まいごのまいごのおおかみさん   作:Aデュオ

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31話 Sakuya

 

 

 

 うわぁぁぁん!!

 何ですかあれ!? 何なんですかあれぇぇぇ!!

 美味しそうですねぇとかはしたないですよぅとか?

 はしたないのは私じゃないですかぁぁぁぁあああんもうっ!!!

 思い出すだけでも恐ろしい。

 あれがちゅーにびょーってヤツですか?

 完治した後も心を抉り取るたちの悪い病だとは聞いていましたけど、まさしく聞きしに勝りますね!

 わぁいスコールちゃんちょっとだけ賢くなりましたよこんちきしょうっ!!

 

「いい加減に落ち着きなさい。結局最後は丸く収まったんだからいいじゃないの」

 

 落ち着けるとお思いかサクヤさんっ!?

 アリスさんのお家はスイカさんの馬鹿力で半壊しましたし、ユカリさんはとばっちりでボロ雑巾になったじゃないですか。

 何よりも私の言動が一番頂けないですよぉう!

 あぁんもうやぁーだー!!

 

「……はぁ」

 

 

 

 

 

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 つい先日、不幸な偶然が重なって起こったプチ異変。

 被害は……先にスコールが叫んだようなアリス邸の半壊……紫さんがボロ雑巾にクラスチェンジ、おまけに萃香さんの傷心等々。

 とはいえ、私に関わるものとして最たる事柄は、今こうやって私を抱え込んだままベッドの上でその時の言動に悶え続けるスコール。

 あぁ、私が抱き枕になってるのも被害と言えば被害かしら?

 役得とも言えるけどね、気持ちいいし。言ってはあげないけど。

 何にせよ、立ち直るのにはもう少し時間がかかりそうね。

 まぁ落ち着けとばかりにぽふぽふ鼻先を撫でてやると、とりあえず悶える意思が飛んでくるのは止まったけど……それでも決まりが悪そうにぐるぐる鳴る喉はそのまま。

 私が苦しくならない程度に加減しながらぎゅっと抱きしめる力を増して、そのままベッドの上をごーろごろ。

 ちょっと楽しい。

 でも、いつまでもこうしてるってわけにはいかないしね……んー……まったくもう。

 

「今回の件では誰も貴女に隔意なんて抱いていないのよ? 当事者の皆も、落ち着いた後に話を聞いたら『むしろ感心した』なんて言ってたくらいだもの」

 

 その方向は別だったけどね。

 言動にしても、聞いた話からすれば妖怪としてそこまでおかしなものでもないし。

 

 欲に忠実。

 戦って奪い取る。

 戦いそのものを楽しむ。

 

 うん、言葉にすればやっぱりよくある妖怪じゃない。

 

「だからそろそろ立ち直りなさいね。貴女が能天気な位の明るさを振りまいてないと、皆落ち着かないのよ」

 

 指先でかしかしと喉元をくすぐりながら上目使い。

 この仕草、やってる自分でもあざといと思うわ。

 でも、ようやくまともにこちらを向いたわね?

 ここでそっと微笑んでやればイチコロよっ!

 ……普段はそんな事したら抱きしめられてひたすら可愛い可愛い叫ばれるから絶対にやらないけどね?

 たまにはいいでしょう。

 

「だってそうでしょう? この館が変わる要となったのは貴女だもの。騒がしくて、いつも何処かで何かが起こる。そして、いつだって誰かが笑ってる」

 

 パチュリー様が筋肉痛で呻いたり、幽香がふらりと訪れては庭が鮮やかになったり、アリスが盛大に自爆して涙目になったり。

 お嬢様は鼻から瀟洒があふれ出そうになるくらいに可愛らしいお姿をお見せになり、フラン様はまるで幽香の畑にある向日葵のような笑顔で笑っている。

 あの大人しかった小悪魔ですら、くすりと笑わせてくれる悪戯をし始めた。あのもふもふスコールぬいぐるみの出来は秀逸よね。

 美鈴は……そもそも基本的に能天気な面しか出さないからあまり変わらないと言えば変わらないかしらね。

 それでも、昔のように暇そうに門番をしているわけじゃないのは言わずもがな。

 毎日毎日誰かが訪れては笑いながら帰っていく、その姿を嬉しそうに眺めては今日も良い一日でしたねぇとのんびり欠伸を漏らす。

 平和で結構。大いに結構。

 

「ほらほら、早く機嫌を直さないと頬の毛並が大惨事になるわよ?」

 

 もっふもっふとスコールの頬を両手で堪能。

 もふっと沈んでもふっと反発、やみつきになるもふり具合。

 たまーにきゅっと毛並を掴んで横へ伸ばしてみたり?

 面白い顔になるのよねコレ。

 そのまま暫く伸ばしたままにしていたら、やーめーてーなんていう情けない意思と同時にきゅーんと一鳴き。

 思わず首筋のもふもふに顔を埋めて悶えてしまったじゃないの。

 おのれ、気持ち良いのよスコールめっ!

 

「…………いちゃつくのはいいけれど、私が入ってきたのくらい気付きなさいね」

「っ!?」

「お熱いわねーさっちゃぁん? そんなに夢中になっちゃって可愛いったらないわぁ」

 

 見られた……!?

 いつの間に入ってきたのよ幽香めっ!

 しかもぱたりぱたりと手で顔を仰ぐ仕草のオマケ付き。

 まずい、この流れはまずいわよ咲夜。

 まずは止まった時間の中へ逃避待ったなしね。

 

「うわぁ……スコールの事笑えないわ、これ」

 

 まさかベッドで抱きしめられたままの体勢でにこにこもふもふしてる姿なんて見られると思わなかったわ。

 自分でもわかるくらいに、頬が真っ赤になってるわね。

 鍵をかけ忘れるなんて油断した……!

 うん、うん。

 とりあえずごまかしましょうか。

 

「んっ……ん?」

 

 これはスコールの頬より、私の方が大惨事だわ。

 腰のくびれ辺りにがっちり回されてた腕を解いて抜け出してみれば、まぁ……。

 エプロンはずれてるわ、スカートは皺になってるわ、髪はぼさぼさ、ヘッドドレスは行方不明……あ、スコールのお腹の下で発見。

 んー……見事に折れてるわね。

 仕方ない、着替えましょう。

 とは言え、これと同じデザインのメイド服って無いのよね……こないだアリスが新デザインの試作って事でくれた物だし。

 仕方ない、今は別に仕事中でもないし私服にしようかしらね。

 それもアリス製だけど。

 本人の趣味なんだろうけど、思い立ったら即座に仕上げるから凄いと思うわ。

 裁つのも縫うのもまぁ早い事。

 いきなり『降ってきたわ!』なんて叫んだかと思いきや、いつも傍らに置いている大きなカバンから出るわ出るわ糸と布。

 机がなければ床にシートを広げていきなり作業開始だもの。

 出来上がったら即座に対象を捕まえて『さぁ!さぁさぁさぁハリーハリー!!』なんて勢い。

 なまじ出来が極上なせいで、着ないという選択肢が無いという。

 着たら着たで、私の目に狂いは無かったとばかりにガッツポーズと写真撮影だし。

 病気ね、うん。

 あれ絶対、普段のアリスとは別のアリスが中に入ってるわ。

 まぁ今はそれよりも着る服ね。

 

「たまには趣向を変えてみましょうか。その方がうやむやにできそうだし」

 

 趣向を変えると言えば、やはり普段着ないパンツルック方向で……白のブラウスに、青のタイ……黒のスラックス、ベスト。

 銀時計のチェーンをアクセントに出して、後は……あぁ、幽香がくれた花のブローチにしよう。

 折角本人が来ているんだから着けて見せるのはいいわよね。

 うん、装飾そこそこ、服はパリっと。

 姿見の前で前よーし横よーし後ろよーし。

 

「普段スカートばかりだから新鮮よね、これはこれで」

 

 いや待て……違う、これじゃ執事ルックじゃないの。

 あ、でも思ったよりいい感じ? んー?

 うん、これで行きましょう。

 髪もサイドを纏めたリボンを解いて、柑橘系の香りを付けた整髪料でぐいっと後ろへ。

 うんうん。

 …………誰だこれ。

 鏡に映る姿は別におかしな所はない。

 でも、誰だこれ感が酷い。

 特に勢いで上げてしまった髪が!

 

「見られちゃって焦ってたのは認めるけど、ちょっとやり過ぎた感があるわ……!」

 

 ……いや、やってしまったものは仕方がない。

 戻って涼しい顔してましょう。

 できればいいけどね、幽香が居るのに。

 ええい、ままよ!

 

 

 

 

 

「あらま」

 

 あらま、って。

 何よその素直に驚いたって顔。

 戻った途端に、口元に手まで当てて目をまーるく見開く幽香に、計画通りと素直に喜べない複雑な気分だわ。

 おかしな恰好じゃないとは思うんだけど、そこまで驚かなくたっていいじゃない?

 

「うん、そういうのもいいわね。咲夜君?」

「性転換までした覚えはないわね」

 

 おのれ、今どこを見て咲夜『君』と言った。

 貴女程じゃないけど、そこそこあるわよ!

 

「じゃあ誤魔化せれば御の字とでも思っていそうな執事のさっちゃん、お茶の一杯でも貰えないかしら? ついでにタルト辺りが食べたいわねぇ」

「……カシコマリマシタ、ユウカサマ」

 

 何でこう、そんな何も言い返せないくらいの綺麗な笑顔でそんな嫌味ったらしい言い方をするのよ。

 怒るに怒れないじゃないの。

 あぁもうっ! また頬が赤くなりそうだわ!!

 この憤りは紅茶とタルトにぶつけてやろう。

 ぐぅの音も出ない程の物を出してやろうじゃない!

 

「……こらこら、そんな好青年ルックになったのに頬を膨らませないの。折角綺麗な顔をしているんだから」

「綺麗な顔って言うなら、幽香こそ鏡を見たらどう?」

「見飽きた自分の顔なんてどうでもいいわよ」

「じゃあ見飽きてなさそうな幽香のイメージチェンジした姿を見たいわねぇ」

 

 うん、いつもロングスカートだもの。

 夏の間は少しばかり生地の薄い物に置き換わってるけど、基本的にロングスカート、ブラウス、ベストの三点は変わらない。

 それ以外の部分は結構変わってるんだけどね……ソックスとか、シューズとか、ブローチとか。

 たまには見せなさいよ、さっきされた顔をそのまま返してあげるから。

 

「話は聞かせて貰ったわ!!」

「どこから沸いたのよアリス!?」

「失礼な。ちゃんと扉から入ったわよ」

 

 ……あぁ、お嬢様方と遊んでいたのね。

 アリスの背中にぎゅっと抱き付いてにこにこ笑っていらっしゃるフラン様に、前でお姫様だっこをされているお嬢様。

 ハーレムね、妬ましい。

 後で縛り上げてくすぐり倒してやろう。

 くすぐったがりのアリスの事だから効果は覿面でしょう。

 

「で、幽香のイメチェン? 色々考えてた服があるから!!」

 

 あ、これは中の人がバトンタッチしてるアリスだわ。

 後ろから遅れて飛んできた上海が、抱えていた大きな鞄を広げて既に準備万端とばかりに胸を張っている。

 可愛らしい。

 

「待ちなさい、まだするとは言ってないわよ?」

「えっ……」

「えっ?」

 

 ナイスですわ、フラン様!

 その素直に残念そうな顔はこの場におけるベストの表情です!

 フラン様を猫可愛がりしてる幽香だもの、フラン様にあの表情でおねだりされれば陥落は確実。

 現にフラン様から残念そうな声が上がった事で、幽香も動揺してるみたいだし。

 うん、折角だからアリスにそっとリクエストをしておこう。

 

「アリス、幽香ったらいつもロングスカートだし、たまには今の私みたいな恰好もいいと思わない?」

「近い物なら候補にあるわよ? スラックスにブラウスは一緒だけど、ベストを袖なし燕尾服風味にするの」

「それでいきましょう。靴は足首までのヒール付きブーツで……折角だし、シルクハットでもかぶせてみる?」

 

 あるわよ、どっちも。

 幽香と背格好の似てる小悪魔が、いつもの悪乗りで開かれた催し物の時に使った手品師ルックの小道具で。

 あぁアリスも脳内ファッションチェックが終わったのか、うんうんと頷いている。

 いい手応えだわ。

 

「それでいきましょう。いいわね、滾ってきたわ!」

「待ちなさいと言ってるでしょう!?」

「…………」

「う……フ、フラン?」

 

 そこです、グっと行ってくださいフラン様。

 心底残念というその表情、たまりません!

 敵(幽香)めは怯んでおりますぞ!?

 後は一言で決着がつきます!!

 

 

 

 

 

 ……ん?

 あー、この感情の暴走具合、スコールったらいつの間に立ち直ったのよ。

 ちらりと横目で伺ってみれば、そっぽを向いてベッドに横たわったままだけど、耳だけはしっかりとこちらを向いている姿。

 何気に尻尾ももふもふと揺れてるし。

 まぁこの流れなら問題はないわね。

 もっと軽くしてやりなさいスコール!

 幽香の恥じらった姿を見たいというこの感情は……嘘なんかじゃないのだから!!

 

「いいじゃないか、たまには。私も見てみたいし」

「レミリアまで……もうっ、わかったわよ! 着て見せればいいんでしょう!?」

 

 良し、ついでに色々とうやむやにできたし、結果としては上々ね。

 楽しみだわー本当に。

 うん、本当に良かった。

 

「じゃあ咲夜は靴と帽子……あと適当に何かアクセサリーをお願いできる?」

「任せなさい。あ、この部屋にある物は何を使ってもいいから。ピンときたら好きにして頂戴」

「了解。さぁ上海、お仕事よっ!!」

 

 口の端を思いっきり持ち上げた、獲物を見つけた時の笑み。

 いいわね、アリスったら気合が入ってるじゃない。

 私も負けていられないわ。

 靴は顔が映り込むくらいに磨き上げて、シルクハットには埃の一つだって残してやるものですか!

 アクセサリーは……銀のパンジャと紅のネクタイ、大き目のバックルがついたベルトあたりかしらね。

 あ、片方は指輪にしましょうか。

 パチュリー様の所からいくつか借りて来よう。

 ついでにパチュリー様と小悪魔も呼んで……小悪魔には色々手伝ってもらいましょう。

 似合いそうな小物類を纏めて持って来て、とでも言えば嬉々として手伝ってくれるはず!

 

「どうしてこうなったのよ……あ」

 

 気づいたわね、でももう遅いわよ幽香?

 スコールの移り気を甘く見た貴女が悪いの。

 既に隠し切れない興味が尻尾から溢れて、さっきまで悶えていたのはどこへやら、ぼっふぼっふと私のベッドを叩いてるあの姿。

 そうでなきゃね、スコールは。

 その内こっちへ身を乗り出す勢いで食いつくでしょう!

 

「やられたわ……!」

 

 片手で目元を覆って、天を仰ぐ幽香。

 でも駄目ね、貴女ちょっと楽しんでるでしょう。

 口元がゆるりと笑んでるわよ?

 気持ちはわかるけどね。

 さ、準備準備。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「着こなすわねぇ……」

「当然でしょう?」

 

 東奔西走とまではいかないまでも、似合いそうな物を片っ端から集めてきた末に幽香イメチェン計画が成ったのは良かった。

 でもまさか、自分で髪型もとい髪の長さまで変えて着こなそうとは思わなかったわ。

 肩あたりまでのゆるいウェーブのかかった髪が、試着用に貸した隣室から出てくるまでに腰までのロングになっているとは予想外もいい所ね。

 しかも綺麗なストレート。

 首筋辺りで、少しばかりの装飾が為された黒のリボンで結ぶとあら不思議。

 いつもの優しげなお姉さん風味な印象から一転、各所に散らされた品のいい輝きを放つ小物や、自信に満ち溢れた表情、服装が相俟って……色んな意味でデキルオンナへ大変身。

 びっくりだわ。

 そこへ小悪魔の小道具、某チョビ髭が印象的な映画スターさながらのステッキを持てばさらにあらあら不思議、途端に怪しげな手品師風味に。

 ……いや、最後のはいらないわね。

 幽香も察したのか、ぽいと小道具の山へステッキを戻したし。

 姿見の前で一通り確認して、満足がいったのか、一つ頷くとこちらへ意味ありげな視線。

 わかってるわよ、紅茶とタルトでしょう?

 付き合ってもらったんだから、当然準備はしてるわよ。

 

「幽香さん、やっぱりそういうのも似合うねっ!」

「ありがとう、お嬢さん。いや、こんなに可愛らしいお嬢さんにお褒め頂けるとは光栄だ」

「え……え?」

「お褒め頂いたお礼に……私と一緒にお茶でも如何かな?」

「うぁ……!?」

 

 幽香の納得を見て取ったフラン様が我慢できないとばかりに抱き付いて、きらきらと輝くような笑顔で褒め称えれば、お返しとばかりにさらりと極上の微笑みを浮かべてお誘いの言葉。

 シルクハットまでかぶったその恰好でその言葉遣いはあれね、男装の麗人ってやつね。

 胸の自己主張と変則的なベストが少しばかり邪魔をしてるけど。

 あぁもう、うちのフラン様を誘惑しないでよ。

 種族的な特性で魅了の魔眼持ちが、微笑みと言葉一つで逆に魅了されるってどういう事よ。

 ちくしょう男前め。

 

「いい仕事もできたし、何か色々イメージが膨らんできたから帰るわ!」

「あ、ちょっと! ……まだ元の中の人が戻って来てないみたいね」

 

 アリスはアリスで、幽香の姿を一通り眺めた上で心行くまで魔法的な写真のような物を撮ったら颯爽と去っていくし。

 あれだけいきいきとした表情だったら、次に来る時は何かしらのお披露目が始まるわね。

 妙な物を持ってきた事は一度もないから安心して楽しめるし、大歓迎だけど。

 

「さて執事さん、お茶はまだかね? レディをお待たせするのは紳士的ではないなぁ」

「申し訳ありません、幽香様」

 

 視線でアリスを見送った途端、後ろから掛けられるのは未だ男装の麗人ごっこを続けている幽香の言葉。

 かつりと靴を鳴らして振り返れば、そこにはいつの間にか椅子にかけて、しかもはにかむフラン様を膝の上に乗せながらニヤリと笑うユウカサマのお姿。

 フラン様ったら真っ赤になってしまわれて……アリスめなんで居ないのよ、私、この写真が欲しいわ。

 

「本日のおすすめ、妖怪の山にて収穫された桃を使ったタルトと、太陽の畑ブレンドの紅茶でございます」

「ほぅ、変わった品だね。この館はよほど手を広げていると見える……さぁお嬢さん、遠慮などせずにお食べなさい」

「え……」

「レディファーストというやつさ。こんなに可愛らしいお嬢さんを放ってがっつくなんて、私の主義じゃあないね」

 

 ……そろそろ笑ってもいい?

 似合いすぎておかしいわ。

 そこらの男がフラン様にこんな気障ったらしい台詞を吐いたら即座にダース単位のナイフをご馳走してあげるけど、ねぇ?

 仕草も声の調子も、何でそんな違和感がないのよ。

 フラン様がもう真っ赤を通り越して涙目になりかけてるわ。

 眼福。

 

「幽香、似合ってるのは認めるわ。大いに認める。でもフラン様を口説くのはやめてちょうだい」

「……何よ、可愛らしい子を可愛がって何が悪いって言うの?」

 

 主張は大いに賛同するけど、いきなり戻らないでよ。

 胸を張って自信満々とばかりの麗人から、一転して優しいお姉さんへ逆戻り。

 膝に乗せたフラン様をきゅっと抱きしめて『ねー?』なんて頬ずりまでする始末。

 一転しすぎよ。

 ほら、フラン様が限界突破しちゃったじゃない。

 

「あら……」

「やり過ぎよ、全く」

 

 わたわたと慌てたかと思いきや、するりと幽香の膝から逃げて私のベッドの上でもっふもっふと幽香に向かって前足をばたつかせては悶えているスコールへ着弾。

 真っ赤な顔を毛並に埋めて、こちらは足をぱたぱた。

 瀟洒が鼻から溢れそうですわ、フラン様。

 あら、お嬢様もダイブですか。

 別のソファの上で幽香の言動に悶えていたのは気づいていましたが、フラン様が行動を起こしたことで我慢の限界に達しましたね。

 こちらはスコールのお腹あたりに着弾してうーうーと羽をぱたぱた。

 あ、鼻から……いけないいけない。

 

「さ、紅茶が冷めない内にどうぞ?」

「……そうね、頂くわ」

 

 ぴしりと直立したまま、微笑みをセットでお客様へ飲みごろの紅茶をご提供。

 くすりと笑って一口つけた幽香が、驚いた表情を浮かべた事で成功を確信。

 タルトを甘めに作ったのもあって、いつもよりも少しばかり濃いめに淹れたからね、その紅茶。

 その意図に気づいたのか続けてタルトを口へ運び、満足とばかりにこちらへ微笑む幽香に、普段とは違う恰好もあって少しばかりドキリとさせられてしまった。

 不覚。

 

「さ、そろそろ執事ごっこも終わりでいいでしょう? フランとレミリアが復活してくるまでお茶のお相手をお願いしたいのだけれど」

「仕方ないわね、このお客様は。お嬢様、フラン様、よろしいでしょうか?」

 

 折角のお誘いだけれど、お嬢様方の前だ。

 お伺いを立てないという選択肢はないわよね。

 返事は声でなく、お嬢様は震えたままのサムズアップ、フラン様は毛並に埋もれたままの頭でこくこくと了承の頷き。

 うん、許可も出た事だし、遠慮せずに楽しませてもらいましょうか。

 

「この桃ってあれでしょう、あの白狼の可愛らしい子が持ってきた……」

「ご名答。あの時の宴会の後……二日くらい経ってたかしらね?『ご迷惑をお掛けして……!』なんて不安そうにぷるぷる震えながら持って来てくれて」

「思わず抱きしめたとかいうオチ?」

「まさか。丁重にお礼を申し上げた上でスコールを呼んだだけよ」

 

 そこで思いっきり抱きしめられてたけどね。

 本人もスコールもご満悦だったし問題はないわよ。

 その時間を利用して、貰った桃で作ったお菓子と淹れ方のポイントを書いたメモ付きの紅茶缶を準備。

 帰りがけにお土産に渡して、お仕事抜きの笑顔で『是非、また遊びに来てください』なんて言っただけよ。

 本心からの言葉って伝わるものよね。

 ちょっと頬を染めながら嬉しそうに返事をしてくれたし。

 いやぁ、いい付き合いができそうで何よりですね。

 

「タラシねぇ。咲夜君ったら」

「いえいえ、幽香様程では」

 

 うふふあはは。

 お互いに少しばかり真面目な顔で向き合うけれど、お互いに悟ったわ。

 不毛ね。

 

「でも少しばかり心配してたけど、あの子は鬼を怖がらなかったわね」

「文さんは酷く怯えたままでしたけどね。やはり年経た妖怪、特に日本の妖怪の方々は鬼へ格別の畏怖を抱いているようで」

「当然じゃない。下っ端ならまだしも、極上クラスともなれば……その肉体一つで立ちふさがる者を粉砕とばかりにちぎっては投げを地で行ったやつらよ?」

「それ程ですか」

「それ程、よ。私が本気でぶん殴ってもまともに殴り返してこれるんだもの。しかもその拳の重い事ったらなかったわ」

 

 自分で『それ程』なんて言う鬼と殴り合う花妖怪って何よ。

 ……まぁ幽香だものねぇ。

 

「基本的に気のいい奴らが多いから、殴り合った後は遺恨とか残らないんだけどね。からから笑いながら『いい勝負だったなぁ!!』なんて肩を叩いてくる有様だったし」

「どういう事なのよ……」

「あぁ、男鬼と殴り合いで引き分けた時は『嫁に来いよぅ!』なんて引き留められもしたわよ?」

「だめですねこの花妖怪、何とかしないと」

「何とかするのはまず、慇懃無礼な執事だと思うわ」

「こちらは仕様ですので」

「ならこちらも仕様よ」

 

 ……うふふあはは。

 

「……何にせよ、上手くやりなさいね。手を広げるのはいい事だけど、広げ過ぎて末端から食われるなんて馬鹿のやる事だわ」

「心得てるわ。栄枯盛衰は世の常だもの」

「それを言えるだけの余裕があればいいわ。人であろうと妖怪であろうと驕る者は出る。彼我の力量を見誤れば、その先にあるのは例外無く、破滅よ」

「ええ、わかってる……わかってるんだけどねぇ」

「何よ?」

「残念ながらと言うべきか、幸いにしてと言うべきか……うちにはスコールが居るから」

「…………察したわ。頑張りなさいね」

 

 幽香の言う事は至極当然の事。

 間違ってはいないし、そうしなければならないのはわかっている。

 でも、それを彼方へ投げ飛ばしてわんわんおーと吠えるのがうちのスコールだ。

 こちらも間違っていない。

 重苦しい空気は『何それ美味しいんですか?』とばかりにぶち壊して斜め上に駆け出すという現実。

 目の前に居る、本での印象最悪だった花妖怪とフラン様共々仲良く帰宅するわ……やれ鬼と酒飲み友達兼散歩仲間になったとか、冥界の姫と宴会を通じて食べ歩き友達になれそうだとか。

 斜め上に突き進むどころか、捻りまで加えて飛び込むような勢いだわ。

 

「何でこう、幻想郷での有力者を狙い撃ちにしたみたいな交友関係になるのよ」

「でも、悪くないと思ってるでしょう?」

「……ばれた?」

「当然じゃない。困ったような顔をしているつもりでしょうけど、目元が笑ってるもの」

「あら失礼。……忠告はありがたく頂くけれど、それでも今の状況は嫌いじゃないの」

「そう」

「ええ、そう」

 

 仕方ないわねぇ、何て表情を隠そうともしない幽香に向かって微笑みを一つ。

 まぁ、いいんじゃないの?

 ゆるーくかるーく、色々と放り投げるような勢力が一つくらいあったって。

 

「……偉そうな事を言ったけどね」

「何?」

「実はね、私も今の幻想郷は嫌いじゃないの。たまには皆で馬鹿やれる時代があったっていいじゃない、ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜ったら私たちの事を完全に忘れてるわね」

「別にいいじゃない、たまには。咲夜は働き過ぎだよ?」

「それもそうか。休憩時間の殆どが止まった時間の中で一人きりというのは寂しいものね」

「そうそう、もっと自由に動けばいい。……私たちと違って咲夜は人間なんだから、今をもっと楽しむべきだよ」

「…………それなんだけどね、フラン。咲夜がこの館に来たのは結構な昔の話で「お嬢様?」何でもないわ!」

「……うん、察したわ」

「フラン様まで!?」

 

 あぁ楽しい。

 赤くなって声を荒げる咲夜なんて普段は見られないものね。

 いつかは、何て今は考えなくていい。

 それは、そのいつかが訪れた時でいいのよ。

 私達が今するべきは、今を楽しむ事だけ。

 

「ふははは諦めるがいい、咲夜! 近い未来、お前の年齢を白日の下に曝け出してやろう!!」

「じゃあその日から、わたくしフラン様専属メイドとして働かせて頂きますわ」

「えっ!?」

 

 図太くなったわね、咲夜……!?

 

「……今から鞍替えというのも悪くないですよね、お嬢様?」

「まぁ落ち着け。まだ早い」

 

 本当に、いつからこんなに図太いメイドになったのやら。

 昔はもっと……!

 

「フラン様ぁ!」

「えぇいまだ早いって言ってるでしょう!?」

 

 

 

 

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