私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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恋愛とか、記憶とか、回想とか

 ダンブルドアは校長室で憂いの篩と向き合っていた。

 ローブから小瓶を取り出し、中に入っている記憶を水盆へと落とす。

 その記憶はムーディのものだ。

 ダンブルドアは一度この記憶を見た。

 だが、見返す必要があると感じたのだろう。

 ダンブルドアは水盆へと顔をつけ、記憶の中へと落ちていった。

 記憶は昨年の夏、神秘部での戦いのものだ。

 ムーディ自身は床に倒れているが、彼の魔法の義眼のおかげでアーチはよく見える。

 咲夜は1人でクラウチとレストレンジの2人を相手取り、魔法を撃ち合っている。

 ダンブルドアはこのシーンで不思議に思うことがあった。

 何故咲夜は時間を止めて2人を攻撃しないのかと。

 彼女の能力を用いれば相手が何人いても関係ないはずだ。

 咲夜と死喰い人2人の戦いは接近戦へともつれ込み、クラウチが咲夜の腹部へと蹴りを入れる。

 咲夜はそれを避けるように後ろへと飛び、アーチに気が付いて顔を真っ青にする。

 そしてもがく様に手で空を掻いたがそのままアーチを潜り抜け消え去った。

 ダンブルドアはアーチを覗き込むが、向こう側が見えるだけである。

 咲夜は完全にアーチを潜っている。

 彼女は完全に死んだのだ。

 ダンブルドアは校長室に戻ってきて考える。

 レミリアの願いを叶え、分霊箱を譲り受けることはできない。

 レミリアの話では咲夜を蘇りの石で戻ってこさせることはできないと言っていた。

 つまり咲夜は魂ごと消滅してしまったと考えたほうがよいのだろう。

 

「ではどうするべきか……」

 

 何百、何千もの方法がダンブルドアの頭の中で思いついては消え、思いついては消えを繰り返していく。

 だがどれもよい方法だとは思えなかった。

 

 

 

 

 新学期が始まって早々にダンブルドアとの個人授業が行われた。

 ハリーはいつものようにガーゴイル像を抜け校長室に入る。

 ダンブルドアはいつもと変わらない様子で部屋の中に佇んでいた。

 

「こんばんは、ダンブルドア先生」

 

「ハリー、こんばんは」

 

 ハリーはいつものようにダンブルドアの前へと腰かける。

 

「クリスマス休暇はどうだったかね?」

 

「非常に楽しかったです。紅魔館でのクリスマスパーティーなんか特に」

 

 ハリーは紅魔館で行われたクリスマスパーティーのことを思い出す。

 ハリーが会いたいと思った人とは大体顔を合わせることができ、料理も今まで食べたことがないぐらい美味しかった。

 レミリアが言った通り、飲んで喰らって、騒ぎまくったクリスマスだと言える。

 

「それは何よりじゃ。……さて」

 

 ダンブルドアはローブから小瓶を取り出す。

 

「今日も少しわしの過去を見せよう。ノーレッジ先生とはどうじゃ? ハリー。何か進展はあったかのう?」

 

 ダンブルドアのその言葉にハリーは表情を曇らせた。

 ハリーはダンブルドアのその言葉を完全に忘れていたのだ。

 

「その様子だと忘れておったようじゃな」

 

「すみません」

 

 ハリーは申し訳なさそうに俯いた。

 

「ハリー、これはとても大切なことなのじゃ。今日見せる記憶もそれに関係することじゃよ」

 

 ダンブルドアはゆっくり小瓶の中身を水盆に落としていく。

 そしてハリーを手招いた。

 

「お入り、ハリー」

 

 ハリーは椅子から立ち上がり、憂いの篩へと近づく。

 水盆へと顔をつけ、ハリーはそのまま記憶の中へと落ちた。

 次の瞬間目の前にホグワーツの校庭が広がる。

 ハリーが空を見上げると空はよく晴れており、絶好の飛行日和に思えた。

 だが普段あまり人の集まるような場所ではないのでそこには2人しか人がいない。

 ダンブルドアとパチュリーだ。

 ダンブルドアは日向で芝生の上に寝転がっている。

 パチュリーは逆に日陰の石段に腰を落とし、本を読んでいた。

 大体3年生ぐらいだろうかと、ハリーは予想を立てる。

 

「こんなに天気がいいのに、パチュリーは日陰なのか?」

 

「日の光は物を劣化させるわ」

 

 常識でしょう? とパチュリーは冷たく答える。

 ダンブルドアは肩を竦めて空を見上げた。

 

「知ってるか? 何もしない時間っていうのは、頭の中を整理するのに必要な時間らしい」

 

 だから本を読んでいないでこっちで一緒に昼寝をしようとダンブルドアは誘う。

 

「それは暇人の言い訳よ」

 

 釣れないな、とダンブルドアは呟くが、あまり本気で誘おうとは思っていないようだった。

 そもそも本当に付き合う気がないのならパチュリーは図書室で本を読むだろう。

 ここまで出てきてくれたというだけでも奇跡に近いとダンブルドアは考えているようだった。

 

「ねえ、ダンブルドア」

 

 不意にパチュリーがダンブルドアに声を掛ける。

 ダンブルドアは跳ね起きるようにパチュリーの方を見た。

 

「どうした?」

 

 パチュリーの方からダンブルドアに声を掛けてくることは非常に珍しいことらしい。

 

「友達って、なんなのかしらね」

 

 パチュリーの問いは何とも答えにくいものだった。

 ダンブルドアはその問いに悩む。

 

「仲のいい仲間? いや、違う気がする……心を許しあえる……と言っても相手がどう思っているのか分からないしな……」

 

 ダンブルドアは友達という言葉を真剣に考え始める。

 

「まず、貴方と私は友達ではないわよね」

 

「……そう、なのか? ……そうなのかもな」

 

「貴方とドージは?」

 

「友達……のような気がする。……僕とパチュリーって友達じゃないのか?」

 

「友達なの?」

 

 パチュリーはダルそうに視線をダンブルドアへと向ける。

 ダンブルドアはその視線に少したじろいだ。

 

「難しいこと聞くなよ。変な本でも読んだか?」

 

 パチュリーは本の表紙をダンブルドアに見せる。

 その本には『友情』とだけ題があった。

 

「その本にはなんて書いてあるんだ?」

 

「何も書いてないわ」

 

 パチュリーが本のページを捲っていくが、そこには白紙のページが続いていた。

 

「白紙だな。ずっとこれを読んでいたのか?」

 

 パチュリーはコクンと頷く。

 ダンブルドアは何か考え込むように顎に手を当てた。

 

「結局、このとき答えは出なんだ。わしが友達、友情という意味を真に理解したのは卒業してから何年も経ってからじゃった。ハリー、君には勿論友達の意味は分かるね」

 

 いつの間にかハリーの横にはダンブルドアが立っている。

 

「はい、ロンや、ハーマイオニー。それにネビルにルーナに、咲夜に、セドリックに……挙げ始めたらキリがありません」

 

 ダンブルドアは咲夜の名前にピクリと反応したようだったが、そのまま話を進めていく。

 

「わしはこの前のクリスマスパーティーの時にパチュリーに同じことを問うたのじゃ。友達とはなんじゃろうかと。彼女はこう答えた。『その者の為に自分を犠牲にできるかどうか。そして、その者と血縁関係でない』とな。至極真っ当な答えじゃ」

 

 次の瞬間、ハリーは校長室に戻ってきていた。

 ダンブルドアは杖で記憶を掬い、小瓶の中へと戻す。

 

「自己犠牲、つまりは愛じゃよ。ハリー。ヴォルデモートには全く無く、君には溢れんばかりにあるものじゃ」

 

「愛……ですか?」

 

「そうじゃ、愛じゃ」

 

 ハリーにはそれが非常に曖昧なものに思えた。

 だが先年度の終わりにダンブルドアはハリーに教えたのだ。

 ハリーを守っているのはリリーの愛だと。

 親の愛が、ハリーをヴォルデモートから隠し、守っているのだと。

 

「咲夜は愛されていた」

 

 ハリーは無意識にそう呟いていた。

 

「先生、咲夜はとても愛されていました。友達から、学校のみんなから、そして何より彼女の主のレミリアさんから。先生、彼女は何故死んでしまったのでしょうか」

 

 カチャンと何かが割れる音が聞こえる。

 ハリーは一瞬何の音だが分からなかったが、ダンブルドアの足元を見て音の正体を知った。

 それはダンブルドアが、手に持っていた小瓶を地面に落とした音だった。

 ダンブルドアは明らかにその問いに狼狽している。

 そして何かを噛み殺すように目を閉じた。

 

「そうじゃな。彼女は大切にされておった。道具ではない。ましてや都合のよい存在でもない。紅魔館という大きな家族の一員だったのじゃ。彼女の死は、わしの責任じゃよ。わしの愛が足りなかった。わしは彼女を愛してやれなんだのかもしれん」

 

 涙が1滴、小瓶を追って地面に落ちていく。

 

「ハリー、よいか。愛じゃ。人間も吸血鬼も関係ない。愛なのじゃよ。ハリー」

 

「よくわかりません」

 

 ハリーはダンブルドアの様子に困惑する。

 このようなダンブルドアを、ハリーは今まで見たことがなかった。

 

 

 

 

「愛……愛って何だろう」

 

 ハリーは談話室に戻ってきて今日の個人授業のことをロンとハーマイオニーに話した。

 ロンとハーマイオニーはクリスマスパーティーで仲直りを果たしたようだ。

 

「ハリー、考え込まないほうがいいわ。今まで数えきれないほどの哲学者が愛について考察してきたけど、未だに答えは出ていないわ。貴方が思うままでいいのだと思う」

 

 それよりも、とハーマイオニーは続ける。

 

「私、分霊箱が何処にあるか分かった気がするわ。というよりも、気が付かないほうがどうかしてた。私も貴方もロンも、この目で見てた」

 

「どうかしてて悪かったな」

 

 ロンがブスッとした顔で言うが、急に何かに気が付いたようで目を見開く。

 

「髪飾り、ロケット、指輪、カップ……レミリア・スカーレット! そうだよ、彼女がその全てを身に着けてた」

 

 そう言われハリーも思い出す。

 レミリアの赤いドレスに少し合わない装飾品の数々を。

 

「ダンブルドアに教えた方がいいんじゃないか?」

 

 ロンが声を潜めるが、ハーマイオニーがその考えに口を挟む。

 

「ダンブルドアが気が付いていないわけないわ。私彼女とダンブルドアが話しているところを見たもの。ねえハリー、今日の授業でダンブルドアは一度でも分霊箱について触れた?」

 

「いや、触れてない。今日はノーレッジ先生のことばかりだった。でもおかしいよね? 分霊箱のありかが分かっているのならノーレッジ先生の手を借りることもないのに」

 

 ダンブルドアが一騎打ちでヴォルデモートに負けるはずがない。

 ハリーはそう考えていた。

 

「あのお嬢様が易々と自分の持ち物を他人に譲るとは思えないけどな」

 

「でも、手に入れないわけにもいかないでしょう? あれは分霊箱で、壊してしまわないといけないんだから。……レミリアさんに分霊箱のことを教えて破壊してもらうっていうのはどうかしら」

 

「それは、多分無理だ」

 

 ハリーは直観的にそう断言した。

 

「もしそれでことが済むならダンブルドアがもうやっていると思う」

 

 3人は頭を突き合わせて考え込む。

 

「じゃあ盗むとかどうだ?」

 

「それもできたらもうダンブルドアが……そうか!」

 

 ハリーはダンブルドアの個人授業の意味を理解したような気がした。

 

「ダンブルドアは分霊箱を手に入れることができない。でも、ダンブルドアより優秀な魔法使いだったらどうだろう。例えば、ダンブルドアと同期で、首席のノーレッジ先生だったら盗めるんじゃないか? それだったらダンブルドアがノーレッジ先生の力を借りようとしているのにも納得がいく。分霊箱を手に入れる手助けをして欲しいんだ」

 

 ロンはそれだ! と相槌を打つが、ハーマイオニーは納得していないようだった。

 パチュリーを利用するということに嫌悪感を覚えたのかもしれない。

 

「でも、多分今はそうするしかないんだ。ノーレッジ先生の協力が得られたら分霊箱を盗めないはずがない」

 

「でもハリー、どうするの? ノーレッジ先生は……先生の名誉のためにあんまりこういうことは言いたくなかったんだけど、……その、人とあまり関わろうとしないわ。卒業してからノーレッジ先生を見たという魔法使いは1人もいなかったの」

 

 ハリーはノーレッジ先生と友達になるにはどうすればいいかを考えるが、あまりいい方法は思い浮かばなかった。

 

「何かきっかけが必要よね。先生と友情を作る何かが……」

 

 ハーマイオニーは唸るが、やはりこれと言った具体案は出てこなかった。

 

 

 

 

 

 次の日の魔法薬学の授業。

 ハリーたち3人はいつものようにマグルの大学にあるような地下牢教室にきていた。

 そこには既に多くの生徒が机についており、ハリーたちもネビルを加えて4人で机につく。

 今日はついに既存の魔法薬ではなく、パチュリーが独自に開発した効能を持つ魔法薬に入るという。

 魔法省の教育方針を完全に無視した内容だったが、この授業に不満を持っている生徒は1人もいなかった。

 

「今日作る魔法薬は今までのような安全な物ではないわ。調合法が複雑な上に少しでも間違えると辺り一面に毒ガスをまき散らす。なので今日は私が作るところを見学なさい。私もこの授業で死者を出したくないし」

 

 今日は生徒が魔法薬を調合しないと聞いて少し落胆の声が上がるが、パチュリーは構わずホワイトボードに調合法を書いていく。

 それを見て、文句を言う生徒はいなくなった。

 

「まずバジリスクの牙を粉末状にするんだけど、この際全ての粒の大きさを40㎛にきっちり揃える必要があるわ。すり鉢では不可能だから特殊な無言呪文を用いる」

 

 その後も不可能だと思われる調合法が立ち並び、黒板一杯に反応式が書かれていく。

 ハーマイオニーは必死に理解しようとメモを取りながら唸っていたが、あの様子では間に合ってはいないだろう。

 

「さて、では調合していくわよ」

 

 パチュリーが手を振るうと机の上に置かれた材料がひとりでに動き出し、調合法に沿って規則正しく大鍋に入っていく。

 パチュリーは大きな本を取り出し、呪文を唱え始める。

 次の瞬間大鍋の中が光り輝き、そして急に薬が消滅した。

 

「これで完成。さて、これの効能が分かる生徒はいるかしら?」

 

 生徒は鍋の中を覗き込むが、そこに何かが入っているようには見えない。

 目に見えない……ハリーには思いつくことがあった。

 

「透明になる薬?」

 

「正解よ。グリフィンドールに10点あげましょう」

 

 パチュリーは鍋の中の何かを匙で掬うと、ポチャポチャと鍋の中に落としていく。

 音がするということは、確かにそこに液体があるのだろう。

 

「この薬は透明マントや目くらまし術とはわけが違うわ。完全なる消失。この薬を飲んだものを追跡することは不可能。足音はしないし、そもそも他人はこの薬を飲んだ人物を触ることができない」

 

 パチュリーは小瓶にその透明な魔法薬を詰めていく。

 

「この小瓶1杯で効果は1年。解毒剤を飲むまでは透明のまま」

 

 パチュリーは匙についた魔法薬をぺろりと舐める。

 途端にパチュリーの姿が見えなくなった。

 いや、目に見えないというレベルではない。

 何処かに姿くらましをしてしまったのかのように、存在をまったく感じ取れなかった。

 キュ、キュ、と何かが擦れる音が聞こえてくる。

 ホワイトボードの上をペンがひとりでに走り、文字を書き綴っていた。

 いや、ひとりでに動いているわけではない。

 誰かがそこにいるのだ。

 

『このように、着ている服ごと完全に透明になる。そして……』

 

 急に机の上に置かれたナイフがパチュリーのいるであろう場所を通過していく。

 

『体も消える。姿の見えないゴーストのような存在になれるというわけ。今私がペンを持てているように、自分が意識して持っているものはすり抜けることはないわ』

 

 パッとパチュリーがホワイトボードの前に出現する。

 

「この薬が危険な理由は、解毒剤を飲まない限り絶対に姿を現すことができないということ」

 

 大鍋に手を伸ばそうとしていたスリザリン生が固まる。

 

「解毒剤を用意せずにこの薬を飲むと、効果が切れるまで待つしかないわ」

 

 パチュリーが手を振るうと大鍋が浮き、大きな瓶に姿を変える。

 パチュリーはその瓶に厳重に蓋をした。

 

「調合はおすすめしないわ。危険だし、難しいしね。今日の授業はこれでおしまい」

 

 パチュリーが手を叩くと生徒たちはゾロゾロと教室を出ていく。

 その中でハリーだけが最後まで教室に残った。

 

「あの、先生。聞きたいことがあるのですが……いいですか?」

 

「言いなさい」

 

 パチュリーは机の上を片付けながら言った。

 ハリーは何か話さないといけないと思い、頭の中に思い浮かんだことを口走った。

 

「魔法省の神秘部にあるアーチを知っていますか。アレを潜ってしまった人間は何処に行くのでしょうか」

 

「死ぬわ」

 

 パチュリーは簡潔に答える。

 

「戻ってくる方法は?」

 

「死んだ人間を生き返らせたいの?」

 

 ハリーの問いにパチュリーが問い返す。

 その目はまっすぐハリーの目を見つめている。

 

「おかしいわね。貴方のその目、どちらかというと誰かを殺したいように見えるわ。でも同時にアーチに入った人間をこちらの世界に引き戻そうとしているようにも見える。面白いわね」

 

 ギクリとハリーの肩が跳ねる。

 確かにその通りだ。

 ハリーはヴォルデモートを殺そうとしているし、同時に咲夜を生き返らせることはできないかと考えている。

 パチュリーは片目を瞑り、何かを覗き見るようにハリーをじっと見た。

 

「思考が定まっていない、自分でも何を考えているか理解していない。思春期って難しいわね。貴方の思っている問いに、1つだけ答えるとしたら……私には友と呼べる存在がいるわ。そしてそれは貴方でも、ダンブルドアでも、ヴォルデモートでもない」

 

 次の瞬間ハリーは談話室にいた。

 グルグルと周囲を見回すが、何処からどう見てもグリフィンドールの談話室だ。

 

「ハリー、大丈夫か?」

 

 ロンが心配そうにハリーの顔を覗き込んでいる。

 

「えっと、なんで僕談話室にいるんだっけ? さっきまで地下牢教室にいたはずなのに」

 

 キョトンとしているハリーにハーマイオニーが呆れて言った。

 

「貴方、覚えてないの? 眠そうな顔で談話室に帰ってきて、そのままそこのソファーで寝てしまったじゃない。あれからもう2時間は経ってるわよ」

 

 ハリーは必死に記憶を探るが、全く覚えていなかった。

 だが、パチュリーと交わした会話の内容はしっかりと記憶している。

 ハリーは誰にも聞こえないようにパチュリーから聞いたことを2人へと話した。

 

「つまり彼女には友達と呼べる人がいる。ホグワーツを卒業してからずっと隠れていたわけじゃない。少なくとも誰かとは会って、そして仲良くなってるんだ」

 

「そうとは限らないわ」

 

 ハーマイオニーはハリーの推測を迷わず否定する。

 

「卒業する前にその人物と会っているかもしれないでしょう?」

 

「そうかもしれないけど……そうじゃないかもしれないだろ?」

 

 考え込むように3人で唸ったが、結局結論は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 春になると紅魔館の庭園に花が咲き乱れる。

 ここに植わっている花は全て美鈴さんが育てているものだ。

 私は咲いた花を摘み取り花瓶に差していく。

 そしてその花瓶を持って地下に向かった。

 

「失礼いたします。妹様」

 

「んー」

 

 地下にある妹様の部屋の扉を叩くと中から妹様の生返事が聞こえてくる。

 私は静かに扉を開け中へと入った。

 

「もうすっかり暖かくなりました。紅魔館の庭園で育った花を生けた花瓶です」

 

 私は机の上に花瓶を置く。

 妹様は机に向かっており、何かを書いている様子だった。

 

「何をお書きになっているのですか?」

 

 私は少し遠くから妹様に尋ねる。

 妹様は羊皮紙に書いている物を見せてくれた。

 

「これは……」

 

 羊皮紙には7人の人物が描かれている。

 

「お嬢様に、妹様に……パチュリー様、美鈴さんに私に小悪魔。手を繋いで楽しそうですね」

 

 だが、その絵で1つだけ不自然な点がある。

 妹様と手を繋いでいる少女、私はこんな少女は見たことがない。

 

「妹様、彼女は一体どなたです?」

 

 私の言葉を聞いて妹様はキョトンとした表情を見せる。

 

「なんで? 貴方も夢で何度か会っているはずだけど。もしかして覚えていないの?」

 

 夢で会っている。

 妹様はそういうが、私には心当たりがなかった。

 

「アリアナよ。アリアナ・ダンブルドア」

 

「アリアナ……え?」

 

 私は敬語を使うことも忘れて聞き返してしまった。

 

「呆れた。命の恩人の名前を忘れるなんて……もしかして、アーチを潜ってから生き返るまでのことを覚えていないの?」

 

 妹様は大きく肩を竦める。

 そしてまっすぐ私に手を伸ばした。

 私は咄嗟に時間を止めようとするが、妹様の一言で動きを止めてしまう。

 

「動かないで。別に殺そうってわけじゃないわ。貴方の心の中にある壁を1枚壊すだけ。認識を阻害している物を崩すだけよ」

 

 ゾクリと背筋を何か冷たいものが通るが、私はその場を動かなかった。

 妹様は1歩私へと近づき、私の頭に向けて手を伸ばし、優しく握る。

 パキンと、頭の中で音が響いた。

 

 

 

 

 

 私はアーチを潜り暗闇の中を落ちていく。

 もう向こうの世界には戻ることができないと、私は察していた。

 そう、私は死んだのだ。

 まっすぐ、時間の感覚など無くなる程下へと落ちていく。

 いや、本当に落ちているのか?

 空気を裂くような音は聞こえない。

 そもそもこの空間には空気がないようだった。

 

「何もないなら落ちていても止まっていても変わらないじゃない」

 

 私は体の中に霊力を練り込み、好きな方向へと飛行する。

 真っ暗で何もない空間がひたすら続き、方向感覚が麻痺してくる。

 いや、この空間に方向などないのだ。

 

「少し状況を整理しましょう」

 

 私は自分の体を見る。

 ホグワーツの制服を着ているようだ。

 体はしっかりと存在しており、自分の体に触ることもできた。

 

「体はある。自分の声も聞こえるし、考えることもできる」

 

 私は先ほどクラウチの放った蹴りを避けてうっかりアーチを潜ってしまった。

 ここはそのアーチの奥、死後の世界というやつだろう。

 

「光源がないのに、私は自分の姿を見ることができる。何というか、不思議な世界ね」

 

 現世の常識はここでは全く通用しないということだろう。

 私はローブの中を探りいつもの鞄を取り出した。

 

「鞄もあるし、杖もある」

 

 私は鞄の中からいらない羊皮紙を取り出し、クシャクシャに丸めて空中へと投げる。

 その羊皮紙はまっすぐ私から離れていった。

 

「相対的な動きを考えると、まああまり意味のない行動だけど」

 

 私は霊力を使いその羊皮紙の後を追う。

 いや、追えなかった。

 

「進まない。ということは先ほど霊力で進んでいると思ったのは錯覚だったってわけね」

 

 私は鞄の中からお嬢様から頂いたオークシャフト79を取り出し、もう一度羊皮紙を追ってみる。

 今度は問題なく進むことができた。

 私は羊皮紙に追いつき、それを掴み取る。

 

「箒での移動は可能。でも、今現在自分がどのように移動しているのか分からないから意味がないわね」

 

 私はポケットの中に入っている懐中時計を取り出して時間を確認する。

 チチチチチチと針は動いており、確かに時間が動ていることを表していた。

 

「時よ、止まれ」

 

 私は自分の十八番である時間操作を試してみるが、懐中時計の針は止まらない。

 この懐中時計は私の能力の発動に合わせて針の動きが変わるようになっている。

 私が時間を止めたら針も動きを止め、時間の進みを早くしたら針の動きも速くなるのだ。

 私はこの懐中時計を用いて時間操作の緩急の調整を行っているのだが、今現在針の動きが変わることはない。

 

「能力が使えなくなっている……アクシオ!」

 

 私はもう一度羊皮紙を投げて今度は杖で呪文を掛ける。

 羊皮紙が手元に引き寄せられることはなかった。

 

「魔法も使えない。でも箒で空を飛ぶことはできる。……んー、難しいわね」

 

「そうでもないよ」

 

 後ろから声を掛けられて私は咄嗟に振り向く。

 そこにはブロンドの髪の毛の少女が浮かんでいた。

 それも上下逆さまに。

 

「多分逆立ちしながらやってるから難しく感じるだけ」

 

 少女はにこやかに笑うとふわりと私の方に近づく。

 

「お悔やみ申し上げます。ようこそ、天国へ」

 

 そしてその少女が一礼した瞬間に、私は花畑に着地した。

 空はどこまでも深く青く、暖かな風が吹いている。

 

「天国? つまりここは、死後の世界ということよね」

 

「はい。……そのように裁判官から聞いておりませんか?」

 

 少女はキョトンと不思議そうな顔をする。

 

「聞いていないわね」

 

「それはおかしいですね。では、私がお話ししましょう。私の家にご案内します」

 

 少女は花畑に敷かれた石畳の上を歩いていく。

 私はその後を追った。

 1歩1歩踏みしめるが、現世の感覚と殆ど変わりないように感じる。

 そして風が吹いているということは、ここには空気があるのだろう。

 息を吸って、静かに吐く。

 不思議と息を止めていても苦しくはない。

 なるほど、現世に似ているが、現世ではないのだろう。

 10分も歩かないうちに決して大きくない家が見えてくる。

 

「お父さん! お母さん! ただいま!」

 

 少女は庭の手入れをしている男性と女性に向かって駆けていく。

 どうやら少女の両親のようだ。

 

「お客さんかい? アリアナ。ケンドラ、お茶の用意をしてくれ」

 

 男性はアリアナと呼ばれた少女を抱き上げながら、私の方へと歩いてくる。

 

「ようこそ、ダンブルドア家へ。私はパーシバル・ダンブルドア、アリアナの父親だ」

 

 私はパーシバルが差し出してきた右手を握り返した。

 

「十六夜咲夜と申します。ダンブルドア家ということは、アルバス・ダンブルドアのご家族の方ですか?」

 

「アルバスはうちの長男だ。さぁ、ケンドラが紅茶の準備を進めているだろう。家に入ろう」

 

 私は誘われるままに家の中に入っていく。

 そして客室のようなところに通された。

 

「咲夜はここへきたばかりなの。でも裁判をした裁判官が説明を忘れたらしくて……」

 

「そんなこともあるのだな。彼らも完ぺきではないということなのだろうね」

 

 アリアナとパーシバルは裁判がどうとか話しているが私には何の話かさっぱりだ。

 

「お茶が入りましたよ」

 

「どうも」

 

 ケンドラ……多分アリアナの母親が紅茶の入ったティーカップを4つ並べる。

 私は一口その紅茶を味わったが、非常に美味しかった。

 

「その、裁判というのはどういうものです? 何せ死んでから直接ここにきたので」

 

「死んでから直接ここにきた?」

 

 パーシバルがおうむ返しに聞き返した。

 

「そんなはずはない。死んだ者は等しく生前の行いを裁かれ、天国に行くか地獄へ落ちるかが決まる」

 

「そんな記憶はないわね。もしかしてあのアーチって……」

 

 私が3人の顔を見回すと、3人とも不思議そうな顔を私に向けている。

 前例の無いことなのだろうか。

 

「もしかしたら正規のルートを通ってこなかったのかもしれないわね。私は少し特殊な死に方をしたから」

 

 私はアーチを潜ってしまったことを3人に簡単に説明する。

 何か知っているかと思ったが、3人とも首を傾げただけだった。

 

「潜ったら死んでしまう石のアーチか……ケンドラ、何か知っているかい?」

 

「いえ、聞いたことはありません」

 

 ケンドラは静かに首を振る。

 次の瞬間アリアナが勢いよく立ち上がった。

 

「そうだ! 博士に聞いてみましょう!」

 

「確かにあの人は物凄く博識だ。そうだね、アリアナ。案内してあげなさい」

 

 パーシバルはにっこりと微笑んだ。

 私は残っていた紅茶を飲み干すと、席を立つ。

 

「紅茶、美味しかったです。ケンドラさん。お邪魔致しました」

 

 私は軽くお礼を言うとダンブルドア家を後にする。

 アリアナは私の手を取って歩き出した。

 

「博士はですね、凄く物知りな人なんです。生前は優秀な魔法使いだったらしくて……この世界では魔法は使えませんが知識はそのままあるはずです」

 

「博士の家まではどのぐらい歩くの?」

 

「歩きたい距離だけ歩けば目的地に到着しますよ」

 

 その言葉通り5分も歩かないうちにその博士の家に到着する。

 ダンブルドア家よりかは少し大きく、細かいところに蛇の装飾が施されていた。

 

「博士! 今大丈夫でしょうか?」

 

 アリアナが家のドアを叩くと、中から白い髭を生やした老人が出てくる。

 その老人はアリアナを見てにっこり笑うと、優しく話し始めた。

 

「おお、どうしたのじゃアリアナ。……そちらのお嬢さんは見かけん顔じゃのう」

 

 老人は目をパチクリと瞬かせながら私を見る。

 

「私は十六夜咲夜と申します」

 

「そうか、そうか。わしはマーリンじゃ」

 

 よろしく、とマーリンは右手を差し出す。

 私も右手を出し、マーリンと握手をした。

 

「お噂は聞いておりますわ。まさかアリアナの言う博士が魔法使いマーリンのことだとは思わなかったけど」

 

「ほっほ、まだわしは有名なようじゃの。まあ、わしじゃからな」

 

 凄いじゃろ? とマーリンは曲がった腰を無理やり戻し胸を張る。

 この人物はマーリン勲章のマーリンだとは思うのだが、こんなにもコミカルな人物だったとは思わなかった。

 

「それで、なんの話じゃったかのう? アリアナよ」

 

 マーリン博士は家の中に入っていく。

 アリアナと私はその後に続いた。

 

「実は、咲夜は裁判を受けていないって言うんです。石のアーチを潜ったら死んでしまったそうで……」

 

 家の中を歩きながらアリアナはマーリン博士に事情を伝えていく。

 マーリン博士はアリアナの話を相槌を打ちながら聞いていた。

 

「なるほどのう。あのアーチを潜り抜けてしまったのじゃな」

 

 私たちは書斎のようなところに案内される。

 そこには何百という本が本棚に収まっていた。

 

「ご存知なのですか? 魔法省の神秘部に置かれているアーチです」

 

「今はそんなところにあるのか。あれはこの世とあの世を繋ぐ門じゃ。元々死者が現世に行くために用意されたものなのじゃが、早々に規制されての。特殊な魔法が掛けられて一方通行にされてしまったのじゃよ」

 

 マーリン博士は1冊の本を取り出す。

 そこには神秘部に置いてある石のアーチの絵が載っていた。

 

「ではもともとこちらの世界からでも、向こうに通り抜けることができた?」

 

「そうじゃ。もっとも、今は一方通行になっておるが。咲夜君、君はどの辺に落ちてきたのじゃ?」

 

「私の家から少し花畑を進んだところです」

 

 アリアナが思い出しながら答える。

 

「ふむ、文献とも一致しておる。じゃあこちら側のアーチはその辺にあるんじゃのう」

 

 マーリン博士はパタンと本を閉じ、本棚に戻す。

 そして書斎の椅子にゆっくりと腰を掛けた。

 

「問題は裁判を受けずに天国に来てしまったことじゃの。多分今にも……」

 

 マーリン博士が何かを言いかけたその瞬間、玄関のドアが叩かれる。

 

「ほらきた。最近は厳しくなったという話じゃからのう」

 

「誰がきたんです?」

 

「死神じゃよ。少々ここで待っておってくれ」

 

 マーリン博士は髭を撫でつけながら書斎を出ていった。

 私は書斎の窓の鍵を開けておく。

 しばらくするとマーリン博士は1人の女性を連れてくる。

 その女性は黒髪を腰まで伸ばしており、肩に巨大な鎌を担いでいた。

 

「彼女がそうですね」

 

 私はいつでもナイフが投げれるように身構える。

 

「私は貴方を迎えにきた死神です。何百年ほどに一度貴方のように変なところからこっちの世界に迷い込んでしまう人間がいるんですよ。では、私についてきてください」

 

「何処に連れて行こうっていうの?」

 

 私は鋭く死神を見据える。

 死神も目を細くした。

 

「貴方その眼……なるほど、これは一刻も早く天国から追い出さなければなりません」

 

 その言葉にマーリン博士とアリアナが不安そうな顔をする。

 死神は2人に向けて優しく微笑んだ。

 

「ご安心ください。貴方たちは何も心配しなくていい。十六夜咲夜、裁判官がお待ちです」

 

「残念だけど、その裁判を受ける気はないわ。私はまだ死んでいないわけだし」

 

 私は少々オーバーに肩を竦める。

 

「お嬢様の許可なく勝手に死ぬことは許されないもの。じゃあね」

 

 私は横っ飛びに窓の方へと跳ぶとそのまま外へと転がり出る。

 そこには既に同じように鎌を持っている女性が数人立っていた。

 

「そいつが十六夜咲夜よ! 一刻も早く捕まえて!」

 

 窓越しに先ほどの死神が叫ぶ。

 1人の死神が私に鎌で切りかかってきた。

 私はそれをナイフで受け止める。

 私自身の能力は使えないが、服や鞄に仕込んだ能力は問題なく使用できるようだった。

 

「こいつ武器を持っているぞ!? 一体何処から持ち込んだんだ?」

 

 切りかかってきた死神が驚いたように叫ぶ。

 私は気が付いたことがあった。

 

「この鎌、刃が付いてないじゃない」

 

「刃なんてついてたら危ないだろう? ここは天国だぞ?」

 

 私はそのまま後ろに飛びのき死神たちと距離を取る。

 

「随分安全管理が徹底されているのね」

 

 私は全部で4人いる死神を見回す。

 この中で戦闘ができるものは2人だろう。

 あとの2人は鎌を構えているだけで、完全に腰が引けている。

 

「やはり……貴方のその目、人殺しの目です。貴方のような人間がここにいてはいけない」

 

 先ほどの黒髪の死神が窓枠を跨いで外に出てくる。

 

「貴方を法廷に連行します。抵抗しても無駄です。引きずってでも連れていく」

 

 死神が大きく鎌を振りかぶった。

 

「やめて!!」

 

 私の目の前にアリアナが飛び出る。

 そして両手を広げて死神の前に立ちはだかった。

 

「彼女を連れて行かないで!」

 

 その様子に明らかに死神が動揺する。

 一瞬アリアナを人質に取ろうかとも思ったが、状況が変わりそうなので様子を見ることにした。

 

「ですが彼女は裁判を受けていません」

 

「それを言うなら貴方たちの失態で彼女はこちらに来てしまったことになるんじゃがのう」

 

 マーリン博士がゆっくりと玄関から出てくる。

 

「あのアーチを作ったのは管理側の者だろう。現世にアーチを残したまま一方通行にしてしまったのも管理側の者じゃ。とすれば、彼女は被害者だとも言える」

 

「だとしても彼女を天国に残しておくわけにはいきません。彼女の素行を見るに生前は殺人鬼か殺し屋でしょう」

 

「だとしても、彼女はまだ死んでいません! 裁くだけでなく償う機会を与えるべきだと私は思います」

 

 死神とアリアナの間で口論が始まる。

 これが天国の争いごとの解決の仕方なのかもしれない。

 

「ちょっと待って、償う機会って、まるで私が何をしてきたか知っているみたいじゃない」

 

 私がアリアナに問うとアリアナは分かりやすく動揺する。

 今更気が付いたが私はアリアナの声に聞き覚えがあった。

 

「そうか、貴方、私の夢によく出てくる——」

 

「何をしているのですか!?」

 

 私の言葉を遮るように何者かが叫ぶ。

 その大声にその場にいる全員が振り返った。

 私も死神から意識を逸らさないようにしながらも声がした方向を向く。

 そこには少々奇妙な格好をした少女が立っていた。

 和服とも洋服とも言えるような紺色の服を着ており、頭には重そうな帽子を被っている。

 そして髪は深い緑色だった。

 

「ここは天国です。休暇に視察に来てみればなんということか。一体何があったのですか?」

 

 その少女の横には背の高い女性が立っており、大きな鎌を持っている。

 だがその鎌の先端は波打っており、実用性はなさそうだったが、他の死神のものと違い、相当丁寧に研がれている。

 

「小町に……それに四季映姫・ヤマザナドゥ。あぁ、閻魔様が来てくだされば安心です」

 

 黒髪の死神はホッと息をつく。

 今閻魔と言ったか。

 私は閻魔という言葉に聞き覚えがあった。

 確か仏教では死んだあと閻魔に裁かれて極楽に行くか地獄に落ちるか決まるのだったか。

 

「なんで仏教圏の閻魔様が西洋にいるのよ」

 

「視察ですと先ほど申し上げたでしょう。人の話はちゃんと聞きなさい」

 

 四季映姫と呼ばれた少女は厳かに答える。

 

「視察って言っても四季様、小旅行のようなものじゃないですか?」

 

「うるさい小町。黙りなさい。それが今の貴方に積める善行です。死神たちよ、この場は私に任せなさい」

 

 その言葉に死神たちは胸を撫で下ろした。

 逆に小町と呼ばれた女性は顔を顰めている。

 

「出かけるたびに何か拾う癖治しませんか?」

 

「癖ではなく性分です。それで何があったのですか?」

 

 死神たちは四季映姫に一礼すると何処かへ霧散する。

 

「おっと、私としたことが。私は四季映姫。幻想郷の閻魔です」

 

「私は小野塚小町。鎌を見ての通り死神さ」

 

 私はナイフを仕舞い名乗った。

 

「十六夜咲夜と申します。実はですね——」

 

 私は閻魔にアーチのことを話していく。

 マーリン博士も付け足すようにアーチの詳細を閻魔に説明した。

 

「なるほど、その話だけ聞けば貴方は白、完全にこちらの失態でしょう。ですが何故アーチに飛び込むようなことになったのか、そこがこの話の焦点となるでしょう」

 

 閻魔は何処からか装飾の施された手鏡を取り出す。

 そしてそれを覗き込んだ。

 

「……これは」

 

 一体彼女は何を見ているのだろうか。

 

「私が見た中でも断トツかもしれません。ここまで罪の意識なく人を殺す者を見るのは」

 

 私はその場から動けなくなった。

 

「貴方は日常的に人を殺しすぎている。ですがそれは決して自分の為ではない。アーチの件にしても、貴方は他人の為に行動している。決して自分の利益の為ではない」

 

 私の手をアリアナが握った。

 その感覚で私は我に返る。

 

「この鏡は浄玻璃の鏡と言いまして、罪人の過去の行いを全て映し出すことができるものです。貴方の過去、全て見させていただきました」

 

 閻魔は手鏡を消すと私の方へと近づいてくる。

 

「殺人、詐欺、盗み、それは決して許されるものではない。ですが、生い立ちを考慮するとそれが罪であるとも言い難い」

 

 閻魔は私の目を覗き込んだ。

 

「今回は見逃します。お迎えも来ているようですし」

 

「み~つけた!」

 

 急に私の腰に誰かが抱き着く。

 私はその声に聞き覚えがありすぎた。

 

「妹様!?」

 

 私は慌てて妹様を立ち上がらせる。

 どうして妹様が天国にいるのだろうか。

 

「咲夜、こんなところにいたのね。アリアナが教えてくれなかったら気が付かなかったわ」

 

 私はアリアナを見る。

 アリアナは私から視線を逸らした。

 

「おふたりはお知り合いなのですか?」

 

 私が妹様に尋ねると妹様は一度頷いた。

 

「あら、アリアナったら私のことを隠していたのね」

 

「まずいかな……って思って」

 

 アリアナは恐る恐る閻魔の方を見る。

 閻魔は怪訝な視線を妹様に向けていた。

 

「貴方はフランドール・スカーレットですね。しかもまだ生きている。どのようにこの世界に?」

 

「私にとってあっちとこっちを隔てる壁なんかないわ。あったかもしれないけど、今頃木っ端微塵ね」

 

 妹様は肩を竦める。

 その瞬間、私の体が何かに引っ張られるように宙に浮かんだ。

 それを見て閻魔が慌てて口を開く。

 

「貴方は少し人間に冷たすぎる。このままでは川を渡れないかも知れない。川の幅は、その霊の歴史の幅。生前の行いで幅が決まるのです。貴方は人に生まれるべきではなかった。人として生まれてしまったばっかりに、自覚することなく罪を重ねてしまった。私が判決を下すまでもなく、貴方は真っ黒です。ですが、まだその時では無いようです。行きなさい、十六夜咲夜。その罪で穢れた身を清める為に、善行を積みなさい」

 

「説教が長いですよ四季様」

 

「うるさい小町」

 

 私はそのまま引き寄せられるようにアーチのある方向へと飛んでいく。

 見下ろすとアリアナが私に手を振っていた。

 

「咲夜~。置いてくわよ?」

 

 妹様は私の少し前を飛んでいる。

 妹様から見たら、私は後ろ向きに飛んでいることになるのだろうか。

 

「あ、そっか。慣れないとこの世界では動きにくいものね。大丈夫、私が導いてあげるわ」

 

 突然暖かい風が途切れ、私が一番初めにきた真っ暗の世界になる。

 妹様は私の手を掴んで引いた。

 妹様に連れられるままにまっすぐ飛ぶと、暗い空間に石造りのアーチが見えてくる。

 

「これを潜れば生き返れるわ。本当なら一方通行だけど、パチュリーが何とかしてくれるはず」

 

 妹様は私から手を放した。

 私はそのまま慣性でアーチの方へと飛んでいく。

 

「私は別ルートで帰るわね。紅魔館で会いましょう」

 

 妹様は私とは反対の方向へ飛んで行ってしまった。

 

「人を死へと導く門よ。その中に取り込みし魂と肉体を現世に返せ」

 

 パチュリー様の声がアーチの奥から聞こえてくる。

 

「咲夜、十六夜咲夜」

 

 お嬢様の声だ。

 

「今戻ります。お嬢様」

 

 私はアーチへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

「思い出した?」

 

 妹様に声を掛けられて私は我に返る。

 妹様はもう殆ど絵を描き終えていた。

 そうだ、私は妹様の部屋に花瓶を飾りにきて……それで……。

 

「……。はい、思い出しました。私は天国に行ってアリアナ・ダンブルドアに出会って、そして閻魔に説教されて。最後は妹様に手を引かれてこちらの世界に戻ってきた」

 

「正解」

 

 妹様は最後に絵の端に自分のサインを書き込む。

 

「はい、完成。花のお礼にこれをあげるわ。確かお姉さまが蘇りの石を持っていたわね。あれを使えば咲夜でもアリアナと会話できると思う。また今度試してみなさい」

 

 妹様は描き終えた絵を私にプレゼントしてくれた。

 色のついていない黒インクだけの絵だが、非常に上手く描けている。

 

「ありがとうございます。今は確か小悪魔が持っていたと思いますので近いうちに呼び出してみようかと思います。彼女によろしくお伝えください」

 

 私は一礼すると妹様の部屋を後にする。

 何気なく立ち寄っただけだったが、妙に疲れてしまった。

 

「人間に冷たすぎる……か。吸血鬼に生まれたら、私は天国に行けたのかな?」

 

 善行を積みなさい。

 何百何千と重ねた罪で穢れた私の身を、清めることができるとは思えない。

 私は地獄へ落ちてもいい。

 お嬢様が幸せなら、私はそれで幸せだ。

 私は自分の部屋に妹様の描かれた絵を飾ると時間を止めてベッドで横になる。

 うつらうつらとしているうちに、私は眠ってしまった。

 


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