私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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戦争とか、戦いとか、殺し合いとか

 1997年6月13日、金曜日、午後7時。

 私と美鈴さんと小悪魔はお嬢様の部屋に集まっていた。

 クィレルは魔法省に、パチュリー様はホグワーツにそれぞれいる。

 私たち3人はお嬢様が手紙を書き終わるのをじっと待っていた。

 

「——を送ります。レミリア・スカーレット。……と。これでOK」

 

 お嬢様はその手紙を直接蝙蝠へと変化させ、窓の外へと飛ばす。

 蝙蝠はまっすぐとホグワーツ城へと消えていった。

 手紙の内容を簡単に説明するとこうだ。

 貴方の欲した品々をお譲り致します。

 従者をホグワーツに送ります。

 その2つのことが書かれている。

 小悪魔はいそいそと自分が身に着けている分霊箱を外していく。

 そしてそれを銀の盆の上に載せた。

 

「……よし、ダンブルドアは手紙を受け取ったわ。咲夜、行ってらっしゃい」

 

「かしこまりました」

 

 私はお嬢様に一礼して分霊箱の置かれた盆を持つとホグワーツの玄関ホールへと姿を隠さずに姿現しする。

 なんというかホグワーツに来るのは久しぶりなので少し新鮮だ。

 メイド服で歩くというのも初めての経験かもしれない。

 私は片手に盆を持ったまま玄関ホールを歩いていく。

 そして大広間の正面の入り口を大きく開け放った。

 そこはホグワーツの生徒で溢れている。

 皆話に夢中になっており、私の存在に気が付いている生徒は少なかった。

 私はまっすぐダンブルドアを見る。

 ダンブルドアは信じられないものを見るような目で私を見ていた。

 私はそのまま澄まし顔で大広間の中央の通路を歩いていく。

 わざと目立つように。

 

「咲夜!?」

 

 ハーマイオニーの悲鳴のような声が聞こえてくるが、今は構っていられない。

 だがその悲鳴で皆が私の存在に気が付いたようだった。

 ざわつく生徒の中を私はまっすぐ歩いていき、ダンブルドアの前まで移動する。

 そして銀の盆をダンブルドアの目の前に置いた。

 

「お嬢様からの贈り物です」

 

 私はダンブルドアに恭しく一礼する。

 そしてそのまま固まっているダンブルドアの目の前で時間を停止させると、ホグワーツの制服に着替えた。

 時間停止を解除し、私はグリフィンドールのテーブルに向かう。

 ハリーたちの横へと腰かけ、何事もなかったかのように夕食を食べ始めた。

 

「咲夜!! 生きてたのね!」

 

 ハーマイオニーとジニーが私に抱き着いてくる

 そのせいで私は手に持っていたパンを落としそうになった。

 だがそんなことはお構いなしに大歓声が私の周囲で沸き起こる。

 私は眉を顰めながらパンをもしゃもしゃした。

 

「死んだわよ。ちゃんとね」

 

「でも生きてるじゃない! こんなにしっかりと体があるのにゴーストだなんて言わせないわよ?」

 

「放して欲しいんだけど……」

 

 私は2人を体に付けたまま強引に体を引き起す。

 ハリーとロンはまるで幽霊でも見たかのように固まっていた。

 

「咲夜……本当に生きてるの?」

 

 ロンが恐る恐る聞く。

 私はロンに向けて右手を差し出した。

 

「触ってみなさい」

 

 ハリーとロンは私の右手に触れる。

 そしてようやく理解したかのように顔を綻ばせた。

 

「生きてる……生きてる! 咲夜は生きてた! 生きてたんだ!!」

 

 私は流れを無視して全員の注意を引くように手を一度叩く。

 そして拡声呪文を使って大きな声を出した。

 

「敵が攻めてくるわ! 全員戦闘配置につきなさい!」

 

 次の瞬間大広間の扉が開け放たれる。

 そこには仮面をつけた死喰い人が杖を抜いて立っていた。

 1人だけではない、その後ろに10人はいる。

 いや、実を言うと10人どころではない。

 既に100人近い死喰い人がホグワーツの敷地内に侵入しているのだ。

 突如放たれる閃光と悲鳴。

 大広間は一気にパニックに陥った。

 第一条件クリア。

 どうやらクィレルはやり遂げたようだ。

 そう、クィレルは一時的にホグワーツの全ての暖炉を煙突飛行ネットワークに接続したのである。

 勿論色々と障害はあっただろう。

 だが魔法省大臣という権限と、パチュリー様の技術によってそれを可能とした。

 私は時間を停止させ教職員テーブルの端で何事もないかのように夕食を取っているパチュリー様の時間だけを動かす。

 パチュリー様はしばらく気が付いていないかのようにスープをすすり続けていたが、やがて私の方を見た。

 

「紅魔館へお戻りください。ここは今から戦場になります」

 

「わかったわ。貴方も死なないようにね」

 

 パチュリー様はそのまま何処かへ消え去った。

 それを見て私は時間停止を解除し、近くにいる死喰い人にナイフを投げつける。

 既に大広間は乱戦になっており、生徒は逃げまどい教員は死喰い人と戦っていた。

 周囲には赤や緑の閃光が飛び交っている。

 床には生徒たちが折り重なるようにして倒れていた。

 一部は既に死の呪文を受けて死んでいるだろう。

 

「ふん、誰もわしの教えを覚えていないと見える。どんな時でも油断大敵!!」

 

 クラウチが逃げまどう生徒に呪文を飛ばしている。

 上級生たちも必死に抵抗していた。

 

「咲夜! どういうことなんだ!?」

 

 ハリーが近くにいる死喰い人に失神の呪文を掛けながら叫ぶ。

 

「ああ、こうなることを伝えに来たんだけど、思いのほか歓迎されちゃってね」

 

 ハリーが失神させた死喰い人の喉元に向けて私はナイフを投げつける。

 ドスッと鈍い音がして死喰い人は息絶えた。

 

「ハリー、貴方は校長室に向かいなさい。ダンブルドアもそこにいると思うわ」

 

 ハリーも同意見だったのか、特に反論が飛んでくることもなくハリーは大広間から上の階に向けて走り出す。

 ロンはハーマイオニーと背中合わせになり、死喰い人と戦っていた。

 死喰い人1人1人はそんなに強くない。

 だが数が数なのだ。

 次から次へと沸いて出てくるように死喰い人が大広間に現れる。

 

「広い空間だと死角からやられる可能性が増えるわよ! 皆廊下に出なさい!」

 

 私は生徒の多くが死喰い人と鉢合わせるように焚き付けると、自分も大広間を後にした。

 そのまま廊下を飛ぶように走り、死喰い人を蹴散らしていく。

 次の瞬間私はムーディと鉢合わせた。

 

「なんだ!? 敵か! いや幽霊だな死ね!!」

 

 私はムーディの放った失神呪文を躱す。

 どうやらムーディ率いる不死鳥の騎士団のメンバーが駆けつけたようである。

 いや、それにしては早すぎるか。

 

「咲夜!? どうして生きてるのよ?」

 

 ムーディの後ろにいたトンクスがすっとんきょな声を上げる。

 妊娠したという話を風の噂で聞いたのだが、既にお腹は小さかった。

 どうやら既に子供が産まれたあとのようだ。

 トンクスの後ろにはルーピンやブラック、キングズリーなどのおなじみのメンバーが揃っている。

 

「話は後よ。一番の被害箇所は大広間、敵は暖炉から湧いてきていると考えられるわ」

 

 私は背後から走っていた死喰い人にナイフを投げつける。

 そのナイフは死喰い人の喉元に刺さった。

 

「ほらさっさと動く!」

 

 私が大声を上げると慌てたように騎士団員が走りだす。

 私は一度紅魔館へと姿現しした。

 お嬢様たちは大図書館に移動したようで、既にお嬢様の部屋はもぬけの殻だ。

 私は即座に姿現しで大図書館に移動した。

 

「おかえり、咲夜。いい感じに戦争が起こったわね」

 

 お嬢様は満足そうに頷いている。

 パチュリー様はホグワーツ城のあらゆるところを机の上に映し出していた。

 

「ふむ、現在死者はホグワーツの生徒が50人、死喰い人が30人。少し死喰い人が押しているように見えるわね」

 

 パチュリー様は図書館の椅子に腰かけている。

 何気ない動作だが、パチュリー様は懐かしむように椅子をさすっていた。

 

「パチェ、ダンブルドアは今どこ?」

 

 お嬢様の言葉にパチュリー様は校長室の映像を出す。

 そこでは今まさにダンブルドアがグリフィンドールの剣を取り出していた。

 

「生徒を見捨てて自分は分霊箱優先……より大きな善のため、ね」

 

 ダンブルドアはグリフィンドールの剣で次々と分霊箱を破壊していく。

 そして蘇りの石だけを自分のポケットに入れた。

 

「ちゃっかりしてるわ。咲夜、ポップコーン」

 

「どうぞ」

 

 私は鞄の中からバケツサイズのポップコーンの箱を取り出し、お嬢様に渡す。

 お嬢様はどうやら映画でも鑑賞しているぐらいの気軽さなのだろう。

 

「さあ、賽は投げられた」

 

 お嬢様は口を三日月の形に歪めて笑う。

 まさにここまでの流れはお嬢様の計画通りだ。

 

 

 

 

 

 ハリーは大広間を飛び出すと廊下を駆け抜け階段を目指していた。

 廊下にも多くの死喰い人がおり、ハリーの行く手を遮る。

 だがそれと同じぐらいの生徒がそれに応戦していた。

 あちこちで閃光が飛び交い、その度に人が倒れていく。

 ハリーは一気に階段を駆け上がった。

 だがそこでふと窓の外を見てしまう。

 そこで見えた光景に、ハリーは足を止めてしまった。

 何百、いや何千という吸魂鬼がホグワーツを包囲している。

 まるで大きな結界を張っているように、ホグワーツからの逃走をできないようにしていた。

 あれが一斉に襲い掛かってきたら、自分は対処ができるのだろうか。

 いや、無理に決まっている。

 ハリーは一目散に8階の廊下を駆け抜ける。

 肺や喉が焼けるように熱いが無視した。

 

「れ、レモンキャンディー!」

 

 ハリーは合言葉を言い校長室に転がり込む。

 そこではダンブルドアが今まさに校長室を出ようとしているところだった。

 

「先生! 一体何が起こったのですか!?」

 

 ハリーはダンブルドアの後を追いながら訪ねる。

 

「今がどのような状態なのか、わしにも分からん。じゃからと言って校長室でのんびりと話をしていれるほど優しい相手でもないのでの。今は1人でも多くの戦力が必要じゃ。ハリー、わしの後ろについてくるがよい」

 

 ダンブルドアは廊下を進みながら次々と死喰い人を無力化していく。

 ダンブルドアにかかれば死喰い人など赤子同然なのだろう。

 ハリーは杖を構え警戒しながらダンブルドアの後ろについて歩いていく。

 だがダンブルドアの後ろにいる限りハリーが危険な目に合うことはないと言えるだろう。

 

「先生、僕も戦います!」

 

「ああ、ハリー。全力で戦っておくれ」

 

「では何処かで散開して——」

 

「ダメじゃ」

 

 ダンブルドアはハリーの方を見ずに言った。

 

「でも今は少しでも戦力が必要だと……」

 

「ハリー、君は死喰い人よりももっと凶悪なものと戦うことになっておる。それまで魔力を温存しておくのじゃ」

 

「ですが……」

 

 ハリーは自分が分霊箱であることを思い出す。

 そう、自分は死ななければならない身なのだ。

 そのことはダンブルドアも分かっていることだろう。

 ダンブルドアは8階にあるグリフィンドールの談話室に入っていく。

 死喰い人は暖炉から煙突飛行してきているらしく、談話室は死喰い人で溢れかえっていた。

 ダンブルドアはダース単位で死喰い人を蹴散らし、あっという間に談話室内を制圧する。

 そして暖炉に特殊な呪文を唱え、煙突飛行をできなくした。

 

「元から断たんとキリがないのでの」

 

「では死喰い人は暖炉から?」

 

「そうじゃ。問題はホグワーツには暖炉が沢山あることじゃの。次に向かおうぞ」

 

 ダンブルドアはグリフィンドールの談話室を飛び出していく。

 そこでマクゴナガルとすれ違った。

 

「アルバス、何故このような状況に……一体どうすれば……」

 

「ミネルバ、教員の部屋にある暖炉を順番に封鎖していってほしい」

 

「では死喰い人は煙突飛行で……ホグワーツの暖炉には繋げないはずなのに——」

 

 マクゴナガルは顔を真っ青にして駆けていく。

 

「ハリー、わしらは談話室の暖炉を塞ぎに行こう。運がいいことにまだヴォルデモートは城に侵入していないようなのでな。魔法省がもし機能していたらじゃが、そのうち援軍も来るはずじゃ」

 

 ダンブルドアとハリーはそのまま西塔の方へ進んでいく。

 そして螺旋階段を上がっていった。

 ハリーは入学してから一度もここへ来たことがない。

 しばらく死喰い人を蹴散らしながら階段を上っていくと、古めかしい木の扉が開け放たれているのが見える。

 ダンブルドアは杖を振りかぶり死喰い人を倒していく。

 ハリーはレイブンクローの談話室にルーナが倒れているのを発見した。

 

「ルーナ!」

 

 ハリーは急いでルーナに駆け寄った。

 ハリーが抱きかかえると、ルーナが軽く呻く。

 どうやらまだ息があるようだ。

 

「ハリー!!」

 

 ダンブルドアの大きな声が聞こえてくる。

 次の瞬間ルーナに緑色の呪文が当たった。

 

「チッ! 外したか!!」

 

 死喰い人が舌打ちする声が聞こえてくる。

 ハリーは頭の中が真っ白になった。

 腕の中のルーナは次第に冷たくなっていく。

 それはあまりにも現実感のないものだった。

 

「ルーナ! ルーナ!!」

 

 ハリーはルーナを揺するが、ルーナは先ほどと違いピクリとも動かない。

 いつの間にかレイブンクローの談話室の中は静かになっていた。

 ダンブルドアがいつの間にか暖炉を封鎖して談話室内にいる死喰い人を片付けたのだ。

 

「先生! ルーナが! ……ルーナが」

 

 ダンブルドアが杖を振るうとルーナが宙に浮かび、ソファーにゆっくりと置かれる。

 その様子はまるで眠っているようだった。

 

「ハリー、今は進まなければなるまいて」

 

 ダンブルドアはハリーの肩をがっちりと掴む。

 そして螺旋階段を下りていった。

 

 

 

 

「クィレル大臣! ホグワーツが!!」

 

 パーシーがノックもせずに魔法大臣室に飛び込んでくる。

 クィレルは何事かと顔を上げた。

 

「どういうことかねパーシー君」

 

 クィレルはパーシーに駆け寄った。

 勿論何が起きているか、クィレルは知っている。

 

「ホグワーツから守護霊が届きまして。死喰い人の襲撃を受けているそうです!」

 

 クィレルはパーシーから書類を受け取った。

 そして物凄い速度で目を通していった。

 

「魔法省にいる闇祓いを限界までホグワーツに送れ。魔法省が雇っている魔法戦士も全員援軍に送るのだ。各局に防御態勢を取らせ外部からの侵入を防げ。今すぐ伝達するのだ!」

 

 クィレルの力強い物言いにパーシーは驚きつつも廊下を歩いていく。

 クィレルもエレベーターに乗り込み地下2階、魔法法執行部の闇祓い局に急いだ。

 そこは既に多くの魔法使いで溢れ返っており、皆慌ただしく準備をしている。

 

「大臣! 出撃準備できております」

 

 スクリムジョールが厳格に告げる。

 

「よろしい、全員緊急用の暖炉でホグズミードに移動するのだ。そこからは徒歩や箒で近づきホグワーツ内の死喰い人を制圧する。全員私に続け!」

 

 クィレルは一番に暖炉に突っ込んでいく。

 そしてホグズミードへと煙突飛行した。

 

「なんだ!? 今度は一体なんだ?」

 

 どうやらホッグズ・ヘッドに出たようだった。

 バーテンが仰天したような顔をしている。

 それはそうだろう。

 いつもあまり人がいない店の中に次々と人間が煙突飛行してくるのだ。

 

「店主、緊急事態なのです。店の一角をお貸しください」

 

「ホグワーツの件か? 外部から近づくのは不可能に近いぞ。外を見てみろ」

 

 次々と闇祓いたちが店の外に出ていくが、絶句したように立ち止まってしまう。

 そう、ホグワーツを取り囲むように何千体もの吸魂鬼が取り囲んでいるのだ。

 

「隊列を組みパトローナスを前に出して1点突破するのだ」

 

 クィレルの指示で数十人の闇祓いたちがホグワーツに向けて走っていく。

 クィレルはホグワーツの横にそびえ立つ紅魔館を見た。

 あの大きく赤い屋敷は一部の人間にしか見えていない。

 そう、全てはレミリア・スカーレットの思惑通り。

 

「この店を魔法省の活動拠点として使いたい。ご協力をお願いします。」

 

「それはいいが……この状況を何とかできるのか?」

 

 バーテンはクィレルの顔を睨む。

 クィレルはその言葉に頷いた。

 

「なんとかするのが、私たちの仕事です」

 

 魔法省がホグワーツの援軍に来るのは死喰い人のシナリオにはないことだ。

 つまりクィレルは死喰い人を裏切ったことになる。

 全ては少しでも戦いを大きくするために。

 

 

 

 

「なるほど、ダンブルドアも馬鹿じゃないわね。確かに暖炉を封鎖すればこれ以上死喰い人が入ってくるのを防げる」

 

 お嬢様はポップコーンをもきゅもきゅしながら机に映し出された映像を見ている。

 美鈴さんもまるで映画でも見るように興奮した様子で映像に熱中していた。

 

「いけ! そこだ! よし、いいぞ!」

 

「美鈴うるさい」

 

 お嬢様は美鈴さんに冷ややかに言う。

 パチュリー様と小悪魔は死んだ者の数を事務的に数えていた。

 

「やはり死喰い人の死者が圧倒的に少ないですね。死んでいるのは殆どが生徒です。死喰い人の殆どが気絶させられたりといった死とは違う方法で無力化されていってます」

 

 小悪魔がペンを走らせながら言った。

 

「死喰い人の本陣が到着したわね。やはりスリザリン寮を占拠し使う目論見みたいよ。」

 

 パチュリー様がスリザリンの談話室を拡大する。

 そこにはヴォルデモートと、その側近たちが生徒を脅し跪かせていた。

 

「あ、ホッグズ・ヘッドにクィレルがいますね。どうやら闇祓いの本隊を率いてきたようです」

 

 美鈴さんが机の端を指さす。

 闇祓いたちは守護霊を出し、包囲網を突破しようとしている。

 

「さらに戦いは激化していくわね」

 

 お嬢様はポケットを探ると逆転時計を取り出す。

 

「咲夜、持っておきなさい。あの時の答えを見せて頂戴な」

 

 そしてお嬢様は逆転時計を私に手渡した。

 

「多分現存する最後の1つだわ。貴重なものよ」

 

「あの時の答え……ですか」

 

 私は逆転時計を首から下げる。

 あの時の答えと言われても、心当たりが多すぎて分からなかった。

 

 

 

 

 

 ダンブルドアとハリーはハッフルパフの談話室の暖炉も無事に閉鎖し終え、残るスリザリンの暖炉を目指していた。

 だがスリザリンの談話室がある地下牢に近づくにつれて死喰い人の技量の質が変わってくる。

 

「ハリー、スリザリンの談話室は後回しじゃ」

 

 ダンブルドアは何かを察し踵を返した。

 

「ですが、先生。暖炉を塞がないと死喰い人が——」

 

「わしの推測じゃが、スリザリンの談話室にはヴォルデモートがおる。今本拠地を叩くのは少々危険じゃろて。その前にあっちへちょこちょこ、こっちへちょこちょこじゃ」

 

 ダンブルドアは既に100人単位で死喰い人を無力化していたが、死喰い人が減ったようには思えない。

 魔法省が公開していた死喰い人の組織の規模は、数十人程度だったはずだ。

 

「先生、いくら何でもここまで多いのは不自然ではないですか?」

 

「どうやらヴォルデモートは、わしの予想以上に組織を広げておったようじゃの」

 

 ハリーは先ほどから1つ疑問に思っていることをダンブルドアに伝えた。

 

「そういえばノーレッジ先生の姿をまだ見ていません。彼女だったらこの事態を何とかできそうなのですが」

 

「どうやら、力を貸してくれる気はないようじゃ」

 

 ダンブルドアは残念そうに呟いた。

 前方からシリウスが走ってくるのが見える。

 どうやらまだ無事のようだった。

 

「教員の部屋の暖炉は全て封鎖した。それと……キングズリーがやられた。バーティ・クラウチ・ジュニアだ。今はマッドアイとトンクスが戦っている。ルーピンはレストレンジと一戦交えているが、少しきつそうだった」

 

「報告ご苦労。シリウス」

 

 ダンブルドアは角を曲がってきた死喰い人に失神の呪文を食らわせる。

 その死喰い人は後ろに吹き飛び、10人ほどの死喰い人を巻き込んで止まった。

 今度はマクゴナガルが後ろにスネイプを引き連れて現れる。

 

「生徒の殆どが談話室に立て籠もっております。ただスリザリンの談話室がヴォルデモートに占拠されたらしく、多くのスリザリン生が人質に取られている状況です」

 

「予想外の事態ですな。校長。奇襲をかけるつもりが、まさかその裏をかかれるとは。どうやら私は闇の帝王にあまり信用されてなかったようです」

 

 スネイプはオーバーに肩を竦める。

 マクゴナガルはたしなめるように睨みつけた。

 マクゴナガルは続ける。

 

「魔法省の闇祓いが到着しました。現在は校庭に溢れ返った死喰い人と戦闘中です。次第に魔法省が雇っている魔法戦士も到着するとのことです」

 

「全て承知した。ミネルバ、貴方は避難が済んでおらん生徒の手助けをするのじゃ。セブルス、スリザリン寮に潜入し、生徒たちの安全を確保してきなさい」

 

 2人は弾かれるように別々の方向へと走り出す。

 ダンブルドアとハリーとシリウスは1階へと急いだ。

 

 

 

 

 

 1階の玄関ホールは今現在一番激しい戦場と言えるかもしれない。

 美鈴さんもこの戦いを見て大いに盛り上がっていた。

 床には多くの死喰い人と闇祓いが転がり、その上を縫うようにムーディとクラウチが走り回っている。

 そして呪文を飛ばしあっていた。

 

「この若造が! わしの喋りかたを真似するでない!!」

 

「ああ? そりゃ1年以上もお前の馬鹿みたいな喋り方を真似していたら、そりゃ癖が移るだろうよ? ええ?」

 

 その横ではトンクスがルーピンと共にレストレンジの相手をしている。

 

「お熱いことで! 子供が出来たんだろう? おめでとさん!」

 

 そう、レストレンジは何故かしきりに2人を祝っていた。

 

「呪ってやるよ、じゃなくて、祝ってやるよってこと?」

 

「呪うと祝うって漢字が似てますからね」

 

 美鈴さんとお嬢様はそんなことを話しているが、そうではないと思う。

 そもそもレストレンジが漢字を知っているとは思えない。

 キングズリーは先ほどクラウチの不意打ちで死亡した。

 死の呪文とは何とも便利なものである。

 

「そういえば、私たちは戦いに参加しなくてよいのですか?」

 

 美鈴さんがうずうずしながらお嬢様に聞いた。

 お嬢様は呆れたようにため息をつく。

 

「あのねぇ……私たちはこれから何をしに行くの?」

 

「日本にある秘境を侵略しに」

 

「じゃあその戦いの前に消耗してどうするのよ」

 

 ああそっか、と美鈴さんは合点がいった様子だった。

 そう、私たちにとってこの戦争はあくまで移動手段でしかない。

 無駄に消耗するのは避けたいのだ。

 

「私たちが手出しするとしたら、ダンブルドアとヴォルデモートが死ななかった時よ」

 

 私は机の上の映像を見る。

 丁度ムーディに死の呪文が当たったところだった。

 

「ああ、惜しい。新旧マッドアイ対決は2代目の勝ちですね。あ、トンクスが激情した。おお! 強い、まるで親を目の前で殺された子供のような怒りっぷりですよ?」

 

「なんですか? その具体的な例えは」

 

 小悪魔は紙に『マッドアイ(古)死亡』と書き加えた。

 

「あ、ロンが死んだわね」

 

 私はグリフィンドールの談話室前で倒れ伏すロンを見つける。

 ハーマイオニーはその死体を引きずりながら泣き叫んでいた。

 だがそんな荷物を抱えたまま自由に動けるはずもなく、ハーマイオニーも死の呪文に当たり死亡する。

 私は不思議と何とも思わなかった。

 

「あら、貴方と仲の良かった人間じゃない?」

 

 お嬢様が仲良く横たわっているロンとハーマイオニーを指さす。

 

「ハーマイオニーは優秀なはずなのですが、情に流されすぎましたね。」

 

「悲しくないの?」

 

 美鈴さんは無遠慮に言った。

 

「本当に大切だったら何処か遠くへ隠していますよ」

 

 私は映像の中に映る2人を見る。

 あれは別にいらないものだ。

 私たちはこれからこの地を離れる。

 つまりいてもいなくても何も変わらない。

 私は自分にそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 ハリーはそのような地獄を今まで見たことがなかった。

 床には多くの死体が倒れ伏し、その数は1人や2人じゃない。

 床を覆い隠すよう倒れているので、ハリーは嫌でもその死体を踏まなければならなかった。

 今ハリー達がいる玄関ホールだけじゃない。

 城のあちこちでここと同じようなことが起こっているのだ。

 ハリーは床に倒れ伏す死体の中にルーピンとトンクスを見つける。

 2人は手を繋いで倒れていた。

 

「リーマス!!」

 

 シリウスがルーピンに駆け寄るが、静かに首を横に振る。

 どうやら本当に死んでいるようだ。

 

「キングズリー、アラスター、リーマス、ニンファドーラ……」

 

 ダンブルドアが慈しむように呟く。

 ハリーはその呟きでムーディが死んでいることを知った。

 

「この4人が敗れるなんて」

 

「ベラトリックスはクラウチとバディを組むことによって劇的に強くなる。若い頃はとても手を焼かされたものだが、まさかここまでとは……」

 

 シリウスが顔を顰めていった。

 若い頃というのは、ハリーが生まれる前の頃の話だろう。

 

「2人はどうやら地下へと向かったようじゃの。すれ違うてしもうたか」

 

 ダンブルドアは4人の為に少し祈るとすぐさま立ち上がる。

 だがハリーは動けなくなっていた。

 人が死ぬということは咲夜の件で十分理解したつもりでいた。

 だが、実際に人の死体を、それもこんな数見たのは初めてだったのだ。

 

「先生……シリウス……これが、これが戦争なの?」

 

 シリウスは目を伏せる。

 まさかここまでの戦いになるとは思っていなかったのだろう。

 

「ゲラートと一戦交えたときも、こんな感じじゃったかのう」

 

 ダンブルドアは目を閉じ何かを考える。

 だがすぐさま歩き出した。

 

「ハリー、立ち止まっている暇はない」

 

 ダンブルドアがそう言った瞬間、ホグワーツの玄関が吹き飛ぶ。

 ダンブルドアとシリウスは咄嗟に盾の呪文を掛け、扉の残骸をせき止めた。

 

「やっぱりのう」

 

 玄関には巨人が立っている。

 その奥にも何十人もの巨人がおり、駆け付けた魔法戦士たちと戦っていた。

 

「そのうち人狼もやってくるじゃろう。ハリー、急ごうぞ」

 

 ダンブルドアは目の前にいる巨人を杖の1振りで引き止める。

 そして城の外へと吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「ついに巨人と人狼部隊も到着したわね。吸魂鬼は動かないのかしら」

 

 50人ほどの巨人がホグワーツの敷地内で暴れている。

 ここまで地響きが聞こえてくるほどだ。

 だが巨人は魔法を使うことができない。

 本当に対処が難しいのは人狼の方だろう。

 何せ、咬まれたら人狼になってしまうからだ。

 

「にしても凄いのはクィレルね。こんな状況になってもまだ魔法大臣として指揮をしているわよ。少し考えたらクィレルが裏で手を引いていたことぐらいわかるはずなのに」

 

 お嬢様の言う通りクィレルは実に上手く立ち回っていると言えるだろう。

 ホッグズ・ヘッドに到着した魔法使いたちに的確に指示を与えている。

 どうやって戦況を掴んでいるのかは謎だが、まるで城の中まで見えているような指示の出し方だった。

 

「ああ、彼にはマッドアイを与えているわ。義眼じゃなくて目に掛けるタイプの魔法だけど」

 

 なるほど、パチュリー様の言う通りクィレルは時折ホグワーツ城や紅魔館のある方向を見ている。

 

「そういえばクィレルはどの段階で拾いに行くのですか? 紅魔館の敷地内にいないと一緒に移動できないですよね」

 

「私が合図を出すことになってる。戦況次第ね」

 

 パチュリー様は小さな赤いボタンを机の上に出した。

 何というかプラスチックでできているそれは実にチープだが、恐ろしいほど複雑な呪文が掛かっているのだろう。

 

「凄いですね。ホグワーツの中で一番平和なのがスリザリン寮ですよ」

 

 スリザリンの談話室のソファーにヴォルデモートが腰かけている。

 暖炉からは次々と死喰い人が煙突飛行で現れていた。

 

「暖炉を塞がれたのは痛手だが、まだ経路は残っている」

 

 ヴォルデモートは不敵に微笑んだ。

 まさかこんなところから覗き見られているとは夢にも思わないだろう。

 ヴォルデモートの隣にはピーター・ペティグリューと、ギルデロイ・ロックハートが佇んでいた。

 ……というか、何故ヴォルデモートの横にロックハートがいるのだろうか。

 

「聖マンゴに行ったときにアレの運命を少し弄ったのよ。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったけどね」

 

 お嬢様はしたり顔で微笑んだ。

 弄ったと言えば、とお嬢様は映像の中を探す。

 

「いたいた、このデビルなんちゃらって子の成長もすごいわよね」

 

「ネビルです、お嬢様」

 

 私はお嬢様の勘違いを訂正しながら映像を見た。

 ネビルは今、古参の死喰い人であるアントニン・ドロホフと戦っている。

 

「まさかあそこまで劇的に成長するとは思わなかったわ」

 

 ネビルはドロホフに失神の呪文を当て、無力化する。

 

「お嬢様、まさかネビルの運命も操っていたのですか?」

 

 私は聖マンゴに行ったときにお嬢様が風船ガムの包み紙にメッセージを書き、ネビルに託したのを思い出した。

 確かにネビルは休暇明けのDAから成長速度が上がったが、そういうことなのだろうか。

 

「厳密にいえば能力ではないんだけどね。簡単なメッセージを送っただけよ。がんばれ~って」

 

 お嬢様は両手を握り上下に動かす。

 

「パチェ、被害状況は?」

 

「ゼロよ」

 

「私たちじゃなくて」

 

 パチュリー様は手に持っていた紙をお嬢様に見せる。

 

「あら、死喰い人の死者が一気に増えてるわね。一体どういうこと?」

 

 パチュリー様は映像の一部、大広間を指さす。

 そこでは老人が手当たり次第に死喰い人に死の呪文を掛けていた。

 

「ゲラート・グリンデルバルド。ダンブルドアは戦力になると思っていたようだけど」

 

「めちゃんこ強いっすね。このおじいちゃん」

 

 美鈴さんが感心したように頷く。

 そしてお嬢様のポップコーンに手を伸ばし、叩かれていた。

 

「グリンデルバルドというのはヴォルデモートよりも前に魔法界を征服しようとした闇の魔法使いです」

 

 小悪魔が美鈴さんに教える。

 私はお嬢様よりも小さなポップコーンの箱を美鈴さんに手渡した。

 グリンデルバルドは床に倒れ伏している死喰い人にも死の呪文を掛けていっている。

 

「全くダンブルドアは詰めが甘い。それが奴の最大の欠点であり……あー長所でもあるが……」

 

 そんなことを言いながらも杖を振りかざしていた。

 

「何とも都合いいじゃない」

 

 パチュリー様は自動速記羽根ペンQQQに切り替えて映像を見るのに専念する。

 

「あ、先生それズルくないですか?」

 

 小悪魔が羨ましそうな顔をしたのを見て、パチュリー様はもう1本QQQを取り出した。

 

「ありがとうございます」

 

 小悪魔はにっこり笑って椅子に座る。

 私はそろそろ頃合いかと思い、皆の前に紅茶を出した。

 

「あら、クィレルが怒るわよ?」

 

 お嬢様はクスクス笑いながらも紅茶を手に取る。

 

「はい、ですので私も紅茶は無しです」

 

 私はクィレルのいる方向へと軽く頭を下げる。

 クィレルは軽くこちらに手を上げた。

 次の瞬間グリンデルバルドが巨人に押しつぶされた。

 

「案外あっけないわね」

 

 お嬢様は興味をなくしたように違う場所を映し出した。

 

 

 

 

「やあやあみなさん。HAHAHAHA! お久しぶりですね! 私を覚えていませんか? 私は覚えていませんが」

 

 ロックハートは談話室にいるスリザリン生に声を掛ける。

 生徒たちは小さく悲鳴を上げた。

 

「ロックハート、それを言うのは既に3回目だ。お前の馬鹿のせいで生徒が怯えているではないか」

 

 ヴォルデモートの横にいるスネイプが言う。

 

「私が? 自己紹介をするのが? 3回目? そんな馬鹿な。ハッハッハッハ! ハーハッハハハッ!!!」

 

 ロックハートは愉快そうに笑う。

 スネイプは疲れたように顔を顰めた。

 

「我が君、どうしてこのような奴を近くに置いているのですか?」

 

 ヴォルデモートはロックハートとワームテールを見る。

 

「働きアリの法則というものを知っているか? スネイプよ」

 

「2割の働き者と、6割の平凡な者と、2割の怠け者が生まれるというやつですな」

 

「そう、組織には怠け者、愚か者がおらねばならん」

 

 まさかそんな迷信染みた理由で? とスネイプは考えたが、これ以上は追及しないことにした。

 

「おや、生徒がいますね! みなさんこんにちは! HAHAHAHAHA!!」

 

 ロックハートは生徒を見つけると4回目の挨拶をする。

 その様子はあまりにも不気味だった。

 

「我が君、ダンブルドアがこちらに迫ってきています」

 

 1人の死喰い人がヴォルデモートに報告する。

 次の瞬間談話室の入り口が吹き飛んだ。

 

「こんばんは、トム。一言言わせてもらえば、やってくれたなこんちくしょう、じゃ」

 

 ダンブルドアは油断なく杖を構えている。

 ヴォルデモートも杖を取り出した。

 

「待っていたぞダンブルドア。ここさえ潰せばイギリス魔法界は私の手に落ちる。いや、違うな。貴様さえ潰せば、か」

 

 ヴォルデモートは立ち上がりダンブルドアと対峙する。

 ダンブルドアの後ろにいるハリーとシリウスは戦いが始まるものだと思い身構えた。

 だがヴォルデモートはあまりにも無造作にダンブルドアに歩み寄っていく。

 後ろにはナギニを従えていた。

 

「では参ろうかの」

 

 ダンブルドアとヴォルデモートは並んで歩き出す。

 その様子にハリーとシリウスの目が点になった。

 


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