私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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生贄とか、疑問とか、旅立ちとか

「あひゃひゃひゃ! そう来たか!」

 

 お嬢様はお腹を抱えて大爆笑している。

 美鈴さんは説明が欲しいとパチュリー様に縋っていた。

 ブンブンとパチュリー様の肩を揺するのでパチュリー様の声が波打って聞こえる。

 

「だから——場所を——変えるって——ことでしょ? いい加減やめなさいそれ」

 

 パチュリー様は本の角で美鈴さんの頭を叩く。

 

「まあ会話を聞いてみればわかるわ」

 

 パチュリー様は机の映像を大きくした。

 するとダンブルドアの声が聞こえてくる。

 

「何も不思議なことはないぞ、ハリー。無駄な消耗が嫌いなのはわしもヴォルデモートも同じじゃ」

 

 ダンブルドアはヴォルデモートと共に校内を歩いていく。

 その様子を多くの魔法使いや闇祓いが見守っていた。

 

「ダンブルドア、先に確認しよう。私が勝ったらイギリス魔法界は私が頂く」

 

 ヴォルデモートはまるで友人と賭け事をするように楽しげに言う。

 

「ほっほっほ、わしが死んだら確かにイギリスの魔法界はお主の手に落ちるじゃろて。じゃがのう、トム。わしが負けることは万に1つもありえんことじゃ」

 

 ダンブルドアも朗らかに答えた。

 ヴォルデモートは知らない。

 自分の分霊箱があと2つしか残っていないことを。

 ダンブルドアがニワトコの杖を持っていることを。

 ダンブルドアの自信の根拠はそこだろう。

 一行は巨人が暴れている校庭に出ると、空に大きく花火を打ち上げる。

 そしてホグワーツ周辺にいる者全てに語り掛けた。

 

『わしら今から戦うからのう。見たい者はホグワーツのクィディッチ競技場にくるのじゃ』

 

『私は今からダンブルドアと一騎打ちの決闘を始める。全員戦闘を止めクィディッチ競技場に集合せよ』

 

 その声は紅魔館の地下にまで響き渡る。

 

「何というか、あれね。初めからこれでいいじゃないと思うのは私だけ?」

 

 パチュリーは今の状況を見ながら言う。

 お嬢様はケラケラと笑った。

 

「戦争なんてそんなもんよ。利益を求めて戦争するのはあまりにも馬鹿らしいわ」

 

 私は城の中を見る。

 殆どの魔法使いと死喰い人は戦闘を止め、顔を見合わせていた。

 そして杖を仕舞いゾロゾロと城の外に出てくる。

 その光景を見て思うことは1つ。

 あ、従うんだ。

 

「元々あの2人を中心として集まった勢力だからね」

 

 お嬢様は紅茶を飲み干すと空のカップをくるりと回した。

 突如背後の暖炉が燃え上がり中からクィレルが出てくる。

 私はすぐにクィレルに紅茶を差し出した。

 

「あ、いや別に紅茶を飲みに来たわけでは……」

 

 そう言いつつもクィレルはティーカップを受け取る。

 

「お嬢様、この状況どう見ますか?」

 

 クィレルは紅茶を飲みながら机の上の映像を見た。

 戦闘はぴたりと止まり、生きている人間の殆どがクィディッチ競技場目指して歩いている。

 着実に競技場に人が集まっていた。

 

「丁度いいんじゃない? これなら確実にダンブルドアとヴォルデモートのどちらかが死ぬわ。そして人が1か所に集まっていた方がこちらとしても都合がいい」

 

 お嬢様は競技場の中央を拡大する。

 そこにはダンブルドアとヴォルデモートが立っていた。

 人が集まるのを待っているようだ。

 

「クィレル、そして咲夜。競技場に向かいなさい。貴方たち2人がそこにいない方が不自然だしね」

 

 私はお嬢様に紅茶のおかわりをお出しし、クィレルと共に大図書館を後にする。

 階段を上りつつ私はクィレルに話しかけた。

 

「お疲れさま、クィレル」

 

「私は指示を出していただけだ。もっとも、十六夜君は紅茶を出していただけだったようだが」

 

 クィレルは意地悪く笑いながら言った。

 私は大きく肩を竦める。

 

「あら、一応仕事はしたわ。ダンブルドアに分霊箱を届けたし」

 

「残す分霊箱はハリー・ポッターとナギニか。ダンブルドアはどうするつもりなのだろうな」

 

 私は玄関ホールを歩きながら考える。

 

「案外殺す気はないのかもね。肉体をバラバラにしてしまえばヴォルデモートはゴースト以下の存在に成り果てるわけだし。ナギニやハリーを殺すのはヴォルデモートを無力化してからでも遅くはないのかも」

 

「あの爺さんが考えそうなことだ」

 

 私は扉を開け、禁じられた森へと出る。

 そして箒を取り出しそれに跨った。

 

「クィレル、後ろに乗りなさい」

 

「すまないな」

 

 クィレルは箒に腰かけ、私の肩を掴む。

 私は力強く地面を蹴った。

 禁じられた森から飛び出し、私とクィレルはクィディッチ競技場を目指す。

 地面を見ると何人もの魔法使いが列を成して競技場へと歩いていた。

 

「争いが起こっていないのが不思議ね」

 

 私はその様子を見ながら呟く。

 

「集団心理というやつだろう。日本人は集団行動が好きらしいじゃないか」

 

「彼らの殆どはイギリス人よ」

 

「原型を作ったのはイタリア人だ」

 

「フランス人もでしょう?」

 

 よくわからない会話をしながら私たちはクィディッチのピッチへと降り立つ。

 ダンブルドアは私を見た後、クィレルを見た。

 

「やってくれたのう、クィレル。そしてようやったと褒めるべきでもあるか。暖炉を繋いだり援軍を送ったり、一体何がしたいのじゃ?」

 

 ダンブルドアはクィレルに聞いた。

 

「珍しく同意見だなダンブルドア。クィレルよ、魔法省は今回の件では動かないはずではなかったか? 何故闇祓いと魔法戦士が援軍として送られてきた? そのせいで要らぬ消耗をしてしまったではないか」

 

 ヴォルデモートも肩を竦める。

 クィレルは2人から問い詰められてもすまし顔だった。

 

「一体何の話かな? 私は魔法大臣だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 少なくともお嬢様の従者だからそれ以下だとは思うのだが。

 ダンブルドアはしばらくクィレルを見ていたが、やがて私の方に振り返る。

 そしてポケットから緑色の何かを取り出した。

 ダンブルドアはそれをヴォルデモートには見えないように私に手渡す。

 

「これは?」

 

 私はダンブルドアに問うが、ダンブルドアは何も答えずにヴォルデモートに向き直った。

 私は時間を止め、クィレルの時間停止だけを解除する。

 そして2人でその何かを観察した。

 

「クィレル、これなんだと思う? 私の予想ではダンブルドアの所持している灯消しライターだと思うんだけど」

 

「ああ、間違いないだろう。だが、問題はこの部分だ」

 

 クィレルは灯消しライターをひっくり返す。

 ライターの底には蘇りの石が埋め込んであった。

 

「いつの間にこのような加工をしたのだろうか」

 

「指輪を破壊したのは見たけど、このように加工しているところは見ていないわね。でもきっちり嵌まっているし」

 

 私とクィレルは唸るが、結局結論は出なかった。

 私は灯消しライターをポケットに仕舞うと元の位置へと戻る。

 それを見てクィレルも時間を止めた時の位置へと戻った。

 私は時間停止を解除すると競技場内を改めて観察する。

 観客席は2つに分かれており、一方には闇の陣営が、もう一方にはホグワーツの生き残った生徒や闇祓い、魔法戦士が座っていた。

 そして野次を飛ばしあっている。

 何というか、その様子だけ見ると平和そのものだ。

 私はホグワーツの生徒の中からハリーを見つけると、その横に移動し腰かける。

 ハリーは何かに打ちのめされたような顔をしていた。

 

「どうしたの、元気ないわね」

 

 勿論理由は分かっている。

 ハリーの横にはネビルがいるが、ネビルも今にも死にそうな顔をしていた。

 大方ネビルからロンとハーマイオニーが死んだという話を聞いたのだろう。

 

「ロンとハーマイオニーが、死体で発見されたって。それだけじゃない。シェーマスも、ラベンダーも、ほかにも沢山。夢だ。これは悪い夢だ」

 

 ハリーはそう言って項垂れる。

 私はハリーの胸座を掴んで引き寄せると、ハリーの頬に平手を食らわせた。

 その衝撃でハリーは軽くよろめき、床に倒れる。

 

「甘ったれてんじゃないわよ。予言を思い出しなさい。『一方が他方の手にかかって死なねばならぬ』貴方が戦わなくてどうするの? ほら、シャキッとしなさい。男の子でしょ?」

 

 私はハリーを引き起こし、服を綺麗にする。

 そしてまっすぐハリーの目を見た。

 

「魔法使いの決闘には介添人が必要よ。行きなさい、ハリー・ポッター」

 

 ハリーは何かを察したのか、力強く頷いてピッチの方へと歩いていく。

 その様子をネビルが心配そうに見ていた。

 

「えっと、つまりどういうこと?」

 

 ネビルが私に聞く。

 

「ハリーがダンブルドアの介添人になるってことよ」

 

 それを聞いてネビルはハリーの方を見る。

 ハリーの足取りは覚悟を決めたように確かなものだった。

 

「でも、ダンブルドアが負けることはないよね?」

 

「そう願うわ。……あら」

 

 ネビルと話していると見慣れた顔がこちらに近づいてきた。

 ドラコだ。

 ドラコはすっかり大人びた表情になっており、正直ハリーよりも頼もしく見える。

 

「咲夜……生きていたんだね」

 

 ネビルは警戒するように杖を取り出すが、私はそれを制す。

 

「死んだわ。生き返ったけど」

 

 私はドラコに微笑んだ。

 次の瞬間ドラコの目から一筋の涙が零れ落ちる。

 

「よかった……本当に、本当によかった……」

 

 そのままドラコは泣き崩れてしまった。

 私はわけがわからないままドラコの背中を撫でる。

 ドラコは泣きつつも少しずつ話し始めた。

 この1年死喰い人の仲間のふりをしながらダンブルドアの手伝いをしていたことを。

 

「お前がなんでそんなことをするんだよ」

 

 ネビルがドラコを睨むが、ドラコは答えない。

 

「ドラコ、どうしてなの? 貴方のお父さまは死喰い人で、貴方自身ヴォルデモートを慕っていたじゃない」

 

 私が同じことを問うとドラコは顔を上げた。

 そして涙に濡らした顔で告げる。

 

「僕は君のことが好きだった! 愛していたんだ……ホグワーツ特急で最初に君に会った時から。ひとめぼれだった……。君が死んだと聞いたとき、頭が真っ白になった。ああ、そうだ。馬鹿なことだったかもしれない。だが、後悔はしていない」

 

 ドラコは叫ぶように言う。

 なるほど、つまりドラコは私に告白しているのだろう。

 なんというか、返答に困る。

 

「貴方は私の為に死喰い人を裏切ったということ?」

 

「……自己満足さ。復讐なんて」

 

 ドラコは立ち上がる。

 その顔にはいつもの笑顔が戻っていた。

 

「今のは忘れてくれ」

 

 ドラコはそういうと私の元から去っていく。

 ネビルは意外そうな顔をしていた。

 

「マルフォイが君のことを好きだったってのは分かる気がする。でも好きだった人の為にそこまでするなんてなぁ」

 

「私が生きていたことによっていい感じに落ちが付いたわね」

 

 私はクスリと笑う。

 ピッチの中心を見るとダンブルドアとハリーが何かを言い争っている。

 私は何事かと観客席から飛び降り、2人のもとへと急いだ。

 

「だから、僕の介添人をダンブルドア先生がしてください。僕はヴォルデモートを打ち破らないといけない」

 

「じゃからのう、ハリー。君がわしの介添人になればいいじゃろうに」

 

「僕が、先生の介添人に? ですがそれでは……」

 

 僕が先に死なないとダンブルドア先生はヴォルデモートを倒せない。

 ハリーが言いたいことはこのようなことだろう。

 もっとも、ダンブルドアもそのことは分かっている。

 

「ハリー、わしは君に介添人を頼みたい。この意味が分かるかね?」

 

 ハリーは首を横に振った。

 

「じゃったら、黙って見ているがよい。介添人を頼んだぞ」

 

 ダンブルドアはハリーを下がらせるとヴォルデモートと対峙する。

 ヴォルデモートは後ろにクラウチを従えていた。

 

「ダンブルドア、流石に舐めすぎではないか? 介添人にその小僧を置くなどな」

 

 ヴォルデモートはハリーを見ながら冷ややかに言う。

 逆にダンブルドアは微笑んだ。

 

「そうではない、トム。実際ハリーは4回もお主と対峙し、生きて帰っておる。下手な闇祓いより実績では上じゃろうて。お主の介添人はそこにいるクラウチ・ジュニアかの?」

 

 クラウチはダンブルドアを睨みつける。

 その視線はムーディそっくりだった。

 

「保険だ。あくまでな。私が死ぬなど、ありえない」

 

 ヴォルデモートはそう言い両手を持ち上げた。

 ヴォルデモートの体をナギニが這っていく。

 それを見て対抗しようと思ったのか、ダンブルドアの肩にフォークスがとまった。

 何というか、幼稚だ。

 

「では私が証人を務めよう」

 

 クィレルが2人の間に躍り出た。

 なるほど、これ以上にない証人だ。

 ダンブルドアもヴォルデモートもクィレルに不信感を抱いている。

 まさに誰もが認める中立者といえるだろう、勿論悪い意味で。

 次の瞬間、拡声の呪文で拡大された声が響き渡った。

 

「さあ、ついに今世紀最大の決闘が行われようとしています! 実況はわたくし、リー・ジョーダンと、解説のギルデロイ・ロックハートです。さあギルディ、この状況どう見ます? というより私はギルディがどこに行こうとしているのかわかりませんね! 本を出版し有名人になったと思えば学校の先生になり、記憶を失って聖マンゴに入院したり、そして今は死喰い人ですが?」

 

「HAHAHAHA! まあ私だしね! 何のことだかさっぱりですが。解説? この私が? 私はギルデロイ・ロックハート! 初めまして!」

 

 馬鹿が何かを始めたと、私はため息をつく。

 私は別に気にしないが、不謹慎だとは思わないのだろうか。

 ホグワーツ城には今も多くの死体が残されている。

 死者の数は10や20ではない。

 その10倍単位でいるだろう。

 だが、不思議と競技場からは歓声が上がっている。

 どうやらことがことなだけに全員の感覚が麻痺しているようだ。

 

「あんたの顔を見たことがないやつなんていねえよ! この有名人! さあ今から行われる決闘ですが、簡単にご紹介いたしましょう。死喰い人陣営、決闘者は闇の帝王でおなじみの例のあの人! 意外にもこの決闘を受けました」

 

 随分度胸があるなと私は実況席を見るが、ジョーダンは思った以上に震えている。

 どうやら少しでも皆を元気づけようと必死なようだ。

 

「介添人はホグワーツの闇の魔術に対する防衛術を1年間教えていたこともあるバーティ・クラウチ・ジュニアです。その実力はお墨付き。この采配、どう思われますか? 解説のギルディ」

 

「怖いよね! 急に怒鳴るし……HAHAHA!」

 

 クラウチはギロリと実況席を睨む。

 ジョーダンの顔が一層に青くなった。

 その瞬間実況席の両側に人影が現れる。

 

「ビビるなら実況なんて始めるなこんちくしょう! っていうか、なんでこのポンコツ死喰い人なんてやってんだ?」

 

「冗談は顔と名前だけにしとけよジョーダン! ビビってんじゃねえよ!」

 

 フレッドとジョージだ。

 両側からバンッと背中を叩く。

 だがあの2人は知らない。

 ロンが死んでいることを。

 

「フレッド!? ジョージ!?」

 

 ジョーダンは驚愕と歓喜が入り混じったような声を上げた。

 

「フレッドとジョージ? 何言ってんだ? 俺たちは……」

 

「グレッドとフォージさ!」

 

「「「HAHAHAHAHA!!!」」」

 

 フレッドとジョージとロックハートが肩を組んで笑う。

 

「愉快じゃのう」

 

 ダンブルドアもそれを楽しんでいた。

 

「本当に愉快だとは思わんか、トムよ。お主もコミカルな部下を持っておるの」

 

「死ぬにはいい日だろう? ダンブルドア」

 

 ヴォルデモートは指の先で杖を弄っている。

 その杖は今までヴォルデモートが使っていたものとは違った。

 クィレルが言っていた、新しい杖というやつだろうか。

 実況にフレッドとジョージが加わり、更に続いていく。

 

「さぁてさてさて! 1回やってみたかったんだよな、実況ってやつをよ。でも俺たちいっつも選手だっただろう? あの糞ガエルの時を除いて」

 

「あんときゃ忙しかったもんな。店の準備で」

 

「ゴホン、そして例のあの人に対するは我らが校長、好調、絶好調のこの人! アルバス・ダンブルドア! 介添人はハリー・ポッターが務めます」

 

 ジョーダンの実況にワァアアアアと観衆が沸く。

 死喰い人からはブーイングが沸き起こった。

 

「そして証人はこの人、クィリナス・クィレル魔法大臣です。さあ魔法界の命運を賭けたこの決闘、どう見ますか? ギルディ?」

 

「魔法界? なんでもいいですが……あ! サインですか!?」

 

「誰かこいつをどうにかしてくれー!」

 

 ドッと競技場が沸く。

 だが次の瞬間モリーさんが何処からともなく現れて、3人を実況席から引きずり下ろす。

 

「おわっ! ちょい待ってウィーズリーママ、みなさん、実況はここまで! また機会があればお会いすることもあるでしょうバイバィ…………」

 

「HAHAHA! 私1人に実況を任せようということですね奥さん! ご安心ください! ……なんで私こんなところに座っているのでしょう? きっと私がハンサムだからですね! あ、およしてマダム……」

 

 ロックハートもマダム・ポンフリーに引きずられていった。

 実況がなくなると途端に競技場は静寂に包まれる。

 私は引きずられている3人のもとへと向かった。

 

「よう咲夜! 生きてると思ったぜ」

 

 フレッドが仰向けになりながら私に言う。

 モリーさんは今頃気が付いたように私の方を見て、3人を取り落とした。

 ガンと頭を床に打つ音が3つ聞こえてくる。

 ジョージがモリーさんに文句を言ったが、モリーさんには聞こえていないようだった。

 

「咲夜! ああよかった、生きていたのね!」

 

 モリーさんは私に抱き着く。

 なんというか、非常に鬱陶しかった。

 私は全身に肉感を感じながら3人に話しかける。

 

「本当によくやるわ。こんな状況なのに。ねえ?」

 

 ジョーダンは力なく笑う。

 フレッドとジョージはジョーダンを立ち上がらせた。

 

「さて、俺たちは騎士団員のいるスタンドへと戻るが、咲夜はどうする?」

 

 ジョージが私に聞く。

 

「そうね、私も一緒に行こうかしら」

 

 モリーさんの案内で私たちはスタンドを歩いていった。

 案内された席にはブラックの他に、ドージやハグリッド、ビル、フラー、ほかにも多くの騎士団員が座っている。

 ブラックは心配そうにハリーの方を見ていた。

 

「なんであの子が戦う必要がある? 絶対に何かおかしい……」

 

 ブラックはぶつくさ何かを言っているが、やがて私の存在に気が付いたようだった。

 

「ん、咲夜か。生きてたんだな」

 

「城の中で会ったじゃない」

 

「この戦いで死ななかったんだなって意味だ」

 

 ブラックは相変わらずの軽口を飛ばす。

 

「ムーニーも逝ってしまった。トンクスもだ」

 

「そう、それは残念ね。というか貴方は生きていたのね」

 

 見ての通りだ、とシリウスは両足を叩いた。

 

「一体今まで何処にいた? 昨日今日に生き返ったってわけでないんだろう?」

 

 なるほど、流石に鋭い。

 私はわざと大きく肩を竦める。

 

「あっちへちょこちょこ、こっちへちょこちょこよ。ダンブルドア風に言うならね」

 

 私はブラックの横に座ってピッチを見る。

 そこではクィレルの主導のもと決闘が始まろうとしていた。

 ダンブルドアとヴォルデモートが互いに杖を構え、一礼する。

 そして次の瞬間ダンブルドアとヴォルデモートの決闘が始まった。

 一番初めに仕掛けたのはダンブルドアだ。

 巨大な炎のドラゴンを出現させ、ヴォルデモートにけしかける。

 ヴォルデモートはそれに水でできた大蛇をぶつけた。

 なんてことはない、『インセンディオ』と『アグアメンティ』だが、呪文の規模が違いすぎる。

 水と炎がぶつかり水蒸気が上がる。

 それが軽い煙幕のようになってピッチ内を隠した。

 だが次の瞬間水蒸気は一気に渦を巻いて消え去る。

 そこには呪文を撃ち合っているダンブルドアとヴォルデモートの姿があった。

 ヴォルデモートの杖からは死の呪文が、ダンブルドアの杖からは失神の呪文が放たれている。

 互いに使用している呪文の数は1つだが、手数が通常のそれとはケタ違いだ。

 マシンガンでも撃ち合っているかのように次から次へと閃光が地面の上を滑っていく。

 それと同時にダンブルドアの足元にある芝が抜け、無数のナイフとなってヴォルデモートに襲い掛かる。

 あれは私がドラゴンと対峙したときにした技だ。

 元々ダンブルドアが変身術の先生だったと聞く。

 その技量は私でも息を飲むほどだ。

 ヴォルデモートは襲い掛かってきたナイフを軽やかに避け、浮遊呪文を使って絡め取る。

 そしてダンブルドアの方へと投げ返し、飛んでくるナイフをナイフで追撃した。

 

「やるのう、トム。正直びっくりじゃ」

 

 ヴォルデモートが投げ返したナイフのうち1本がその場で大爆発を起こす。

 その衝撃でダンブルドアとヴォルデモートは吹き飛び、互いに距離を取り合った。

 

「これぐらいで驚いてもらっては困る」

 

 突如ダンブルドアの足元の芝生が人間の手に変わり、ダンブルドアの足を掴む。

 そこに死の呪文が数度撃ち込まれた。

 ダンブルドアは大きく体を反らしてそれを避けると足を掴んでいる手を引き裂き、その場から脱出をする。

 だが次の瞬間ダンブルドアは足を止めてしまった。

 引き裂いた手の持主が地面から這い出てきたのだ。

 私はその姿に見覚えがある。

 アリアナ・ダンブルドアだ。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 ダンブルドアはその光景に驚愕し、動きを止めてしまう。

 その瞬間にヴォルデモートの死の呪文がダンブルドアに迫った。

 今だ、と思い私は時間を停止させる。

 そして死の呪文の時間停止だけを解除し、ダンブルドアの目の前まで迫ったところで再度時間を止めた。

 この距離なら避けることはできない。

 時間停止を解除するとダンブルドアは死の呪文に当たり後ろに吹き飛ぶ。

 だが死ぬ寸前に杖を振るい、油断したヴォルデモートの傍にいるナギニへと火をつけた。

 あれは悪霊の火だ。

 ヴォルデモートは火を消そうと努力するが、ダンブルドアの執念が阻止しているのか、うまくいかない。

 次の瞬間ダンブルドアは地面に倒れ伏した。

 ナギニという分霊箱を破壊して。

 ドッと死喰い人たちが沸く。

 そう、勝負が決したのだ。

 クィレルが倒れたダンブルドアへと近づいていく。

 そして完全に死んでいることを皆へと告げた。

 

「ダンブルドアは死亡した。介添人は決闘を引き継ぐことができるが、どうするかね?」

 

 クィレルはハリーに問う。

 ハリーはダンブルドアの死を見て混乱するものかと思ったが、その表情は落ち着き払っていた。

 

「戦います」

 

 ハリーは杖を取り出す。

 そう、ハリーにはダンブルドアが最後の瞬間にナギニを殺した意味が分かっていた。

 あれは全てをハリーに託したという意味だろう。

 これで残る分霊箱はハリーだけになった。

 

「勇敢なことだ。だが、ダンブルドアでさえ敵わなかったこの私に勝てるとでも?」

 

「勝てるさ。僕は一度お前を殺している。お前の半身である日記帳をだ」

 

 日記帳と聞いてヴォルデモートは少し表情を変える。

 ハリーは杖をまっすぐヴォルデモートに向けた。

 

「搾りカスであるお前に負けるわけがない」

 

「ほう、ならば証明してみろ。アバダ ケダブラ!」

 

 ヴォルデモートの死の呪文がまっすぐハリーに襲い掛かる。

 ハリーはその緑色の閃光を『わざと』避けなかった。

 ハリーは後ろへと吹き飛ばされ、宙を舞ったが空中で体勢を立て直し地面に着地する。

 そしてヴォルデモートを鋭く睨んだ。

 

「……何故だ。何故貴様は死なない」

 

 ヴォルデモートはハリーを睨み返しながら問う。

 

「守られているからだ。愛されていたからだ」

 

 ハリーは一歩ヴォルデモートに近づいた。

 

「リドル。お前には分からないだろうな。ああ、一生分からないだろう」

 

 ハリーは杖を振りかぶる。

 どうやらハリーはこの短い間に何かを悟ったようだった。

 そして武装解除の呪文を放った。

 

「エクスペリアームスッ!!」

 

「アバダ ケダブラ!」

 

 ヴォルデモートの呪文とハリーの呪文が空中でぶつかる。

 次の瞬間2つの呪文が重なり合い、まとめてヴォルデモートにぶつかった。

 ヴォルデモートの杖はクルクルと回りながらハリーの方へと飛んでいく。

 ハリーはそれを片手でキャッチした。

 次の瞬間、ヴォルデモートが地面に倒れ伏す。

 そう、ヴォルデモートは自らの死の呪文を受け、在り来たりな死を遂げたのだった。

 勝敗は決した。

 そして、お嬢様が計画した2人の死も達成された。

 次の瞬間ガラスが割れるような音が競技場に響き渡る。

 ヴォルデモートの死に目を奪われていた者たちも、咄嗟にそちらの方向を見た。

 そして、愕然と目を見開く。

 私は皆の視線が集まっている方向を見る。

 そこには紅魔館がそびえ立っている。

 ということは今の音は紅魔館の忠誠の呪文が解除された音だろう。

 

「皆、ご苦労だった」

 

 突然ピッチの真ん中にお嬢様率いる紅魔館の主要メンバーが現れる。

 私とクィレルも姿現しでその中に加わった。

 レミリア・スカーレット、パチュリー・ノーレッジ、紅美鈴、小悪魔、クィリナス・クィレル、そして十六夜咲夜。

 この事件の首謀者にして、全ての黒幕だ。

 と、自分で言っていいのだろうか。

 

「どういうことだ!?」

 

 ハリーがお嬢様に対して怒鳴る。

 

「邪魔だ小僧」

 

 お嬢様の手の一振りでハリーは何かに殴られるように吹き飛ばされた。

 

「パチェ」

 

 お嬢様が合図をすると、パチュリー様は魔導書を開く。

 緑色の光の玉が空中へと打ち上げられ、私はそれを見て咄嗟に目を瞑る。

 次の瞬間強い光を瞼越しに感じ、私は恐る恐る目を開いた。

 客席で人が死んでいた。

 そう、その場の状況を一言で言い表すならそれだろう。

 先ほどの光は死の呪文の改良版だ。

 光を見た者全員が死に絶えた。

 それだけだ。

 死者の数は数えるだけバカバカしい。

 だが、1人だけは確実に数えることになった。

 クィレルが倒れ伏せた。

 

「あら」

 

 お嬢様はすっとんきょな声を上げる。

 

「言っていなかったの? パチェ」

 

「貴方が教えていると思ってたわ」

 

 お嬢様は死んだクィレルを見下ろすと、一瞬惜しそうな目をしてすぐさま前を向く。

 そして紅魔館に向けて歩き出した。

 私は死んだクィレルを持って帰ろうと肩に抱える。

 

「咲夜、捨てていきなさい」

 

 お嬢様は私に冷ややかに言った。

 

「ですが、今回一番の立役者ですよ?」

 

「持って帰っても腐らせるだけよ。死体は死体。それ以下でもそれ以上でもないわ」

 

 私はクィレルの死体を落とし、生きている者よりも死んだ者のほうが多い競技場を歩いていく。

 何故姿現しで帰らないのかと不思議に思ったが、どうやら先ほどのでどれだけの死者が出たか確認しているようだった。

 まあ結果から言えば、生きている者は数十人に満たない。

 あの状況で私たちから目を反らしていた人間は殆どいないということなのだろう。

 競技場を出ると私たちはいつの間にか紅魔館の大図書館に立っている。

 そこには既に大きな魔法陣が描かれていた。

 

「確認を取るわよ。まず死者は?」

 

「ホグワーツの戦いで367人。さっきのピカで453人」

 

 小悪魔が事務的に報告する。

 

「800人そこそこ。生贄には十分よ」

 

 パチュリー様が魔法陣に魔力を籠めながら言った。

 

「では参ろうか。新しい世界に」

 

 お嬢様の言葉と共に魔法陣が赤く光る。

 そして館がガタガタと揺れ始めた。

 次の瞬間私の目の前が真っ白になる。

 光に包まれたなどではない。

 文字通り真っ白になった。

 

 

 

 

 

 え?

 私はこの感覚に身に覚えがあった。

 そう、アーチを潜って死んだときのあの感覚だ。

 私は周囲を見回すが、そこにお嬢様の姿も、ほかの皆の姿もない。

 ただ白い空間に私の体だけが取り残されていた。

 ここは一体何処だろうか。

 もしや何かの拍子にクィレルみたいに死んでしまったのだろうか。

 私は心配になり何もない空間を飛ぶ。

 いや、飛べているかどうか確証はないが。

 

「バッカじゃないの? 信じられない! 人情ってものはないのかしら!」

 

 誰かが怒鳴っているような声が聞こえてくる。

 どの方向だろうか。

 いや、そうではない。

 どこから聞こえるのではなく、そこから聞こえるのだ。

 私が意識を集中させると、7色+1つの綺麗な宝石のついた羽が見えてくる。

 フランドールお嬢様だ。

 

「妹様? 何故このようなところに?」

 

 いや、まずここが何処かもわかっていないのだが。

 妹様は私の方へと振り返る。

 その顔は分かりやすいぐらいふくれっ面だ。

 

「それは貴方が一番理解しているはずなのだけどね。咲夜」

 

 妹様はそういうが私には見当もつかない。

 私が困惑していると、妹様は呆れた顔で私の左ポケットを指さした。

 

「見てみなさい」

 

 私は言われた通りにポケットの中に手を入れ、そこに入っている懐中時計を取り出す。

 その時計の針は止まっていた。

 

「時間が……止まっている?」

 

「そう、貴方にしかできない芸当でしょう? アリアナからも何か言ってよ」

 

 妹様は虚空へと話しかけた。

 いや、そこに誰もいないのではない。

 そこにアリアナがいるのだ。

 そう思った瞬間、ブロンドの髪の毛が見えてくる。

 アリアナが困り顔で立っていた。

 

「何か言ってって言われても……まあこの事態は確かに異常だけどさ」

 

 アリアナは私が見ていることに気が付いたのか、私の方を向く。

 

「えっと、本当にどういう状況か分からないのですか?」

 

「本当に何が何だかさっぱりよ。お嬢様の目指していた日本の秘境というのは随分殺風景なのですね」

 

 私は冗談半分に周囲を見回す。

 妹様は大きくため息をついた。

 

「まだイギリスよ」

 

「イギリスも殺風景になったものです。これが自然破壊というやつなのでしょうか」

 

「ふざけている場合じゃないわよ。本当にどういう状況か分からないの? 少なくとも私には分からないわ。なんで私がこのような空間にいるのかとか、この空間に壁がないだとか」

 

 妹様は退屈そうに椅子に座る。

 私も座ろうと思ったら椅子が出現した。

 

「そういえばなのですが、先ほどは何をあんなに怒っていたのですか?」

 

 私は一番初めに聞いた妹様の怒声を思い出す。

 妹様は分かりやすく頬を膨らませた。

 

「お姉さまよ。一体どれだけ殺せば気が済むのかしら」

 

 どうやら妹様はお嬢様の計画にご立腹のようだった。

 だが、妹様はそのようなことを気にするタイプだっただろうか。

 私の中ではうふふと言いながら人を殺すイメージしかないのだが。

 顔に出ていたのか、アリアナが苦笑した。

 

「私の性格とごっちゃになっているみたいで。少し人情溢れる吸血鬼になっているのですよ」

 

「それはまた……一体?」

 

「分からないわ」

 

 私たちは顔を見合わせて困り果てる。

 私はポケットから鞄を取り出し鞄の中からティーセットを取り出した。

 そしていつかホグワーツ特急の中で使った宙に浮かぶ机の上で紅茶を用意する。

 

「いい匂いですね。私もご一緒してよろしいでしょうか」

 

 次の瞬間意識していないのに四季映姫が出現した。

 私はそこで一瞬思考停止してしまうが、すぐに取り繕ってもう1つティーカップを用意する。

 そして閻魔に紅茶をお出しした。

 妹様もアリアナも驚いたような顔で閻魔を見ている。

 だが閻魔はそんな視線も気にせず、すまし顔で紅茶を飲んでいる。

 

「仕事しなさいよ貴方」

 

 妹様がポツリと呟く。

 閻魔はそんなことを言われると思っていなかったのか盛大に咽込んだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ、こ、これも仕事のうちです。うちの船頭と一緒にしないでください」

 

「いや、貴方の部下のさぼり癖は有名だけどさ」

 

 妹様もティーカップを持ち上げる。

 

「貴方は日本の閻魔様でしょう? こんなところでお茶してていいの?」

 

 閻魔はハンカチで口を拭くとすまし顔に戻った。

 

「いいのです、どうせ時間は止まっていますので」

 

 そっか、と私たち3人は納得する。

 私はテーブルの上に茶菓子を並べながら閻魔に聞いた。

 

「閻魔様、何故このようなことになっているのでしょう。貴方の仕業ですか?」

 

「違います」

 

 閻魔はぴしゃりと言った。

 

「これは貴方のしたことです。十六夜咲夜。貴方の迷いが、このような事態を生んだのです」

 

 閻魔はスコーンを1つ齧り、少し笑顔になる。

 

「あら、スコーンもいいものね。……説明が必要ですか?」

 

「スコーンの美味しさのですか?」

 

「違います。このような状況でふざけないでください」

 

 閻魔は口の周りにスコーンの欠片をつけながら話し始める。

 正直締まらない。

 

「貴方は無意識中に自分の能力を発動させた。そして私たちをこの空間へと招待したのです。何かの答えを得るために」

 

 私はいつもの癖でナプキンを取り出し閻魔の口周りを拭こうとする。

 閻魔は私の手からナプキンを半ば奪い取るように受け取ると自分で口の周りを綺麗にした。

 

「……妹様とアリアナは分かりますが、貴方まで? 理由が思い浮かばないですね」

 

「私に聞かれても分かりません。ですが貴方は私たちに何かの答えを聞こうとした」

 

 私は何故か合点がいった気がした。

 確かに今私は閻魔に聞きたいことがある。

 それは私が幻想郷に行くことよりも大切なことだ。

 

「閻魔様、レミリアお嬢様は天国に行けるのでしょうか?」

 

 閻魔はキョトンとした顔で私の顔を見たあと、浄玻璃の鏡を取り出す。

 

「——————」

 

 そして絶句した。

 

「……ぎゃ、逆に何故これだけやって天国に行けると思うのですか? 図々しいにも程があります」

 

 閻魔は平静を装っていたが、動揺を隠しきれていない。

 

「黒です。黒! 真っ黒です! 吸血鬼としての理も、生物としての理も、何もかも無視しすぎている。今後どのような善行と積んだとしても、彼女は地獄に落ちるでしょう」

 

「それは困ります」

 

 私は閻魔に訴えかけた。

 

「お嬢様には死んだ後も平穏であって貰わなければなりません。そうでなければ私は一足早く死んでお嬢様の為に地獄を作り変えます」

 

 閻魔は私の目を見る。

 

「貴方のそういうところは美徳です。大切にしなさい。ですが、それとこれとは話が違う。私の管轄する土地へと移動するためだけにあれだけの人を殺したのは許される行為ではありません」

 

「私の管轄?」

 

「そう、貴方たちが目指していた土地の名は幻想郷。妖怪が創りしその世界の閻魔を務めているのはこの私です。私の役職名『ヤマザナドゥ』の『ヤマ』は閻魔、『ザナドゥ』は楽園を意味します」

 

「山田さん?」

 

「違います」

 

 妹様とアリアナは既に机の端で絵を描いて遊んでいる。

 私は紅茶を一口飲んだ。

 

「では逆に、どの程度だったらお嬢様が地獄に落ちないんでしょうか」

 

「難しいことを聞きますね」

 

 閻魔は考え込む。

 私は閻魔のティーカップに紅茶のおかわりを入れた。

 

「どうも。罪というのは数字で量れるようなものではありません。もし数値化できてしまったら、私は職を失うでしょうね」

 

 閻魔は肩を竦める。

 

「なので厳密にこれをこうすれば天国に行けるなどといったことは言えない。まずはそれを理解しなさい」

 

 そのうえで、と閻魔は続ける。

 

「まず最初に上がるのが、決闘後のよくわからない殺人光線です。無駄な殺生にも程があります。あとは死者を増やすために無駄に戦いを大きくしたことです。あれのせいで本来死ぬべきものが生き、生きるべきものが死んでいる。仲間であるクィレルを大切に扱わないのも罪です。そう、貴方はクィレルの一件でお嬢様の行動に疑問を抱いた」

 

 それを聞いて私はハッとする。

 そうだ、確かにそうだ。

 

「今まで貴方はお嬢様の言うことは絶対で、何もかも正しいと信じ行動してきた。ですが、クィレルを弔わず自らの目的を優先したお嬢様の行動に、貴方は初めて違和感を覚えたのです。そして答えを得ようと無意識中に時間を止めた」

 

「では何とかしないと、お嬢様は地獄に落ちる……そういうわけですね」

 

 私の言葉に閻魔は首をかしげる。

 

「何とかする? どういう意味ですか?」

 

「お嬢様が何故これを私に託したのか、理解できました」

 

 私は服の中から逆転時計を引っ張り出した。

 そして右のポケットから灯消しライターを取り出す。

 閻魔は2つの魔法具を見て目を細める。

 

「……なるほど。使い方はわかりますね?」

 

「今、理解致しましたわ」

 

 閻魔は2杯目の紅茶を飲み終えるとソーサーに戻す。

 

「紅茶、ごちそうさまでした。では私はこのへんで失礼しましょう」

 

 閻魔は椅子から立ち上がると私たちに背を向ける。

 

「貴方のお嬢様の為、そして貴方自身の為に多くを救ってきなさい。小さき幸せの為に大きな善を果たしなさい」

 

 すぅっと閻魔の姿が見えなくなる。

 妹様が大きく伸びをした。

 

「話は終わったかしら、咲夜」

 

「はい」

 

 私は妹様に微笑んだ。

 懐中時計を取り出し、今の時間を確認する。

 1997年6月13日、午後11時59分。

 

「5回よ。クルクルって」

 

 妹様はクルクルと人差し指を回す。

 

「行ってまいります」

 

「ええ、馬鹿な姉を救ってきなさい」

 

 私は逆転時計を5回ひっくり返した。

 その途端に凄い速度で目の前の光景が変わっていく。

 そして私は午後7時の大図書館へと戻ってきた。

 この時間、大図書館には人はいない。

 お嬢様と美鈴さんと小悪魔と私はお嬢様の部屋に。

 クィレルは魔法省に。

 パチュリー様はホグワーツにいるはずだ。

 私はパチュリー様お手製の透明になる魔法薬を舐め、体を透明にする。

 そして大広間へと姿現しした。

 そこでは既に夕食が始まっており、皆が思い思いに料理を口に突っ込んでいる。

 しばらく待っていると私が分霊箱を持って現れる。

 このとき私が分霊箱を持って現れたのには理由があるのだ。

 ダンブルドアの注意を私に引き、死喰い人の侵入を気づかれにくくする。

 実際にダンブルドアは大広間に死喰い人が突入してくるまでその存在に気が付かなかった。

 私は時間を止め、グリフィンドールの談話室へと姿現しする。

 そこでは既に何人かの生徒が倒れ伏していた。

 談話室内は死喰い人で溢れ返っている。

 私は死んでいる生徒の前で灯消しライターのボタンを一度カチリと押した。

 その瞬間蘇りの石が底部で回転し、生徒の魂が現世に戻ってくる。

 そしてそのまま灯消しライターに吸い込まれた。

 そう、ダンブルドアが残したこの灯消しライター。

 これが本来の使い方だ。

 死んだばかりの者の魂を引き戻し、ライターの中に保存する。

 私は死んだ者の前で灯消しライターのボタンを押していく。

 カチリ、カチリと。

 場所を変え、時間を変え、間に合わなかったら戻し、何度も何度も。

 流石に肉体が壊れてしまっている人間までは生き返らせることができない。

 死の呪文で殺された人間にしか効果がない。

 だが、それでも1つでも多く。

 カチリ、カチリ。

 一度押すごとにお嬢様の罪が洗われていく。

 逆転時計を使うのは初めてのことだ。

 自分の能力に影響を及ぼす危険性があるため、今まで使ってこなかった。

 カチリ、カチリ。

 目の前でロンとハーマイオニーが死んでいる。

 私がボタンを押すと、2人の魂が灯消しライターに吸い込まれた。

 カチリ、カチリ。

 目の前でムーディとキングズリーが死んでいる。

 カチリ、カチリ。

 目の前でルーピンとトンクスが死んでいる。

 カチリ、カチリ。

 ひとつ、ひとつ、多分それ1つとっても地球より重たいものなのだろう。

 カチリ、カチリ。

 時間にしてどのぐらいが経っただろうか。

 いや、時間などない。

 時間など、皆が感覚を共有する1つの手段でしかない。

 一度押すごとに、この戦いでどれだけの死者が出たのかを思い知らされる。

 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も。

 現実感がない。

 いや、だからといって夢であるはずがない。

 私は夢では人を殺すのだ。

 人の命を救う行為が夢であるはずがない。

 夢であっていいはずが……ない?

 

『誰も殺さなくて済む』

 

 果たして誰の言葉だったか……。

 とぼける必要はない。

 私の言葉だ。

 私が初めて殺したのは同じぐらいの歳の女の子だった。

 次に殺したのは年上の男の子。

 その次は大人の男性。

 その次は女性。

 そう、全て、全て覚えている。

 全て、覚えているのだ。

 カチリ、カチリ、カチリ。

 私には全てを救うことはできない。

 できることは限られている。

 限られて……。

 気が付くと、私の目の前で戦うものはいなくなっていた。

 ダンブルドアとヴォルデモートが一時的に休戦し、クィディッチ競技場に集まるようにと皆に語り掛けたのだ。

 私は皆と共に競技場へと移動する。

 救えた命は330。

 やはり、全てを集めきるのは無理だ。

 競技場では既にダンブルドアとヴォルデモートの戦いが始まっていた。

 2人は呪文を飛ばしあい、そしてヴォルデモートの奇策によりダンブルドアが敗れる。

 ダンブルドアはそのまま後ろに吹き飛ばされ、地面に横たわった。

 カチリ。

 私がライターのボタンを押すと蘇りの石が回転する。

 ダンブルドアの魂はライターに入ることはなく、私の前に出現した。

 

「ふむ、ほうほうほう。ようやった」

 

 ダンブルドアはぐるりと自分の体を確かめる。

 そして私に向き直った。

 

「どうやら君はそれを正しく扱えたようじゃの」

 

 ダンブルドアは朗らかに笑う。

 今現在、ハリーがヴォルデモートと対決していた。

 

「ダンブルドア、この魔法具はなに?」

 

 私が問うとダンブルドアは誇らしげに胸を張る。

 

「わしの最高傑作じゃて。灯消しライター、その名の通り、灯(ともしび)を消したり、つけたりすることができる。そしてこの魔法具の凄いところは、蘇りの石との組み合わせを前提に作られているということじゃ」

 

「でも、貴方は蘇りの石を所持していなかった」

 

「そうじゃな。でも、どういう性質を持っているか推測を立てることができたら、それは持っていることと変わらん。そうじゃろう?」

 

 私はライターを取り出しひっくり返した。

 そこには亀裂の入った蘇りの石が嵌まっている。

 

「そして、そのライターにはもう1つの使用法がある。使ってみて気が付いたはずじゃ」

 

「生きている者の魂を、吸い取ることができる」

 

「そうじゃ、そのライターは魂の灯でさえ、中に吸い取ることができる」

 

 ハリーがヴォルデモートに武装解除の呪文を掛け、ヴォルデモートは自ら放った死の呪文に当たった。

 カチリ、私がボタンを押すと成長した姿のヴォルデモートが目の前に現れた。

 

「…………そうか、私は破れたのか。だが分霊箱は?」

 

 ヴォルデモートの顔は蛇のようではなくなっており、若き日のトム・リドルをそのまま50歳前後まで老けさせたような見た目になっていた。

 

「すまんのう、トム。分霊箱はわしが全部破壊してもうた」

 

 それを聞いてヴォルデモートは意外そうな顔をする。

 だが、不思議と怒ることはなかった。

 

「そうか、貴様の自信はそこから来ていたわけだな」

 

 何かが割れる音が聞こえて、お嬢様が競技場に降り立つ。

 私は時間を止めた。

 私が時間を止めてもダンブルドアとヴォルデモートの時間は止まらない。

 

「これでゆっくり話せそうね」

 

「そうじゃの、では、話してくれるか? 君の見ていた世界について。君とお嬢様の物語を」

 

 私は椅子と机、そしてティーセットを取り出した。

 

「お話しいたしますわ。ホグワーツ入学から今に至るまで。何を見て、何を感じ、何を思ったのか」

 

 

 

 

 

 

 一体何時間私たちは話したのだろう。

 だが、現実の時間は1秒たりとも進まない。

 

「そして私は閻魔の元を離れ、魂を回収しに戻ってきたのです。これが私の見てきた物。私の世界です。それはそれは硬く冷たく、温かみのあるものでした」

 

 ダンブルドアとヴォルデモート、いや、リドルはもう何杯目か分からない紅茶を飲み干す。

 

「興味深い、非常に興味深い話じゃった。まさか全てが君のお嬢様に繋がっておるとはのう。パチュリー・ノーレッジも、クィリナス・クィレルも。戦争を起こすタイミングをコントロールしたり、君の死さえ武器にしたレミリア・スカーレットには脱帽じゃ」

 

 ダンブルドアは静かにカップをソーサーに戻す。

 

「疑問に残ることがある。レミリア・スカーレットは何故お前に逆転時計を渡した? このような状態になることをわかっていたとでもいうのか?」

 

 リドルが首を傾げながら言う。

 そう、私もそのことは疑問に思っていたのだ。

 

「神秘部の予言の間に、このような予言を置いたと、君は教えてくれたのう。『1996年 R.S.からL.D.へ ダンブルドア』 そう、レミリア嬢からわし宛てに送った新しい予言じゃよ。わしはこれをつい昨日神秘部で拝見した」

 

 ダンブルドアは懐から小さなガラス玉を取り出す。

 

「内容を簡単に説明すると、沢山人が死ぬが、沢山人が生き返る。そういう内容じゃった」

 

「だから貴方は生徒を優先せず、分霊箱の破壊を優先した?」

 

「いかにも」

 

 ダンブルドアはガラス玉を仕舞いなおす。

 

「わしはこの予言がどういうことか、ずっと考えておった。結論が出たのは、君がクィレルを箒の後ろに乗せて競技場に降り立った時じゃ。君の首元に金色の鎖が見えた。わしはこれでも記憶力はよいのでの。すぐにその鎖が逆転時計のものであると悟ったのじゃよ。逆転時計の在庫は神秘部の戦いで全て失われてしまったものと思っとった。つまり、君が今首から下げているのが最後の逆転時計じゃと、わしは考えたのじゃよ」

 

 つまり皆を救えるのは、灯消しライターを使えるのは私しかいない。

 

「君の能力は時間に縛られることがない。少しでも多くの者をその手で救うことができる。そうじゃ、そうなのじゃよ。わしはその時予言の本当の意味を悟った。そして、わしは君に灯消しライターを委ねたのじゃ」

 

 確かに分霊箱をダンブルドアのもとに持って行ったときにはまだお嬢様から逆転時計を預かっていなかった。

 

「少し、時間を進めてくれるかの?」

 

 ダンブルドアの言葉通りに私は時間を進める。

 パチュリー様が魔導書を取り出したのを見て、私は目を固く瞑った。

 

「今じゃ」

 

 ダンブルドアの合図で私は時間を停止させる。

 そこでは多くの者が倒れ伏していた。

 カチリ、私はクィレルの命を回収する。

 

「少し歩こう。咲夜よ。周囲を歩きながら、ボタンを押していくのじゃ」

 

 私たち3人は静かに観客席を歩いていく。

 カチリ、カチリと灯消しライターを鳴らしながら。

 

「つまりお嬢様は私のこの行動を予想していた?」

 

「予想ではない。あの時の答えを見せてほしい。つまりは答え合わせじゃよ」

 

 答え合わせ。

 一体何の答えなのだろうか。

 

「咲夜、何の答え合わせなのかではない。これが、すなわち答えなのじゃよ」

 

 ダンブルドアは私の心臓を指さす。

 

「愛じゃ。咲夜。自己犠牲の果てにある、この世で最も美しいものじゃ。そしてトム、君が理解できなかったものでもある。人を愛し、友を愛し、お嬢様を愛したその答えが、咲夜、君の今の行動じゃよ」

 

 競技場を一周し、私は453の魂を呼び戻す。

 私の手の平に、皆の魂が詰まっていた。

 

「さて、わしはもう逝こうと思う。トム、ご一緒願えるかな?」

 

「一緒なものか。逝く先が違う」

 

「生き返らなくてよいのですか?」

 

 私は思わず2人に聞いた。

 ダンブルドアが振り返る。

 

「わしはもう十分生きた。そろそろ家族のもとに逝くのもいいじゃろう」

 

 リドルが振り返る。

 

「私の半身は形を変えて生きている。そう言ったのは君だ。惨めに余生を送るよりかは、地獄の方がいくらかマシだろう」

 

 2人は歩き出した。

 どこに向けて?

 決まっている。

 どこかに向けて、アーチの向こうに広がる世界へ。

 私は2人を見送ると時間停止を解除する。

 紅魔館の周りに巨大な魔法陣が展開され、紅魔館が光に包まれる。

 そして次の瞬間、紅魔館が跡形もなく消え去った。

 お嬢様は幻想郷に旅立たれたのだ。

 

「少々お暇をいただきます」

 

 私は解毒剤を飲み干す。

 そして姿を競技場へと現した。

 競技場では生き残った少しのものが不思議そうに周囲を見回している。

 驚くべきことに、お嬢様に吹き飛ばされたハリーは生きていた。

 大きく咳き込みつつも、ハリーは立ち上がる。

 

「ガホッゴホッ……はぁ、はぁ。い、一体、何が起こったんだ?」

 

 よろよろと立ち上がり、ハリーは観客席を見回した。

 

「君のお嬢様が現れて、突然吹き飛ばされて……。なんでみんな寝ているんだ?」

 

 ハリーは心配そうに皆を見た。

 死者を尊ぶ声があちこちで聞こえてくる。

 私はポケットから灯消しライターを取り出した。

 

「戻りなさい。自らの体に」

 

 カチリ、私はボタンを押す。

 次の瞬間灯消しライターが天高く昇り、そして爆発した。

 いや、爆発したように見えただけだ。

 中に詰まっていた魂が四方八方に飛び散り、体の中に入っていく。

 魂の雨が、競技場に、ホグワーツ城に降り注いだ。

 

「いったいどういうことなんだ?」

 

 ハリーが私に聞く。

 

「つまりですね」

 

 私は微笑む。

 

「めでたしめでたし、というやつです」


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