海へ出てどのくらい経っただろうか。
鎮守府はおろか陸すらも見えない。鎮守府近海と言えど、それなりに距離はあるようだ。いや、この状況であれば近いところまで攻められている方が困る。
矢矧は周囲を警戒しながらそんなことを考えていた。
ここに来て数時間だが、体は文字通り手足のように動かせている。
「作戦指示されたポイントはこのあたりみたいね、逆探されている形跡無し、よし!索敵を厳に!」
叢雲が威勢の良い声を発し、矢矧もそれに従い、動く。
二人は電探を使いながら周囲を警戒する。
「かからないみたいね・・」
矢矧は叢雲に話しかけた。
「そろそろ作戦開始時刻のヒトサンマルマルよ、いつ来てもおかしくないわ、警戒、怠らないでね」
了解。そう返そうとした矢先であった。
「! 電探に感あり!」
矢矧の声が鋭く響いた。
「予想よりも少し早いわね、敵の電探の周期は!?」
「長、まだこちらには気づいてないわ!艦影一二三四五!いずれも軽巡以下みたい!」
「不幸中の幸いか・・いずれにしろ数的不利には変わりないけど!」
一気に空気が変わった。
肌を刺すような緊張感と寒気がするほどの恐怖が走る。
水面には蒼白い死のイメージが散らばって、海底が黑い大きな口を開けて待っている。
ああ、そうだ。私はここで戦ってきた。
何度も絶望した。
だが、また同じ道を進むわけにはいかない!
「迎撃開始よ!」
叢雲が力の籠った声を上げ、それに矢矧が答える。
「了解!」
二人は猛機動で敵に近づく。
肉眼でも見える距離までくると、ようやくその姿のすべてを見ることができた。
異形、化け物。そんな言葉がよく似合った。
「何なのこれ・・」
矢矧の誰にも向けていない問いに叢雲が答える。
「こいつらは深海棲艦、まだよくわかってないことがほとんどなんだけど、少なくとも私たちを攻撃する敵、ってとこかしら!」
攻撃されるのは今も昔も変わらないらしい。
にしても手、らしきものが見えるやつもいるが、おおよそほとんどが人間とはかけ離れていた。深海、というだけあってほとんどが魚の化け物のような姿だ。
叢雲はそのまま続けた。
「軽巡一に駆逐四ね!作戦通り行くわよ!」
二人は横一定間隔を保ったまま深海棲艦に突っ込む。
向こうもようやくこちらに気づいたらしく、進路を変えて向かってきた。
「砲撃開始!」
叢雲の指示に従い、矢矧は撃ち始める。
作戦通り自分たちからは突っ込まず、慎重に砲撃する。
前に踊り出てきた敵駆逐に何度か照準を変えながら撃ち続けた。
それから数発目で夾叉し、次の砲撃では着弾させた。
ほどなくして炎上した敵駆逐は腸を撒き散らしながら爆散した。轟沈だ。
「やるじゃない!」
撃ち続けながらも叢雲は矢矧を褒めた。
「まだまだ!」
矢矧もここではまだ満足できない。
だが、依然として敵はこちらの倍である。
当然、こちらの倍は撃ってくる。
二人はじわじわと回避に意識を割き始め、砲撃が疎かになり始めていた。
叢雲が少し焦って言う。
「くそっ、埒が明かないわね!いっそ切り込む!?」
「ダメ、提督の言っていた通り耐久戦よ!」
提督の言っていた手とは何なのか、今は信じるしかない。
その時だった。
矢矧の視界の端の青の背景に一条の白線が走った。
これは、危険だ。矢矧はそう直感した。
思い切り体をよじり、精一杯の回避行動をとる。
「矢矧!」
どかん、と鈍い爆発音がし、水しぶきが上がる。
「大丈夫!」
矢矧は懸命に答えたが、水しぶきが消えた後に見えた彼女の姿は無残なものだった。
「大丈夫じゃない!どう見ても中破以上じゃない!」
あれは魚雷の航跡だ。
何とか直撃は避けたが、爆発には飲まれたようだ。艤装はひしゃげ、右腕からは鮮血が漏れ出ていた。航行はできても戦闘は困難そうである。
正面の敵が魚雷を撃ったようには見えなかった。ではどこから?
矢矧は右腕の鈍い痛みに耐えながら、瞬時に周囲を見ると叢雲に叫ぶ。
「九時の方角!新たに敵一!」
いつの間に接近されていたのだろうか。砲撃と同時に索敵もまた、疎かになっていたのであろう。
「重巡・・級・・?」
叢雲がその正体を告げる。
人型に近いその敵重巡は何もせず、静かにこちらを見ている。
いつの間にか砲撃も止んでいた、が少なくともそれに歓喜する余裕はない。
叢雲が呟く。
「新しい敵、ピンチね・・」
矢矧はつぶさに周りを見ながら状況を把握し、言った。
「砲撃が止んだと思ったら、敵軽巡たちが移動してる!挟み込まれる!」
「あーもうどうするのよ!このままじゃ・・!」
敵重巡はゆっくりと砲撃姿勢をとる。死へのカウントダウンをするように。
それに倣って移動した敵軽巡たちも砲撃姿勢をとる。
漠然とした恐怖がさらに研ぎ澄まされより具体的になる。じわりじわりと冷たい水底のイメージが頭に流れ込んでくる。
終わる?ここで?
矢矧は初めてそれを思った。
だが、すぐに打ち消した。
終わるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。矢矧は知っていたからだ。
生は執着する者のところにあるのだと。
矢矧は手をぐっと握る。
ここで終わってたまるか!
その思いは一撃の砲撃のもとに実現した。
続きは明日以降かな?
難しかった・・・orz
改一 叢雲のセリフを変更しました。