私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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秘密の部屋をどのような形で書いて行こうか少し迷っています。そして今回はおぜうさま回です。自分勝手でその場のノリで生きているおぜうさまをご堪能ください。作者が何も考えず小説を書いているように、おぜうさまも何も考えず喋ったり行動してたりしています。
誤字脱字等ございましたら報告して頂けると助かります。


十六夜咲夜と秘密の部屋
お嬢様とか、夜の闇横丁とか、書店とか


 一九九二年、夏。

 ホグワーツの学生が休みを満喫している頃、私は本業に勤しんでいた。

 いつものように時間を止めて紅魔館内全ての掃除を終わらせ、夜中の三時にあるティータイムのためにお菓子の下ごしらえを進める。

 キッチンでスコーンの生地を混ぜながら、ふとホグワーツから帰ってきた時のことを思い出していた。

 

 

 紅魔館に帰ってきて一番初めにしたことは仮眠を取ることだった。

 何せ、夜になるまで誰も起きてはこない。

 まあ、当たり前の話だ。

 紅魔館に帰着した時刻は午後一時。

 吸血鬼であるお嬢様にとっては就寝時間真っ盛りといったところである。

 そしてそのお嬢様を中心にして紅魔館は動いている為、従者も基本的には昼夜が逆転した生活を送っているのだ。

 唯一その生活習慣に縛られないのは不眠の魔法を会得しているパチュリー様ぐらいだろう。

 紅魔館についた私は玄関ホールを抜けてそのまま自室に入り荷物を整理する。

 そしていつも使っていた寝間着に着替え、自分の時間の流れだけを早めてベッドに潜り込んだ。

 

 その日の夜は『メイド長帰宅パーティー』と銘打って美鈴さんが主体となりパーティーが行われた。

 従者である私の為にこのような大騒ぎを開いてもらうのは申し訳ないと感じたが、お嬢様が一番楽しんでいたように見えたので、こういうのもアリかと自らを納得させる。

 そして、パーティーの次の日の夜からは本格的に仕事に戻った。

 

 私は練り上がったスコーンの生地を型で抜いていく。

 そして抜いた生地をオーブンに入れ、オーブンの時間を早めた。

 こうすることで完成が早くなるが、これは結構な高等技術だ。

 術が難しいのではなく、焼き加減が難しいだけだが。

 

「……今ね」

 

 私は焼きあがったスコーンの時間を止め保温処理を済ませると、今度は紅茶の準備を始める。

 そういえば、数日前にマルフォイ家からの招待状が正式な形で私とお嬢様に来ていた。

 お嬢様宛てと言っても実際は私宛のようなものだ。

 ドラコの父親からの手紙には「貴方の屋敷のメイドを我が屋敷に招待したい」、「もし都合が合うのならスカーレット嬢もご一緒してはどうか」などといった内容が記載されていたらしい。

 私はティーポットに入った紅茶の時間を止め保温処理を済ませると、先に出来上がっていたスコーンと共にトレイに乗せ、時間を止めてお嬢様のもとへと運んだ。

 

 

 

 

 

 お嬢様の部屋の前で時間停止を解除した私は、お嬢様の部屋の扉をノックする。

 

「お嬢様、紅茶が入りました」

 

「入っていいわよ」

 

 お嬢様の許可をもらって部屋の中に入った私は、すでにティーテーブルについているお嬢様に紅茶をお出しした。

 お嬢様はティーカップを手に取り一口紅茶を飲むと、味を確かめるように深く息をつく。

 そしてまだ美鈴の方が美味しいわねと呟いた。

 私もまだまだ力足らずなのは自覚していることだ。

 お嬢様の言う通り、美鈴さんの淹れる紅茶は確かに美味しい。

 中国もお茶が発達しているが、その為だろうか。

 

「でも腕は落ちていないようで安心したわ。ホグワーツでは紅茶を淹れる機会なんてないでしょうに」

 

「体が覚えていることですので」

 

 お嬢様は私の焼いたスコーンをかじると、こっちは咲夜のほうが美味しいと呟く。

 今の私にはその言葉だけで十分だ。

 まあ焼きたてのまま保持できるから私のほうが美味しいのは当然のことなのだが。

 

「そう言えば、マルフォイのところから手紙が届いていたわね。咲夜、貴方自身はどうしたいの?」

 

「お嬢様の御心のままに」

 

「美鈴がルシウス・マルフォイ氏と色々と話したみたいね。息子のドラコとは友達なの?」

 

「いえ、友達というわけではありません」

 

 まあそうよねぇと、お嬢様は気だるげに紅茶を飲む。

 

「咲夜、貴方友達って何だと思う?」

 

 お嬢様は私のほうに向き直ると私の目を見て聞いた。

 この様子のお嬢様を私はよく知っている。

 こういう話の切り出し方をする場合、お嬢様は私に大切なことを話そうとしていることが多い。

 

「友達……ですか」

 

 私は言葉を選んだ。

 

「信頼でき、同じような立場で……美鈴さん?」

 

 私の答えに、お嬢様は紅茶のカップをソーサーに静かに戻した。

 

「そうね。長い間貴方にとって友達とは美鈴のことだった。美鈴は貴方の友であり、育ての親であり、同僚であり。でも咲夜、それは貴方が吸血鬼が住まう館に住んでいたからよ。今の貴方は違うわ。人間の学校に通う人間であって、少し人とは違うことができるだけ。別に相手が普通の人間だからって友達になれないことはないのよ?」

 

 そこまで話してお嬢様は一度言葉を切る。

 私に少し考える時間を与えているようだった。

 

「そこで、貴方に問うわ。貴方は人間の友達が欲しいと思う? 人間の価値観に近づき、人間と共に生きたいと願う?」

 

 お嬢様は私の両頬に手を添えた。

 私の答えを待っているようだ。

 

「おかしなことをおっしゃいます。私は吸血鬼であらせられるレミリア・スカーレット嬢の従者です。例え種族が人間であっても魂は人外のそれ。お嬢様が望むのなら私は何にでもなりましょう」

 

「本当にいいのね。後戻りはできない道よ?」

 

 お嬢様が私の頭、いや髪の毛の生え際あたりに手を当てた。

 

「何を今更」

 

 次の瞬間、私の頭の中でぷっつりと何かが切れる音が物理的に聞こえてきた。

 ような気がした。

 一瞬視界が暗転し、私は地面に転びそうになる。

 

「貴方を拾ったとき、私はパチェに相談したの。この子供をどうするべきか、どう育てるべきかって。今貴方の言葉を聞いて、貴方の心を覗いて決心がついたわ。紅魔館の主にして夜の支配者であるレミリア・スカーレットが命じる。私に仕えなさい」

 

 その言葉を聞いて、私は重大なことに気が付いた。

 私はお嬢様の命令は絶対だと思っている。

 お嬢様に一生仕えるのが私の喜びであると思っている。

 だが、お嬢様から「私に仕えろ」と命じられたことは一度もなかったのだ。

 今までは私が勝手にお嬢様に奉仕しているだけであったのだと、理解した。

 先ほどお嬢様が私の頭に何をしたのかは分からない。

 だが、聞く必要もない。

 お嬢様のすることは絶対なのだから。

 

「さて、それじゃあ物は試しってことでマルフォイの屋敷に行きましょうか。貴方は私のお付きよ。そのように返事を出すけど、いいわね?」

 

「お嬢様にご意見など、恐れ多い」

 

 私はお嬢様が飲み終わったティーカップを片付けると、深々と一礼して部屋を出た。

 

 

 

 

 咲夜が出ていくのを見送ったレミリアは、どっと疲れが湧き出したようにベッドにボフンと身を委ねる。

 

「あれでよかったのかしらね。パチェ」

 

 レミリアは図書館に繋がっている通信用の魔法具に話しかけた。

 図書館でパチュリーも会話を一通り聞いていたのか、意見が返ってくる。

 

「だから言ったじゃない。あの子は貴方の従者である人生を選ぶって」

 

「『人』生……ね」

 

 レミリアは咲夜に友達とは何かと聞いた時、感じ取ったイメージを思い出す。

 大半は美鈴が何かドジをしているシーンだったが、レミリアが知らない人間の子供のイメージも含まれていた。

 眼鏡をかけた少年、赤毛で少し背の高い少年、少し出っ歯で栗色の髪の少女、金髪で青白い少年。

 咲夜に友達とは何かと聞いた時に、無意識だとはいえ、人間の子供のことを思い浮かべていたのだ。

 

「今さっきレミィは咲夜の価値観を弄ったわ。そうでしょう? あの子はどんな運命に導かれるの?」

 

「人間を人間と見るように価値観を弄っただけよ。今の状態ではあの子にとって人間も動物も変わらないようだったし。理解できる? 咲夜にとって三つ首のケルベロスと三人の人間の子供は同価値らしいわよ」

 

 その言葉を聞いてパチュリーはため息をついた。

 

「だって仕方がないじゃない。あの子は小さな時から食材として──」

 

 

 

「『人間』を扱っているのだもの」

 

 

 

 パチュリーは続ける。

 

「私の考えでは、咲夜の精神は一種の哲学的ゾンビのような状態だと思うわ。勿論、定義は色々と違うけど。人間としての常識と化け物の従者としての常識が入り交じり、咲夜の思考を混乱させている。上の者は敬わなければならない。人間はただの食料だ。同じ寮の仲間やよく喋る知り合いは大切にするものだ。人間と友達になんて豚と友達になるようなものだ。価値のないものと自覚しているものに無意識中に価値を抱き、意味ある行為だと思いやっていてもその行動になにも感じてはいない」

 

 パチュリーはコホンと一度咳き込むと、更に言葉を紡ぐ。

 

「これは咲夜から聞いた話なのだけれど、完全に敵対している二つのグループにどっちつかずといった感じで参加しているそうよ。理由を聞いたら『敵を作らない為』ですって。レミィが見たっていうイメージにいた眼鏡の子と金髪の青白い子は完全に敵対している。そして話を聞く限り、咲夜自身がどう思っているかは置いておいて、そのどちらとも仲良くしているそうよ。第三者から見た限りではそれはもう親友のように。レミィ、マルフォイの誘いを受けたのはその真偽を確かめる為って理由もあるのでしょう?」

 

「私が弄った認識が上手く働いているか確認するついでにね。もし上手くいっていたら咲夜の態度は確実に変わるでしょうね。人間贔屓になるか、完全に料理の材料程度の認識になるか」

 

「そう都合よく吹っ切れるかしら」

 

「何のために私が寂しい思いをしてまで咲夜をホグワーツに通わせていると思っているのよ。早いところどちらかに吹っ切れてもらわないと困るわ。このまま咲夜を放っておけば、『卑怯なコウモリ』になりかねない」

 

「鳥と獣、有利な方に加担するコウモリの話ね。最終的に両方から仲間外れにされてしまうやつ」

 

 レミリアはベッドの上でごろりと寝返りを打つと、天井に手を伸ばしてパチュリーに言った。

 

「私が言うのもなんだけど、運命は自分で切り開くもの。人生とは切り開いた結果ある未来への道よ。私が出来るのは、ほんの少し相手の運命を切り開く力に手を添える程度ね」

 

「ブフッ……」

 

 途端にパチュリーが噴き出した。

 

「ふ、うふふふふ……あはははははははは」

 

 まるで堪えきれないとでも言うかのように笑う。

 それを聞いてレミリアも我慢できなくなったのか、大声で笑い始めた。

 ゲラゲラと、まるで先ほどとは別人のように。

 真紅で染められた紅魔館に、まさに悪魔の笑い声がこだました。

 

「ふふふ、ふう。で、レミィ。今の話何処から何処までが貴方の本心?」

 

「殆ど嘘よ。人間を人間として見るように価値観弄ったとか『卑怯なコウモリ』の話とか」

 

「殆ど……全部じゃないのね」

 

 レミリアはあーお腹痛いと腹をさする。

 

「咲夜の人間に関する認識の一部を弄ったのは本当よ。でもそんな良心的なものではないわ。そして何より咲夜には人間と仲良くしてもらいたいというのも本当。マルフォイとのつながりや不死鳥の騎士団へのコネクションは大切に育てていかないとね」

 

「ふふ、じゃあマルフォイからの招待を受けたのは──」

 

「勿論私の為よ。運命が言っているわ。今年のホグワーツは楽しそうだって。いや、『これから』かしら」

 

 レミリアはガバっとベッドから跳ね起きると、便箋を取り出し手紙を書き始める。

 そんな友人の様子にパチュリーは感心と共に満足すると通信を切った。

 レミリアは手紙を書きながらブツブツと呟く。

 

「『卑怯なコウモリ』ね。大丈夫、そんな中途半端なことにはさせないわ。彼女は私のモノだもの。アルバス・ダンブルドア……それにトム・リドル。精々私を楽しませて頂戴ね」

 

 手紙をくるりと丸めて妖力で縛ると、体の一部を変化させてコウモリを作り出し、手紙を括り付けて窓から放った。

 

「魔法界は荒れるわ。十二年前と同じように。勝つのはトムか、それともアルバスか。咲夜には是非とも死喰い人と騎士団メンバーになって貰わないと」

 

 じゃないと、平等な立場で楽しめないじゃない。

 

 

 

 

 お嬢様はあの後すぐにドラコの家へ返事を出したらしく、次の日の夕方には「招待を受けてくれて嬉しい」というような内容の手紙が紅魔館に届いた。

 お嬢様自身ドラコの家へのお呼ばれを非常に楽しみにしているようで、私に時間を操作させて昼間すっきり目が覚めるように調整したぐらいだ。

 私はお嬢様用の大きい日傘を持つと、お嬢様と共に大図書館へと移動する。

 

「そういえば、本来の目的は買い物だったわね。二年生になって新たに必要な物でも出来たの?」

 

 お嬢様は私の前を歩きながら聞いた。

 

「はい。二年生で必要になる教科書は出版されてすぐの新しいものが多いらしく、大図書館の蔵書にないとパチュリー様が仰っていましたので」

 

 私は必要な教科書のリストをお嬢様に手渡した。

 

「ちょっと見せて……げ、これは酷いわね」

 

 二年生で用意しなければならない教科書の殆どは、ギルデロイ・ロックハートという人物が書いたものだ。

 有名な魔法使いなのだろうか。

 

「そうね、じゃあパチュリーへの手土産も含めて二冊ずつ買いなさい」

 

「かしこまりました」

 

 そんな話をしているうちに私たちは図書館に到着した。

 図書館に来た理由は他でもない。

 マルフォイ邸まではパチュリー様が送迎をしてくれるらしいのだ。

 私は今一度身だしなみを整え、お嬢様の服装も正す。

 お嬢様はいつもの薄い桃色のドレスで、私はメイド服だ。

 その段階で一つ気が付いた事があった。

 

「そういえばお嬢様、羽はいかが致しましょう?」

 

 そう、お嬢様の背中にはコウモリのような羽が生えている。

 これではお嬢様の正体がバレてしまう。

 

「咲夜、一つ言っておくけど……私の羽は外したり仕舞ったり消したりすることは出来ないわよ? 毟るというなら話は別だけど。私が吸血鬼だってバレたら拙い事情でもあるわけ?」

 

 ふふん、とお嬢様は得意げに胸を張る。

 

「むしろ見せつけてやればいいのよ。私は人間のような地を這いずる下等な生物ではないとね。それにマグルの蔓延るロンドン市街を歩くわけでもない。魔法界では珍しくはあっても吸血鬼という存在は一般的よ」

 

「これは失礼致しました」

 

「その様子だと学校でも私の正体を隠しているようね。むしろ誇り、自慢しなさい。私は吸血鬼に仕えるメイドであるとね!」

 

 そういうとお嬢様は羽をバサバサと動かした。

 

「かしこまりました。ではそのように振る舞います」

 

 身だしなみを整えていると本の山の裏からパチュリー様が顔を出す。

 そして準備が整っているか確かめるようにこちらを見ると、私に声を掛けた。

 

「咲夜、それではダメよ。日傘を差しなさい」

 

「図書館の中で……ですか?」

 

「ええそうよ。愛する主をローストチキンにしたくないならね」

 

「パチェ、吸血鬼って焼いたらチキンになるのかしら?」

 

「消し炭になるまで焼いたら区別なんてつかないでしょ?」

 

「それはもうローストチキンではないと思いますが……」

 

 私はパチュリー様に言われたように日傘を差し、お嬢様のそばに立つ。

 次の瞬間、パチンという軽い音が聞こえて私の視界が暗転した。

 いや、立ちくらみを起こしたかのような感覚だ。

 私はお嬢様の前ということもあり、なんとか持ちこたえると、急いで体勢を立て直す。

 顔を上げ前を見ると目の前には高く積まれた本ではなく、大きな屋敷が建っていた。

 

「咲夜、日傘をしっかりと差しなさい。私の羽がローストチキンになりかけてるわ」

 

 お嬢様の声を聞いて私は急いで日傘の位置を調節する。

 いつの間にか炎天下の屋外に私たちはいた。

 

「パチュリー様、先ほどのが姿くらましですか?」

 

 パチュリー様は気だるげに「あっつい……」と呟いている。

 

「ええそうよ。そのうち教えてあげるわ。帰りは何処かの暖炉を使ってちょうだい」

 

 パチンという大きな音がしてパチュリー様の姿が消える。

 物凄く便利な魔法だ。

 

「さて。咲夜、行くわよ」

 

 お嬢様は目の前の屋敷へと歩いていく。

 私はお嬢様が日傘の外に出ないように後を追った。

 ここがドラコの家で合っているのだろうか。

 扉の前に立つと蛇の顔の模様があしらわれたドアノッカーが目に留まる。

 蛇というところからして、多分ここで間違いないんだろう。

 私はドアノッカーを掴むと、四回叩いた。

 

「どなたか?」

 

 途端に蛇の顔の模様が話し出す。

 私は少々それに驚いたが、落ち着いた声で返した。

 

「レミリア・スカーレット嬢とその従者の十六夜咲夜です」

 

「暫し待たれよ」

 

 そう言ってドアノッカーは沈黙する。

 

「蹴り破っていいかしら?」

 

 お嬢様が退屈そうに呟いたが、聞かなかったことにした。

 三十秒もしないうちに扉がひとりでに開き、色白の女性が戸口から現れる。

 色白の女性は眩しそうに目を細めたが、すぐに優しげな笑みを浮かべて私たちに挨拶した。

 

「今日はお越しくださいましてありがとうございます。旦那から話は伺っておりますわ」

 

「お邪魔するわよ」

 

 容姿を見る限りでは、どうやらドラコの母のようだ。

 名をナルシッサ・マルフォイというらしい。

 ナルシッサ夫人は私たちを客間に通すと、「今旦那と息子を呼んできます」と言い残し客間を出て行った。

 お嬢様が椅子に座るのを見て、私はその横に佇む。

 入れ替わるようにボロボロの服を着たゴブリンのようなものが紅茶を運んできた。

 

「大層な手紙の書き方だったから少し期待していたけど、これでは庶民と変わらないわね」

 

 ナルシッサ婦人が居なくなった途端にお嬢様が私に声を小さくすることもなく言う。

 確かに紅魔館と比べるとマルフォイ家の屋敷は小さいかもしれない。

 ……いや、言い切ってしまえば確かに小さい。

 

「十分立派なお屋敷だと思うのですが……」

 

「別に住んでいる家なんてどーでもいいわ」

 

 お嬢様が考えていることと私の考えたことはどうやら違うようだ。

 お嬢様は出された紅茶を一口飲むと、顔を顰めてソーサーに戻す。

 そして一言「咲夜」と呟いた。

 私は大体その言葉の意味を察したので時間を止め鞄を取り出すと中に入っているティーセットを取り出し、紅茶を淹れ直す。

 そして出された紅茶の中身と入れ替えると鞄を元に戻し時間停止を解除した。

 

「ありがと」

 

 お嬢様は紅茶の色が微妙に変わっていることを確認すると、再び紅茶を飲み始める。

 ゴブリンのような使用人が出て行ってから数分もしないうちにマルフォイ氏がドラコを連れて現れた。

 

「遠くからご足労いただきまして、ありがとうございます。お初にお目に掛かります。ルシウス・マルフォイと申します」

 

 ルシウス氏がお嬢様に握手を求めてくる。

 お嬢様は椅子から立ち上がるとその手を握り返した。

 

「レミリア・スカーレットよ。堅苦しいのは無しで行きましょう。社交ダンスでも始まるなら別だけどね。敬語も無しよ。私も敬語で返すの面倒だもの」

 

 お嬢様がいつもの調子でマルフォイ氏に挨拶した。

 

「これは癖のようなものでね。では少し崩して話すことにしましょう」

 

 お嬢様は自然と上座に座ると私にも椅子に座るようにと指示を出す。

 私はお嬢様の隣の席に腰を掛けた。

 その様子を見てマルフォイ氏はお嬢様の前に、ドラコは私の前の椅子に腰かける。

 

「それで今日は何だったかしら。確かダイアゴン横丁に行くんだっけ?」

 

 お嬢様がマルフォイ氏に確認を取るように聞いた。

 

「ええ、息子の学用品を買いに行くのでね。少々寄り道もしますが。ドラコが是非ともあなた方を誘いたいと」

 

「あら、気を使わなくてもいいのよ? 私共々ではなく、咲夜を誘いたかったんでしょう?」

 

「いえいえそんな、滅相もない」

 

 お嬢様は完全にいつもの調子だ。

 私はドラコの方を見るが、ドラコはお嬢様の羽に目を奪われているようだった。

 

「まあここでグダグダ話していても時間の無駄だし、早速行きましょう」

 

「では暖炉へ。こちらです」

 

 マルフォイ氏が先頭になり、お嬢様、私、ドラコの順に続く。

 ドラコは私の肩をちょんちょんと叩くと、ヒソヒソ声で私に話しかけてきた。

 

「君が仕えているお嬢様ってもしかして……」

 

「貴方が思っている通りよ」

 

 私はドラコにそういうとお嬢様の後を追いかける。

 ドラコは慌てて私の背中を追いかけてきた。

 マルフォイ氏は私たちを玄関ホールにある暖炉へと案内する。

 

「ドラコ、先に行きなさい」

 

 そして煙突飛行粉を暖炉に振りかけるとドラコにそう指示を出した。

 ドラコは素直にそれに従い暖炉の中に入り目的地を言う。

 

「ノクターン横丁」

 

 次の瞬間落ちるようにドラコの姿が見えなくなった。

 

「私は最後に後を追いますので、お先に」

 

 マルフォイ氏がお嬢様に中に入るよう勧める。

 私はお嬢様と共に暖炉の中へと入ると、ドラコと同じ横丁名を口にした。

 次の瞬間、私は煙と共に煙突へと吸い込まれ、気がついた時には少し胡散臭い雰囲気の店が並んだ横丁に立っていた。

 私は日傘を差しお嬢様がその影に入るように合わせる。

 お嬢様のほうを見ると、いかにもな雰囲気を醸し出している店に目を輝かせていた。

 

「なんだか面白そうなものが沢山あるわね。咲夜、まずはあの店から行きましょう」

 

 マルフォイ家の存在など忘れているかのようにお嬢様は店を指さしている。

 ボージン・アンド・バークスという店だ。

 この通りでは一番大きい店構えをしている。

 

「ボージン・アンド・バークス……私もあそこには用事があります。寄っていきましょう」

 

 後ろから追いついてきたと思われるマルフォイ氏がそう提案する。

 その提案を聞いてか聞かずかお嬢様は店の中に入っていった。

 急いで後を追うが、店の中は見るからに怪しいもので一杯だ。

 クッションに置かれたしなびた腕や、血に染まったトランプ、義眼、何かの耳らしきものなど闇の魔術に使われそうな物が多い。

 

「咲夜、これなんて可愛らしいわよ。勝手に飛んで行って対象の目を抉り、自らが収まる義眼ですって。こっちには爪を剥がさずにそれと同じような苦痛を与える魔法具もあるわね。このヘンテコな器具は何に使うのかしら?」

 

 お嬢様は両端が螺子になっている二組の金属板を手に取る。

 

「それは親指を押し潰す拷問器具です」

 

 私はそれに見覚えがあったので簡潔に答えた。

 

「親指を? そんなことしても意味がないじゃない」

 

「痛みを与える道具ですので、死に至らせることが目的ではないようです。ですがこの程度いくらでも魔法で代用が効きそうですが……」

 

 私が首を捻っていると、マルフォイ氏がその答えを教えてくれた。

 

「見た目が大切なのですよ。今からこの道具が自分にどのように使われるのか対象に想像させるだけで相応の効果が出る。杖での魔法では結果しか生まれないのでね。ドラコ、一切触るんじゃないぞ」

 

 義眼を手に取ろうとしているドラコにマルフォイ氏が鋭く忠告した。

 

「なにかプレゼントを買ってくれるんだと思ったのに」

 

 ドラコは抗議するようにマルフォイ氏に言う。

 だがマルフォイ氏は取り合わないといった感じでドラコの考えを訂正した。

 

「競技用の箒を買ってやると言ったんだ」

 

 その言葉を聞いてドラコが拗ねたように言い返す。

 

「そんなの寮の選手に選ばれなきゃ意味ないだろ? ハリー・ポッターなんか、去年ニンバス2000を貰ったんだ。グリフィンドールの寮チームでプレーできるようにダンブルドアから特別許可まで貰った。そんなにうまくもないのに。単に有名だからなんだ……額に傷があるから有名なだけで……」

 

 ドラコは頭蓋骨が陳列してある棚を眺めながら続ける。

 

「どいつもこいつもハリー・ポッターがかっこいいって思ってる。額に傷、手には箒の素敵なポッターさ」

 

「同じことをもう何十回と聞かされた。しかし、言っておくがハリー・ポッターが好きでないような素振りを人前で見せるのは、なんというか賢明ではないぞ。特に今は多くの者が彼を闇の帝王を消したヒーローとして扱っているのだからな」

 

 マルフォイ氏はドラコをそう窘めると店主と会話を始める。

 私はマルフォイ氏からそのような言葉を聞くとは思わなかったので少し面を食らっていた。

 それはお嬢様も同じらしい。

 何かを見透かすように不敵な笑みを浮かべている。

 

「ハリー・ポッターか。確かに有名といったら有名ね。でもそれは貴方も同じでなくて?」

 

 ドラコは会話が打ち切られたことに若干腹を立てているようだったが、お嬢様に話しかけられ咄嗟に表情を取り繕う。

 

「マルフォイ家といったら間違いなく純血の血筋とされる聖二十八一族の一つじゃない。まあ貴方の言いたいことも分からなくはないけど。ハリー・ポッターがヴォルデモートを消し去ったというのは些か無理があるもの。赤ん坊が彼を消し去ったなんて冗談が過ぎるわ」

 

 その意見にドラコは気を良くしたかのように表情に余裕が出来た。

 お嬢様はドラコの頬に手を触れ微笑む。

 

「この世の中、真実とは常に隠されるもの。その真髄を覗いてみたい?」

 

 ドラコは完全にお嬢様に目を奪われていた。

 ぼんやりとした表情になり何かを求めるように手を伸ばす。

 

「うちの息子を魅了するのはやめて頂きたい。多分息子の血は美味しくないでしょう」

 

 そんな様子を見かねてか、マルフォイ氏が割って入った。

 お嬢様の手がドラコの頬を離れるとドラコは我に返ったかのようにあたりを見回す。

 

「純血は美味しいのよ。B型だと尚のことね。それにこの子臆病そうだし」

 

 私はそんなお嬢様の言葉を聞いて初めてお嬢様が良くやる行動の意味を察した。

 お嬢様は私によくあれと同じことをしている。

 あれはそういうことだったのだろうか。

 ドラコはひとしきりキョロキョロとあたりを見回すと、何かを見つけたように声を上げた。

 

「あれを買ってくれる?」

 

 私はドラコが指差している方向を見る。

 クッションの上に萎びた手のようなものが置かれていた。

 店主は嬉しそうにドラコの方に駆け寄ると説明を始める。

 

「『栄光の手』でございますね。蝋燭を差し込んで頂きますと手を持っている者だけにしか見えない灯りが点ります。泥棒、強盗には最高の味方でございまして。お坊ちゃまはお目が高くていらっしゃる!」

 

「ボージン、私の息子は泥棒、強盗よりかはマシなものになって欲しいが──」

 

 マルフォイ氏は冷たく店主に言った。

 店主に冷たいマルフォイ氏だったが、身内にはそれ以上に厳しいようだ。

 

「まあ、息子の成績がこれ以上上がらないようなら、行き着く先はせいぜいそんなところかもしれん」

 

「僕の責任じゃない。先生がみんな贔屓をするんだ。あのハーマイオニー・グレンジャーが──」

 

「私はむしろ魔法の家系でもなんでもない小娘に、全科目の試験で負けているお前が恥じ入ってしかるべきだと思うが。十六夜君を見習いたまえ」

 

 マルフォイ氏は私の方を向くと更に言葉を重ねる。

 

「総合成績では噂に聞くグレンジャーを抜いて一位だったそうじゃないか。魔法族とはそうあるべきだ。流石、スカーレット家に仕える従者は格が違いますな」

 

「私のメイドだもの。当然よ。そのグレンジャーとやらに負けていたら鞭で叩いていたわ」

 

 お嬢様が茶化すようにマルフォイ氏に言った。

 鞭のくだりは暗に息子に厳しく指導しろとマルフォイ氏に言っているのだ。

 

「ふむ、ボージン。この店に鞭は置いてあるか?」

 

 その言葉を聞いてドラコは顔を更に青くする。

 

「どれだけ強く叩いても皮膚が裂けない鞭というものが──」

 

「冗談だ。私のリストに話を戻そう。少し急いでいるのでね。今日は他に大切な用事があるのだよ。」

 

 ドラコはほっと息をつく。

 お嬢様は店の奥、何処か遠くを見ていた。

 

「決まりだ。レミリア嬢もよろしいですかな?」

 

 私がお嬢様の視線に釣られて店の奥を見ようとしたその時、マルフォイ氏に声を掛けられる。

 

「ええ、面白いモノも見れたし。次に行きましょう」

 

 お嬢様は既に興味を失くしたかのように一番に外へ出て行った。

 私はそれに続いて店の外に出て、日傘を用意する。

 

「ルシウス、少し見たい店があるのだけれどいいかしら?」

 

 お嬢様は興奮したようにマルフォイ氏を呼び捨てにする。

 マルフォイ氏はピクリと眉を動かしたが、気にしてないように聞き返してきた。

 

「どの店ですかな? レミリア嬢」

 

「あの店! 大きな檻にまっくろくろすけのようなものが沢山入っているわ。何かしらアレ」

 

 お嬢様は少し離れたところの店先に置いてある檻を指さしている。

 私が思うにあれは黒蜘蛛だろう。

 

「そうだ。私は少し私用を済ませてこなくてはなりませんので、ドラコを少し見ておいてはくれませんか?」

 

「それじゃあ私たちは向こうの方にいるわ。何処かで待ち合わせをする?」

 

 用事があるというマルフォイ氏に、お嬢様は聞き返した。

 

「用事が終わったらこちらから合流しましょう」

 

 パチンと大きな音と共にマルフォイ氏が居なくなる。

 その様子を見届けることもなくお嬢様は建物の影を器用に渡り黒蜘蛛の檻を覗いていた。

 私とドラコはその後を追う。

 お嬢様はその蜘蛛の群れに気を取られているようだったが、不意に思い出したかのようにドラコの方を向いた。

 

「先ほども言ったことだけど、ハリー・ポッターは今のところ別に凄くも何ともないわ。大切なのは生まれではない。死ぬまでに何をしでかすかよ」

 

 『するか』ではなく『しでかすか』というあたりお嬢様には何か思い当たる節があるらしい。

 ドラコもそんなお嬢様の言葉を聞いて、少し考えるように目を瞑った。

 

「わぁあ!」

 

「うわぁあああっ!!」

 

 ドラコが目を瞑ったスキをついてお嬢様がドラコを驚かす。

 ドラコはその悪戯に必要以上と思えるほどの大声をあげてひっくり返った。

 お嬢様はその様子を見てケタケタと笑っている。

 

「な、なにをするん……ですか!」

 

 ドラコは服についた砂を叩き落としながらたどたどしい敬語でお嬢様に聞いた。

 お嬢様はそこまで面白かったのか目に涙まで浮かべてひとしきり笑うと、改めてドラコのほうを見る。

 

「人前で簡単に目を瞑るからよ。人間はね、知覚の八十パーセントを視覚に頼っているらしいわ。外で不用意に目を瞑るべきではないわね」

 

 さあ行きましょうとお嬢様はノクターン横丁を歩き出す。

 私とドラコはまた急いでその後を追った。

 

 

 

 

 ハリーは独りでノクターン横丁を歩きながら考えていた。

 ちょっとした手違いでロンの実家である隠れ穴からボージン・アンド・バークスの暖炉に煙突飛行してしまったハリーだが、そこでマルフォイとその父親、友達である咲夜と一人の少女の姿を見つけたのだ。

 ハリーは壊れたキャビネットに隠れながらその様子を観察していたのだが、いくつか思うことがあった。

 一つは咲夜が憎きマルフォイと買い物をしているということ。

 ただでさえスリザリンとグリフィンドールという組み合わせがあり得ないのに、そのスリザリンでも飛びぬけて嫌な奴であるマルフォイと買い物をしている。

 もう一つは咲夜と共に楽しそうに何かを話している少女の存在だ。

 店の中では棚の隙間を縫って観察していたのでよく分からなかったが、その少女は背中にコウモリのような翼を生やしていた。

 あれが咲夜の仕えているというお嬢様なのだろうか。

 よく見れば咲夜はメイド服を着ており、普段よりも姿勢がよかったように感じる。

 吸血鬼……ハリーは初めて吸血鬼という種族を目にしたが、その怪しげな美しさよりも吸血鬼とマルフォイ家の関係のほうが気になった。

 もしかして咲夜は家の都合でマルフォイと仲がいいのでないか。

 そのような妄想がハリーの頭を駆け巡り、親友の今までの不可解な行動に意味を持たせようとする。

 咲夜の仕えている吸血鬼とマルフォイ家の仲が良く、咲夜は従者としてマルフォイと仲良くしなければならないとか。

 それは完全にハリーの都合のいいように考えた仮説でしかなかったが、そうであったらどれほどいいかとハリーは思った。

 

 

 

 

 ダンブルドアはホグワーツの校長室で考え事をしていた。

 その内容は学期末にあった賢者の石に関する騒動である。

 いや、十六夜咲夜についてと言い直したほうが正確だろう。

 あのレミリア・スカーレットの従者であるということで、入学したときから警戒はしていた。

 だが、彼女はダンブルドア自身も驚くほどのことをやってのけてしまう。

 ホグワーツ教員が腕によりをかけて作った罠を一人で突破しておきながら、その痕跡を残していない。

 はたしてそんなことが可能なのだろうか。

 賢者の石を守ったのは彼女の考えでのことなのか、彼女が仕えるレミリアの考えなのか。

 なんにしても監視と警戒を強めなければならないだろうとダンブルドアは考える。

 何かあってからでは遅いのだ。

 

 

 

 

 ノクターン横丁での買い物を済ませ、私たちはダイアゴン横丁へと足を運んでいた。

 ダイアゴン横丁はノクターン横丁よりも日当たりが良い。

 お嬢様の羽を焦がさないように気を付けなければならないだろう。

 まず最初に入ったのは箒の販売店だ。

 様々な形の箒が並び、家庭用の安全性の高い箒から最新鋭の競技用箒までなんでも揃っている。

 ホグワーツで授業用に採用しているシューティング・スターも売られていたが他の箒よりも物凄く安く中古品しかない。

 型落ち品なのだろう。

 お嬢様は乗りやすいように少々湾曲した箒を見て「これじゃあ掃きにくいでしょうに」と呟いていた。

 

「お嬢様、ここにある箒は掃除をするための物ではありませんよ?」

 

 私がお嬢様の勘違いを訂正する。

 だがお嬢様はそんなことは知っているわと言わんばかりに返してきた。

 

「高い箒で床を掃いたらさらに綺麗になるんじゃないかと思っただけよ。魔法使いが箒で空を飛ぶことぐらい知っているわ」

 

「それは失礼いたしました」

 

「でもこれ座席はついていないのよね。足を置く金具はついているのに。痛くないのかしら」

 

「箒にはクッションの魔法が掛けられており、痛くはありません。その魔法が作られる以前は地獄だったようですが」

 

 私がそう説明すると、お嬢様は驚いたようにこちらを向いた。

 

「貴方、箒に乗ったことがあるの?」

 

「はい、ホグワーツでは箒での飛行訓練が授業に組み込まれています」

 

 私はドラコの方を見る。

 マルフォイ氏に何かをせがんでいるようだ。

 マルフォイ氏自身箒を買ってやるとは言っていたので、ドラコがまた何か無茶な要求でも出したのだろう。

 

「私はお前に箒を買ってやると言ったんだ。全員になどとは──」

 

「でも最新型だ。これがチーム全員に行き届けば──」

 

「そもそもお前がチームに入れる保証など──」

 

 そのような会話がうっすらと聞こえてくる。

 途切れ途切れに聞いた話を繋ぎ合わせると、どうもドラコはスリザリンのチーム全員分の箒を買えと言っているようだ。

 マルフォイ氏が渋るのも頷ける。

 そんな二人の様子を見かねてか、お嬢様が二人に近づいていった。

 

「買ってあげればいいじゃない。貧相な考えはその者の姿形まで貧相に見せるわ。一本たった二十一ガリオンでしょう?」

 

 お嬢様の言葉を聞いて、マルフォイ氏は顎に手を当てて考える。

 そして結論が出たのか、ドラコに対して言った。

 

「……ふむ。それではその新型をスリザリンチームに寄贈する形を取ろう。それでいいなドラコ」

 

 その言葉を聞いてドラコは嬉しそうに頷く。

 だが私はその後マルフォイ氏がぼそりと呟いた「まあチームに入れなかったらお前の箒は無しだが」という言葉を聞き逃さなかった。

 

「二年生からは自分の箒を持って行ってもいいのね。咲夜、紅魔館から愛用の掃除用の箒を持っていく?」

 

 お嬢様が茶化すように私に聞く。

 

「いえ、ホグワーツには私よりも優秀な清掃員がいるようで。いつの間にか綺麗になっています」

 

「掃除用の箒じゃ空は飛べないって?」

 

「お嬢様がご命令なさるのでしたら掃除用の箒でそこにある最新型を追い抜いてみせましょう」

 

 その答えがよほど面白かったのかお嬢様はひとしきり笑うと一本の箒を手に取った。

 札には『オークシャフト79』と書かれている。

 

「店主、この箒を購入したい。いくらかしら?」

 

「一八七九年製造のそちらですと五十ガリオンほどになりますが……博物館に展示してあるほどの年代物ですよ?」

 

 店主は困ったように言う。

 それはそうだ。

 大方、ボロく安い箒だと思い買おうとした客が過去に何人かいたのだろう。

 

「なるほど、希少ということね。ますます気に入ったわ。咲夜、貴方にプレゼントするわ」

 

「そんな、悪いですよ」

 

「箒が?」

 

「そうではなくてですね……」

 

 私は断ろうとするがお嬢様はケタケタと笑い店主にガリオン金貨を放り投げる。

 

「形だけでも箒は持っておきなさい。例え使わなくとも持っているという事実は残るわ。本当に要らないと思ったらこれで紅魔館の掃除でもすればいいし」

 

「お嬢様からの贈り物でそんなことは……」

 

「でしょうね。なんにしても貴方なら荷物にはならないでしょう?」

 

 なんでも入る鞄のことを指しているのだろう。

 お嬢様は紙袋に包まれた箒を店主から受け取ると、私の方に差し出した。

 

「ありがとうございます。お嬢様。大切にします」

 

 私はそれを受け取り丁寧に鞄に仕舞い込む。

 

「本当はその箒で有名なハリー・ポッターにシーカー勝負で勝ってほしいところだけど、同じグリフィンドールだものね。まあ二年生になったお祝いということにしておきなさい」

 

 私はお嬢様に深々と頭を下げる。

 お嬢様はよく私に贈り物をしてくれるが、そのどれもが使い道のよくわからないものが多い。

 だが私にとっては何よりの宝物だった。

 その後マルフォイ氏は購入した箒をホグワーツに届けるようにと店主に言いつけると私たちは店を出る。

 そして最後に『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』に寄ることになった。

 新しく必要になった教科書を揃えるためだ。

 書店の棚は天井近くまで伸びており、様々なジャンルの本が並んでいる。

 だがそれ以上に沢山の魔法使いがもみくちゃになりながら店に入ろうとしているのが目に付いた。

 

「あら、魔法使いって種族は随分と勤勉なのね。我先に本を購入しようとするほどに」

 

 お嬢様が皮肉るように呟く。

 私は人混みの原因を探すように店を見回すが、人混みの理由はすぐに見つかった。

 上の階の窓に大きく横断幕が掛かっている。

 その横断幕にはギルデロイ・ロックハートのサイン会があると書かれていた。

 

「少し買い物の順番を間違えたでしょうか。サイン会が始まる前に来ればよかったですね」

 

 私はサイン会の終了時刻を見る。

 あと数時間後だ。

 とても待っていられる時間ではない。

 

「お嬢様、少々こちらでお待ちいただけますでしょうか? 必要な買い物だけ済ませてすぐに出てまいります」

 

 私はお嬢様の了承を得ると時間を止める。

 そして新たに必要な七冊を二冊ずつ手に取るとドアの側で困惑している店主の後ろに移動し、人の視線がないことを確認してから時間停止を解いた。

 

「本を購入したいのですが、お金は貴方に支払えばいいのかしら」

 

 後ろからいきなり声を掛けられた店主は驚いたように肩を撥ねさせるとこちらに向く。

 そして私が持っている本の山を見て状況を察したのか、金額を提示してきた。

 背表紙だけ見て瞬時に本の合計を計算する辺り、この店主も只者ではない。

 いや、予め売れそうな本のセット料金を暗記しているのかもしれないが。

 私はお金を払い本を鞄の中にしまうと、お嬢様のところへと戻った。

 

「咲夜、もしかしてあれが噂のハリー・ポッター?」

 

 お嬢様は店の入口近くを指さし私に言う。

 私がその方向を確認するとドラコとハリーが何やら言い争いをしているのが見えた。

 その中に今度はマルフォイ氏と一人の男性が加わり話し始める。

 話を聞いている限りだともう一人の男性はロンの父親のようだった。

 

「眼鏡を掛けた少年がハリー・ポッター、赤毛なのがロン・ウィーズリーです。ああ、よく見たらハーマイオニーの姿もありますね。家族ぐるみで買い物に来たのでしょうか」

 

「なんというか、家族ぐるみで犬猿の仲なのね。息子たちに代わって父親が喧嘩を始めたわよ」

 

「話に聞く限りでは、どうもそのようで」

 

 ついに殴り合いの喧嘩を始めた二人をお嬢様は手を叩きながら観戦する。

 店主が止めに入るがどうにも力不足のようだ。

 偶然店を訪れていたハグリッドが間に割って入り、ようやく二人は引き離される。

 事態が終息してようやく周囲を観察する余裕が生まれたのか、ハーマイオニーは私のほうを見ると驚いたかのような顔をしながら近づいてきた。

 

「咲夜! 久しぶり。ホグワーツ以来ね。ええっと、今日はメイド服なのね」

 

 ハーマイオニーは私の服装を観察しながら挨拶をしてくる。

 

「ええ、今日はお嬢様の付き人としてここにいるから」

 

「お嬢様ということは──」

 

 ハーマイオニーがお嬢様の方を向くと途端に絶句した。

 言葉が出てこないといった表情だ。

 

「咲夜、彼女固まってしまったわよ」

 

 お嬢様がハーマイオニーの頬をぷにぷにと突きながら私に言う。

 ハーマイオニーは我に返ったか、慌てて表情を取り繕うと、お嬢様に挨拶をした。

 

「は、初めまして。ハーマイオニー・グレンジャーと申します」

 

「スカーレット家の当主であり絶対的な夜の支配者であるレミリア・スカーレットよ。咲夜から話は聞いているわ」

 

 ハーマイオニーはお嬢様の羽と牙、そして私が日傘を差しているのを見てすぐさまお嬢様の正体を悟ったようだ。

 驚きと恐怖が入り交じったような表情をぎこちない笑顔の下に隠している。

 

「咲夜、貴方が仕えているお嬢様ってもしかして……」

 

 私はその問いに答えようか少々迷ったが、私が答える前にお嬢様自身がハーマイオニーの質問に答えた。

 

「そう、私は吸血鬼よ」

 

 パタパタを羽を揺らしながらお嬢様が答える。

 そんな様子を見ていたのかハリーとロンもこちらに近づいてきた。

 

「咲夜! 君も買い出しかい?」

 

 ロンがいつもの様子で話しかけてくる。

 

「咲夜、久しぶりだね」

 

 ハリーはお嬢様を少し警戒するように見ながら挨拶をしてきた。

 お嬢様はそんな様子のハリーににこりと笑いかけると、ハリーに距離を詰める。

 ハリーは驚いたように少し後ろに下がったが、その下がった分さえもお嬢様が詰め、今にも額がぶつかりそうになるほど二人の距離が詰まった。

 

「貴方……。なるほどね」

 

 お嬢様がハリーの額の傷に触れる。

 その途端、ハリーが痛そうに呻きだした。

 古傷を触られて違和感がするといったような生易しい反応ではない。

 今まさに傷口を抉られているかのような痛がり方だ。

 

「咲夜、ハリーが辛そう、止めてあげて」

 

 ハーマイオニーが私に言うが、私にはお嬢様の行動を止める権限などない。

 お嬢様はひとしきりハリーの額の傷を観察すると、満足したかのように手を放した。

 ハリーはその場に倒れ込み、肩で息をしている。

 ロンはハリーに手を貸し立ち上がるのを手伝うと、お嬢様に向けて抗議の視線を送ってきた。

 

「その傷は貴方とヴォルデモートとの繋がりなのね。今のように傷が痛むようなことがあったら気をつけなさい。『Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein. 』貴方が闇に落ちないことを期待しているわ」

 

 もっとも、闇に落ちたら私の所に来なさいとお嬢様は笑う。

 ハリーたちは言葉の意味が分からないといった表情で困惑していた。

 先ほどのお嬢様の言葉はドイツ語。

 哲学者ニーチェが『善悪の彼岸』に残した言葉だ。

 『怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ』

 ハリーとヴォルデモートとの戦いの話をしているのだろうか。

 私にもお嬢様が何を言いたいのか理解は出来なかった。




用語解説


夜のティータイム
夜の七時に起床するため、お嬢様にとってのアフタヌーンは真夜中の三時頃。

時間操作クッキング
時間の操作よりも焼き加減の調整の方が難しい。

保温処理
咲夜の能力で時間をとめると運動量はそのまま保存される。
手を触れ運動量をなくすことも出来るが、その場合時間停止を解除すると一時的にその物質は絶対零度まで冷える。
この時は……

メイド長としての美鈴の実力
仕事をこなすのは時間が止めれる咲夜のほうが早いが、一つ一つの質を見るとまだ少し美鈴の方が優れている。

何かを施すレミリア
咲夜の脳みそを弄るおぜうさま。運命を操る能力の使い方の一種。

パチェとの茶番
例えるとすると、極悪非道の殺人鬼が何故人間を殺してはいけないかを力説しているようなもの。

食材に人間
夜紅魔館の近くを通るとたまに美鈴が人間の太ももを肉焼きセットで焼いている場面に遭遇できる。

両陣営へのコネクション
おぜうさまとしては咲夜に死食い人と不死鳥の騎士団メンバーになって貰って両陣営の近況を知りたいと思っている。咲夜を危険に晒したいと思っているわけではなく、それが出来るのは咲夜ぐらいだと実力を認めているから。

ギルデロイ・ロックハート
原作通りのアンポンタン。

ローストチキン
気に入ったネタは引きずる性分のおぜうさま。

無礼講なおぜうさま
ただたんに作者が完璧な敬語を扱えないとかそんな理由ではないです。
ええ、はい。

ゴブリンのようなもの
ドビーのこと。この時点で咲夜はハウスエルフの存在は知っているがどのような姿かたちをしているかは知らない。というか紅魔館には東方茨歌仙まで屋敷しもべはいない。

紅茶を淹れ直す
おぜうさまの要望あってのことだが、凄い失礼。

ルシウス・マルフォイ
今回の事件の発端である人物。

中々咲夜に話しかけないドラコ
おぜうさまの前で咲夜の雰囲気がいつもと違う為か、話しかけていいのか分からず困惑している。

咲夜の仕えているお嬢様の正体を悟るドラコ
ハリー・ポッターの世界では吸血鬼はそこまで恐れられてはいないようです。ロックハートが吸血鬼と一緒に船旅するという話を書いているぐらいですので。

煙突飛行
初めからノクターン横丁を目的地として選ぶあたり、マルフォイ家の闇の深さが垣間見える。

ボージン・アンド・バークス
家族連れで入るような店ではないです。
この店の奥にはばっちりハリーがいますが、咲夜はそれに気が付いていません。咲夜は。

拷問器具
形が大切だという話だが、磔の呪いはその名称だけで同じような効果を発揮する。

間違いなく純血の血筋とされる聖二十八一族
ちなみにブラック家もロングボトム家もウィーズリー家も聖二十八一族。ウィーズリー家だけはその中に含まれることに抗議した。ポッター家は聖二十八一族の一つだったがマグルの血が混ざっていることを疑い排除されている。

魅了
吸血鬼の能力の一つ。相手に触れるか相手が強くレミリアのことを思っていると発動できる(という設定にしておく)咲夜もたまに掛かってはいるが自覚はない。
咲夜の行き過ぎたスキンシップはおぜうさまの魅了を形だけ真似したものだが、咲夜自身その行為が魅了するための行為だったとこの時初めて知る。

店の奥を覗くおぜうさま
ハリーの存在に気が付いている。

まっくろくろすけ
となりのトトロは一九八八年公開なのでおぜうさまが見ていたとしても不思議ではない。というかとなりのトトロはこの頃はまだ最近の映画

ドラコを驚かすおぜうさま
神妙なことをいったあとすぐにふざける。ふざけた後に神妙なことを言う。この作品のおぜうさま像

考えるダンブルドア
おぜうさまとダンブルドアは一応知り合いという設定(私がこの設定を忘れると終盤変なことになりそうですが)ダンブルドアは咲夜の持っている能力を知らない。

ニンバス2001
ニンバス社製の最新鋭の箒。日本円に直すと一万八千円とそこまで高くないように思えてきますが、物価が違います。

オークシャフト79
一八七九年に製造された年代物の箒。wikiによると太いオークの柄を持つ美しい箒で直進性が高いらしい。私の作品内で今後出番があるかどうかは不明。

おぜうさまからの贈り物
錆び付いたナイフや欠けたティーカップ。おぜうさまは物の形や性能よりもいわくつきの物に価値を見出す。

ロックハートのサイン会
十二時半から四時半までとぶっ続けで四時間も行っている。作者はサイン会に言ったことがないのでわかりませんがこんなものなのでしょうか。

喧嘩を始めるウィーズリーパパとマルフォイパパ
この後ちゃっかりジニーの鍋の中に日記帳を入れている。

固まるハーマイオニー
自分の友人がまさか吸血鬼の従者だったなんて、という驚きから

夜の支配者
なお自称の模様

額の傷が痛いハリー
伏線のような何かだが、伏線を仕掛けたことを作者が忘れると回収せずに話が終わることも。

ニーチェの名言
案に開心術のことを言っている。少し意味が違うような気はしますがその辺は雰囲気を出す為だと思っていただけたら。


次の話から少し場面が飛ぶかもしれませんが、作者の表現力がないだけです。多分紅魔館を出発するあたりから始めると思います。


追記 文章を修正しました

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