ボクには分からないことだらけだ。
まず、ボクは運動があまり得意ではない。小学校でも中学校でも運動の評価は5段階で一番したの1という徹底ぶり。運動神経が身体中に巡っていないのが原因かもしれないけど、真実については分からない。そもそも運動神経って機械で言うところの配線と同じ扱いだったけ。何故か運動が出来ない。昔はけっこうできたらしいんだけど。
次に車が恐いこと。本当に恐い。すぐ側を通過する車に背筋が凍ってしまうほどだ。とくにセダンタイプの車が側を通過するときや視界に映り込んでくると心臓を鷲掴みにされたような恐怖がやってくる。おかげで姉さんは自動車免許を持っているのに車を所持していない。これはボクのせいだ。克服したいとは思うけど、原因が分からないから克服もできない。
最後に、ボクはどうしてこんな場所にいるんだろうか。ああ、こんな場所って言い方をすると悪い場所みたいに聞こえてしまうから言い方を変えよう。どうしてこのような場所にいるんだろう。
周囲の視線に身体がブリキ人形のようにぎこちなくなる。ブリキ人形なんてボクが小さい頃にはレトロというジャンルに分類され、高値で取引される大人の世界へとずぶずぶ入り込んでいた。だからブリキ人形のぎこちなさがよく分からない。見て触れて確かめればどれくらいか分かるかもしれないけど、高額商品をほんの些細な知的好奇心を満たす為に購入するほどの心意気はない。うん、今年度ようやく高校生に昇格することを許されたボクの財布は覗いて察することのできる底の良く見える財布だ。つまりお金を所持していない、という社会で生きていくには致命的な欠陥を抱えている、ということではなくそもそもあんまりお金を持って歩くことをしていないだけだ。大金を所持するだけの用事がないとも言う。
今は正面の巨大ディスプレイを眺めるだけで精一杯だった。あのディスプレイの大きさでゲームしたら迫力もその分だけ大きくなるかもしれない。でも、ボクはゲーム派の人間じゃないから特に迫力は求めなくていい。それよりも気になるのがディスプレイ上に浮かび上がる文字。桜色に染めて春らしさを表現しようとした努力の見える『ニュウガクオメデトウゴザイマス』に、どうしてすべてカタカナなのか分からなくなる。
隣の人と疑問を共有したくなる。でもそれをすれば終わりな気がして、顔を正面に固定したまま沈黙を保つ。
教壇にはこの場所の支配者として君臨しているのであろう一人の女性が自信なさげな顔を、対入学生向けにデコレーションした笑顔で必死に対応している。優しい人であることは出会って数分で理解できた。だって、教室内の誰もが視線をまったく見当違いなところに向けて、耳すらも傾けていないというのに頑張って笑顔で祝辞の言葉を述べているのだから。
「ええと、とりあえず色々なところから来ていることもありますし、知らない人ばかりのままだと良くありませんから、まずは自己紹介を始めましょう」
異性の目を引いてやまない豊満な胸の前で手を合わせる先生と思われる女性。誰かの舌打ちによって空気が震えた気がした。
自己紹介。中学校よりも以前から続く一つの通過儀礼だ。会社ですら存在するらしい。小学校の時は当然のように挨拶するだろうが、中学校になると少々の気恥ずかしさを感じ、高校はある程度その延長線上にある。だから、人によっては恥ずかしくて自己紹介を拒否した人が出てくるのは当然。ボクは自己紹介は構わないほうだ。名前を知っていた方が意志疎通が楽だと思うし、人の名前を聞くのは好きだ。
しかし、ボクはどうしてこのような場所にいるのだろうか、と置いていきかけた疑問を引っ張り戻してみる。
自己紹介の始まりを耳にしながら、ボクは自己紹介中の女子生徒に顔を向けるフリをして不自然じゃない程度に周囲を見渡す。何人もの女子生徒たちと目が合ってしまった。ほぼ誰もが自己紹介そっちのけでボクに視線を向けていたのだ。それも全員が女子。これはボクが絶世の美人であるからの話ではなく、あくまで物珍しい存在を前にして興味に突き動かされているだけ。その証拠に目があった女子がマズいと言いたげな顔を風切音と共に自己紹介をしている女子に向ける。
興味が湧き上がるのは仕方がない。教室内は女子だらけ。女子生徒以外の存在など、女性教師しかいないような世界だ。それどころか学園内も女子だらけのまさしく女の花園、もしくは大奥のどちらか。
ここは向上心のある女性ならば一度は目指す場所と言われる天下無双のIS学園。女性だけにしか門を開かず、開かれた門もまた一部の女性にしか入ることが許されない狭き門。
そんな場所にいるのがボクだ。女性じゃないのに新入生名簿や出席簿に名前が記載されてしまっている。
簡単に言えば、男子であるボクは女子校に入学するという裏口入学を駆使してもできないようなことをやってのけてしまったわけなのだ。それも不本意で。
肌寒い日が続いている。住む町に振る雪もそうだが、電車で10分ほどの二つ隣の町もまた雪がしんしんと降り注いでいる。決して積もることなく、空をほんのりと白く染め、人々に冬の寒さと美しさをひっそりと主張している。道路が凍結していないことから、今年の降雪は配慮の行き届いたものと考えることができる。
その中を歩く。今年の受験シーズンは雪と仲が悪いのか溶ける白粒の群れが少ない。去年の受験シーズンは雪が多すぎて電車が何度も運休する事態になったほどだから、電車も滞りなく、歩みも滞りない。まさしく出歩く天気だ。多少の雪は冬を冬らしく演出するための舞台装置のようなものだ。
空を見上げれば夕暮れを過ぎ去って夜と表現できる暗さだ。まだ4時も始まったばかりではあるが、季節柄を考えれば無理もない。
受験生で未成年なボクは帰路に急いでいる。暗闇の中を歩くことの不安もあるが、姉を心配させたくない想いもあるために、基本は寄り道をしないようにしている。
受験の為に住んでいる町から2つ離れた町に向かい、そこで高校受験を受けた。
結果、東東高校を受け、手ごたえは十二分にあると確信しながら帰路についている。その最中に見つけたのが、防寒具をしっかりと着込んだ小学校低学年ほどの小さな女の子。オロオロと不安に彩られた瞳が涙を溜めこんで今にも溢れ出しそうになっていた。
昨今の情勢により他人様の子供に声をかけると通報されてしまう、という恐怖を植え付けられている現代社会人の皆さまは、幼気な少女を見ても関知することなく無関心の渦の中に紛れて溶けていってしまう。残されるのは助けを得ることの出来ない少女と、その姿を少々遠くから目撃したボクだけだ。
時刻と空模様を考えると、少女が独りでいる状況でないことは明らかだ。それこそ通報しなければならない事態へと発展する可能性がある。そうなればきっと少女は一生の傷を作ってしまうだろうし、少女のご両親もまた肝をつぶしてしまうことだろう。
少女へと歩み寄る。通報されてしまったらどうしよう、と思ったけどそれよりも少女のことを考えた方がいいだろう。人間助け合いが大切だから。情けは人の為ならずだ。
「どうかしたの?」
明るい声を意識する。仏頂面とそれに合わせた声を出せば少女が怯えてしまうだろうから。
少女がこちらを振り向く。少し怯えた顔を見せているので、しゃがみ込んで視線を合わせる。
「なんで泣いているの?」
寒いもので、白い吐息がふわっと吐き出される。小さな女の子には辛い寒さだろう。
「お、おねーちゃんをむかえにっに来たの」
見ず知らずの人に声をかけられたことにもめげずに、少女はしゃくりあげながらも答えてくれた。ようやく声をかけてもらえたことに少し安心したのか、純粋無垢を体現したようなガラス玉のような瞳から涙がポロポロと溢れてきた。
「道にまよっちゃった……ひっく」
「そっか、おねーちゃんを迎えにきたんだ、偉いねー」
ひとまず、褒めてあげる。ここで怒るのは泣きっ面に蜂。子供には残酷すぎる仕打ちだ。
「おねーちゃんはどこにいるのかな?」
携帯電話を持っているか、電話番号を知っているのなら携帯を貸して連絡を取ることもできそうだけど、聞けば携帯電話を所持していないのと電話番号も知らないとのこと。
「えっと、えっと……えっとね――」
助けてくれる、と幼心に察した少女が手を伸ばして服の袖をがっちりと掴んでくる。逃げられたら堪らない、と言いたいわけではなく不安を拭い去るために咄嗟に掴んだというところだろう。ただ、少女の行こうとしていた場所を聞いてしまったこちらとしては、少し逃げ出したい気持ちが生まれてしまう。なにせ少女の目的地がここから電車で30分ほどかかる場所だったからだ。
しかし、声をかけた以上は見捨てることなんてできない。何より少女の姉を迎えに行きたいという想いに感動してしまった。故に、ボクはすぐさま姉へ「帰宅が遅れる」とメールを送り、少女を連れて出発した。
目的地は暫く電車で揺られなきゃいけないところにある多目的ホール。新進気鋭のデザイナーに依頼を出して設計してもらった今風の常識から離れに離れた施設。多目的と言われてはいるけど、多目的ホールらしい運用を聞いた例がない。もしかしたらテレビで何かしらのイベント事の宣伝で、多目的ホールが会場として使われているのかもしれないけど、一度も見聞きしたことはない。イベント事にはとんと興味がないから見つけられてないのかもしれないが、個人的には多目的ホールが光ったことを聞いたことがなかった。
電車の中では少女がペラペラと話してくる。子供からしてみれば静かに待つということは難しいらしいから、少女が満足するだけ話相手になってあげる。でも限界はある少女の会話に合わせた内容をそこまで持ってないものだから、途中で子供向けの童話を諳んじてあげた。
幾つかも童話を頭の中で思い出しながら少女に聞かせていると、ようやく目的の駅へとたどり着いた。このまま駅にたどり着かなければ、浦島太郎が100年の眠りから覚める姫を起こしに向かう話の後に悪い魔女に蛙に変えられ、眠りの森の美女が壮大な冒険に出かけてしまうところだった。うん、途中で話が分からなくなって勢いで話し続けてしまったが、好評につき面目が保たれた。
「おにーちゃん。わたしのおにーちゃんと同じくらいやさしいね」
おねーちゃんだけでなくおにーちゃんもいるみたいだ。こんな可愛い妹なら兄姉は猫可愛がりするはず。きっと少女と付き合う人は苦労するだろうと予想できてしまう。
「それはよかった」
左手を少女に掴まれ振り回されながらも、着実に多目的ホールに近づく。時間は5時前。24時間表記置き換えると17時前。公務員の方は店仕舞いをする時間帯となる。多目的ホールはすぐそこに見える。外灯に照らされ異彩を放つ建設物の周辺には箱型の大型トラックと思われるものが3台ぐらい駐車していた。イベント事の撤収作業中なのだろうか。トラックの側では何人もの男女があっちへこっちへ徘徊してイベントに使用したと思われる器材を運び込んでいた。
「おにーちゃん、こっちだよ」
忙しい人達に見つからないように遠回りして多目的ホールに入館すると、少女が道先案内人となって引っ張ってくれる。あっちへこっちへと通路を曲がり階段を上って、また下りていく。少女の顔を見ると自信満々といったところなので行き先に口出ししないでいると、気がつけばどこか分からない通路の真ん中でポツンと立つ2人。付近には案内板すら置いていない不親切な施設の在り方にほのかに憤りを感じている暇はない迷子の体たらく。
「うん。近くの部屋を覗いて助けを求めようか」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。プライドを優先していれば取り返しのつかないことになってしまう。なので、少女の了承をうけてから虱潰しに部屋を覗いていく。もちろんノックは忘れずに。
諦めたくなるほどにノックして心が萎えはじめたころに当たりの部屋を引き当てる。ノックをすれば扉の向こうからくぐもった返事が聞こえてくる。はい、と言っているのかもしれない。
「失礼します」
返事を許可を受けたと受け止めて入室してみれば、少々頼りない顔で柔らかい笑顔を浮かべた女性がいた。眼鏡と胸元の異性悩殺の凶器を備えている女性は笑顔を驚愕に変えて、次には首を傾げて問いかけてくる。
「ええと、受験生ではなさそうですけど……迷子さんでしょうか?」
人の傷を抉ってくる、とは思わない。人間は常に人生という迷路の中で迷子になりながらも進んでいくのだから。というのはさすがに言い過ぎだけど、迷子になってしまうことなんて誰もがあり得る場面なので、恥ずかしいとは思わない。自信満々に道案内をして迷子になるのは恥ずかしいけど。
「さきほど受験生の役目を務め終わった迷子なんですけど、少し助けていただけますか」
「IS学園の受験生じゃないですよね?」
「ではないです。こちらの女の子――」
の出来損ないの保護者です、と言おうとしたら少女がピュッと飛び出して部屋の中央に置かれている奇妙な物に駆け寄る。
「いんふぃにっとすとらとすぅ~」
少女がピョンピョンと飛び跳ねて周囲をグルグルと回りながら奇妙な物体をペタペタと触りまくる。女の子の憧れとも言われている物だ。やはり興奮してしまうのだろう。
インフィニット・ストラトス。10年前に突如世界に姿を現した機械仕掛けの鎧。世界に激震を起こし世紀の大発明と言わしめるほどのパワードスーツ。戦闘機みたいに大きい装甲を必要とせず圧倒的な機動力を見せつけて、不可視のバリアーや光学迷彩まで装備された現代技術を飛び越えた異物は、今や専門の学校が創設されるほどに社会に浸透して重要な立場を確固たるものとした。
目の前にあるISは見た目は日本の鎧武者といった風貌だ。男の子のロマンを体現した見た目をしている。ボクも鎧武者のビジュアルが好きなので心の奥底では静かに興奮している。
「おにーちゃん。着てみて着てみて」
パタパタと両手を一生懸命に振るってアピールしてくる少女に、思わずこの部屋で作業をしていた女性に視線を向ける。どうすればいいのか、と指示を仰ぐためだ。女性がここで駄目と言ってくれればさすがに少女も引き下がってくれるはずだと思った。
「記念に触れて構いませんよ」
女性が人を安心させるような笑顔を浮かべる。童顔の顔に浮かび上がるのは幼さを残した笑顔で、邪念の類を読み取るのはほとんど不可能に近い。それほど、この女性が良い人であることを感じさせてくれる。安心できることだけは確かだ。
「あっ……でもこのことは他言無用でお願いします。ばれたら怒られてしまいますので」
「分かりました。ありがとうございます」
一礼してから少女の側に向かう。ISを近くで見るのは初めてだ。それも当然かもしれない。ISはオーパーツの塊なのではと言いたくなるほどの高性能機であり、その高性能さが示す通り、この世界に現存するISの数は500にも満たない。絶滅危惧種の一員なのではないだろうか、と周囲で噂されるほどだ。故にISは憧れであり、ステータスにも成り得るほどの希少性を有しているのである。
「はやくはやく」
少女がせがんでくる。このISを着込んだところで男のボクには指先一つ動かすことはできないというのに。しかし、少女からしてみれば本物のISを見れれば良いのだろう。だから動く動かないは2も3も後の話となって頭の片隅に丸めて置かれているかもしれない。
しかし、少女の姉を探すという当初の目的を忘れそうになってしまう。というか少女は完全に忘れ去っているに違いない。その証拠にここで足止め状態だ。もしかしたら、この女性が姉なのかもしれない、と思ったが、彼女は妹がいるというよりも弟が居るような気がする。根拠らしい根拠はないのだけど。
「はいはい。ちょっと待ってね」
再び女性にお伺いを立てる。触るのは許しを受けているけれど、果たして着込むなんていう大それた行為まで許可を頂けるものか。普通なら無理だろう。ISの価値を考えればむやみやたらに扱わせるわけにはいかない。少々の不具合でも許されない希少な兵器なのだから、それはもう国家反逆罪に認定されてしまってもおかしくない。
しかし、女性は頷いて許可をくれる。心の広い方なのかもしれない。おかげで少女の気分を害することがなく済みそうだ。
「うんうん……うん?」
ISの着込み方については女性の手助けを受けて、ボクはひっそりと憧れていた鎧武者のISを装着することに成功した。ただの行き過ぎた機械にしては不思議な感覚だ。まるで世界の全てが広がっていくようだ。自分の五感が普段の自分以上に世界を認知していくような錯覚。しっくりくる。最初からこうあるべきだったと。失いつつあった半身と奇跡の再開を果たした心境はこんな素晴らしい感覚なのだろうか。
「えっ!? ええっ!?」
女性の慌てた声が聞こえてくる。息遣いも鮮明だ。まるで聴覚が何倍にもなったような感じだ。
「あ、ISをうごおかしてる!?」
ISをうごおかしてる。ISを動かしている。誰が何のために。世界とリンクしている不思議な感覚が途切れる。意識が元の世界観に戻された。
そこでようやく理解することができた。自分が僅かに浮いていることに。足裏が接地してない。ふわふわと神秘的な登場人物のように浮かび上がっている。飛ぶなんていうジェット推進器みたいに炎を吹かして無理矢理法則に逆らっているものじゃない。まるで世界に重力など存在していないのが常識であるかのように平然と浮かび上がっているのだ。
「えええええぇぇぇぇっ!! あれあれえこれいあれどうすればっどどどうすれば!?」
絶叫に絶叫を重ね合わせて日本語の活用を半ば放棄した理性のはじけに、身体がすくみ上る。絶叫の音がゆっくりと耳から入り込んで血に混ざって身体中を駆け巡っていく。地に寄って運ばれた音が自分の置かれている状況を理解させ、思考が異常事態に停止してしまいそうになる。合わせてゆっくり脳みその奥底から除夜の鐘のような間延びしたような鈍い音が鳴り始める。ゴーン、ゴーンという規則正しい音に頭がゆっくりと裂けていくような痛みが走る。頭痛と思い立ったときには既に遅くて、浮くことすらもできなくなり地面へと這い蹲る。片手で頭を抑えて、もう片手で制服のポケットを探る。女性が慌ただしく部屋を出ていくのも気にする余裕がなく、ポケットから携帯電話を取り出し、必死に数字のボタンを押していく。アドレスを開くのすら考えられずに数字をポチポチと押して耳に当てる。頭蓋を内側から突き上げられる感覚に、必死に手で抑え込みながらコール音に耳をすます。わずかワンコールで電話先の相手と通話状態になる。聞こえてくる息遣いは聞き馴染んだもので、幾らか安心感を取り戻してくれる。
「どうした? 何かあったか?」
電話先の相手がいの一番に聞いてくることはボクへの心配だ。仕方がない。携帯電話を使う時は大抵問題が発生したときだし、電話先の相手は常にボクのことを心配してくれる人だから。
「頭が……痛、い。それとボクにもぅ~何が起きてる…か」
「頭痛か。薬がないんだな。すぐ行く。こっちも問題が起こっているみたいだが、確認して指示出してすぐに戻る」
「う……うん」
「……そういえばメール見たが、家じゃないところに居るんだったな。場所はどこだ?」
部屋の外が騒がしくなる小さな振動がぐらぐらと。頭痛が引き起こす眩暈的なものかもしれないけど。
「とにかく急ぐ。待って――」
電話の途中で部屋の扉が開く。頭痛で緩慢になった首に鞭打って振り返ると、大勢の女性がぞろぞろと入り込んできたところだった。そのどれもが信じられない者を見るような表情をしている。その中央に居る人は携帯電話を耳に当てたまま固まっている。ボクの携帯電話を耳に当てたまま固まってしまった。
「い、一夏!?」
「千冬……姉、さん?」
千冬姉さんの手から携帯電話が滑り落ちて床に叩きつけられた。ボクの携帯電話からは床と接触する音が響いた。