私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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同期とか、目的とか、思い出とか

「ハリー、誰にも目的地を告げずにふらふらと出歩くのは、あまり良いことではない。今回のように都合よく誰かが君を保護してくれるわけじゃないのじゃ」

 

 ダンブルドアは館の門から歩いて出るとしばらくハリーと共に道を歩く。

 ハリーは何が起こったのかわからないといったような顔でダンブルドアの後ろをぴったりとついて歩いていた。

 

「すみません、先生。堪えきれなくて。どうしても何か行動しないと気が済まなかったんです」

 

「大事がなくてよかった。さて、そろそろ良いかのう」

 

 ダンブルドアは紅魔館が見えなくなるとハリーに右手を差し出す。

 

「少し野暮用に付き合ってくれんか。ホラスの時のようにの」

 

 その言葉を聞いてハリーは今から姿現しをするのだと察する。

 この夏、ハリーは一度このようにダンブルドアの用事に付き合ったことを思い出した。

 その用事というのはホラス・スラグホーンという魔法使いから記憶をもらうというものだ。

 何故ダンブルドアがその用事にハリーを連れて行ったのかはわからなかったが、スラグホーンはハリーの顔を見て、その言葉を聞いてダンブルドアに協力することを決心したらしい。

 嘘の記憶を渡して悪かったとダンブルドアに一言謝り、スラグホーンは記憶を小瓶に入れて差し出したのだった。

 ハリーがダンブルドアの右手に掴まると、2人はそのまま目的地へと姿をくらませる。

 ゴム管を無理やり通るような感覚に襲われてハリーはよろけてしまうが、何とか体勢を立て直した。

 そこは暗い空間だった。

 どこか建物の中なのか、地下なのか。

 そもそもこの世なのかどうかもわからない。

 

「ハリー、杖を構えておくのじゃ。ここへ来るルートを確立するのはそれはそれは大変な作業じゃった。半年以上もあてもなく彷徨ってのう」

 

 ハリーにはダンブルドアの言葉の意味がよくわからなかったが、ここがダンブルドアでも来ることが難しい空間だということは理解する。

 ダンブルドアが杖に光を灯すと、ハリーはようやくここが何処なのかを確認することができた。

 多くのフラスコやビーカーがひとりでに煮え立ち、薬を調合していっている。

 いくつもの試験管が勝手に棚から飛び出し、グツグツと煮え立つ大鍋へと中身を落としていた。

 

「スネイプの実験室?」

 

 ハリーはぱっと思いついたことを述べる。

 ダンブルドアは静かに首を振った。

 

「ここにくる予定がなかったら、ホラスの件はもっとゆっくりでもよかったのじゃ」

 

 ダンブルドアは研究室のような空間を縫うように歩いていく。

 ハリーは絶対に逸れまいと必死にダンブルドアの後を追った。

 

「何をしに行くんですか?」

 

「おお、そうじゃ。まだ話していなかったのう。アンブリッジがいなくなった今、またしても先生が1人足りんのじゃ。ここに来たのは、わしの古い同期を隠居から引っ張り出し、ホグワーツで働いてもらえるように説得するためじゃよ」

 

 ダンブルドアは薬の材料が入った戸棚を曲がり、更に歩いていく。

 ハリーはその中に置かれた石に見覚えがあった。

 

「先生、この石って……賢者の石ではないですか?」

 

「ああ、そうじゃ」

 

 ハリーは何かを確信したようにダンブルドアに問う。

 

「それじゃあ今から会いに行く人物というのは、ニコラス・フラメル?」

 

 ダンブルドアはハリーの言葉を聞いて立ち止まる。

 そしてハリーの方へと振り返った。

 

「ハリー、ニコラスは確かにわしの友じゃが、同期ではない。ニコラスはわしよりも500歳以上年上じゃよ」

 

「では、何故ここに賢者の石が……」

 

 ダンブルドアは棚から賢者の石を取り出す。

 その石は確かにハリーが1年生の時に見た賢者の石にそっくりだった。

 

「彼女にとってこれはそう価値のあるものではないらしいの。少なくともこのような空間に放置できるぐらいには」

 

 ダンブルドアはハリーに石を見せるともとあった場所に石を戻し、再び歩き始める。

 ハリーもその後を追った。

 

「ハリー、今から会う魔女はわしと同じ年にホグワーツに入学した魔女じゃ。名をパチュリー・ノーレッジという。聞いたことはあるかの?」

 

「いいえ」

 

「それはそうじゃ。彼女はホグワーツ卒業と同時に姿をくらませた。そこからは誰も消息を掴めておらんかったのじゃから……ここじゃよ」

 

 ダンブルドアが急に立ち止まったのでハリーはその背中にぶつかってしまった。

 2人の前には木製の扉がある。

 どうやらこの先にパチュリー・ノーレッジはいるらしい。

 

「ハリー、彼女に会う前に1つ忠告しておこう。彼女は魔女じゃ」

 

「知ってます。僕も先生も魔法使いです」

 

 ハリーは不思議そうな顔をしてそう答えたが、ダンブルドア先生は静かに首を振る。

 

「そうではない。マグルが想像するような、魔としての魔女という意味じゃよ。我々のような魔法を扱う人間ではない。魔女という種族と言ってしまっても過言ではないかもしれん。彼女には決して心を許さぬよう、用心するのじゃ」

 

 ダンブルドアはハリーの顔をじっと見る。

 いつになく真剣なダンブルドアの表情を見て、ハリーは無言で頷いた。

 

「では、参ろう」

 

 ダンブルドアが木製の扉を丁寧に4回ノックする。

 するとひとりでに扉が開いた。

 

「あら、老けたわね。ダンブルドア」

 

 ハリーはダンブルドアと共に中へと入る。

 そこには薄紫のローブを着た少女が机の上に紅茶を用意していた。

 ティーカップの数は3つ。

 ハリーたちが来ることを前から知っていたかのような表情だ。

 ダンブルドアはパチュリーを見て数秒呆然としていたが、すぐに我に返ってテーブルにつく。

 ハリーもそれに倣い椅子に座った。

 ハリーは改めてパチュリーの容姿を観察する。

 肌は白く透き通るようで、髪も目も服も紫で統一されている。

 そして、自分よりも年下のように見えるのに、印象ではダンブルドアよりも年を取って見えた。

 ダンブルドアはパチュリーが自分と同じ歳だと言っていたが、にわかには信じられない。

 まるで時間を止めてしまったかのように、目の前にいる少女は若かった。

 

「そういう君はホグワーツにいた頃と何も変わらんの。こうやって引き篭る癖も」

 

「引き篭もっているわけではないわ。ただやりたいことが少しインドアなだけよ」

 

 パチュリーはそう言って紅茶を一口飲んだ。

 ダンブルドアは警戒するようにティーカップには触れない。

 

「毒なんて入ってないわ。何せ数十年ぶりの来客ですもの」

 

「わざわざ会いに来たのは話があるからじゃ。パチュリー」

 

「そうなの? 数十年分の積もる話があると思ったんだけど、まあいいわね。で、用件は何?」

 

 ハリーはどうしていいかわからずじっと2人の会話を聞いていた。

 ダンブルドアはゆっくりと話し始める。

 

「実はホグワーツの教員を1人探しておるのじゃ。是非とも、君をホグワーツに招きたいと思っておる」

 

「いいわよ」

 

 パチュリーは2つ返事でそれを了承した。

 ハリーはそのあっけなさに少々目を丸くする。

 だが、ダンブルドアはそう答えるとわかっていたかのように平静そのものだった。

 

「君がそう答えるということは確信しておった。本当に、君は昔から変わらんの」

 

 ダンブルドアはホッとしたように微笑むと、1枚の羊皮紙を懐から取り出した。

 パチュリーはそれを受け取ると軽く目を通す。

 

「ただし、1つだけ条件がある。私が指導するのは生徒であって、貴方ではないわ。そこのところをよく理解して頂戴ね。カエルチョコレート1つ分ぐらいの働きは約束するけど」

 

「勿論じゃとも」

 

 ダンブルドアが返事をするとパチュリーは手を叩く。

 次の瞬間ダンブルドアとハリーはブラック邸の前に立っていた。

 姿現しをした感覚などはなく、まるで1時間前からその場に立っていたかのように体に違和感がない。

 

「ダンブルドア先生、今のは……」

 

「彼女の術は謎に満ちておる。わしらが先ほど見た彼女が本物だったのか偽物だったのかも、わしには到底判断のつかんことじゃ」

 

 ダンブルドアは一度ハリーの方を向く。

 

「話は変わるが。今年度、きみにわしの個人授業を受けてほしいと思っとる」

 

「個人、というとダンブルドア先生とですか?」

 

 ハリーは驚いた表情でダンブルドアに問い返す。

 ダンブルドアはそれを肯定した。

 

「そうじゃ。君の教育に、わしがより大きく関わるときが来たと思う」

 

「先生、何を教えてくださるのですか?」

 

「なに、あっちをちょこちょこ。こっちをちょこちょこじゃ。ほれ、皆が中で待っておる」

 

 ハリーはダンブルドアに促されてブラック邸の中へと入る。

 まるでここ数日間夢でも見ていたかのような感覚をハリーは覚えた。

 それほどまでに現実感のない数日間だったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

「まあそういうことよ。騎士団側への干渉は私が引き継ぐわ」

 

 パチュリー様は大図書館のいつもの場所で事の経緯を話してくれる。

 

「でも良かったのですか? 教師ということは多くの生徒の目につくところに行くということですよね」

 

 私がそう確認するとパチュリー様はじとっとした目でこちらを見た。

 

「私は別に人との関係を断ち切りたいだけじゃないわ。誰かの都合のいいように使われるのが嫌なだけ。それに、向こうへ行く前に母校に一度帰るというのはいいことだと思うしね」

 

「向こうへ行く……といいますと?」

 

 私がそういうとパチュリー様は驚いたように目を見開いた。

 

「もしかして貴方レミィから何も聞いていないの? ……なるほど、情報が外部に漏れないようにするためね」

 

 パチュリー様が手を振るうと球体が机の上に出現した。

 その球体は徐々に色を持ち始め、地球儀のように世界中の島々を映し出す。

 

「これが私たちの住んでいる星、地球よ。紅魔館の位置はここ。ホグワーツはここね」

 

 パチュリー様は地球儀をくるりと回すと、イギリスを拡大し場所を指し示した。

 するとその部分がどんどん拡大され、紅魔館とホグワーツが映し出される。

 紅魔館の門前に美鈴さんが立っているのを見る限り、どうやらこの映像はリアルタイムのものらしい。

 

「私たちはね、ある場所への移住を考えているのよ。それはここ、日本にあるわ」

 

「移住……ですか?」

 

「そう、移住。レミィに言わせたら侵略かもね。その場所は私の術を用いても表示することができないほどの秘境。巧妙に隠されているせいで位置を特定するのに凄い時間が掛かったわ」

 

「移住するだけなら普通に移動すればいいのではないでしょうか。それこそ姿現しとかを用いて」

 

 その方が早く、そして簡単だ。

 私がそう提案すると、パチュリー様はやれやれと首を振る。

 

「厳重な結界に守られているのよ。その場所は。悔しいことにその結界を無理やり抜けるには相当な力が必要よ。それこそ伝説になるほどの戦いや、犠牲の上に魔法陣を描いて術を発動させないといけない程に」

 

「お嬢様はその場所へと移り住もうとしている……妹様の為?」

 

「はい。大正解」

 

 パチュリー様は抑揚をつけずにそう言った。

 

「レミィは探し続けているわ。自分と妹が何の心配もせずに暮らし続けられる安息の地を。時代の波に飲まれない凍結させた世界を。本当に、妹思いの姉よ、あれは」

 

 確かにこの世界では妹様は外に出ることができない。

 この魔法界では吸血鬼は亜人として捉えられている。

 お嬢様のように権力を持っていれば別だが、通常吸血鬼というものは忌み嫌われるものなのだ。

 人間が中心の世界に、なじむことはできない。

 

「お嬢様は安息の地を探している……」

 

「否、もう見つけたわ。後は移り住むだけ」

 

「そのためには魔法界で戦争が起こらないといけない」

 

「そう、そして多数の死者が必要。わかったかしら。これが貴方の主人がやろうとしていることよ」

 

 私は頭の中で今パチュリー様から教わったことを整理する。

 

「——素晴らしいですわ」

 

 そして一言そう呟いた。

 

 

 

 

 

 9月1日、早朝。

 私は紅魔館の玄関ホールでパチュリー様の見送りをしていた。

 パチュリー様はいつもと全く変わらない服装で、手荷物も何も持ってはいない。

 彼女の場合、必要な物は全て転移魔法で呼び出せばいいと考えているのだろう。

 実際その方が便利で、何より確実だ。

 

「何かあったら呼んで頂戴。すぐ帰ってくるから」

 

 パチュリー様は私の横にいるお嬢様に声を掛ける。

 お嬢様は目を眠たそうに擦りながらもふらふらと手を振った。

 

「いってらっしゃい、パチェ。先生としての生活を楽しんできてね」

 

 お嬢様は大きく欠伸をすると、一足先に自室へとお戻りになった。

 

「なんというか、生活習慣だけは見た目通りよね、レミィって。小悪魔、図書館の管理を任せるわ。咲夜、ちゃんとレミィの面倒を見るのよ」

 

「「心得ております」」

 

 私たちがそう答えるとパチュリー様の姿が消える。

 まるで初めからそこにいなかったかのように姿が霧散した。

 

「小悪魔、今の術なんだと思う?」

 

 私はその不思議な術を知っているかと小悪魔に問う。

 

「いや、なんというか次元が違いますよね。姿現しとはまた全然違う種類の術みたいですし」

 

 小悪魔もパチュリー様の不思議な術に感心したように頷いていた。

 

「これでどちらの陣営もそれなりに力を得たことになるのでしょうか。死喰い人は魔法省を。不死鳥の騎士団は先生を」

 

「そうね、力を得たと『錯覚』するでしょうね。それがまやかしの物だとも知らずに」

 

 小悪魔と私は顔を見合わせて笑う。

 その2つの力を握っているのは実質的にはお嬢様なのだ。

 この借り物の力がどのように情勢を動かしていくのか、非常に気になるところである。

 

 

 

 

 

 9月1日、9と4分の3番線。

 パチュリー・ノーレッジはホグワーツの生徒に交じって駅のホームに立っていた。

 もっとも、パチュリー自身自分の好きなところへ姿現しすることができるので、列車で移動する必要などない。

 だが、この機会を逃すともう二度とこの列車に乗る機会はないだろうとパチュリーは考えていた。

 パチュリーは生徒に交じって列車に乗り込み、空いているコンパートメントの1つに座る。

 そしてぼんやりと窓から駅のホームを眺めた。

 パチュリーはふと思い出す。

 確か一番初めにダンブルドアと会ったのはホグワーツ特急の中だったと。

 突如コンパートメントのドアが開きダーク・ブロンドの少女が男の子を引きずりながら入ってくる。

 パチュリーは入ってきた2人とは面識がなかったが、その後ろにいるもう1人とは会ったことがあった。

 そう、コンパートメントに入ってきたのはルーナ、ネビル、ハリーの3人だ。

 

「ここ空いてる?」

 

「見たままよ」

 

 ルーナの問いにパチュリーはそっけなく答える。

 それを了承だと受け取ったのか、ルーナはパチュリーの横に遠慮なく座った。

 ネビルはそろそろとパチュリーとは一番離れた座席に座り、ハリーはネビルの向かい側に座る。

 ハリーはここにいてもよいものか、少し迷っているような顔をしていた。

 

「貴方見ない顔だね。寮は何処?」

 

 ルーナはパチュリーのことを生徒だと思っているようだ。

 ハリーがその間違いを訂正しようと口を開きかけるが、その前にパチュリーが答える。

 

「レイブンクローの生徒だったわ」

 

「レイブンクロー? 私と同じだ」

 

 ルーナはレイブンクローの寮にこのような生徒がいたかと、首をかしげている。

 

「でも見たことないわ」

 

「そうでしょうね。ホグワーツは100年ほど昔に卒業したし」

 

 ハリーはついに耐え切れなくなったのか、ルーナに説明を始めた。

 

「ルーナ、この人は新しいホグワーツの先生なんだ」

 

 その言葉を聞いてルーナとネビルは目を丸くする。

 

「ハリー、それ、ほんとかい? だって、この人どう見ても僕より年下にしか……」

 

 ネビルが恐る恐るハリーに聞く。

 ハリーはこれ以上何かを喋っていいかわからない様子だった。

 

「なるほど、貴方はネビル・ロングボトムね。ネビル、目の前に見ているものが全て現実だと思わないほうがいいわ。固定概念は思考を固くしてしまう。柔軟な発想こそこれから受けるイモリレベルでの授業には必要になってくるわよ。それと……私はダンブルドアと同い年よ」

 

 ネビルは横で口をパクパクさせていた。

 それはそうだろう。

 目の前にいる少女が自分の祖母よりも年上だと言われたら、誰でもそうなるというものだ。

 

「私のことは気にしないでいいわ。1か月ぶりに会って積もる話もあるでしょう?」

 

 そう言うとパチュリーは何もない虚空から1冊の本を取り出し読み始める。

 ハリーは少し気まずそうな顔をしたが、やがて3人で話を始めた。

 

「魔法省での僕たちのちょっとした冒険が日刊予言者新聞に書きまくられていたよ。君たちも見ただろう?」

 

「うん、あんなに書き立てられて、ばあちゃんが怒るだろうと思ったんだ。ところがばあちゃんったらとっても喜んでた。魔法省で僕の杖が折れちゃったでしょ? ばあちゃんが新しい杖を買ってくれたんだ。見て!」

 

 ネビルは嬉しそうに杖を取り出しハリーに見せる。

 

「桜とユニコーンの毛。オリバンダーが売った最後の1本だと思う。その次の日にいなくなっちゃったんだもの」

 

 ハリーが苦笑いで返すとネビルはいそいそと新しい杖をしまう。

 次に口を開いたのはルーナだ。

 

「ハリー、今年もまだDAの会合はするの?」

 

「考えてはいたんだけど、アンブリッジを追い出した今、もうDAの会合をする意味もないだろう?」

 

 ハリーはちらりとパチュリーを見ながらそう答える。

 闇の魔術に対する防衛術の先生の前でDAの話をするのは拙いと思ったのだろう。

 もっとも、パチュリーが防衛術の先生だとハリーが勝手に思い込んでいるだけであるが。

 ハリーの言葉にネビルは分かりやすく失望したような顔をした。

 

「そんな!? 僕、DAが好きだった。咲夜からも沢山習ったし……」

 

 咲夜の名前が出てコンパートメントの中の空気が一気に重たくなる。

 だが、気を落としているのはハリーとネビルだけだったようだ。

 

「私、DAの会合が楽しかったよ。咲夜も好きだった。まるで友達ができたみたいで」

 

 ルーナはけろりとした表情で答えた。

 その言葉にハリーとネビルはぎくりとする。

 そう、ハリーもネビルも、過去に苛められた経験があるのだ。

 ハリーが何かを言いかけた瞬間に、コンパートメントの扉が開く。

 そこには黒髪で大胆そうな顔だちの女の子が立っていた。

 

「こんにちは、ハリー。わたし、ロミルダ。ロミルダ・ベインよ」

 

 ロミルダは大きな声で自信たっぷりに続ける。

 

「私たちのコンパートメントに来ない? この人たちと一緒にいる必要はないわ」

 

 ロミルダはパチュリーとネビルとルーナを指さしながら、聞こえよがしの囁き声でハリーに言う。

 ネビルはその言葉に小さく縮こまったが、ルーナとパチュリーは全く気にしていないようだった。

 

「この人たちは僕の友達だ。……1人は違うけど」

 

「あら、酷いわ」

 

 ハリーの言葉にパチュリーが無表情で返事をする。

 ロミルダはその様子に少し驚いたような顔をしてコンパートメントのドアを閉めた。

 

「みんなハリーに私たちよりもかっこいい友達を期待するんだ。咲夜がここにいたら良かったのかな?」

 

 ルーナはまたしてもハリーとネビルが面食らうような発言をする。

 

「君たちはかっこいいよ。少なくとも、あの子たちは魔法省にいなかった。誰も僕と一緒に戦わなかった」

 

 ハリーの言葉にネビルは自信を取り戻したように笑顔になる。

 ルーナもにっこり微笑んだ。

 

「だけど、あの人に人質に取られたとき、立ち向かったのは君とシリウスだけだ」

 

 ネビルはその時の情景を思い出したのか、ブルリと一度身を震わせる。

 

「君は僕たちを守る様にあの人の前に立ちはだかった。魔法省の役人でさえ怯えて動けないような状況で、君と、シリウスさんだけがあの人に反抗したんだ。ばあちゃんが君のことをなんて言っているか、聞かせたいな。『あのハリー・ポッターは魔法省全部を束にしたよりも根性があります!』だってさ。ばあちゃんは君を孫に持てたら、ほかには何もいらないだろうね」

 

 ハリーは気まずそうに笑う。

 そして急いで話題を変えてふくろう試験の結果を話しはじめた。

 パチュリーは気が付かれないようにネビルの顔を見る。

 ネビル・ロングボトムはトレローニーが予言したヴォルデモートの敵となりうる子供の1人だ。

 ヴォルデモートがハリーではなくネビルに印を刻んでいたら、ネビルが選ばれしものだったのだろうかと。

 そして偶然、ハリーもネビルを見て同じことを考えていた。

 もしヴォルデモートがネビルを予言の子だと判断したらどうなっていたのだろうと。

 

「ハリー、大丈夫? なんだか変だよ?」

 

 ネビルが心配そうにハリーの顔を覗き込む。

 ハリーはその瞬間ハッと我に返って言葉を取り繕おうとした。

 

「ごめん、僕——」

 

「ラックスパートにやられた?」

 

 ルーナが気の毒そうにハリーを覗き見た。

 

「僕——えっ?」

 

「ラックスパート……目には見えないんだ。耳にふわふわ入っていって、頭をボーっとさせるやつ。この辺を1匹飛んでいるような気がしたんだ」

 

 ルーナは蚊でも叩くかのように両手でバシッ、バシッと空中を叩く。

 ハリーはまたルーナの不思議な性格が出てきたと思ったが、思わぬ人物が動いたのでギョッとしてしまった。

 本を読んでいたパチュリーが物凄い速度で右手を宙に突き出し、何かを捕まえる動作をしたのだ。

 パチュリーは右手を握りながら一言二言ボソボソを呟く。

 そして手を開くと手の平の上にタンポポの綿毛のようなものが現れた。

 

「ラックスパートというのは小さな虫よ。デミガイズの毛をこのように身に纏うことによって姿を消し、風に乗って移動していく。頭の中に入るかどうかは分からないけど、確かにこのコンパートメントの中にいたわね」

 

 パチュリーは透明ではなくなったラックスパートをコンパートメントに放す。

 ルーナは得意げな顔をしながらハリーの顔を見た。

 

「ほら、いるじゃない」

 

「まさか本当にいるなんて……しわしわ角スノーカックが見つかるのも時間の問題かも」

 

 ネビルはふわふわと漂うラックスパートを指でツンツンと触る。

 ハリーも、もう少しルーナの話を真剣に聞こうと心に誓った。

 しばらく経つとロンとハーマイオニーが疲れ顔でコンパートメントの中に入ってくる。

 そういえばあと2人増える予定だとパチュリーに伝えていなかったと、ハリーは少しばつの悪い顔をした。

 

「ランチのカート、早く来てくれないかなぁ。腹ペコだ」

 

 ロンはハリーの横にドサリと座る。

 ハーマイオニーはいち早くパチュリーの存在に気が付いたのか、座席に座りながらハリーに聞いた。

 

「こちらの方は?」

 

「パチュリー・ノーレッジ先生」

 

 ハリーは何気なしに答えたが、その名前を聞いてハーマイオニーが凄い速度で立ち上がる。

 そして唖然とするように両手で口を覆った。

 

「パチュリー・ノーレッジ先生ですって!?」

 

 コンパートメントの中にいたパチュリーを除く全員がハーマイオニーの大声に何事かと視線を向ける。

 ハーマイオニーはそんな視線を気にせずに深々とパチュリーに礼をした。

 

「は、初めまして! ハーマイオニー・グレンジャーと言います。先生にお会いできるなんて……ああどうしよう!」

 

 ハーマイオニーは興奮したような顔でそわそわと座席に座りなおす。

 パチュリーは持っている本を何処かに消失させた。

 

「先生? 冗談だろ? だってどう見ても僕より年下じゃないか!」

 

 ロンがパチュリーを見ながら言う。

 

「それに、少なくとも僕は一度も名前を聞いたことがないよ」

 

 ロンのそんな言葉を聞いてハーマイオニーは何と失礼なといったような顔をする。

 

「貴方本読まないの? ……読まないわね。ホグワーツの図書室にノーレッジ先生が書いた本がいくつかあるわ。私、先生の大ファンなんです。著書は全部読みました!」

 

 ハーマイオニーは興奮したような顔をパチュリーに向ける。

 

「ホグワーツの図書館に私の本が残っていたのね」

 

 パチュリーはつまらなさそうに続けた。

 

「あれは私が学生時代に悪戯で図書室に仕込んだものよ。一般向けの内容でね。卒業してからは本を出したことがなかったし」

 

 パチュリーは何処からともなく1冊の本を取り出す。

 その本を見てハーマイオニーが息を飲んだ。

 

「『変身術とその危険性』、これは4年生の時に書いたものだったかしら」

 

 パチュリーはその本を閉まっている窓の方へと投げる。

 本はぶつかることなく窓ガラスをすり抜けると虚空へと消えていった。

 

「貴方、私の著書に興味があるの?」

 

 パチュリーは死んだ魚のような目でハーマイオニーの顔を見る。

 ハーマイオニーは今まで読んだパチュリーの本が学生時代に書かれたものだと知り少しショックを受けていた。

 この場合のショックは失望したという意味とは正反対のものだが。

 

「は、はい。先生の授業をイモリレベルで受けれるなんて……感激です!」

 

 ハーマイオニーは手でも叩かんばかりに喜んでいたが、ロンはまだ不審そうな顔でパチュリーを見ている。

 

「ロックハートと同系列じゃなかったらいいけど」

 

 ロンのそんな呟きにハーマイオニーは烈火の如く怒った。

 

「ロン! 失礼にも程があるわ! 20世紀の偉大な魔法使いを読んでないの? パチュリー・ノーレッジ、生きる伝説、動かない大図書館! あのダンブルドアでも敵わないと言わしめた大賢者よ!?」

 

 ダンブルドアでも敵わないという言葉にその場にいるほぼ全員が目を丸くする。

 パチュリーだけがすまし顔でじっとロンの顔を見ていた。

 

「ロナルド・ビリウス・ウィーズリー。1980年にウィーズリー家の6男として誕生。趣味はクィディッチとチェス」

 

 そして何かを透視するようにパチュリーはスラスラとロンの情報を口にする。

 

「私のことを知らないのは無理ないわ。ホグワーツを卒業したあとは研究漬けだったもの。まあ、動かない大図書館っていうのは面白い表現だけど」

 

 ロンは顔を真っ青にしてハリーの方を見る。

 まさに、何者なのこの人と言った表情だ。

 

「魔女よ」

 

 ロンの心を見通すようにパチュリーが短く答える。

 早くもロンは少しパチュリーのことが苦手になっていた。

 その後もハリーたちは話を続け、たまにその話題にパチュリーが参加するということが繰り返された。

 だがやはり話題に上がるのは魔法省での戦いや、咲夜のことだ。

 そしてついに新しく就任した魔法大臣の話になった。

 

「魔法省と言ったらさ、魔法大臣が新しくなったよね。クィレルってどんな人?」

 

 ルーナがザ・クィブラーを読みながら何気なしに答える。

 それを聞いてハリーたちは難しい顔をした。

 

「正直言ってわからない。あいつは確かにヴォルデモートの手先だった。だけど操られていなかったという証拠もない」

 

 ハリーは神妙な顔をして答える。

 クィレルはほかの死喰い人とは成り立ちが違う。

 アルバニアでヴォルデモートに寄生される前までは、マグル学の教授だったのだ。

 マグル学は死喰い人の思想とは正反対に位置する学問だ。

 もしクィレルが闇の魔法使いと同じ思想の持ち主だったらそのような学問の教授になどならなかっただろう。

 

「それに、クィレルは魔法省の戦いの時にはいなかった。インタビューによればその頃には既に服従の呪文が解けていたと答えているし」

 

「どちらにしても、打ち出している政策は素晴らしいわ。ファッジがいかに屑だったかよくわかるもの。全家庭への安全対策マニュアルの配布や闇祓い局の強化。死喰い人だって毎週のように捕まっているし」

 

 ハーマイオニーも真剣な顔をしてそういった。

 ロンは納得できないのか、しかめっ面で俯いている。

 

「ノーレッジ先生はどう思いますか? 新しい魔法大臣について」

 

 ネビルは恐る恐るパチュリーに聞いた。

 パチュリーは読んでいた本から少し視線を上げて答える。

 

「そうね、ファッジやスクリムジョールよりかは適任ね。能力もあるみたいだし、馬鹿ではない」

 

「そうよね! それにハリー、この記事を見て。クィレルは何人もの開心術士の前で証言したのよ。それにその時真実薬も飲んだみたいだし。ハリーは真実薬の力をよく知っているでしょう?」

 

 ハーマイオニーにそう言われてハリーは思い出す。

 4年生の時ムーディに扮していたバーティ・クラウチ・ジュニアはたった3滴の真実薬で例のあの人の計画を洗いざらい吐いたのだ。

 そしてハーマイオニーの言う通り、クィレルが就任してから魔法界は安定した。

 ファッジがあまりにも無能だったせいもあるが、クィレルの政治は物凄くまともに見えるのだ。

 

「僕としてはあまり僕を持ち上げすぎないことだけは好印象だな。少なくともクィレルが就任してから、僕が選ばれし者と新聞で書き立てられることはなくなった」

 

 気が楽だよ、とハリーは苦笑いする。

 反応を見れば一目瞭然だが、ハーマイオニーはクィレルのことを信用しているようだ。

 ネビルもクィレルにあまり悪い印象を抱いていないためか、ハーマイオニーの話に同意している。

 

「ダンブルドアはどうなんだ? ハリー、ダンブルドアから何か話を聞いていないか?」

 

 ロンがむっとした顔でハリーに聞いた。

 

「……ダンブルドアとはその話をしなかった。多分自分で判断しろということだと思う。……みんな、クィレルを信用してはいけない。クィレルが本当にヴォルデモートの手先ではないと決まったわけじゃないんだ。捕まえている死喰い人だって本当はアズカバンに送ってないのかもしれない。疑心暗鬼になれと言っているわけじゃない。用心しろと言ってるんだ」

 

 その言葉に皆感心したように頷く。

 その判断力の高さは様々な修羅場を抜けてきただけはあるようだ。

 パチュリーはその話を聞きながら上手くことが進んでいることを再確認する。

 クィレルが魔法省に信用されるまでは様々なことに手を貸したものだ。

 真実薬の解毒剤や開心術の影響を受けにくくする魔法具などだろうか。

 そういった道具の能力もあってだが、クィレルはあれよあれよという間に魔法省のトップへと躍り出た。

 もっとも、このご時世だ。

 誰も魔法大臣などという職務には就きたがらない。

 だからこそ簡単に上にいくことができたとも言えるだろう。

 パチュリーはハリーたちの話を聞きながら本を読む。

 もうすぐこの列車はホグワーツに到着するだろう。

 

 

 

 

 

 新入生の歓迎会はいつものように行われた。

 相変わらず組み分け帽子の歌は警告を含むものだったが、不思議とハリーの心に焦りはない。

 去年と比べるといくらか状況がマシだからだろう。

 ハリーは宴会のご馳走を食べながら教職員テーブルを見る。

 驚くことに占い学のトレローニーが大広間に来ていた。

 普段トレローニー先生は北塔にある自分の部屋を滅多に離れない。

 ハリーは一瞬何故トレローニーが宴会に来ているかわからなかったが、先生の視線の先を辿ると自然とその理由が理解できた。

 トレローニーはまるで水晶玉でも覗き込むかのようにパチュリーを見ている。

 パチュリーはそのような視線に気が付いているのかいないのか、平然と夕食を取っていた。

 そして耳を澄ませば聞こえてくることだが、どの机でもひそひそと彼女のことが囁かれている。

 何故あのような少女が教職員テーブルに座っているのかと。

 誰かほかの先生の子供なのか、それとも彼女自身が先生なのかと。

 デザートも終わるとテーブルに置かれた金色の皿の上が綺麗になる。

 それと同時にダンブルドアが立ち上がった。

 

「みなさん、素晴らしい夜じゃ!」

 

 その大声と同時に大広間がシンと静まり返った。

 

「新入生の諸君、歓迎いたしますぞ。そして上級生にはお帰りなさいじゃ。今年もまた、魔法教育がびっしりと待ち受けておる。まず初めに禁じられた森には生徒立ち入り禁止じゃ。そしてホグズミード村には3年生から行くことが許可される。それと、管理人のフィルチさんから皆に伝えるようにと言われたのじゃが、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズとかいう店で購入した悪戯用具は全て校内持ち込み禁止じゃ」

 

 ダンブルドアはそこでニヤッと笑う。

 このような規則を生真面目に守る生徒など、ホグワーツにはいないと考えているのだろう。

 

「各寮のクィディッチチームに入団したいものは寮監に名前を提出すること。今年度は試合の解説も同時に募集しておるので、興味のあるものは同じく応募するとよい」

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切った。

 生徒たちはついに教職員テーブルにいる少女の正体がわかるのかと耳をそばだてる。

 

「今年度は新しい先生をお迎えしておる。ノーレッジ先生じゃ」

 

 名前を呼ばれてパチュリーはゆっくりと立ち上がった。

 紹介を受けて初めてパチュリーの存在を認識した生徒は、どう見ても自分たちとあまり歳の変わらなさそうな少女に目をぱちくりさせる。

 

「ノーレッジ先生は、かつてわしと共にホグワーツで学んでいた同期の方じゃ。魔法薬学の教師としてこのホグワーツで教鞭をとってもらうことになっておる」

 

「同期?」

 

「同期だって?」

 

 聞き間違えたのでは、という声が大広間のあちこちで上がる。

 だが事情を知っているハリーたちにとってはそれ以上に衝撃的なことがあった。

 

「魔法薬? 僕はてっきり闇の魔術に対する防衛術の先生かと……」

 

 ハリーがすっとんきょな声をあげるが、ロンもハーマイオニーもそれに同意しているようだった。

 何故新しく入ってきた先生が魔法薬の先生なのか、全く理解できない。

 

「もしかしてスネイプはクビになったのかな?」

 

 ロンが最後の望みをかけてそういうが、その可能性はダンブルドアの次の言葉によって否定された。

 

「それに伴ってスネイプ先生は、闇の魔術に対する防衛術の後任の教師となられる」

 

 今度こそハリーたちは絶望的な顔をする。

 スネイプの闇の魔術に対する防衛術の授業を一度受けたことがあるが、相変わらずいつもの調子だったからだ。

 ハリーは今年の授業に一抹の不安を覚える。

 ハリーの一番の得意科目は闇の魔術に対する防衛術だ。

 その得意科目をスネイプのせいで苦手にならないか、それだけが一番の不安要素だった。

 

 

 

 

 

 クィレルは魔法大臣室で書類の山を片付けていた。

 魔法大臣は決して楽な仕事ではない。

 各局の出してくる申請に目を通し、指導をしていく。

 プロパガンダの作成はもちろんのこと、まだ完全にクィレルのことを信用していない役人からの目も厳しい。

 そんな中、パーシー・ウィーズリーは熱狂的なクィレルの支持者だった。

 パーシーは魔法大臣付き下級補佐官だ。

 そしてクィレルがホグワーツで教えていた生徒の1人でもある。

 

「クィレル大臣、闇祓い局から報告書です。新たに死喰い人の隠れ家を発見したとのことで、至急襲撃の許可をいただきたいと」

 

 パーシーは闇祓い局から預かってきた書類をクィレルに提出する。

 クィレルの前にまた1つ大きな書類の山ができたが、クィレルはさほど気にしていないようだった。

 

「ふむ、報告ご苦労。ところでパーシー君、最近家には帰っているのか?」

 

 パーシーはその言葉にぎくりとした。

 あれだけファッジ大臣を慕っていたパーシーだ。

 去年は家族と仲違いをして、ロンドンで1人暮らしをしていた。

 そして今になっても仲直りができていない。

 クィレルはそんな話を何処で聞いたのだろうとパーシーは一瞬考えたが、無駄なことだと思い返し素直にクィレルに報告した。

 

「いえ、実は最近家族とは疎遠になってしまっていまして……。ここ1年ほど実家には帰っておりません」

 

「なるほど……ファッジの影響か」

 

 クィレルはズバリと仲違いの原因を言い当てた。

 

「確かアーサー君はダンブルドア校長と親密な間柄だったな。不死鳥の騎士団員という話も聞いている。パーシー君、去年君は特殊な状況下に置かれていたようだね。両挟みとも言えるかもしれない。だが、今年はそのような心配は無用だ。素直に家族と仲直りをしなさい」

 

 話をしつつもクィレルは凄い速度で書類の山を片付けていく。

 その仕事の速さをパーシーは尊敬していた。

 そして家族のことを考えていたパーシーの胸に、書類の束が押し付けられる。

 パーシーはハッと我に返った。

 

「その書類を『偽の防衛呪文ならびに保護器具の発見ならびに没収局』の局長へと届けて欲しい。つまり、君の父親にだ。今は丁度魔法省の中で仕事をしているはずだからね。そして書類を渡して、父親とよく話し合いなさい。仲直りが出来たら、今日は一緒に実家へと帰って家族と食事を取ると良い。最近はどこも空気が張り詰まっている。家族のぬくもりというのはいいものだよ」

 

 クィレルはそういうと一度書類から視線を上げパーシーを見る。

 パーシーは呆然とそこに立っていた。

 まさに何が起こったかわからないといったような顔をしている。

 

「どうしたのかね?」

 

「い、いえ! 失礼します」

 

 パーシーは慌てて頭を下げると早歩きで魔法大臣室を出ていった。

 クィレルはそんなパーシーを微笑ましく思いながら書類の山を片付けていく。

 こういった地道な印象操作が大切なのだ。

 少しずつ自分の周りを固めていき、最後には全てを手駒へと変える。

 全ては仕える主の為に。

 クィレルは先ほどパーシーが持ってきた闇祓い局からの書類に手を付ける。

 闇祓い局の局長はルーファス・スクリムジョールだ。

 スクリムジョールは正義感の強い男だが、悪を滅するためには手段を選ばない強引さがある。

 今回の書類にも、隠れ家にいる死喰い人を殲滅するべきだとの内容が記されていた。

 もっとも、このように隠れ家がポコポコと見つかったり容易に死喰い人が捕まったりするのは全てクィレルが手を引いていることである。

 魔法省の人間は誰も知らないことだが、アズカバンは既に死喰い人の手に落ちているのだ。

 いわばアズカバンはヴォルデモートの本拠地と言っても過言ではないかもしれない。

 吸魂鬼は全てヴォルデモートの配下についており、中に収容されていた罪人たちも全て解放された。

 死喰い人は捕まっているのではない。

 ただ本拠地に帰っているだけなのだ。

 クィレルは魔法省の頂上でそのような活動が世間にバレないようにうまく情報統制をしている。

 魔法界は着々と闇の陣営が大きくなっていることを知らない。

 今や犯罪者を捕まえれば捕まえるほど闇の勢力が強くなることを知らないのだ。

 ヴォルデモートは既に吸魂鬼、巨人、人狼を自らの勢力に加えている。

 そして自らの力が最大に高まったとき、全てを変えるために動き出すだろう。

 


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