ある日の事であった。
川神市の端にある、小さくも大きくも無い産婦人科の一室で今、苦しげに痛みに耐えて喘ぐ女性が涙を流しながら女医の手を硬く握り絞めている所だ。
今まさに、新たな生命が誕生する。
「頑張ってください!!あと少しですよ!!」
女医は、自らの手に赤ん坊を掴み、出産の手伝いをしていたのだが自らの手が伝えてくる赤ん坊の感触は岩のようであった。
それを奇妙に思いながらも、今まで経験してきた出産の動きと何一つ変わりはないので、問題はないだろうと考え尚も女医は優しく引っ張り続ける。
すると、やはりと言うべきか何も問題は無く無事に赤ん坊は胎内から出てきて女医の手に収まった。
(やけに大きい赤ん坊……それに体も岩の様に硬い。でも小さいながらも泣いてはいるし、体の異常な硬さを除けば何も問題はないわね……ッ!?)
女医が手に抱えて、赤ん坊を触診していると、不意に赤ん坊の目がパッチリと開いたような気がした。
しかし、驚いて瞬きをしてからもう一度赤ん坊を見ると、普通の赤ん坊同様に目を閉じている。
疲れているのかしら?と一度大きく深呼吸をしてから、赤ん坊を母親へと引き渡した。
「これが私の赤ちゃん……先生、やけにこの子体が硬い気がするのですけど大丈夫なのでしょうか?」
「えぇ、私もここまで体が硬い赤ん坊は抱いた事が有りませんが、恐らく筋肉ですね。将来はスポーツ選手として名を馳せるのではないでしょうか?」
母親の心配そうな顔に、女医は安心させる意味を込めて冗談めかして片目を閉じてみせる。
それを見た母親も、安堵の表情を浮べて一つ息を吐く。
本当は、赤ん坊が不気味であると女医は心に押しとどめて笑顔で去っていく母親を見送り、母親とは違う類の安堵のため息を吐いてからゆっくりと次の患者のカルテへと目を通した。
**** **** **** **** **** **** **** **** **** ****
(何だ……?暖かい?)
自らの体を何か暖かい液体のようなもので、覆われている感覚に俺は目を覚ました。
しかし、死んだはずの自分に意識が戻っている事に今更ながら気が付き、辺りを見渡そうとして、目が開かない事に気が付く。
(これが死後の世界か……結構気持ちいいもんだ)
やけに居心地のいい死後の世界に、意識を傾けていると不意に頭を誰かに掴まれている感覚が俺を襲った。
この暖かい空間から引っ張り出そうとする、手のようなものは閻魔か何かなのだろうか?このまま、きっと閻魔の元に連れていかれて天国か地獄かに分別されるのだろう。
そう考えていると、意外と自分の意識に余裕がある事に気が付き、少し笑える。
(生前は色々喧嘩とかしたし、地獄だろうなぁ)
そんな事を考えていたら、遂に俺は暖かい空間から出されて、何かに抱きかかえられている状態に移行した。
今、俺を持ち上げているのが閻魔なのだろうか?
不意に興味が湧いてきて、頑張って目を空けようとすると、いとも簡単に目が開き情報を与えてきたのだが、俺の目に飛び込んできたのは驚いた顔をしている女性だった。
(ど、どういうことだ?)
驚いた女性の顔に俺もツラれて、思わず開いた眼を閉じてしまう。
すると、俺を抱きかかえている女性は安堵したかのようなため息を吐いたのでこれが正解だと信じている。
状況を把握しようと頭を働かせていると、俺の体は誰かに手渡されたようで、一瞬の浮遊感の後にまた違う匂いのする誰かの腕の中に収まった。
薄眼を開けて、自分の体を見てみるとまるで赤ん坊のようになってしまっている。
(輪廻転生……本当だったのか?それにしても前世の記憶を引き継いで転生するなんて、運がいいのか悪いのか)
不思議と、転生した事実はストンと心に落ちた。
何はともあれ、二度目の人生楽しもうじゃないか――
**** **** **** ****
二度目の人生楽しもうじゃないか、そんな事を考えている時期が俺にもありました……。
「化け物め……早く出て行ってくれッ!!」
現在、俺は中学三年生最後の夏真っ盛りだ。
そんな俺に罵声を浴びせているのは義父なのだが、正直母が死んでからというもの一緒に住んでいる家族全員から義父と同じような罵声を散々浴びているので特に問題は無い。
母は俺が小学校低学年の頃に亡くなり、義父は
しかし、どうやら俺の体は異常なようで小学校六年生の時点で身長は百七十センチを超え、今では百九十はある。
筋肉が付きやすい体質なのか、ボディビルダー顔負けの筋肉を既に手に入れて、身長もバカでかい……それはそれは義父達に恐怖を纏った眼差しで見られたことである。
俺の見た目は完全に生前愛読していた漫画に登場する、人類最強にして最強親父——『範馬勇次郎』を若くしたような見た目なのでそれは怖いだろう。
というか、完全に範馬勇次郎の体です本当にありがとうございました。
「私達に恩を感じているというのなら、早く出て行かんかッ!!」
自分の体が範馬勇次郎であることは嬉しかったが、ここまで怖がられると若干傷つく。
しかし、この家の人達に育てられたのも事実なので、やはり俺は恩を返すために出ていくのがベストだろう。
「世話になったなァ、いつか恩は返す」
「ヒィッ!!わ、私達を殺すのか!?」
そして、残念な事にこの体発する言葉まで勇次郎のようになってしまうのだ。
それは仕方がないので、取り敢えず最後ぐらい笑顔でお別れしようと、渾身の笑みで義父へ別れと恩を返すウマを伝えると、酷く怯えた様子で何処かへと走り去っていった。
何となく、義父は何かを取りにいったのかと待っていると、受話器を手に義父は戻ってきて、こう言い放つ。
「警察を呼んだッ!!こ、此処にもうすぐ警察がくるぞ?さぁ、早く何処かへ行ってくれ!!」
何で警察を呼んだのかは知らないけど、成程事情聴取とかめんどくさい事に巻き込まれる前に、家から逃がしてくれるのか。
お言葉に甘えて、俺は家を出て当てもなく歩き始めた。
というか、幾らこの形とはいえ中学生を追い出すかねぇ……まぁ、細かい事は気にしないタチだ。
先ずは家、もしくは屋根がある廃墟を探すとしよう。
学校とかどうするかなぁ……。
**** **** **** **** **** **** **** **** **** ****
「なぁ弟よ、知ってるか?」
「ん?何が?」
川神学院に通う生徒の大半が渡る橋、多馬大橋——通称、変態橋。
その上を仲良さげに、それこそ本当の姉弟のように渡っているのは、風間ファミリーの軍師である直江大和と武神と謳われる川神百代だ。
不意に、百代は大和へ向かって声を発した。
何時も通り、脈絡のない百代の問に大和は、これもまたいつも通り問いに問いへ返す。
百代との会話はこれでいいのだ、脈絡のない質問には質問で返すというのは風間ファミリーの中では常識レベルの事である。
「何やら最近、不良共の溜まり場がザワついているらしいぞ。何やら強い奴が現れた、とか何とか言ってた」
「ふぅん?それがどうかしたの?」
やけにギラついた眼で百代はそう言ったが、百代の言葉を聞いて大和は嫌な予感を抱いていた。
百代は少しでも、強い者が現れるとすぐに勝負を吹っ掛けて一方的に嬲る、というよりも実力差がありすぎて嬲るようになってしまうのだ。
そして、翌日つまらなそうな顔で若干不機嫌に学校へと登校してくる。
何十回、或いは何百回も見てきた百代のその顔と、自分ではどうする事も出来ない百代のある種、孤独の様な有様を大和は歯痒い思い出見てきた。
しかし、如何に頑張っても自分ではどうする事も出来ない。
最近の大和は、もういっそ百代に興味を持たれるような噂を立てる者が出てこなければいいのに、なんてことを考え始めていた。
しかし、恐らく今回も百代の目に止まる程には実力者なのだろう。
「姉さんは……その
「まぁ、そうだろうな。いい勝負が出来ればいいや、程度にしか考えてないぞ私は」
大和はこの喜色を浮べた百代の表情に嫉妬する。
正確に言うと、百代に自分たちでは引き出せない本当の喜びを、一時でも抱かせる強者たちにだが。
百代は、戦いの為ならファミリーを疎かにすることも多い、そのせいでファミリーの面々も自分達が百代の相手を出来ればと何度も口にしていた。
「ま、どうせ今回の奴も————」
百代は哀愁漂う表情でそう呟くと、晴れ渡る空を見つめた。
**** **** **** **** **** **** **** **** **** ****
いつの間にか、不良達のボスにされていた件。
現在、高校三年生かな?
義父に家を追い出されてから当てもなく歩き、時に危ないバイトで金を稼ぎ、時に紛争地帯で傭兵として戦って金を得て生きてきた。
紛争云々は、いつの間にかといった感じだったが……何はともあれ生きていることに感謝感謝だ。
まぁ、この勇次郎ボディのお陰っていうのが一番大きい。
だって銃弾受けても薄皮一枚擦り向ける程度なのだ。
ロケットランチャー取り出された時は死んだ、と思ったけど何だかんだで如何にかなった。
そうして、そんな生活を続けて、紛争地帯から生まれ育った川神市に帰ってくると早々に俺はマンションの一部屋を借りたのだが、これが格安でびっくりしたものだ。
不動産に理由を聞いてみると、どうやらマンション周辺の治安が川神市最悪らしい。
しかも、川神市は無駄に武術に精通している人が多く、不良達にしても危ない人達にしても無駄に強いから警察も取り締まれないのだとか何とか。
産まれてこの方、そういうトラブルに巻き込まれた事の無い俺としては是非も無く、そのマンションを借りたいというウマを話すと不動産も快諾してくれた。
「貴方なら大丈夫でしょうな」
なんて冗談をつけて。
見た目は勇次郎だけど、中身はチキンの俺だ。
身体能力も勇次郎なので、そこらの不良には負けない自信があるが、恐らく武術に精通している奴に襲われたら普通に負ける自信がある。
ということで、不動産に地図を書いて貰い件のマンションへ向かうと、廃墟の様な建物が目に入ってきた。
そして地図もその廃墟を示しているので、恐らくこれなのだろう。
まぁ、屋根は普通にあるし雨水防げればいいかぁ……と、自分の号室へ向かってみるとこれには流石に驚いた。
扉はバールのようなモノで穴を何カ所にも空けられており、鍵を通して中へ入ってみればガラスは割られて、浴槽は辛うじてお湯を貯められそうだが、中々に酷い有様だ。
壁には落書きが大量に書かれており、元々の壁の色が分からない程である。
「ふむ……」
自分の無駄にゴツイ指で顎を撫でて考えていたが、まぁこの荒れようも慣れれば大丈夫だと結論付ける。
そして、しばらくそのマンションからでずに傭兵生活で貯めた大金を浪費しつつ、暫く自宅ライフを楽しんでいた。
その間にも、何度か不良が来て俺に気付いては立ち去っていくので、恐らく実はここら辺の不良達は実はいい子なのだろう。家主がきたら途端に悪戯を止めるなんて、中々偉いものだ。
まぁ、何度か一旦立ち去った不良が凄い大きい奴を連れてきた時は焦ったけど、これもまたいい人で最初こそ殴りかかってきたけど少し反撃したら、俺が迷惑していることを察してくれたのか凄い勢いで謝罪して立ち去って行った。
そして、気が付けば不良達のボスとして警察に目を付けられているらしい。
この間、何度かマンション周辺で会う不良が教えてくれた。
凄いキラキラした目で見られたけど、正直嬉しくは無いし迷惑であるという事を、それとなく伝えてみると慌てた様子で何処かに行ってしまい、俺がその場に立ちすくんでいると戻ってきて開口一番
「俺等、勇次郎さんに着いていきます!
そう言った彼の後ろには、五十人程のバットや鉄パイプを持った不良達がズラリと並んでいた。
奴等って、何だ?抗争相手か何か?
うーむ、まぁ目の前に立つ彼等はもう友達と言っても差し支えない程に仲良くなったし手伝ってあげよう。
それに彼等だけじゃ、抗争相手を過度に殴って死なさせてしまいそうだし、ストッパー役としても一緒に行った方が良い。
「俺ァ、後ろで見てるぜ」
只、戦いたくはないので愛想笑いを浮べてからそう宣告した。
何やら彼らの顔が強張ったけど、やっぱり抗争は怖いものなのだろう。
『こ、こええ……あれってつまり、俺達でどうしようもない奴が出てきたら勇次郎さんが出るってことだろ?』
『どうやらそうらしいな……どっちにしても警察の奴等、終わったな』
『何だよあの笑み……ニタァって感じで、まるで鬼だぜ』
彼らは何やら囁きあっているが、多分「あの見た目でビビってんの?だっせぇw」って感じなのだろう。
いいんだ、俺は見かけ倒しなのだから————。
次の話で色々勘違い