私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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秘密の部屋編完結です。最後のほうドタバタとしていますが、文章力的な限界なので見逃してください。この辺から原作改変が酷くなるかもです。ご了承ください。
誤字脱字等ございましたら、ご報告して頂けると幸いです。


日記とか、秘密の部屋とか、友達とか

「十六夜咲夜という生徒。彼女は何者ですか……」

 

 校長室にスネイプの声が響く。

 決して怒っているわけではない。

 ただ単純に、普段の彼からは想像も出来ないほど興奮しているだけだ。

 

「もし私の予想が正しければ、私は杖を奪われたことになる。だが、杖を放した覚えなどない。転移魔法で飛ばしたのだとしたら何かしらの魔力を感じ取っているはずなのです」

 

 スネイプは自らの杖を取り出しダンブルドアに差し出す。

 ダンブルドアはその杖に残っているかも知れない魔力のかけらを探すために手をかざすが、見つけることはできなかった。

 

「彼女は何か……既存の理論に縛られない魔法を使っておるのかもしれん。ホグワーツ特急での一件もそうじゃったのじゃろう。ハリーの話を聞く限り、車から汽車までは数百メートルはあったと聞く。着地の瞬間彼女は魔法を使っておらん。それは魔法省に問い合わせたから確実じゃよ」

 

 ダンブルドアは1枚の紙を取り出す。

 それは魔法省から取り寄せた未成年の魔法使いが魔法を使った履歴だったが、そのなかに十六夜咲夜の名前はなかった。

 

「では彼女はどうやってホグワーツ特急に? どのようにして私の杖を?」

 

「このような話は知っておるかの。十六夜は何でも入る鞄を持っておると。勿論、魔法使いなら空間魔法を使えば簡単に空間を広げることは出来る。じゃが彼女は他にも体中あらゆるところからナイフが出てくるらしいの」

 

 スネイプは思い返す。

 確かに決闘クラブの時、咲夜はスプーンを投げてはいたが、取り出している様子はなかったと。

 

「では彼女は……」

 

「おぬしの考えておる通りだとわしも思っとる。彼女はおそらく空間転移の魔法を使っているのじゃろう。それも杖無しでじゃ」

 

 確かにそれなら彼女の奇怪な謎を説明できる。

 だが、2年生がそんな高度な魔法を?

 その疑問は未だに付き纏ったままだ。

 

「セブルスよ。君には教えておこうかの。彼女の主の話を。彼女の主が、どのようなモノかを」

 

 

 

 

 ポリジュース薬の事件から数か月が過ぎ、2月に入った。

 私は時間を止めての訓練の結果、ようやく守護霊を実体化できるようになっていた。

 私の守護霊の動物は狼だ。

 守護霊特有の白色で光る狼は、私の指示通りに空中を駆け回る。

 なぜお嬢様がこの呪文を習得するようにと私に命令したのかは分からないが、これは覚えていて損はない。

 私はトイレの中に入り時間停止を解除すると談話室へと戻った。

 そこで私は驚くべき光景を目にする。

 ハリーたちがリドルの日記を持って何やら話し込んでいるのだ。

 まだ本の謎自体には気が付いていないようだったが、トム・リドルについての議論を交わしている。

 その内容はリドルの名前をトロフィー室で見ただとかリドルがスリザリンの継承者を捕まえたことで賞をもらっただとか、何も書かれていないが透明インクじゃないだろうかとか。

 私は落ち着いて3人に歩み寄り、声を掛ける。

 

「ハリー、その本はなに? 真っ白だけど……」

 

 私が声を掛けると3人は首が千切れんばかりの速度で私のほうを見た。

 ポリジュース薬の一件以降、どうにもハリーたちは私を避けているような気がする。

 それに、ハリーたちはあの日の夜のことを誰かに話してはいないとは思うのだが、正確無比のキリングマシーンという二つ名は日を追うごとにホグワーツに浸透しているようだった。

 もっとも、今はホグワーツ中がハリーのことをスリザリンの継承者だと怖がり、避けている。

 それに比べたら私の噂話など、ごくごく小さなものだろうけれど。

 

「これは……トム・リドルっていう生徒の日記帳らしいんだ。といっても50年前の生徒だからどんな人物かは分からないけど」

 

 ハリーが正直に答えた。

 なんだろうか。

 私に嘘をついたらナイフで串刺しにされるとでも思っているかのような態度、いや怯え方だった。

 

「日記とはいうけどハリー、白紙よ?」

 

 私は日記帳に現れ呪文を試していたハーマイオニーから日記帳を受け取る。

 ハーマイオニーは私に日記帳を渡す時おっかなびっくりとした手つきだったが、まああんなことがあった後だから仕方がないのかも知れない。

 私は日記帳を受け取ると時間を止めそれを開いた。

 そして万年筆で文字を書き込んでいく。

 

『貴方の日記帳、今ハリーが持ってるわよ? 大丈夫なの?』

 

 私がそう書き込むと、日記帳に文字が浮かび上がってくる。

 

『ジニーは怖くなって3階のトイレに日記帳を捨てたらしい。そうか……今この日記帳を手にしているのはハリー・ポッターなんだね。いい、それは凄くいい。僕はハリー・ポッターと会いたいと思っている。是非とも会って話を聞きたいと』

 

『それは『何故貴方は赤ん坊だったハリーに敗れたか』。そんなところかしら』

 

『ああ、そうだね。日記帳のことはそのままハリーに持たせておいて構わない。もし出来たらだが、それとなくこの日記帳に何かを書きこむように誘導してくれないか?』

 

 リドルは私にそうお願いする。

 私はこの日記帳はハリーの手に渡ったらいけないものだと考えていたのだが、日記帳の本人がいいというならいいのだろう。

 私は日記帳に書かれた文字がすべて消えるのを待つと、日記帳を閉じて時間停止を解除させた。

 

「あら。本当に何も書いてないわね。リドルは新品のままこの日記帳を捨てたのかしら。ハリー、貴方が貰って再利用したらいいんじゃない?」

 

 私はハリーに日記帳を返す。

 ハリーは私の提案に曖昧に笑って返した。

 どうやら日記帳として再利用するという提案は却下されてしまったらしい。

 それからハリーはリドルのことを少しずつ調べているようだった。

 次の日の休み時間にはトロフィー室をうろついているのを見かけたし、その次の日の休み時間には図書室で比較的最近のホグワーツの事が書かれた本を探していた。

 

 

 

 

 ハリーが日記帳の本当の利用法について発見したのはそれから10日以上も経ってからだった。

 談話室の隅の方で誰にも聞こえないような小さな声でそのことについて話している。

 何かを必死に語っているハリーの手にはリドルの日記帳が握られていたので時間を止めて失敬することにする。

 私はリドルの日記帳をハリーの手から抜き取ると、それを開き文字を書いていった。

 

『ハリーと話ができたみたいね。一体何を教えたらあんなに必死になって頭を突き合わせることになるの?』

 

『ハリーにはハグリッドが捕まった時の一部始終を見せた。今頃はハグリッドがスリザリンの継承者だと勘違いしていることだろう。あんなウスノロが継承者なわけないのに』

 

『そう思うように見せたのは貴方でしょう、トム。犯人を提示することによって自分は味方だということを印象付ける。流石だわ』

 

『褒めても文字ぐらいしか出ないさ』

 

 私はハリーの手に日記帳を戻し時間を動かす。

 ハリーたちの話に耳を傾けてみると確かにハグリッドという単語が会話の中に出てきていた。

 ハリーたちは自分たちが大好きなハグリッドがスリザリンの継承者だということを知ってどうするのだろうか。

 私は今しばらく観察することにした。

 

 

 

 

 

 イースターの休暇に入ると2年生には新しい課題が与えられた。

 3年生の授業には選択科目があるのだが、その科目を選ぶ時期が来たのだ。

 3年生で選択できる科目は『古代ルーン文字』『数占い』『魔法生物飼育学』『占い学』『マグル学』などだ。

 ハーマイオニーなんかは脇目も振らずに全てに受講のチェックを入れていたが、体がいくつあっても足りないだろう。

 私は取り合えず魔法生物飼育学と占い学を受講することにする。

 数占いも興味はあるが、詰め込みすぎるのも良くはないだろう。

 ハリーはロンと同じ科目を取ったようだ。

 この辺の科目選びにも性格が出るのかも知れない。

 

 

 

 

 金曜日の夕方。

 私とハーマイオニーの関係はようやく円滑なものへと戻ってきていた。

 私はハーマイオニーと3年生で選択できる科目の話題をしていると男子寮のほうからハリーとロンが転がり落ちるようにやってくる。

 話を聞く限りだと、ハリーが持っていたリドルの日記が何者かに盗まれたようなのだ。

 部屋は滅茶苦茶にひっくり返され、トランクの中身はそこらじゅうに散らばっていたという。

 私はその部屋の様子を聞いて安堵のため息をついた。

 犯人はおそらくジニーだろう。

 もしダンブルドア先生などの教師が気が付いて持って行ったのだとしたらそこまで仰々しく荷物を荒らすような真似はしない。

 大方、ハリーが日記帳を持っていることを知ってジニーが焦ったのだ。

 今まで日記帳に書いた私の秘密がリドルを通じてハリーへと流れて出てしまうと。

 これは最近知ったことだが、男子は女子寮に入ることは出来ないが、女子は男子寮に入ることができる。

 その辺の理屈はよくわからないが、ジニーなら同じグリフィンドール生だし実行するのも簡単だったろう。

 まあ計画的な盗み方とは思えないが。

 

 

 

 

 次の日、またバジリスクの被害者が出た。

 ジニーが日記帳を手にしてからすぐの犯行とは、リドルも中々肝が据わっていると言えるだろう。

 この日はグリフィンドールとハッフルパフのクィディッチの試合があったのだが、流石に事件が起こったからか中止になった。

 被害者はレイブンクローの監督生、ペネロピー・クリアウォーターとグリフィンドールのハーマイオニー・グレンジャー。

 どちらも他の被害者と同じく石にされた状態で見つかっていた。

 2人の近くには小さな手鏡が落ちていたらしい。

 つまりハーマイオニーかレイブンクローの監督生のどちらかがバジリスクの存在に気が付いたということだろう。

 何かの気配を感じ手鏡で廊下の先を確認した時に鏡に映ったバジリスクの目を見てしまった。

 私はベッドの上に横たわっているハーマイオニーを見る。

 きっと彼女は悲しむだろう。

 解毒薬が出来るのは学期末テストの直前なのだから。

 

 

 

 

 しばらくすると、ハグリッドがアズカバンに一時的に投獄された。

 それだけなら別になんの問題もない。

 厄介なおっちょこちょいが1人いなくなるだけなのだから。

 だが、その次の知らせが多くの生徒の不安を煽る結果になる。

 ダンブルドア校長先生が理事らの決定によって停職させられたのだ。

 これには理事の中でも代表格のルシウス・マルフォイ氏がホグワーツを訪れダンブルドア校長に直接停職を言い渡したらしい。

 普通に考えたらこのタイミングでのダンブルドア先生の停職はあり得ない。

 何者かの意図が見え見えな停職だった。

 案外ジニーにリドルの日記帳を持たせたのはマルフォイ氏かも知れない。

 彼は過去にヴォルデモートの手下だった経歴がある。

 彼自身が服従の呪文で操られていただけだと証言している為に今もこうして普通にお日様の下を闊歩できるのだ。

 だがもし自らの意思で従っていたとしたら、ヴォルデモートから日記帳を受け取っていた可能性は無きにしも非ずだろう。

 私はその辺の話をドラコに聞こうかとも思ったが、あの父親があの口の軽そうなドラコにそんなことを話して聞かせているとは思えなかったので結局聞くことは諦めた。

 

 

 

 

 

 学期末試験も間近に迫り、時間を止めての勉強をし始めた頃。

 朝食の時間に1通の手紙が届いた。

 私はこのような手紙に身に覚えがあったので時間を止めてから手紙を開く。

 

『今日の午前9時。3階の女子トイレで』

 

 この筆跡には見覚えがある。

 あの時ジニーを通じて私に手紙を出したリドルが、また同じように手紙を出してきたのだろう。

 それにしても今日の朝の9時とは、リドルは私を授業に出さない気なのだろうか。

 だが折角の誘いなので私は行くことにする。

 私は9時になるのを待つと、3階の女子トイレへと向かった。

 そこにはいつもなら嘆きのマートルがいるはずなのだが、今日はその姿は見えない。

 その代わりにジニー、いやリドルがトイレの入り口付近に立っていた。

 

「よく来てくれた。ここまで秘密を守り通してくれた君だ。最後まで見せようと思ってね」

 

「あら、それはありがたいわね。具体的には何をやるのかしら」

 

 リドルは蛇口を弄りながら説明してくれる。

 ジニーを操り遺書を書かせ、これから秘密の部屋に降りるところだというのだ。

 リドルが掠れるような音を出すと、蛇口が眩い光を放ち、回り始めた。

 次の瞬間手洗い台が沈み込み、見る見るうちに消え去ったあとに太いパイプが見える。

 

「あー、トム。なんだか汚らしいんだけど本当にこれ滑り降りるの?」

 

「嫌かい?」

 

「嫌ではないわ。でも少し掃除したくなっただけ」

 

 リドルが飛び込むのを見て、私もそれの後に続く。

 ぬるぬるしたパイプを器用に足の裏だけをつけて滑っていくリドルに習って、私もスケートでもするかのようにパイプを滑り降りた。

 パイプの出口の先は暗い石のトンネルのようなところだった。

 リドルはその闇の中を明かりもつけずに進んでいく。

 私も夜目は利くほうだったので不自由することはなかった。

 

「ここが秘密の部屋へと続く通路ってわけね」

 

 私が前を歩くリドルに聞く。

 

「そう。偉大なるスリザリンが残した貴重な宝だ」

 

 しばらく歩いていくと壁や柱の彫刻が段々と現れてきた。

 その後も彫刻が施された壁や柱を見ながら奥へと進んでいくと、部屋の天井に届くほど高くそびえる石像が目に入る。

 年老いた顔に細長い顎ひげがローブの裾あたりまで伸びており、その足は滑らかな床を踏みしめていた。

 

「彼がサラザール・スリザリンね」

 

「そう、ここがスリザリンが残した秘密の部屋だ」

 

 急にリドルの声が変わり、私は咄嗟に振り返る。

 先ほどまで操られていたジニーは床に倒れ伏しており、1人の少年がその横に立っていた。

 彼が、リドルだろう。

 リドルはうつ伏せに倒れているジニーを仰向けになるように転がし、腕の位置を整える。

 案外几帳面な性格だ。

 義理堅いだけかもしれないが。

 

「あら、案外ハンサムね。ようやく実体を取り戻したといった感じ?」

 

「ああ、そうだとも咲夜。ジニーの魂のお陰で、僕はこうして実体化することが出来た。全く、ウィーズリーさまさまだね。さて、僕はここでハリー・ポッターが来るのを待とうと思う。君はどうする?」

 

 私は微笑みながら返した。

 

「そうね、お嬢様への土産話を増やすためにここで見てるわ。バジリスクにだけは私を攻撃しないように命令しておいてね」

 

「僕としては真実を知るものは1人でも少ないほうがいいのだが……」

 

「あら、それじゃあバジリスクを私にけしかける?」

 

 私はリドルに向けて不敵に微笑んだ。

 

「けしかけたら、どうなるんだい?」

 

「死ぬわ。バジリスクがね」

 

「ならやめておこう」

 

 そんな軽口を楽しみつつ、私は1つ気が付いたことを話した。

 

「ねえ、トム。私は普通の人間とは感性が違うみたいなの。それは貴方も気が付いていることだとは思うのだけれど……。私はどうも人間の子供とは相性が悪くてね。人間の友達は出来そうにないわ」

 

「そうか。僕もそうだった。学校にいる全員は僕とは違う出来そこないで、僕だけが優れているような感覚だった。誰も僕に追いつけず、対等な友もいなかった」

 

「価値観が違うのかしら? 倫理が違うのかしら?」

 

「種族が違うのだろうか、それとも僕だけがおかしいのだろうか」

 

「私、人間の友達は出来そうにないわ」

 

「僕に友達と言える存在は過去にはいなかった。いつも1人だった」

 

「ねえ」

 

「ああ」

 

 一言の問いと一言の答え。

 短い言葉だったが全てが伝わったような気がした。

 

「貴方は人間じゃない」

 

「君は普通じゃない」

 

「貴方はそれでいいのだと思う」

 

「君は君のままでいいんだ」

 

 言葉遊び、退屈しのぎ。

 だが私は不思議とリドルが何を言いたいのかを理解していた。

 確証はないが確信する。

 リドルも私の言いたいことを全て理解していると。

 

「よろしくね」

 

「こちらこそ」

 

 私に生まれてから2人目の友達が出来たその時、ハリーがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 

「ジニー!」

 

 ハリーは倒れているジニーのそばに駆け寄り抱き起す。

 

「ジニー! 死んじゃだめだ! お願いだから生きていて!」

 

 ハリーが咄嗟に投げ捨てた杖が床に転がる。

 余りにも不用心すぎるその行為に私は笑いを堪えるのに必死だった。

 

「その子は目を覚ましはしない」

 

 リドルが静かにそう告げる。

 ハリーはその声に肩を震わせると、膝をついたまま振り返った。

 ハリーはその人物に見覚えがあるのだろう。

 丸い眼鏡の下にある目をぱちくりさせてリドルを見ていた。

 

「トム……トム・リドル? それに咲夜も……目を覚まさないって、どういうこと? ジニーはまさか……」

 

 ハリーが絶望するような顔をするが、リドルはその考えを否定する。

 

「その子は、まだ生きている。しかし、かろうじてだ」

 

 ハリーは不思議そうな顔をしてリドルの顔を見ていたが、自分がもっと緊急にしなければならないことを思い出したように私とリドルに言った。

 

「助けてくれないか? ここからジニーを運び出さなきゃ。バジリスクがいるんだ……。どこにいるかはわからないけど、今出てくるかもしれない。お願い、手を貸して……」

 

 リドルは動かない。

 それに習い私も傍観することに決めた。

 ハリーはやっとの思いでジニーを担ぎ上げると、杖を拾おうともう1度屈む。

 だが、そこには既に杖がない。

 私はリドルの方をチラリと見るが、ハリーの杖をクルクルと弄んでいた。

 ハリーはリドルが杖を拾ってくれたものだと思い手を伸ばす。

 だがリドルはそれに応えなかった。

 

「ここを出なくちゃいけないんだよ! もしバジリスクが来たら……」

 

 ハリーが焦ったように声を出す。

 それはそうだろう。

 ハーマイオニーがあの状態でベッドに横になっていることをハリーは知っている。

 あのような状態ですら運が良かった場合だという事実を知っている。

 そんな様子のハリーをなだめるように落ち着き払った声でリドルがハリーに告げた。

 

「呼ばれるまで、来やしない」

 

 ハリーは足に限界が来たのかジニーを床に下した。

 そしてリドルと向き直ると喧嘩のような口論を始める。

 私はハリーの後ろから近づき、ぐったりしたジニーを肩に担ぐと1歩後ろに下がった。

 リドルはハリーに説明をしていく。

 ジニーがこうなった理由。

 リドルが復活できた理由。

 自分の目的。

 スリザリンの残した崇高な仕事。

 ハリーはそれを聞いて愕然としたような顔をするが、同時に少し嬉しそうでもあった。

 ハグリッドは無実だったのだと。

 その1つの喜びと希望が今のハリーを支えているのだろうか。

 

「これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどうやって破った? ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、君の方は、たった1つの傷痕だけで逃れたのはなぜか?」

 

 これを聞きたかったと言わんばかりにリドルはハリーに問う。

 だがハリーはその問いに首を傾げた。

 

「僕がなぜ逃れたのか、どうして君が気にするんだ? ヴォルデモート卿は君よりあとに出てきた人だろう」

 

「ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……ハリー・ポッターよ」

 

 リドルはハリーの杖を振るい、空中に文字を書いた。

 

『TOM MARVOLO RIDDLE』

 

 その文字は杖の一振りで並びを変える。

 

『I AM LORD VOLDEMORT』

 

 私はヴォルデモート卿だと。

 ハリーはその真実に驚愕するように目を見開くと、数歩後ろに下がった。

 私はその瞬間、秘密の部屋に入ってくる何かを感知する。

 ジニーを部屋の隅のほうに降ろし、ローブの上に転がすと私は虚空を見つめた。

 それは不死鳥だった。

 ボロボロの布切れのようなものをハリーの足元へと落とし、不死鳥自身はハリーの肩にどっしりと乗る。

 

「不死鳥だな……」

 

 リドルが警戒するようにそう呟いた。

 

「そして、それは――」

 

 リドルがハリーの足元に落ちているボロ布を見て言った。

 

「それは古い組み分け帽子だ」

 

 リドルの言葉に私はようやくボロ布の正体を知る。

 新入生が歓迎会の時に被るアレだろう。

 私は自分の歓迎会の時の帽子の言葉を思い出していた。

 「スリザリン、といきたいところだが、グリフィンドールッ!!」

 あの時帽子はスリザリンと言いかけ、グリフィンドールに変えた。

 あの時は人数的な都合だと思ったが、もしかしたら違う理由があるのかもしれない。

 リドルはダンブルドア先生が送ったと思われるものがよほどおかしかったらしい。

 声を上げて笑っていた。

 

「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか? 歌い鳥に古帽子じゃないか! ハリー・ポッター、さぞや心強いだろう? もう安心だと思うか?」

 

「それだけじゃない」

 

 ハリーがリドルの言葉を否定する。

 

「ここには咲夜もいる! 僕は独りじゃないぞ! リドル!」

 

 リドルは冷めた目でハリーと私を交互に見る。

 私は「あの馬鹿なに言ってんだ?」というような表情を作り肩を竦めた。

 

「ハリー、本題に入ろうか」

 

 ハリーの言葉を無視してリドルが続ける。

 

「君はどうやって生き残った? 全て聞かせてもらおうか。長く話せば、君はそれだけ長く生きていられることになる」

 

 ハリーは何かを考えるように押し黙る。

 そして唐突に話し始めた。

 

「君が僕を襲ったとき、どうして君が力を失ったのか、誰にも分からない。僕自身にもわからないんだ。でも、なぜ君が僕を殺せなかったのか、僕にはわかる。母が、僕を庇って死んだからだ!」

 

 ハリーのその言葉に、リドルは表情を歪める。

 

「そうか。母親が君を救うために死んだ。なるほど、それは呪いに対する強力な反対呪文だ。結局君自身には特別なものは何もないわけだ」

 

 リドルはクツクツと笑う。

 

「さて、少し揉んでやろう。サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿の力と、有名なハリー・ポッターと、ダンブルドアがくださった精一杯の武器とを、お手合わせ願おうか」

 

 リドルはその場で深々とお辞儀をするとその場を離れる。

 そしてスリザリンの石像の前まで行くと、パーセルタングで何かを話し出す。

 私には何を言っているか分からなかったが、ハリーには理解できているようだった。

 バジリスクだ。

 石像の口が大きく開き、中から巨大な蛇が出てくる。

 ハリーは咄嗟に目を瞑ると転びながらも逃げていく。

 すぐにでも決着がつくものだと思ったが、ハリーは意外とよく粘った。

 不死鳥はバジリスクの目を潰し、帽子はハリーに銀色の剣を与えたのだ。

 だが、ついにハリーはバジリスクの牙に貫かれてしまう。

 バジリスクの牙には猛毒がある。

 少し掠るだけでも致命傷となり得るのにあそこまで深々と刺さってしまってはもう助からない。

 だがハリーの方も、銀の剣でバジリスクの脳天を貫き、殺していた。

 

「ハリー・ポッター。君は、死んだ」

 

 リドルが勝ち誇ったように宣言した。

 不死鳥がハリーの横に降り立ち、寄り添うように涙を流す。

 私はその瞬間に慌てて時間を止めた。

 急いで小瓶を取り出し不死鳥の涙を回収する。

 確か不死鳥の涙は強力な癒し薬なのだ。

 1滴だけでも回収しておきたい。

 きっと回収していた時の私の表情はニヤケ顔だったことだろう。

 私は不死鳥の涙の小瓶を仕舞い込むと元いた場所に戻り時間停止を解除する。

 不死鳥の涙がハリーの傷口に落ちると、傷は跡形もなく消え去った。

 癒しの効果があることは知っていたが、あそこまでのものだとは。

 

「不死鳥の涙……そうだ、癒しの力……忘れていた」

 

 リドルはハリーの杖で不死鳥を追い払うように魔法を飛ばす。

 

「しかし、結果は同じだ。むしろこの方がいい。1対1だ。ハリー・ポッター……2人だけの勝負だ」

 

 その提案を聞いて私はジニーの杖をハリーに渡そうとジニーの体をまさぐる。

 しかし不死鳥が再びハリーの頭上に舞い戻ると、ハリーの膝の上にリドルの日記をポトリと落としたのだ。

 私は直感的にやばいと感じる。

 ハリーは何を思ったかバジリスクの牙を手に取り日記帳に振り上げる。

 私はその瞬間に咄嗟に時間を止めていた。

 バジリスクの牙は日記帳に突き刺さる寸前で止まっている。

 

「ふう」

 

 私は安堵の余りその場でため息をついてしまう。

 そして日記帳の時間停止だけを解除し、手に取った。

 次の瞬間、杖を振り上げたまま止まっていたリドルも動き出す。

 

「あ」

 

「え?」

 

 私はその瞬間、やってしまったと感じた。

 そうだ、リドルの本体はこの日記帳なのだ。

 日記帳に触れる為に時間停止を解除したらリドルも動き出すに決まっている。

 私とリドルは互いに何が起こったか分からないといった表情で顔を見合わせると、唐突にリドルのほうから口を開いた。

 

「咲夜、これは君がやったことなのかい? これではまるで……」

 

 バレた。

 私はリドルの様子を見て察する。

 まあ、バレたのがダンブルドアじゃないだけまだマシと言えるだろうか。

 

「ええ、私は時間を操れる。そしてリドル。今回は貴方の負けのようね。あのままバジリスクの牙が日記帳に刺さっていたら、貴方は死んでいたわ」

 

 リドルは何かを確かめるように床や壁を叩く。

 リドルには実体があるが感覚はないのか、冷たそうではなかった。

 

「物質が完全に固まっている。叩いても音がしないというのはそういうことだろう。そして、負けではない。この世界でならハリー・ポッターを殺すことが出来る!」

 

 リドルはハリーに向けて杖を振るうが、魔法は出なかった。

 

「無理よ。この世界で動ける物質というのは決まっているの。それに、石のように固まっているハリーは今この瞬間ただのタンパク質の塊よ。生きてないから死の呪文は掛からない」

 

 ……多分。

 試したことはないのでわからないが。

 だがリドルは私の言葉を素直に信じたようで、納得したように杖を下ろした。

 

「この時間の止まった世界では他人に直接害を与えることは出来ないということか。君は僕をどうする? このままハリーに日記帳を貫かせるか?」

 

 リドルは私が持っている日記帳を見ながら警戒したようにいう。

 私はそんなリドルに微笑んだ。

 

「まさか、でも、一芝居打ってもらうわ。ハリーを殺るのは今現在生きているヴォルデモートに任せなさいな。まさか、自分自身を信用できないとは言わないわよね?」

 

「一芝居、ね。僕は役者ではないのだけれど。拒否権はいつものごとくなさそうだ。で、僕に何をさせたいんだ?」

 

 私は日記帳に向かって杖を振るう。

 

「ジェミニオ、そっくり」

 

 すると日記帳が膨れ上がり2つに分裂した。

 私は本物の方を胸に抱えると、偽物をハリーが振り下ろしている牙の真下に設置した。

 

「あとは、わかるでしょう? 貫かれたら大げさに痛がるふりして適当に日記帳に戻りなさいな。ハリーに貴方が死んだように思わせるの。魂はジニーに返しなさいよ。ハリーやダンブルドア先生に事件は解決したと見せかける。そうじゃないと、きっとダンブルドア先生は日記帳を探し出し、確実に貴方を殺すわ」

 

 私の提案を聞いてリドルは考えるように黙り込む。

 だが私の言うようにここでハリーを殺してもダンブルドア先生がやってきて事件を解決してしまうのは確かだ。

 リドルもそれがわかったのか静かに頷くと先ほどまでいた場所に戻り杖を同じように振り上げた。

 話が早くて助かる。

 私はリドルの日記帳を鞄に仕舞い込むと、先ほどまでいた位置まで戻り時間停止を解除する。

 ハリーが振り下ろした牙は勢いよく偽物の日記帳に突き刺さった。

 日記帳からはインクが激流のように溢れ出て床を浸した。

 リドルは身をよじり、悶え、悲鳴を上げてのたうち回る。

 なんというか、あそこまでの演技が出来るのであれば役者も十分目指せるのではないだろうか。

 リドルは一通りのたうち回ると消えていく。

 日記帳に戻ったのだと思う。

 リドルが持っていたハリーの杖が床に落ち、音を立てた。

 ハリーはよろよろと立ち上がると杖と帽子を拾い、死んだバジリスクから剣を抜き取る。

 そしてその杖を私の方に向けた。

 

「咲夜、答えてくれ。君はここで何をしていた?」

 

「ジニーの看病?」

 

 私はとぼけたように答える。

 

「助けてくれてもよかったはずだ。咲夜が手伝ってくれたら、もっと早く……」

 

「そう、じゃあ貴方はジニーの命より、さっきのヴォルデモートを殺す方を優先させたかったのね」

 

 私がそういうとハリーが固まる。

 

「ハリー、1つ言っておくわ。優先順位を間違えちゃ駄目よ。貴方はヴォルデモートを殺しにきたのではない。ジニーを助けにきたんでしょう? 私がジニーを連れて逃げてなかったらジニーは今頃バジリスクに潰されて死んでいたわね」

 

 私がジニーを抱き起すとジニーは身をよじりゆっくりと目を開けた。

 ハリーはそれをみてジニーの方に駆け寄ると、ジニーはハリーと、バジリスクの死骸と、血に染まったハリーのローブを見た。

 そのあと状況を察したジニーが自分に起こったことを打ち明けると、ハリーはジニーを安心させるように日記帳を手に取る。

 

「もう大丈夫だよ。リドルはおしまいだ。見てごらん!リドル、バジリスクもだ。ジニー、早くここを出よう」

 

「わ、私……退学になるわ!」

 

 ジニーは私の腕の中でさめざめと泣く。

 私が頭をなでると私に抱きかかえられていることに気が付いたのかジニーは顔を真っ赤にした。

 私はジニーを立ち上がらせると、改めてハリーの方に向き直る。

 

「ほら、こんな可愛い女の子を見殺しには出来ないでしょう? それに、貴方がさっき言ったセリフ、少しヘタレっぽいわよ? 貴方は独りでバジリスクもリドルも倒すことが出来た。それでいいじゃない」

 

 私はハリーの背中を叩き前へと歩かせる。

 それにジニーが続き、1番後ろを私が歩いた。

 しばらく歩くと崩落した岩が通路を塞いでいるのが見えてくる。

 私が来た時にはこのようなものはなかったが、どうやらこの崩落のせいでハリーと一緒に来ていたロンとロックハート先生が分断されてしまっていたようなのだ。

 私はロンが汗水垂らして開けたのであろう小さな穴を魔法で補強する。

 そして順番にその穴を通り抜け、無事に脱出することが出来た。

 穴の向こう側にはロンが心配そうな顔をして立っている。

 だが私の姿を見つけると不思議そうな顔をして言った。

 

「なんで咲夜がここにいるんだ?」

 

「そういえば咲夜、君はどうやってこの部屋に入ったんだい?」

 

 ロンが私の存在を指摘し、ハリーが思い返すように聞いた。

 

「ジニーと一緒に入ってきたわ。ジニーは何者かに操られているようだったけど。止めようとも思ったけど止まりそうになかったし、彼女1人で秘密の部屋に入っていったら、それこそ心配でしょう? だから付き添っていたのよ」

 

 それっぽいことを言って2人を納得させようとする。

 悪は悪、正義は正義の思考回路を持っている2人ならそれで納得するだろう。

 

「ところで、あそこにいるロックハート先生は何をやっているのかしら」

 

 私は出口のパイプのところで鼻歌を歌っているロックハート先生を指さす。

 

「記憶を失くしているんだ」

 

 ロンが呆れたように答える。

 

「忘却術が逆噴射して。僕たちでなく自分にかかっちゃったんだ。自分が誰なのか、今どこにいるのか、僕たちが誰なのか、チンプンカンプンさ。ここに来て待ってるように言ったんだ。この状態で岩場に放っておくと怪我したりして危ないからね」

 

 ロックハート先生は人が変わったかのように優しい表情をしている。

 

「やあ、なんだか変わったところだね。ここに住んでるの?」

 

 私はその言葉を聞いて状態を察する。

 これは重症だ。

 ハリーたちはパイプを見上げている。

 どうやってここから戻ろうか考えているのだろう。

 

「君は初めて会う子だね。お元気してる? 僕? 僕は…元気さ! 凄い元気!」

 

 ロックハート先生が何かを呟いていたようだが無視した。

 結局ハリーたちは不死鳥に掴まっていくことにしたらしく、ハリーは不死鳥の尾羽に掴まり、ロンはハリーのローブの背中のところに掴まる。

 そこから鎖のようにロンとジニーが手をつなぎ、ジニーとロックハート先生が手をつなぎ、ロックハート先生と私が手を繋いだ。

 次の瞬間、私は浮遊魔法にでも掛かったかのように全身が軽くなった気がした。

 不死鳥がいれば好きな物を好きなだけ食べられるといったアホなことを考えていると不死鳥は一気に私たちを連れてパイプを上昇していく。

 そしてあっという間に3階の女子トイレまで戻ってきた。

 私はトイレをするりと脱出すると、そのまま医務室へと向かう。

 そしてマダム・ポンフリーに気が付かれないようにハーマイオニーのいるベッドまで近づいた。

 私は不死鳥の涙が入った小瓶を取り出す。

 自分でも何故このようなことしているのか分からなかった。

 石化を解く薬はもうすぐにでも完成するという話だ。

 ここで使っても意味がない。

 だが私は、不思議と勿体ないとは思わなかった。

 不死鳥の涙が小瓶から滑り落ち、ハーマイオニーの口の中に入っていく。

 次の瞬間、ハーマイオニーの瞳に光が戻った。

 

「おはよう、ハーマイオニー」

 

 ハーマイオニーは一瞬何が起こったのか理解できないと言った表情で目をぱちくりさせていたが、自分がバジリスクに襲われたということを思い出すと我に返ったようだった。

 

「さ、咲夜! バジリスク! 生徒を襲っていたのはバジリスクだったのよ! 私、クィディッチの日の朝に思いついて図書館で調べたの……本の切れ端がない。でも本当なの! 急いで先生に知らせないと!」

 

 私は慌てるハーマイオニーの頭をぺちりと叩いた。

 

「落ち着きなさい。バジリスクはハリーが殺したわ。秘密の部屋に関する問題もね」

 

 私はゆっくりとハーマイオニーが石化したあとのことについて話し始める。

 ハグリッドがアズカバンに一時的に投獄になったこと。

 ダンブルドア先生が理事たちの命令で停職処分になったこと。

 ジニーが秘密の部屋に連れていかれ、ハリーが見事助けだしたこと。

 ハーマイオニーは私の話を最後まで聞くと、安心したようにベッドに横になった。

 私はそんなハーマイオニーの耳元で告げる。

 

「学期末テストまで、あと数日よ」

 

 ハーマイオニーの顔が唖然とした表情で固まり、すぐさまベッドから跳ね起きると図書室の方に走っていった。

 

「こら! ハーマイオニー・グレンジャー! 病人が勝手にベッドから……なんで動けてるの!?」

 

 マダム・ポンフリーの驚愕したような声が医務室に響き渡る。

 私はマダム・ポンフリーに見つからないように、こっそりと医務室を後にした。

 

 

 

 

 ダンブルドア先生はハリーとロンに200点ずつ点数を与えたらしい。

 去年私が貰った170点を30点も上回る高得点を2つもだ。

 ロンなど何もしていないような気がするが、まあ同じ寮生なので大目にみよう。

 私もあの場に残っていればもう200点もらえたのだろうか。

 なんにしてもこれでグリフィンドールが一気に400点も稼いだことになり、今年の寮対抗杯もグリフィンドールのものとなった。

 それと共に、ハリーとロン、そしてここでは何故か私にもホグワーツ特別功労賞が授与されることになった。

 リドルのトロフィーの横に私のトロフィーが並ぶわけだ。

 それはそれで笑える光景になることだろう。

 そして風の噂でマルフォイ氏が理事を辞めさせられたという話を聞いた。

 これは私の予想でしかないが、今回の件はマルフォイ氏のマッチポンプだったのではないかと思う。

 でなければダンブルドア先生が停職処分にされた理由も、このタイミングでマルフォイ氏が理事を辞めさせられる理由もわからない。

 そしてハーマイオニーにとって幸か不幸か学年末テストは事件が解決したお祝いに中止になった。

 ハーマイオニーの叫び声を聞く限りでは、不幸のほうだったらしいが。

 私は自分のベッドの上でリドルの日記に文字を書き込んでいく。

 

『ダンブルドア先生は貴方がまだ無事なことに気が付いてないわ。上手く行ったでしょう?』

 

『どうやらそのようだ。それで、これから僕はどうなる? ハリー・ポッターを殺すのは今の僕に任せるとして、君は僕をどうしたいんだ?』

 

 私はクスリと微笑むと、万年筆を滑らせた。

 

『ポケットの中の友達って、素敵じゃない?』

 

『君には全く呆れるよ』

 

 

 

 

 

 こうして忙しかった1年も終わり、私は紅魔館に帰ってきていた。

 私はお嬢様に紅茶をお出しすると、そのままその場で待機する。

 

「あら、少し腕が上がったんじゃない? ホグワーツで練習したの?」

 

 お嬢様は私が淹れた紅茶に満足したのか私の方に振り返って聞いた。

 

「そうそう、咲夜。ホグワーツで友達は出来た?」

 

 私は1冊の日記帳を取り出す。

 

「はい、トム・リドルさんです」

 

「ぶほぉっ……!」

 

 次の瞬間、お嬢様が紅茶を噴き出した。

 私は時間を止めてテーブルとお嬢様の服についた紅茶をふき取り、時間停止を解除する。

 

「え? マジ!? トムの日記!? ちょっと見せなさい!」

 

 お嬢様は紅茶の入ったティーカップを投げ捨てると喜々として日記帳を捲った。

 

「白紙……透明インクね! パチェ! パチェ! ちょっと来なさい!!」

 

 お嬢様が部屋の一角に向けて笑い声を堪えるような声で叫ぶ。

 すると何処からともなくといった感じでパチュリー様の声が聞こえてきた。

 

『うるさいわね……どうしたってのよ』

 

「トムの……トム・リドルの日記帳を手に入れたわ。しかも学生の頃の!」

 

『え!? どこで!? なんにしてもすぐに行くわ走っていくわ!』

 

 ドタバタと廊下を走ってくる音が聞こえてくる。

 次の瞬間パチュリー様が息を切らしながらもニヤニヤが止まらないといった表情で部屋に入ってきた。

 

「これ、透明インクかしら。真っ白なの。相当見られたくなかったんでしょうね」

 

「でもリドルがそんな幼稚な魔法で自分の恥ずかしい記録を残すかしら」

 

「なんにしても中身を読むことが出来れば何でもいいわ。どんな面白いことが書いてあるか気になるし」

 

 まるで知り合いの部屋から昔のアルバムでも見つけたかのような反応を見せる2人に私は戸惑ってしまう。

 パチュリー様が手をかざして何やら呪文を掛けている。

 そんな様子に耐え切れなくなったのか、白紙のページにひとりでに文字が浮かび上がってきた。

 

『やめてください。この日記帳には僕の記憶が詰まっているだけです』

 

 その文字を見て何かに気が付いたのか、パチュリー様が肩を落とす。

 その様子を見てお嬢様がパチュリー様に聞いた。

 

「つまりどういうことなの? これはトムの恥ずかしい日記帳なのでしょう?」

 

「恥ずかしいことが書かれていることは決定事項なのね……これは確かにリドルの日記帳らしいわ。でもリドルときたら自分の記憶をそのまま日記帳に宿したみたいなの。つまり当時の生意気なガキがこの日記帳に宿っているだけよ」

 

 その言葉を聞いてお嬢様も「な~んだ」と肩を落とした。

 パチュリー様は日記帳に手をかざすとホグワーツでは到底習わないような呪文を唱えていく。

 すると日記帳は新品同様に綺麗になった。

 

「仕上げにこれ」

 

 パチュリー様はポケットから宝石のようなものを取り出す。

 その宝石を日記帳の上に置き、手をかざした。

 すると宝石は一体化するように表紙とくっつき、あたかもそのような装飾が施されていたような自然な形へと変化した。

 次の瞬間、私の横にリドルが実体を持って現れる。

 

「はぁい、トム。といっても、学生だった頃のトムと出会うのは初めてかしら」

 

 お嬢様がリドルに向けて手をあげて挨拶をした。

 

「お嬢様はトム・リドルのことをご存じなのですか?」

 

 私はたまらずお嬢様に聞いていた。

 だがその問いに答えたのはリドルのほうだった。

 

「ホグワーツを卒業した後、ボージン・アンド・バークスで働いているときに少し仲良くなったらしい。もっとも、売り手と買い手という関係でしかなかったですが」

 

 リドルが続ける。

 

「それにしても、ここにいたのですね。パチュリー・ノーレッジ。噂に聞くように、凄まじい技術と魔力だ。貴方がここに姿を現したということは、僕はもうこの館の外には出れないということでしょうか」

 

 私はなんの話をしているのか全く分からなかった。

 そんな私を見かねてか、パチュリー様が説明してくれる。

 

「貴方なら喋らないと思っていたし、強くは言ってなかったから気が付いていなかったかも知れないけど、実は私はここに匿われているのよ。この紅魔館にね」

 

 衝撃の事実だった。

 それにリドルが説明を付け加えてくれる。

 

「パチュリー・ノーレッジさえ自分の陣営に引き込むことが出来れば、それだけで魔法界を掌握することが出来る。それほどの技術と力を持っているのです。彼女は。先ほど無造作に取り出した宝石1つとってもそうだ。今僕の媒介になっている宝石は『賢者の石』と呼ばれる錬金術の最終形です。この日記帳に関しても僕が掛けた魔法を欠片も傷つけずに修復してみせた。既に使う魔法の次元が違う」

 

「そういうこと。咲夜、ということでパチェがうちにいることは内緒だから。わかったわね?」

 

 私は一度に与えられた情報量に目を回す。

 パチュリー様が飛びぬけて凄い魔法使いだとは聞いていたがそこまでのお人だったとは。

 だったらそれを自分の陣営に引き込んでいるお嬢様は一体……。

 リドルとお嬢様の繋がりは?

 私は思考を停止させて、頷くことしか出来なかった。

 

「かしこまりました。お嬢様」

 

 

 

 

 リドルは実体と記憶を切り離され、大図書館で働かされることになった。

 主な仕事はパチュリー様の助手だ。

 リドル自身向上心の塊のような人間なので、喜々として研究を手伝っている。

 そして私の手元にはリドルの日記が握られていた。

 リドルの本体はこの日記帳らしく、普通に日記帳を通じて会話も出来る。

 脳みそと体が分かれているようなものだろう。

 まったく、パチュリー様も滅茶苦茶な魔法をリドルに掛けたものだ。

 私は日記帳を開き、文字を書き込んでいく。

 

『これでよかったのかしら。トムはパチュリー様の助手で不満はないの?』

 

『不満がないと言えば嘘になるかも知れない。だが、それは何処にいても同じだ。ここはその中でも最高の環境だと言える。あのパチュリー・ノーレッジの助手として働けるんだ。少しでも多くの知識を吸収して、僕は自身の研究を完成させる』

 

『そう、貴方が幸せそうでなによりよ』

 

 私は日記帳を閉じるとベッドに横になる。

 そしてこの1年のことを思い返していたが、いつの間にか夢の中へと落ちて行ってしまった。




用語解説


ダンブルドアの能力考察
ダンブルドアは咲夜の能力を空間転移だと仮説を立てたようです。

咲夜の守護霊
狼にしました。本当は無駄無駄のあのお方のスタンドにしたかったとか言えない。

友達
咲夜の友達が増えたそうです。でも既に人間ではない模様。

バジリスク
描写が少ないですが、きちんとハリーに殺されています。
バジリスク、不憫な子ッ!

不死鳥の涙
使えそうなものは即回収。

時間停止がバレる
第一発見者はトム・リドルになりました。ですが既に紅魔館勢に加わったので咲夜的には安心

偽物の日記帳
バジリスクの牙で刺した時点で本物であっても偽物であってもただの紙切れに戻っています。故に偽物でもバレません。バレないという設定で行かせてくださいお願いします。

咲夜の言いくるめ
TRPGだったらかなりの高数値スキルだと思います。

ロックハート先生
無事退職なされました。

ハーマイオニーに不死鳥の涙
貴重な不死鳥の涙をハーマイオニーに無駄に使ってしまう咲夜。咲夜自身なぜそうしたのか理解できない。

ハリーとロンに200点ずつ
この思い切りの良さはダンブルドア先生らしいところです。

恥ずかしい日記
友達の部屋から日記帳が出てきたら開いて読むだろう?
誰だってそーする。おれもそーする。おぜうさまだってそーする。(ジョジョネタ)

賢者の石を埋め込むパチュリー
ジニーの魂の代わりに賢者の石を使って実体化するリドル。無造作に賢者の石を取り出し分霊箱に組み込めてしまうあたりパチュリーがどれほどチートなのかよくわかる。

匿われているパチュリー
この物語に深く関わってくる設定。次第にダンブルドアとヴォルデモートとの間でのパチュリー捜索合戦が始まる予定です。

助手リドル
パチュリーの存在を知ってしまった手前、外に出すことは出来なくなったので紅魔館で働くことになったリドル。飲まず食わず不眠不休で働ける人員を確保したパチュリーはほっこり顔。二次創作でいうところの小悪魔ポジ。もっとも図書館に小悪魔がいないわけではないです。

リドルの研究
不老不死と体の再生、絶対的な力、純血以外を殺す薬(これは冗談半分で)

日記帳は咲夜の手に
頼れるサポートキャラとして、今後ともにリドルの存在が出てくるかもです。
リドルの実体は図書館にいるので言ってしまえばネットに繋がったパソコンのようなもの。紅魔館からの知らせが届いたり(メール)分からないことを調べたり(検索ブラウザ)記録を取って貰ったり(記憶媒体)


追記 文章を修正しました。

h30.8.9 加筆修正

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