私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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幸せとか、笑顔とか、始まりとか

『クィリナス・クィレル、魔法大臣に就任 アズカバンとの懸け橋をつくるか』

 

 私はふくろうに5クヌート支払うと、日刊予言者新聞を広げた。

 あの戦いから魔法界は変わったと言える。

 アズカバンは1つの魔法都市として機能しており、死喰い人の拠点ではなくなった。

 その市長にあのルシウス・マルフォイが就任したという話だ。

 死喰い人だった者はトップを失い、その殆どが心を入れ替えた。

 元々ヴォルデモートに触発された者が多かったためだが、すんなり許した世間も世間だと私は思う。

 だが、一部思想が強い者は今だ革命家のように活動しているようだ。

 レストレンジとクラウチのコンビなどその筆頭と言える。

 そしてこの記事、クィレルは一度辞表を出し、大臣職を降りた。

 だが、選挙の結果また魔法大臣に就任したのだ。

 そしてこれが一番驚くべきことだとは思うのだが、ここまでの改革が1997年の夏の間に行われたことだ。

 全てが円滑に進み、ほんの数か月の時間で魔法界は安定した。

 何故こんなにも円滑に、そして多くのものが改心したのだろうか。

 私には詳しいことは分からない。

 だが、推測を立てることはできる。

 ホグワーツで死んだ殆どの者が一度灯消しライターの中に入った。

 本来魂と魂が近づくべきでない距離まで、無理やり近づいたのだ。

 思想や性格が互いに影響し合ったのではないか、私はそう考えている。

 つまりお嬢様が指示したであろう、競技場での虐殺は後腐れをなくす為の行動だったのではないか。

 私はそう思っている。

 生き返った瞬間また全員で殺し合いを始めても不思議ではなかった。

 だが、そうはならなかった。

 皆が何かを悟ったように双方のリーダーの死を悲しんだのだ。

 結局あの戦いで死亡したものは100にも満たなかった。

 生徒の殆どは生き返り、今は休暇を楽しんでいる。

 

「クィレル、貴方って帰る気ないの?」

 

 私は目の前に座ってトーストを齧っているクィレルに話しかける。

 クィレルは不思議そうな顔をした。

 

「逆に君は帰る気があるのか?」

 

「当たり前じゃない。私の居場所はここではないわ」

 

 私もトースターからトーストを取り出すとバターを塗る。

 クィレルは肩を竦めた。

 

「君の話ではこの平和を作ったのはレミリアお嬢様なのだろう? だとしたら私はこの平和を全力で守るだけだ」

 

「あっそう」

 

 私はそっけなく返事をするがクィレルは何故か嬉しそうだった。

 

「でもそんな就任したての魔法大臣が休暇なんて取っていいの?」

 

「君こそ明日から学校だろう?」

 

 今度は私が肩を竦めた。

 

「学校には行かないわ。私は今日という日を待っていたの」

 

 私はトーストを食べ終わると椅子から立ち上がり帽子を被った。

 それを見てクィレルも立ち上がる。

 

「では向かおうか」

 

 私とクィレルはともに姿をくらませる。

 そして隠れ穴へと姿現しした。

 隠れ穴には既に多くの人がいる。

 元不死鳥の騎士団メンバーに魔法省の役人、元死喰い人まで。

 

「咲夜! 待ってたわ!」

 

 ハーマイオニーがいち早く私を見つけたらしく、私に抱き着いてきた。

 鬱陶しいことこの上ないが、こういうのもいいだろう。

 

「クィレル大臣も、本日は兄の結婚式にご参列くださりありがとうございます」

 

 ロンがわざと恭しく頭を下げた。

 ハーマイオニーがその頭をぺしりと叩く。

 そう、今日はビルとフラーの結婚式だ。

 ビルとフラーが随分前から付き合っていたことは知っている。

 だが、状況が状況なので今まで式を挙げる時間がなかったらしいのだ。

 

「やあ、咲夜」

 

 ビルとフラーが私たちの方へと歩いてきた。

 その横にはハリーもいる。

 

「今日はおめでとう。2人とも」

 

「結婚おめでとう」

 

 私はフラーと、クィレルはビルと握手を交わす。

 

「クィレル大臣、お忙しい中本当にありがとうございます」

 

 ビルは深々と頭を下げた。

 

「なんてことはない。2度目の就任だから時間の余裕はある」

 

「そもそも一度自分から辞めて再度就任ってのがおかしいのよ」

 

「民意は大切だ」

 

 クィレルは大きく肩を竦める。

 私たちはしばらく会話を楽しみ、そして会場へと座る。

 今日クィレルは参列者として来たわけではない。

 神父のまねごとをするためにここへきたのだ。

 クィレルの前にビルとフラーが並ぶ。

 

「ウィリアム・アーサーとフラー・イザベルは今結婚しようとしています。この結婚に異議のある者は申し出るように。異議がなければ、今後何も言ってはなりません」

 

 誰も何も喋らない。

 静かにその様子を見守っていた。

 

「汝、ウィリアム・アーサーはフラー・イザベルを健康な時も病の時も、富める時も貧しい時も、良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて、変わることなく愛することを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 ビルは宣言した。

 

「汝、フラー・イザベルはウィリアム・アーサーを健康な時も病の時も、富める時も貧しい時も、良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて、変わることなく愛することを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 何百、何千と心の中で練習したのだろうか。

 フラーの宣言に訛りはなかった。

 

「……されば、ここに2人を夫婦となす」

 

 クィレルは杖を取り出すと2人の頭上にかざす。

 すると2人の上に銀の星が降り注ぎ、抱き合っている2人を螺旋を描いて取り巻いた。

 ビルは笑顔だった。

 フラーも笑顔だった。

 周囲を見回すと、皆笑顔で拍手をしている。

 いつも仏頂面のクィレルさえ笑顔だ。

 なら、多分今私が浮かべているものが、笑顔なのだろう。

 何の含みもない、人の幸せを願う笑顔なのだろう。

 私は、これを確認したかったのだ。

 

 

 

 

 皆が料理を楽しんでいるときに、私は1人ダンスフロアに上がる。

 そしてバンドマンからマイクを奪い取った。

 

「みんな」

 

 私はマイクに向けて話す。

 何かが始まったと、皆が私の方を見た。

 

「私は今日、1つの幸せの形を見つけました。できればこの幸せをもっと皆さんと共有したい。でも、いつまでも浮かれ気分ではいけません。私には帰るべき場所がある」

 

 皆が、私の話を聞いている。

 式の間気が付かなかったが、ドラコも式に参列していたようだ。

 

「かつて2つの勢力の戦争を利用し、この地を離れていったレミリア・スカーレットお嬢様。世間では伝説のお騒がせ者として有名ですが、私は彼女の従者であり、道具であり——」

 

「そして、家族です」

 

 私は首に下げていた逆転時計を取り出す。

 

「クィレル、魔法界をよろしくね。ビル、フラー、末永くお幸せに。パーシー、家族と仲良くね。フレッド、ジョージ、あまりモリーさんに迷惑かけるんじゃないわよ。ロン、いじいじしてないで告白しなさい。ハーマイオニー、来年気張りすぎないように。ジニー、ハリーと仲良くね。ドラコ、私がいなくなるからって泣くんじゃないわよ。シリウス、親バカも大概にしなさい。ルーピン、トンクス、子供を幸せにするのよ。ハリー、貴方は選ばれし者から普通の男の子に降格よ。普通に生きなさい」

 

 1人1人名前を呼びながら私は逆転時計を回していく。

 

「また機会があれば会いましょう」

 

 そして私は勢いよく逆転時計を回転させた。

 時間の計算はお手の物だ。

 この逆転時計は半回転で1時間の時間を戻ることができる。

 時計の回転と共に、目の前の光景が巻き戻っていく。

 夏の間に伸びた草花は低くなっていき、太陽は反対から上り反対へ沈む。

 そして800と数十回転を過ぎた頃、私はぴたりと逆転時計を止めた。

 懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 1997年6月13日、午後11時59分。

 

「ジャスト。流石私」

 

 そして次の瞬間私は時間を停止させた。

 私は懐中時計を仕舞うとホグワーツへと姿現しする。

 そして禁じられた森を進み、紅魔館へと入った。

 そのまままっすぐ地下へと下り、大図書館に入り込む。

 そこにはお嬢様とパチュリー様、美鈴さん、小悪魔、そして私がいた。

 

「はぁい。何も知らない私」

 

 私は時間の止まっている自分に声を掛ける。

 当然、返事はない。

 私は時間の止まっている私の逆転時計を5回ひっくり返す。

 すると私は過去へと送られていった。

 私は先ほど私が立っていた場所に立ち、時間停止を解除する。

 そして目の前が白い光で包まれた。

 

 

 

 

 

 目を開けると、そこには大図書館が見える。

 お嬢様はバランスを崩したのか床に転んでおり、パチュリー様は倒れてきた本に埋まっていた。

 

「いやはや。今度こそヘルメットが必要だったみたいですね」

 

 美鈴さんは転んでいるお嬢様を見てケタケタと笑っている。

 

「大丈夫ですか? お嬢様」

 

 私はお嬢様を引き起こそうと手を伸ばした。

 お嬢様は私の伸ばした手を掴む。

 その時、私の中から何かがお嬢様に流れ込んだ気がした。

 お嬢様はその感覚を確かめるように手を強く握り返すと、満足そうに笑う。

 

「それが貴方の答えね」

 

 私はお嬢様を引き起こした。

 

「はい、そしてお嬢様が望まれた幕引きでもあります」

 

 小悪魔はパチュリー様を掘り起こしている。

 美鈴さんは混乱して図書館に飛び込んできた妖精メイドをなだめていた。

 

「幕引き? 違うでしょ」

 

 お嬢様は大きく翼を広げる。

 

「始まりよ」

 

 そして大きく羽ばたいた。

 私の世界は硬く冷たい。

 時間の止まった世界では、全てがダイヤ以上に硬く、何よりも冷たくなる。

 そんな世界に生きる私も冷たい人間なのかもしれない。

 人間に冷たい人間なのかもしれない。

 でも、それでいいのだ。

 私は人間として、お嬢様に仕えよう。

 命尽きるその日まで。

 その後は、ゆっくりあの世で待てばいい。

 

 

 

 

「さあ始めよう。私たちの戦争を」

 

 

「はい、お嬢様」

 

 

 私の世界は硬く冷たい。

 そんな冷たい私を、お嬢様はきっと温めてくれるだろう。

 その紅き意思で。




後書き

いやぁ。これで終わりです。
長いこと待たせてしまって本当に申し訳ありません。
これにて『私の世界は硬く冷たい』は終了しようと思います。
全部で一体どれぐらいになったんでしょうね? 80万文字ぐらいでしょうか。
本来ならばもう少し短く纏めたかった気もします。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
皆さんのコメントが励みになり、ここまで来ることができました。
掲載開始から約2ヵ月。
完結させるのにどんだけ時間かかってるんだこんちくしょう! マーリンの髭!
ではまた機会があればお会いしましょう。

追記
続編、いや過去編書きました。スピンオフとも本編ともいえるかもしれません。
https://novel.syosetu.org/107218/

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