10月末、バジリスクに襲われた最初の被害者が出た。
私が騒ぎを聞きつけたとき何処かの混血かマグル生まれの生徒が殺されたものだと予想を立てたのだが、拍子抜けすることに最初の被害者は管理人フィルチのペットであり相棒でもあるミセス・ノリス……猫だった。
私はハロウィーンのパーティー終わりに廊下の一角がざわついているのを発見すると、楽しみにしていたテレビ番組が始まった時のような浮かれ気分でその場に向かったのだが、この結果には少しがっかりだ。
廊下の壁にはリドルのものと思われる予告文と、死んで動かなくなっていると思われるミセス・ノリスが吊るされている。
『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ』
壁にはそのように血のような赤いペンキで書かれている。
警告するということはリドル自身純血以外を皆殺しにする気はないのかも知れない。
私はC級ホラー映画のような惨状を期待していただけに、少し肩を落とした。
「わたしの猫だ! わたしの猫だ! ミセス・ノリスに何が起こったというんだ!?」
フィルチが大声で騒ぎ、何故かその場に居合わせたハリーたちのせいにしようとするが、ハリーたちが弁明する前にダンブルドア先生と他数人の教師陣がハリーたち3人を連れていってしまった。
私は急いでその後を追う。
ダンブルドア先生はロックハート先生の提案によってロックハート先生の部屋へと入る。
私も何食わぬ顔でその後ろに続きロックハート先生の部屋に入った。
初めて入る部屋だが、ロックハート先生の部屋を一言で表すとしたら、自己主張の激しい部屋だ。
ロックハート先生の写真が何枚も額に入れられて飾られており、そのどれもがドヤ顔をしている。
まあでも別にそれが悪いわけではないだろう。
自信過剰になるのは少々危険なことだが、何事も成功すると思い取り組んだ方がモチベーションは上がる。
ダンブルドア先生はミセス・ノリスを机の上に置くと、優しい手つきで調べ始めた。
そして他の教師陣もそれに加わりあれやこれやと議論をし始める。
ロックハート先生も自らの持論を述べていたが、的外れな意見だったのでそれに反応したのは既に泣きが入っているフィルチさんだけだ。
フィルチさんは手で顔を覆ったまま机の脇に置いてあった椅子にがっくりと座り込むと、しくしくと泣き出してしまう。
その様子をハリーが同情するような目で見ていた。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
「死んでない?」
ダンブルドア先生の判断に耳を疑ったのかフィルチさんは顔を上げる。
「それじゃ……どうしてこんなに固まって、冷たくなって……」
「石になっただけじゃ。ただし、どうしてそうなったのか……わしには答えられん」
ダンブルドア先生が優しい声でフィルチさんにそう説明する。
フィルチさんはハリーたちのせいだと思っているようだったが、その意見もダンブルドア先生の「2年生がこんなことを出来るはずがない」という意見に否定された。
それを聞いてもフィルチさんはハリーたちがやったものだと言い続ける。
そしてフィルチさんはついに自分がスクイブだということを理由にあげ、それを知っているのはハリーだけだと証言した。
スクイブとは、魔法使いの子供に生まれたが魔法が使えない者のことを指す言葉だ。
フィルチさんがスクイブではないかという噂は耳にしたことがあるが、本人の口から語られたということは本当なのだろう。
その後もハリーたちは自分たちが絶命日パーティーにいたことなどをアリバイにあげ、反論する。
だが事件が起こった現場とパーティー会場の位置関係や行動の謎をスネイプ先生に指摘され、ハリーたちは徐々に追い詰められていった。
だが最終的にハリーたちはその場にいただけということになった。
このことについてスネイプ先生とフィルチさんは納得いかなかったようだが、ダンブルドア先生がミセス・ノリスを治す薬が作れる環境にあると説明すると取り敢えずフィルチさんは納得したようだった。
「さて、と。それでどうして咲夜、君がここにいるのかね?」
話が一段落ついたところでダンブルドア先生がこちらを見る。
それに釣られて全員が私の方を見た。
まあ同じ部屋に堂々といたのだから指摘されないほうがおかしいだろう。
「別におかしなことではありませんわ。関係ないハリーたちがこの部屋にいるんです。だとしたら関係ない私がここにいてもおかしくはないですよね」
私はダンブルドア先生の意見を利用して反論した。
ダンブルドア先生は自分がハリーたちに下した意見を利用されたとわかったうえで、一本取られたとばかりに「帰ってよろしい」とハリーたちと共に部屋から出す。
部屋の外でハリーたちと私の間に沈黙が流れるが、ハリーたちは急ぎ足で上の階へと歩いていってしまった。
私も夜ももう遅いのでそのまま談話室へと戻ることにした。
それから数日はミセス・ノリスの話で学校中がもちきりだった。
色々な憶測が飛び交い、中にはハリーたちが犯人という噂もあった。
まあ大方スリザリンの生徒が流したものだろう。
そして何よりも笑えたのがジニー・ウィーズリーだ。
ロンの話ではジニーは大の猫好きの人間らしく、ミセス・ノリス事件で酷くショックを受けたらしい。
だがミセス・ノリスをあのように固めて吊るしたのは、十中八九リドルに操られたジニーだろう。
真実を知った時ジニーはどのような顔を浮かべるのか、今から少し楽しみではあるが、真相が明かされる前にリドルに魂を全て食い尽くされて死ぬかも知れない。
そしてそれに関連して学校で一時的な読書ブームが沸き起こった。
いや、この言い方には語弊があるかもしれない。
正確には『ホグワーツの歴史』という分厚い本が図書室から全て消え失せ、予約も2週間先までは一杯の状態らしい。
なんでも秘密の部屋に関する記述があるとかないとかで、いち早く情報を仕入れようとしている生徒に大人気なのだとか。
私の近くではハーマイオニーがその生徒の中の1人だった。
ミセス・ノリスの一件以降、ハーマイオニーは必死に秘密の部屋に関しての情報を探している。
そしてついに魔法史の授業中、ハーマイオニーがビンズ先生に質問を飛ばした。
ビンズ先生は自分の講義の途中で質問が飛んできたのは初めてのことだったのか、驚いたようにハーマイオニーを見つめている。
「先生、秘密の部屋について何か教えていただけませんか?」
その瞬間睡魔に襲われていた生徒たちが一斉に意識を覚醒させた。
口をぽかんと開き窓の方を見ていた男子生徒は頬杖をついていた手を滑らせ机に勢いよく頭をぶつける。
両腕を枕替わりにしていたラベンダー・ブラウンは頭を持ち上げ、ネビルは机から落ちそうになる。
「あー……私が教えとるのは魔法史です。事実を教えとるのであり、神話や伝説ではないのです」
そういってビンズ先生は授業を再開させようとするが、ハーマイオニーの手が下がることはなかった。
「お願いです。伝説というのは必ず事実に基づいているのではありませんか?」
ビンズ先生はその意見すらも否定しようとするが、教室中を見回し考えを改める。
なにせいつも死屍累々、殆どの生徒がビンズ先生の存在すら意識せずに各々が睡魔と格闘しているのだが、この時ばかりは全員がビンズ先生の言葉に耳を傾けているのだ。
「あー、よろしい。さて……秘密の部屋とは――」
気を良くしたのか先生はいつもの干からびた声で秘密の部屋について話し出す。
秘密の部屋に関する先生の説明は、リドルから聞いたこととあまり内容的には変わらなかった。
もっとも、先生自身もあまり秘密の部屋に関しては詳しくないのか、リドルの説明に比べると曖昧な表現が多かったが。
最終的に先生は秘密の部屋は存在しないという持論を持ち出し、授業に戻っていった。
それから数日経ったある日。
私が図書室で本を読んでいるとハリー御一行がマダム・ピンスと図書室で何やら話し込んでいるのが視界の端に映った。
また何かしでかしたとのかと会話に耳を傾けてみるが、どうもそうではないらしい。
マダム・ピンスはハーマイオニーから1枚の紙きれを受け取ると、禁書の棚の方へと歩いていき、1冊の黴臭そうな本をハーマイオニーに手渡す。
ハーマイオニーはそれを大切そうに鞄に仕舞い込むと、急ぎ足でハリーとロンと共に図書室を出ていった。
つまりはハーマイオニーが先生の何方かから禁書の棚にある本の持ち出しを許可され、持ち出したということだろう。
また秘密の部屋に関する情報探しだろうか。
ロックハート先生のこともそうだが、ハーマイオニーは本当に夢中になり始めると一途だと思った。
そう言えば風の噂で聞いた話なのだが、最近私は一部の生徒の間で『正確無比のキリングマシーン』と呼ばれているらしい。
ピクシー妖精の件が原因だということは分かるが、キリングマシーンとは随分な言われようだ。
……まんざらでもないのが少し悔しいが。
土曜の朝、グリフィンドールとスリザリンのクィディッチの試合があった。
驚くべきことに、ドラコはスリザリンのシーカーになることが出来たらしい。
実力で選ばれたかはこの際置いておくことにして。
グラウンドに入場するスリザリンの選手の箒は、マルフォイ氏が寄贈した箒で統一されていた。
ここからでは箒の刻印は見えないが、横にいるロンがニンバス2001だと教えてくれる。
ハリーの箒がニンバス2000なので、スリザリンの選手全員がグリフィンドールの選手のシーカーよりも良い箒を持っていることになるだろう。
試合が始まると奇妙なことが起こった。
ブラッジャーの1つがハリーを執拗に狙い続けるのだ。
これもロンの話だが、普通ブラッジャーが1人の選手を狙い続けることはないらしい。
ましてやあそこまで正確に狙っていると咲夜のようだと……。
ロンはそこまでいうと何でもないと言わんばかりに口を閉ざす。
1度目のタイムアウトをグリフィンドールが要求し、何かを話し合っている。
大方ブラッジャーをどうするかという話し合いだろう。
ハリーを狙うブラッジャーを打ち返すことはビーターであるウィーズリーの双子からしたら簡単な話である。
だがハリー1人にビーターが付きっ切りだとグリフィンドールの選手が戦いにくいのは当然の話だろう。
結局ハリーは1人で狂ったブラッジャーを避け続けることに決めたようだった。
ブラッジャーを掻い潜りつつもスニッチを探してグラウンド上を徘徊する。
そしてスニッチを見つけたのか手首にブラッジャーを食らいながらもドラコのほうに突っ込みスニッチをキャッチした。
ハリーはそのまま墜落し泥の上をはねる。
そして倒れたままスニッチを担げると、そのまま気を失った。
そして追い打ちをかけるようにロックハート先生がハリーの折れた手首を治そうとして腕の骨を全て消し去ってしまう。
ロックハート先生は「あー、こんなこともある。それに骨はもう折れていない」ようなことを呟くとそのまま隠れるように退散してしまった。
次の日の朝、また1人被害者が出たという情報が私の耳に入ってきた。
被害者が出たと聞いて一瞬ロックハート先生がまた何かやらかしたのかと思ったが、どうやら秘密の部屋関連らしい。
被害者はコリン・クリービー、マグル生まれの生徒だ。
皆はクリービーが襲われたことに驚いていたが、私はクリービーが生きているということに驚きを隠せなかった。
ミセス・ノリスの時もそうだったが、リドルは生徒を殺すつもりがないのだろうか。
同じ週の木曜日、魔法薬の時間に奇妙なことが起こった。
ハリーがゴイルの大鍋に花火を投げ込み、爆発させたのだ。
爆破と共に飛び散ったふくれ薬はクラス中に降り注ぐ。
私はドラコと一緒に薬の調合をしていたので、爆発現場からは相当近い。
反射的に時間を止め、周囲の全員が鍋の爆発に気を取られていることを確認すると使っていない鍋の蓋を手に取り構える。
そして時間停止を解除し飛んできたふくれ薬を器用に受けきった。
だが顔に飛んできたふくれ薬は受けきれたが、数滴が胸に当たってしまう。
私は自分の胸が膨らみ始めるのを見て内心ガッツポーズをとってしまったが、すぐさま恥ずかしくなり鍋の蓋で胸を隠した。
ドラコは顔いっぱいに薬を浴びてしまったようで、鼻が風船のように膨らみ始めている。
私はハリーに抗議の視線を送るが、クラスの他の生徒はハリーの仕業だと気が付いていないようだった。
ハリーはそこまでゴイルのことが憎たらしかったのだろうか。
悪戯をするにはリスクが大きすぎると感じる。
私はスネイプ先生の表情を見るが、見たことないぐらいにカンカンに怒っていた。
スネイプ先生はふくれ薬を浴びてしまった全員にぺしゃんこ薬を配りながら大声を張り上げる。
「この惨事を引き起こした者が誰か分かった暁には、私が間違いなくそやつを退学にさせてやる」
私はスネイプ先生からぺしゃんこ薬を受け取ると、一口で飲み干す。
すると次第に膨らんだ胸が小さくなっていった。
私は落胆の声を漏らす。
隣にいたドラコも落胆の声をあげた。
魔法薬の授業から1週間ほど経ったある日、私は掲示板に張られた1枚の羊皮紙を見つける。
そこには今晩8時に決闘クラブの第1回目があると書かれていた。
魔法使いの決闘はパチュリー様から話には聞いている。
互いに相手に敬意を払い、1礼したあと、呪文を撃ち合う。
それは儀式のようなものなのだという。
ようは西部劇のガンマンが互いに背中を合わせ数歩歩き、撃ち合うようなものだ。
私は興味があったので決闘クラブを見に行くことにした。
戦いとは非情なものだが、決まりがあれば楽しむ余地は出てくる。
私が会場に着く頃には大広間は既に多くの生徒で一杯になっていた。
普段大広間に置いてある長机は全て取り払われている。
舞台の上では今まさにロックハート先生とスネイプ先生が決闘を始めようと向かい合っていた。
「ご覧のように、私たちは作法に従って杖を構えています」
ロックハート先生はシンと静まっている観衆に向けて説明を始めた。
「3つ数えて、最初の術を掛けます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありませんのでご安心を!」
私はその言葉を聞いてちらりとスネイプ先生の顔を見たが、殺意に満ち満ちている。
とても殺す気がないとは思えなかった。
「1、2、3……」
2人が同時に杖を振り上げる。
そしてスネイプ先生が速攻を仕掛けた。
「エクスペリアームス!」
武装解除の呪文がスネイプ先生の杖から放たれ、ロックハート先生が吹き飛ばされる。
達人同士の勝負は一瞬だとよく言うが、この場合そういうことではないだろう。
ロックハート先生は背中をさすりながらも何とか立ち上がり表情を取り繕った
「さあみなさんわかったでしょうね! あれが武装解除の術です。ご覧の通り、私は杖を失い吹き飛ばされました」
その後もロックハート先生は負け惜しみじみたことをスネイプ先生に言っていたが、スネイプ先生がひと睨みしたら口を噤んだ。
そして気を取り前して生徒に声を掛ける。
「模範演技はこれで十分! これから2人ずつペアにします。スネイプ先生、お手伝い願えますか?」
先生たちは実力があっていると判断したペアを作っていく。
スネイプ先生はハリーはドラコと、ロンはフィネガンと、ハーマイオニーはミリセントと組ませた。
ロックハート先生は私のことを過大評価しているのか上級生であるセドリック・ディゴリーというハッフルパフ生と私を組ませる。
その組み合わせにディゴリーは不満をとなえたが、あのロックハート先生だということもあり諦めたようだった。
「あー、そうだね。よろしく、えっと……」
「十六夜咲夜よ。ちなみにファーストネームが咲夜のほうね」
「そうか、咲夜。僕はセドリック・ディゴリーだ。よろしく」
ロックハート先生の強い勧めで私とディゴリーが一番初めに模擬決闘をすることになった。
上級生と下級生という組み合わせに主にグリフィンドールとハッフルパフから不満の声が出るが、ロックハート先生は気にしない。
思い込みの激しい人なのだろう。
「さあ! 杖を構えて。セドリック君、下級生だからって油断をしないように。ミス・十六夜、決闘ですのでナイフは投げないように……」
ロックハート先生のそんな言葉を聞いて、ディゴリーの顔から血の気が引いた。
「まさか、君がピクシー妖精を皆殺しにしたっていう正確無比のキリングマシーンかい? スリザリン生の誰かだと思っていたんだけど……」
「その呼び方ハッフルパフの間で流行ってるの?」
「ああいや、そんなつもりじゃ――」
「では私が3つ数えたら初めてください! 1、2…3!」
私が右手で杖を抜き取る。
その様子にディゴリーも慌てて杖を構えた。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
「プロテゴ、守れ!」
ディゴリーの武装解除の呪文を盾の呪文で弾き飛ばす。
私は左手をポケットに入れるとティースプーンを取り出し高速でディゴリーの杖目掛けて投擲した。
「レダクト! 粉々!」
ディゴリーは咄嗟に私が投げたティースプーンを粉砕する。
周囲ではマジで何か投げたぞ! という歓声が沸き起こった。
「さっきの、よく見ずに砕いたけど……ナイフじゃないよな?」
「大丈夫。茶さじよ」
私は先ほど投げた物と同じティースプーンを放物線を描くようにディゴリーに放り投げる。
ディゴリーは咄嗟にそのティースプーンを目で追うが、拙いと思い直したのか慌てたように視線を上げた。
だがもう遅い。
私は既にディゴリーの杖目掛けて3本目のティースプーンを投擲していた。
ディゴリーは慌ててそのティースプーンを避ける。
だが遅れるように投擲された『4本目』のティースプーンがディゴリーの杖を真上に弾き飛ばした。
ディゴリーは慌てて杖を掴み取ろうと手を伸ばすが3本目に投擲していたティースプーンが壁に当たって跳ね返り、そのまま私の方にディゴリーの杖を弾く。
私は飛んでくるディゴリーの杖をキャッチするとマジシャンが最後にするような大げさなお辞儀をした。
2本目のティースプーンがカランという音を立て床に落ち、唖然としていた観衆の時が動き出す。
拍手喝采が沸き起こった。
これで少しは正確無比のキリングマシーンという少々不名誉な二つ名の印象が薄れるだろう。
ディゴリーは何が起こったのか分からないといった顔をしている。
「十六夜よ。これは決闘クラブだ。魔法を用いて杖を奪わなければならん」
スネイプ先生が私に冷たく言った。
もっともな意見だ。
その事実に気が付き始めたのか、観衆の熱も冷めて歓声も次第に鎮まっていく。
「彼女の投げナイフのテクニックは非常に素晴らしいものではありますが……趣旨が違ったようですね! 一度仕切り直しと行きましょう。さあミス・十六夜、セドリック君に杖を返して……そう、じゃあ改めて、1、2……3!」
私がディゴリーに杖を返すとロックハート先生の掛け声で再び決闘が再開される。
私は面倒くさくなったので時間を止めた。
杖を振りかぶり何かの呪文を放とうとしているディゴリーの杖を取り上げると代わりにスネイプ先生の杖を取り上げ、逆さまに持たせる。
そしてディゴリーの杖はロックハート先生のポケットの中へと滑り込ませた。
私はもとの位置に戻ると時間停止を解除する。
「エクスペリアームス! 武器よ――ッツ!!」
呪文を唱え終わる前に武装解除の呪文が逆噴射してディゴリーを吹き飛ばす。
そして地面で痛みにのたうち回ったあと、何とか起き上がり自分の杖に起きている異変に気が付いた。
「なんで僕、杖を逆なんかに……ってこれは僕の杖じゃないぞ!!」
その声を聞いたスネイプ先生が自分が今さっきまで持っていた杖が消えていることに気が付き咄嗟にディゴリーの杖を見る。
「何故私の杖をお前が持っておるのだ。しかも逆さまに」
「おや? 私のポケットに誰かの杖が……」
「それ僕のだ!」
私はその混乱に紛れて大衆の中に姿を消す。
ディゴリーとロックハート先生は首を傾げていたが、スネイプ先生だけは大衆に紛れた私の方を睨みつけていた。
少々やりすぎただろうか。
だがお嬢様からも視線を引く行動を取れと命令されているし、これでいいのだろう。
ロックハート先生は気を取り直したように誰か見本になる生徒はいないかと探し始める。
ということは先ほどの私の決闘は見本にすらならないということなのだろうか。
スネイプ先生の提案でハリーとドラコが皆の前で決闘することになった。
あの2人だったら実力は同じぐらいだ。
ロックハート先生はハリーに杖の振り方を教えているようだったが、途中で杖を取り落とす。
そんなロックハート先生をハリーは不安げに見ていた。
大方、もう少し役に立つアドバイスはないのかということだろうが。
スネイプ先生もドラコに向かって何かアドバイスをしている。
ドラコの嘲るような笑みを見る限り、そっちのアドバイスは使えるものだったらしい。
「それじゃあ、杖を構えて! 1、2、3!」
ロックハート先生は不安そうなハリーを無視して開始の号令を掛けた。
ドラコは素早く杖を振り上げると呪文を唱える。
「サーペンソーティア! 蛇よ出よ!」
ドラコの杖から大きな黒蛇が現れる。
周りを囲んでいた生徒は後ずさり、広く空間があいた。
「動くなポッター。私が追い払ってやろう……」
スネイプ先生はハリーが蛇を怖がっているのを楽しんでいるように前に出る。
だがそれをロックハート先生が阻んだ。
「私にお任せあれ!」
ロックハート先生が杖を振るうと大きな爆発音がして蛇が2メートルほど上に弾き飛ばされる。
あれでは対処するどころか完全に挑発行為だ。
蛇は怒り狂ったようにシューシューとなくと近くにいたハッフルパフ生に襲い掛かろうとする。
次の瞬間、ハリーが何かを叫んだ。
ように私は感じたが、どうやら気のせいだったようだ。
ハリーの口からはシューシューといったような音が漏れているだけで声を掛けているわけではない。
だがそのシューシュー音にリラックス効果があったのか、蛇が警戒態勢を解いた。
私は感心してハリーの方を見る。
ハリーもニッコリと笑ってハッフルパフ生の方を見た。
だが、そのハッフルパフ生の顔は恐怖に引きつっている。
「いったい、何を悪ふざけしているんだ!」
そしてハリーに対して叫ぶと、怒ったように大広間から逃げるように出ていってしまった。
私は彼が何故あんなに怒っていたのか理解できない。
そんな眉唾なリラックス法をあんな緊急時に試すなと言いたかったのだろうか。
ロンはハリーの袖を掴むと大広間の外へと引っ張っていく。
私とハーマイオニーもそれに続いた。
ハリーは何が何だか分からないといった顔をしているが、私にも分からない。
ロンは説明を求めようとしているハリーをグリフィンドールの談話室まで延々と引っ張っていくと、そこで初めて口を開いた。
「君はパーセルマウスなんだ。どうして僕たちに話してくれなかったの?」
パーセルマウス。
その言葉を聞いて私は初めて周囲の反応に納得がいく。
パーセルマウスとは蛇と話すことが出来る人間のことだ。
先天的にパーセルタングを扱える魔法使いは殆どおらず、また習うことも容易ではないので魔法界で蛇と会話できる魔法使いは殆どいない。
私が知っているパーセルマウスはサラザール・スリザリンとリドルぐらいだ。
……美鈴さんが蛇を操ってるのを見たことはあるが、あれは多分違うだろう。
「サラザール・スリザリンは蛇と会話ができることで有名だったの。これはホグワーツの歴史にも書かれているわ。スリザリン寮のシンボルが蛇でしょう?」
ハーマイオニーの説明を聞いてハリーはぽかんと口を開けている。
「多分今頃学校中の生徒が君のことをスリザリンの曾々々々孫だとかなんとか言いだすだろうな」
ロンが心配そうに呟いた。
ハリーは血縁関係について否定していたが、血が全く繋がっていないという保証はない。
スリザリンは1000年も前の人物なのだから。
翌日、また被害者が出た。
ほとんど首無しニックと決闘クラブの時蛇に殺されそうになっていたハッフルパフ生、ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーだ。
そしてタイミング悪くハリーがこの現場に居合わせてしまったらしい。
そのせいで今ではハリーはグリフィンドール含めた殆どの生徒からスリザリンの継承者ではないかと疑われていた。
もっとも私はこれら一連の事件がバジリスクの仕業であると知っている。
なのでハリーは完全に冤罪なのだが、こういう噂は私1人が否定してもなくならないものだ。
どれだけ真実に近い答えがあっても、噂の1つとして掻き消されてしまう。
そんな事件があった為か、クリスマス休暇に学校に残る生徒は殆どいなかった。
皆が我先にと帰り支度を進める横で、私は今朝紅魔館から届いた手紙をベッドの上で読んでいた。
『実験に失敗して人間が吸うと即死する系のガスを紅魔館全体に充満させてしまったの。クリスマスに帰って来たら死ぬわよ』
この筆跡はパチュリー様だろう。
お嬢様は大丈夫なのだろうか。
なんにしてもガスが完全に抜け切るまでには1カ月程度かかるらしい。
これではパチュリー様の仰る通り、帰ったら文字通り死ぬだろう。
『それと、レミィからの言伝よ。2年生のうちに守護霊の呪文を習得しなさい』
最後の一文にはこのように書かれていた。
守護霊の呪文。
確か吸魂鬼を追い払う呪文だったか。
私は実際に吸魂鬼に出会ったことがないので何とも分からないが、お嬢様の命令ならば2年生のうちに完璧に覚える必要があるだろう。
クリスマス休暇はゆっくりと守護霊の呪文について図書室で調べることにした。
クリスマスの夜。
私はクリスマスディナーを大広間で食べ終わると相も変わらず図書室に来ていた。
ここ数日食事の時間も惜しんで図書室に通っている甲斐あって私は守護霊の呪文に関する仕組みと理論を大体頭の中で整理しおえていた。
守護霊の呪文は自身の幸福な思い出を力に発動させるという特殊な呪文で、大人の魔法使いでも扱えるものが少ないという。
まずは守護霊を実体化させるところから始めないといけないらしい。
私は時間を止めて何度か練習はしているが、まだ白い靄のようなものが杖の先から出るだけだった。
やはり長い時間の練習が必要だろう。
私はマダム・ピンスに守護霊に関する本の持ち出しの許可を出してもらい、その本を脇に抱えながら廊下を歩く。
そして廊下の角を曲がった瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
そこには私がいた。
私が驚いたような顔をして廊下に立っていたのだ。
何故?
どうして私が2人?
ドッペルゲンガーだとしたら私もうすぐ死ぬ?
様々なものが頭の中をよぎったが、電源が落ちたかのように全ての考えが頭から抜け去った。
私はお嬢様に警戒されずに近づくことができる。
私の姿をしていればお嬢様に警戒されることなく接近することができる。
私の姿ならばお嬢様を暗殺することができる。
「――ッッツ!!」
私は刃渡り30センチはあるナイフを時間を止めることすら忘れて懐から抜くと同時に偽物に肉薄する。
そしてそのまま偽物を押し倒すとナイフを振り下ろし偽物の肩と地面を貫き通す形で固定させた。
「あぁああああああぁぁぁぁぁああああああ――ッ!!」
鮮血が飛び散り私と偽物を染める。
偽物の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
私の声で泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
見てくれだけじゃなく声まで同じだとは。
やはりこの偽物は殺さなければならない!
私は袖口からもう1本ナイフを取り出すと偽物の脳天目掛けて振り下ろす。
次の瞬間、私の腕が後ろから掴まれた。
「咲夜! 話を聞いてくれ!」
それはハリーだった。
何故か身の丈に合っていないローブを着ており、眼鏡をしていない。
その横には同じくぶかぶかのローブを着ているロンが立っていた。
「その手を放しなさい。さもなくば貴方から殺すわよ。私はお嬢様の安全のためにこの偽物を殺さなければならないッ!!」
私はハリーの手を振りほどきナイフを偽物に振り下ろそうとする。
だがそこにいたのはハーマイオニーだった。
肩を骨ごとナイフで貫かれ、地面に固定されている彼女は声も上げずに涙を流し私を見ている。
途端に私の心は冷めていった。
出血が酷くならないように杖を構えながらナイフを引き抜くと同時に呪文を掛け一時的な止血を施した。
私は顔についた血を拭うことすら忘れてハリーの方に振り返る。
「どういうことか説明してくれるのでしょうね?」
その時の3人の顔が恐怖に歪んでいたことは言うまでもない。
医務室でハーマイオニーに治療を施してもらったあと、私たちはグリフィンドールの談話室に来ていた。
マダム・ポンフリーに怪我の原因を聞かれたが野外でこけて尖った石に思いっきり倒れ込んでしまったとハーマイオニー自身が説明した。
ハーマイオニー自身もこの怪我のことを公にはしたくないらしい。
私は談話室のソファーにどっかりと座り込む前に清めの呪文で自らのローブに付着した血液を落とした。
「で?」
私は高圧的な態度で3人に一言そう聞いた。
「あ、あの。咲夜、ごめんなさい。私そんなつもりじゃ……」
「謝罪を聞きたいわけじゃないわ。どうして、どうやって、どのぐらいの期間私に成りすましたのかが聞きたいのよ。返答によっては……ハーマイオニー、私は貴方を殺すわ」
私のその言葉にハーマイオニーは小さく悲鳴を上げる。
そんな様子を見て意を決したようにハリーが話し始めた。
ハリーたちはどうにもドラコがスリザリンの継承者ではないかと疑っていたらしい。
なんとかドラコの口からそのことを自白させるべく、他人に成りすませる魔法薬、ポリジュース薬の調合に取り掛かったのだという。
ロックハート先生を利用し、スネイプ先生の目を欺き、1カ月の月日を要して完成したポリジュース薬を用いてようやく今夜ドラコにスリザリンの継承者の話を聞き出せたらしいのだ。
「で、結局成果はなかったと。ハーマイオニー、何故貴方は私に成りすまそうなんて思ったの?」
「私はミリセント・ブルストロードの若白髪だと思ったの。でも、髪の毛は何処かでついた貴方のものだったらしくて……貴方はマルフォイと仲がいいし貴方でもいいかなとそのまま計画を進めたの」
「貴方って、本当に頭がいいのか悪いのか分からないわ。馬鹿と天才は紙一重っていうけど、本当だったみたいね。私に頼めばよかったじゃない。ドラコからスリザリンの継承者についての話を聞いてくれって」
その言葉を聞いて3人がその手が有ったかといったような表情を作った。
私は平手で3人の頭を1回ずつ叩く。
「いい? 他人に成り代わるというのはとてつもないリスクを孕むものなの。だからポリジュース薬の調合法が載っている本は禁書の棚にあるのよ。貴方ポリジュース薬のことをかぼちゃジュースと勘違いしてるんじゃないの? 言っておくけど、ハリーが止めてなかったりポリジュース薬の効果が切れるのがあと数秒でも遅かったら――」
私はそこで一度言葉を切り、まな板の上に置かれた人肉を見るかのような目つきでハーマイオニーの瞳を覗く。
「貴方、本当に死んでいたわよ」
ハーマイオニーは体の時間が止まったかのように恐怖したような顔で表情が固まっていたが、やがて死への実感が沸いてきたのかハーマイオニーの瞳から1滴の涙がこぼれ落ちた。
そこからは堰を切ったように涙が溢れ出し、ついには声をあげて泣き出してしまった。
この様子ならもう私に変装しようなどとは思わないだろう。
「私はもう寝るわ。今回の件は黙っていてあげるからこれに懲りたら危ないことはしないようにね。じゃあおやすみ」
私はすっかり血だらけになってしまった本を持ち上げ脇に抱えると女子寮に入っていく。
談話室には泣きじゃくるハーマイオニーとそれを見ていることしかできないハリーとロンが取り残された。
用語解説
バジリスクの被害者
死者が出てないって奇跡ですよね。実際。
ミセス・ノリス
普通に可愛い。にゃーん。
禁書の棚
咲夜は禁書の棚にはあまり興味がありません。実家(紅魔館)にホグワーツの禁書の棚を何倍も大きくして内容も数段やばいものにしたようなものがありますので…
ゴイルの鍋に花火
地味に酷い悪戯。気を引くだけなら自分の鍋に爆発の呪文でもかければいいんですけどね。このへんハリーの闇が窺えます。
決闘クラブ
ディゴリーと対戦。この時のディゴリーは14歳。咲夜は12歳。14歳の子供に後れをとるほど咲夜は未熟ではないようです。ディゴリーはこの敗北を糧にして1年後にはクィディッチのシーカー兼キャプテンを務められるぐらい成長します。
スプーン投げ
ナイフ投げならぬスプーン投げ。スプーンは投げるものではなく曲げるものだと作者は思っています。
杖の入れ替え
スネイプが咲夜のほうを見ていますが能力の謎を掴んだのではなく、咲夜に何かされたと気が付いたから。
パーセルマウス
生まれつき持っていなくてもパーセルタングを習得することは可能。
毒ガスが漏れて紅魔館に戻れない
なんというご都合設定。
そして次作に備えて守護霊の呪文を練習しだす咲夜。
偽物
精神年齢が高い咲夜だが、お嬢様のことになると12歳特有の後先考えない行動に走りがちになる。本当にあと1秒でもポリジュース薬の効果が切れるのが遅ければハーマイオニーは死んでいた。
マダム・ポンフリー
骨折程度なら一瞬で治せる凄い人。
泣き出すハーマイオニー
この時ハーマイオニーは13歳(9月に誕生日なので)。日本で言う中学1年生。泣き出してしまうのも無理はない。
追記 文章を修正しました。
h30.8.7 加筆修正