私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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予言の間とか、魔法薬学とか、個人授業とか

 そろそろホグワーツでは新学期の授業が始まる頃だろうか。

 私はお嬢様の命を受けて魔法省に来ていた。

 もっとも、変身術と変装で自らの姿かたちを変えてはいるが。

 私は正式なルートで受付を通り、そのまま地下1階にある魔法大臣室へと入る。

 そこには普段の姿からは想像もつかない程の速度で書類を捌いているクィレルの姿があった。

 

「……ん、小望月くんか。ここにくるなんて珍しいじゃないか」

 

「凄いわね貴方。ついに禿げ頭のてっぺんに目を付けることに成功したの?」

 

 私が来ても全く書類から顔を上げないクィレルに皮肉を飛ばす。

 ちなみに小望月とは私の偽名だ。

 小望月幾望、どちらも満月の前夜の月の日本名だ。

 

「生憎この禿げ頭では魔法界の行く末に明かりを灯すこともできないよ」

 

「自覚のある禿げって最強よね」

 

「私のこれは禿げではなくスキンヘッドだがな」

 

 クィレルは書類がひと段落ついたのか、ようやく私へと視線を向ける。

 そして1枚の書類を私へと手渡した。

 

「君がここへ来るということは、お嬢様の命令だろう? ほら、神秘部への入室許可証だ」

 

 なんというか、物分かりがよくて非常に助かる。

 私とクィレルが長いこと会っているのは少々危険なので、私はすぐに魔法大臣室を出た。

 私は鞄へと書類をしまうと、改めてエレベーターに乗り地下9階を目指す。

 そう、お嬢様のお使いとして神秘部へと足を運ぶために今日は魔法省に来たのだ。

 ガラガラジャラジャラとうるさいエレベーターは途中で各階に止まりつつも最終的には一番下へと到達する。

 9階に来る頃にはエレベーターに私以外の乗員はいなくなっていた。

 

「さて、ここにくるのも生き返った時以来ね」

 

 クィレルの話では、魔法省での戦い以降神秘部は一時的に閉鎖されているらしい。

 つまり中に職員はいないということである。

 私は暗い廊下を進み神秘部の入り口の扉を開ける。

 中に入ると大きな円型の部屋が目に映った。

 あの時扉につけられていたX字の刻印は綺麗になくなっており、私が中に入ると同時にゴロゴロと大きな音がして円形の部屋が回り始める。

 まるでルーレットのように壁がグルグルと回り、来た道をわからなくした。

 私は適当に扉を1つ開けようとするが、鍵が掛かっており開かない。

 開錠の呪文やピッキングツールなども試したが、鍵を開けることはできなかった。

 確か開かない扉の奥には愛を研究する部屋があるのだったか。

 少し気になる気もするが、今回はそこに用事があるわけではない。

 私がすっぱりと諦めると部屋の壁がまた勢いよく回転を始めた。

 私は扉を目で追い、先ほど開けようとした扉の横にある扉に手を掛ける。

 その扉は鍵は掛かっておらず、すんなりと開いた。

 部屋の中にはあらゆる時計が煌いていた。

 床に置くタイプの時計や大きな振り子時計、そして小さな腕時計まで様々だ。

 

「まあ、素敵な部屋ね」

 

 私は部屋に置いてある懐中時計を1つ手に取る。

 これはブレゲの作品だろう。

 白い文字盤にブルーのブレゲ針、そして何よりもシンプルだった。

 

「おっと、私の用事はもっと先だったわ」

 

 私は一瞬自分の用事を忘れそうになったが、なんとか踏みとどまる。

 懐中時計は既に良いものを持っているため、新しいものは必要ないだろう。

 私は懐中時計を元の場所に戻すと、部屋の中を進んでいく。

 部屋の奥には扉があった。

 私の目的地はこの扉の向こうだ。

 扉を開け中に進むと天井が高く、びっしりと棚が置かれた部屋に出る。

 お嬢様は予言の間と言っていたか。

 私は棚の数字を確認しながら部屋の中を歩いた。

 目的の棚は68番。

 今いる棚が53なので、そう時間が掛からず目的の棚まで行けるだろう。

 私は68番の棚を目指しながらこの部屋を注意深く観察する。

 棚の上には小さなガラス玉が置かれており、そのどれもが和らかな光を放っていた。

 数分も歩かないうちに私は目的の棚に到着する。

 お嬢様の話ではこの列の中心付近だという話だ。

 順番に棚を辿りながら進んでいくとお嬢様に言われた予言を見つける。

 1897年、R.S.からA.P.W.B.D.へ。

 

「ここがお嬢様の言っていた場所……」

 

 私は鞄の中からお嬢様から預かってきた新しい予言を取り出し、その横へと置いた。

 

『1996年 R.S.からL.D.へ ダンブルドア』

 

 さらにその横にもう1つ予言を並べる。

 

『1996年 R.S.からS.I.へ 闇の帝王』

 

 これでお嬢様の予言が3つ並ぶことになる。

 

「ん? いや、違うわ」

 

 よく見たらこの棚にある予言は全てお嬢様がなされたものだった。

 お嬢様が予言の間の棚を半分埋めたというのは、冗談ではなかったのかもしれない。

 いや、3分の1だったか?

 生き返ってからというものそれ以前の記憶が少し曖昧だ。

 パチュリー様の話では一度肉体を失った影響らしい。

 写本と同じだ。

 完璧に書き写したと思っていても何処かに間違いが生じている可能性がある。

 死んでいた数週間、私の命や肉体は何処を彷徨っていたのだろうか。

 死後の世界の記憶はない……はずだ。

 妹様の声が聞こえたような気はしたが、妹様はあの場にはいなかった。

 私は人間として生まれるべきではなかった。

 これは誰の言葉だったか……。

 

「ん~……?」

 

 考えていても仕方がない。

 取りあえずお嬢様から頼まれた仕事はこれで終わりだ。

 このまま姿現しで紅魔館へと戻ってもいいが、クィレルに挨拶もしていきたいし歩いて帰ろう。

 私は来た道をまっすぐ戻ると神秘部を出てエレベーターのボタンを押す。

 しばらく待っているとガラガラジャラジャラと音を鳴らしながらエレベーターが降りてきた。

 格子戸を抜けエレベーターに乗り込むと、地下1階のボタンを押す。

 一番下からかなり上まで行くので、結構時間が掛かるだろう。

 私の予想は見事的中し、エレベーターは途中で何度も他の階に停止した。

 だが待っていればいつか目的地には着くもので、5分と掛からず目的の地下1階へと到着する。

 私は廊下をまっすぐ進むと奥にある魔法大臣室の扉をノックした。

 

「入りたまえ」

 

 中からクィレルの威厳たっぷりな声が聞こえてくる。

 

「失礼します」

 

 私はわざと丁寧に返事をして扉を開けた。

 魔法大臣室にはクィレルの他に下級補佐官のパーシーがいる。

 どうやら仕事の話をしていたようだ。

 

「ああ、君か。仕事の程はどうだ?」

 

「もう終わったよ。今から帰るところだから一応挨拶に来たってわけさ」

 

 私はわざといつもと口調を変えて喋る。

 イメージとしては陽気な女大将風だ。

 

「それはご苦労だった。……ああ、紹介しよう。こちら、魔法大臣付下級補佐官のパーシー・ウィーズリー君だ」

 

 クィレルの紹介でパーシーは頭を下げる。

 私は片手を上げて挨拶をした。

 

「よろしくな! 私は小望月幾望。日本魔法省の役人だよ」

 

 取りあえずそういうことにしておくことにする。

 日本ほどの辺境の地なら誰も知り合いがいる人はいないだろう。

 

「日本魔法省ですと出身はマホウトコロ魔法学校ですか?」

 

「へえ、詳しいじゃないか。ああ、私は魔所魔女(マジョマジョ)だよ」

 

 まさかパーシーが日本の魔法界の知識を持っているとは思わなかった。

 

「クラウチさんから話を聞いたことがあります。生徒は学校へは大きな海燕に乗って移動するんですよね。そして何より校則が厳しいだとか」

 

「イギリスと比べても変なところだよ、あそこはね」

 

 私はパーシーと喋りながらもクィレルに書類を返す。

 クィレルが書類に触った瞬間書類の内容が書き換わり、偽造された。

 

「じゃ、私はここらで失礼するよ。クィレル大臣も補佐官君もお達者で!」

 

 私は踵を返すと軽く手を振りながら魔法大臣室を出る。

 意外と魔法使いには国際的な人が多いのかもしれない。

 日本人設定は拙かっただろうか。

 私は再度エレベーターに乗り地下8階のアトリウムを目指す。

 役人が通勤するための暖炉はアトリウムのある階にあるのだ。

 何故そんな中途半端な階にあるのか理解不能だったが、多分魔法大臣室を一番奥まった場所に設置したかったからだろう。

 それなら一番地下でいいと思うのだが、どうも偉い者は一番上という感覚が抜けないようだ。

 私は8階でエレベーターを降りるとアトリウムの壁際にある暖炉の1つに煙突飛行粉を投げ入れる。

 そして中に入り大図書館へと移動した。

 

 

 

「大臣、先ほどの方は?」

 

「休暇中に出会った友人だ。ヤマトナデシコというのだろうね。ああいうのを」

 

「どちらかと言えば江戸っ子かと……」

 

 

 

 

 

 

 新学期が始まって次の日、ハリーは自分の時間割を見て唸っていた。

 3年生の時に選択した占い学と魔法生物飼育学は取らないことに決めたのだが、魔法薬学が取れないのが思い悔やまれる。

 

「さて、ポッター、ポッターは、と……」

 

 マクゴナガルがハリーの取った教科を自分のノートで調べていた。

 

「呪文学に闇の魔術に対する防衛術、薬草学、変身術、全て大丈夫です。特に私は貴方の変身術の成績には大変満足しています。ええ、本当に。でも、なぜ魔法薬学を続ける申し込みをしなかったのですか? 闇祓いになるのが貴方の目標だったと思いますが?」

 

 ハリーはその言葉に肩を落とす。

 スネイプは去年ふくろう試験の成績が『O』、つまり最高点を取れている生徒しか魔法薬学を受けさせないと言っていた。

 そしてハリーの魔法薬学の成績はその下の『E』、あと一歩届かなかったわけだ。

 

「そうでした。でも、スネイプは僕にふくろうで『O』を取らないとダメだって——」

 

「確かにスネイプ先生がこの教科を教えていらっしゃる間はそうでした。しかし、ノーレッジ先生はふくろう試験でたとえ『T』、最低点を取った生徒でも授業を受けて構わないと仰っています。貴方の成績は確か『E』だったはずです。魔法薬学を続けたいですか?」

 

 ハリーはマクゴナガルに言われて初めて気が付いた。

 そう、先生が変わっているのだ。

 

「はい。ですが、教科書も材料も、何も買ってません」

 

「教室にあるものを借りれば良いでしょう。そのような些細なことで闇祓いになる夢を諦める必要はありません。ではポッター、これが貴方の新しい時間割です」

 

 ハリーはマクゴナガルが修正を加えた時間割を受け取る。

 そこには今日の午後に魔法薬学があることが記されていた。

 ダンブルドアが半年以上も探し回って、ようやく見つけた人物の授業だ。

 そしてハーマイオニーの触れ込みのおかげで既に学校中にパチュリー・ノーレッジの逸話が広まっていた。

 もっとも噂というものは段々と話が変わっていくものだ。

 ハリーがシェーマスから聞いた話では、片手でドラゴンを倒したりだとか手が伸びるだとか、変なことになっていた。

 

 

 

 

 

 ハリーたちは2限続きの魔法薬学を受けるために地下牢教室へと来ていた。

 教室の前には30人ほどの生徒が授業が始まるのを待っている。

 スネイプの授業でこんなに『O』が取れた生徒がいるとは思えない。

 どうやらマクゴナガル先生の言葉通り、受けたいと思った生徒は全員この授業を取ることができたようだ。

 その中には魔法薬学が酷い点数だったであろうネビルの姿もある。

 スリザリンからはマルフォイを含む何人か。

 一番多いのはレイブンクローの生徒だろうか。

 

「入りなさい」

 

 ハリーたちが生徒を見回していると教室の中から女性の声が聞こえてくる。

 パチュリーの声だ。

 前の方にいる生徒は顔を見合わせ、警戒するように中に入っていく。

 地下牢教室は前年度と比べると、全くの別物になっていた。

 教室の中は蛍光灯で照らされており、黒板もホワイトボードに替わっている。

 机も木製ではなく、白く滑らかな素材だ。

 マグルの世界で生活していたハリーとハーマイオニーにはわかる。

 この教室はまるでマグルの大学にあるような研究室だ。

 壁にはフラスコやビーカーが並び、材料も金属のキャップのついた瓶に入っている。

 このような光景を見たことのない生徒が多いのか、半分以上の生徒が目を白黒とさせていた。

 

「各テーブルに4人ぐらい座って。……机が足りないわね」

 

 ハリーたちは3人でいち早く前のテーブルを陣取ったが、確かに20人あまりが椅子に座れていない。

 本来ならば受講者数はもっと少ないはずだったからだろう。

 パチュリーが軽く手を振るうと壁がガクンと後ろに下がり、床から机がせり上がってくる。

 教室が倍以上に広がったが、無理やり広げたような跡はなく、まるで初めからそのような造りであったように自然だ。

 溢れた生徒たちは新しく現れた机に恐る恐るついていく。

 全員が席に着いたことを確認したらパチュリーは全員の顔を眺め、ノートに何かを書き留めた。

 

「全員いるわね。……グレンジャー、教科書は仕舞いなさい。今朝急遽この授業を取ることにした生徒は、新しく教科書を購入しないように。金貨の無駄よ。マクミラン、新品だったらホグワーツで買い取るわよ?」

 

 パチュリーは生徒の心を読むようにスラスラと言葉を並べていく。

 

「さて、授業に入る前に忠告しておくわ。私の授業を受けても別にイモリ試験には受からない」

 

 その言葉を聞いてハーマイオニーが不安そうな顔をする。

 ハリーとロンも唾を飲み込んだ。

 

「魔法界の魔法薬学は非常に遅れているわ。無駄が多い、偏見が多い、古い情報が多い。まあこれは魔法界で使われている魔法全てに当てはまるものかしら。私が教える魔法薬は魔法省の教育方針なんか無視した、独自のものよ。故に、この授業で習ったことはイモリ試験には使えないと思いなさい。そんな時間の無駄を犯すのが嫌だという生徒は、今すぐ教室を出ていくことをお勧めするわ」

 

 パチュリーはじっとりとした目で生徒全員を見る。

 誰も席を立とうとはしなかった。

 

「……よろしい。今の魔法界で必要な物はテストの点ではない。自分や、自分の大切な人を守るための能力よ。では授業を始めましょう」

 

 パチュリーはそういうとホワイトボードに材料の分量を書いていく。

 ハーマイオニーはその内容を必死で羊皮紙に書き留めたが、ハリーとロンはそこまでする気にはなれなかった。

 今までの魔法薬学で出てきた材料の数に比べると物凄く少なかったからだ。

 1年生でも暗記できてしまいそうな分量や数である。

 

「先生、質問よろしいですか?」

 

 パチュリーがホワイトボードに理論を書こうとした瞬間、ハーマイオニーの手が天井につかんばかりに上がる。

 

「グレンジャー、どうしたの?」

 

「材料の分量に小数点単位の数字がないのは何故ですか?」

 

「数グラムの誤差なんて気にしなくていいわ。そんなに難しい薬じゃないし」

 

 その言葉を聞いて魔法薬学が得意な生徒数人が驚いたように目を見開く。

 イモリレベルの授業になれば、コンマ何ミリグラムの精度が求められると思っていたからだ。

 材料とその分量を書き終ると今度はその材料がどのような反応を起こすかをパチュリーが早口で説明していく。

 その様子はまるで生徒に理解させる気が無いようだった。

 ハーマイオニーは必死にその反応式を羊皮紙に書き留めていくが、やがて追いつかなくなる。

 ハリーとロンは初めから材料の反応式まで理解する必要がないと思っているのか、話半分にその呪文のようなものを聞いていた。

 

「と、ここまで簡単に説明したけど、別にこれを覚える必要はないわ。ラジオの仕組みを完全に理解してラジオを聞いている人のほうが少ないわけだしね。ここまで聞いて何の魔法薬を作るか分かった人はいるかしら?」

 

 ハリーは期待したような顔でハーマイオニーを見た。

 このような質問に答えて点をもらうのはハーマイオニーの十八番だからだ。

 だがハリーの考えとは裏腹に、ハーマイオニーは自分の書いた内容とホワイトボードの内容を見比べ、考え込むように唸ると首を横に振るう。

 他の生徒もホワイトボードに書いてある魔法薬が何なのかわからないようだった。

 

「……まあわからないでしょうね。これはポリジュース薬の反応式よ。そして、今日授業で作る魔法薬でもある」

 

「先生、ポリジュース薬を作るには満月草が必須のはずです。それに調合には1か月以上の時間が——」

 

「ハーマイオニー・グレンジャー。貴方、その歳でポリジュース薬を調合したことがあるの?」

 

 パチュリーの見透かすような質問に、ハリーたち3人はドキッとする。

 確かにハーマイオニーはポリジュース薬を2年生の時に作ったことがある。

 だが、それは授業でではない。

 校則を破ったり盗みを働いたりと、少し後ろ暗い環境でのことだった。

 

「まあいいわ。確かに古臭い方法で作ろうとするとポリジュース薬は貴重な材料と多大な時間を要する」

 

 パチュリーが手を叩くと各テーブルに材料と試験管が現れた。

 

「じゃあ、私の言ったとおりに材料を試験管に入れなさい。……秤なんていらないわ。邪魔になるから床に置いておきなさい」

 

 パチュリーは手本を見せるように材料を順番に指で摘み試験管の中に入れていく。

 生徒たちは半信半疑で同じように試験管に材料を入れていった。

 勿論、全員の感覚が違うように皆それぞれ試験管の中に入っている材料の分量は異なる。

 

「なんというか、これは簡単でいいな」

 

 ロンがハリーと頷き合うが、ハーマイオニーはどうしていいかわからないといった表情だった。

 

「材料を無事入れ終えたら、机の上に置いてあるヤカンからお湯を注ぎなさい。そしてコルク栓をして、何度か振るう。回数は適当でいいわ」

 

 ハリーは自分の試験管にお湯を注いで栓をすると、ガシャガシャと何度か振る。

 すると水飴状の透き通った液体が完成した。

 ロンの試験管を見ると赤色で、ハーマイオニーは紺色の液体になっている。

 

「さて、完成よ。色がそれぞれ違うのは各自の配合具合が違うからね。でも、性能に問題はないはずだわ。各自同じ性別同士で髪の毛を交換しあい、自分の薬の効果を確かめること」

 

 ハリーは自分の髪の毛を1本引っこ抜くとロンの赤毛と交換する。

 ロンの髪を自分の試験管に入れると、中身が赤色に変わった。

 

「ハリーの髪の毛を入れたら金色に変わったぞ。ハーマイオニーも試してみろよ」

 

 ハーマイオニーも恐る恐るパドマの髪の毛を入れる。

 すると薬は水色へと色を変えた。

 髪の毛を試験管へは入れたが、誰も試そうとはしない。

 どうやら皆自分の作ったポリジュース薬に自信がないようだ。

 

「大丈夫よ。毒になる成分は入ってないから、たとえ失敗したとしても体に害はない」

 

 それを聞いてハリーが先陣を切って一気に試験管の中身を飲み干した。

 

「凄い、不味くないぞ。トマトジュースのような味がする」

 

「こっちはマンゴー味だ」

 

「……サイダーのような感じ?」

 

 それに続いてロンとハーマイオニー、が薬を煽る。

 次第に3人の姿形は変わっていき、ハリーはロンに、ロンはハリーに、ハーマイオニーはパドマになった。

 

「反応式を見ればわかると思うけど、この薬の調合で重要なのは分量ではなく、何が入っているかよ」

 

 その後、全員が自分の作成したポリジュース薬を試したが、その全てがちゃんと本来の効能を示した。

 パチュリーがもう一度手を叩くと机の上が綺麗になる。

 

「教科書に載っている調合法がどれほど遅れているか分かったかしら。私の開発したレシピを用いれば失敗はないわ。このクラスにはもともと魔法薬学があまり得意ではなかった生徒が多いみたいだけど、何の問題もないわよ。この授業はずっとこんな感じだから。難しいことを授業でやったとしても、それがテストに出ることはない」

 

 パチュリーはちらりと時計を見る。

 まだ授業の時間は1時間以上残っていた。

 

「結構残ったわね。……そうね、ではもう少し詳しくこの調合法のメリットや何故この材料でポリジュース薬……まあ、正確にはポリジュース薬のような何かなんだけど、これが作れるのか説明していこうかしら。このへんはテストには出ないから興味のない生徒は教室の後ろで遊んでいていいわ。友達とおしゃべりするのも許可するし、なんなら他の教科の宿題をやってもいい。真に魔法薬学を学びたいと思う生徒だけ、私の周りに集まりなさい」

 

 その言葉を聞いて、ハーマイオニーを筆頭に数人の生徒がパチュリーに近づいていく。

 ハリーはどうしようかと周囲を見回していたが、ロンは既に机に突っ伏していた。

 

「列車の中での無礼を全力で詫びるよ、僕は。ありゃ最高の先生だ。そうだろ? ネビル」

 

 ハリーの容姿をしているロンがネビルに話しかける。

 

「僕はアーニーだよ。ネビルはあっち」

 

 ネビルの容姿をしているアーニーが向かい側を指さす。

 そこには完璧にアーニーの姿に変わっているネビルが変身した自分の体を見渡していた。

 

「僕、ちゃんと魔法薬を調合できたの初めてかも。マクゴナガル先生が、魔法薬学は薬草学と相性がいいから取った方がいいって言ってたけど、嘘じゃなかった」

 

「ああ、言うのを忘れていたわ」

 

 急にパチュリーが教室にいる生徒全員に対して言った。

 

「この薬に効果時間という概念はないから、元の姿に戻りたいときは耳たぶを引っ張ること。何かの影響で耳がない場合は鼻でもいいわ」

 

 ハリーはそれを聞いて耳たぶを引っ張る。

 すると電球のスイッチを切るようにすぐさまハリーの姿へと戻った。

 

「さいっこうにクールだ。これ多分学校中で流行るぜ。廊下を7人のスネイプが闊歩する日も遠くないかもな」

 

 その光景を想像してしまったのかハリーは噴き出してしまう。

 少なくとも、ハリーが受けた魔法薬学の授業の中では、今日が一番楽しかったと言えるだろう。

 そろそろ授業が終わるという時間帯になると、ハーマイオニーは先生の元から疲れたような顔をして帰ってくる。

 疲労の色は確かに浮かんでいるのだが、それでも何故か満足げな表情だった。

 

「ほんっとうに、素晴らしい先生だわ。このポリジュース薬の調合法も画期的としか言いようがないもの。ポリジュース薬の欠点を完全に無くしているし、効き目は長すぎると思えるほどに長い。一昨年のムーディのように1時間おきに薬を飲まなくてもいいの。理論から簡単に計算すると……1回飲めば1年ぐらいは持ちそうね」

 

 ハーマイオニーは目をキラキラと輝かせながら言う。

 

「ただ1つ問題があるとすれば……本当にイモリの試験では使えそうにないってことね」

 

「だけど実用的だ」

 

 ロンがハーマイオニーの言葉に意見する。

 

「ええ、勿論。先生の魔法薬に文句を付けようってわけじゃないの。本当に実用的だわ……。材料だってホグズミードに行けば全て子供の小遣いで買えるものですもの」

 

「材料の貴重さが問題ではないのよ」

 

 ロンの頭上からいきなりパチュリーの声がする。

 いつの間にかパチュリーはハリーたちのいる机へと来ていた。

 

「60㎏換算で、酸素37.8㎏、炭素12㎏、水素6㎏、窒素1.8㎏、カルシウム1.2㎏、リン720g、硫黄145g、カリウム130g、ナトリウム95g、塩素92g、マグネシウム30g、鉄4.5g、フッ素4.2g、亜鉛2.1g、ケイ素1.2g。その他1グラムに満たない54種類の元素で人間の体は構成されているわ。原価にして20ポンド前後。それが人間1人の値段よ。これだけの材料があればホムンクルスを製造することもできる。もっとも、学校の授業ではやらないけど。倫理に反するし」

 

 パチュリーは言い切るとホワイトボードの前へと戻っていく。

 3人は困惑した表情で顔を見合わせた。

 

「前言撤回、マッドアイ以上にイカレてるかも」

 

 ロンがぽつりと言ったのと同時に終業のベルが鳴る。

 生徒たちは満足げな表情を浮かべて地下牢教室を出ていった。

 ハリーたちもそのあとに続いて地下牢教室を出る。

 

「ダンブルドアもそうだけど……長く生きるとちょっと頭がおかしくなるのかな?」

 

「ロン、失礼でしょう? ……まあダンブルドアやムーディが少しおかしいのは否定しないけど」

 

 ハリーは先ほど授業でやったポリジュース薬の材料と作り方を思い出す。

 忘れないうちに何処かにメモっておいた方がいいかもしれない。

 授業だからと話半分に聞いていたが、ポリジュース薬は身を守るのに非常に役に立つ。

 それがあんなに簡単に作れるのだ。

 そして何より貴重と言えるのが、この調合法を知っているのはパチュリー・ノーレッジ以外には自分たちだけということだ。

 魔法省やスネイプですら、この調合法は知らないだろう。

 

「そういえば、1時間ぐらい余分に説明を受けていたけど、理解できたの?」

 

 ハリーが何気なしにハーマイオニーに聞くと、ハーマイオニーはピクンと体を震わせる。

 そして軽く冷や汗を流した。

 

「実をいうと、あんまり……作り方は滅茶苦茶簡単なんだけど、理論となると物凄く難しいの。新しい記号や成分名が次々に出てくるし、反応式も凄く複雑で……」

 

 ハーマイオニーが反応式を書き写したとものと思われる羊皮紙をハリーとロンに見せるが、2人はそれが子供の落書きのようにしか見えなかった。

 

「落書きみたいに見えるでしょ? 実は本当に落書き同然なの。書いたことのない文字も多くて……書いた私にも既に解読不能だわ」

 

 ハーマイオニーは肩を竦めているが、ハリーたちにとっては驚くべきことだ。

 ハーマイオニーが授業についていけていないところを見るのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 

 パチュリーの授業が始まって1週間もすると、ホグワーツは空前の魔法薬ブームが訪れていた。

 一気に手ごろになった魔法薬を生徒たちは冗談半分で使用していく。

 ポリジュース薬を筆頭に生ける屍の水薬や愛の妙薬、戯言薬、そして酷いときには真実薬まで出回る始末だ。

 ホグワーツの生徒の殆どはムーディのように飲み物を持参し、銀のフォークで食事を取る。

 何処に誰が仕掛けた魔法薬があるかわからないような状態なのだ。

 勿論、既に校則で授業時間外の魔法薬の勝手な製造は禁止されている。

 だが、それを守っている生徒がいるとは思えなかった。

 そしてこの状況に一番不快な思いをしているのはスネイプだ。

 パチュリーが新しく教えている調合法は全て斬新で、全く新しいものである為、今までの調合法など全く役に立たない知識になってしまう。

 今現在スネイプよりも生徒の方が容易に真実薬を調合できるようになってしまったのだ。

 しかもこれでパチュリーの専門が魔法薬学ならまだしも、パチュリーの専門は呪文学だという。

 つまりスネイプは全く専門でも何でもない分野で、パチュリーに負けたことになるのだ。

 

「やっこさん絶対気に入らないだろうな。今じゃスネイプよりも僕の方が上手く魔法薬を調合できるって言うんだからさ。スネイプがノーレッジ先生から調合法を素直に習うとも思えないし」

 

 ロンは朝食を食べながらかぼちゃジュースの瓶の栓を抜く。

 そして手元で隠すことなくハリーとハーマイオニーのゴブレットに注いだ。

 

「何も入れてないぜ。全財産を掛けてもいい。全く、物騒な世の中になったよなぁ?」

 

 朝食の席では毎日のように何人かがバタリと倒れたり凄い速度で変な言葉を口走ったりすることがある。

 生ける屍の水薬と戯言薬だ。

 医務室には既にいたずらで使われそうな魔法薬の解毒剤が大鍋でいくつも置いてある。

 それでも医務室は常時満員状態だというから驚きだ。

 ハリーとハーマイオニーはロンに軽くお礼を言ってかぼちゃジュースを手に取る。

 唯一救いなのは、パチュリーがまだ固形物に混ぜれるような魔法薬を授業でやってないことだろう。

 

「先生の魔法薬は素晴らしいけど、それを扱う魔法使いの頭がなっちゃいないわ。薬の危険性を全く理解していない」

 

 ハーマイオニーが膨れ面で言う。

 ハリーは苦笑いするしかなかった。

 

「でも、ノーレッジ先生はなんであの調合法を本にまとめたり魔法省に届けたりしないんだろう。だってあんなに簡単で、どれも安全だ。教科書が全部書き換わってもおかしくないレベルなのに」

 

「ダンブルドアと一緒に勧誘に行ったんだろう? 何か聞いていないのか?」

 

 ロンの言葉にハリーは首を振る。

 

「隠居していたってぐらいしかわからない。……ハーマイオニーは何か知ってる? 彼女について書かれた本をいくつか読んだんだろう?」

 

「ええ、20世紀の偉大な魔法使いには、知識だけを求めた魔女っていう記述があったわ。これは私の推測でしかないんだけど、多分彼女は富や名声には全く興味がなかったんでしょうね。じゃないとこのような凄い技術を持ったまま隠居なんかしないもの」

 

「そうだ、1つ思い出した。彼女が隠れていた場所に、賢者の石がいくつか置いてあったんだ。彼女の外見が若いのは命の水のおかげかも知れない」

 

 ハリーは確信したように頷く。

 

「それはないわ。ほら」

 

 ハーマイオニーはテーブルの上に料理を押しのけて古新聞を取り出す。

 それは1890年代の日刊予言者新聞だった。

 見出しには『ホグワーツの秀才、ついに卒業』と書かれている。

 

「ダンブルドアと同期という話を聞いて少し昔の新聞を調べてみたの。といっても、これ自体はダンブルドアの記事だけど。ここを見て」

 

 ハーマイオニーが古新聞に載っている1枚の写真を指さす。

 そこには若い青年がにこやかな顔をして首席の表彰状を掲げていた。

 17,18歳頃のダンブルドアだろう。

 その横にはダルそうな顔の少女がマグショットでも取られるかのように表彰状を胸の前に持って写っている。

 パチュリー・ノーレッジだ。

 だが、今のパチュリーよりも少し背が高い気がする。

 今のパチュリーは、この頃よりも少し幼い容姿だ。

 

「本当だ。若返ってる。しかも首席か……」

 

 ロンが新聞の写真をまじまじと観察する。

 

「そう。でもこの頃は全く有名じゃなかったみたい。記事はダンブルドアについて書かれた物だし、パチュリー・ノーレッジという名前は写真の説明書きに少し書いてあるだけ」

 

 ハーマイオニーが指さした先には確かにパチュリー・ノーレッジという名前が書かれている。

 だが本当に説明書きの域を出ていなかった。

 

「つまり卒業した後に、何らかの方法を見つけて若返ったってことかな。ホグワーツを卒業したばかりの生徒が賢者の石を作り出せるとも思えないし」

 

「そういうことよ。彼女の若さには、何か私たちの知らない秘密が隠されている可能性が高いわ」

 

 ハーマイオニーはいそいそと新聞を仕舞う。

 次の瞬間ジニーがロンとハリーの間から顔を出した。

 

「ノーレッジ先生の話? あの人が教えてくれた愛の妙薬の作り方って便利よね。その辺の材料で調合できるし、なにより簡単だわ」

 

 その言葉を聞いてロンが憤慨する。

 

「ディーン・トーマスに盛ってるのか?」

 

「あら、勿論そんなことしないわ。喧嘩したときに彼のゴブレットに数滴垂らすだけよ。ハリー。これ、貴方宛てよ」

 

 ジニーはハリーの手に羊皮紙の巻紙を押し付けると何処かへ歩いて行ってしまった。

 ロンは困ったもんだと顔を顰めていたが、ハリーは既にその羊皮紙に集中している。

 

「ダンブルドアからだ。多分個人授業のことだと思う」

 

 ハリーはロンとハーマイオニーにも羊皮紙に書かれた内容を見せる。

 そこには今夜の午後8時に校長室に来るようにとのことが書かれていた。

 

「『P.S.わしはペロペロ酸飴が好きじゃ』だってさ。……ペロペロ酸飴が好きだって?」

 

 ロンはそれこそわけが分からないといった顔をする。

 

「校長室の外にいるガーゴイルを通過するための合言葉なんだ」

 

 ハリーはロンの間違いを訂正すると羊皮紙をポケットへと仕舞う。

 そして1限目の授業へと向かった。

 

 

 

 

 午後7時55分前。

 ハリーは8階の廊下のガーゴイル像の前に立っていた。

 

「ペロペロ酸飴」

 

 ハリーが唱えるとガーゴイルは命が吹き込まれたかのように飛びのき、その背後の壁が2つに割れる。

 奥には動く螺旋階段があり、ハリーはそれに乗って上にある校長室を目指した。

 一番上まで到着すると、ハリーは真鍮製のドア・ノッカーを叩く。

 

「お入り」

 

 すぐさまダンブルドアの声が聞こえた。

 ハリーは校長室の扉を開けて中に入る。

 

「先生、こんばんは」

 

「こんばんは、ハリー。ここへお座り。新学期の1週間は楽しかったかの?」

 

 ダンブルドアは微笑んでハリーに椅子に座るようにと促す。

 

「はい、ちょっと去年の後期を思い出しますが」

 

「ふむ、確かに彼女を魔法薬学の教師としたのは間違いだったかもしれんの。だが彼女を闇の魔術に対する防衛術の教師にするよりかはマシというものじゃよ。少なくとも、今のところは既存の魔法薬しか教えておらん。作り方はちと奇妙じゃが」

 

 ダンブルドアはクルクルとポリジュース薬の入った小瓶を振る。

 そしてその小瓶を棚に戻した。

 

「さて、ヴォルデモート卿が15年前、何故君を殺そうとしたのかを君が知ってしまった以上、わしは何らかの情報を君に与える時が来たと判断した。もっとも、前年度の終わりに君に話したことが事の全てじゃが」

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切り、憂いの篩の前へ移動する。

 この魔法具は自分や他人の記憶を見ることが出来る魔法具だ。

 

「まず話しておかんと行かんのは、ヴォルデモートとの決戦はもう間近に迫っておるということじゃ。いや決着を急がんといかんと言い直したほうが語弊がないかの」

 

 ダンブルドアは一筋の銀色の靄を杖で頭から引っこ抜くと、憂いの篩の中に入れる。

 

「これはわしの記憶じゃ。入ってみなさい」

 

 小手調べと言わんばかりにダンブルドアはハリーを促す。

 ハリーは恐る恐る篩の水盆に顔をつけた。

 途端にハリーは校長室を離れ下へ下へと落ちていく。

 そして両足が床についたとき、ハリーはグリフィンドールの談話室にいた。

 そこには新聞の記事の写真で見た若いダンブルドアが、机の上で羊皮紙に何かを書いている。

 どうやら手紙の返事を出しているようだ。

 

「この……予言は……正しい……ものとは……思えません。少し失礼か?」

 

 ダンブルドアはガリガリと羽ペンを動かしながら難しそうな顔をする。

 ダンブルドアが書いている羊皮紙の横には綺麗に装飾された手紙が1つ置いてあった。

 

『手紙をありがとう。若い人が占いに興味を持ってくれるというのは、嬉しいものね。そこで特別に貴方に対して予言を1つ授けるわ。これは貴方の、いや、将来の魔法界に関わってくるものだからしかと胸に刻みなさい。「アルバス・パージバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは1997年の6月に死ぬ」良かったわね。普段の占いで寿命に関することが出る時は、1年程度先のことが多いんだけど、100年ほど猶予があるわよ』

 

 手紙の内容は喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないような内容だ。

 明日死ぬわと言われたわけではない、100年という時間はあまりにも長く感じられる。

 ハリーは手紙の差出人を名前を見つけた。

 そこにはレミリア・スカーレットという名前が書かれている。

 

「一体……どのような……占いで……このような……結果が……出たのですか? うん、まあこれなら少し柔らかいな。本当に占い師というのはたまに突拍子もないことを言うから困るよ……」

 

 次の瞬間ハリーは無重力の暗闇の中を舞い上がり、校長室へと戻ってくる。

 

「先生、今のは一体……」

 

 ハリーは憂いの篩から顔を上げ、ダンブルドアに聞いた。

 

「ハリーよ。その頃のわしはあまりにも愚かだった。少し勉強のできる大馬鹿者と言い直してもよいかもしれん。じゃが、この記憶で大切なのは手紙に書かれている予言の内容なのじゃよ。1997年6月。つまり、わしは来年の6月に死ぬのじゃ」

 

 ダンブルドアはいつになく真面目な顔でハリーを見る。

 

「でも先生、予言は絶対ではないですよね」

 

 ハリーが心配そうに聞くがダンブルドアは静かに首を横に振った。

 

「驚くことにの、レミリア嬢の死に関する予言の的中率は100%なのじゃよ。わしはあの後少しの時間をかけて彼女の予言を調べたが、あのように死の予言をされたものはしっかりとその年や月になくなっておった。幼心に恐怖したものじゃ」

 

 ダンブルドアは記憶を頭に戻すと椅子に座りなおす。

 ハリーもその向かい側に座った。

 

「ハリー、わしは死ぬ前にヴォルデモートと決着をつけるつもりじゃ。それまでに奴を殺せる状態にしておかなければならん」

 

「殺せる状態に?」

 

「左様。夏にホラスに無理を言って記憶をもらったのもそのためでのう。実は、ホラスはヴォルデモートが学生だったときのスリザリンの寮監なのじゃよ。ヴォルデモートはホラスのことを恩師としてそこそこ信用しておった。そのおかげで、わしはヴォルデモートの不死性の秘密を握れたと言えるかもしれん」

 

 ダンブルドアはローブのポケットからクリスタルの小瓶を取り出した。

 ハリーはそれに見覚えがある。

 スラグホーンが自分の記憶を入れた小瓶だ。

 

「では先生、その小瓶の中にはヴォルデモート倒す手がかりが入っているのですか?」

 

 ハリーはダンブルドアの死の予言にショックを受けていたが、何か期待を込めたような表情でダンブルドアに聞く。

 

「そうじゃ。この記憶こそ、これから行う個人授業で最も重要な部分と言えるじゃろう。全ての始まりであって、全てを終わらすものでもある」

 

 ダンブルドアは静かに立ち上がり、憂いの篩の中に記憶を落としていく。

 ハリーは恐々としながらも足早に憂いの篩に近づいた。

 そして再びハリーは暗闇へと落ちていく。

 そこは何処か部屋のようだった。

 蝋燭で明るく照らされており、数人がテーブルを囲んでいる。

 その中心にいるのはホラス・スラグホーンだろうか。

 現在と違い髪の毛も多く、お腹もそこまで出てはいない。

 次の瞬間、ハリーの横にダンブルドアも現れる。

 それをきっかけにハリーは改めて周囲を見回した。

 多分ここはホグワーツのスラグホーンの部屋なのだろう。

 部屋にいるスラグホーン以外の人は、皆子供でホグワーツの制服を着ている。

 ハリーはその中にリドルを見つけた。

 リドルは生徒たちの中で一番ハンサムで、一番くつろいでいる様子だ。

 どうやらスラグホーンがお気に入りの生徒を何人か集めて食事会を開いていたらしい。

 

「先生、メリィソート先生が退職なさるというのは本当ですか?」

 

 リドルがスラグホーンに何気なしに聞いた。

 

「トム、トムよ。例え知っていても君には教えられんよ」

 

 スラグホーンは砂糖漬けのパイナップルの箱をいじりながら、トムに叱るように言う。

 だがあまり本気で叱っているわけではないようだった。

 

「まったく、君って子は何処でそのような情報を仕入れてくるのか知りたいものだよ。教師の半数以上よりも情報通だね、君は」

 

 リドルは微笑する。

 周りにいる生徒たちは笑って、リドルを賞賛の眼差しで見た。

 

「知るべきではないことを知るという、君の謎のような能力。大事な人間を嬉しがらせる心遣い。ところで、パイナップルをありがとう。これは私の好物だ。これも、君の考え通りなのかもしれないね」

 

 スラグホーンが愉快そうに笑った瞬間、部屋の中が白く濃い霧に包まれ、急に晴れた。

 ハリーは何が起こったのかわからないといったように部屋を見回したが、ダンブルドアが置き時計を指さす。

 どうやら少し時間が飛んだらしい。

 

「なんとまあ、もうこんな時間か?」

 

 スラグホーンは腕時計を見て言う。

 

「みんな、もう戻った方がいい。そうしないと、みんな困ったことになるからね。レストレンジ、明日までにレポートを書いてこないと罰則だぞ。エイブリー、君もだ」

 

 生徒がゾロゾロと部屋を出ていく間、スラグホーンは椅子から立ち上がり、机の上の食器を片付けていた。

 しかし、リドルだけはまだ椅子に座っている。

 全員が部屋を出ていくのを、わざとグズグズしながら待っているようだった。

 

「トム、早くせんか。時間外にベッドを抜け出しているところを捕まりたくはないだろう。君は監督生なのだし……」

 

 スラグホーンは少し心配そうに言うが、リドルはお構いなしだ。

 

「先生、お伺いしたいことがあるんです」

 

「それじゃ、遠慮なく聞きなさい。トム、遠慮なく」

 

 スラグホーンは朗らかに笑う。

 だがリドルの次の言葉でスラグホーンの顔が不自然に引きつった。

 

「先生、ご存知でしょうか。……ホークラックスのことなのですが」

 

「闇の魔術に対する防衛術の課題か何かかね?」

 

 学校でそのような課題が出るはずがないと、スラグホーンは百も承知だっただろう。

 

「いいえ、先生。そういうことでは……本を読んでいて見つけた言葉ですが、完全には分かりませんでした」

 

「ふむ……まあ……トム。ホグワーツでホークラックスの詳細を書いた本を見つけるのは難儀と言える。闇の魔術の中でも断トツで恐ろしい術だ」

 

「でも、先生は全てご存知なのでしょう? 先生ほどの魔法使いなら……。誰かが教えてくれるとしたら、先生しかいないと思ったのです。ですから、とにかく伺ってみようと」

 

 スラグホーンは迷うように視線を泳がせたが、やがてリドルの押しに負けてしまう。

 

「……ホークラックスというのは、人が魂の一部を隠すために用いられる物を指す言葉で、分霊箱のことを言う」

 

「でも先生。どうやってやるのか僕にはわかりませんでした」

 

「それはだね……魂を分断するわけだ。そして、それを自分の体とは違う物に隠す。すると体が攻撃されたり破滅したりしても死ぬことはない。なぜなら、魂の一部は滅びずに地上に残るからだ。しかし、トム。それを望む者は滅多にいない。分霊箱で生きながらえた魂というのは、ゴーストの端くれにも劣る存在なのだ。死の方がいくらか望ましいだろう」

 

 スラグホーンはたしなめるように言うが、リドルはそんなことは気にしていないようだった。

 何かを求めるように欲望をむき出しにしており、貪欲な表情になっている。

 

「どうやって魂を分離するんです?」

 

「それは……」

 

 スラグホーンは当惑する。

 

「……魂は完全なものであるということを理解しなければならない。分断するのは暴力行為であり、自然に逆らう」

 

「でも、どうやるのですか?」

 

「とてつもなく邪悪な行為による。殺人は自らの魂を引き裂く。分霊箱を作ろうとする魔法使いは、破壊を自らの為に利用するのだ。殺人によって引き裂かれた部分を、物に閉じ込める」

 

「閉じ込める? でも、どうやって——」

 

「呪文がある。聞かないでくれ、これ以上は知らない!」

 

 スラグホーンは首を振った。

 

「私がやったことがあるように見えるかね? 私が殺人者に」

 

「いいえ、勿論そんなことは……すみません。お気を悪くさせるつもりは……」

 

 リドルは慌てて言葉を取り繕うが、まだ何か知りたいことがあるようだ。

 

「でも、僕がわからないのは……本当にこれはただの好奇心なのですが、1つの分霊箱で役に立つのでしょうか? 魂は1回しか分断できないのでしょうか? もっとたくさん分断するほうがより確かで、より強力になれるのではないでしょうか? つまり、例えばですが、7という数字は一番強い魔法数字です。7個の場合は——」

 

「とんでもない、トム!」

 

 リドルの言葉を遮ってスラグホーンが叫んだ。

 

「人を1人殺すだけでも十分に悪いことじゃないかね? それに、いずれにしても魂を2つに分断するだけでも十分に悪い。7つに引き裂くなど……」

 

 スラグホーンは困り果てた顔で黙り込む。

 このような話を始めるべきではなかったと後悔しているようだった。

 

「……勿論、すべて仮定の上での話だ。我々が話していることは、学問的な話。そうだね?」

 

「ええ、勿論です。先生」

 

 リドルはすぐさま答えた。

 

「いずれにしても、トム……黙っていてくれ。私が話したことは少し世間体に悪い。ホグワーツでは……この話題は禁じられている。ダンブルドアは特にこのことについては厳しい」

 

「一言も言いません。先生」

 

 リドルはそう言い残し部屋を出ていった。

 

「ハリー、ありがとう。戻ろうぞ」

 

 ダンブルドアはグイとハリーの肘を引き上げる。

 そのまま暗闇の中を舞い上がり、2人は校長室へと戻ってきた。

 

「ヴォルデモートは分霊箱を作った……それも複数」

 

 ハリーが確認するようにダンブルドアに問う。

 ダンブルドアは何かを思い出すように目を瞑った。

 

「4年前、わしはヴォルデモートが魂を分断した確かな証拠と考えられる物を受け取った。リドルの日記じゃよ」

 

「どういうことですか、先生」

 

「君が説明してくれた現象は、わしが一度も目撃したことのないものじゃった。あの日記に籠められたものが、単なる記憶だったとしたらあそこまでの惨事にはならなかったじゃろう。単なる記憶が手中にした少女の命を搾り取るだろうか。それはありえぬ。あの本の中には何かもっと邪悪なものが棲みついておったのじゃよ。……魂の欠片じゃ」

 

 ダンブルドアはキャビネットから穴の開いた日記帳を取り出す。

 

「わしは確信した。日記は分霊箱だと。しかし、1つの答えは得たものの、より多くの疑問が残った。わしが最も関心を持ち、また驚愕したのはあの日記が護りの道具としてだけでなく、武器として意図されていたことじゃった」

 

 ハリーは考える。

 確かに自分の魂の一部を、そんな無造作に武器として使用するだろうか。

 もし分霊箱が1つであるとしたら、それはあまりにも不用心だ。

 

「気が付いたようじゃの。ヴォルデモートは複数の分霊箱を持っておる。信じたくはないが、そう考えると説明がつくのじゃ。そして、今見たホラスの記憶が、2つ目の証拠じゃ」

 

「リドルは7つの分霊箱を求めた。それも学生の頃に。つまり……」

 

「いや、ハリー。分霊箱を7つ作ってしまったら魂は8つに分かれることになってしまう。分霊箱は日記を含めて6つあると推測できる。ハリー、わしは死ぬ前に全ての分霊箱を壊すつもりじゃ。その準備として、パチュリー・ノーレッジを自らの城へと引き入れた」

 

 ダンブルドアは1枚の写真をハリーに見せる。

 そこにはダンブルドアとドージ、そしてパチュリーが写っていた。

 

「彼女を教師にしたのは分霊箱を見つけるため?」

 

「そうではない。邪魔をされないためじゃ。不確定要素を自分の管理できる場所に置いておきたかったというのが大きい。もし彼女がヴォルデモートに全面的に協力したら、明日にでも魔法界はヴォルデモートの手に落ちるじゃろう」

 

「そんなことは……ありえるのでしょうか?」

 

「ありうることなのじゃ。……ハリー、今日はここまでにしよう。次の授業の日程は今日と同じように伝えよう」

 

 ハリーはできれば今日全てを教えてほしかったが、ダンブルドアはこれ以上情報を与えてもハリーが混乱するだけだと思ったのだろう。

 

「ハリー、次の授業までによく考えてくるのじゃ」

 

 ハリーは少し未練を感じたが、校長室を後にする。

 ダンブルドアは自分以外誰もいなくなった校長室で1枚の羊皮紙を取り出した。

 

『マールヴォロ・ゴーントの指輪は既に我が手に T.M.L.』

 

 T.M.L.とは一体誰なのかとダンブルドアは考える。

 ヴォルデモートの本名はトム・マールヴォロ・リドル。

 LではなくRだ。

 そしてヴォルデモートは自らの本名を嫌っている。

 もしダンブルドアに向けてメッセージを残すとしても、このような形で名前を残すとは思えない。

 そう、この羊皮紙はゴーントの屋敷で見つけたものだ。

 ダンブルドアはこの羊皮紙を見たとき、一瞬自分の思惑がバレてヴォルデモートが分霊箱を回収したものと思った。

 だが、羊皮紙に書かれた名前を見てそうではないと考え直す。

 

「なんにしてもゆっくりとしている時間はなさそうじゃの」

 

 ダンブルドアは机の引き出しに羊皮紙を仕舞い、憂いの篩から記憶を回収した。

 


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