IS ぎきょーだいになりましょう   作:ネコ削ぎ

11 / 29


 オルコットがなんか軟化した。オヤジギャグだ。それも大したことのない程度のもの。面白いか面白くないかで言えば、全く面白くないけど。女子たちからすればこれほど面白いことはないという。

 ボクのしょうもないギャグについてじゃない。もしもこの程度のギャグで笑いが取れるのなら、方針転換でお笑い芸人にでもなっている。大学で面白かったのを勘違いしてお笑い芸人になったとか言われそうだから絶対に無理だけど。方針転換なんて嘘っぱちだ。

 オルコットに変化が現れたのはボクが知らず知らずのうちに襲撃事件を終わらせてしまってからの翌日だ。襲撃が起きた翌日にも授業がある詰め込み教育の権化、とIS学園の在り方について呪いの言葉をかけようとして、呪い返しの恐怖に何も言えずにいると、オルコットが幸せそうな顔で教室に入ってきたのだ。そして、ボクの席の前にいる篠ノ之へと近づくと、急にべったりとし始める。こう、恋する乙女的なべったり具合で、餅の化身かと勘ぐってしまうほど。

 箒と鈴と顔を合わせてオルコットの変化について語り合ってみたが、三人そろっても文殊の知恵なんて便利なものもなく、ただ恋したんだという結論で着陸を果たすことにした。誰が見ても恋したと分かる変化だったのだ。

 しかし、篠ノ之の方はオルコットの変化に多少の戸惑いを見せるだけで終わってしまった。意識することもなく、友達になったくらいの考えだと推察できてしまう。

 ボクとしては、あれほどまでに馬鹿にしたような発言を繰り返していたオルコットを意識しろ、というのは難しい。というかどう覆したって好きにはなれない。裸エプロンで迫られても変化の兆しを見せることはないと思われる。

 それからというものの、休み時間になる度にオルコットは真っ直ぐに篠ノ之の側へと向かって行く。3組を訊ねていったり来たりと忙しなく、戻って来る時は大抵幸せホクホク顔だ。気持ち悪いくらいの変化に1組がドン引き状態なのを自覚して、慎ましく行動していただきたい。

「いやいや。織斑くん。恋する乙女は真っ直ぐに前を見つめてしまうものだから、周りがどんな言葉をかけても聞き入れやしないものさ」

 まるで知り尽くしていると相川さんが言う。オルコットを見つめる瞳は慈愛に満ちているようないないような。分かるのは中途半端な温度の目をしていることくらいだ。まさしく生ぬるい視線。

「とにかく、一夏にちょっかいをかけてこなくなって大助かりだ」

 とにかく冷たい箒が冷たい視線で冷たく言う。安心できません、暴言吐いてますけど。

「ホント。ヨーロッパはやりたい放題だから鬱陶しいったらありゃしないわ」

 鈴も冷たい。視線の先にいるオルコットか凍えるほどに、なんてことはなくショッキングピンク色な雰囲気を周囲に撒き散らして周囲から生温かい視線を買っている。貴族というのはどうして下々の者に対して鈍感で無頓着なのか。支配階級という色眼鏡が視界を覆い尽くして見えないように加工してしまっているのではなかろうか、と思いたくなる。

 だけども、貴族の考え方はよく分からないのが一般市民というものであって、篠ノ之はオルコットの精神的アタックを受けても変化を見せることなし。鈍感故に精神攻撃を受け付けないタイプの戦士と見た。これで物理攻撃に強ければスタメン張れる。ボクとしては絶対に使わないけど。

 

 

 

 僅か数ヶ月間に起きた様々な出来事を受けて、ボクの方に限界がきてしまうのは自然の摂理というべき残酷な真実だ。仕方がないと嘆くのは簡単なので、仕方がないと自室で嘆くだけ嘆くと、箒や鈴の制止を振り切って寮どころか学園を飛び出して外の世界へと逃げ出してしまったのだ。

 独り路地裏から路地裏へと移り、人目を気にするようように大通りを避けて、学園から離れていく。目的地は決まっている。

 青春謳歌のためならば、家族を蔑ろにしてまでも自分を優先してしまう。非行に走って家族に迷惑をかけて、仕事するようになったときは笑い話で家族と語り合う、それは若かりし時のはっちゃけた想い出だ。

 とカッコよくする気はないので、罪悪感の欠片もなく狭い道を平々凡々と歩く。目的地はかかりつけの病院。頭痛薬を貰いに行くのが今日の目的である。IS学園に入ることを伝えて、多く薬を持たせてもらったけど、その薬の残量が心許なくなったので貰いに行く。

 今日は日曜日ということもあって箒や鈴とまったり過ごすはずだった。だけど薬が少なくなっていることに気がついてしまってはまったり過ごすこともできない。箒や鈴に預けていた薬もなくなっているというから、ボクは早急に薬を調達しに行かなきゃいけない。

 大通りを避けて路地裏を歩くのは薬の受け渡し場所がそこだからとか、警察官に目をつけられて痛くもない腹を探られるのを恐れたからじゃない。

 車が恐いのだ。近くを車が通り抜けてくることや、視界に映り込んでくるのがどうしても耐えられない。いちいちビクビクしてしまって心が休まらない。だから、車の通りが少ない場所を選んで歩いているのだ。だから、30分ほどで着ける場所も1時間以上かけてたどり着いてしまうのだ。おかげで良い運動になります。

 お世話になっている病院は自宅からそこそこ近いところにある。記憶を失って片頭痛に悩まされるようになったときからの付き合いで、勝手知ったる関係を築いていると勝手に自負している。残念なことに病院の内装なんてほとんど知りはしないけど、それは言わなければばれない。

 病院の中は盛況で客が沢山いる。病院が盛況ということは、地域住民の不健康さや怪我の確率の多さを物語っているのだから、病院はある意味では死の商人という言葉が良く似合う。

「それで状態変わりなくと結論づけて構わなくて?」

「それを決めるのはボクじゃなくて先生の方だと思いますけど」

 ボクがお世話になっている先生は、平等の精神を欠片も持ち合わせていない我が儘人間であったりする。椅子にちょこんと座ってグリーンスムージーを堪能するほどの飲み物にご熱中で、ボクに対する診察は乱雑ここに極まれだ。

「さすがに30過ぎの大人と16の健全な高校生という立場でお医者さんゴッコはいい加減マズいと思った。よって、私は不健全な関係に終止符を打つために、職務放棄を敢行したというわけです。まぁ、この病院の身内だからこその所業と笑いたくば笑え。痛くも痒くもないので」

 そして、けっこう駄目な人なのである。オブラートに包めば愉快な人でもある。見方1つでよくも悪くも転がっていける評価の人だ。白衣がコスプレに見えなくもないけど、中々凄い医者みたいで、内科も外科も精神科も耳鼻咽喉科も眼科もパパパッとこなしてしまうこの病院のエースだ。その片鱗を見たことないから嘘っぽいけど。

「うむ。このグリーンスムージーについてだけど、さすが巷を賑わせるだけあって中々のお手前。もう飲みたいとは思わないけど」

「先生は暇人魔人なんですね」

「うおうおお。厳しい評価だね、少年くん。君は相も変わらず私に縋るしか手がないのに攻撃的じゃないか。構い倒したくなるね。仕方がないから薬の量は少量だけにしよう」

「横暴な対応なんですけど。ちょっと多めに欲しいと催促してみます」

「ダーメ。薬を大量に渡して、君の僅かな変化に気づけなくなると下手をすれば取り返しの突かない事態になってしまうかもしれない。分かるかい、多めに渡さないのは医者としての正しい判断さ。普段見られない他人な患者の、ほんの些細な変化を見逃さない手段は足を運んでもらう回数を増やすか、こちらから頻繁に足を運ぶかの2択しかない。問診は受け付けてないから、手段は君が訪れる機会を増やすだけ」

 先生はクスクスと笑う。それらしい言葉を使ってボクの催促を受け付けてくれないから、ボクは黙殺されるしかない。先生の気遣いに反論できるほど犬畜生に足を突っ込む気はないのだ。それに誰だって医者を敵に回したくない。敵回せば将来的に苦労するのが目に見えているから。

「助手のジェファーソンくん。いつもの薬を出してけれ」

 先生はボクの頭頂部に手のひらで摩擦すると、奥の部屋にいるジェファーソンくんに指示を出す。本名は不明。分かっていることは日本人であることと先生を信頼しているように見えることだけ。5年前から先生の助手として動き回っているみたいだ。

「とりあえず2週間分でいいですか?」

 部屋の奥からジェファーソンくんの声が聞こえる。

「うん。それくらいでよろー。そいで、少年くん。真面目な話をするけど、頭痛の方は変化ない?」

 くつろぎモードから一転。スムージーの空を壁に向かって投げ捨てると、居住まいを正してボクの瞳を覗き込んでくる。目は真剣そのもので医者と患者という垣根を作り出して接してくる。狐目が眼光鋭くして、僅かな変化を逃すまいと見定めてきた。

「変化ないです。唐突にやってきて鈍い痛みがドーンドーンとしてくるのも変わらずです」

「そっか。やはり頭関係は未知の部分が多いからな。原因を突き止め切れない以上は、せめて現状維持に努める他ないだろう。悪化しないようにするだけしか手を打てないもどかしさ。医者は有力に見えて無力の専門職だ」

 溜息をついて再びボクの頭を撫でてくる。なんだってボクの頭は撫でられてしまうのか。

 そうこうしていればジェファーソンくんが部屋の奥からやってくる。薬の入った袋をボクに手渡してくれる。背が高くて世間一般のところで言うとカッコイイという言葉がよく似合う人だ。年齢を見ればまだ成人してないと思うが、それについては所謂他人の間柄なので突っ込んで聞くのは失礼に値する。彼もボクという患者に対しては他人という壁を間に置いて接してくる。当然と言えば当然であるが、他人の壁がやけに厚い気がしないでもないし、その他人の壁の向こうにもう1つ何か隔てているような錯覚を感じている。分からないことだらけだ。

「妬いているのよ。彼もお医者さんゴッコでいけない悪戯がしたいのよ」

 先生がさらりと不健全なことを言ってくれる。医者の不養生だ。ジェファーソンは先生の発言を聞かなかったことにして奥の部屋へと引っ込んでいってしまった。沈黙は肯定なり、と考えてしまうと彼の将来に一末の不安を抱かせてしまう。せめて彼が男色家でないことを祈ろう。もしも最悪が現実になったとしたら性転換を視野にいれなきゃいけなくなる。

「それでは2週間分だ。2週間後にまた会おうではないか。じゃあお大事に」

 先生は無邪気に手を振ってボクを見送ってくれた。

 

 

 

「そんなわけで日々をごちゃごちゃに過ごしている次第。中々に休まらないかも」

 午前中を病院で過ごした身分のボクが次に目指したんは五反田食堂だ。友達の家とも言える場所にお邪魔している。

「大変だな。メールを見る限りでも大変だけど、ナマの声聞いても思うぞ、大変だな」

 独りでテレビゲームを頑張る弾がこっちを見ずに気遣いになっているのか分からない気遣いの言葉をくれる。弾らしい。ちょっと会わなくなっただけでは変わらないのが他人の性格だ。安心できてしまう。

 テレビの画面上では戦国武将があっちへこっちへ無双している。こういうゲームやっているのに弾の歴史部門成績は目を覆いたくなる。過去は振り返らないと豪語するだけあって日本の過去については無関心だ。その代わりに公民の成績はかなり高い。

「それにしても鈴の奴は……やっぱり代表候補生になって戻ってきたな。アイツらしいと言えばアイツらしい」

「うん。びっくりしたよ。勉強できたんだね」

「馬鹿かと思ってたんだけどな。これじゃあ1番の馬鹿は俺になるじゃないか。もう馬鹿馬鹿と罵れねぇな」

「それ、あんまり言わない方がいいと思うけど。毎回喧嘩になってるし」

「諸事情によりやめる気はないぜ。喧嘩上等だ」

「男らしいのか、どうしようもないのか分からなくなるけど」

 弾の背中がぼんやりしてくる。弾像が霞んでいる気がするのは、眼精疲労で見え辛くなっているからだろう。弾の言葉が目にくるなんて知らなかった。鈴は常にこんな言葉を受けていたのと思うと、もしかしてコンタクトレンズでもつけているのだろうかと疑いたくなる。

 弾はゲームを続ける。昔から弾の家にやってくるとゲームばかりしている。それも弾独りでだ。本人が言うにはゲームは1人でやるのが一番楽しい、だそうだ。だから、弾と一緒になってゲームをしたことはない。トランプとかはあるけど、電子的なゲームはボクに興味がないのも合わさって対戦も協力もしたことがない。

 そんなんで意味あるのかと思わないこともないけど、とりあえず友達と一緒の空間にいるだけで楽しいから、このままの状態でも全く不満はない。鈴もそうらしく、中学時代の時は特に不平不満はなかった。さすがにテスト勉強の時に弾1人だけゲームしていたときは、鈴がブチギレてかかと落としを敢行していたけど、アレは良い思い出だ。誰にとっての良い思い出かは分からないけど。とりあえず弾でないことは確かだ。そうじゃなきゃ困る。

 弾がカチカチとしている中で、ボクはぼんやりとテレビ画面を眺める。大抵その程度だ。互いが互いの領分を弁えた空間で、無駄な部分しかないけど穏やかな時間が流れている落ち着けるひと時。この時においてのみ鈴もかなり静かになる。借りてきた猫状態だ。緊張とかではなく、この部屋がそうさせているのだ。分からないことだらけだ。

 暫く無言の時間。何もしないままでいると、突如として部屋の扉が勢いよく開け放たれた。きちんとした扉の開け方でないのは足を突きだした体勢の少女がいるからだ。これでも扉は外れることなく沈黙を保っていることに、扉の中の扉であることを感じた。つまりはされるがまま。

「お兄!! さっきからお昼できてるって言ってんじゃん!!」

 扉を蹴り開ける足癖の悪さを披露するのは五反田蘭だ。弾の妹。なんかボクに気があるらしい。そして、嘘つきの気がある。何故ならお昼できてる、なんて呼び声は一切聞こえていなかったから。

「あ、お久しぶり。お邪魔してるよ」

 パッと手をあげて挨拶をしておく。相変わらずの五反田模様に何の感慨も浮かばない。だから形式的な挨拶しかできない。

「い、一夏さん!?」

 ボクを見るなり目を見開く五反田。ラフな格好をしている。IS学園でもよく見かける人種なので何の感慨も浮かばない。というか五反田に興味ないです。

「き、来てたんですか!? その、あの……全寮制の学園だって聞いていたんですけど」

「だとしても外出できないわけじゃないから」

 監獄にいるわけじゃないのだ。出ることだってできる。

「あ、そ……そうですよね」

「お前なぁ、足でドア開けんなって言ってんだろ。壊れて直すのは俺なんだぞ」

 ゲームを中断して立ち上がった弾が兄らしく注意を入れる。

「よし。飯だってよ。お祖父ちゃんのことだ。お前の分もあんだろうから行こうぜ」

 弾が肩に手を置いて促すので、お言葉に甘えて促されることにした。友達の好意には存分に甘えるタイプなので、自分にも相手にも厳しいタイプとは相性が悪い。よって弾のじい様とは個人的に相性が悪いと思っている。向こうがどうとかは知らないが、聞かぬが花と言う奴なので深く追求はしない。自分が可愛いお年頃なのだ。

 1階の食堂部分に行けば、五反田食堂の中身を見ることができる。昼時なのに客入りの芳しくない光景は五反田食堂の評価を物語っている。原因は頑固なじい様にあることはボクにも弾にもよく分かる。今時のニーズに合わない店主の対応は絶品料理を以ってしてもリピーター開拓を妨げてしまっているのだ。ちなみに、ボクがこの店で食事を取ることを千冬姉さんが禁じていたりする。理由は弾のじい様と言えばいい。

 店主の顔馴染みや、頑固さに目を瞑ってでも食べたいとやってきた人たちに紛れて食事を取る。もちろん、この食事はプライスレス。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。