にゅるり。
「転移の効果音が『にゅるり』だなんて……ちょっとときめく音ですよね?」
「小悪魔は相変わらず素敵に病気だねー」
「お褒めに与り恐悦至極です」
私が色々と口走って肩身が狭くなった瞬間に湧き出てきた小悪魔さん。
何というか、最初から飛ばしてますね。
パチュリーさんが意識を失っている状況なのに、ある意味流石というか……
「パチュリー様がはしゃぎ過ぎて倒れるなんて、スコールの能力検証以来ですねぇ」
「あの時ははしゃいでたっていうより……その、逝ってたよね、目が」
「ええ、とてもとても素敵な目をしてらっしゃいましたね」
にこやかに笑いながら『またやりませんか?』なんて視線を寄越す小悪魔さんが大変怖いわけですよ。
口元は素敵な微笑みなのに、目だけが嫌に爛々と輝いているというか何というか。
そう、獲物を前に舌なめずりをしているような気配。
……触らぬ小悪魔さんに祟りなし。
次に行きましょうさぁ行きましょうさくっと行きましょう!
抗う気も失せる現実に思わず尻尾を巻いて、傍に立ったままだったレイムさんの襟をくわえていざ行かん。
「あー、これ結構楽でいいわ」
「狼に銜えられてるって事に危機感とかは無いの?」
「だって何もしなくても次の場所に連れて行ってくれるんでしょ?」
だらけきった声を出すレイムさんへ目を向ければ、まるで風に揺られる凧のような様子でした。
なんて豪胆なっ……!
でも流石にそこまでしてあげる気はありませんのでご了承ください。
開いたままだった図書館の扉を抜けるなり、くわえていたレイムさんを天井付近までぽいっとな。
その勢いのままくるりと回って、開かれたままだった扉へと前足の一撃を加えてみっしょんこんぷりーと!
いい音を響かせて閉じた扉の前で一息を……
『あぁ……この柔らかさ、適度な大きさ……素敵ですね、とてもとてもとぉっってもぉ素敵ですよーぅ!』
何か聞こえた。
「スコール、何も聞こえなかったね?」
「は?」
ちょっと目を逸らしながら呟くフランさんに対して、レイムさんは聞こえなかったご様子。
思いっきり投げたから風の音がごまかしてくれたんですね。
風がいい仕事をしてくれました。
さ、何も聞こえなかったので行きましょう?
『そんなに真っ赤な顔で息を荒げるなんて……あぁぁもう誘ってるんですよね!?』
…………………何も聞こえません。
「………中々愉快な家族ね?」
何ですか、その『心配しなくてもいいわ、気にしないから』みたいな生暖かい目は。
フランさんが真っ赤になって俯いちゃったじゃないですか!
ああ可愛らしい!
「怒ってるのか喜んでるのかはっきりしなさいよ」
可愛らしいフランさんを見ることができて、喜ばないわけがないでしょうに!
そう、フランさんが恥ずかしがって毛並みを叩く、この照れ隠しもまた可愛らしい!
「…………ごちそうさま」
お粗末様です。
さ、行きましょう行きましょう、夜はまだまだこれからですよ?
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「スコール」
なんでせう、さくやさん。
「その状況は、何?」
心底呆れた目を向けられて非常に心が痛むわけですが、仕方がないんです。
屁理屈だろうと突き通せば理屈と言わんばかりのレイムさんが……れいむさんがぁ!
「……貴方も一応大妖のカテゴリーに入るでしょうに。何で人間に我を押し通されてるのよ」
全く。ああもう全く。
ようやく来たゲストが何でスコールの背で暢気にだらけてるのよ?
ここは悪魔の館、ここは異変の元凶、混じりっけ無しの吸血鬼が二人もいる危険地帯のはずなのに。
何で暢気に四肢を投げ出してだらけているのか。
自分が、今、何処に居るのか……自覚があるのか、この巫女は。
「さっさと準備しなさい駄巫女……」
ビクビクしているスコールも、苦笑いをするのにも疲れた風なフラン様も知ったことではないとばかりにだらけ続ける巫女に対して、多少瀟洒でない言葉遣いになったとしても仕方がないでしょう。
いくらルールの上で為される異変だと明言されていたとしても、敵地でその様は有り得ない、有り得ていいものじゃないはずなのに。
「はいはい、次はあんたね」
のそりといった風にうつぶせの状態から起き上がって、ふよふよと浮き始めるその姿はどこまでも自然体で、多少なりとも気張っていた自分がバカみたいに思えてくる。
「自己紹介は必要?」
「なら種族くらいは聞いておこうかしら」
「種族、とはまた失礼ね。十六夜咲夜、れっきとした人間ですわ」
「へぇ……人間のメイド、ねぇ?」
「ええ、混じりっけ無しの人間。ちょっと変わっているのは自覚していますけれど」
「それは見ればわかるわ」
「結構。で、貴方は見ての通りの巫女なわけね」
「そう、博麗の霊夢」
お互い大した感情も込めずに世間話を交わす。
傍から見ればどう見えるのかは、スコールとフラン様の様子を見ればよく判った。
……そんな妙なモノを見るような目を向けるのはやめて欲しいものですわ。
「さて、人間同士だからと言って何があるわけでもなし……始めましょう?」
「話が早くて助かるわ。意味のない会話は余り好きじゃないの」
ああ、そんな気はした。
「始めるに当たって一つ……ご注意下さいな。私の弾幕は加減ができませんので」
「ならその物騒な物はしまって別の物にしたら?」
「いえいえ、これは私のアイデンティティの一部ですから」
「……あいでんてぃてぃ?」
「私を私たらしめるもの。ナイフは体の一部ですわ」
「物騒なメイドだわ」
「物騒な巫女に言われたくないわ」
私がナイフを取り出すと同時に、指の隙間から針を覗かせる博麗の巫女。
どの口が物騒だとか言っているのやら。
何にせよ、お互いやる気になったのは紛れもない事実。
精々楽しませてあげましょう。
「存分にお召し上がり下さい?」
「流石にナイフは食べられないわ」
外向けの笑顔を浮かべたまま、扇状にナイフを投擲、展開。
一本が二本、二本が四本、四本が八本。
圧縮していた空間ごと投擲したナイフを次々に復元して、数を増していく。
巫女の位置に届く頃には、純粋に最初に投げたナイフがどれなのか判別すらできないだろう。
「ある意味壮観だわ」
「それは光栄ですわ」
そんな自分に向かって飛来するナイフの雨をするりするりと抜けながら、時には針でナイフの軌道をずらしてゆらりゆらりと邁進してくる巫女。
なるほど、博麗の巫女。
美鈴は別として、パチュリー様を落としてきたのは伊達じゃないわけね。
第二波、第三波、第四波。
少しばかりの悪戯心を込めて角度や投擲のタイミングをずらしてみても、効果らしい効果は無し。
普通の人間であればこれだけのナイフに囲まれる状況に対して多少なりとも身は固くなるはずなのに、この巫女にはそれがない。
包丁がそこに有るだけで自分を切らないように、針がそこに有るだけで自分を刺さないように、このナイフが自分を傷つける事は無い、と。
まるでそれが当然の事であるように、するりするりと掻い潜られてしまっている無様に少しばかり自嘲を浮かべてしまう。
最初の立ち位置から半分ほど距離を詰められたのを契機に、予定通りのスペルカードを展開。
いや、全く。
予定通りすぎて情けないわ。
―――幻幽「ジャック・ザ・ルドビレ」
目くらましの大玉と巫女のみを狙う時間停止を伴ったナイフ群という単純なスペルだから、先ほどの動きを見る限り大した効果は見込めないんでしょうけれどね。
でも折角作ったスペルカードなんだから使わないと勿体無い。
どの道これが作った分の最後の一枚だし。
大玉をばら撒いて、ナイフを配置して、とりあえずは様子見……ってちょっと、貴女。
何その逆に動きやすくていいわーって顔。
「動きやすくていいわね」
「思ってても言うものじゃないでしょうに。まったく酷い巫女ですわ」
表情や言葉の示す通り、先のスペルカードではない、ただのナイフ弾幕の時よりも楽に避けていく巫女に溜息が漏れる。
確かにこのスペルは目くらましの意を込めたスペルであって、その目くらましが全く機能しなければ当然のように先の弾幕よりも避けやすいだろう。
それでなくとも先の弾幕はちょっとした悪戯心も加えたし。
でも、そんなにあからさまに言われると少しばかり傷つきますわ。
「それにしてもアンタ、妙な事をしてるわね」
「何のことでしょう?」
「最初のナイフといい、今度のナイフといい、配置する時間もなければこれだけのナイフを持てるはずもないし」
「ナイフは再利用してますからね」
「じゃあ時間は?」
「そちらは有効利用しているだけですわ」
お互いにスペルカードの途中だというのに無駄口を叩く余裕がある現状。
巫女はもう針を使う必要すらないとばかりにふわりふわり避けてくれるし、私もこの現状にうんざりしてきた。
そんな事を考えていると、ようやくこの短くも徒労だったスペルカードの制限時間がやってきた。
「全く、少しはこちらの思惑に乗って欲しいものです」
「あからさまに手抜きされた思惑になんて乗っても面白くないじゃない」
「初めて作った不器用ながらも努力の跡が見える弾幕になんて事を言うのよ」
「自分で言うな」
「これが若さというものです」
ちょっと無駄口が楽しくなってきたけれど、とりあえず進行しなければ。
私の能力でフォローこそできるものの、今夜という夜は有限なのだから。
「さて、時間も押しているので少しばかりテンポを上げていきましょうか」
「是非もなし。私は早く終わらせてお茶が飲みたいの」
どこまでも自然体に、払い串を肩に担いで気だるげな顔を崩さない巫女がある意味清々しい。
まぁ私の体たらくを鑑みれば仕方のない事かしらね。
うん、もう少しばかり悪戯心を加えてあげよう。
―――幻世「ザ・ワールド」
何故か使うと『WRYYYYYY!』なんて叫びたくなるスペルカードを宣言。
あの吸血鬼は嫌いなキャラじゃないのよね。
悪玉であろうと、あそこまで純粋であればそれは人を惹きつけるに足るものだと思う。
実際に会ったら問答無用で銀のナイフを叩き込んで太陽の下へ引きずり出して差し上げますけれど。
「……本当に、妙なヤツよねアンタ。さっきは霊力弾、今度は魔法の炎弾。ナイフの事もあるし」
「女性は秘密が多いほうが魅力的ですわ」
「同性相手にそんなもの振りまいてどうするのよ」
「性別なんて些細な事じゃないですか。男女問わず、魅力的なものは魅力的だし、そうでないものはそうでない」
「あまり理解したくない世界だっていうのは理解したわ」
「あら残念。貴女も十二分に魅力的なのに」
「そりゃどうも」
先のスペルカードよりは、最初の弾幕に近いスペルカード。
ただ、その量が先のスペルカードとは比べるまでもないというだけ。
普段であれば炎弾をばらまき、ナイフの群れをばら撒くだけのスペルカードだけれども、この巫女を相手にするにはそれだけでは足りるはずもない。
だから、少しばかりの悪戯心を。
ばら撒き方を変えて、能力の範囲を拡大して、もう一味を加えてあげましょう。
「折角お作りしたのに……召し上がっていただけないのは悲しいですわ」
「いや、あんたの弾幕は召し上がったら死にそうだから結構」
霊力弾とは違い、純粋な熱量を持つ炎弾となった事で回避の幅が増えた巫女へありったけのナイフを向かわせる。
初速は等速。
そしてある物は速く、速く、速く。ある物は遅く、遅く、遅く。
ナイフの雨に波を作って、その中へ必中の念を込めた投擲を混ぜてやる。
兆弾に兆弾を重ねても速度が衰えるどころか増していく、とっておきの一投。
さあ、避けられるかしら?
……へもぁ!?
ひぎゃあああああ!!!さ、刺さっ!?刺さりましたよさくやさああああああん!?
「……ねぇ?」
「………………い、痛ましい事件でしたわ」
「見事に喉笛ど真ん中なんだけど」
「……ちょっと失礼してもいいかしら」
「お好きなように」
巫女から目線をずらして様子を伺うと、そこにはフラン様と今際の際ごっこをしているスコールの姿。
……余裕よね、どう見ても。
「スコール!現状報告!!」
飲み込んだ熊の爪が喉に引っかかった感じです!
「…………ならさっさと取りなさい。というか血すら流れてないじゃない」
痛いものは痛いんですよ!
考えてもみてください……のんびりしていた所に突如飛んでくる喉笛目掛けての一撃。
思わず妙な鳴き声上げちゃったじゃないですか!?
「…………自信、失くしますわ」
「私が投げた針も、大げさに痛がってはいたけど傷すらついてなかったしね」
「……あら、慰めて下さってるの?」
「事実を言っただけよ。あんな言動でも体はしっかり規格外だわ」
何やら凄い言われ様な気がするんですけど……。
「巫女の言葉を借りましょう。事実を言っていただけよ?」
…………うわぁい。
「ちょっと、また拗ねたわよあの狼。打たれ弱いのねぇ」
「だからこそ、この館に居るんですよ。外側があれだけ強くても、内側が弱いから居場所を作れなかった一匹狼ですもの」
「一匹狼の意味を間違ってないかしら」
「承知の上ですわ」
はぁ、もう。
スコールのせいで元から薄かった闘争の空気がもはや跡形も無くなってしまった。
さっきは時間が押してるなんて言い訳じみた事を口にして何とか保とうとしたけれど、もうどう考えても手遅れだわ。
「何やらどっと疲れてしまいましたし、少しばかりお茶でも如何?」
「緑茶はあるの?」
「残念ながら紅茶しかありませんわ。如何?」
「妙なもの入れないでよね」
「入れたって何の得にもならないんだから毒が勿体無いだけだわ」
「ならいいわ」
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やれやれと頭を一振りしてから、すぐ近くの自室へと巫女をご招待。
拗ねていたくせにもそもそとついてきて、人のベッドにフラン様ごとごろんと陣取るスコールにはもう和まされる他ない。
スコールが寝転がると、キングサイズのベッドが途端に小さく見えてしまう。
「スコール、寝転がるのはかまわないけど、ちゃんと軽くなっておきなさいよ。貴女クラスの重さを支えるようにはできてないんだから」
そう声をかけると、わかってるとばかりにパタリと振られた大きな尻尾。
いつにも増してなんだか妙に打たれ弱いわね。
何かあったんでしょうけれど、まぁ後回しにしても大丈夫そうだし気にしない事にしましょう。
「それではこちらの椅子へどうぞ、巫女さん」
「……いい加減、その『巫女さん』っていうのやめてくれないかしら」
「なら霊夢」
「ん、よろしい。で、お茶はまだなのかしらメイドさん?」
「……咲夜で結構。遠慮なんてどちらの得にもならないって理解したわ」
「それは重畳。なら咲夜、お茶はまだかしら?」
「少々お待ち頂かなくても結構ですわ」
気だるげな表情は変わらないものの少しは雰囲気が柔らかくなった、かしら?
まさか食物につられてなんて事はないわよね?
……いや、気のせいよね。
まぁ仲良くしておくに越したことはないでしょうし、良い事にしておこう。
静かにしていれば間違いなく美少女のカテゴリーに入る子だし、いい眼福にもなるわ。
止まった世界へ身を滑り込ませて、丁寧にお茶の準備を始める。
ケトルに水を入れて、魔法の火にかけて。
全てが止まった世界の中で動くのは、私と、私が作用した物のみ。
湯が沸くまでの少しばかりの時間は純粋な休憩に当てさせて貰うとしよう。
「しかしまぁ、規格外な巫女だわ」
ぼーっとしながら霊夢の向かいにある椅子へと腰掛けてその顔を観察しても、そんな形容詞が付くようには見えない。
これで世界を読みきったような動きをするような巫女だとは、いやはや。
「人は見かけによらない、その通り」
綺麗な黒髪に、真っ白できめ細かな肌、気だるげに細められた涼やかな目。
そんな彼女の容姿に心惹かれているのを自覚しながら、軽く頬へ指を這わせてみると、思いの他素敵な肌触りだった。
少しばかり目線を下へと向けて、巫女服らしき妙な着物をゆっくりと観察。
……あ、切れ目発見。
さっきのナイフ弾幕を完全に避けきってたように見えたけど、一応かすりはしていたのか。
少しばかり溜飲が下がったわ。
「……もうちょっとカジュアルな服も着せてみたいわよねぇ、これだけ可愛い子なら」
モノトーンのゴシックで纏めてもいいし、パンツルックでスッキリとさせてやるのも似合いそう。
あ、ちょっと漲ってきたわ。
今度ヒマを作って用意してみようかしら。
可愛い子をいじるのは楽しいしね。
「っと、沸いたか」
ティーポットへ熱湯を注いで、温まるのを待つことしばし。
温まったティーポットからお湯を捨てて、上等なお気に入りのディンブラをティースプーンでぱらりと一杯。
再びお湯を注いで蓋をして、布をかぶせて一休み。
くるりくるりと軽く中身を回してからティーカップへ優しく注いでやると、動きの無い世界に柔らかな香りが広がった。
うん、いい出来。
小さなミルクポットをつけて霊夢の前へセット。
さて、反応や如何に。
「……何で用意もしてなかったのにいきなり目の前に出てくるのよ」
「秘密、ですわ?さっきも言ったでしょうに」
まずはそのままどうぞ、と手を向けると、どこか憮然とした表情でカップへ手を伸ばす霊夢。
香りを感じてから、冷ますことも無く平然と口をつける。
「初めての味だわ」
「いつもは緑茶だけなの?」
「出がらしのね」
ふん、と拗ねるみたいにそっぽを向くのはいいけどね、霊夢。
ティーカップを置かずに香りを感じられる位置に残したままという事は、気に入ったわね?
「気に入ったのなら、次の一杯はミルクティーにしてみる?」
置かれた小さなミルクポットの前で、カツカツと机を指で鳴らしてみる。
言われた本人は手に持ったティーカップとミルクポットを見比べて、いまいち納得の行かない表情。
「紅茶には色んな楽しみ方があるの。ミルクをまぜてみたり、レモンのスライスを浮かべてみたり、ブランデーをたらしてみたりってね」
「面倒くさいわね」
「楽しみ方、と言ったでしょうに。別に何だっていいのよ、美味しいと思えるなら」
少しばかり暴論気味な気はするけれど、私はそう思っている。
人の好みは千差万別だし、そうであるべきだ。
自分が美味しいと思うものが必ずしも他人の美味しいと思うものじゃない。
「ミルクティー以外に興味があるならまたここへ来るといいわ。まだ会って間もないけれど私は貴女の事が嫌いじゃないし、歓迎させて頂きますわ」
「……考えておく」
興味ないわ、といった風にすぅと音も立てず一杯目を空にしてソーサーへと戻す霊夢。
でもね、ちらりとミルクポットへ目をやったの、見逃さなかったわよ?
はいもう一杯はいりまぁす。
おまけつきで。
「……また。狐に化かされてる気分になってくるわ」
時間を止めて、二杯目とマカロンの乗った小皿を霊夢の前へ。
うん、いい感じ。
大分空気が柔らかくなってきた。
あれだけ読める子だから、こちらの意思も察してくれたのかしら。
私の主観が後押ししてくれているとはいえ、今度はちょっとだけ確信を持てる。
「ミルク、って」
「うん?」
「どれくらい入れるものなの?」
じーっとミルクポットを見てから、ちらりとこちらへ視線を投げてくる。
……ちょっと、可愛いじゃないの。
「それも人それぞれ、と言わせてもらおうかしら。ちなみに私はそのミルクポット一杯分が丁度いいと思ってる」
「いい性格してるわ」
言葉こそ辛辣な響きがあれど、その表情や動きにはそれが全くない。
とぷんと一息でミルクを入れて、スプーンでくるりくるりとかき回すと、透き通った紅茶が優しいミルクティーの色合いに変わっていく。
先ほどと同じく、まだまだ熱いだろうに全く気にすることなく口にして、一息。
「悪いけれど、前の方が好みだわ」
「人それぞれだものね」
私が一番好きな味が口に合わなかったのは少しばかり残念だけれども、それはそれ。
くすりと一つ微笑みを返して、未だ手を付けていなかった自分のカップへと手を伸ばす。
「……あんたさ、今の私たちの立場はわかっているんでしょう?」
「ええ、当然ですわ」
「なら、これの意図は何かしら」
静かに香りと味を堪能してから、不思議そうな色を隠そうとしない霊夢の目を正面から見据える。
そこにあったのが疑念ではなく不思議だったのが嬉しく思う。
「大きなものが一つと、後は小さなものが重なり合って私の中の秤を動かした結果よ。いくつか挙げましょうか?」
ん、と小さく頷きながらゆるゆると紅茶に口をつける霊夢を見ながら、自分の中を紐解いていく。
言ったとおり、そう大きな理由があるわけじゃ無かった。
「もう闘争の空気じゃなくなってしまったからというのが大きな理由。そもそもこの館の中で、本当に闘争を必要としたのは私以外の方々だもの」
「なら小さい方は?」
「ナイフを投げすぎると回収が大変だとか……」
「あれ、回収してたのね」
「当然ですわ。あの場所を後にした、後。しっかりと一本残らず回収しておきました」
「どうやってかは聞くだけ無駄なわけね」
「わかってきたじゃない。で、次の理由は……そうね、博麗の巫女がどんな存在か知りたかったからかしら」
うん、口に出したらすとんと心の内へ収まる理由だった。
気だるげな顔で私の弾幕をするすると抜けてくる博麗の巫女に興味を持ったから。
「で、どういう存在だったかしら」
「ちょっと変わっているだけの可愛い女の子?」
「またありふれた評価を頂いたものだわ」
「だってそうでしょうに。興味のない風でも、実際はいろんな物に興味を持つんだってわかったんだもの」
紅茶然り、先ほど出したマカロン然り。
初めて体験する物に対して、振れ幅こそ小さいものの興味を持っていたように見えたのは事実なのだから。
「……否定はしないわ。自分がそうだって自覚はあるから」
「良く出来ました。まぁ、後の理由は本当に些細な後付のようなものだから割愛させてもらうわ」
空になったカップを指にひっかけたまま、軽くお手上げ。
後付のそれらしい理由なんて口にするだけ無駄だもの。
みしっ。
「あん?」
「え?」
べきり、ごとん。
「……咲夜、あんたの」
「皆まで言わずとも結構。やってくれやがりましたわ」
……ふすー……ふすー……
「寝ぼけて能力を切るなんて……」
……ふすー
「あの素敵な素敵な銀狼さんに、どんなお礼をして差し上げればよろしいと思います?」
「口の中に熱々の紅茶を差し上げればいいんじゃない?」
「パーフェクトよ霊夢」
むんずとティーポットをつかみ、暢気に上を向いてお腹を晒しながら眠るスコールの元へ。
あ、フラン様は少しばかり退避をお願いしますね。
「じゅーきゅーはーちゼロ!」
がばっと顎を開いて、真っ白な鋭い牙の並ぶ口内へ私の能力で保温済みの熱々紅茶をざばり。
人のベッドを壊しただけでなく、折角の空気までもぶち壊してくれたお礼ですわ。
……ごっくん。
「……何事もなく飲み込んだわね」
「…………はぁ」
疲れましたわ、もう。
「なぁ、パチェ。遅いと思わないか」
「そうねー、遅いわねー」
「咲夜が存外に奮戦しているのか……私の獲物を奪っていくような教育はしていないはずなのだけれど」
「そうねー、咲夜はいい子だものねー」
「……なぁ、パチェ」
「そうねー、レミィはいたい子だものねー」
「オイ」
「……いい加減、病み上がりの読書を邪魔しないでくれる?」
「……パチェのばかぁぁぁぁぁ!」