私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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クリスマスパーティーとか、分霊箱とか、要求とか

 クリスマス休暇に入る1日前の夕方、大広間に多くの蝙蝠が飛び込んだ。

 生徒たちは一瞬何が起こったか分からなかったが、その蝙蝠たちはまっすぐ特定の人物の元へと降り立つ。

 1匹はダンブルドアへと、もう1匹はマクゴナガルへと。

 その他にも多くの職員のもとへ蝙蝠が降り立っていく。

 ハリーは何事かと教職員テーブルを見たが、そのうちの数羽がハリーの前へと降りたった。

 生徒の一部から悲鳴が上がるが、ハリーはその蝙蝠の足に掴まれた手紙に気が付く。

 1匹はハリーに、ほか数匹はロン、ジニー、ハーマイオニー宛てだった。

 

「伝書蝙蝠? そんなの聞いたことないけど……」

 

 ハーマイオニーが少し警戒しながら手紙を受け取る。

 手紙を配達し終えた蝙蝠たちは隊列を組んで夜の闇へと消えていく。

 ハリーたちは顔を見合わせつつも、手紙の差出人を確認した。

 手紙には封蝋がしてあり、そこには厳つい紋章が刻印してある。

 ハーマイオニーはその紋章の模様の中にスカーレットの文字を確認した。

 

「これ、レミリアさんからじゃないかしら。ほら、ハリーの手紙の紋章も同じ」

 

 ハーマイオニーは極力ロンを見ずにハリーに教える。

 ロンはクィディッチの試合が終わった時からラベンダーと付き合っており、そのせいもあって現在2人は喧嘩中なのだ。

 

「とにかく開けてみよう」

 

 ハリーは封蝋を破り手紙を取り出す。

 そこには1枚のカードが入っていた。

 

『紅魔館で開かれるクリスマスパーティーへご招待致します。12月24日午後10時にこの招待状をお持ちください』

 

「招待状みたいだ」

 

 ハリーはちらりとロンの顔を見る。

 どうやら全く同じものが送られてきたようだった。

 ハーマイオニーは顔を覆って驚いている。

 

「まあ、どうしましょう! 一昨年のドレスローブが着れるとは思えないし……」

 

「この招待状をお持ちくださいってどういうことだろう?」

 

 ハリーが頭を捻っているとハーマイオニーが教えてくれた。

 

「これ、ポートキーになっているわ。多分クリスマスのこの時間になると発動するものだと思う」

 

 ハーマイオニーはすっかり行く気になっているようだった。

 ハリーは招待状をもう一度読み、裏返したりして調べた後にローブの中に仕舞い込む。

 行くかどうかはクリスマス休暇に隠れ穴に行ったときにでも考えよう。

 ハリーはもう一度教職員テーブルの方を見る。

 ダンブルドアは面白いものでも見るかのように招待状を持って微笑んでいる。

 マクゴナガルは怪訝な顔をし、ハグリッドは何故俺まで? と言った顔をしていた。

 そのほかにもスネイプやトレローニーなど、結構多くの職員が招待されていることが分かる。

 ハリーが一番驚いたことは、パチュリーも招待状を受け取っていたことだろうか。

 

 

 

「これ凄く行きたいんだけどママが許可するかな?」

 

 男子寮の寝室で、ロンがベッドに寝転がりながら招待状を見ている。

 あとでわかったことだが、ネビルも招待状を受け取ったようだ。

 

「ばあちゃんはきっといいっていうと思う。ばあちゃんはスカーレットさんのことを凄く気に入っていたし」

 

 ネビルがまさに夢心地だと言わんばかりに答えた。

 ハリーは目を瞑りパーティーの様子を想像してみる。

 きっと物凄いパーティーに違いないと、ハリーは思った。

 だが、少し気にかけていることもある。

 

「レミリアさん、咲夜のことはどう思っているんだろう?」

 

 ハリーがぽつりと呟くとロンとネビルの顔が少し暗くなる。

 

「ハリーは夏に彼女の館に行ったんだろ? どうだったんだ?」

 

「殆ど意識がないような状態だったって言っただろう? 今思えば、流されるままに行動してた気がする」

 

「そうじゃなくて、建物の内装とか」

 

 ハリーは小悪魔と一緒に歩いた廊下を思い出した。

 

「なんというか……ホグワーツを赤く豪華にして3回ぐらい捩じったような感じかな」

 

 ハリー自身うまく説明できたとは思えなかった。

 ロンとネビルも首をかしげている。

 

「でも、パーティーをするのだとしたら大きなホールを使うんだと思うし、僕はそこには行ってない」

 

「そうだよな」

 

 ロンは大きく伸びをし、招待状をトランクに投げ込む。

 ハリーも招待状を仕舞い込むとベッドで眠りについた。

 

 

 

 

 

「勿論いいですとも。私もお父さまも、騎士団メンバーは全員受け取っているそうよ」

 

 隠れ穴に帰ってロンは開口一番にクリスマスパーティーのことを聞いたのだが、モリーから返ってきた答えは予想外のものだった。

 その時隠れ穴にはモリーの他にビルとフラーがいたのだが、皆招待状を持っている。

 

「騎士団員全員ということは、シリウスも?」

 

「ええ」

 

 ハリーはほっと安堵する。

 つまりは主催者がスカーレット家になっただけで、いつも通りのクリスマスが過ごせると思ったからだ。

 

「さあ、ロンもハリーもローブを新調しないとね。一昨年から比べるともう20センチは大きくなっているでしょう?」

 

 モリーは嬉々としてロンの肩を叩くが、ロンは何か思い詰めたような顔をした。

 

「ねえ、ママ。このローブ、少し大きくできないかな?」

 

 ロンは荷物の中から深いブルーのタキシードを取り出す。

 モリーは少し眉を顰めた。

 

「貴方に買い与えたローブってそんな立派なものだったかしら」

 

「これ、咲夜が仕立ててくれたやつなんだ。勿論、無理ならそれでいいんだけど……」

 

 ロンは少し目を伏せる。

 モリーはロンの肩を優しく抱いた。

 

「大丈夫。少し大きくすればまだ着れるわ」

 

「なんだよ。やめろよなそういうの。弄れないじゃないか」

 

「あのオンボロフリフリのほうが受けがいいぜ兄弟」

 

 突然バチンと大きな音がしてフレッドとジョージが姿現ししてくる。

 そして交互にロンの髪の毛を滅茶苦茶にした。

 

「やめろよ! 店はいいのか?」

 

 ロンは髪を押さえつけながら双子に問う。

 フレッドが窓の外を指さした。

 

「見ろ。もう日が沈んだ。このご時世日が沈んだ後に出歩く奴なんていないぜ」

 

 それはもっともだとハリーは頷く。

 とくにフレッドとジョージの店は子供を対象としている。

 あまり遅い時間まで営業していても意味がないんだろう。

 

「それにうちは基本的にはふくろう通信販売だからな。客の殆どはホグワーツだ」

 

 ジョージが答えた。

 2人の手にもしっかりと招待状が握られている。

 どうやらレミリアは多くの人間をパーティーに誘ったようだった。

 

「さあ、夕食にしましょう。すぐにお父さまとパーシーも帰ってくるわ」

 

「「パーシーだって!?」」

 

 フレッドとジョージが同時に声を上げる。

 いや、2人だけではない。

 ロンも、そしてジニーも愕然とした顔をモリーに向けていた。

 

「あの石頭が帰ってくるのか? どういう風の吹き回しさ?」

 

「とっくに仲直りしました。ほら、運んで頂戴」

 

 モリーの言葉にフラーがいそいそと料理の配膳をしていく。

 ロンはどうしていいか分からないようにハリーと顔を見合わせる。

 まさに驚くことが続いていると言わんばかりの表情だ。

 

「何というか、幸運の液体効果がまだ続いているのかな?」

 

 ロンがスープの器を運びながらハリーに聞く。

 

「そんなはずはないよ。だって盛ってないんだから」

 

 ハリーは軽く肩を竦める。

 

「お帰りだわ。ここ任せるわよ!」

 

 モリーは台所の指揮をフラーに任せて玄関口へと駆けていく。

 そして数秒ほど扉越しにやり取りを交わし、アーサーとパーシーの2人を家の中へと入れた。

 

「うわ、ほんとに一緒のご帰還だ」

 

 ジニーが小声で呟く。

 確かにアーサーとパーシーは親しそうに話しながらマントを脱いでいる。

 

「やあみんなお揃いじゃないか! ハリー、よく来た」

 

 アーサーはハリーを見つけると朗らかに笑い、テーブルについた。

 

「母さん、先に鞄を上に置いてきます」

 

 パーシーはモリーに微笑むと軽快に駆け上がっていく。

 あまりにも変わり果てた三男を見てフレッドは軽く口笛を吹いた。

 

「ありゃ一体誰だ? あのカチンコチンに何があったらああなるんだよ」

 

 ジョージはポカンとした表情をしたままそう唸った。

 パーシーは1分としないうちに下に戻ってきて席につく。

 ハリーとロンも椅子に腰かけた。

 

「皆スカーレット氏からの招待状をもらったようだね。魔法省にも多数舞い込んでそりゃてんてこ舞いだった。魔法省の事務所は蝙蝠が飛ぶようにできていないからね。特に昇降機から何匹ものオオコウモリが出てきたときなんか隣にいた女性職員が倒れてしまって」

 

 アーサーは全員が着席したのを見計らって食事を始める。

 やはりアーサーとパーシーの2人も招待状を受け取っているようだった。

 

「ようパーシー、あのハゲの調子はどうだ?」

 

 フレッドがパーシーを煽るようにそういうが、パーシーは微笑みながら首を振るだけだった。

 

「クィレル大臣を侮辱しようと思うんだったら言葉を選んだ方がいい。あの人はご自分で禿げていることをジョークに上げるぐらいだ」

 

「そいつはクールだ。ダンブルドアみたいなやつだな。ジョークがどうあるべきかよくわかっている」

 

 ジョージはニヤリと笑う。

 他人の特徴を上げて笑うよりも自分の特徴を上げて笑わせる方が何倍も価値があるとわかっているのだ。

 

「最近魔法省はどうなの? 死喰い人は?」

 

 ハリーはアーサーに聞いた。

 

「忙しいかぎりだが、状況は今年の夏に比べれば全然よくなってきている。全体の状況に関してはパーシーの方が詳しいだろう」

 

 アーサーがパーシーに話を振る。

 パーシーはパンをもしゃもしゃと食べながら口を開いた。

 

「情勢は安定してきているよ。ようやく各局が新しい政策に慣れてきたようでね。仕事も効率化が随分図られてきている」

 

「だめだ。全然変わってねぇ」

 

 ジョージがぐでっと肩を落とした。

 その様子にパーシーは首をかしげる。

 

「なんにしてもクィレル大臣は素晴らしい。誰よりも献身的に働いて、そして何より人を思っている」

 

 ハリーは全く変わっていないというジョージの言葉の意味を理解した。

 相変わらず大臣にぞっこんで、その人物にとことん振り回される、そういう意味だろう。

 大臣が悪い人間だったらパーシーも悪い人間になり、大臣がいい人間だったらパーシーもいい人間になる。

 物凄い流されやすい人間なのだ。

 その後は各自が自分たちの近況を順番に話していく。

 ウィーズリー・ウィザード・ウィーズは大繁盛しているらしい。

 グリンゴッツは相変わらず忙しいが、魔法省との連携もうまくいっているようだ。

 ハリーにはグリンゴッツと魔法省が何故連携しないといけないのかわからなかったが、銀行と政府は切っても切れない間柄にあるものだ。

 

「ホグワーツはどうなんだ? 変わったことはないか?」

 

 アーサーはハリーとロン、ジニーを見ながら聞いた。

 

「別に普通よ。ちょっと危険な薬が流行ってるけどね」

 

 危険な薬という言葉にその場にいる全員が何かしらの反応を見せる。

 ハリーが慌てて言葉を付け加えた。

 

「魔法薬ブームなんだ。みんな警戒してムーディみたいになってる」

 

 ハリーはパチュリーのことから順に説明をしていく。

 凄い人が教師になったということと、その先生が開発した調合法がホグワーツで流行っているということを話した。

 

「そんな危ない授業……ダンブルドアは何も言わないの?」

 

 モリーは怪訝な声を出す。

 

「ダンブルドアには一言言いたいね。なんでそんな面白そうな先生を僕らが卒業した後に持ってくるんだよ!」

 

 フレッドが冗談半分で怒った。

 ジョージもブーブーと不平等だと訴える。

 

「そういう問題じゃありません!」

 

 モリーが怒鳴った。

 

「だがね、モリー。その先生は便利な方法を教えただけであって、それで問題を起こせと言ったわけじゃない。そうだろ? ハリー」

 

「はい。それにきちんと解毒薬の調合法も共に教えています。」

 

 解毒薬という単語にパーシーがピクリと反応した。

 

「先ほどイモリ年の生徒には真実薬も教えていると言ったね。それの解毒剤も教えているのかい?」

 

「ん? うん、そうだよ。じゃないと今頃ホグワーツじゃ暴露大会だ」

 

 ロンがハリーの代わりに答える。

 パーシーの言いたいこと理解し、アーサーも顔を顰める。

 

「真実薬の解毒剤だって? 真実薬に解毒剤なんてあるのか?」

 

「あることにはあるよ、父さん。でも調合するのが物凄く難しくて今ではホラス・スラグホーンにしか調合できないと言われている」

 

 ビルは難しい表情をしながら言う。

 もし真実薬の解毒剤が生徒でも作れてしまうほど簡単な物だったら、真実薬を用いた証言は無効になると言えるだろう。

 数秒全員が何かを考え込むように沈黙する。

 その後は何事もなかったかのように話題を変え話を続けた。

 触れてはいけない話だと、全員が察したのだろう。

 

 

 

 

 

 クリスマスパーティー前日、私はパーティーホールの準備を進めていた。

 私は机を1つずつ持ってきて会場に設置していく。

 魔法でテーブルを出現させることもできるのだが、魔法で作った道具ではあまりに品がない。

 美鈴さんは運んできたテーブルにクロスを掛けていっている。

 小悪魔は結界を何重にも張りなおし、ポートキー用の設定を組み込んでいた。

 

「結局何人呼んだんだっけ?」

 

 美鈴さんが会場の端から大声を張り上げる。

 

「50人ぐらいですよ」

 

「じゃあいつもと規模は変わらないんですね」

 

 いつもならマグルの世界の富豪や首相なども呼ぶのだが、今回は魔法界の人間を多く呼んでいる。

 お嬢様には何か考えがあるようだが、今年で最後と思うと少し寂しい気がする。

 私はテーブルの配置を終え、小悪魔はテーブルに料理を出現させるための魔法を掛けていった。

 会場を飾り付けるのが普通なのかもしれないが、無駄な装飾は逆に品を悪くする。

 

「明日のパーティーには誰を呼んだの?」

 

「魔法省、ホグワーツ、騎士団から大勢です」

 

「なんて曖昧な」

 

 美鈴さんの問いに私は答えるが、人名を挙げ始めるとキリがない。

 紅魔館で開かれるパーティーは立食形式なので人数をきっちり把握する必要はないのだ。

 

「ポートキーの設定終わりました。でも大丈夫なんですか? こんなに多くのポートキーを使って。魔法省にバレません?」

 

 小悪魔が魔導書を抱えながらこちらへと近づいてくる。

 

「大丈夫よ。全部魔法省公認のものだから。別に非合法なパーティーを開こうってわけじゃないし」

 

「魔法省に身内がいるとやりたい放題ですね」

 

 小悪魔は笑うが、そう簡単な話でもない。

 クィレルとお嬢様の繋がりは極力隠さないといけないのだ。

 

「クィレルが色々と手を回してくれたのもあるけど、ちゃんと正規のルートで申請を通したわ」

 

「へえ、事務仕事は私にはさっぱりだ」

 

 うがー! と美鈴さんは床の上を転がるが、美鈴さんも事務仕事はできるはずだ。

 私がいなかった時代やホグワーツにいた頃は美鈴さんがそのような仕事をやっていた。

 

「それじゃあ私は明日のパーティー用の料理を作ってくるわ。美鈴さんはこのまま会場の準備を続けてください。小悪魔は館にいる妖精メイドを集めて。今の時間が4時だから……5時までに頼むわ」

 

 私は一度会場を離れて厨房に移動する。

 そして時間を止め、かたっぱしから食材を調理し、出来上がった料理の時間を停止させて転送用の棚に並べていった。

 止まった時間の中で20時間ほど調理をし、ようやく全ての料理を作り終わる。

 その頃には厨房の中は出来上がった料理で溢れかえっていた。

 

「ちょっと作りすぎたかしらね」

 

 夢中で料理していたせいか何時もの倍以上の料理が目の前に並んでいる。

 まあ、作ってしまったものは仕方がない。

 料理がなくなったらすぐに補充されるように魔法を組み直し、私は時間を確認した。

 時間を止めて料理をするといっても料理の過程でどうしても時間停止を解除しないといけない時がある。

 懐中時計は4時55分を指していた。

 もうすぐ小悪魔と約束した時間だ。

 私は厨房の片づけをし、パーティーホールへと戻った。

 そこには既に多くの妖精メイドが集まっている。

 その中心には小悪魔がおり、手には板チョコを持っていた。

 どうやらチョコで釣ってきたようだ。

 

「咲夜、集めておきましたよ。はいみんな、整列してください」

 

 ワイワイガヤガヤと妖精たちが小悪魔の周りに集まっていく。

 私は小悪魔の横に立ち、杖を高く上げた。

 

「美鈴さん、小悪魔、しっかり目を瞑ってください」

 

 私が声を掛けると2人はしっかりと目を瞑る。

 

「はいはい、みんな注目!」

 

 私は全員がこちらを向いたのを確認し、自分もしっかり目を瞑って服従の呪文を掛けた。

 私がゆっくり目を開けると妖精メイドたちは虚ろな目をして立っている。

 これはパチュリー様が改良したもので、私は目を瞑っているので分からないが、杖の先がピカッと光ってその光を見たものは服従の呪文に掛かるというものだ。

 ようはメン・イン・ブラックが使っているアレと似たようなものである。

 

「よし、みんな無事服従の呪文に掛かったわね。明日のパーティーでは私が陰から指揮を執るわ。皆私の言う通りに動いたらいい。たったそれだけでいいの。幸せでしょう?」

 

 妖精メイドは先ほどのぐちゃぐちゃな配列はどこへやら、1センチの狂いもなく整列し、私に敬礼する。

 私は妖精メイドたちの時間を停止させた。

 

「妖精メイドたちの保存は終わったわ。明日のパーティー1時間前に解凍すればいいと思う」

 

「便利ねぇ」

 

 美鈴さんがつんつんと妖精メイドの頬をつつく。

 人権のへったくれもないが、本人たちも納得しているので何の問題もない。

 何も考えなくても仕事ができるというのは、妖精メイドにとっては非常に都合がいいのだ。

 私は明日姿を見られるわけにはいかない。

 妖精メイドの髪の毛を1本引っこ抜き、小瓶に保存した。

 ポリジュース薬での変装が滅多に見破られることがないのは4年生の頃のバーティ・クラウチ・ジュニアの件でよくわかっている。

 明日は妖精メイドに変装して指示を出せばいいだろう。

 私は会場内を見回し、不備がないことを確認する。

 そして意識を集中し、パーティーホール全体の時間を止めた。

 

「冷凍保存、便利だよね。ほんとに」

 

 私たち3人は会場の外へと避難し、最後に完全に会場内の空気を固定させる。

 これで明日パーティーを行うまでは埃が舞うことがない。

 

「正確には固定なので冷凍とは違うんですけどね」

 

「同じだって。そういえば小悪魔のパーティーローブはどうするの?」

 

 美鈴さんは小悪魔の今の服装を見る。

 制服のような服はパーティーに相応しいものだとは思えなかった。

 

「従者として参加する予定ですので……メイド服?」

 

「ぴったりなサイズを用意しておくわ。……悪魔に転生する前に着せたかったわね」

 

 その姿を想像したのか美鈴さんが噴き出した。

 小悪魔は少し顔を赤くして怒る。

 

「もう、ふざけないでください。メイド服の準備は任せます。分霊箱はどうするんでしょう。お嬢様から何か聞いていますか?」

 

「ああ、そのことなんだけど、お嬢様の部屋に持っていって。この時間帯は部屋で事務仕事をなさってると思うから。そのあとに妹様の部屋の掃除をお願い」

 

「わかりました」

 

 小悪魔はまっすぐお嬢様の部屋へと飛んでいく。

 最近小悪魔は妹様と会うことをお嬢様に許可されたのだ。

 妹様は相変わらず地下の部屋から出てこようとしない。

 出てこられたらそれはそれで問題になりそうだが、お嬢様はそれを望んでいる。

 

「小悪魔もすっかり1人前かぁ……」

 

 美鈴さんはほっこりとした笑顔で呟いた。

 

「やっぱり1人前の基準はそこなんですか?」

 

「多分ね」

 

 美鈴さんは大きく伸びをすると自分の部屋の方へと歩き出す。

 私も自分の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 クリスマスイブの夜。

 隠れ穴では綺麗に着飾った魔法使いと魔女で溢れていた。

 

「みんな着替えたわね。フレッド、変なものを持っていくんじゃないわよ」

 

 モリーが皆の服装をチェックしていく。

 ハリーは新しい深緑のダンスローブを、ロンは深い青色のタキシードを着ていた。

 ジニーはオレンジ色のドレスローブを着ており、軽く化粧もしている。

 

「持ってくなだって? 商売道具だぜ?」

 

「営業に行くんじゃないんですからね!」

 

 モリーが指摘するとフレッドとジョージは渋々ローブの中から悪戯用品を出していく。

 素直に応じているが、きっとまだ多くの悪戯用品を隠し持っているだろう。

 

「あと10分!」

 

 アーサーが大きな声を出す。

 それを聞いて全員がバタバタと用意をし始めた。

 と言っても何かを持っていく必要はない。

 準備をしなくてはいけないとしたら、服装と平常心ぐらいだ。

 

「みんな招待状を手に持って!」

 

 モリーは鞄の中から招待状を取り出した。

 皆各自送られてきた招待状を手に持つ。

 ロンが慌てたようにタキシードのポケットを漁ったが、無事に招待状を引っ張り出した。

 

「あと1分」

 

 全員ができるだけ普通の顔をしようと努力しながらその瞬間を待つ。

 ハリーは横目でロンの顔を見たが、カチンコチンに固まっていた。

 

「5、4、3、2、1……」

 

 次の瞬間ハリーの両足が地面から離れる。

 そして気が付くと目の前に大きなパーティー会場が広がっていた。

 煌びやかに飾り付けがしてあるわけではないが、内装は決して地味というわけではない。

 ハリーはこのような会場をダーズリーのところで見た映画でしか見たことがなかった。

 まさにおとぎ話の中のような雰囲気だ。

 

「すっげぇ……」

 

 ロンが目を輝かせながら呟く。

 周囲を見回すと多くの人間で会場は溢れかえっていた。

 先ほどまで一緒にいたウィーズリー一家は勿論のこと、ムーディやトンクス、ルーピン、シリウスなどの騎士団のメンバー、魔法省の役人、ホグワーツの教師など。

 他にもハリーが知らない人も大勢いる。

 

「ハリー! メリークリスマス!」

 

 声を掛けられて振り返るとそこにはネビルが祖母を連れて立っていた。

 その横にはハーマイオニーの姿もある。

 

「メリークリスマス、ネビル、ハーマイオニー」

 

「ハリー、メリークリスマス!」

 

 ハーマイオニーは目に見えて興奮している。

 一昨年とは比べ物にならない程めかしこんでいた。

 パーティーに来た人々は皆思い思いに会話を楽しんでいる。

 ここに到着してから5分ほど経っただろうか、突如足音が会場内に響き渡った。

 その足音はこの世の物とは思えないような音だ。

 大きな音ではないのだが、不思議と響き、人々の注意を引き付ける。

 一体誰のものだろうと皆が会話を止めその足音を聞いた。

 コツン、コツンと静まり返った会場に足音が響く。

 ハリーはその足音の主をすぐに見つけることができた。

 会場の舞台の上をレミリアが歩いている。

 その服装は統一感のある赤のドレスだったが、ハリーは装飾品が少し浮いていると思った。

 頭には銀のティアラをつけており、胸には重そうな金のロケットをつけている。

 右手の親指には指輪を嵌めており、その指輪も男物のように見えた。

 

「紅魔館へようこそ。人間と人狼と吸血鬼と……まあいろいろ居るわね」

 

 レミリアは舞台の中心に立つとゆっくりと話し出す。

 

「今日はクリスマスイブだけど、あんまりキリストの誕生を祝う気分でもないわ。吸血鬼だし。そう、私はただ騒ぎたいだけ」

 

 レミリアがまっすぐ手を上げ、指を打ち鳴らすとテーブルの上に色とりどりの料理が出現する。

 

「飲んで喰らって大騒ぎしなさいッ! 身分や種族なんて関係ないわ! 今年は死者が出ないことだけを祈るばかりよ!」

 

 一瞬の沈黙ののち、会場は爆発したように歓声が沸く。

 そして盛大にクリスマスパーティーが始まった。

 

 

 

 

 

 私は妖精メイドの姿を借りて会場内を歩き回る。

 給仕や客からの要望は妖精メイドが対応しており、私はその度に命令を与え妖精メイドを操っていく。

 小悪魔はメイド服を着込みお嬢様の横に立っている。

 美鈴さんはハーマイオニーに絡んでいた。

 そして私が一番心配しているのはダンブルドアだ。

 お嬢様は今レイブンクローのティアラとスリザリンのロケット、蘇りの石の指輪をつけている。

 挙句の果てにはハッフルパフのカップでワインを飲んでいた。

 分霊箱を持ってこいというのは、こういうことだったのかと私は少し呆れている。

 隠す気云々の話ではない。

 お嬢様は分霊箱が全てここにあると見せつけているのだ。

 勿論ダンブルドアは喉から手が出るほどそれを欲するだろう。

 だが、このような大勢がいる会場で力づくで奪うわけにもいかない。

 私はダンブルドアが抱えているであろうジレンマを想像して内心ほくそ笑んだ。

 私が会場内を見回すと、ダンブルドアはパチュリー様と共にお酒を飲みながら何かの話をしている。

 だが、たまにちらりとお嬢様のいるほうを見るのだ。

 パチュリー様は私の視線に気が付いたのかこちらを見て不敵に笑う。

 どうやらパチュリー様に対してはポリジュース薬でもあまり効果がないらしい。

 完全に私だと見破られているようだ。

 私は怪しまれないように2人へと近づいていった。

 

「普段あまりこのような場に出ることはないから、少し新鮮よ。アルバス、貴方は逆に飽きるほど出ているでしょう?」

 

 パチュリー様はグラスに注がれたワインを一口飲む。

 ダンブルドアは朗らかに微笑んだ。

 

「それが意外とそうでもなくての。パーティーの前の日の晩は眠れないぐらいじゃよ」

 

「そう」

 

 ダンブルドアの冗談をパチュリー様は華麗に受け流す。

 私たちが集まっているのが見えたのか、お嬢様が小悪魔を引き連れてこちらに歩いてきた。

 手にはワインの入ったハッフルパフのカップを持っている。

 小悪魔はその横でワインボトルを持って立っていた。

 

「メリークリスマス。いい夜ね、ダンブルドア。……と、そちらの彼女は初めましてかしら」

 

 お嬢様はパチュリー様を見て言う。

 

「パチュリー・ノーレッジよ。ホグワーツで魔法薬学の教師をしているわ」

 

 パチュリー様は他人行儀に答えた。

 

「そう、じゃあ貴方がかの有名なパチュリー・ノーレッジなのね。よろしくパチュリー。私はレミリア・スカーレット。今日は私が主催したパーティーに来てくれてありがとう」

 

 お嬢様が胸を張るとロケットの鎖がシャランと音を立てる。

 ダンブルドアはわざと意識していないかのようにお嬢様の顔を見ていたが、そこにはレイブンクローのティアラがある。

 完全に目のやり場に困っているようだった。

 

「素敵なティアラね。ゴブリン製?」

 

 パチュリー様がお嬢様に聞いた。

 勿論、パチュリー様はティアラの正体を知っている。

 つまり、その質問には何か意図があるということだろう。

 

「いえ、そんなちんけな物じゃないわ。これはロウェナ・レイブンクローが所有していた髪飾りよ。『計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり』、確か貴方はレイブンクロー生だったかしら。本か何かで読んだわ」

 

「詳しいのね。失われたって聞いていたけど、貴方が所有していたのね。じゃあもしかしてそのロケットは——」

 

「そう、サラザール・スリザリンのロケット」

 

 お嬢様が蛇語で何かを囁く。

 するとロケットがパカリと開き、裏側にある2つの目玉が露わになった。

 その2つの目は生きているように蠢いている。

 ダンブルドアが目を見開いた。

 

「面白いでしょう?」

 

 お嬢様はケラケラと笑ってパタンとロケットを閉じる。

 

「生きた目が入っているロケットなんて素敵じゃない? これって誰の目なのかしら」

 

「サラザール・スリザリンの持ち物なのだから、彼のじゃない?」

 

 パチュリー様は次にお嬢様が手に持っているカップを指さす。

 

「レイブンクロー、スリザリンときたらそれはハッフルパフ?」

 

「そう、ヘルガ・ハッフルパフのカップ。あとゴドリック・グリフィンドールの剣さえあれば完璧なんだけど、見つからないのよね」

 

 お嬢様は肩を竦める。

 確かグリフィンドールの剣は校長室にあるはずだ。

 

「ああ、それなら——」

 

「わしはその指輪が気になるのう。それもホグワーツの創始者に関わるものなのかな?」

 

 パチュリーの言葉を遮るようにダンブルドアが言った。

 パチュリーが剣のありかを教えてしまうことを恐れたのだろう。

 

「ああ、これ? これはもっと凄いわ。歴史があるだけのものではないもの」

 

 お嬢様は右手をあげ、指輪がよく見えるようにする。

 

「死の秘宝ってご存知かしら。ペベレル兄弟が残した3つの魔法具なのだけど」

 

「ニワトコの杖、蘇りの石、透明マントね」

 

「Exactly.この指輪にはその蘇りの石が嵌まっているわ」

 

 蘇りの石という言葉にダンブルドアの表情がピクリと反応した。

 私は小悪魔から教えてもらったダンブルドアの過去を思い出す。

 ダンブルドアはアリアナに一言謝りたいのではないだろうかと、私は勝手に予想をつけた。

 

「蘇りの石……実在していたとはのう」

 

 ダンブルドアは平静を装ってはいるが、私の目で見てわかるほどには動揺している。

 まさにダンブルドアが今欲しいものが全て目の前にあるような状態だ。

 

「スカーレット嬢、パーティーが終わった後に少々お時間よろしいかの?」

 

「今じゃダメなの?」

 

 お嬢様はそんなダンブルドアの心境を全て読み切ったうえで弄んでいるような風潮がある。

 それはパチュリー様も同じだ。

 

「少し人には聞かれたくない話なのじゃ」

 

「そう、いいわよ。何時にこのパーティーが終わるか分からないけど、特別に10分だけ時間を取ってあげるわ」

 

 お嬢様は話は終わったと言わんばかりに何処かへ立ち去っていく。

 ダンブルドアは手に持っていたグラスの中身を一気に飲み干した。

 

「何か人には聞かれたくないって、結構物騒な話?」

 

 パチュリー様はダンブルドアの顔を見上げながらワイングラスを傾ける。

 

「少々野暮用があっての」

 

 ダンブルドアは誤魔化すように笑った。

 私は空になったダンブルドアのグラスにお酒を注ぎ、一礼してその場を離れる。

 お嬢様はウィーズリーの双子の元に向かわれたようだ。

 私はまた会場内を歩き出す。

 近場ではムーディが魔法の目でトンクスのお腹を見ていたり、シリウスがルーピンの肩を叩いて爆笑している。

 その奥には少々見慣れない組み合わせが見受けられた。

 ハリーとクィレルだ。

 2人で何かを話している。

 ハリーの横にはロンがおり、クィレルの横にはパーシーがいた。

 

「なるほど、ケンタウルスが教師を……珍しい者もいるのだな。彼らはあまり人と関わり合わないものだと思ったが」

 

「ダンブルドア先生が勧誘したそうです。ですがそのせいで群れから追い出されてしまったようで——」

 

 どうやら占い学のフィレンツェの話をしているようだ。

 もっと生々しい話をしているものかと思ったが、面白そうな話は聞けそうにない。

 私は更に奥へと進む。

 先ほどハーマイオニーに絡んでいた美鈴さんは今はネビルに絡んでいる。

 その様子は酔っ払いのようだったが、酒には酔っていないようだった。

 まあ、いつも通りと言えるだろう。

 ハーマイオニーの横を抜けて奥へと抜けると、誰とも話をせず、独りでグラスを傾けている青年を発見する。

 ドラコ・マルフォイだ。

 その様子を見て一瞬話す相手がいないだけかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 何かを考え込むように、神妙な面持ちでグラスを傾けている。

 ドラコのいるその一角だけ、まるで葬式のような雰囲気が漂っていた。

 

「どうかなされたのですか?」

 

 私はついドラコに話しかけてしまう。

 今現在妖精の姿なので、私だと気が付かれることはないだろう。

 ドラコは一瞬誰から話しかけられたのか分からなかったらしく、周囲を軽く見回す。

 そしてワインのボトルを抱えている私を見つけた。

 

「……いや、なんでもないんだ」

 

 そう言ってまた一口酒を煽る。

 そして何か思いついたように私に声を掛けた。

 

「君は十六夜咲夜という従者を知っているね? ここの館で働いていたメイドだ」

 

「はい。十六夜咲夜メイドちょーですよね。ご存知ですよ。ご存知ご存知」

 

 私は妖精の馬鹿っぽい口調を真似て答えた。

 ドラコは少し私に興味を持ったように、体の向きを変えた。

 

「ここで働いていた彼女はどんな人物だったんだ?」

 

 難しいことを聞いてくるものだ。

 ドラコはどうやら私のことを考えていたようである。

 

「メイドちょーですか? メイドちょーは……消えたり、現れたり……厳しい人です」

 

 私のそんな答えにドラコは満足できなかったらしい。

 少し不満そうな、そして失望したような顔をしていた。

 

「そうか、もういい」

 

「しつれーいたします」

 

 ぺこりと頭を下げて、私はドラコの横を通り過ぎる。

 ドラコは私の死をまだ引きずっているのだろうか。

 私は会場内を歩きながら考える。

 まあでも、姿を見せられないので死んでいるも同然だ。

 私は引き続き会場内を徘徊し、妖精メイドに指示を与えながら自分も給仕をこなしていった。

 結局この後パーティーは深夜の1時まで続き、パーティーの参加者はポートキーに乗って家まで帰っていく。

 1時半には殆どの参加者が帰路につき、最終的にはダンブルドアだけが残った。

 

「んー……、疲れた。今年も楽しかったわね。で、用事だったわね。ここじゃなんだし、応接間を準備させるわ。そこの妖精メイドB、応接間の準備をしてきなさい」

 

 お嬢様は私を指さし命令を下す。

 

「かしこまりました」

 

 私はぺこりとお辞儀をすると応接間のほうへと飛んだ。

 会場の後片付けは美鈴さんに任せればいいだろう。

 私はパーティーホールを出ると廊下を進み応接間へと入る。

 そして時間を止め簡単に掃除をし、紅茶の用意をした。

 時間停止を解除し、しばらく待っているとお嬢様がダンブルドアと小悪魔を連れて応接間に入ってくる。

 お嬢様とダンブルドアは向かい合って座り、小悪魔と私はお嬢様の両脇へと立った。

 

「さて、用事って一体何? 血生臭いものかしら」

 

 お嬢様は冗談を飛ばすが、ダンブルドアの表情は真剣そのものだ。

 

「実はじゃがのう……スカーレット嬢。少々譲ってほしいものがあるんじゃよ」

 

「譲る? 席なら譲らないわよ。私は貴方より年配だもの」

 

 私はお嬢様とダンブルドアに紅茶を出す。

 お嬢様は何の躊躇いもなくそれに口を付け、逆にダンブルドアはそれに触れようとさえしなかった。

 

「決してわしの私利私欲でこのようなことを言っているとは思わんで欲しい。貴方の今身に着けている物を、わしに譲ってくれんか? ティアラに、ロケットに、指輪に、カップじゃ。貴方はこれが何かを知って身に着けておるように見える」

 

「欲張りさんね」

 

 お嬢様が小悪魔に目配せする。

 小悪魔は手をくるりと回し銀の盆を取り出した。

 お嬢様は分霊箱を1つずつその盆の上に載せていく。

 

「ロウェナ・レイブンクローの髪飾り、サラザール・スリザリンのロケット、ヘルガ・ハッフルパフのカップ、蘇りの石がついた指輪。これはもともとゴーントの持ち物だったと言っていたかしら」

 

 小悪魔は分霊箱の載った盆を持ち、お嬢様の横に戻る。

 

「さて、ダンブルドア。貴方このようなお宝が何の代償もなく手に入るとは思っていないわよね?」

 

 お嬢様はまっすぐダンブルドアを見据える。

 

「ガリオン金貨ならたんまり貯め込んでおる。グリンゴッツのわしの金庫をそっくりそのままスカーレット家に献上しよう」

 

「人間の定めた価値を押し付けるな。反吐が出る」

 

 お嬢様は冷ややかな視線をダンブルドアに向けた。

 

「すまなんだ。気を悪くさせるつもりはなかった。……では、わしの杖腕でどうじゃ」

 

「あと半年とちょっとで死ぬ人間の一部なんていらないわ」

 

「では、貴方は代償として一体何を欲する?」

 

 ダンブルドアは困惑した視線をお嬢様に向ける。

 お嬢様は真剣な顔でダンブルドアを見た。

 

「十六夜咲夜を返しなさい」

 

 その言葉にダンブルドアは雷に打たれたような顔をした。

 お嬢様の言葉に私もそう来たかと内心驚く。

 どうやらお嬢様は分霊箱を渡す気など更々ないようだった。

 

「スカーレット嬢、彼女は魔法省で——」

 

「嘘……そんな話信じないわ。貴方が隠してしまったんでしょう!?」

 

 お嬢様はソファーから立ち上がり感情的に叫ぶ。

 その眼には涙が浮かんでいた。

 

「咲夜は騎士団の仕事中に死んだと貴方は言ったわ! 返して、私の……私の咲夜を返して……」

 

 お嬢様は固く拳を握りしめる。

 その力があまりにも強すぎたためか、拳からは血が滴り始めた。

 

「彼女のことは本当にすまなかったと思っておる。じゃが彼女は貴方の為に行動していたと理解してほしい」

 

「死んだなんて嘘! 貴方が隠したんだわ! 返しなさい……返しなさいよッ!! 何度呼び出してもあの子は出てこない。何度も、何度も試したわ……」

 

 お嬢様は乱暴に指輪を掴み取ると手の中で何回も転がす。

 

「あの子は生きているんでしょう? 貴方の都合で、まだ何処かで働いているんでしょう!? 十六夜咲夜は私の従者よ。私の……大切な……家族よ!!」

 

 お嬢様の目から涙が溢れ、お嬢様はソファーに蹲ってしまう。

 私は静かに寄り添ってお嬢様の背中を優しく撫でた。

 お嬢様の背中はプルプルと震えている。

 私はこの感覚に身に覚えがあった。

 どうやらお嬢様は必死に笑いを堪えているようだ。

 応接間にお嬢様の嗚咽が響き渡る。

 ダンブルドアはどうしていいか分からないといった顔をしていた。

 

「ダンブルドア様、今日のところはお引き取りください」

 

 小悪魔が単調にダンブルドアに言う。

 ダンブルドアも今日は退散することにしたらしい。

 ゆっくりとソファーから立ち上がった。

 

「彼女はもうこの世にはおらん。あのアーチを潜ってしまったのじゃ。あの奥がどうなっているのか、あの中から戻ってきた者は1人もおらん。今日はすまなんだ。つらいことを思い出させてしまって……失礼する」

 

 ダンブルドアは招待状を取り出し、それに杖を当て何処かへ消える。

 その瞬間お嬢様はむくりと起き上がった。

 その表情は先ほどと打って変わって非常にケロリとしている。

 

「生きてる人間を蘇りの石で呼び出せるわけないだろバーカ! あははははは! お腹痛いッ——」

 

 お嬢様はそのままソファーを叩きながら大爆笑する。

 私は耳を引っ張り元の姿へと戻り、紅茶を片付けた。

 

「お嬢様演技お上手ですね」

 

 小悪魔は感心したように頷いている。

 そう、私の死というのはダンブルドアがお嬢様に対して作った弱みだ。

 これでダンブルドアは分霊箱の場所が分かっているのにそれに手出しができないという、ある種のジレンマを抱えることになる。

 

「さて、変人の間抜け面も拝めたところで私は自分の部屋に戻るわ。小悪魔、分霊箱の管理は貴方に任せるわね。咲夜、服が濡れてしまったわ。私の部屋で着替えるのを手伝って頂戴」

 

 お嬢様は目に残っていた涙を手の甲で拭うと応接間を出ていく。

 私は静かにその後を追った。

 

「あれでよかったのですか? お嬢様」

 

「いいのよ。これでこちらのさじ加減で戦争を起こすことができるわ。魔法省に、分霊箱。私は2つの鍵を手に入れた」

 

 お嬢様の部屋に入り、ドレスを脱ぐのを手伝う。

 お嬢様はいつもの服に着替えると机に向かった。

 

「じゃ、パーティーの後片付けをお願い」

 

「かしこまりました」

 

 私は一礼するとお嬢様の部屋を出る。

 そして廊下を進みパーティーホールへと戻ると妖精メイドの指揮を執り始めた。

 


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