まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

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10話 Skoll

 

 

 

 皆で弾幕ごっこの練習を始めたのはいいのですけれど、私に限っては早々に諦めざるをえませんでした。

 薄々感じてはいましたけれど、小さな逃げ道なんて私のこの体で通れるはずがないですよね。

 私の大きさに合わせた逃げ道なんて作ったら、それはもう皆が堂々と胸を張って通れる大穴になってしまいます。

 そこらの牛より大きいんですから、自分でもちょっと育ちすぎじゃないかと思わなくもありませんけれど、ほら、育ってしまったものは仕方がないわけですよ。

 パチュリーさんが存在を匂わせていた小型化魔法も実際の所は複雑な魔法陣の上でしか実現できないようなもののようで。

 何と言うか……そう、私詰みました。

 まさしく戦わずして負けました。

 

 そんなわけで弾幕ごっこの準備を進める皆とは違って、私は以前と大して変わらない生活を続けている現状。

 とはいえ流石にいつまでも一人でぐうたら食っちゃ寝をしているというのも気分が悪いので、自由な時間が増えた事を利用してちょっと外に出てみる事に。

 そう、私にできる数少ない事の一つであり、ある意味私が最も得意な事。

 うふふふふふ……今日の晩御飯は豪勢ですよ……!

 

 

 

 じゅるり。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 獲物の臭いを探しながら、何処を目指すでもなくふらりふらりと歩いて、辿りついたのは何度も足を運んだ草原の端っこ。

 私の目を以ってしてもわずかに霞むほど先に、群れからはぐれたらしいひとりぼっち鹿の姿を発見。

 これが木々の生い茂った森の中であるというなら、小回りが利かずに逃がしてしまう可能性というのも無きにしもあらずですけれど、幸いにも獲物が居るのは開けた草原のど真ん中。

 のんきに草を食んでいる相手を逃すほど落ちぶれてはいません。

 ……たぶん、きっと。

 

 何にせよ、一人ぼっちになった所を襲うのは少々可哀想ではありますが、弱肉強食は自然界の掟です。

 群れからはぐれてしまったのみならず、そんなあからさまな場所で草を食んだ己の迂闊さを恨みなさい。

 

 心の中でそう呟きながらぺろりと鼻を湿らせ、静かに重心を落とし。

 地を踏みしめる四肢へじわりと力を込めて足場を確認。

 硬すぎず柔らかすぎず、さらに言うなら乾きすぎずという中々の感触です。

 これなら良い初動が期待できることでしょう。

 それにしても、久々の狩りだからかもしれませんが、やたらと気分が高揚しているのをひしひしと実感。

 幸いにもそれなりの距離があるのでこの気配を獲物には気取られていないようですが、単独で狩りをする獣としては及第点に遠く及ばないでしょう。

 気配を殺しきれないようでは、成功して然るべき狩りも失敗してしまいます。

 

 でも止まらない、止められない!

 

 そう、これは久々の『狩り』なんですもの。

 館での生活はこの上なく幸せですが『それはそれ、これはこれ』といったところでしょうか。

 死の寸前まで追い求めていた居場所を得たとはいえ、この身はあくまでも狼。

 本能が、こうして獲物を狩るために伏せている状況に心躍らせてしまうわけですよ。

 生きるための行動であるが故に、自分は今を生きていると実感する瞬間の一つですからね。

 

 全身に力が漲るのを感じながら、最小のリスクで確実に仕留められるチャンスをひたすらに待ち続けて。

 集中しているせいか体感している時間の流れがおかしなことになっていますが、これも久々の感覚だなと再び胸が高鳴ります。

 

 

 そうして待ち続けた末、獲物が私とは逆の方向を向いたのを認識。

 その瞬間に体が自然とスタートを切ります。

 

 

 音すらも置いていく気勢を以って駆け出し、数歩で最高速へ到達。

 後はそれを維持して最短の道筋を駆け抜けるのみ。

 ごうごうと耳を打つ風の音を感じながら、伏せていた草原を割って一直線に獲物との距離を詰めます。

 十間ほどの距離になった時、ようやく獲物がこちらへ気づいたようですが……この距離では時既に遅しですよ?

 

 一番手っ取り早いのは牙や爪で獲物の首を落としてしまう事ですけれど、そうしてしまうと家へ持って帰った時に血で汚してしまうので、今回はシンプルに体当たり。

 体当たりと言っても侮る事無かれ。

 当たる瞬間に私の能力を切って自重を戻してしまえば、それまでの加速も相俟ってそれなりの威力は出ます。

 サクヤさん曰く、乙女の体重は最重要機密事項との事ですので敢えて詳しく言及はしませんけれど、比較対象が最低でも牛クラスだという現実。

 それだけの重さがある私の、自他共に認める健脚を以ってした体当たりです。

 たかが鹿程度、行動不能にできない道理などありませんとも!

 

 逃げ出そうとして足を踏み出しかけた獲物目掛けて下から抉るように体当たり……というか頭突き。

 衝突の瞬間、頭蓋を通じて感じる破砕音と、その後についてきた鈍い音。

 先ほどまで食んでいた草を口腔から飛び散らせながら空を飛ぶ獲物に、不覚にもやってしまったと後悔。

 うん……やりすぎて骨が見事に粉々って感じですね、アレ。

 何かぐにゃぐにゃ妙な曲がり方です。

 ……まぁ良い事にしましょう、うん。

 その辺りの肉は私が食べるようにすればいいですし。

 ほ、骨があった方が……そう、あ……あくせんと?……がきいてるんですよ!

 

 内心ちょっと取り乱しながらも、体当たりの勢いのまま走り抜けて跳躍、確保。

 しっかりと仕留めているのを確認した上で背中へと乗せてみっしょんこんぷりーと。

 

 背中に感じる重みや肉の感触からいって、予想通り中々の獲物のようです。

 恐怖を感じさせる程の間も与えずに一撃で片をつけたので、肉の味も落ちてはいないはず。

 怖がらせてから殺すと肉の味が落ちてしまいますからね。

 

 満足と共に鼻からふすりと一息ついて、一路紅魔館へ。

 背中に乗せている獲物を落とさないように、ついでに鮮度も落とさないように。

 少々やりすぎた感のある部分もありますが、この種の満足感は久々ですよ、ええ。

 うむうむ、よきかなよきかな。

 

 

 

 

 

 ぐきゅるるるるる。

 

 

 

 

 

 …………私じゃありませんよ、今の。

 出発前にサクヤさんからオヤツを頂きましたし。

 ばけっとさんど、とかいうパンでしたけど、あれは美味しかった。

 

 そんな事を考えながら音のした方へ目を向ければ、そこには呆然と立ち尽くした黒く細い二股尻尾の化け猫さんが。

 鹿に集中していたとは言え、全く気づきませんでした。

 反省反省、こんな事じゃいかんとです。

 

 

 

 

 

「今日の……晩御飯……」

 

 

 

 

 ぐぎゅるるるるるぅ。

 

 

 

 

 ……何ですか、この罪悪感。

 よだれ拭きなさい、はしたないですよ?

 

 指摘されてようやく気づいたのか、ごしごしと白いブラウスの袖で口元を拭う化け猫さん。

 目の前に居ても威圧感をこれっぽっちも感じませんし、仕草も子供の様ですので年若い妖獣さんなのでしょう。

 私のようにいつまでも人型を取らずに歩き続けていたような例は特殊らしいですし。

 ある程度年経た妖獣は効率よく人を襲うために人に化けたりするらしいですが、生憎と私はそんなつもりもなかったので狼のまま。

 そういえばこの話をした時に、よく今まで存在が薄れなかったわねと呆れられましたね。

 いやはや、不思議不思議。

 

 あぁ、今はそんな事よりもこの子の事です。

 形はどうであれ、この子の晩御飯を先に獲ってしまったのは事実ですし。

 早い者勝ちと言えばそれまでですが、私よりも遥かに年若そうな子のご飯を取ってしまうのはちょっと気が引けます。

 

 私が何も言わずにじっと見つめているのをどう解釈したのか、今更慌て始める化け猫さん。

 どうしよう、どうしようという考えがまるで透けて見えるかのような慌てっぷりです。

 

 ……うん、やっぱり罪悪感が。

 これじゃ私が小さな子をいじめてるみたいじゃないですか。

 

 絶対に必要というわけでもないし、機会がこれっきりというわけでもなし。

 そもそも今日ふと思い立ってやっただけの事ですし。

 また獲ればいいだけの話ですよね。

 

 そんな考えの下、どうぞ持って行きなさいと化け猫さんの前に鹿を横たえると驚いた視線を頂きました。

 うむ、普通はそうでしょうねぇ。

 わざわざ狩った獲物を知りもしない子に渡すなんて有得ませんもの。

 

 鹿と私の間で忙しなく視線を行き来させる化け猫さんにちょっと和みながらも、頑張りなさいと意思を込めて一つ頬擦り。

 さ、次の獲物を探しましょーかー。

 居なかったら居なかったでお楽しみは次の機会に持ち越しです。

 ……最近はちょっと寂しい事に、時間も余ってますし。

 

 

 

 

 

「あの、この鹿……」

 

 ふすふすと鼻を鳴らしながら別の獲物の臭いを探し始める私を、混乱の抜けきっていない化け猫さんが見つめてきます。

 立ち直りが遅い……こんな事じゃ先が思いやられますよ、いや本当に。

 驚いた後の回復の早さで生死が分かれるなんてザラですし。

 私が子供の頃、それで何度死に掛けた事か。

 

「あの、先に獲ったのは貴方だし」

 

 ……これは意外や意外、随分と素直な子ですね。

 妖獣は割と自己中心的な傾向が強いと言うのに。

 私とか私とか私とか。

 パチュリーさん曰く、元が獣だから当然との事ですが。

 

 しかしまぁ……いつまでも迷っている様子を見せてくれているので、ここは一つ背中を押してあげることにしましょう。

 妖獣というある意味ご同輩なんですから、たまには年長者らしい振る舞いをしてみるのも一興。

 普段はこんな事をする事も余りありませんし、ちょっと楽しいかもしれない。

 いやはや、私にもまだまだ子供な部分があったものです。

 

 そんなわけで、化け猫さんと向き合う形でもそりと座りながら、気になるならまたいつか会った時に何か返してくれればいいですよと先輩風を吹かせてみたり。

 お互いそれなりに長寿な存在ですし、何事も無ければまた会うこともあるでしょう。

 幻想郷というらしいこの地は結界で区切られているようなので、ふとした事で行動範囲が重なる可能性も高いはず。

 

「でも……」

 

 いいから持って行きなさい。

 お腹、空いているんでしょう?

 さっきからずーーーっと鳴ってるじゃないですか。

 

 私に笑いを含んだ意思を向けられて自覚したのか、お腹を押さえながら頬を赤くする姿はちょっと可愛らしかった。

 素直な子は好きですよ、うん。

 本当に可愛らしい。

 

 意思を重ねれば重ねるほど赤くなっていく化け猫さん。

 頬を染めるのを通り越して顔中が真っ赤になってしまいました。

 面白いなぁ、可愛いなぁ。

 

「うぅー!」

 

 

 

 

 

 

 しばらくそうやって楽しんでいましたが、ちょっと涙目になってきた化け猫さんが可哀想になってきたので切り上げ。

 少々やりすぎた感があります。

 まぁ、この獲物の分って事で勘弁してもらいましょう。

 

 のそりと腰を上げて、浮かんだ涙を拭うように頬擦り。

 先ほどもそうでしたが、あっさりと頬擦りを許すこの子の将来が少し心配になってしまいます。

 このままがぶりといってしまえばそれで終わりなのに。

 

 踵を返してその場を去る私の背中にかけられたのは、慌てたような感謝と再会の願い。

 思わずくつくつと口の端を持ち上げてしまいました。

 いやはや、本当に可愛らしい限りですよ。

 

 さ、次の獲物を探しましょう。

 まだまだ日は高いですからやってやれないことはありません。

 さっきは鹿でしたし、今度は熊でも狙ってみますかぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた頃が私にもありました。

 そんな今の私の気分は、幻想郷怖いの一言に尽きます。

 

 

 

 熊の匂いを感じて心躍らせたのも束の間。

 そのすぐ近くに人間の匂いがあって、尚且つ血の匂いもしなければ動きも感じないという不思議な状況。

 何事かと近寄って様子を伺うと、立ち上がっていつでも腕を振り下ろせる体勢の大熊と、その正面でもろ肌を脱いだ一人の人間というさらに不思議な状況。

 いい年したおっさんがたるんだ腹晒して何やってるんですかね、全く。

 少しばかり呆れながら見ていれば、そのまま素手で熊と殴り合って傷一つ無く勝利をおさめて勝ち鬨の叫びをあげる人間。

 なにこれ、幻想郷怖い。

 大熊と純粋に素手で殴り合って勝てる人間って何ですか。

 ……こっち向けてガッツポーズするな、どや顔をするなっ!

 マッスルポーズもいらないですよ……おなかがたるたる揺れてるじゃないですか、みっともない……!

 

 

 

 この上なくげんなりとしながらその場を後にして、ぼけーっと次の獲物を探し求めた末に見つけたのは虎。

 ……何でも居るんですね、幻想郷。

 そしてそんな虎の前には再び一人の人間。

 先のいい年したおっさんとは対照的に、こちらの人間は無駄のない筋肉のつき方をしたやり手っぽい丸眼鏡の青年。

 私の中に湧き上がるいやーな感じの予感は見事に的中しました。

 飛び掛る虎の腕を取って流れるように地面に叩きつけた後に、馬鹿げた速度と力を以ってあっさりと絞め殺してしまう青年。

 何か最近私の中の人間の基準が急速に壊れていっていますよ。

 筆頭はサクヤさんですけど、人里に行ったときのお菓子のおじさんやらさっきの熊狩りのおっさんやら……

 そして今、目の前にいるこの虎狩りの青年。

 

 幻想郷怖い……

 

 そしてお前もか、青年。

 さっきの暑苦しいだけのガッツポーズよりは遥かに洗練されていて好感が持てますけれど、どうにも嫌味ったらしく見えますよ、その西洋風の礼。

 ニヤニヤ笑いながらお手上げするな、ブチ殺すぞひゅーまん!

 ……ひゅーまん?ヒューまん?

 …………ヒ、ひゅーマン!!

 

 決まらない!!

 サクヤさんが聞かせてくれたみたいな流暢な発音が出てこないっ……!

 いや、実際に声に出してるわけじゃないですけど。

 

 口笛吹きながら彼方へ視線を彷徨わせる青年に何故か敗北感を覚えながら、またもや獲物を取り逃がした私。

 何でしょう、呪われでもしてるんでしょうか。

 三回とも……いや、化け猫さんは一緒にしたら可哀想ですよね。

 とりあえず二回も結果的に獲物を得ていないという現状。

 ちょっと自信を無くしてしまいますよ……あはぁん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってから皆の前で今日あった事を話すと、サクヤさんからそんなのと一緒にするなとお叱りを受けました。

 時間操作なんてしておきながら平然としている人が言う台詞じゃないと思います。

 本当に……幻想郷は……怖い。

 

 

 

 

 

 

「そう、明日の食事は抜きでいいのね?」

 

 ごめんなさい!

 

 

 

 

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