夜はあそこで死ぬ運命だったのよ」

 

 レミリアはそう言ってティーカップの縁を指でなぞる。

 口ではそう言っているが、レミリアの目には哀愁が漂っていた。

 

「彼女はいい従者よ。仕事はできるし物分かりもいい。彼女を失ったのは紅魔館にとって一番の損失かもね」

 

「そんな、彼女を物みたいに——」

 

「道具よ。従者というものはね。咲夜は私の扱う道具。このティーカップと同じようなものね」

 

 レミリアはゆっくりとカップを机に戻す。

 ハリーはレミリアの言葉に納得がいっていなかった。

 人間であるハリーからしたら、レミリアの価値観は理解できないものなのかもしれない。

 

「ですが! ですが……、彼女は僕の友達です。ホグワーツの生徒です。1人の人間です……」

 

「そう、彼女は人間。だから死んだ。それは仕方のないことよ」

 

 仕方のないこと。

 ハリーはその物言いが癪に障ったのかソファーから立ち上がって叫んだ。

 

「レミリアさんは咲夜が死んで悲しくないんですか!? 僕は彼女の死を仕方のないことだと割り切ることはできません!! 彼女は僕のせいで……彼女は……」

 

 ハリーは最後まで言えずに俯いてしまう。

 無力な自分が悔しかった。

 自分の判断で人の生き死にが決まってしまうとは思ってもみなかった。

 突然ハリーはソファーの上に押し倒される。

 ハリーは一瞬殺されると感じたが、そうではないようだ。

 レミリアはハリーの頭を優しく抱いていた。

 

「この2か月余り、貴方はずっと咲夜のことを思い続けていたのね」

 

 レミリアはハリーの頭を優しく撫でる。

 1回撫でられるごとに、ハリーの高ぶった気持ちは消えていった。

 

「私も悲しいわ。家族のようなものですもの。悲しくないわけ……ないじゃない」

 

「レミリアさん、僕……あの……」

 

「大丈夫、全て私に任せればいい。貴方は何もしなくていい。力を抜いて、リラックスして、全てを私に委ねて……」

 

 ハリーの頭が徐々に思考能力を失っていく。

 それはまるで服従の呪いのように、愛の妙薬のようにハリーの体全体に浸透していく。

 全てを彼女に委ねてしまえばいい、全て彼女の言う通りにすればいい。

 ハリーの目に力がなくなった次の瞬間、レミリアがハリーの首筋に噛みつこうと口を大きく開けた。

 

「それぐらいにしといて欲しいかのう。レミリア嬢」

 

 突然部屋の扉が開け放たれ、ハリーは冷水を浴びせられたように意識を取り戻す。

 レミリアはせっかくのご馳走を邪魔されて、不機嫌そうに扉の方向に視線を向けた。

 

「美鈴、誰も館に入れるなと言ったはずよ」

 

 応接間の入り口にはダンブルドアが立っている。

 その足には美鈴がしがみついており、苦笑いを浮かべていた。

 

「いやぁ、お歳の割には力が強くて……殺してしまうわけにもいきませんし」

 

「レディをこんなところまで引きずってしまって悪かったのう。レミリア嬢、ハリーを迎えにきた」

 

 レミリアは未練がましくハリーの首筋に視線を向けるとゆっくりと立ち上がる。

 ハリーは何が起こったのかわからないというように2人の顔を交互に見ていた。

 

「それはそれはご苦労様。でも勝手に上がってきたのは感心しないわね。不法侵入って言葉を知ってる?」

 

「勿論知っておるとも。マグルの法律じゃろう? その件については謝ろうかの。さて、ハリー。この3日4日どこをほっつき歩いていると思ったら、こんなところにいたとは。皆心配しておる」

 

「ごめんなさい。でも、どうしても謝りたくて」

 

 ハリーはソファーから立ち上がりダンブルドアの方へと歩いていく。

 

「ではレミリア嬢、またいつかお会いしましょう」

 

 ダンブルドアはそのままハリーを連れて応接間から出ようと踵を返した。

 だがそれをレミリアが呼び止める。

 

「ダンブルドア、覚えているでしょうね」

 

 ハリーには何の話か全く分からなかったが、ダンブルドアにはその意味が通じたらしい。

 ダンブルドアは肩越しに振り返った。

 

「覚えておるとも。覚えているからこそ、わしはこうして事を急いでおる」

 

 今度こそダンブルドアはハリーを連れて応接間を出ていった。

 後にはレミリアと床にへばりついている美鈴だけが残される。

 レミリアはソファーに座りなおすと紅茶を飲み始めた。

 

「美鈴、いつまで這い蹲っているの? そんな大きくて重たいモップは要らないわ」

 

「いやはや、夏場って結構ひんやりして気持ちがいいんですよ? これが」

 

「だったら一生そこで這い蹲って——いや、やっぱ迷惑だからいいわ」

 

 美鈴は片手を地面につき逆立ちするようにして立ち上がる。

 そしてレミリアの反対側に腰かけ結局ハリーが口を付けなかったティーカップを手に取った。

 

「あれでよかったんですか? ハリーを送り出すならそれこそクィレルでも良かったと思うんですがね。私は」

 

 美鈴は一息でティーカップを空にする。

 

「いいのよ。ハリーはまだクィレルを信用していないと思うし。美鈴、パチェに結界を戻すようにいいなさい。あの2人が外に出たらね」

 

「え~、面倒くさーい」

 

「頭捩じ切るわよ」

 

 レミリアがひと睨みすると美鈴は体を震わせて応接間から逃げていった。

 

 

 

 

「咲夜」

 

 お嬢様に呼ばれたので私は応接間へと姿現しする。

 私は美鈴さんが飲んだティーカップを片付けるとお嬢様のティーカップに紅茶を注いだ。

 

「ダンブルドア先生を紅魔館に招き入れてよかったのですか? 結界まで緩めて……」

 

 そう、ダンブルドア先生は無理やり結界を抉じ開けて入ってきたわけではない。

 お嬢様がパチュリー様に頼んで結界を緩め、わざと招き入れたのだ。

 

「いいのよ。あれでね。私とクィレルの関係を知られても拙いし、無理やり入ってこられるとパチェが危ないわ。どこに繋がるかわかったものじゃない。だとしたら見られてもいい場所に誘い込むのが一番。ダンブルドア自身に自覚はなくともね」

 

 お嬢様は紅茶を一口飲んで話を続ける。

 

「それとこれはパチェと話し合って決めたことだけど、少し手を貸すことにしたわ」

 

「両陣営にということですか?」

 

「ええ、そうよ。もっとも、戦いが終結するまでの1年だけっていう条件付きだけど」

 

 お嬢様は飲み終わったティーカップをソーサーに被せ指で弾く。

 そして空中にティーカップを弾き中を覗いた。

 

「なるほどね。今晩ダンブルドアとパチェが接触するわ」

 

「それは色々と拙いのではないでしょうか……。パチュリー様は隠居中の身ですし」

 

 そう、パチュリー様は紅魔館に隠れ住んでいる。

 その力があまりにも強すぎるためだ。

 

「だから1年なのよ」

 

 1年、そう聞かされて私はあることを思い出す。

 お嬢様が戦争を起こし、そこで出る魔力と戦死者の命によって何かの儀式を行うことは知っているが、その儀式によって何をどうするつもりなのか私は知らないのだ。

 てっきり魔法界を征服するのが目的かと思っていたが、クィレルが魔法大臣になった今、それも違うとわかった。

 

「お嬢様、儀式の後には何が起こるのでしょうか」

 

 確認しなくてはいけないだろう。

 お嬢様の意思を、目的を。

 お嬢様はティーカップをソーサーに戻すと私へと向き直る。

 

「戦争よ。侵略、破壊、殺戮」

 

 戦争の果てには戦争が待っている。

 お嬢様は楽しそうにそう語った。


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