『私が指導するのは生徒であって、貴方ではないわ』
「そうか!」
魔法薬学の授業中、ハリーは夏に初めてパチュリーと会った時のことを思い出し、叫んでしまった。
ハリーはハッと我に返り周囲を見回すが、皆キョトンとした顔でハリーを見ている。
パチュリーはホワイトボードに反応式を書いているところだ。
「凄いじゃない。この式が生徒に理解できるとは思わなかったわ」
パチュリーは皮肉がましくそう呟いてハリーに座るように促す。
ハリーは恥ずかしそうに椅子に座りなおした。
30分も我慢して座っていると、終業のベルが鳴り生徒が地下牢教室から出ていく。
ハリーは教室に人がいなくなったのを見計らってパチュリーに話しかけた。
「ノーレッジ先生、教えて欲しいことがあるんです」
「何かしら」
パチュリーは相変わらずハリーの方を見ずに机の上を片付けていた。
「ホークラックス、というものなのですけど。先生はご存知ですか?」
「分霊箱のことね。勿論知っているわ」
パチュリーは机の上を綺麗にすると、ホワイトボードに分霊箱の説明を書いていく。
「分霊箱とは、自分の魂の一部を体外に取り出してほかの容器に隠してしまう魔法よ。この魔法を使えば肉体が滅んでも生きながらえることができる」
「他人の分霊箱を見つけるには、何か方法があるんですか?」
「ないわ。ただ、近づけばある程度はわかるけど」
パチュリーは人間の魂を裂いた絵を描いていく。
「例えばだけど、ヴォルデモートは分霊箱を7つ持っているわ。分霊箱の説明に複数作ってはいけないことが書いてあるけど、その理由が分かる?」
分霊箱を複数作ってはいけない理由。
それよりもハリーには気になることがあった。
「分霊箱が7つ!? 6つではないんですか?」
パチュリーはそれを聞いてじっとハリーの目を見る。
「そう、ダンブルドアは教えていないのね。まあ6でも7でも説明には影響しないわ」
パチュリーは大きなビーカーに溢れんばかりの水を注いだ。
「ここに1リットルの水がある。これを命の残量とするわ。1つ目の分霊箱を作るために魂を引き裂くわよ」
パチュリーはビーカーの中身を半分別のビーカーに移し替えた。
「この分断された魂Aを、仮に日記と名付けましょう。本体の魂は500ミリリットル。日記の魂は500ミリリットル。さらに分けるわよ」
パチュリーは別のビーカーを取り出し本体の魂を2つに分けた。
「日記が500、本体が250、分霊箱B、仮に指輪とするわ。指輪は250」
パチュリーは更に本体の水を2つに分ける。
ハリーはパチュリーの言わんとすることを理解した。
「日記が500、指輪が250、分霊箱C、カップにしましょうか。カップが125、本体が125」
その後のパチュリーは次々と水を分けていく。
「日記が500、指輪が250、カップが125、ロケットが62.5、髪飾りが31.25、蛇が15.625、本体が15.625。最初に作った分霊箱と最後に残った本体の魂、その差は?」
「えっと……」
「32倍よ。まあ厳密には完全に半分にしてしまうわけではないから、これは単なるイメージね。つまり2つ以上作ると分霊箱の方が魂を多く持ってしまうことになる。今のヴォルデモートはいわば搾りカスね。ヴォルデモートはそこまでの知識は持っていなかったと見えるわ。そもそも不死性を求めるのに分霊箱を作るのが間違いで——」
「先生、先生は先ほど分霊箱が7つあると言いました。では、最後の1つはどんな形をしているんでしょう?」
パチュリーは説明を遮られたことに嫌な顔1つせず、手を一度振るう。
その瞬間にハリーの目の前に大きな鏡が現れた。
「これよ」
ハリーはその鏡を観察する。
「最後の分霊箱は、鏡?」
「違うし、厳密には最後ではない。貴方、自分の両親がどのようにして死んだか知っているかしら」
パチュリーの無神経な物言いにハリーは少し顔を顰める。
パチュリーはその様子を見てため息をついた。
「リリーが貴方に守りの呪文をかけたとき、ヴォルデモートはリリーの命を奪ったわね。分霊箱を作る方法は知っているかしら」
「殺人を犯したときに引き裂かれる自分の魂を容器に詰める」
「そう。でも、魂が不安定だと意図せずにそれが起きてしまうことがある」
ハリーはもう一度鏡を見る。
「じゃあ、……その、まさか!」
「そう、そのまさか。6番目の分霊箱は貴方よ。そしてダンブルドアはこの事実に気が付いているわ。貴方が蛇の中からアーサーを見たその時からね。貴方が蛇語を話せるのも、貴方とヴォルデモートが繋がっているのもそのせい。貴方が生きている限り、ヴォルデモートは生き続ける。貴方の中のヴォルデモートが死なない限りね」
「…………」
ハリーは衝撃の事実に黙り込んでしまう。
自分が分霊箱であるという話は、考えてみれば十分納得できる話だった。
ハリーが何よりも衝撃に思っていることは、そのことをダンブルドアが話していなかったということである。
「つまり、僕は死ぬしかない?」
「ヴォルデモートを殺すなら……ね」
ハリーは鏡の前で髪の毛を持ち上げる。
そこには稲妻型の傷跡があった。
「分霊箱を元に戻すことはできないのですか? その、魂を追い出すことは」
「分裂した魂をくっつけることはできるわよ。ヴォルデモートが自分の行いを悔い改めたらいい」
そんなことは不可能だとハリーは思う。
あのような悪の権化が悔い改めるわけがない。
本当はハリーはどうしたらレミリアから分霊箱を譲り受けることができるか聞こうと思っていたのだが、聞けるような気分ではなかった。
ハリーは呆然と地下牢教室を出る。
そしてそのままフラフラと談話室に戻った。
パチュリーはその日の夜、城を出て禁じられた森を歩いていた。
勿論、目的無く散歩をしているわけではない。
自らの調合した魔法薬で完全に透明になっており、森にいる魔法生物にもパチュリーの姿を捉えられる者はいない。
パチュリーは禁じられた森を測量しているのだ。
禁じられた森は非常に広い。
だが今からパチュリーがやろうとしていることは、失敗は許されない。
少しでも大きさや場所がズレると酷いことになる。
夜の森の中で3時間ぐらい慎重に測量を進めていく。
そして魔導書を開きその中に魔力を籠めた。
次の瞬間時間が止まる。
パチュリーが止めたわけじゃない。
紅魔館にいる咲夜が合図を受けて時間を止めたのだ。
私はパチュリー様の合図を受けて時間を停止させた。
今現在紅魔館にいる者は妹様を除いて妖精メイドも全員が大図書館に集まっている。
集まっている全員はヘルメットや防災頭巾を被っており、私もいつものメイドカチューシャではなく工事現場用の黄色ヘルメットだ。
私はきちんと時間が停止していることを確認するとホグワーツにある禁じられた森へと姿現しする。
そこで透明になっているはずのパチュリー様の時間停止を解除した。
次の瞬間スゥっとパチュリー様の姿が現れる。
「はい、パチュリー様」
私は紫色のヘルメットをパチュリー様に手渡した。
パチュリー様は一体何事だと私とヘルメットを見たが、受け取って被ってくれる。
「お嬢様の指示で、紅魔館の住民は皆被ることになっています」
「もし失敗したらヘルメットなんて意味ないと思うんだけど……まあ気分よね」
パチュリー様が手をかざすと森の一部分が光り出す。
その光はふわりと浮き上がり、小さな玉になってパチュリー様の中に入っていった。
「よし。咲夜、もう戻っていいわよ。時間だけしっかり止めておいて」
「かしこまりました」
私は姿現しで大図書館へと戻る。
そしてお嬢様と小悪魔、美鈴さんの時間停止だけを解除した。
「さて、もうすぐよね?」
「はい。準備は整っているようです」
お嬢様と美鈴さんは非常にワクワクとした様子で何か起こるのを待ち構えている。
小悪魔はそんな2人を見て笑っていた。
「終わったわよ」
次の瞬間お嬢様の前にパチュリー様が現れる。
お嬢様はキョトンとしていた。
「何も起きていないじゃない」
「咲夜、時間停止を解除していいわよ」
私はパチュリー様に言われた通りに時間停止を解除する。
その途端に図書館は妖精メイドの話し声で溢れかえった。
「全員注目!」
パチュリー様が魔法で拡大した声を出すと妖精メイドたちは一斉に振り向く。
「これから数か月館の外には出られないわ」
パチュリー様がそう告げると妖精メイドからブーイングが沸き起こる。
「というか結界があるから妖精メイドは出られないけどね。レミィ、美鈴、咲夜、小悪魔、よく聞きなさい。紅魔館はホグワーツの禁じられた森の中に存在する」
パチュリー様はそう言った。
「さて、儀式は終了。一応起きたことを説明しておくわね」
パチュリー様の手の動きに合わせて黒板が現れる。
「まず私たちが向こうの世界に渡るときに紅魔館も一緒に送りたいって話になったのよね。それで戦いが起こりそうな場所に紅魔館を持ってきた」
黒板にホグワーツ城が描かれ、その敷地内にある禁じられた森に紅魔館が描かれる。
「もっとも、ただこっちに持ってきただけだとダンブルドアにその存在がバレるし、なにより目立つわ。だから私は紅魔館が移動してくると思われる場所に予め忠誠の呪文を掛けた。これは生きた人間に秘密を封じ込める魔法で、私が秘密を漏らさない限り館にぶつかるまで近づいても紅魔館の存在には気が付けない」
パチュリー様は紅魔館のイラストに大きくクエスチョンを書いた。
「つまり紅魔館は今誰にも認知されない。同時にヴォルデモートの分霊箱も隠されてしまったわけだけど、まあいいわよね」
「ええ、問題ないわ」
お嬢様は大きく頷いた。
「でもつまらないわね。もっとガタンゴトンと大騒ぎになると思ったのに」
お嬢様は残念そうに防災頭巾を脱ぐ。
その様子を見てパチュリー様は肩を竦めた。
「私がそんなへまをするわけないでしょう? それと、美鈴。貴方門番の仕事はもういいわ」
「解雇通知!?」
美鈴さんは唖然とするが、そうではないだろうに。
「あら、本当に解雇してもいいのよ?」
「おぜうさま~、冗談はよしてくださいよ」
美鈴さんはへらへらと笑うが、お嬢様の顔を見て無言で頭を下げる。
お嬢様も無言で美鈴さんの頭に拳骨を落とした。
「いった!? なんで叩かれたの私?」
「また少し出かけてくるわ。ホグワーツに」
パチュリー様は肩を竦めながら姿をくらました。
お嬢様は美鈴さんと私についてくるように言い城の中を歩き出した。
確かに館にある数少ない窓からはいつもと違う景色が見えている。
お嬢様はまっすぐ時計塔を上がっていった。
時計塔はちょっとした展望台のようになっている。
そこからは確かにホグワーツ城が見えた。
「面白いわね。こっちからは見えるのに向こうからは見えないなんて」
お嬢様はぽつりと呟く。
美鈴さんは城を観察していた。
「どう? 咲夜、久しぶりのホグワーツは」
「……不思議な感じがします。そもそもこのアングルから城を見ることが殆どないので」
ここに紅魔館を移動させてきたということは、ここで戦争を起こすということなのだろう。
つまりは関係のないホグワーツの生徒が大勢死ぬということである。
私は今日思い出した天国でのことを思い出していた。
「そうでしょうね。でも、ここともあと2か月でお別れよ。私は6月にここで戦争を起こす。多分大勢死ぬでしょうね。都合のいいことに。私たちは伝説になるのよ」
お嬢様はホグワーツを見て不敵に笑う。
美鈴さんものほほんと微笑んでいた。
「伝説に、ですか?」
「そう、伝説。異端である魔法界という世界から異端だと認識されるように。伝説、幻想、神話。まあ特殊な存在だったら何でもいいわ」
お嬢様はそのまま時計塔を下りていく。
美鈴さんもその後を追って時計塔を下りていった。
私はポケットから小悪魔から預かった蘇りの石を取り出す。
そしてそれを手の平の上で3回転がした。
私の隣に1人の少女が降り立つ。
アリアナだ。
アリアナは時計塔の窓に腰かけると私と向き合う。
「お久しぶり、アリアナ」
私が微笑みかけるとアリアナも微笑む。
「忘れていたなんて酷い人です……とは、言いませんよ。多分あの場にいた四季映姫という閻魔様が記憶が戻らないように細工をしたんでしょう」
蘇ったアリアナの姿はゴーストよりはしっかりとしているが、肉体があるわけではない。
悪魔に転生する前のリドルのような状態だった。
「聞かせてもらえるかしら。貴方と妹様、フランドール・スカーレットお嬢様の関係について。そして、私の夢のことも」
アリアナは困ったように目を伏せる。
だがゆっくりと話し始めた。
「そうですね。……フランと初めて会ったのは、私がまだ生きていた時です」
「つまりは100年ぐらい前?」
アリアナは頷く。
「私の生い立ちや、生前に関しては小悪魔さんから聞いていると思います」
「今思えばだけど、よく話したわね」
「彼女は言葉が上手いですから」
フフとアリアナは微笑む。
「私は小さい頃にマグルの少年たちから暴行を受けました。そのせいで私は心を閉ざしてしまった。魔法力を体内に隠してしまった。ですが、それは長くは持ちません。風船に空気を入れすぎると破裂してしまうように」
ぷくう、とアリアナは風船を膨らまし始める。
なんというか、とても一生懸命だ。
「はぁ、はぁ……とにかく、ガス抜きが必要なのです。ですがあの頃の私にはそれすらも難しかった。そんな時、夢の中でフランに出会ったのです。フランは私に代わって溜まった魔力を抜いてくれた。ちょっとやり方が荒々しくて途中でお母さんを殺してしまったけど……」
ぷぅ……とアリアナは風船の空気を外に出す。
「アバーフォースお兄ちゃんは優しかったなぁ……お母さんを殺した私を責めることはなかった。アルバスお兄ちゃんは……私のことを煙たがっているようでした。そして、ついにことは起きました」
アリアナは私に右手を差し出す。
私はその手を握った。
その瞬間私は暗闇に落ちていく。
しばらく落ちると小さな家が見えてきた。
そこには3人の青年がおり、そのうちの1人はアリアナを庇うように立っている。
「だから無理だ! アルバス! アリアナを動かすことはできない。僕は兄さんが何をしようとしているのかは知らない。でも、アリアナを連れまわすことは不可能だよ!」
アリアナを庇っているのはアバーフォースのようだ。
ということはその向かいにいるのがアルバス、つまりホグワーツにいるダンブルドアで、その横にいるのがグリンデルバルドだろう。
「しかしだなアバーフォース、僕らがしようとしていることはそんな小さなことじゃない」
アルバスは少し気を悪くしたように眉を顰めている。
だがグリンデルバルドは気を悪くした程度ではなかった。
「アルバス、お前の弟はお前には似なかったみたいだな! わからないのか? 俺とアルバスで魔法界を変えるんだ。魔法使いが表の世界を闊歩し、マグルは地を這いつくばる。そしたらそこにいるお前の妹を隠しておく必要もなくなるんだ。それがわからないのか?」
「そんな横暴が許されるはずがない! アルバスもグリンデルバルドもどうかしているよ! マグルを支配するだって?」
「ああ、『より大きな善のため』」
「狂ってる!!」
「それはそっちだ! クルーシオ!」
ついにグリンデルバルドが杖を抜き、アバーフォースに呪文を掛けた。
「やめろ!!」
いきなりアバーフォースに磔の呪文を使ったグリンデルバルドをアルバスが止める。
だがそれで止まるならグリンデルバルドは犯罪者にならなかっただろう。
そのまま乱戦へともつれ込み、三つ巴の争いになる。
部屋中を閃光が飛び交い、爆音が鳴り響く。
3人の魔力に当てられたのか、アリアナが苦しそうに呻いた。
だが、命がけの戦いをしている3人はその様子に気が付いていない。
「きひ」
次の瞬間アリアナの様子が変わった。
「きゃはは、あはははは!」
アリアナが不意にグリンデルバルドに手のひらを向ける。
それを見てもグリンデルバルドは気にも留めなかったが、アリアナの目を見て考えを一変させる。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハッツ!!」
アリアナの手の平から赤い光弾が放たれる。
グリンデルバルドは咄嗟にそれを避けた。
「なんだ? いつもの発作か!?」
アバーフォースは心配そうな声を出す。
だがそんなことで3人の戦いは止まらない。
アリアナという固定砲台を部屋の中に置いたまま戦いは激化していく。
だがやはり一番の問題はアリアナだろう。
「——は、——あー」
記憶を見ているだけの私にも感じ取れるほどの殺気がアリアナから放たれる。
3人は同時にアリアナに呪文を掛けていた。
私はその判断は間違っていなかったと思う。
あのまま放っておいたら死体は1つでは済まなかっただろう。
結果的にアリアナは死んだ。
次の瞬間私は紅魔館の時計塔へと帰ってくる。
「私は自分の死を後悔していません。あのまま生きていてもお兄ちゃんたちの枷になるし、フランが私の体を借りて暴れなかったら、私以外の誰かが死んでいたでしょう。私は自由になった体で裁判を受け、天国でお母さんとお父さんに再会しました。フランも私に会いに来てくれた」
「貴方と妹様の関係は分かったわ。というか、妹様が外の世界の情勢にお詳しいのはそういう感じで外と繋がるパイプを持っていたからということね。でもまだ貴方が私の夢に出てきた理由を聞いていないわ。っていうか、死んだ人ってそんなに簡単に人の夢に入れるものなの?」
「普通無理です」
アリアナはきっぱりと言った。
「ただ貴方の心……いえ、魂は少々不安定になっています。フランの協力もあって私は貴方の夢に入ることができた。もともとフランも不安定だったからこそ私の心の中に入ってこれたわけですし」
「一体何の目的で?」
「フランと私の好奇心、では、駄目ですか? きっかけというものは些細なものであることが殆どです。それがどんな結果を生むとしても」
アリアナは笑いながら答える。
とぼけているような口調ではあるが、嘘を言っているようには見えない。
「フランは貴方のことを気に入っているんですよ? 吸血鬼と妖怪に育てられた少女。若い頃から人の殺し方を教えられて、人間とは違う理を学んだ少女が果たして人間のまま生きていくことができるのかって。結果としては、夢でバランスを取ることによって上手いこと人間の世界に溶け込めたみたいですけど」
「どういうこと?」
「貴方がロンドンで人を殺す夢を見始めたのはいつ頃ですか?」
アリアナはまた風船を膨らまし始める。
だが今度は説明の為ではなく、ただ遊んでいるだけのようだが。
「ホグワーツに入学してからよ。枕が変わったせいかしら」
「人を殺さなくなったからです」
なるほど、と私は納得してしまった。
確かに今思い返せば休暇に紅魔館に帰ってきたとき、人間を殺した次の日はそのような夢を見なかったような気がする。
「つまり私は現実で人を殺さない分、夢で人を殺して精神面のバランスを取っていたということ? とんだ殺人鬼ね、私」
私は肩を竦める。
少し異常だとは思っていたが、自分がそこまで殺人に執着しているとは思わなかった。
「そうではないです。貴方は殺人を特別なものにしたくはなかった。日常の1つの動作として意識したかった。つまりは間隔を空けたくなかったんです。殺人が特別なものになってしまいますから、『罪』の意識を持ってしまいますから」
「何が言いたいのよ」
「貴方は結局何処までも人間だということですよ」
アリアナは風船に乗ってふわりと浮き上がる。
「今日は楽しかったです。また夢でお会いしましょう」
そしてそのまま風に流されるままに窓の外に出て上へ上へと昇っていった。
「何処までも人間、ね。言ってくれるじゃない」
私は窓に施錠をすると時計塔を下りていく。
そして蘇りの石を返すために大図書館へと向かった。
北海の中心に浮かぶ小さな島に建てられた魔法界の監獄、アズカバン。
現在、アズカバンは犯罪者の楽園になっていた。
監獄内は改装が加えられ、とてつもない大きさになっている。
周囲には闇市が並び、小さな街のようになっていた。
そんなアズカバンの監獄内の奥まった場所にある一室。
そこでは今まさにヴォルデモートとその部下たちの話し合いが行われている。
「巨人部隊はどうだ? マクネア。戦場で身内を粉々にしてくれては困るぞ?」
「新たに巨人にも効く服従の呪文を開発しました。あと数週間もあれば十分に戦力となりえるかと」
ヴォルデモートの問いにマクネアが答える。
マクネアは元魔法省の死刑執行人だ。
今は巨人部隊の教育を行っている。
「グリンデルバルドのところから流れてきた奴らは使えそうなのか?」
「いえ、我が君。ただ居場所が欲しいだけの連中です」
「なら最前線に配置しろ。盾にはなるだろう」
レストレンジは恭しくヴォルデモートに一礼する。
「クラウチ、新しく入った死喰い人たちの教育はどうなっている?」
「あぁ、使えん雑魚ばっかだ! 一体奴らは学校で何を学んできたんだ? このような情勢だというのに、まさに油断大敵!!」
「うるさい」
ヴォルデモートはクラウチにぴしゃりと言う。
クラウチは指摘を受けて口をもごもごとさせた。
「……なんにしても、使えるようになるまでにあとひと月は掛かるだろうな」
「そうか、ではそのまま続けろ。クィレル、魔法省はどうなっている?」
「内部での工作は大方終了致しました」
ふむ、とヴォルデモートは考え込む。
「6月には全ての準備が整いそうだな」
ヴォルデモートは小さなガラス玉を目の前に掲げた。
そのガラス玉は薄く光っており、中には何かが蠢いていた。
「これはかの予言者レミリア・スカーレットが私に残した予言だ。あのバカが偶然発見したものだが、たまにはアレも役に立つということだろう。この予言によれば私は6月に大きな戦争を引き起こすらしい。つまりはそういうことなのだ」
全員がヴォルデモートの話に集中する。
「この予言には戦争が起こることの他に、もう1つの予言があった。それは6月の戦いの中でダンブルドアが死ぬということだ。だとしたら、この機を逃すわけにはいかない。予言通りに6月に戦争を起こし、ダンブルドアには死んでいただこうではないか」
ヴォルデモートは不敵に笑う。
クィレルはそんなヴォルデモートを見てほくそ笑んでいた。
ヴォルデモートは予言を重要視しすぎるところがある。
それはハリー・ポッターの予言の件で確認済みだ。
レミリアは予言という方法でヴォルデモートの背中を押した。
「ルシウスよ。馬鹿な貴様の息子は今どのような状況だ?」
ヴォルデモートは冷ややかな視線をルシウスに送る。
ルシウスはヴォルデモートから預かった日記を私利私欲の為に使用した為にヴォルデモートの逆鱗に触れてしまったのだ。
殺されることはなかったが、ルシウスの立場は現在とても低い。
「もうすぐキャビネットの修理が終わるとのことです。6月までには十分間に合うかと」
「そうか、では事を起こすのは7月だと伝えろ。スネイプにもな」
「ですが——」
「なに、保険だ。情報が漏れてしまっては奇襲にはならない」
ルシウスは深々と頭を下げる。
「さて、これで残る障害は1つになった」
ヴォルデモートは全体を見回す。
「今現在ホグワーツはパチュリー・ノーレッジを所有している。それだけで私たちは負けるかもしれないということを理解せねばならん」
「そのことなのですが」
クィレルがヴォルデモートの言葉に口を挟んだ。
「既に解決しております。我が君」
クィレルの言葉に部屋の中がどよめく。
ヴォルデモートはまっすぐクィレルを見つめた。
「どういうことだクィレルよ」
クィレルはその場からスッと立ち上がる。
まるで誰かに席を譲ったようだった。
次の瞬間先ほどまでクィレルが座っていた席に1人の少女が現れる。
パチュリー・ノーレッジだ。
それを見て素早く周囲の死喰い人は杖を構えたが、パチュリーは気にも留めない。
「貴様! 裏切りか!? 死ね!!」
クラウチが呪文を放とうとするが、杖の先から閃光が出ることはなかった。
「まあ待て。我が君、パチュリー・ノーレッジは裏から私たちを支援してくれていたのです。アズカバンへの物資搬入ルートや吸魂鬼を制御する魔法、情報操作などなど、あまりにも高度な魔法が使われていると思ったことでしょう。全て彼女の功績です」
部屋がざわざわと騒がしくなる。
ヴォルデモートとパチュリーはそんなことは気にせずに睨み合っていた。
いや、決して睨んでいるわけではない。
相手の目を見て互いに開心術を掛け合っているのだ。
「なるほど。嘘ではないようだ。賢者パチュリー・ノーレッジよ。我々は6月にホグワーツで戦争を起こす。貴方はどちらにつく?」
それを聞いてパチュリーは眉を顰める。
「戦わないわ。趣味じゃないもの」
「どちらにも加担しないということか?」
「ええ」
ヴォルデモートとパチュリーは互いに探り合うように見つめ合う。
「そうか。クィレルもことごとくジョーカーを引き当てる男だ。悪運が強いとも言える。その言葉、決して忘れるな」
パチュリーはコクンと頷いて虚空へと消える。
クィレルは椅子に座りなおした。
「クィレル、今後もパチュリー・ノーレッジを監視するのだ。邪魔されては敵わんからな」
「承知しております」
これで死喰い人陣営の準備は整ったとクィレルは考える。
その後も10分ほど会議が続き、今日は解散となった。
クィレルは部屋を出て、アズカバンの中を歩いていく。
そして煙突飛行ネットワークを使って紅魔館へと移動した。
「……ん?」
クィレルの目の前には森が広がっている。
周囲を見回すが紅魔館らしき建物の影は見えない。
「なるほど、この前言っていた引っ越しというやつだろう」
クィレルは試しにローブのポケットを漁る。
そこには身に覚えがない羊皮紙が1枚入っていた。
『紅魔館はホグワーツ敷地内の禁じられた森の中に存在する』
「なるほど、忠誠の呪文か」
クィレルは後ろを振り返る。
そこには古ぼけた暖炉がぽつんと残されていた。
クィレルはその中に入りもう一度煙突飛行をする。
今度は問題なく紅魔館の大図書館へと出ることができた。
「お久しぶりですね、クィレル」
小悪魔がクィレルの存在に気が付いて近づいてくる。
「ホグワーツに紅魔館を移したのですね。流石はパチュリー様と小悪魔様です。ヴォルデモートの陣営は既に準備が出来ているとお嬢様にお伝えください。あとはお嬢様の匙加減で戦争を起こすことができます」
「そうですか、わかりました」
クィレルは小悪魔に頭を下げると暖炉に戻り魔法省に戻った。
暖炉の火で羊皮紙を燃やし、灰にしてしまう。
そして何事もなかったかのように仕事を再開させた。
パチュリーがまた透明になり城へ続く道を歩いていると、ハグリッドの小屋の中ですすり泣く声が聞こえてきた。
何かあったのだろうかとパチュリーは窓から小屋の中を覗く。
そこではハグリッドが目から大粒の涙を流し泣いていた。
「うぅぉあ……アラゴグ……、かわいそうに……」
どうやら誰か死んだようである。
ハグリッドは全身に擦り傷を負っていた。
「お邪魔するわよ」
パチュリーは解毒剤を飲み干し小屋の扉を押し開ける。
ハグリッドはビクンと震えパチュリーの方を見た。
「なんだ、お前さんか。すまんが今日は帰ってくれ」
ハグリッドは入ってきたのがパチュリーだとわかるとまた机に伏せる。
パチュリーが手を振るうとハグリッドの傷が完全に癒えた。
「そういうわけにもいかないわ。一体何があったの?」
パチュリーはハグリッドの前へと回り込む。
そして椅子を引っ張ってきて腰かけた。
「……アラゴグが死んだ。俺が飼っとったアクロマンチュラだ」
「ああ、例の。弱っているって言っていたものね」
パチュリーは窓から外を覗く。
そこには大きな蜘蛛がひっくり返って死んでいた。
「埋めてあげないの?」
「あいつは夕暮れが好きだった。明日の夕方に埋めてやろうと思っちょる」
ハグリッドは大きく鼻を啜りあげた。
「俺ぁ、あいつを卵から孵したんだ。産まれたばっかのころにゃ、そりゃかわいい奴だった」
「かわいいでしょうね」
パチュリーはごそごそとローブの中に手を突っ込む。
そして何処からともなく大きな酒瓶を取り出した。
「これ、私からアラゴグへの餞別」
パチュリーはその大瓶を机の上に置いて椅子から立ち上がる。
「ありがてぇ。アラゴグもきっと喜んどる」
パチュリーは手を振りハグリッドの小屋を後にした。
4月が終わり、5月になる頃。
ダンブルドアは校長室で本格的に頭を抱えていた。
悩みの種はもちろん分霊箱だ。
紅魔館にあるということは確定しており、実物もこの目で見た。
だがレミリアが突きつけてきた条件は『十六夜咲夜』との交換。
死者を蘇らせ、連れてこれたら譲るという無理難題だ。
数か月ほどダンブルドアは十六夜咲夜の消息が掴めないか探し回ったのだが、結局手がかりは得られなかった。
そしてついに考え方を変え、紅魔館に盗みに入ろうと計画を立て始めたがその前に紅魔館は何処かへと姿をくらませてしまう。
そこから先は紅魔館の主であるレミリアは勿論のこと、従者の美鈴や小悪魔の消息まで掴めなくなってしまった。
まさにお手上げだ。
残された時間は残り少ない。
「…………」
ダンブルドアは机の中から便箋を取り出すと、手紙を書き始める。
この手紙が届くかどうかわからないが、これに賭けるしかないだろう。
「フォークス、この手紙をレミリア・スカーレット嬢かその関係者へ届けておくれ」
フォークスは便箋を咥えるとその場で燃え上がるように消え去る。
そしてダンブルドアは考え方を切り替えた。
四の五の言っている場合ではない。
これは魔法界の命運をかけた戦いなのだ。
「より大きな善のため。そうじゃったな、ゲラート」
ダンブルドアは校長室を後にする。
より大きな善のため、魔法界を救うため、そして何より過去の柵を清算するために。
「ん? これは……不死鳥の羽根ね」
私は館の掃除中に紅い羽根を見つける。
そしてそれとともに1つの便箋を見つけた。
どうやらダンブルドアの飼っている不死鳥がここに手紙を届けに来たらしい。
「たしかパチュリー様の話では、手紙は普通に届くのよね。こういうのをご都合主義っていうのかしら? 魔法だから少し違うか」
私は便箋を拾い上げる。
お嬢様宛ての手紙のようだった。
私は時間を止めお嬢様の部屋の前まで移動する。
そして時間停止を解除し、扉をノックした。
「お嬢様、手紙が届いております」
「入りなさい」
部屋に入るとお嬢様は1人でチェスを並べていた。
「ダンブルドアからです」
お嬢様は私から便箋を受け取ると、封蝋を切って手紙を取り出す。
そしてそれを読み、ニヤリと笑った。
「女々しいわね、ダンブルドアも。過去に色々と背負い込みすぎているのよ」
「分霊箱に関する手紙ですか?」
お嬢様は私に見せても問題ないと判断したのか手紙を私の方に差し出す。
私はその中身を確認した。
そこには私に関することの謝罪文と魔法界の未来のことが書かれている。
そしてお嬢様の所持する宝がないと魔法省がヴォルデモートの手に落ちると書いてあった。
「まだあと1か月早いわね」
「渡す気はあるんですね」
当然でしょう? とお嬢様は胸を張った。
「ヴォルデモートを殺すのはあくまでダンブルドアかハリー、つまり向こうの陣営の人間よ。まあダンブルドアはヴォルデモートに殺されるんだけど」
私はお嬢様に手紙を返す。
お嬢様は手紙を跡形もなく燃やし尽くした。
「クィレルに伝えなさい。ホグワーツに奇襲をかけるのは6月13日にしなさいと」
「6月の13日……金曜日ですか」
「そう、伝説を作るにはピッタリ。楽しい夜になりそうね」
私は一礼するとお嬢様の部屋を出る。
そして煙突ネットワークを用いて魔法省に向かった。
「ふむ、13日の金曜日か。お嬢様らしい選択だ。わかった、調整しよう」
クィレルは仕事をしつつも私の話に頷いた。
「なんだかさらに忙しそうに見えるわ」
「殆どがアズカバンを隠すための書類だ」
「それはそれは、ご苦労さまです」
クィレルは疲れたような目をこちらに向ける。
私は大きく肩を竦めた。
「いい? お嬢様の計画を成功させるためには貴方の働きが不可欠よ」
「言われなくても分かっているさ。君こそ、学校に行っていないんだからお嬢様のサポートをよろしく頼む」
「言われなくても分かってるわ」
私はおうむ返しにするようにクィレルに言う。
次の瞬間魔法大臣室の扉が叩かれた。
私は急いでその場から姿をくらました。
「首尾はどうじゃセブルス」
ダンブルドアは校長室でスネイプに声を掛ける。
スネイプの後ろにはマルフォイがおり、ダンブルドアの後ろにはダンブルドアと同じぐらい老けた老人が1人立っていた。
「あまり良いとは言えないでしょう。7月にホグワーツに総攻撃を仕掛ける計画を闇の帝王は立てております」
7月という言葉にダンブルドアの表情が少し緩む。
「7月、よろしい。それならわしらから攻め入ることができよう。ドラコよ、例のキャビネットはどんな具合じゃ?」
ダンブルドアが声を掛けると、マルフォイが1歩前に出た。
「ほぼ修復できています。ダンブルドア先生なら杖の1振りで使えるようにできるでしょう」
マルフォイの顔は険しく、そこに幼さは感じられない。
まるでこの1年で何十年も歳をとってしまったように見えた。
「そうか、では外部に情報が漏れる前に母親とともに隠れてしまいなさい。死喰い人を裏切ったとなればただでは済まんて」
ダンブルドアは優しく語りかけるが、マルフォイはその場から動かなかった。
「僕は逃げない」
「じゃがの、ドラコ——」
「僕は逃げない! 僕はあいつらを許さない。あいつらは……あいつらは……」
ギリッ、とマルフォイは怒りをかみ殺した。
「あいつらが咲夜を殺したんだ」
そう、この1年マルフォイはスネイプと共にスパイとして死喰い人陣営に入り込んでいた。
ボージン・アンド・バークスの件も、ネックレスの件も死喰い人として活動しているというアピール、言わば偽装である。
ネックレスは不幸な事故が起きてしまい、予定通りにはいかなかったが。
マルフォイは死喰い人としての仕事で必要の部屋で姿をくらますキャビネット棚の修理を行っている。
姿をくらますキャビネット棚というのは、対になったキャビネットからキャビネットへ移動できる性質を持っている魔法具である。
死喰い人たちはこのキャビネットを使ってホグワーツに奇襲を掛けようとしているのだ。
だがダンブルドアはそれを逆に利用してやろうと考えていた。
向こうから来れるならこちらから行けないはずがない。
つまりは奇襲作戦を逆手に取り、こちらから先に奇襲をかけるというものだ。
「ところでダンブルドア校長、その後ろにいる方は?」
スネイプが慎重にダンブルドアに問う。
ダンブルドアは朗らかに笑った。
「わしの古い友人じゃて。少なくとも今は魔法界の為に戦うと言ってくれた」
老人は目を瞑り腕を組んでいる。
寡黙な人物なのだろうか。
「……よろしい。ではドラコの成人を待って戦力を集め、攻め込むことにしようぞ。そうじゃの、6月の17日など丁度よいかの」
ドラコ・マルフォイの誕生日は6月の5日だ。
その日を過ぎればマルフォイの体から臭いが消える。
つまり自由に行動できるようになるのだ。
「まて、ダンブルドア」
ダンブルドアの後ろにいた人物が急に口を開いた。
「俺は杖を持っていない」
「残念なことにの、お主の杖は今わしが使っておる。わしのお古でいいか?」
ダンブルドアは引き出しの中から杖を1本取り出した。
次の瞬間老人はダンブルドアに拳をお見舞いする。
そして力ずくで杖を奪い取った。
「何をする!?」
スネイプが鋭く杖を構えるが、ダンブルドアがそれを制止した。
ダンブルドアは自分の顔に杖を向け、唇の傷を癒す。
「待て、セブルス。アレでいいのじゃ。杖の忠誠を移すためには力ずくで奪われんとならん。今この瞬間にわしの古い杖はそこにいるわしの友人へと移った」
老人はダンブルドアの杖を確かめるように何度か部屋の中の小物に向けて振り、そして不敵に笑った。
「そこそこだな。死の呪文を使う程度なら十分だ」
死の呪文という言葉を聞いてスネイプとマルフォイは身構える。
「……そうじゃの、紹介しておこう。こちら、わしの古い友人で、犯罪者のゲラート・グリンデルバルドさんじゃ。わしに協力するという約束でヌルメンガードから出してきた」
紹介を受けてもグリンデルバルドの興味は杖から離れない。
「では……彼があの有名な闇の魔法使いの……」
スネイプは仰天したような声を出す。
グリンデルバルドはギロリとスネイプの方を見た。
「そう、そして俺はそこにいる老いぼれに敗れた。過去の俺の部下がヴォルデモートの下についたという話を聞いたのでな。不甲斐ない部下を殺しに行くというわけだ」
「お主も十分老いぼれじゃろうて、ゲラート」
スネイプとマルフォイは顔を見合わせる。
確かに戦力にはなりそうだが、嫌な予感しかしなかった。
「我が君、ついに完成致しました」
アズカバンの一角で2人の老人が床に転がっていた。
ワームテールは恭しく目の前に座っているヴォルデモートに一礼した。
そして1本の杖をヴォルデモートに差し出す。
「ほう、ようやく完成したか」
ヴォルデモートはワームテールから杖を受け取る。
次の瞬間部屋の中が魔力で満たされた。
ヴォルデモートは軽く振って杖の調子を確かめている。
そして満足げに頷いた。
「魔力の消費が激しいが、私には丁度良い。むしろ、私にしか扱えない杖と言うことか。気に入ったぞ。オリバンダー、グレゴロビッチ。ワームテール、2人を牢獄に詰め直せ」
オリバンダーとグレゴロビッチはワームテールに引きずられていく。
そう、ヴォルデモートは新しい杖を2人の杖作りに作らせていたのだ。
オリバンダーとグレゴロビッチ、間違いなく今生きている中ではトップクラスの杖作りだ。
ヴォルデモートが2人の杖作りに求めた杖は最強の杖を超える杖。
そして2人の天才は半年の歳月の果てに、ついに作り上げてしまった。
今世紀最高の1本を。
「これでようやく全ての準備が整ったわけだ。クィレルが用意した日付は6月13日。奴も憎いことをしてくれる。クラウチ」
部屋の隅で自分の酒瓶から酒を煽っていたクラウチがビクリと反応する。
「なんだ? 我が主様よ」
「出撃の準備を整えておけ」
クラウチは数回相槌を打つと部屋を出ていく。
ヴォルデモートは新しい杖を指の間でくるりと回した。
「負ける道理はない」
ヴォルデモートは不敵に笑う。
戦争が始まろうとしていた。