私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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色々調べながら書いているせいか、随分時間が掛かったような気がします。誤字脱字等ございましたらご報告して頂けると幸いです。


車とか、ロックハートとか、トム・リドルとか

 楽しい紅魔館での奉仕の日々も終わり、ホグワーツに行く日がやってきた。

 私は自室から鞄を持ち出すと、ロンドンの街を歩くために私服を着る。

 今日は煙突飛行で駅に行くのではなく、バスなどの公共交通機関でキングズ・クロス駅に行くつもりだ。

 ロンドンの街で買い物をするためだ。

 私は全ての仕度を終わらせると玄関ホールへと向かう。

 朝の紅魔館の玄関ホールは灯りが点っておらず薄暗い。

 窓も少なく、日の光が余り差し込まない為だ。

 私はそのまま静かに紅魔館を出ようとしたが、突如後ろから声を掛けられた。

 お嬢様の声だ。

 

「咲夜、ホグワーツに向かう前に少々言っておくことがあるわ」

 

 見送りがあると思ってはいなかったので私はお嬢様の姿に少々驚く。

 お嬢様はそんな私の様子を気にも留めないように言葉を続けた。

 

「命令を下すわ。ホグワーツで『好き放題』やりなさい。といっても、別に悪さをしなさいと言っているわけではないわよ。貴方の思った通りの行動をそのまま実行に移しなさいということ。あれをやったら私に迷惑がかかるとか、常識としてあれをしてはいけないとか、そんな些細な問題を気にするのは吸血鬼の従者にはふさわしくないわ。必要だと感じたら人を殺しても構わない。必要だと感じたら人を助けても構わない」

 

 お嬢様はそこで一旦言葉を切る。

 

「何が言いたいかというと、良くも悪くも人の視線を引き付けるような行動をしろということよ。貴方の好き勝手にね」

 

 私は何故お嬢様がそのようなことを仰るのか分からなかったが、命令とあらば実行しないわけにはいかないだろう。

 

「運命が私に囁いているわ。秘密の部屋が開かれると。さあ行きなさい。私の可愛い従者」

 

「行ってまいります。お嬢様」

 

 私は深々とお嬢様にお辞儀をする。

 そしてお嬢様のいる場所に日の光が差し込まないことを確かめると、紅魔館の玄関の扉を開き外に出た。

 

 

 

 ロンドン市街で私は紅茶の茶葉を見ていた。

 別にこの買い物は今日じゃなければならないということはない。

 休暇中に紅魔館で仕事をしていた時にも何度か買い物には行っているし、消耗品は定期的に仕入れてもいる。

 なので今回のロンドンでの買い物は何か特別な意味があるわけではない。

 適当に店のショーウインドーを見て楽しむだけだ。

 日本の電化製品や昔ながらのコーヒーのドリッパー、ポケットサイズの電卓など様々なものが陳列されている。

 普段買い出しで訪れることが多いので、このように好きな物を見るという行為が新鮮に感じられた。

 そういえば三年生になったらホグワーツの近くにあるホグズミード村へ休みの日に出かけることが許可されると記憶している。

 それを聞いた時私は特に魅力を感じなかったが、少し楽しみになってきた。

 大通りで小物をいくつか購入し、私はキングズ・クロス駅に向かうバスへと乗り込む。

 だがその途中で不幸に見舞われた。

 道が物凄く渋滞し始めたのだ。

 これなら時間を止めて空を飛んでいけばよかったと今更ながら後悔する。

 今から時間を止めて空を飛んで行ってもいいが、その場合バスを不自然な形で降りなければならないのでそれは最後の手段だ。

 私は懐から懐中時計を取り出し、現在の時刻を確認した。

 午前十一時まであと残り十分と数秒。

 バスの位置から考えてギリギリ着くか着かないかだろう。

 私は大きくため息をつくと、車の流れが速くなるよう祈った。

 

 

 

 結局キングズ・クロス駅にバスが到着したのは十時五十九分三十秒と余りにもギリギリすぎる時間だった。

 バスに乗っていた住民は皆、悪態をつきながら大慌てでバスを降りていく。

 私もその人の流れに乗ってバスを降り、周囲の人の視線が切れたことを確かめると時間を止める。

 懐中時計を確認すると十時五十九分四十五秒。

 まだ十五秒も時間がある。

 一秒でもあれば私にとっては永遠にも匹敵する余裕だった。

 私はゆったりとしたペースで九番線と十番線があるホームに向かう。

 時間を止めたまま九と四分の三番線を通り抜けられるか分からなかったが、十五秒もあればそこだけ時間停止を解除して進んでも問題はない。

 そう、問題は何もないはずだった。

 九と四分の三番線前でハリーとロンが困ったような顔をしているのを発見する。

 二人が何をしているかは知らないが、声を掛けている時間の余裕はないだろう。

 私は半ば二人を無視するような形で九番線と十番線の間の柵に向かってまっすぐ歩いた。

 だが、通れない。

 私のつま先は柵にあたり、そこから先に進むことはなかった。

 やはり時間停止を解除しなければ無理だろうか。

 私は一旦人混みの中に隠れると、その場で時間停止を解除し、あたかも初めからそこにいたかのように振る舞いもう一度柵に向けて歩き出す。

 だが、やはり駄目だ。

 私は柵に軽くぶつかると、小さく舌打ちした。

 なるほど、ハリーたちがここに留まっている理由はこれか。

 私はハリーたちの困り顔の理由を理解し、時計を凝視しているハリーに後ろから声を掛けた。

 

「もう間に合わないわよ」

 

 私の声を聞いてハリーは驚くようにこちらを向くと、何かしゃべろうと口をパクパクさせる。

 

「行っちゃったよ」

 

 ロンが呆然とするように頭上の大時計を見上げる。

 私も自分の懐中時計を確認するが、確かに十一時を回っていた。

 

「汽車が出ちゃった。パパもママもこっち側に戻ってこれなかったらどうしよう? マグルのお金、少し持ってる?」

 

 ロンが私とハリーに問う。

 その質問にハリーは力なく笑った。

 

「ダーズリーからは、去年の五十ペンス硬貨以来何も貰ってないよ」

 

 ロンがポケットをまさぐるようにして五十ペンス硬貨を取り出す。

 きっと形が珍しいとかそういう理由でハリーから貰ったのだろう。

 私が財布を取り出すとハリーたちは希望の光が見えたと言わんばかりに目を輝かせた。

 

「お金ならあるけど何に使うの? タクシーでも拾って「ホグワーツまで」って? それは面白い冗談ね」

 

 私がそういうとハリーたちの表情がまた暗くなる。

 ハリーのふくろうが大声で騒いでいるせいでこちらを冷ややかな目で見ているマグルも多い。

 その視線に耐えかねたのか、ハリーが慌てたように提案した。

 

「取り敢えずここを出よう。人目に付きすぎるし、車のそばとかで──」

 

「それだ。ハリー! 車だよ!」

 

 ハリーの声を遮ってロンが大声を上げた。

 

「車がどうかした?」

 

 ハリーの問いにロンが自分の考えを言い始める。

 簡単にまとめると緊急時だから空飛ぶ車に乗ってホグワーツに行こうという提案だった。

 ハリーはそれを聞いて目を輝かせる。

 やってはいけないことだと分かってはいるが、その先に待っている冒険が楽しみで仕方がないといった表情だ。

 

「勿論、咲夜も乗っていくよな? 運転はまかせとけ。」

 

 ロンが意気揚々と私に聞く。

 当初私は紅魔館まで帰ってパチュリー様に送ってもらおうかと考えていたが、交通手段があるなら別だ。

 私はその提案に乗ることにした。

 話を聞く限り、車はロンの父親の所有物らしい。

 私は魔法界の人間が車を持っていることに少々驚いたが、どうやらロンの父親が特殊なだけなようだ。

 私たちは一度駐車場へと戻ると、見た目に反して無駄に荷物が乗るトランクに荷物を投げ入れる。

 そして車に乗り込み誰もこの車を見ていないことを確かめると、ロンに合図を送った。

 その合図を見てロンは計器盤にある小さな銀色のボタンを押しこむ。

 目くらましの魔法だろうか。

 私たちは車ごと透明になり、目に見えなくなった。

 

「行こうぜ」

 

 先ほどロンが乗っていたところから声が聞こえ、途端に地面が遠くなる。

 私たちを乗せた車はみるみるうちにロンドンの上空へ飛ぶと、そこで急に目くらましの魔法が切れた。

 ロンが慌てて銀色のボタンを押すが、再び透明になることはない。

 

「つかまってろ!」

 

 ロンがそう叫んだ瞬間車は急加速し雲の中へと突っ込んだ。

 

「さて、どの方向に進んだらいいやら……、汽車を見つけないと分からないな」

 

 ロンの提案で少しだけ雲の下に降りて汽車を探す。

 その段階で私は気が付いた。

 別に車じゃなくてもいいじゃないかと。

 私が窓の外を覗くと紅の汽車が小さく線路の上に見える。

 私は迷わず車の扉を開いた。

 

「何やってるんだ! 咲夜! 落っこちるぞ!」

 

 ハリーが声を張り上げる。

 

「私途中下車するわ。ホグワーツで会いましょう」

 

 私はそのまま転がり落ちるように車の外に移動し、ハリーが伸ばした手を払いのけて真っ逆さまにホグワーツ特急の汽車の上に落ちていく。

 そのまま落下速度を調節し、落ちてるとも下に飛んでいるとも言えないような形でホグワーツ特急の屋根の上に着地する。

 そして連結器に飛び降り、客車の扉を開けて中に入った。

 

 

 

 

 その様子を見てハリーたちは目を丸くする。

 

「ハリー、君もあれやってみるかい?」

 

 ロンがそのように聞くがハリーは黙って首を横に振った。

 

 

 

 

 列車の中に入った私は、空いているコンパートメントを探して通路を歩く。

 もう列車が出発していることもあってか、殆どのコンパートメントが生徒で一杯だった。

 私は運よくハーマイオニーがいるコンパートメントを見つけると、軽くノックし中へと入る。

 

「ああ咲夜! 貴方は乗っていたのね。ハリーとロンを見なかった? もうかれこれ三十分ぐらい他のコンパートメントを探していたのだけれど何処にもいないのよ。それで咲夜の姿も見えなかったから揃って汽車に乗り遅れたものだとばかり……」

 

 ハーマイオニーは心配しているかのように手をせわしなく動かしながら大声で捲し立てた。

 

「汽車には乗り遅れたわ。でも走ったら追いついたの」

 

 私は大して面白くもない冗談をハーマイオニーに言うとコンパートメントの座席に座る。

 ハーマイオニーはその冗談を軽く受け流すと私に聞いた。 

 

「ハリーたちを見なかった? 多分二人も乗り遅れたと思うの」

 

「ハリーたちならいるわよ」

 

 私は天井を指さす。

 ハーマイオニーは一瞬不可解な目で天井を見たが、思いついたかのように窓を開けると身を乗り出して上を見た。

 

「いた! なんであんなところで車を飛ばしているのよ。ラリードライバーにでもなったつもり!?」

 

 ハーマイオニーは驚きの余り汽車の窓から外に落ちそうになる。

 私はハーマイオニーのズボンのベルトを掴むとゆっくり手前に引きハーマイオニーを引き戻した。

 

「あ、ありがとう。ねえ咲夜。二人は一体何をしているの?」

 

「さあ? パイロットにでもなった気でいるんじゃない?」

 

 ハーマイオニーは二人が何処にいるか分かった為か安心したように座席に深く腰を下ろす。

 

「そういえばなんだけどさ」

 

 ハーマイオニーが口を開いた。

 

「咲夜はどうしてあの吸血鬼のお嬢様に仕えているの?」

 

 ハーマイオニーは「書店で会ってからずっと不思議だったのよ」とそのあとに付け足す。

 

「それはハーマイオニーの親がどうして歯医者なのかと聞くようなものだと思うけど……、まあしいて理由を上げるとすれば生まれた時からそこにいたからよ。私は小さい頃お嬢様に拾われたの」

 

「でも私吸血鬼って初めてみたわ。本では読んだことあったけど、実際には初めてで…なんというか、雰囲気というのかしら。言葉では上手く言えないけど凄かった。私たちとは全く別の種族なんだってひしひしと感じるというか。……咲夜が小さいときっていうけど、その時はそのお嬢様も小さかったんじゃない? お嬢様のお父さんに拾われたとか?」

 

 ハーマイオニーは種族の違いというものをよく理解していないらしい。

 私はハーマイオニーの考えを正すために答える。

 

「お嬢様はもうかれこれ四百九十年ほど生きているわ。吸血鬼の寿命が長いというのは貴方も知っていることでしょう?」

 

 ハーマイオニーはああそうか、と声を上げる。

 本当にこの少女は頭はいいが何処か抜けている部分があるのだ。

 

「まあなんにしてもお嬢様は高貴なお方よ。粗相のないように気を付けてね」

 

 私は車内販売のかぼちゃジュースを購入する。

 先ほどの車の中は暑かった。

 冷たいかぼちゃジュースが私の火照った体を適度に冷やす。

 

「車の中と比べると列車の中はそこそこ涼しいわね。魔法でもかけているのかしら」

 

「咲夜、まさかさっきまであの馬鹿二人と車に乗っていたの?」

 

 小さい声で呟いたはずなのだが、ハーマイオニーは聞き逃さなかったぞとばかりに追及してくる。

 

「そんなわけないでしょう? ジャンプしたら間に合ったのよ」

 

「ジャンプって……」

 

 このように言っておけば駅のホームから急いで飛び移ったように聞こえるだろうか。

 

「キングズ・クロス駅行きのバスが渋滞で遅れてね。ギリギリだったのよ」

 

 私は改めてコンパートメント内にいる人間を見る。

 今話していたハーマイオニーの他にルームメイトのパチル、そして見かけない赤毛でそばかすの少女が一人。

 この少女は見たことがある。

 確かロンの妹だ。

 

「貴方は……確かジニーだったかしら。ロンの妹よね」

 

「ええ、ジニー・ウィーズリーよ。兄がお世話になっています」

 

 日記帳に何かを書きながらジニーはぺこりと頭を下げた。

 

「さっきまではジニーと貴方の話をしていたのよ。グリフィンドールにホグワーツきっての秀才がいるって」

 

 ハーマイオニーが付け足すように言った。

 

「それを言うなら貴方かパーシーじゃないの? あと話に聞いたトム・リドルさんとか」

 

 私はパチュリー様が良くたとえに出していたトム・リドルという生徒の名前を口に出す。

 ハーマイオニーは誰それ? と言った表情をしていたが、ジニーは途端に焦ったような表情になった。

 

「どうしたの? 今頃になってロンのことが心配になってきた?」

 

 私はその表情のわけを聞こうとジニーに話しかける。

 ジニーは何でもないと大げさにジャスチャーをすると、急いで日記帳を鞄にしまった。

 ……あれは何かを隠している。

 そしてその隠し事はトム・リドルという生徒に関することだろう。

 私は懐中時計を握りしめ、時間を停止させる。

 そしてジニーがしまった日記帳を取り出すと、表紙を開いた。

 日記帳には何も書かれてはいなかった。

 いや、それはおかしい。

 先ほどジニーは確かにこの日記帳に何かを書きこんでいた。

 私はページをめくるが、どこのページも白紙だ。

 いや、初めのページにうっすらと「T・M・リドル」とサインがしてある。

 

「なるほど、トム・リドルの日記というわけね」

 

 ジニーが焦った理由に納得がいった。

 だが何も書いていないのには納得いかない。

 私はページの角のところに万年筆でインクを落とす。

 紙の素材が特殊なのだろうか。

 私の落としたインクは紙に染み込むように消えていった。

 

「へえ、日記帳に魔法が掛かっているとか?」

 

 私はつぅと万年筆で一本線を書いてみるが、それも先ほどのインクと同様に紙に染み込まれていった。

 まるで日記帳が紙の上の情報を読み取っているように。

 私は何かを思いつくと、紙の上で万年筆を滑らせた。

 

『貴方は誰?』

 

 一瞬アホらしい考えだと思ったが、私の予想は間違ってはいなかったらしい。

 私が書いた文字も消えるように染み込んでいき、違う文字が浮き上がってきた。

 

『僕はトム・マールヴォロ・リドル(Tom Marvolo Riddle)です。貴方は誰ですか?』

 

 ジニーが夢中で何かを書きこんでいた理由が分かった。

 それは返事をする日記帳なのだろう。

 私には分からない感覚だが、年頃の女の子ならこんなものだろう。

 私は消えゆくトム・リドルの名前を見つめる。

 よくパチュリー様との勉強会で上がった名前だ。

 名前が上がるというよりかは、「マーリンの髭」と同じような使われ方で「あのリドルでも」みたいなニュアンスだったが。

 私は文字が消える寸前に次のことを書き込む。

 

『私は十六夜咲夜よ』

 

 私はトム・マールヴォロ・リドル(Tom Marvolo Riddle)という名前をじっと見つめる。

 その時、ふとインスピレーションのようなものが浮かび、そして少し前から浮かんでいたモヤモヤが一気に晴れたような気付きを得た。

 私はその妄想にも似た思いつきを確かなものにするために、半ばカマかけのような形で日記帳に書き込む。

 

『貴方のことは知っていたけど、本名はトム・マールヴォロ・リドルっていうのね。並び変えたら『I am Lord Voldemort』(私はヴォルデモート卿だ)になるのだけれど、貴方はヴォルデモート卿なの?』

 

 ただの秀才にしては、パチュリー様の例え話にあまりにもよくトム・リドルの名前が出てくる。

 もしトム・リドルがただの秀才ではなく、ヴォルデモートなのだとしたらパチュリー様が話に出すのにも納得がいくというものだ。

 意外と図星だったのか、日記帳からの返事はない。

 私は少し考え、もう一文付け足した。

 

『大丈夫、別に私は貴方が何者であっても興味はないし、誰かに言いふらしたりもしないわ』

 

 こんなところで日記帳が発見されたとなったらヴォルデモートとしては赤面せざるを得ない事態だろうが、私にはあまり関係がない。

 

『ヴォルデモート卿とは、僕が学生時代から使用していた名前です。僕はトム・リドルという有り触れた名前が嫌いでした。咲夜、君はこの日記帳をどうするつもりですか? 火にくべて燃やしますか?』

 

『人の話を聞かない人は嫌いよ。私は貴方のことを言わずにジニーに日記帳を返すし、このことを学校の先生方に報告することもしないわ』

 

『それは何故です? ヴォルデモートという存在を知らないわけではないでしょう』

 

 トム・リドルは私の答えに関して疑問を持っているようだった。

 私は自分の考えを書き殴っていく。

 

『私はヴォルデモートという存在がどのような人物で、何をしようとしていたかは知っている。でも彼について知っていることはそれぐらいで、人柄や思想までは分からないわ。興味があるの。闇の帝王と言われたその人物がどのような考え方を持っているのか、どのような過去を持っているのか』

 

 何かを考えているのかトム・リドルの反応が返ってくるのに時間がかかる。

 やがて結論を出したかのようにゆっくりと文字が浮き上がってきた。

 

『私にはその言葉を信用する以外の選択肢がないようです。またゆっくりと話す機会を設けましょう。その時までこの日記帳のことはご内密にお願いします』

 

 そして日記帳はパタンとひとりでに閉じた。

 もう話すことはないということなのだろう。

 私は日記帳をジニーの荷物の中に仕舞い込む。

 そもそも何故ジニーがヴォルデモートの日記帳などという恥ずかしいものを持っているのか。

 どこで入手したもので、この日記帳に関してどう思っているのだろうか。

 まあジニーのあの夢中な様子を見る限り、ポケットに入る楽しいお友達程度の認識しかなさそうだが。

 私は動かした全ての物の位置を微調整すると自らも先ほどと同じ体勢を取る。

 一センチでもズレると違和感が残ってしまうのだ。

 私は細かく姿勢を修正し、最後は視線さえにも気を配り、時間停止を解除した。

 

「トム・リドルさん? 誰それ?」

 

 動き出したハーマイオニーが先ほどの会話の続きを話し出す。

 

「昔ホグワーツにいた秀才らしいわ」

 

「そんなに凄い人なら今でも有名だと思うんだけど……やっぱりそういう人って魔法省とかで働いているのかしら」

 

 ハーマイオニーはそう呟くが、あながちそれは間違ってはいない。

 魔法界でヴォルデモートの存在を知らない人間はいないだろう。

 

「で、でも十六夜さんって学期末に一人で百七十点も点数を稼いだって兄が言っていたわ。それに試験の成績も学年トップだったって」

 

 ジニーが話題を変えようと私の話を持ち出す。

 

「運が良かっただけよ。試験だけは実力だと答えておくわ。じゃないとハーマイオニーが可哀想だし」

 

「あー……、そうね。私も頑張らないと。でも貴方が勉強しているところ殆ど見てないと思うんだけど、なにか秘訣があるの?」

 

 ハーマイオニーが不思議だと言うように私に聞いてくる。

 確かに私はハーマイオニーの前では殆ど勉強をしていない。

 努力することは素晴らしいことだと思うが、それを人に見せるというのは優雅ではない。

 私は勉強をする時、決まって時間を止める。

 長時間時間を止めて勉強する場合、食事前というのがいつものパターンだった。

 時間を止めている間もお腹は空くし、疲れもする。

 紅魔館では食料に困ることはなかったが、ホグワーツではそうもいかない。

 魔法で食料を出せればよいのだろうが、生憎魔法で食べるものを作り出すことは理論上不可能だった。

 まあでもハーマイオニーに「時間を止めて好きなだけ勉強している」とは言えないが。

 

「ハーマイオニーは授業を真面目に聞きすぎなのよ。授業に集中するのは勿論良いことだと思うけど、所詮一人の教師が一度に教えられる情報量には限界があるわ。基礎の理論さえ理解できていれば本を読むだけで十分勉強になるでしょ?」

 

「咲夜は授業中に授業とは全く違う勉強をしているの?」

 

 今度はジニーが聞いてくる。

 まあしているわけじゃないのだが、そう見えるように答えた。

 

「いえ、それも違うわ。授業で教えているのは基礎。特に1年生の授業なんてね。だったら自主的にその基礎を元にした上級魔法を勉強すればいいのよ」

 

 ジニーは納得するように相槌を打つ。

 

「でも貴方が授業中に読んでるの大体が物語じゃない。参考書や学術書じゃないわ」

 

 ハーマイオニーが私が読んでいた本のタイトルを思い出すように言った。

 

「そうだったかしら。そういえば、今年新しく購入した教科書、一通り読んだけど教科書らしくはなかったわ。たしか――」

 

「ギルデロイ・ロックハート! 彼の本ね!」

 

 私が名前を言う前にハーマイオニーが興奮したように言った。

 

「彼って本当に素晴らしいわ。彼の凄いところはやっぱり勇気と発想力ね。どんな難題にぶつかっても優雅に、そして素晴らしい策を用いて解決していくの! それに、今年彼がホグワーツに来るのよ! 彼の授業とっても楽しみだわ……」

 

 ハーマイオニーはその後もロックハートについて自分の思っていることを長々と話し始めた。

 もうすっかりハリーとロンのことは頭にないといった感じだ。

 私はハーマイオニーの話を1年生の時の最初の列車の中でもこんな感じだったなと思いながら話半分に聞く。

 ハリーたちは無事に学校にたどり着くことができるだろうか。

 私を乗せたホグワーツ特急は今年も変わらず線路の上を進んでいった。

 

 

 

 

 ホグワーツに着くと去年と同じように新入生の組み分けがあり、それが終わると歓迎会になった。

 私は適当に料理を皿に取り食べるが、どれも普通に美味しい。

 ホグワーツの料理は誰が作っているのだろうか。

 私はその人物を見たことはないが、腕が確かなのは間違いないだろう。

 

「十六夜咲夜。少し良いですか?」

 

 いきなり後ろから話しかけられたので私はフォークを咥えたまま振り返ってしまう。

 振り返った後ではしたないと思い急いでフォークを皿に戻した。

 声を掛けてきたのはマクゴナガル先生だ。

 

「なんでしょうか、マクゴナガル先生」

 

 私はナプキンで口を拭いた後に答える。

 マクゴナガル先生の顔は少々強張ったような表情をしていた。

 

「少し聞きたいことがあります。一緒にきてください」

 

 丁寧な言い方だが命令形だ。

 つまり私に拒否権はないということだろう。

 心配そうにこちらを見つめるハーマイオニーに軽く手で大丈夫だと合図を送ると、私はマクゴナガル先生のあとについていった。

 連れてこられた場所は地下牢にあるスネイプ先生の研究室だ。

 マクゴナガル先生のあとに続いて中に入るとハリーとロンが申し訳なさそうな顔をしている。

 大方車で学校に来たことがバレて説教をもらっているところなのだろう。

 部屋の中には他にスネイプ先生やダンブルドア先生の姿も見えた。

 あの2人の申し訳なさそうな顔を見る限り、2人のうちどちらかが私のことを漏らしてしまったのだと予想を立てる。

 

「ここにいる2人は空を飛ぶ自動車で校庭にある暴れ柳に突っ込んだのですが、ウィーズリーがぽろりと貴方の名前を溢したのです。貴方もあの車に乗っていたのですか?」

 

 マクゴナガル先生が私に聞いた。

 できれば乗っていないと答えたい。

 だが2人が私の名前を漏らしたあと口を噤んでいたという保証もないのだ。

 下手に嘘をつくと矛盾を生むことになりかねない。

 

「はい、9と4分の3番線に入る鉄柵が通れませんでしたので」

 

「他の方法は思いつかなかったのですか?」

 

 マクゴナガル先生は冷たく私に言った。

 

「勿論思いつきましたわ。箒で飛んでいく、ハリーのふくろうで助けを呼ぶ、ダイアゴン横丁まで行きホグズミード村まで煙突飛行するなどですかね。ですがロンが車を出してくれると言うので便乗してきたのです」

 

 マクゴナガル先生は呆れたように頭を押さえると、何かに気が付いたかのように私の方に視線を戻した。

 

「それで、何故そこの2人は車で暴れ柳にぶつかって、貴方は汽車から降りてきたのです?」

 

 それはもっともな疑問だろう。

 

「飛び降りたんです。車で空を飛んでいるときにホグワーツ特急が見えたので」

 

 その言葉を聞いてマクゴナガル先生は驚愕に目を見開き、スネイプ先生は私の体を上から下まで観察した。

 どうやら怪我をしていないか確認しているような感じだ。

 

「そ、それは本当ですか?」

 

「本当です。一瞬落っこちたのかと思いました」

 

 マクゴナガル先生の問いにロンが答える。

 

「なんて馬鹿なことを……」

 

 マクゴナガル先生の言葉が続かない。

 言葉が出てこないといった表情だった。

 マクゴナガル先生に代わってダンブルドア先生が口を開く。

 

「それは余りにも危険な行為じゃ。命を投げ捨てておるのにも等しい。それとも、十六夜咲夜よ。君には絶対に成功するという確証があったのかな?」

 

 流石、ダンブルドア先生は鋭かった。

 能力に関してはまだバレてはいないだろうが、何かしらの力を持っていることには気が付いているだろう。

 

「勿論です。この命は私の所有物ではありませんので、命を捨てるような真似は自分の判断では出来ません。そろそろ歓迎会に戻ってもよいでしょうか?」

 

 その言葉にハリーとロンの目が輝く。

 お腹が空いているのだろうか。

 

「それはならん。ならんと言いたい。じゃが咲夜、君は暴れ柳にはぶつかっておらんし、ホグワーツに到着する前のことで罰則を与えることも叱ることも出来ん。だからこれはわしからの忠告じゃ。あまり他人の心配するようなことをやるべきではない」

 

 ダンブルドア先生はそういうと私に退室の許可をくれた。

 ハリーとロンの表情は先ほどとは違い青ざめている。

 私には罰則を与えられない、ということは自分たちにはあることを理解したからだろう。

 私はぺこりと頭を下げると来た道を帰っていく。

 そして先ほどまでいた席に座り夕食を再開した。

 

「なにを聞かれたの?」

 

 ハーマイオニーが心配したと言わんばかりに聞いてくる。

 

「スカイダイビングのコツ」

 

 私は茶化して答えた。

 

 

 

 

 翌日の午後の授業は闇の魔術に対する防衛術だった。

 ハーマイオニーは楽しみで仕方がないといった雰囲気で教科書の1つである『バンパイアとバッチリ船旅』を読んでいる。

 この本を読んで私は思ったのだが、どうも魔法界では吸血鬼という存在はあまり恐れられているようなものではないらしい。

 去年、闇の魔術に対する防衛術の教師だったクィレル先生が余りにも吸血鬼を恐れていたので、あれが普通だと思っていたのだが。

 そして驚くことに新しく購入した教科書8冊のうち7冊が闇の魔術に対する防衛術の教科書だった。

 私の鞄だとかさばるということはないが、他の生徒は大変そうだ。

 例えとして挙げるならば、真っすぐ積み上げて机に置くと黒板が見えないほどである。

 ロックハート先生は全員が着席するのを見ると、一度大きく咳払いし視線を集める。

 そしてネビルのほうへと歩いていきロックハート先生が大きく表紙に載っているものを取り上げ高々を掲げた。

 

「私だ」

 

 ロックハート先生は本の表紙と同じようにウインクをする。

 

「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の魔術に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。もっとも私はそんな話をするつもりではありませんよ。バントンの泣き妖怪バンシーをスマイルだけで追い払ったわけじゃありませんしね!」

 

 今のはギャグなのだろうか。

 ロックハート先生はみんなが笑うのを待っていたようだったが、数人が曖昧に笑っただけだった。

 

「全員が私の本を全巻揃えたようだね。たいへんよろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。ですが心配ご無用! 君たちが私の本をどれぐらい読んでいるか、そしてどのぐらい覚えているかをチェックするだけですからね」

 

 ロックハート先生はニコリと笑うとテスト用紙を配り始める。

 私はそのテスト用紙に目を落とすが、ロックハート先生がテスト用紙を配り間違えたものだと思った。

 テストの殆どが闇の魔術に対する防衛術とは全く関係なく、ロックハート先生自身の問題だからだ。

 全部で54問。

 制限時間は30分。

 これは真面目に答えを書いた方がよいのだろうか。

 私は最後の5分になった時点で時間を止め、ハーマイオニーの答案用紙をひったくると答えを写していく。

 完全にカンニングだが、まあこのテストではいいだろう。

 私はハーマイオニーの答案用紙を元に戻すと何食わぬ顔で時間停止を解除する。

 ロックハート先生は答案を回収するとクラス全員の前でペラペラとめくった。

 

「おやおや、私の好きな色がライラック色だということを殆ど誰も覚えていないようですね。それと『狼男との大いなる山歩き』の第12章ではっきり書いているように、私の誕生日の理想的なプレゼントは魔法界と非魔法界のハーモニーです。もっとも、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの大瓶でもお断りはしませんよ!」

 

 ロックハート先生はバチコンとウインクをする。

 クラスの男子の何人かは付き合ってられないといった顔で頭を抱えていた。

 逆にハーマイオニーはうっとりとした顔でロックハート先生の言葉を聞いている。

 

「そしてハーマイオニー・グレンジャーと咲夜・十六夜は満点です! よく私の本を読み込んでいるようですね。ミス・グレンジャーとミス・十六夜は何処にいますか?」

 

 ハーマイオニーは素早く、だが震えるように手を挙げる。

 私も自分の位置を教えるように軽く手を挙げた。

 

「すばらしい!」

 

 ロックハート先生が賞賛を送る。

 

「まったく素晴らしい! グリフィンドールに20点あげましょう。各10点ずつです」

 

 ロックハート先生はひとしきり私たちを褒めると授業に入った。

 それにしても驚いたのはハーマイオニーが満点だった点だろう。

 本当に彼の本が大好きということだろうか。

 

「さあ、気を付けて!」

 

 ロックハート先生は机の後ろから布のかかった大きな籠を取り出す。

 

「魔法界の中で最も穢れた生物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです! この教室で君たちは、これまで以上に恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいるかぎり、何物も君たちに危害を加えることはないと思いたまえ。落ち着いているよう、それだけはお願いしておきましょう」

 

 ロックハート先生は籠にかかっている布を取り払った。

 

「さあ、どうだ。捕らえたばかりのピクシー妖精です!」

 

 籠の中に入っている群青色をした小さな妖精は、尖った顔つきをしており可愛いとは言いがたい。

 籠の中身を見て生徒の1人が噴き出した。

 大げさなことを言いながら、出したのが小さい妖精かよ。

 そう言いたげな様子で噴き出した生徒がロックハート先生に質問を飛ばす。

 

「あの、こいつらがそんなに危険なんですか?」

 

 その生徒は笑いを堪えるのに必死だという表情をしていた。

 

「思い込みはいけません! 連中は厄介な小悪魔になり得ますぞ」

 

 ロックハート先生が籠の扉に手を掛ける。

 

「さあ、それでは……君たちがピクシーをどう対処するかやってみましょう!」

 

 何を考えたのかロックハート先生は突然籠の扉を開け放った。

 次の瞬間、ロケットのようにピクシー妖精が教室中に飛び立つ。

 先生はどう対処するかと言っていた。

 ということは好きに対処していいということだろう。

 私は時間を止めてピクシー妖精の全部の位置を確認する。

 そして時間停止を解除し、空間操作で何十本と隠し持っている投げナイフをピクシー妖精目掛けて一気に投擲した。

 精度を維持しながら投げられる最大数は3本。

 それを両手で投げているので一度に6本のナイフが空間を切り裂きピクシー妖精に突き刺さる。

 そして5秒もしないうちに全てのピクシー妖精が地面に墜落し、息絶えた。

 

「ふう」

 

 私は一息つくと改めて周囲を見回す。

 撃ち落としがいないか確認する為だったのだが、全員が驚愕したかのような顔をしてこちらを向いているのしか目に入らなかった。

 私はピクシー妖精に突き刺さっているナイフを回収しながらロックハート先生に言う。

 

「対処いたしました。ピクシー妖精の死骸はいかがいたしましょう」

 

 ロックハート先生はハッと我に返るといつもの調子で笑おうとしたが、顔が引きつっていた。

 

「お、おみごとですミス・十六夜。グリフィンドールにもう20点あげましょう。死骸は私が片付けておきますから皆さんは荷物を纏めなさい。そろそろ終業の時間だ」

 

 私はその言葉を聞いて懐中時計を取り出し時間を確認する。

 確かにそろそろ授業が終わる時間だ。

 私は荷物を纏め始めるが、全員が固まったかのように私を見ていた。

 

「みんなここに住み着く気なの? 私は談話室に戻ろうと思うけど……」

 

 私のその言葉でようやく教室内の時間が動き出す。

 みんなが慌てたように教科書を仕舞いピクシー妖精の死骸を踏まないように気を付けながら教室を出ていく。

 私もそれに続き外に出た。

 教室を出る瞬間ロックハート先生が「次の授業どうしよう……」と呟いていたが無視することにする。

 

「咲夜、あれはどうやったんだい!? 一瞬でピクシー妖精があの……なんだ」

 

 ロンが話しかけてくるが言葉が出ないようだ。

 私は袖から1本のナイフを取り出すとロンに渡す。

 そのナイフを不思議な物でも見るかのようにハリーとロン、そしてハーマイオニーが眺めた。

 

「別に何処にでもあるナイフよ。私はそれを投げただけ。昔から得意なのよ。こういう芸が」

 

 私は袖からもう2本ナイフを取り出すと、左手の指だけでジャグリングをした。

 そして2本同時に刃の部分を指の間で挟みキャッチする。

 その曲芸をみて3人はサーカスでも見るように手を叩いた。

 

「すごい! 僕こういうの初めてみたよ!」

 

 ハリーが興奮したようにロンからナイフを受け取りそれをマジマジと観察する。

 何かタネがないか探しているのかと思ったが、純粋にナイフの側面に彫ってある彫刻を眺めていただけだった。

 

「扱いには気を付けてね。切れ味は教室で見せた通りよ」

 

 私がそういうとハリーの手つきが急に慎重になる。

 そしておずおずと私にナイフを返してきた。

 

「でも咲夜、さっきのはやりすぎよ! それに、闇の魔術に対する防衛術の授業なのだから呪文を使うべきだわ!」

 

 今思い出したかのようにハーマイオニーが私に食って掛かる。

 

「私なら縛り術をかけて大人しくさせるわ」

 

「そう、貴方は被害が出る前に全てのピクシー妖精に縛り術を掛けることができるのね。今度その秘訣を教えてもらいたいものだわ」

 

 皮肉交じりにそういうと、ハーマイオニーの顔に向けて真っすぐナイフを突きつけた。

 

「どんなに綺麗な方法でも、被害が出てしまったら意味がないわ。素早くスマートに全ての息の根を止める。対処とはそういうものよ。それに――」

 

 私は一旦そこで言葉を切り、軽く微笑んだ。

 

「ロックハート先生は褒めてくださいましたわ。つまりはそういうこと」

 

 私がロックハート先生の名前を出すと、ハーマイオニーは何故か納得したように「そうね!」と私の意見を肯定した。

 この子大丈夫だろうか。

 ハリーとロンもやれやれと言った顔で肩を竦めている。

 私はナイフを袖に隠し直すと、興奮したようにロックハート先生の話をしだすハーマイオニーに、適当な相槌をうちながら談話室へと戻った。

 

 

 

 9月ももうすぐ終わるという頃、私宛てにふくろう便が届いた。

 私は一瞬紅魔館からの手紙だと思ったが、紅魔館にはふくろうはいない。

 手紙が来るとしたらお嬢様のコウモリか、パチュリー様が手紙本体を飛ばしてくるだろう。

 私は一応誰にも見えないように気をつけて手紙を開き、読んだ。

 

『今日の深夜1時。誰もいなくなった談話室で』

 

 手紙にはその1文しか書かれていないが、私はこれを送ってきた人物が誰だか大体わかった。

 私はその手紙をその場で焼却し、塵へと変える。

 そして何食わぬ顔で学校の生活へと戻った。

 

 

 

 その日の夜、私は談話室で本を読みながら指定の時間になるのを待っていた。

 深夜1時、殆どの生徒がベッドにつく時間だろう。

 それでも談話室を離れない生徒というものはいるものだ。

 私はバレないように軽めの眠りの魔法をかけ、自発的にベッドに入るように促す。

 そのようにして1時には談話室に私以外のグリフィンドール生はいなくなった。

 私は懐中時計を取り出し時間を確認する。

 短針はきっかり1時を指していた。

 

「人払いをしてくれてありがとう」

 

 現れたのはロンの妹のジニーだった。

 女子寮のほうからパジャマのままで降りてくる。

 いや、あれはジニーではない。

 あれは……。

 

「こんばんは。汽車以来ね。で、いいのかしら?」

 

 私はジニーに取り憑いているのであろうトム・リドルに挨拶をした。

 

「ああ、ジニーの身体を少し借りている。無論、無断だけどね」

 

 ジニーの可愛らしい声でリドルが言う。

 話す機会を設けるとはリドルのほうが言ったことだが、まさかこのような形で会話をすることになるとは思わなかった。

 

「それじゃあ、楽しくおしゃべりをしましょう」

 

 私は時間を止めると談話室の机の上にクッキーと紅茶を並べる。

 事前に用意して時間を止め、慎重にしまってあったものだ。

 私はそのまま時間停止を解除する。

 いきなり現れたお茶と茶菓子にリドルは欠片も驚く様子はなく、それらを眺め一言。

 

「これは楽しいお茶会になりそうだ」

 

 そう呟いただけだった。

 私とリドルは机を挟んで向かい合うように座る。

 私がどんな話をしようかと考えていると、リドルのほうから話しかけてきた。

 

「君は、なんというか奇妙だ」

 

 リドルは一度そこで言葉を切る。

 

「そう、ジニーの中から君を観察していたよ。談話室にいる君はいつも本を読んでいたね。本が好きなのかい?」

 

「好きじゃなかったらこうしてあなたと話をしていないわ。ねえトム。この前ハリーが言っていたことなのだけれど……」

 

 私は少し前、ハリーが暴れ柳の件の罰則を受けているときに奇妙な声を聞いたということをリドルに話して聞かせた。

 何故そんな話をしたのか私にも分からなかったが、もしホグワーツで奇妙なことが起こっているのだとしたらそれはリドルのせいであると思ったからだ。

 リドルは何かを悩むように手を顎に当てる。

 そして今更かといった表情で私のほうを見た。

 

「君は不思議な生徒だ。僕の正体を知っているのにそれをジニーに教えない。そして日記帳のことを先生たちに報告しない。実は君は僕の隠れたファンなのかい?」

 

 何かを確認するようにリドルが私に聞いてくる。

 

「それは違うわ。でもそうね。誰かにこのことを言いつけることはしないわね。私の正義はそこにはないもの。ねえトム、貴方はこの学校で何をしようとしているの? 私は貴方に興味があるわ」

 

「僕がそれに答えると?」

 

「あら、ヴォルデモートの恥ずかしい日記をジニーが持ってますって校長にバラしたっていいのよ?」

 

 私が半分ふざけながら脅すように言うと、リドルはやれやれといった表情で肩を竦めた。

 

「言ってることがしっちゃかめっちゃかだけど、僕に拒否権はないってことかな。ふむ、この紅茶美味しいね。君が淹れたのかい?」

 

「そうよ」

 

 リドルはそれを聞くともう一度紅茶に口をつけ、そしてソーサーに戻す。

 そして紅茶の余韻を楽しむと、ゆっくりと口を開いた。

 

「僕はね、秘密の部屋を再び開こうと思うんだ」

 

 その言葉を聞いて、私は息を呑んだ。

 お嬢様が言っていた事を思い出したのだ。

 「秘密の部屋が開かれる」と。

 

「サラザール・スリザリンがホグワーツを去る時に残したとされる部屋でね。スリザリンの真の継承者のみが秘密の部屋の封印を解くことが出来る。そして、僕は50年前に1度秘密の部屋の封印を解いた。そう、僕こそがスリザリンの、彼の継承者なんだ。秘密の部屋には僕にしか操れない怪物が封印されている。だが今年、再び秘密の部屋は開かれた。スリザリンの怪物は僕の指示でホグワーツの純血でない生徒を追放するだろう」

 

「面白そうなことを考えるわね」

 

 私の同意にリドルは満足そうに頷く。

 

「優れているものだけが教育を受け、穢れた血は排除されるべきだ。それがサラザール・スリザリンの意思であり、僕の願いでもある」

 

 リドルはクッキーを1つ手に取ると、軽く投げて口の中に入れた。

 

「ふむ、これも美味しいね。それでだ。多分これから被害に遭う生徒や最悪死ぬ生徒とかも出てくると思うけど、まあ気にしないでくれ」

 

 クッキーの味に満足したのか、リドルはやたらフレンドリーに私に言った。

 

「生徒が何人死のうが知ったことではないわ。でもまあ……そうね。その怪物とやらを私にけしかけなければ自由にやっていいわよ」

 

 私は空になったリドルのティーカップに紅茶を注ぐ。

 

「ありがとう。是非ともけしかけて君を消したいところだけど、この調子だと本当に秘密にしていてくれそうだからね。理由を聞かせてもらってもいいかな?」

 

 それは私が何故日記のことを誰にも話さないかということだろうか。

 

「さっきから言っているように、私は貴方に興味があるのよ。日記として生きているということは既に人間ではないのでしょう? それに虐殺の限りを尽くしたヴォルデモート卿には親近感が湧くしね。まあこの話はこのぐらいにしておきましょうか。紅茶と茶菓子はまだあるわ。貴方が学生だった頃の話を聞かせて下さいな。50年前に秘密の部屋が開かれた時の話にも興味があるし」

 

 私はクッキーを摘みながらリドルとの会話を続ける。

 結局この日はリドルと一晩中語り合った。

 結果私が理解したことは、リドルは私と非常に気が合うということだろうか。

 リドルはジニーを使い秘密の部屋にいる化け物を解放したと言っていた。

 怪物はバジリスクという巨大な蛇だという話だ。

 

「本当は在学中にスリザリンの崇高な仕事を成し遂げたかったんだ。だけどそれはあまりにも危険だと僕は判断した」

 

「それは正しい判断だと思うわ。もしそこで再び秘密の部屋を開けていたら睨みを利かせていたダンブルドア校長……この頃は変身術の先生だったかしら? に見つかってハグリッドじゃなく貴方が退学になっていたわよ」

 

「ああ、僕もそうなると思ったんだ。だからこの日記帳に16歳の自分を保存しようと決意した。いつか誰かに僕の足跡を追わせる為に。もっとも、自分自身で開けることになるとは思わなかったけどね。

 

「なるほどね。貴方は16の時には既に記憶をそのまま本に記録するような高度な魔法が使えたのね。感心するわ」

 

 私はちらりと懐中時計を見た。

 もうそろそろ誰かが起きてきても不思議ではない時間だ。

 リドルもそれに気が付いたのかソファーから立ち上がる。

 

「僕としたことが、久しぶりに本音で話したせいか時間を忘れてしまっていたようだね。君のような生徒に出会えてよかった」

 

「私も、貴方と会話出来て楽しかったわ。また機会があったらこうしてお茶会でもしましょう」

 

 私は机の上に出していたティーセットを片付けていく。

 リドルは女子寮の方へと上がっていった。

 私はリドルの姿が見えなくなるとソファーにどっと倒れ込み、時間を停止させる。

 そして大きなあくびをすると襲い掛かってくる睡魔に抗うことなく眠りの中へと落ちていった。




用語解説


好き放題やりなさい
この言葉通り、今回から咲夜ちゃんが暴れだします。

列車に飛び移る咲夜
ちなみに列車までの距離は余裕で数百メートルあるので飛行が出来ないと屋根にぶつかった瞬間赤い染みになります。

トム・リドルの日記
物語の重要なアイテムをことごとく序盤で発見する咲夜

アナグラム
今まで咲夜はパチュリーからトム・リドルという名前しか聞いていなかったので気が付かなかったが、全ての文字が並ぶと流石に気が付く。

お咎め無しの咲夜
列車へのダイブはホグワーツに来る前のことなので罰則を与えることが出来ない。
ハリーたちは暴れ柳に直接的な被害を与えている為罰則を受ける羽目に

投げナイフ
時間を止めて回収することも考えたがお嬢様の「目立ちなさい」という言葉を思い出し派手に解決させる。

トム・リドルとの対話
ここで咲夜はトム・リドルが何をやろうとしているかを聞く。
そして純粋に面白そうだと興味を持ち、退屈しのぎといい土産話になるだろうとリドルを泳がせることにする。

睡魔との闘い
実は眠かった咲夜ちゃん。お茶会が終わったらそのまま就寝。


追記 文章を修正しました。

h30.8.4 加筆修正

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