基本的にスコールは気まぐれだ。
私たちが傍に居る時はそうでもないけれど、ふと独りになる時はいつも違うことをしてる。
散歩に出かけたり、家の中をひたすらうろうろしていたり、何故か塀の上をぷるぷると落ちそうな足取りで歩いてたり、美鈴とフリスビーやボールを使って飼い犬ごっこをやっていたり。
昨日なんて妖精メイドたちと鬼ごっこをしていた。
狩猟本能なのか、それとも勢い余ってかはわからないけど、一匹まるっと頬張ってから慌てて吐き出してるのを見て思わず噴出してしまった。
吐き出された直後は呆然としていたけど、何が起こったか認識して泣き出す妖精メイドを必死にあやしている姿は、少なくとも齢千年を超える妖怪には見えなかった。
私やお姉さまの倍以上生きているのに、無邪気で好奇心旺盛で活動的。
スコールから聞く昔話のほとんどはハッピーエンドじゃないのに、何でそう在れるのか不思議で仕方がない。
居つこうとしても追い出されたり、出て行かざるをえなくなったり。
そんな状況で歪んでしまわなかったのは本当に不思議だと思う。
普通の妖怪はある程度の所で見切りをつけて……というか、最初から力ずくで居場所を作るもののはずなのに。
でも、私はそんなスコールが好きだ。
私がこうしてお姉さま達と穏やかに過ごせるようになったのもきっかけはスコールだったし、私がどういう存在か知っても変わらず接してくれた。
毒のない、ともすれば本当に妖怪なのか疑わしくなるほどのその性質は稀有と言うほか無いだろう。
スコールは私がいつも感謝の念を込めて接しているのに気づいてくれているだろうか。
変わらないでいてくれる存在が、どれほど嬉しかったか気づいてくれているだろうか。
「スコール」
もふもふとしたスコールの背中でうつぶせになったまま呟くと、いつの間にか眠ってしまっていたらしく返事はなかった。
規則的に体が上下するだけで、寝息の音はほとんど聞こえない。
「……スコール?」
ぴくりと耳は動いたが、起きる気配は無い。
今は深夜で、私達吸血鬼の時間だから仕方がない事かもしれない。
狼は基本的に夜行性らしいけど、スコールは昼の方が好みなようで昼間に動き回ることが多いし。
私達に合わせて夜に行動することもあるけれど、そういう時は大抵近くで寝転んでいたりしてあまり動かない。
反応がないので、もふもふとした毛並みに埋もれながら自然と思考の海へと分け入っていく。
今夜は珍しい事にお姉さまは用事があると言って外出している。
何でも隙間の大妖とちょっとした会談があるとの事で、サクヤやパチュリーも連れて。
そう、隙間の大妖、八雲と。
前に一度だけ会ったけれど、あのスキマ妖怪はどうにも苦手だ。
私の経験が浅いという事もあってか、気味が悪い程にこちらの内面を見透かしてくる。
苦手だな、と思った次の瞬間には『よく言われますわ』なんて扇子で口元を隠しながら笑われたし。
あれは怖い。
それにあの妖怪が使うスキマも苦手だ。
ぱくりと宙に開く瞬間、まるで世界に亀裂が走ったような感覚に襲われる。
この世界を構成している根幹の部分が揺らぐあの感覚は、できる事ならあまり体験したくない。
お姉さま達にこの話をした時は首を傾げられたけど、実際にそう感じたんだから仕方がないと思う。
……自分に対してあの能力を向けられた時、平静でいられる自信はない。
多分あのスキマは壊せるだろう。
ちゃんと壊れる目は感じられたのだから。
でもそれを壊した時に何が起こるのか、そこが怖い。
ただスキマが閉じるだけならいいけれど、先の感覚を考えると、そのスキマが存在する空間そのものが壊れてしまうような気もする。
空間の消失が世界にどのような影響を与えるのか。
私の内側から沸いてきた感覚を信じるのであれば、試してはいけない事だ。
もしお姉さまに何かあった時は、何としてでもあのスキマを打倒してやるという気持ちはある。
しかし実際にそういう事態になった時、それを成して良いものか。
それ以前に、成せるかという疑問もあるけど。
…………やめよう、うん。
だんだん気分が落ち込んでいくのを自覚して、思考を打ち切る。
パチュリーなんかは『常に最悪を想定しなさい』と言うけれど、いつも最悪ばかりじゃ楽しく生きていけない。
せっかくの長い長い生なんだから、楽しまなければ損だよね。
……そう考えようとしても、何も無しにはすぐに気分が上向くことはない。
八雲の能力について考えをめぐらせてしまった事から派生して、もしもお姉さまたちに何かあったらどうしようという考えが頭をかすめてしまったから。
一度考え始めると、止まらなかった。
思わずスコールの毛並みを楽しんでいた手へ少しばかりの力を込めた。
痛くはないだろうけど気にはなる程度に。
ワガママだと思うけど、今はスコールと話をしていたかった。
あらゆるものを軽くするという、その能力の恩恵を受けたかった。
む…………むぁ?
もぞもぞと揺れた後、妙な思考と眠たげな目がこちらに向けられる。
そこに眠りを妨げられたという不快感が感じられなかったのは嬉しかった。
今そんな思いを向けられたら、落ちるところまで落ちてしまいそうだし。
何も言わずにしがみつく私を、スコールは背中を揺すってお腹の方へと落としてからぐるりと体を丸めた。
大きな体だから、私を丸ごと包み込んでしまってもまだ余りある。
そんなスコールに包まれて、安心感が私の中に満ちていった。
首筋に当たる毛のくすぐったさや、まるでゆりかごのようにゆらりゆらりと揺らされる感覚が心地いい。
私の胸辺りに置かれたスコールの頭を両手で抱きしめると、優しく撫でるような頬ずりをしながら安心なさいという意思を沁みこませてきた。
そこでようやく自分が泣いていたことに気がついた。
……まだまだだなぁ。
外に出てから色んなことを知って変わったつもりになっていたけど、根っこの部分はこんなにも弱いままだ。
スコールには悪いと思ったけれど、ふさふさの毛並みに顔を埋めて涙を隠す。
……ああ、この場所は本当にあたたかい。
初めて会ったあの時と同じで、本当にあたたかい。
久しぶりに流した涙を、スコールは何も言わずに受け入れてくれた。
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日が昇る直前という時間になって、ようやくお姉さま達が帰ってきた。
私がもう泣かないように相手をしてくれていたスコールのおかげで、涙を見せずに済んだのは本当に良かったと思う。
お姉さまは私に何かあると周りが見えなくなってしまうみたいで、そういう時に被害を受けるのは大抵スコールだし。
パチュリーやサクヤは要領よく逃げるから、いつも最後に残っておろおろしているスコールが最終的に被害を受けてしまう。
不安がっている私のために気を使い続けてくれたスコールをそんな目にあわせるのは、気が引けるどころの話じゃない。
「お帰りなさい、お姉さま」
「ただいま、フラン」
だから、スコールと一緒に笑顔で挨拶をこなして見せる。
でも、お姉さまからはどこか困ったような顔を向けられた。
その事に首を傾げると、私の傍まで来たお姉さまがゆるりと指先で私の頬を撫でる。
「泣いてしまう位に不安がらせてしまったみたいね」
言われて、泣いた後に顔を洗っていないのを思い出した。
慌ててスコールの毛並みに顔を隠してしまったけれど、この行動がそのまま肯定に繋がるということに気がつく。
顔を隠したままどう行動したものか悩んでいると、不意にくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「フラン、そんなに心配しなくても私は居なくならないわ」
お姉さまはそう笑いながら言う。
保障なんて何一つないのに、その言葉を否定する考えもまた何一つ浮かんでこない。
それだけの意思を込めた言葉が不思議な安心感を与えてくれた。
「死の運命を感じた時は、何としてでもその運命を捻じ曲げて帰って来る。
私はこの館の主で、可愛い可愛い貴女の姉だもの」
私のすぐ傍にかがんで、ふわりと髪を撫でてくれた。
私とほとんど変わらない小さな手のはずなのに、何でこんなに大きく感じるんだろう。
「いざとなったら恥や外聞など知ったことではないわ。
私は必ず、帰って来る」
耳にかかる髪をさらりと流しながら、最後はそっと耳打ちをするように。
だから心配しなくていいのよ、と。
その言葉にまた涙が溢れた私は、顔を上げることができなかった。
ああ、本当に、私は弱い。
ありがとうの一言も返すことができず、ただ頷く事しかできないのだから。
「貴女には会談の内容をしっかりと話しておくべきだったわ。
そこは私の落ち度」
そうして語られた内容は、一瞬何を言っているのか理解ができなかった。
八雲紫曰く『異変を起こしてみない?』との事。
幻想郷の管理者として、その一言はどうなのだろうと思う。
安定を見せている幻想郷に、わざわざ一石を投じて乱す必要があるのか。
そうした私の疑問を予想していたのだろう。
お姉さまはするするとその裏側を語っていく。
前提となるのは、安定しているが故に妖怪が緩やかに力を衰えさせているという状況。
それを打破するために必要なのは妖怪と人との争い。
しかしまともに正面から相対すれば、人間たちは大妖怪単体にでも全滅させられるだろう。
御伽噺のように現実は甘くない。
どうやっても超えられない差が、そこには歴然と横たわっている。
この幻想郷に居る人間と妖怪双方の数を考えれば、どうやってもつりあいなど取れるはずもない。
単純に力だけでなく搦め手も使っていいのであれば、成せる妖怪は数多く居る事だろう。
ならばどうするか。
そこで目をつけられたのが最近流行りのスペルカードルール、弾幕ごっこ。
博麗の巫女が考えたこのルールの中での決闘を、妖怪と人の争いとする。
これならば人間側にも勝ち目があり、一方的な虐殺ではなく仮初だけれども争いの形を取れる。
どちらも目減りせずに、遊びの中で問題が解決できるのではというのが今回の肝。
まぁ実験的な意味も強いらしいけど。
とりあえず人の側は幻想郷の絶対中立者、博麗の巫女が。
そして妖怪の側として声をかけられたのがこの紅魔館だった。
幻想郷における妖怪側の勢力バランスの一翼を担う場所であり、それにつけて最近とみに落ち着いている事。
そして、スペルカードルールを好意的にとらえていること。
その他もいくつかの理由が重なって、今回白羽の矢が立てられたらしい。
プライドの高いお姉さまが、そういった理由で提案されたものを素直に呑んだのが驚きだった。
それも楽しみにしているのがありありとわかるような喋り方でこの事を語っているから、更に驚きだ。
いつもなら『ふざけるな、舐めているのか』くらいは言いそうなのに。
「お姉さまはそれでいいの?」
「さぁ、どうでしょうね?」
…………あれ?
「私が起こした異変を、博麗の巫女が解決しに来る」
「うん」
「八雲はわざと負けてやれと一度も口に出さなかった。
争うだけ争って、適度な所で切り上げて終わらせてくれとは言ったけどね」
あれ?
「仮に私が負けたとしても、それはそれで一興。
弾幕ごっこ、お遊びの中での負けよ?
またお遊びの中でリベンジすればいいだけの話じゃないの」
プライドと遊びを楽しむのは別物だと、お姉さまは言う。
とはいえ、遊びと言えども争いは争い。
本気でやるのに変わりはないらしい。
「今回の異変が弾幕ごっこを以って決着とされる。
仮に何も言わずとも、門番からこちら側を弾幕ごっこで倒した場所だけ通れるようにしてやればその事を自ずと相手も理解するでしょう」
そして終着点、異変の黒幕は私とお姉さまは楽しそうに笑う。
ここまで来れればそれはそれで楽しむし、途中で落ちれば治療を施して神社に放り込んでくるつもりらしい。
「漠然とだけど、これから楽しくなる、そう感じたのよ。
だったらやるしかないじゃないの!」
…………博麗の巫女が可哀想になってきた。
勝っても負けてもこれから大変になるんだろうなぁ。
ご愁傷さま。
「さぁ、どんな異変にするか決めないとね!
被害が大きすぎず、それでいて小さすぎないものがいい!
あぁ漲ってきたあぁぁぁぁあッ!」
何と言うか、どんどんヒートアップしていくお姉さま。
……そのうちヒートエンドしそうな勢いだけど。
そういえば私のためにスコールが能力を使ってくれてるんだよね、この場所。
もしかしたらそれもあって、どこかくすぶっていた不満の部分を投げ捨ててしまったのかな。
いや、良い事だけど。
「フラン、貴女はどんな異変がいいと思う!?」
「いきなりそんな事を言われても思いつかないよ……」
確信した。
どこか逝っちゃってるテンションなお姉さまを見て確信した。
スコール、能力使用はもういいから何とかして。
ちょっと、こわい。
「ねぇフラン!?」
「……耳元で叫ばないで」
「!?」
いけない、ついポロリと本音が出てしまった。
さっきまであんなに心配だったのに、何と言うか、その……
「うー!」
これは、ないよ……お姉さま。
妹に抱きついてうーうー唸りながら涙目になるってどうなの?
「こ、これは……!」
し、知っているんですかサクヤさん!?
「吸血鬼奥義、きゅっとしてうー。
500年という長きを生きながら幼女の姿である者にのみ使うことが許された幻の奥義」
な、なんですって……!?
「きゅっとしてうーを見たサクヤは鼻血を噴いて死ぬ」
サクヤさん!?サクヤさぁぁぁぁん!?
スコールと咲夜はこないだ小悪魔が拾ったという漫画のパロディーをやってるし。
咲夜、お願いだから鼻血を拭いて。
すごい良い笑顔で鼻血を流す美少女の姿とか見たくなかったわ……